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2018年05月01日

拓馬篇−5章X

 人間の男性型の同族が人の子を抱えながら歩く。人の子に意識はなく、自身の肉体を同胞にあずけていた。
 同族がねむる人の子に語りかける。
「変わった人間だ……この私をこわがらないとは」
 同族は「あなたもそう思うか?」と人の子の内にすむ存在にたずねた。
『きっと、そう』
 実体をもたぬ存在は物理的な返答ができないため、率直に思うことを念じた。同族は「当然か」とつぶやく。
「人型になれないあなたを受け入れた子だ。元がどうだろうと、化け物を脅威には感じないんだろうな」
 原形のまま人前に出れば、常に人は恐怖に顔をゆがめた。その経験は人の子に憑りつく存在がもっとも豊富だった。
「あなたはこの娘とともに……これからも居たいか?」
『わからない』
「その体から出たいと思ったことは?」
『ない』
「それなら『居たい』のだろうな、当分のうちは」
 同族の解釈はおそらく正しい。娘の体を抜け出たとしても、その後になにをするでもない。また何者かの負の欲求が聞こえるようになるのだとしたら、それは避けたかった。
「昔の役目を、もう一度こなしたいとは思わないだろう?」
『……やりたくない』
「それがいい。その気持ちが我らには必要なのだと思う」
 同族は自身の行動とは相反する意見を提示する。
「我らの本性は、人と寄り添うことにあるのではないかと……私はあなたを見て、強く考えるようになった。もっと明確な自我を持つ同族が増えれば、はっきりするかもしれない」
『どうやる?』
「私と波長の合う同胞がいる。そいつに力をつけさせたい」
『話せない?』
「あなたと似て、元の姿では意思表現がうまくできない。私が足りない言葉を補完していったのでは、私の理想へ誘導させてしまうおそれがある。私と話すあなたも、その危険がなくはない」
『そう……?』
「たしかめたいのなら、あなたも人に化けてみることだ。あまり勧めはしないが」
 同族は娘の家の前にたどりついた。玄関のそばに娘をそっと座らせる。
「あと何度……こんなふうに話せるか、わからない」
『……さびしい?』
 同族が言葉をつまらせた。彼──あくまでも外見上の性別で―─は話し相手が情緒や機微の理解に欠けているものだと見做していた。その思い込みがくつがえされた彼は娘の頭をなでる。
「それがわかれば人の世でやっていけそうだ」
『あなたは?』
「なに?」
『あなたこそ、人間との生活を続けたらいい』
 同族はゆっくり首をうごかす。
「私は悪名が広まりすぎた。私がのぞんでも、そんな暮らしはかならず破綻が起きる。……早いか、おそいかだけのちがいだ」
 同族が自身の衣服に手をつっこんだ。しのばせていた手帳を娘のひざに置く。
「私の用は済んだ。これで行く」
 彼は娘の家の呼鈴を鳴らした。物理的な作用をおよぼす目的の実体化は一瞬だけでおわる。娘の父親が外へ出てきて、父親は訪問客がどこにいるのかとあたりを見回す。そばにいる男には気がつかなかった。
「どうか、私の為せなかったことをあなたには果たしてほしい」
 同族はその言葉を最後に、実体のある人間のように歩き去った。
 娘の父親がねむりこむ娘を見た。あわててその肩をゆする。
「おい、どうした? よっぱらいじゃあるまいし!」
 娘のひざから手帳が落ちる。父親はその手帳を取る。裏表を返し、それが自身の所有物だと知ると、こんどは家の前の道路を見る。
「なーんかあったみてぇだな……わるいやつが絡んじゃいなさそうだけどよ」
 父親は娘の体を持ち上げた。その抱え方は同族と似ていたが、足取りがややおぼつかない。
「やっぱり重くなったなぁ……それか、おれの体力がおちちまったか?」
 父親は娘が不自然な帰宅を果たしたにもかかわらず、普段の明るい調子でつぶやいた。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:45 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年05月03日

