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2019年11月29日

コーカサス三国 アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニア 春か秋に旅したいエリア




 コーカサス三国 アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニア 

 夫々複雑な歴史を持つが 治安は好くワインや料理も美味しく 春か秋に旅したいエリア


 




        11-29-44.jpg 橘玲氏



       〜ダイヤモンド・ザイ 橘玲の世界投資見聞録 11/29(金) 21:00配信〜


        11-29-30.jpg

               コーカサス山脈(ジョージア)   


 イランを旅した後、6泊7日の旅程でアゼルバイジャン・ジョージア・アルメニアのコーカサス三国を訪れた。余り知られて居ないが(と云うか私も知ら無かったが)、イランとアゼルバイジャン・アルメニアは国境を接して居て、テヘランからアゼルバイジャンのバクー迄は1時間20分のフライトだ。
 テヘランからアルメニアのエレヴァンへのフライトもある様だが、これはイランの航空会社が就航して居るので詳細は好く判ら無かった。

 コーカサスCaucasusはロシア語で「カフカス」とも呼ばれ、黒海とカスピ海の間を東西に走るコーカサス山脈一帯を指す。古来、コーカサス山脈がヨーロッパ・北コーカサスとアジア・南コーカサスの境界とされて来た。現在、北コーカサスはロシア領で、コーカサス三国は南コーカサスに位置する。


    11-29-31.png


 コーカサスを巡る複雑な歴史に付いては改めて述べるとして、忘れ無い内に旅の感想を書いて置きたい。

 コーカサス三国は民族の興亡で領土が複雑に入り組んで居る

 南コーカサスはメソポタミア文明の周縁に位置し、紀元前はアケメネス朝ペルシアの一部だった。その後、黒海南岸に入植したギリシアの影響を受け、ローマ・ビザンチン帝国の支配下に為った後、支配者はオスマン帝国に変わり、ヤガテ北からロシア帝国が進出して来る。

 大国の利害衝突の影響を受け、アゼルバイジャン北・ロシア・ソ連南・ペルシア・イランに分断され、本国の1000万人よりも多い1500万とも2000万とも言われるアゼルバイジャン人がイラン北部に暮らして居る。
 アルメニア東・オスマン帝国・トルコ西・ロシア・ソ連に分断され、19世紀末にはオスマン帝国領内からの強制移住の悲劇に見舞われた。

 コーカサス三国の旅で先ず頭に入れて置かなくては為ら無いのは、民族の興亡で領土が複雑に入り組んだ結果、旅のルートに制約がある事だ。ナゴルノ・カラバフを巡る領土問題でアゼルバイジャンの国土の約2割をアルメニアが実効支配して居り、両国の間に国交は無く陸路でも空路でも行き来出来無い。
 その為、三国を周遊しようとすれば、ドチラの国とも国境を接するジョージアを間に入れて「アゼルバイジャン〜ジョージア〜アルメニア」或は「アルメニア〜ジョージア〜アゼルバイジャン」の何れかのルートを選ぶ事に為る。

 アゼルバイジャンのバクーとジョージアのトビリシ間は、アゼルバイジャン航空が1日2便の定期便を就航して居て所要1時間10分。夜行列車も在って、これは格安旅行をする人達に人気が高い。夜9時50分にバクー駅を出発し午前7時から10時の間に入国・出国審査をし、11時にトビリシ駅に到着する13時間の旅だ。マイクロバスで国境を越える事も出来るらしいが、これは更にディープなバックパッカー向けだ。

 それ以外だと、バクーからトビリシ迄ドライバーと車をチャーターする事も出来る様だ。ジョージアの業者に聞いたら約8時間で費用は300ドルと言われたから、2人なら飛行機と殆ど変わら無い。夜行列車では外は暗闇で、マイクロバスを使うのは難易度が高いから、景色を見ながら旅したいなら一考の価値はありそうだ。
 ジョージアのトビリシとアルメニアのエレヴァンの間は、1日1便の定期便が就航して居て所要30分。所要6時間のマイクロバスは1日5便出て居て、約1000円と安い事もあって広く利用されて居る。但し予約は出来ず、満席に為ると2時間後の次のバスを待た無くては為ら無い。

