然し、今回は、敢えて発生しなかった災害、詰まり起こらなかった災害の重要性を強調しておきたい。
「起こらなくて、良かったじゃないか。一体何が問題なのか」。
こうした疑問の声が聞こえてきそうである。
確かに、災害が発生しなかった事自体は幸いだ。
但し、この考えには大きな落とし穴がある。
災害に限った事ではないが、私たちは、出来事について、ついつい「起こった・起こらなかった」と言う形で「黒・白」に綺麗に2分割して考えがちである。
筆者の考えでは、この時注意を要するのは、常識とは反対に、「黒(起こった)」ではなく、「白(起こらなかった)」の方である。
何故なら、「白」を注意深く眺めると、本来混同してはならないはずの二つの異なるケースが、その中に混在しているからである。
一つは、「殆ど真っ白」と言うケースである。
けれど、対照的に「黒に近いグレー」も、実は同じ「白」の中に含まれてしまっている。
事故防止の世界で重視される言葉に、「ヒヤリ・ハット」がある。
この言葉を使えば、「後少し雨が降り続いていたら、大規模な洪水災害になっていた」と言う防災にとって非常に重要な事実が、少なくとも一般住民にとっては「ヒヤリ・ハット」にすら、なっていないのである。
この様に、自然災害は、「起こった・起こらなかった」の二分法で考えてはならない。
もう一つ、「起こっていても不思議ではなかったが、運良く起こらなかった」と言う第3のカテゴリーを加える事が大切である。
何故なら、そう言う事が起きていた地域や場所こそ、次に本当に災害が「起こった」場所になってしまう最有力候補だからである。
「運良く起こらなかった」が繰り返されている間に、それが致命傷へと至らない様、手当や備えを進める事が大切なのだ。
京都大防災研究所教授 矢守 克也
愛媛新聞 現論から
或る日突然そうなったのではなくて、何度か運良く起こらなかった局面を経た上で、遂に「その日」を迎えてしまった事を発見したらしい。