拓馬篇−5章1 ★

 日がのぼったばかりの早朝、電子音が室内に鳴った。拓馬は寝台で寝ており、うっすら覚醒する。この音は電子メールの通達音。即時返答を要求されるものでない。なので二度寝をしにかかった。だが電子音がまた鳴る。拓馬は妙だと思い、しぶしぶ枕元にある携帯用通信機を手にする。あおむけで機器を操作してみると、ヤマダから送られた文章が二つあった。ひとつめを読んでいく。
(『昨日の夜に、大男に会ったよ』……?)
 拓馬の眠気が一気に冴える。
(週末だとか須坂は関係ないのか?)
 これまでの事跡から推察できる、大男の出現条件がもろくもくずれた。あの大男は須坂の保護以外にも活動理由があるのだろうか。
 拓馬が親友からの報告を読みすすめるも、手応えのある情報はなかった。どんな形で大男と遭遇したか、どんなふうに接されたかは記載がない。今日拓馬と一緒に登校したいと綴ってあり、そのときに語るつもりらしい。
 二つめの文章には、大男のことをシズカに聞いてほしいという依頼が載っている。拓馬はそうしようとしたが、思いとどまる。
(そのまえに、全部聞いておくか)
 あやふやな情報のまま伝えては、あとあと混乱をまねくかもしれない。そう配慮した拓馬はヤマダに会うことにした。彼女がたったいま文章を送ってきたのだから、送り主も起きているはずだ。拓馬はこれから会うことをヤマダに伝える。私服に着替え、家を出た。
 拓馬は早朝特有の澄んだ風を体に受けて、小山田宅を訪問する。呼鈴を鳴らしてから玄関の戸を開けたところ、すでにヤマダは廊下で待機していた。彼女も私服を着ている。
「タッちゃん、外で話さない?」
「お前んちじゃダメか?」
「お母さんがもう起きてるんだけど、まだゆうべのことは言ってない。いま聞かれたらタッちゃんに話せなくなりそう」
 ヤマダの母が取り乱すような体験をしたのか、と拓馬は言外の意図をさぐる。それなら外で話すのも差しさわりがありそうだ。
「じゃあ俺の家で」
「お父さん以外の人に知られると、ややこしくならない?」
 その心配は適切だ。拓馬の父は拓馬が現在かかずらう事柄に理解を示すが、母と姉には適当な理由をつけ、はぐらかしていた。
「そうだな、俺の部屋にしとくか」
 普通の会話程度なら盗み聞かれる心配がないほど、拓馬の部屋は防音が利いている。それゆえ二人は根岸宅へ会話の場を移した。拓馬が帰宅すると飼い犬が玄関まで出迎えにくる。白黒の犬は一家の就寝時にかならず檻に入れるため、家族のだれかが檻から出したらしい。母は朝の家事が一段落つくまで犬を開放しないし、姉はこんな早くから活動する人間ではない。おそらく父がそうしたのだ。
 ヤマダは犬の歓迎によろこび「トーマ、おはよう」と長毛犬の被毛をなでまわした。彼女がかまったせいか、二人が拓馬の部屋へむかうとトーマもついてくる。せっかくなのでそのまま自室へ入れた。拓馬は椅子に、ヤマダは寝台の上に座る。トーマはヤマダの足元に座り、じっと来客の顔を見つめた。ヤマダが犬に触れつつ、昨夜のことを話しはじめる。
「昨日、というか今日に変わるころの夜中ね、うちのオヤジが仕事から帰ってきて──」
 ノブは職場に忘れ物をした。それをヤマダが取りに出かけた道中、大男につかまった。この際に大男は異界の者だとほのめかしたという。
「その人、わたしから元気を吸い取ってさ。もしかしたらその人がだれかを襲うの、こっちの世界で生きるためにやってるのかもね」
「栄養補給で、か……」
「シズカさんならあっちの世界の生き物の面倒をみれるでしょ? シズカさんに紹介したらいろいろ解決するんじゃないかな」
「それで『シズカさんに伝えてくれ』と?」
「うん、よろしくー」
 ヤマダはトーマとたわむれだした。彼女の情報共有したいことは以上らしい。
(これじゃシズカさんがどうしていいか……)
 拓馬は判断材料の不足を感じた。彼女の要望をかなえられない事情を、大男が抱える危険性を秘めているからだ。
「そいつ、なんでここにいるんだろうな?」
「わからないけど……やっぱりそこ重要?」
「ああ、シズカさんはここで活動する異界の連中を、良いふうに言わないときがある」
「わるさをしにくるやつもいるから?」
「そうだよ。だからシズカさんに伝えるけど、お前が期待する結果にはならないこともあるってこと、わかっててくれよ」
 拓馬が考えうる悪い結末とは、シズカが大男と敵対すること。現時点では大男が悪人だと決まっていないが、大男がシズカからの排斥を受ける可能性がないとも言えない状態だ。ヤマダが善意で思いついた行動が、逆に相手を苦しめることにもなるうる。
 指摘を受けたヤマダは表情をくもらせる。
「……言いたいことはわかるよ。なんたってうさんくさいもんね」
「シズカさんに知らせていいんだな?」
「うん。もしその異界の人が悪事をはたらいていたら、止めないとね」
 ヤマダの同意を得、拓馬はさっそくシズカへメールで通知する。その最中にヤマダは拓馬にとある方針を打ち出す。
「あ、わたしが大男さんに会ったことは、学校のみんなには内緒にね」
「三郎がまた張り切るからか?」
「うん、いまはシズカさんに任せておきたいからね」
 ヤマダは「じゃあまた学校で」と言い残し、部屋を出た。拓馬が報告を終えたころには飼い犬の姿もなかった。ヤマダの見送りにいったのだ。
(ほーんとあいつは媚び売るのがうまいよな……)
 犬の平生と変わらぬ対応が、厄介事をかかえこむ拓馬の気遣わしさをかるくした。

posted by 三利実巳 at 05:00 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年05月09日