 最初はマイクロバスで国境を越える予定だったが、前日に観光で車をチャーターした時「それはバックパッカーが遣る事で、君みたいな旅行者はマイクロバスは使わ無いよ」と言われ、それもそうだと思って、彼のプリウスの車でエレヴァンのホテル迄連れて行って貰った。車窓から景色を眺めながらの快適な旅で200ドルだから、矢張り2人なら飛行機代とホボ同じだ。

 ジョージアとアルメニアは日本人旅行者はビザ免除で、アゼルバイジャンのみビザ・ASAN VISAが必要だが空港で無料で取得出来る。入国審査の手前にATMの様なマシンがあって、そこでパスポートをスキャンし、ホテルの住所やメールアドレス・電話番号等を入力するとビザがプリントアウトされる。
 係員が丁寧に教えて呉れるので手続きは簡単だ。但し、陸路で国境を越える際は、入出国の審査で1〜3時間位掛かる事がある。

 アゼルバイジャンの通貨はマナト(1マナト≒64円)ジョージアはラリ(1ラリ≒36円)アルメニアはドラム(1ドラム≒0.23円) 何処でもクレジットカードが使えるから多額の現金は必要無い。
 空港のATM等では現地通貨と米ドルが選択出来る様に為って居り、ドルも広く流通して居る。土産物店や旅行会社では、ワザワザ現地通貨を下ろすより米ドル現金で支払った方が便利だ。







 アゼルバイジャンは最も開放的なイスラーム国家

 アゼルバイジャン国民の95%がムスリム(シーア派85%・スンニ派15%)だが、ソ連時代が長かったからか世俗化が進んで居て、首都バクーではヒジャブ姿の女性は2〜3割しか居ない。
 テヘランからバクーに向かうと、飛行機が離陸した途端女性達がヒジャブを取ってバッグに入れる姿を目にする事に為る。ソ連時代の(好い)影響だろうが、女性の就労率も高く、建設現場で働く女性も見掛けた。これは流石に珍しいと思うが、ホテルのロビーでミニスカート姿の女性を見た時は驚いた。

 空港の入国審査と出ると行き成りワインがズラリと並んだ店がある様に、アゼルバイジャンはワインの産地としても有名。深夜にバクーに着いたのだが、ホテルのバーは24時間遣って居た。ドバイの様な「開放的」なイスラームの都市でも一般のレストランは酒類を出さ無いし、外資系のホテルでも、テラス席の様な外から見える所では飲酒出来無い。
 アゼルバイジャンはこうした制限は一切ナく、地元の人もカフェのテラスで当たり前の様にワインを楽しんで居る。

 アゼルバイジャンは旧ソ連から独立後、カスピ海の石油や天然ガスによって資源バブルに湧き、バクーには高層ビルや高級ホテルが次々と建てられた。そんなユーフォリアの中で人々の意識や価値観も変わったのだろうが、イランからアゼルバイジャンに来るとその落差に愕然とする。
 アゼルバイジャン観光は、今の処カスピ海に面したバクーとその周辺が中心で、地方迄足を延ばす旅行者は多く無い。旧市街にはシルヴァンシャフ宮殿、ムハンマド・モスク、乙女の塔の3つの世界遺産があり徒歩で回れる。

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 シルヴァンシャフ宮殿は15世紀から16世紀に掛けてこの地を支配して居た一族の宮殿で、霊廟や浴場跡等の建物が複雑に配置されて居る。宮殿に隣接するムハンマド・モスクは11世紀に創建された城内最古のミナレットを持つモスク。

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 乙女の塔は「グズガラスゥ」とも呼ばれるバクーのシンボルで、紀元前5世紀に拝火教・ゾロアスター教の寺院として最初の塔が建てられたとも云う。その後、要塞として使われ12世紀に現在の高さ30メートルの塔が建てられた。
 塔の名前の由来は諸説あるが、望ま無い結婚を強いられた王女がこの塔から身投げしたからとも伝えられて居る。塔の最上部の展望台からはカスピ海が一望出来る。

 私は2018年のロシア旅行でソチとクリミア半島のセバストポリを訪れて初めて黒海を目にしたが、ロシア・イラン・カザフスタン・トルクメニスタン・アゼルバイジャンの5カ国に囲まれたカスピ海を一般の旅行者が見る機会は更に少ない。
 ロシアのカスピ海沿岸にはリゾート地は無いし、イラン・カザフスタン・トルクメニスタンは自由な旅行が難しいから、今の処世界最大の湖(国際法上は2018年に「海」とされた)を眺めるのはバクーが一番現実的だ。

