2018年07月25日
拓馬篇−9章5 ★
「さあて、行きましょう」
赤毛が拓馬とヤマダを抱え、二度目の飛行を行なう。またたくまに中庭に続くガラス戸の前に到着した。拓馬たちは慣れたもので、今度は赤毛にしがみつかなかった。
拓馬は透明な開き戸を押す。反対校舎へ続く経路から横にそれた先が中庭だ。
「この噴水に問題が設置されています」
赤毛がそう言うので、拓馬たちは噴水へ近づく。噴水は今なお稼働し、水を下から上へと循環させる。流動する水は淡い光を放つ。
「噴水に照明はついてたっけ?」
ヤマダが非日常的な仕様の噴水を不思議がった。しかし拓馬は別の異物に気を取られてしまい、返答しなかった。
噴水の縁に大小二つの持ち手付きの容器が置かれている。その付近には札と台が設置してあった。札にはまたも英文が記載されてあった。設問は「Please draw exactly 4 liter of water」。透明な容器のうち、大きいものには目盛りの横に数字で五、小さいものには三と印字してある。
「五リットルと三リットルの水差しを使って、四リットルの水を汲めってことか」
拓馬が出題を翻訳した。ヤマダは小さい水差しを持ち上げる。
「大きな計量カップみたいだね」
一リットルを超える計量カップは二人とも見たことはないが、それが卑近な例えだった。
「量ったらどこに置くのかな……この台?」
ヤマダは水差しを台に置いてみた。なにも変化は起きない。やはり一定量の水が解答に関わる仕組みなのだろう。
「これに水を汲む……手順、知ってるか?」
拓馬はヤマダと赤毛に聞く。赤毛は「二人に任せます」と非協力的だ。
「若いアナタたちにはちょうどいい遊戯でしょう」
「ジジくさいことを言うんだな」
赤毛の性別は明確でないが、拓馬は率直にそう感じた。そうこうしているうちにヤマダが小さな水差しを手にする。
「試せばわかると思うよ。三と五以外の水の量にできないかな」
ヤマダは水を汲み、いったん縁に置く。大きな水差しも縁に置き、その中に汲んだ水をすべて入れた。再度小さな水差しで水を汲む。汲んだ水を大きな水差しの五の目盛りまで入れた。現在水差しには五リットルと一リットルの水が入った状態になる。
「小さいほうは一リットルの水になったね。これを繰り返せば四リットルができる!」
「一リットルをとっておく容器がねえぞ」
指摘を受けたヤマダは「やっぱそうねー」と笑った。するといきなり真面目な顔になる。
「一足す三は……」
そのつぶやきによって拓馬も解法を理解した。まず大きな水差しの水を捨てる。空になった水差しを台に置いて支えた。そこにヤマダが一リットルの水を入れる。彼女は小さな水差しに水を汲み、拓馬が支える水差しへ注ぐ。これで四リットルの水が用意できた。
カチっと物音がする。水差しの下にある台の側面の板が外れ、なにかが地面に落ちる。拓馬が拾いあげた。目当てのピースだ。
「よーし、体育館に入る用意はできたね」
「アルファベットで言うと、どれが集まったんだ?」
ヤマダはリュックサックを下ろし、異界の文字の置き換え表を出した。表に丸の付いたアルファベットが六つある。その六つは「F」、「A」、「R」、「N」、「T」、「O」。
「印をつけたところがいままで集めた文字ね。ここで手に入れた文字は……『U』」
そう言うとヤマダは表に丸を書き足した。あとは正解となる綴りがわかれば体育館の扉の問題は解ける。だが体育館へ突入するまえにやり残したことがある。
「さきにキツネを見つけようぜ」
「向かいの校舎にいる子ね」
「ああ、体育館に行くのはそれからだ」
拓馬は赤毛を見た。赤毛はその機動力で学校中を探索している。囚われの狐がいる場所の見当がついていそうだと拓馬は思い、可能性のある場所を聞こうとした。
「狐など捨ておきなさい」
この場の脱出のみを目的とする者らしい意見だ。拓馬は赤毛がそう主張するのもわかるため、丁寧な反論を心がける。
「シズカさんの仲間なんだ。生きて返さなきゃいけない」
「空間を生み出した術士をくだせば、もどってきますよ」
「シズカさんならそうするのか?」
赤毛は口をへの字にする。
「彼は助けにいくでしょうね」
「なんであんたはイヤがるんだ?」
「体育館以外にもワタシが行けなかった場所があります。そこに狐がいるかもしれませんが、我々では到達できません」
「なにが邪魔してる?」