拓馬篇−5章2 ★

 ヤマダが根岸宅を出たあと、拓馬は早々に制服に着替えた。いつもの登校時間より早いが、家にいても落ち着かないので、とっとと登校しようと思った。
 拓馬は食事をしに居間へ入った。居間と一体型になった台所に父が立っている。拓馬の家ではたいてい母が朝食を用意するのだが、早起きした父が家事をこなすこともままあった。父以外はまだ起きていないらしい。
 拓馬は父に簡単な挨拶をしてから「食うもんある?」とたずねた。父は四角いフライパンで玉子を調理しながら「昨日の残り物が電子レンジにある」と答える。
「いまあたためてる。拓馬が食べると思って」
「ああ、ありがとう」
 拓馬は昨夜のメニューがシチューだったのを思い出し、引き出しからスプーンを取った。
「さっき、小山田さんの娘さんがきてたね」
 父はやはり気付いていた。拓馬はどこをどう教えていいものやら言葉に詰まる。
「え、ああ、ちょっと話があって」
「今日の夜中にあったこと?」
「へ? なんで知ってる?」
 まさか父が盗み聞きをしたか、と拓馬は父の顔をのぞきこんだ。父は苦笑する。
「話すとすこし長くなるんだが、いいかな?」
 どうやら拓馬らの会話から得た知識ではないらしい。拓馬は父への信頼を取りもどし、稼働中の電子レンジのボタンを操作する。
「じゃ、飯を食いながら聞く」
 拓馬は電子レンジ内にある、ほんのり温まった陶器をテーブルに運んだ。
「昨日はゴミ置き場の鍵を開けるのをうっかり忘れてたから、夜中に出かけたんだ」
 父は事の次第を説明しはじめる。
「それから家について、さあ寝ようと思ったら、家の外から男性の話し声が聞こえてきて、その話が気になったから物陰に隠れてたんだよ。そうしたら、妖怪かなにかが、だれかとしゃべってたんだ」
「どうやって人間じゃないとわかったんだ?」
「断片的にしか聞き取れなかったが、言ってることが普通の人じゃないみたいで──」
 父は「いや、ちがうか」と自身の説明を否定する。
「話し声が聞こえたときは、内容をわかってなかった。だから勘だな。『この話し声は人間のものじゃない』と、なんとなく感じた」
 父は霊的なものに対する感覚が人一倍すぐれている。そのセンサーがはたらいたことを、拓馬は疑わない。
「父さんの勘は、きっと合ってると思う」
 その思いはたとえヤマダの体験を聞かされていなかったとしても変わらない。それだけ拓馬は父の能力を信じていた。
「そいつがうちの家の前を通りすぎたのを見計らって、顔を出したら、ずいぶん大きい人影が小山田さんちへ入っていった。ますます気になって、その後ろを追いかけたんだ」
 父は平皿に不格好な玉子焼きをのせた。しゃべりながらの作業のせいで、きれいに焼けなかったのだろう。この一家は見た目の不出来を気にする性分ではなく、食べられれば成功作である。父は完成した料理を切り分けた。そのうちの極端に小さくなった部分を三切れ小皿にのせ、拓馬に渡した。残った見た目のよい部分は弁当のおかずに入れるのだ。
 次に父は片手鍋に水を入れ、コンロで熱しはじめた。お湯で食材を茹でるのか汁物を作るのか。しかし父はただ突っ立っている。
「そうしたらその大きい人が玄関口で、小山田さんちの娘さんを寝かせて、その子にまた話しているんだ。とても親しげにね……」
「そのデカイやつはヤマダが好きなのか?」
「どうだろう……彼女に憑《と》りつくなにかを、彼女と一緒くたにあつかっている……ふうに見えたかな。きっとお化け同士の会話をしていたんだと思う。私の耳だと、ひとりの男性の声しか聞きとれなかったけどね」
 ヤマダに憑《つ》いたなにか──拓馬はヤマダの身にまとわりつく、黒く小さな物体を連想した。あれが大男の知り合いなのか。
「もしかして、クロスケが?」
 その呼び名はヤマダがつけた。彼女につきまとう人外のことを、父も見聞きしている。父は「そうかもしれない」とうなずく。
「……そんなことがあったから、今朝の拓馬が早起きしたことも納得できるんだ」
 説明の区切りがついた父は調理を再開する。冷蔵庫から水菜を一袋出して、水洗いした。鍋の湯は水菜を湯がくための下準備だ。
「拓馬と娘さんの話は短かったようだし、本当はまだ話せることがあるんじゃないかな」
「そう言われれば……あっさりした言い方だったな。『自分がこんな目に遭った』ってことは二の次で、『そうしなきゃいけない訳ありな人を助けて』と、たのみにきた感じで」
「たのむって、拓馬に? お坊さん?」
「警官やってるお坊さんのほう。俺はなんにもできねーもん」
 シズカと拓馬とは大きく異なる点がある。人外が見えるだけの拓馬とちがって、彼は人外への対処法を持つ。そのことを父は知っているのに、わざわざ確認してくるのを拓馬はわずらわしく感じた。
「拓馬だからできることだってあるとも」
「どんな?」
「今日は早く学校に行って、あの子の話をじっくり聞いてあげなさい。彼女もたぶん、家でのんびりしてる気分じゃなさそうだ」
「よくそんなにあいつの行動が読めるな。父さんが直接話を聞いたんじゃねえのに」
「長く生きてたらそれくらい想像ができるように……ならない人はならないな、うん」
 父の予想は経験にもとづく推察だ。それは他者に関心をそそぐ者にだけ培われる能力である。自分にしか興味のない人間はどれだけの歳月をかけても習得しえない。
「あの子は拓馬だからなんでも言えるんだよ。これは、よその大人じゃできない」
 ふいに拓馬の足元があたたかくなった。テーブルの下をのぞくとトーマが足にまとわりついている。拓馬だけがさきにご飯を食べるのを、うらやましがっているのだろうか。拓馬をじっと見上げる目には愛嬌があった。
「ほら、拓馬はトーマが自分のところにきたら、うれしくなるだろ?」
「え? まあ、そりゃ……」
「そばにいてくれるだけで、気持ちが楽になる……それは素敵な能力だよ」
 父がトーマのことを口にする意味──拓馬は会話の前後をかえりみて、これは一続きの話題なのだと察する。
「じゃあなんだ、俺があいつの癒しになってるってか? 犬といっしょ?」
 父はプラスチック製ボウルに入れたサラダをかきまぜた。その顔は笑っている。
「癒し、だったらトーマの勝ちだな」
「だろ? 例えがわりぃよ」
「すまん、言葉が足りなかった。ようは、だれかの役に立つ力には種類がいろいろあるってことだ。お坊さんの問題解決能力はたしかにすばらしい。でもその力が拓馬にないからといって、引け目に感じる必要はないんだよ」
 父は拓馬の自己肯定感の低さを見抜いている。もとより拓馬はそういった発言を過去にしてきたのだから、別段おどろくことではない。だがこの場でなぐさめを受けるとは思っていなかった。拓馬がどう返答していいものか考えあぐねると、足音が近づいてきた。
「あら、もうご飯の支度をしてるの?」
 朝食作りの主役な母がようやく起床した。父は調理役を母と交代し、成果物を皿と弁当へ盛る作業に徹する。そうしてできた弁当を拓馬が持ち、早足で家を出た。

posted by 三利実巳 at 23:59 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年05月13日