 イランでは日本人旅行者に会う事は無かったが、アゼルバイジャンでは若い日本人のカップルや女性の旅行者を見掛けた。カップルからは、カスピ海を背にした記念写真を頼まれた。若い人達の間でカスピ海が人気なのだろうか。

 バクー郊外には油田地帯が広がっており、その中に拝火教寺院がある。古代アゼルバイジャンはペルシアの支配下にあり、過つてはゾロアスター教が信仰されて居た。イスラーム到来によって信者の多くはインドに移住したが貿易等で関係は続き、17世紀にこの地に住んで居たインドのゾロアスター教徒の商人によって寺院が建立された。そんな由来があるからか、インドからのツアー客が沢山訪れて居た。

         11-29-34.jpg ヤナル・ダク

 寺院の近くには、1950年代に羊飼いが捨てたタバコの火が地表から漏れ出た天然ガスに引火し、そのママ燃え続けるヤナル・ダクや、12カ国共同開催と為ったユーロ2020・UEFA欧州選手権の会場と為るスタジアム等の観光スポットがある。全て回って車で3時間程で、タクシーをチャーターして2000〜3000円だ。訪れては居ないが、バクーの南西50キロ程の処に、世界遺産に指定されて居る石器時代の遺跡群ゴブスタンがある。

           11-29-35.jpg 遺跡群ゴブスタン







 NATOとEUへの加盟する為英語読みと為った「ジョージア」

 ジョージアGeorgiaは日本ではロシア語読みで「グルジア」と呼ばれて居たが、2015年に国名を英語読みに改めた。アメリカのジョージア州と同じに為って一寸紛らわしいが、これには止むを得無い理由がある。

 黒海に面するコーカサス南麓のジョージアは古来、様々な民族が暮らして居た。ソ連崩壊に伴ってコーカサス三国が独立した際、民族間の利害対立が表面化し、黒海沿岸のアブハジアと北部山岳地帯の南オセチアが、ロシアの援助を受けて事実上独立し未承認国家と為って居る。
 2008年の北京オリンピック開幕と同時期にロシアとの間で激しい戦争状態に為った南オセチア紛争では、ジョージア側に大きな被害が出た事から両国の関係は険悪に為り、その後、ジョージアは「最も東のヨーロッパ」としてNATOとEUへの加盟を目指す事に為る。これが、世界各国に国名を英語読みで統一する様要請した理由だ。

 一方、アブハジアが事実上独立したのは、ソ連崩壊後の1994年で、その後、和平交渉も進ま無いが戦闘も無い事から状況は比較的安定して居り、旅行者がジョージア側から訪れる事も可能な様だ。但しロシア側に抜ける事は出来無い。
 首都のトビリシはムトゥクヴァリ川の谷間に開かれた町で、観光地は旧市街に集まって居るので、半日もあれば徒歩で回れる。後はトビリシ郊外の観光地をツアーか車をチャーターして訪れる事に為る。

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 観光スポットとして最も人気があるのが、コーカサス山脈を越えてトビリシとロシアのウラジカフカス(コーカサスを征服せよの意味)の200キロを結ぶ軍用道路で、18世紀末の帝政ロシア時代に作られ、プーシキンやレールモントフ等の文化人から風光明媚な景勝地として愛された。
 冬はスキー場としても知られ、ホテルやリゾートマンションが次々と作られて居る。誰が泊まるのかと思ったら、黒海沿岸の景勝地ソチのスキー場と比べて半額から3分の1のコストでウインタースポーツが楽しめるので、ロシア人が沢山遣って来るのだと云う。
 こうした事からも、ロシアとジョージアの難しい関係が伺える。どれ程離脱したいと思っても、小国のジョージアはロシアの経済圏にスッポリ収まって居るのだ。

       11-29-37.jpg 古都ムツヘタ

 軍用道路に行く途中に、紀元前4世紀から紀元後5世紀まで栄えた古都ムツヘタがあり、大聖堂の廻りにレストランや土産物店が集まって居る。又トビリシから70キロ程の地方都市ゴリはスターリンの生地で、幼少期を過ごした家や専用列車等が展示されて居る博物館がある。車をチャーターし、マル一日掛けてこれらを回って貰って1万3000円程だった。
 旅程に余裕があれば、世界遺産に指定されたコーカサス山脈の村スヴァネティや、黒海沿岸の世界遺産の古都クタイシも訪れてみたい。