「アナタたちよりも体の大きい蜘蛛です。あれを倒すには戦闘向きな者の力が要ります。この場で協力を仰げる仲間がいますか?」
拓馬は無理だと思った。自身の体術は人外に通用しない。手助けが望める者といえば、ヤマダが力を分け与えた少女。しかし彼女が戦力になるとは思えなかった。確実な方法とは、シズカの到着を待ちその仲間に戦ってもらうこと。だがこの手段にも欠点がある。
「キツネの救出までシズカさん任せには……ここのボスを倒す力が無くなったら困るぞ」
「だから我々が先んじて空間の主を打倒するのです。ワタシにはできます」
「蜘蛛のバケモノから逃げたやつが、かなう相手なのかよ」
「蜘蛛は視力が弱いのでワタシとの相性がイマイチだったのです。例え真に効き目のない敵だとしても、ワタシが変化を解けば戦えます。あの体育館は広そうですから身動きが取れなくなる心配もありません」
赤毛本来の姿では廊下や教室が狭すぎるらしい。ヤマダは「赤毛さんは大きい鳥か竜なの?」とたずねた。赤毛がうなずく。
「そういうことです。……ワタシを信じるも信じないも貴方次第です」
赤毛は拓馬に判断を委ねる。拓馬は赤毛の力量が不足すると疑うつもりはないが、赤毛の提案に乗るのはリスクが高いと思った。やはりシズカが同行してくれれば安心できる。
「俺はシズカさんと合流してから体育館に乗りこみたい。それじゃダメなのか?」
「彼とはあまり仲が良くないのですよ」
「シズカさんはよっぽど悪さする相手じゃなけりゃ、なにもしないだろ」
「悪さをすると思われているから会いたくないのです」
「あんたの日頃の行ないが悪いってことか?」
「平たく言えばその通りです」
赤毛は悪びれもなく答える。その潔さの手前、拓馬はなにも言う気にならない。
「アナタが彼を待つのならワタシは抜けます。あとはご自由にどうぞ」
赤毛は拓馬たちが長らく滞在した校舎へと歩き、ガラス戸の付近で立ち止まる。
「ここにはワタシ以外にも招かれざる客がいます。敵意のある者、手助けしてくれる者もいるでしょう。それらを見極めなさい」
忠告を終えると赤毛は校舎内へ入る。赤い髪が炎のように揺れ、消えていった。
赤毛が拓馬とヤマダを抱え、二度目の飛行を行なう。またたくまに中庭に続くガラス戸の前に到着した。拓馬たちは慣れたもので、今度は赤毛にしがみつかなかった。
拓馬は透明な開き戸を押す。反対校舎へ続く経路から横にそれた先が中庭だ。
「この噴水に問題が設置されています」
赤毛がそう言うので、拓馬たちは噴水へ近づく。噴水は今なお稼働し、水を下から上へと循環させる。流動する水は淡い光を放つ。
「噴水に照明はついてたっけ?」
ヤマダが非日常的な仕様の噴水を不思議がった。しかし拓馬は別の異物に気を取られてしまい、返答しなかった。
噴水の縁に大小二つの持ち手付きの容器が置かれている。その付近には札と台が設置してあった。札にはまたも英文が記載されてあった。設問は「Please draw exactly 4 liter of water」。透明な容器のうち、大きいものには目盛りの横に数字で五、小さいものには三と印字してある。
「五リットルと三リットルの水差しを使って、四リットルの水を汲めってことか」
拓馬が出題を翻訳した。ヤマダは小さい水差しを持ち上げる。
「大きな計量カップみたいだね」
一リットルを超える計量カップは二人とも見たことはないが、それが卑近な例えだった。
「量ったらどこに置くのかな……この台?」
ヤマダは水差しを台に置いてみた。なにも変化は起きない。やはり一定量の水が解答に関わる仕組みなのだろう。
「これに水を汲む……手順、知ってるか?」
拓馬はヤマダと赤毛に聞く。赤毛は「二人に任せます」と非協力的だ。
「若いアナタたちにはちょうどいい遊戯でしょう」
「ジジくさいことを言うんだな」
赤毛の性別は明確でないが、拓馬は率直にそう感じた。そうこうしているうちにヤマダが小さな水差しを手にする。
「試せばわかると思うよ。三と五以外の水の量にできないかな」
ヤマダは水を汲み、いったん縁に置く。大きな水差しも縁に置き、その中に汲んだ水をすべて入れた。再度小さな水差しで水を汲む。汲んだ水を大きな水差しの五の目盛りまで入れた。現在水差しには五リットルと一リットルの水が入った状態になる。
「小さいほうは一リットルの水になったね。これを繰り返せば四リットルができる!」