拓馬篇−5章3 ★

 学校には早朝の部活をしにくる生徒がまばらにいた。けれども拓馬のクラスにはだれもいなかった。普段の拓馬の登校時間帯は、生徒の半数前後があつまるころ。無人の教室を目にするのは、帰宅が遅くなったときくらいだ。見慣れた教室でありながら、現在の雰囲気は異質だと感じた。
(ヤマダはきてないか……)
 彼女の弁当と朝食も、おもに親が用意する。拓馬の場合は父が気を利かせてくれたおかげで早く出発できたが、小山田家ではうまく事が運んでいないのかもしれない。
 拓馬は自席に着く。時間つぶしがてら教科書類をながめた。数分が経つと廊下から足音が響く。せわしない音だ。音と音の間隔がみじかいため、走っているようである。その音が拓馬のいる教室のまえで止まった。リュックサックを背負うヤマダが入室する。彼女は息を切らして、拓馬の付近にある椅子へ座る。
「タッちゃんといっしょに学校へ行こうかと思ったんだけど、もう行っちゃったって親御さんに言われてさ、いそいできたよ」
「まだ俺に言うことが残ってたのか?」
「うん、けっこう大事なこと! まえにケンカやった金髪の子、おぼえてる?」
 拓馬は大男の話が展開されると身構えていた。想定外からの質問を受け、混乱する。
「え……金髪?」
「雒英《らくえい》の制服を着てた子だよ」
 拓馬は通算二回会った。一回めは道ばたで通りすがり、二回めはヤマダたちと同じ場で。
「髪が長くって、ちょっと女っぽい子ね。今日の夜中、その子も見かけたんだよ。だれかに電話してる最中で……わたしたちに仕返しする計画を立ててるみたいだった」
 あの金髪が復讐をくわだてている──シドが恐れていたことだ。それゆえ、かの教師は蛮行としか思えぬ体罰を金髪にふるった。金髪の復讐心を削ぐために、恐怖心を植えつける作戦だったとか。それが功を成さなかった。
(だいぶ執念深い相手なんだな……)
 金髪とシドとの力量の差は歴然だ。そんな強大な相手が拓馬らの後ろにいると知ってなお、あの少年は対抗心を燃やしているとは。
「先生が負ける心配はないんだけど……だれかが人質にとられでもしたら、先生が大変でしょ? しばらくはひとりで外をうろつかないほうがいいのかな」
「みんなが危ないな……声かけとくか」
 ヤマダは「ただね」と心配そうに言う。
「サブちゃんにこのことを言ったら、またなんかやりだしそうじゃない?」
「興奮はするだろうが、やれることはないんじゃないか? いまはあの不良連中がどこにいるのか、わかってないだろ」
「その居場所を探す──とか?」
 ありえそうではあった。そして三郎ならば見つけた不良らに「そんなに負けたことがくやしいならもう一度手合せしよう」という具合に、彼らの思惑とは明後日の方向へ突き進んでしまいかねない。彼らはおそらく、正攻法で三郎たちに勝つ気などないのだ。憂さを晴らせれば手段はなんでもよいはず。
「また藪蛇をつつくのも、どうかと思って」
「……三郎にはだまっとこう」
「シド先生はどうしよう?」
 これもややこしい質問だ。この件に深く関わったシドにも注意をうながすべきではある。しかし彼の職務外の負担が大きい。拓馬らが直接教師に救援を求めたなら、彼は万全の対策を講じる必要性が出てくる。真面目なシドがほどよく手を抜くことは考えにくい。
「あー、うーん……俺らからは知らせないほうがいいんじゃないか?」
「うん。あの先生だと背負いこんじゃいそうだしね」
「それに、あの地獄耳な校長がどっかで聞きつけてくるだろ。校長が『まずい』と思えば先生のほうにも話がいくって」
「じゃあわたしたちだけで注意しようか」
「教えておくやつは、ジモンと、千智?」
 この二人に注意をよびかけたとして、その後どうなるか。拓馬はすこし考えてみて、たったいま決めたことのひとつをムダにする気がした。
「その二人に言ったら、サブちゃんにも伝わっちゃいそうだね」
「隠し事はできねえもんな、あいつら」
 どちらも三郎の友人。会話のついででぽろっと言う様子は拓馬も想像がついた。
「先生以外にはぜんぶ言っちゃう?」
「そうしとこう。お前に任せていいか?」
「うん、今日中に伝わるようにする。あとね、これはあつかましいかもしれないけど」
 ヤマダはうつむく。この態度は拓馬に対する遠慮ではなさそうだ。
「シズカさんに言ったら、その金髪くんをおさえられるかな?」
 その依頼はおそらく大男を捕縛するよりも難度は低い。だが、そうであるからこそ頼みにくい。拓馬は首を横にふる。
「それまでシズカさん頼りじゃ、気が引ける。あの人は無限に働けるわけじゃないんだ」
「あのキツネを呼ぶのも、疲れるんだっけ」
「本業でもそいつらを頼るときがあるんだってさ。あまり力を無駄遣いさせたくない」
「わかった。金髪くんはこっちで対処する」
 ヤマダは立ち上がった。彼女自身の席へと移るつもりだ。拓馬はこれで会話を切り上げてよいものか迷う。
(父さんが見たこと……ヤマダは知らないんだよな?)
 父が今朝拓馬に告白した内容は、ヤマダが寝ている間に起きたことだという。自身の身に降りかかったことはなんであれ、知りたいと思って当然だ。その判断のもと、拓馬はヤマダに父の目撃証言を伝えた。知られざる出来事を知ったヤマダはやはりおどろいた。だがおどろきのポイントが拓馬の予想とちがった。彼女の開口一番に発した感想は「よくバレなかったね」だ。拓馬の父が大男の様子観察を果たしたことを、意外そうに言う。
「あの大男さんって、人の気配に敏感だと思ったんだけど」
 たしかにそうだと拓馬も思った。だが父と話す際は感じなかった疑問だ。その根底には父の有する異能力への信頼がある。
「父さんはいろいろ特殊だからな……」
「『気付かれないように』と願ったら、ほんとうに気付かれなくなったのかな?」
「たぶん、そんな感じだな。ケガを治すときも『早く治れ』って念じるらしいぞ」
「便利だね。その力でトーマの考えてることも、わかるかな」
 トーマは根岸家の飼い犬の名だ。あのオス犬は情緒豊かなタチである。
「それは見てりゃだいたいわかるよ」
 二人の会話がたわいない雑談に変じたころ、足音がかさなって聞こえはじめた。多くの生徒が学校に着く時間帯になったのだ。拓馬は自席にて、朝早く登校する生徒をながめた。

posted by 三利実巳 at 00:30 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年05月19日