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 ジョージアはカジノが合法化されて居て、トビリシにはカジノを併設した高級ホテルが幾つもある。ロシアは勿論、イスラエルからも沢山の客が遣って来るとの事で、ジョージア航空はテルアビブとの直行便を飛ばして居る。ジョージアも他の二国もロシア語が普通に通じるので、ロシアから移住したイスラエル人がギャンブルをしに来るらしい。

「美人の産地」アルメニアはトルコとは険悪な関係

 アルメニア首都エレヴァンに着くと、最初に気付くのは人々の風貌が周辺の国とは明らかに異なる事だ。「アルメニアは美人の産地」等とも言われる様に、目鼻立ちがハッキリした印象的な顔立ちをして居る。

 11-29-39.jpg 

 一寸調べたみた処、アルメニア人の起源に付いては2016年に遺伝子解析の結果が発表されて居て、それによると、インド・ヨーロッパ語を話す人々が紀元前3000〜2000年頃にこの地に移住し、紀元前1200年頃にはアルメニア文明が成立し、その後は大きな遺伝的混交を体験する事無く孤立して暮らして来たとされる。
 遺伝的に最も近いのは、新石器時代のヨーロッパ人だそうだ。Genetic evidence for an origin of the Armenians from Bronze Age mixing of multiple populations

     11-29-40.jpg カスケード
 
 ローマに先立って紀元301年に世界で初めてキリスト教を国教化した事で知られる様に、アルメニア各地に古い教会や修道院が残って居るが、首都エレヴァン市内には観光名所は余り無く、ソ連時代の1970年に作られたカスケードと呼ばれる大階段と、歴史博物館や古文書保管所(マテナダラン)等を訪れる位だ。カスケードの頂上の展望台からは、空気の澄んだ日にはアララト山を望む事が出来る。

       11-29-41.jpg アララト山

 旧訳聖書でノアの箱舟が漂着したとされるアララト山はアルメニア人の心の故郷だが、現在はトルコ領で気軽に訪れる事は出来無い。オスマン帝国末期にトルコナショナリズムが高揚する中、領土内のアルメニア人が強制移住の対象と為り、その混乱で多くの生命が失われた。その結果、トルコ領内にアルメニア人は殆ど居なくなった。
 これをアルメニア側では「虐殺」と呼び、トルコがそれを認め無い為「歴史問題」を巡って両国関係は極めて険悪に為って居る。その為、エレヴァンからアララト山を眺められる様展望台を作ったのだろう。

    11-29-42.jpg 

              ゲハルト修道院とガルニ神殿

 アルメニアは九州程の面積で、観光地はエレヴァン郊外に点在して居るので、車をチャーターして回るのが最も効率的だ。市の中心にある共和国広場に観光タクシーが沢山停まって居るので、ドライバーと交渉すれば好い。
 世界遺産のガルニ神殿とゲガルド修道院、アララト山を望むホルヴィラップ修道院、アルメニア使徒教会の総本山エチミアジン、アルメニア人虐殺博物館を半日掛けて回って4万ドラム約9000円だった。

           11-29-43.jpg ナゴルノ・カラバフ

 ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン国内のアルメニア人居住地域で、ソ連崩壊後にアルメニアとの合流を求める民族紛争が起き、1991年に独立宣言して以降は未承認国家に為って居る。アルメニアとナゴルノ・カラバフは地続きで、その気に為ればエレヴァンからマイクロバス等で訪れる事が出来る様だ。

 コーカサス三国はワイン発祥の地で食べ物も美味しい

 アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニアはワインと産地として有名で、取り分けジョージアは「ワイン発祥の地」を称して居る。『ジョージア、ワインが生まれた所』と云う映画も公開された。素焼きの壺にブドウを入れて地中に埋め、発酵させるクヴェヴリ製法で知られて居るが、街中に沢山あるワインショップは、シャルドネやメルロー等のオーソドックスなワインを並べて居た。トビリシは勿論、バクーやエレヴァンにもお洒落なワインバーが沢山ある。

 アルメニアはブランデーでも知られて居る。最も有名なのはチャーチルが好んだ「アララト」で、10年もの20年もの30年もの等があって熟成期間が長い程値段が高く為る。ネット通販で調べたら最高級の30年ものエレブニの価格は日本では18万円程だが、現地では3分の1の価格で売られて居た。