「一リットルをとっておく容器がねえぞ」
指摘を受けたヤマダは「やっぱそうねー」と笑った。するといきなり真面目な顔になる。
「一足す三は……」
そのつぶやきによって拓馬も解法を理解した。まず大きな水差しの水を捨てる。空になった水差しを台に置いて支えた。そこにヤマダが一リットルの水を入れる。彼女は小さな水差しに水を汲み、拓馬が支える水差しへ注ぐ。これで四リットルの水が用意できた。
カチっと物音がする。水差しの下にある台の側面の板が外れ、なにかが地面に落ちる。拓馬が拾いあげた。目当てのピースだ。
「よーし、体育館に入る用意はできたね」
「アルファベットで言うと、どれが集まったんだ?」
ヤマダはリュックサックを下ろし、異界の文字の置き換え表を出した。表に丸の付いたアルファベットが六つある。その六つは「F」、「A」、「R」、「N」、「T」、「O」。
「印をつけたところがいままで集めた文字ね。ここで手に入れた文字は……『U』」
そう言うとヤマダは表に丸を書き足した。あとは正解となる綴りがわかれば体育館の扉の問題は解ける。だが体育館へ突入するまえにやり残したことがある。
「さきにキツネを見つけようぜ」
「向かいの校舎にいる子ね」
「ああ、体育館に行くのはそれからだ」
拓馬は赤毛を見た。赤毛はその機動力で学校中を探索している。囚われの狐がいる場所の見当がついていそうだと拓馬は思い、可能性のある場所を聞こうとした。
「狐など捨ておきなさい」
この場の脱出のみを目的とする者らしい意見だ。拓馬は赤毛がそう主張するのもわかるため、丁寧な反論を心がける。
「シズカさんの仲間なんだ。生きて返さなきゃいけない」
「空間を生み出した術士をくだせば、もどってきますよ」
「シズカさんならそうするのか?」
赤毛は口をへの字にする。
「彼は助けにいくでしょうね」
「なんであんたはイヤがるんだ?」
「体育館以外にもワタシが行けなかった場所があります。そこに狐がいるかもしれませんが、我々では到達できません」
「なにが邪魔してる?」
「アナタたちよりも体の大きい蜘蛛です。あれを倒すには戦闘向きな者の力が要ります。この場で協力を仰げる仲間がいますか?」
拓馬は無理だと思った。自身の体術は人外に通用しない。手助けが望める者といえば、ヤマダが力を分け与えた少女。しかし彼女が戦力になるとは思えなかった。確実な方法とは、シズカの到着を待ちその仲間に戦ってもらうこと。だがこの手段にも欠点がある。
「キツネの救出までシズカさん任せには……ここのボスを倒す力が無くなったら困るぞ」
「だから我々が先んじて空間の主を打倒するのです。ワタシにはできます」
「蜘蛛のバケモノから逃げたやつが、かなう相手なのかよ」
「蜘蛛は視力が弱いのでワタシとの相性がイマイチだったのです。例え真に効き目のない敵だとしても、ワタシが変化を解けば戦えます。あの体育館は広そうですから身動きが取れなくなる心配もありません」
赤毛本来の姿では廊下や教室が狭すぎるらしい。ヤマダは「赤毛さんは大きい鳥か竜なの?」とたずねた。赤毛がうなずく。
「そういうことです。……ワタシを信じるも信じないも貴方次第です」
赤毛は拓馬に判断を委ねる。拓馬は赤毛の力量が不足すると疑うつもりはないが、赤毛の提案に乗るのはリスクが高いと思った。やはりシズカが同行してくれれば安心できる。
「俺はシズカさんと合流してから体育館に乗りこみたい。それじゃダメなのか?」
「彼とはあまり仲が良くないのですよ」
「シズカさんはよっぽど悪さする相手じゃなけりゃ、なにもしないだろ」
「悪さをすると思われているから会いたくないのです」
「あんたの日頃の行ないが悪いってことか?」
「平たく言えばその通りです」
赤毛は悪びれもなく答える。その潔さの手前、拓馬はなにも言う気にならない。
「アナタが彼を待つのならワタシは抜けます。あとはご自由にどうぞ」
赤毛は拓馬たちが長らく滞在した校舎へと歩き、ガラス戸の付近で立ち止まる。
「ここにはワタシ以外にも招かれざる客がいます。敵意のある者、手助けしてくれる者もいるでしょう。それらを見極めなさい」
忠告を終えると赤毛は校舎内へ入る。赤い髪が炎のように揺れ、消えていった。
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