拓馬篇−5章4 ★

 拓馬は登校した友人らに挨拶を交わした。いつもは登校時に挨拶される側の拓馬が教室にいるのを、友は大なり小なり不思議がった。
 拓馬にもすくなからずおどろきはあった。早くくる理由がないであろう千智が、早々にあらわれたのだ。朝勉強をしにきたり、不測の事態がおきても遅刻しないように用心したり、といった勤勉さのない千智がなぜ──と考えたところ、拓馬は、彼女がおしゃべりだから、と応急の理由をこしらえる。友人と雑談するために早くきている、と見当をつけた。
 千智は拓馬に近づくなり「今日はなんで早くきたの?」と率直に聞いてくる。拓馬はヤマダとの約束にしたがい、大男のことは伏せて話す。たまたまヤマダが夜に外出したら例の金髪を見かけ、彼の不穏な計画を聞いた、ということにし、その経緯をヤマダが朝早くに拓馬へ伝えてきたために、拓馬は早起きさせられた、と。
 すると千智はにやけて「やだー」と言う。
「あのキレーな子が? けっこうなファイトをもってんのね」
「『キレイ』……?」
「あの金髪よ。かわいい顔してたじゃない」
 拓馬の記憶では金髪の邪悪な笑みが印象に残っている。顔の良し悪しはあまり意識しなかったが、たしかに均整のとれた顔であったようにも思う。しかし確実なことは言えない。
「俺は雰囲気しか見てねえから……」
「そうなの? まあ男同士じゃ、相手が美形だからってなんとも思わないわよね」
「キレイとかブサイクだとかは関係ねえんだ。外に出るときは警戒してくれ」
「具体的にどうすんの?」
 千智は真顔で聞いてきた。拓馬は対策を熟考していないながらも、それらしく答える。
「何人かで固まってうごくとか、用事は日が明るいうちにすますとか……」
「部活やってたらムリじゃない?」
「帰りが遅くなるのはわかるが、だれかとつるんで帰るのはできるだろ?」
「あっちは三、四人で行動してくるんでしょ。そんなやつらが、女の子が二人や三人ならんでいて『今日はやめとこう』って気分になると思う?」
 その抑止力は並みの女子では持ちえない。よほど体格に秀でた女子たちでなくては、相手は引き下がらないだろう。拓馬は自身の読みの甘さを痛感する。
「あー、効果ないな、それは……」
「ね、もっといい撃退法がないかしらね」
 拓馬が頭を悩ませていると「ねえ」と声をかけられた。その声の主は須坂だ。拓馬が視線を変えると、須坂の体の正面は千智に向かっている。
「だれかにねらわれてるの?」
「え、うん……」
 千智が不気味なほどにおとなしい返事をした。勝気な彼女らしさがなくなっている。その原因は、あまり親交のない生徒からいきなり話しかけられたことにあった。
 そんな戸惑いはおかまいなしに、須坂が話を続ける。
「だったら防犯ブザーを借りたら? この学校、貸し出しやってるから」
「よく知ってるのね」
「『使ったら』って、先生にすすめられたの」
「へー、いつから?」
「この学校に通うと決まったあたりに……私、ひとりで暮らしてるし──」
 須坂は防犯グッズの貸し出し手続きについて説明した。事務室で事務の人に話をし、用紙に必要事項を記入しればよいのだという。拓馬はこの場ではじめて知った。千智も初耳のごとく傾聴するので、須坂はいぶかしがる。
「この貸し出しって、ここの生徒ならみんな知ってるんじゃないの?」
「入学したときに言われてたかもねえ。でも、そんなの聞き流しちゃってるわ」
「平和だったから?」
「そうよ、こんなにゴタゴタしてるのって今年だけじゃない?」
 千智が拓馬に話をふった。拓馬はとりあえずうなずいておく。拓馬個人の身辺においては去年もさほど変わらぬ忙しさだったように思えて、全面的な肯定はしにくかった。
 須坂らが防犯対策の談義を終えかけたころ、三郎が入室した。彼は荷物を背負っている。これが彼の登校時間帯なのだろう。拓馬は若干意外に感じた。なんとなく、優等生な彼ならもっと早くに学校に着くものと思っていた。
 三郎は千智が須坂と接する様子を見て、あからさまに驚愕した。その反応はいたしかたないことだ。須坂は三郎をうっとうしがっているし、その仲間とも積極的に関わろうとしていなかった──駅での一件をのぞいて。
 とはいえ三郎のリアクションは行き過ぎていた。目をひんむく様子は顔芸のようでもあり、拓馬は吹き出してしまう。その笑い声を聞いた三郎が「いや、失礼した」と取り繕う。
「仲良くしているようでなによりだ。なんの話をしていたか、聞かせてもらえるか?」
「あー、それがな──」
「例の不良どもがなんかやらかす気なのよ」
 拓馬の説明は千智にとって代わられた。三郎はその説明を受ける間、表情が悲喜こもごもに変化したが、口をはさむことはなかった。
「女子たちはその対策でいいか」
「男はどうするつもりだ?」
「むろん、遭遇したあかつきには再戦を──」
 拓馬は三郎のブレなさに諦観をおぼえる。
「せめて、だれかと一緒にいるときにやってくれ」
 そのだれか、は戦力にならなくてもかまわなかった。有事の際は他者の助けを求めに行ける、そんな人物でよい。さほどむずかしい要求ではないはずだが、三郎は難問に出くわしたかのようにしかめ面をする。
「といっても、オレは拓馬やジモンとは登下校の方向がちがうから……」
 彼は戦力になる同行者を想定している。拓馬がその考えを正そうとしたとき、三郎の目が千智にいく。千智が「あたしぃ?」と渋る。
「やーよ、またあんたに夢中な先輩とかお嬢にやっかまれるじゃない」
 三郎と千智は同じ地区から通っている幼馴染。だがこの二人は学校の行き帰りを共にしない。その理由は、恋人の疑いを回避するためだ。三郎の身辺には一部の女子の目が光っており、その被害に千智が辟易《へきえき》しているとか。そのことを拓馬が思い出すと、この二人が登校時間帯をずらす現状に納得がいった。
「あたしはあんたが嫌いなんじゃないのよ?」
「ああ、それはわかる」
「でもあんたが優柔不断なせいで、あんたを友だち扱いする女子が困るわけ。わかる?」
「その、千智が迷惑だと言うのもわかるが、オレは決断を先延ばしにするつもりは──」
「だったら先輩かお嬢のどっちかを恋人にみとめちゃいなさいよ。そしたらほかの子だってあきらめがつくの。ちなみにあたしのオススメはお嬢ね、逆玉よ逆玉!」
 お嬢とあだなされる女子生徒は親が美容関係の社長だという。裕福な家の出であることは彼女の普段の身だしなみや言動からも知れ渡った。そのような庶民とは不釣り合いな女子に懸想されることを三郎は知っていながら、「そんな底の浅い話はいい」と切り捨てる。
「千智が人目を気にするのはわかった。なら部活帰りはどうだ? 先輩はもう引退したし、お嬢のほうも帰るのが早かったと思う」
「部活が終わる時間はバラバラでしょ。どっちかが終わるまで、片方が待つの?」
「そうだ。せいぜい十分二十分くらいの時間だろうが、惜しいか?」
「それくらいは平気だけどね、あんたからちゃんと先輩たちに話を通しておきなさいよ」
「そこまで周到にやるか?」
「そうよ。あの人たちはじかに見てなくたって、あんたのネタを拾ってくるんだからね」
 三郎の要請は認可が下りた。黙していた須坂が「モテるのも大変ね」と微笑つきで三郎を冷やかす。そうして須坂は自席へもどった。三郎はぽかんとした顔で須坂を見ている。
「……人が変わったみたいだな」
 三郎の感想に皆がうなずく。拓馬の目にも、難物な転校生が友好的な態度に変わったことはわかった。そのときに予鈴が鳴り、須坂の軟化に関する話題は立ち消えた。言葉をかさねずとも三人が感じた印象は同じだろう。
(友だち……に、みとめてくれたか?)
 須坂にまつわる騒動に関わる際、拓馬自身は損な役回りが多かった。だがその結果、肯定的な変化が芽生えた。自分が巻き込まれたことは結果的にメリットのあることだったのだと、拓馬は前向きに受け入れた。