 コーカサス三国は、食べ物が美味しい事でも知られて居る。何れも過つてはロシア・ソ連領だったが、アゼルバイジャンはペルシア料理の影響が強く、ジョージアはシベリアに由来するヒンカリと呼ばれる大きな小籠包や、チーズ入りのパン・ハチャプリが有名だ。
 アルメニアでは、挽肉をブドウの葉で包んだドルマや、祝い事がある時に食べるカボチャの詰め物ガパマ等を勧められた。観光客向けの高級店でも、ワインを含めて1人4000円程度で充分だ。地元の店ならその半額で美味しく食べられる。

 コーカサス三国は夫々複雑な歴史を抱えて居て、色々なことを考えさせられるものの、首都を中心に2〜3日で観光出来、食事やワインも美味しく、何より、紛争地帯に近付か無ければ治安も全く問題無いので個人でも楽しく旅行出来る。季節の好い春か秋に10日程の旅程でお勧めしたい。



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 橘 玲(たちばな あきら) 作家 2002年金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー 『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット 著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)『幸福の「資本」論ーあなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊) 『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など 最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)

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                 橘玲   以上













戦争を煽ったのは誰だったのか? 民意が生んだ娯楽統制と戦争への道




  戦争を煽ったのは誰だったのか? 

 民意が生んだ娯楽統制と戦争への道



             〜現代ビジネス 11/29(金) 13:01配信〜

 
 〜新聞やラジオ等のメディアが戦前昭和の政治社会に及ぼした影響は、評価が二分されて居る。一方ではメディアは国家権力によって弾圧された被害者であり、他方では戦争を煽った加害者である。本当はどちらが正しかったのか〜


 メディアは被害者か加害者か?

 被害者としてのメディアの代表的な事例を挙げる。1933年8月の『信濃毎日新聞』の論説記事である。この年の8月9日に関東防空大演習が行われる。2日後、主筆の桐生悠々が「関東防空大演習を嗤う」と題する軍部批判の記事を書く。

 「かかる架空的な演習を行っても、実際には、左程役立た無いだろう事を想像するものである。敵機を関東の空に、帝都の空に迎え撃つと云う事は、我軍の敗北そのものである」

 激怒した軍部は、在郷軍人組織を動員して桐生等の退社と謝罪を要求する。不買運動も展開される。2ヵ月後桐生は退社させられる。

        11-29-15.jpg 半藤一利氏

 半藤一利『昭和史 1926〜1945』は桐生の先見の明を高く評価する。「日本の上空に敵機が来て爆弾を落とす様な事に為れば、日本は勝てる筈無いじゃないかと云うのは、非常に妥当な意見だと思わざるを得ません」何故ならば事実、そう為ったからである。
 同時に同書は次の様にも指摘する「ここで大事な事を一つ付け加えますと、既に厳しくされて居た新聞紙法に加えて、昭和8年秋、9月5日に出版法が改正されたのです。実は大変な『改悪』で、これ以降、当局が新聞雑誌ラジオ等を確り統制出来る様に為り、それは次第に強められて行きます」この通りだとすれば「関東防空大演習を嗤う」事件を切っ掛けとして、国家権力による言論統制が強化された事に為る。

 戦争を「煽った」報道たち
 
 他方で戦争を煽った加害者としてのメディアの責任を指摘する研究は、満州事変の勃発を重視する。満州事変を切っ掛けとして、メディアの論調は180度の転換を遂げる。例えば『東京朝日新聞』と『大阪朝日新聞』は満州事変支持のキャンペーンを展開する。
 新聞社による慰問金募集の社告や号外・ニュース映画・展示会・慰問使派遣・特派員戦況報告講演会等が行われる。戦争報道に関する古典的な研究の江口圭一『十五年戦争の開幕』「これをも言論抑圧の止むを得無い結果と称するとすれば、それは詭弁と云うものであろう」と批判して居る。

 最近の著作も同様である。例えば筒井清忠『戦前日本のポピュリズム』は1つの章を「満洲事変とマスメディアの変貌」に充てて、新聞論調の「大旋回」を跡付けて居る。新聞各紙は速報合戦を繰り広げる。満州事変速報は新聞の部数を伸ばす。満州事変前後で朝日新聞は約27パーセント部数が増えて居る。(筒井清忠『昭和戦前期の政党政治』)