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2018年05月23日

拓馬篇−5章5

 本日の授業がおわった後、ヤマダは千智と一緒に防犯ブザーの貸し出し手続きをしに行った。須坂の話を聞いた拓馬がヤマダにも貸し出しをすすめ、その提案に応じたためだ。ヤマダは「作戦は練ってあるんだけどなー」と渋りつつもその手続きを終える。その後は部活動をせず、拓馬とともに下校した。
 運動部員が出入りする校門を出た際、ヤマダは「早起きするとねむくなるね」とあくびをした。つられて拓馬も大口を開けた。言われてみてはじめて、拓馬は疲れがどっと押し寄せてきた気分になる。
「帰ったら夕寝するかな……」
「シズカさんとのお話はいいの?」
「いまんとこ反応がない。わすれられてるかもしれないし、今晩返事がなかったら、あした連絡してみる」
「うん、おねが……おおう?」
 ヤマダは民家のブロック塀に注目した。高さはヤマダの身長より低いくらいの、なんの変哲もない外観だ。
「どうした?」
「金色っぽくてフサフサしたものが見えた。もしかしてクリオくんかな」
「だれだよ」
「クリーム茶トラの猫。たまにうちの縁側にくるよ」
 ヤマダは友人を見かけたかのように親しげに言った。彼女は猫会いたさに塀に近づく。そっと塀越しに民家の敷地内を見下ろした。ヤマダは数秒黙りこくる。ふっと視線をもどすと、無言で塀をはなれた。その瞬間、「なんか言えよ!」と怒号がとぶ。塀の奥に人がいたのだ。
 荒々しい声をあげた人物が塀から頭を出した。金髪の少年だ。眉間にしわを寄せた男子ではあるが、よく見ると目鼻立ちに女優さながらの柔和さがのこっていた。拓馬はその顔と髪に見覚えがある。それが敵対する人物だと認識した時、拓馬はみがまえる。
(さっそく仕掛けにきたか!)
 金髪は雪辱を果たしにあらわれたのだ。しかし先に会敵したヤマダが妙に落ち着いている。そのせいで拓馬は芯からの臨戦態勢をとれずにいた。
 ヤマダは声のしたほうへ振り返る。
「そんな大声だしたら、鬼に見つかるよ」
 鬼、と聞いて拓馬は妖怪の鬼を想像した。しかし常人の目を持つヤマダたちに妖怪を視認できるはずがなく、その到来を忌避する理由が見つからなかった。
「この歳でかくれんぼをするやつがいるか!」
 金髪は高校生には縁のない遊戯を連想できた。ああなるほど、と拓馬が納得する。その発想をもとに、ヤマダの思考順序を考えた。──ヤマダは金髪が仲間とともに童心にかえっていると見做し、その様子を見なかったことにしてあげようと思った。それゆえ、なにも言わずに去ろうとした、と。
(フツー、そうとらえるか?)
 金髪は十中八九、拓馬たち目当てに才穎高校の近隣へきたのだ。それが復讐であれ事前の視察であれ、彼は無垢な遊びに興じてはいない。そんなことぐらい、ヤマダも察しがつくはずだ。
(これがちょろっと言ってた『作戦』なのか?)
 ヤマダなりに考案した、金髪たちの撃退方法──と見るには、あまりにアドリブが多い。彼らが潜伏しているところを発見すること自体、確率の低い出来事だ。ヤマダに確たる考えがあったとしても「出会ったときはこういう接し方でいこう」という方針レベルだろうと拓馬は思った。
 金髪は民家の敷地から出てきた。彼の背後には刈り上げ頭の少年もつづく。刈り上げはなぜか照れくさそうにうつむいていた。
 金髪のツッコミを食らったヤマダは「きみらは公園に入りびたってたでしょ」と会話を続行する。
「きみらが小学生のする遊びをやってたって、ぜーんぜんおかしかないね」
「どういう理屈だ」
 金髪が高圧的にたずねた。ヤマダは負けじと語勢を強める。
「あんなに公園に通う子って、大きくても小学生までだよ。きみらが小学生と程度が同じだってこと!」
「言ってくれるな。伸びてただけの野郎が」
 刈り上げが「こいつ野郎じゃないですよ、女、女!」と訂正する。金髪は邪魔くさそうに仲間を腕ではらう。
「んなこたぁどうでもいい!」
「え、だっておれたち、いままでこいつを男だと思ってきてて──」
 ヤマダを男に見間違える人は時々いる。というのも彼女は顔立ちが中性的だ。なおかつ私服では女っ気のない、動きやすい格好をこのむ。女らしい長い髪も、大抵は帽子で隠す──のだが、公園での騒動の時はポニーテールをさらしていたように拓馬は記憶している。
(そのまえの格好のせいか?)
 数か月前の寒い時期、拓馬たちは金髪の取り巻きと衝突した。その頃のヤマダは防寒用のニット帽子をかぶるスタイルですごしており、パッと見の性別は不詳だった。当時の認識が彼らの中に根付いていたとおぼしい。ヤマダが男だと金髪に吹きこんだであろう刈り上げは腰が引けている。
「女相手はまずいんじゃないッスか? オダさんのポリシー的に」
「ハブればいいだろ! どうせなんにもできやしねえやつだ」
 事実、ヤマダは金髪らを痛めつけたためしはない。そのおかげで金髪の報復対象からヤマダが外れたことを、拓馬はひそかに安心した。
 拓馬の思惑とは反対に、ヤマダは堂々と金髪との距離を詰める。このまま大人しくしてくれればいいのに、と拓馬はヒヤヒヤした。
「わたしがなにもできないかどうか……」
 ヤマダは金髪を見上げる。拓馬が見たところ、金髪の身長は一七○センチを超えている。背が一六○センチないヤマダには身長差がある相手だ。
「その体でたしかめてみろーっ!」
 ヤマダがすばやく金髪の頭につかみかかる。攻撃されると思っていなかった金髪は反応がおくれた。彼の頭部はヤマダの左脇にはさまれる。金髪の顔がヤマダの左胸のとなりに生えているような、珍妙な合体ポーズになった。
(あいつ、なんつームチャを……)
 敵と密着すれば危険も高まる。まして相手はヤマダに体格で勝っているのだ。彼女の無鉄砲な行ないは本人も承知のはずで、それができるのはおそらく、拓馬が見守っているからだ。ヤマダに危険が差しせまるまで、拓馬はあえて手を出さないことに決めた。
 ヤマダは両腕でがっちり金髪を拘束したまま、尻もちをつくように座る。金髪も腹這いの姿勢になった。金髪はヤマダの腕をはがそうとする。だが力の入りにくい体勢を強いられるせいで拘束をほどけない。無力な金髪を見たヤマダが「ふはははは!」と演技じみて笑う。
「わが広背筋と上腕二頭筋の餌食となるがいい!」
 ドスのきいた声だ。こんな声を出すヤマダは悪役を演じる時によく見かける。かける技が技だけに、いまのヤマダは悪役レスラーの気分でいるらしい。彼女は割合とプロレスが好きである。
 金髪は捕縛を解けず、屈辱に顔をゆがめている。彼ひとりでは脱出不可能。それは彼の子分である刈り上げもわかっているだろうに、どうしたわけか親分を助けにいかない。金髪の現状を笑顔で、うらやましげに見ている。刈り上げはなにを思って傍観しているのか、拓馬にはさっぱり理解できなかった。

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posted by 三利実巳 at 03:50 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年05月24日

拓馬篇−5章6

 ヤマダの絞め技に苦しむ金髪が「おい!」と第三者に声をかける。
「タブチ! やれ!」
 タブチとよばれた刈り上げは「いいんスか?」と挙動不審だ。金髪は声を荒げる。
「確認することか! とっととオレを助けろ!」
「だって、女に抱きつかれてんスよ?」
「はぁ!?」
「胸が顔に当たってるじゃないスか! ラッキースケベッスよ!」
 刈り上げが興奮しながら答える。彼の言わんとすることは拓馬には伝わった。しかしこの状況下で下心を優先する者は少数派だ。
「そんなこと言ってる場合か、これ?」
 拓馬はごく自然にツッコんだ。刈り上げに金髪の救出をうながす発言が出ると、ヤマダは金髪を解放した。首を持ち上げられていた金髪は横顔を地面に着ける。脱力した金髪を刈り上げが介抱する。
「オダさん、だいじょぶッスか?」
「おめーはさっきの状況をなんだと思ってやがった?」
 金髪は救出を躊躇した仲間にガンを飛ばした。刈り上げの目が泳ぐ。
「えーっと、プロレス技をキメられてたと……」
「わかってんだったらはやく助けろ!」
「でもいいじゃないスか。ちょっとかわいい子で」
 金髪が鬼の形相で「あぁ!?」と怒りを爆発する。
「なにが『かわいい』だ、このトンマ!」
 金髪が立ち上がる。刈り上げは恐れおののきながら、自身も立った。彼は両手のひらを金髪にむける。金髪と目を合わせないようにしているようだ。
「あぁ、スンマセン! でも安心してください!」
「なにをだ!」
「いちばんかわいいのはオダさんッスよ!」
 刈り上げはまるで美人に見とれた彼氏が恋人に弁解するようなセリフを吐いた。彼なりに金髪の機嫌をとるつもりなのだ。そのように拓馬には解釈できたが、火に油をそそぐ発言だと思った。案の定、金髪は素っ頓狂な仲間の胸倉をつかむ。
「オレはそんなくだらないことで怒ってねえよ!」
 金髪は刈り上げを突き飛ばす。アスファルトに寝転がった刈り上げは、なにが起きたのかわからないふうに呆けた顔をしている。
 他校の少年らが仲間割れをする間、ヤマダは拓馬のそばにもどる。彼女はもう格闘家の仮面をはずしていた。
「やーねー、痴話ゲンカしちゃって」
 拓馬に耳打ちをする体裁でのべた感想だが、その声量は金髪の耳にもとどくほど。金髪は次にヤマダをにらむ。
「おまえが妙な技を仕掛けなけりゃ、こんなことになってねえ!」
「まず、きみが仕返しをしにこなかったらよかったんじゃないかな?」
 ヤマダはそもそも論を展開した。金髪は「今日は偵察だ」と彼女の指摘の一部を否定する。
「本気でやる気だったらこいつを連れてきてねえ」
 金髪は地べたに座る刈り上げを指さした。刈り上げが頭をかく。たったいま戦力外通告を受けたというのに、いやに顔はにこやかだ。その能天気ぶりを観察したヤマダが大いにうなずく。
「ムードメーカーみたいだもんね、荒っぽいことにむいてないよ」
「おまえは見かけによらず、好き勝手にやってくれたな」
「さっきのヘッドロックのこと?」
「ああ! 女だと思って手加減したが──」
「まだやる?」
 ヤマダが遊戯を続けるかのごとくたずねた。金髪は屈託のない質問を受け、多少の困惑を見せた。だがすぐに強気な姿勢にもどる。
「ひとにプロレス技をかけといて、自分だけ痛い目にあわずにすむと思ってんのか!」
 正しいようで正しくはない主張だ。金髪は確実に拓馬たちへの害意を抱いている。その牽制としてヤマダが金髪を手打ちにした──このやり取りに一方的な非は存在しない。防衛行為がやり過ぎではあっても、やられること自体には金髪に非がある。
 屈する必要のない言い分にもかかわらず、ヤマダは神妙にうなずく。
「うん、じゃあわたしにひとつ技をお見舞いしてよ」
「は?」
「同じ技をやり返してもいいし、ほかの技でもいい。それでうらみっこなしになる?」
 ヤマダは背負っていたリュックサックをおろした。どんな技でも受けとめるという体勢なのだろう。対する金髪は苦虫をかんだような顔でいる。
「いや、そういうもんでもねえんだよ」
「じゃ、どうしたらいいの?」
「そりゃ、その……」
 金髪は言いよどんだ。ヤマダの純粋な質問によって調子を狂わされているのだろう。返答内容を思案する金髪を、拓馬はあわれむように見る。
(まともに相手しなくていいのにな)
 と、金髪の対応から悪童らしからぬ律義さを感じとった。
 数秒の無言ののち、金髪は良い言葉が見つかったようで「わかりきったことだ」と言う。
「おまえらが苦しめばいい!」
「よし、どんとこーい!」
 ヤマダは足を開き、やや腰を落とした。その姿勢は野球の野手が守備についた時と似ている。これは金髪の想定する反応とかけ離れた態度だろうが、金髪はいたって冷静だ。さすがに慣れてきたらしい。
「だけどおまえがのぞんでやられる苦しみじゃ無意味だ。心の底からイヤがるような──」
 金髪は大真面目に言っているが、この言い方では正反対の会話へ誘導させてしまう。そのように拓馬はヤマダの思考を勘ぐった。
「わたし、犬がこわい……」
 ヤマダは威勢のよい態度から一変、かよわい女を演じる。胸の前で自身の手をにぎり、偽りの恐怖に身をすくめた。ご丁寧に泣き出しそうな表情もつくっている。
「あのあったかくてフカフカな毛皮も、指でつついたらピコピコうごく耳も、人の顔をペロペロするやわらかーい舌もこわいっ」
 それらの犬の特徴には万人が恐怖しうる箇所が皆無。ヤマダはバレバレのウソをついている。金髪も「こわがる要素がひとつもねえぞ!」と反論した。ヤマダはそしらぬ顔で演技を継続する。
「あと会うたびにブンブンふるしっぽも──」
「好きなんだろ、そこが!」
 ヤマダの隠す気のない犬好きアピールは金髪にも伝わった。金髪がまたもけわしい形相になる。
「こいつ、ふざけたおしやがって!」
 この罵声はヤマダに効いたらしい。彼女がかなしげに目を伏せる──といっても、拓馬はこんなことで彼女が落ちこむ人間ではないと知っていた。
「うん、調子にのっちゃった……怒らせちゃったよね」
 ヤマダはおもむろに両腕をひろげる。
「だからさ、仲直りのハグをしよう!」
 金髪はうろたえた。その反応は常人そのもの。最大級に予想外な申し出をまえにして、金髪が「バ、バカかおまえ」と、しどろもどろな罵詈をひねりだす。
「んなことでオレの気がすむと思うか?」
「やってみなきゃわからないよ」
「やらなくてもわかる! 気持ちわるいだけだ!」
「もー、恥ずかしがりやさんだねー」
 ヤマダは腕をひろげた状態で金髪ににじり寄った。金髪があとずさる。彼の顔からはおびえた感情が見え隠れした。金髪の戦意が失われつつあるのだ。ヤマダはダメ押しとばかりに、スマイリーに「ジャストゥルァンイントゥマイアームズ!」と流暢にさけぶ。
「訳すと『わたしの胸に飛びこんでおいで』だよ!」
 この常軌を逸した博愛行動が決定打となり、金髪はヤマダに背を向ける。
「くるな、この痴女が!」
 金髪は逃げだした。全力疾走だ。彼はみるみるうちに遠ざかっていった。放置された刈り上げも「オダさん、まってー!」と言いながら走り去った。
 ヤマダは「んじゃ行こうか」と平然とした様子で自分の荷物を拾う。金髪たちの遁走は彼女の想定内だ。拓馬にもヤマダの目論見はわかってきていた。
「これでわたしたちに絡むの、イヤになってくれたらいいんだけどね」
 ヤマダはわざと奇矯なふるまいに徹した。それは金髪の復讐心を萎えさせるためにしていたこと。つまり、純然な体罰に走ったシドとは別方向のアプローチだった。肉体でダメなら精神を攻める、という発想自体は真っ当なものだ。
「おまえには関わらなくなるだろうな」
「えー、わたしだけ?」
「たぶんな。あいつは俺と先生に借りがあるんだし」
「じゃあタッちゃんもあの子にハグをせまってみる?」
「やだよ、変態だと思われたくない」
 ヤマダの対応は、やるほうも心にダメージを負いかねない。それを苦としない彼女だけができることだ。
「あ、そういえば」
 ヤマダがなにかに気付く。拓馬は「なんかあったか?」とたずねた。
「あの子たち、また今日くるかな?」
 ヤマダは退散した少年らの来襲を気にしている。学校にはまだ部活中の三郎たちが残っているせいだ。
「さっき『偵察しにきた』と言ってたから、きたとしてもケンカにはならんだろ」
 それ以前に、あんなふうに逃走した連中がふたたびもどってくる気力があるとは思えなかった。
「じゃ、サブちゃんたちはほうっておいていいかな」
「ああ、とっとと帰るぞ。本格的にしんどくなってきた」
 ヤマダは元気よく「うん!」と答えた。あれだけキテレツなパフォーマンスをこなしていながら、かえって活力がみなぎっているかのようだ。彼女にとって金髪はいい遊び相手になったのだろう。遊ばれた側はたまったものではない。
(『めんどくせーやつだ』って、きっとあの不良どもも思ってんだろうな)
 ヤマダを熟知する拓馬が気疲れしたのだ。はじめて言葉を交わした他人では、なおのこと精神的負荷がかかったと見える。
(これでこいつはターゲットからはずれるだろ……)
 金髪の感性は案外、常識人に近かった。悪童といえど、その精神はおそらく常識の範疇にある。彼ならば、心身を多大に消耗させてくる変人には寄りつきたくないと考えるはず。これが今日の成果である。根本的な解決になる自信はないものの、ヤマダにふりかかる災禍が減ることはよろこばしい。
(ただでさえ変なやつにねらわれてるんだからな)
 その懸念はヤマダだけでなく、須坂にもある。そちらの重大な問題に取り組める者との通話を期待して、拓馬は帰宅した。

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