 「投書階級」の登場

       11-29-16.jpg 金子龍司氏

 大衆娯楽に対する統制の実態は、近年の研究・金子龍司「『民意』による検閲―『あゝそれなのに』から見る流行歌統制の実態」によって、既存のイメージが覆されつつある。

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 盧溝橋事件が勃発した年に美ち奴の歌う流行歌「あゝそれなのに」が大ヒットする。処がこの流行歌は取り締まりの対象と為り放送禁止措置を受ける。検閲当局を動かしたのは民意だった。 
 民意とは「投書階級」の事である。ラジオ局の日本放送協会は、投書を受け付けて居た。投書は番組編成に影響を及ぼす。ラジオ局に投書をするのは、都市化の進展と共に現われた新中間層(官公吏、教員、会社員など)だった。「投書階級」とはエリートでも無く大衆でも無い「亜インテリ」(丸山眞男)の事でもあった。

 「投書階級」の影響力は強かった。例えば1938年のラジオの聴取者の投書は約2万4千件だった。ラジオ局の番組編成と放送の担当者は、これ等の投書を1件ずつ閲覧して、実行可能であれば出来るだけ番組に反映させる事に為って居た。
 「投書階級」が問題視したのは、出征兵士を送る宴で、軍歌の合唱が何時の間にか「忘れちゃいやヨ」などの流行歌の合唱に為ってしまう事や、軍歌が花柳街で大声放歌されて居る事だった。「あゝそれなのに」が「投書階級」の逆鱗に触れたのは、美ち奴の歌い方が悩ましく「エロ」を発散するセクシャルな歌だったからである。

 止まらない「民意」
 
 「投書階級」の非難の矛先は、流行歌に止まらず西洋クラシック音楽に及ぶ。1937年の「草深き山村の百姓」からの日本放送協会への投書は、西洋クラシック音楽に対して「不愉快と嫌味とそして一種云うべからざる反感が心の底から湧き上って来る」と嫌悪感を露にする。
 別の投書は、ヨハン・シュトラウス2世の歌劇「蝙蝠」序曲に対して「只ガヤガヤ騒々しくて全く聴いていて閉口致しました」と苦情を述べる。これ等の投書に共通するのは、西洋クラシック音楽に対する「生理的な違和感乃至は嫌悪感」であり「都市エリート文化一般の押し着けに対する反感」だった。(金子龍司「日中戦争期の『洋楽排撃論』に対する日本放送協会・内務省の動向」)

 「投書階級」の西洋クラシック音楽の放送回数削減要求は「日本的なもの」のイデオロギーで飾られて居た。西洋クラシック音楽の放送は「ガンガンキーキー喧しいばかりで日本精神に反する」そう非難する「投書階級」は、他方で軍歌為らば同じ西洋楽器を用いた演奏でもツベコベ言わ無かった。戦時下に「日本精神」を掲げて非難する相手にはどうしようも無かった。

 以上要するに、娯楽統制の主体は検閲当局と云うよりも、民意・「投書階級」だった事に為る。権力と民意の逆転は日中戦争の長期化に拍車を掛ける。新聞やラジオの報道によって戦勝気分が高まった民意は、無賠償・非併合による戦争の終結を目指す近衛の和平工作の妨げと為ったからである。
 メディアの持つ双方向性は、権力による被害者でも無く、権力に追従する加害者でも無いメディアの実像を明らかにして居る。

 強者と弱者の立場の逆転

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 更にメディア統制を巡る加害者(強者)=軍人と被害者(弱者)=知識人の関係を相対化した研究が佐藤卓己『言論統制』である。同書は「強い軍部が弱い知識人を虐める」「剣はペンより強し」の構図を逆転させる。ここでは軍人とは情報局情報官・鈴木庫三少佐であり、知識人とは文筆家と出版業界の関係者を指す。

 同書は議論の前提として、或る統計データに注意を喚起して居る。それは、鈴木が出版統制の任にあった前後の時期の主要雑誌の年間発行部数と書店取り扱いの単行本の刊行数が右肩上がりに増加して居る事を示す統計データである。この数字は戦時下でありながら、出版が弾圧されて居たとは限ら無い事を示唆して居る。
 加えて同書が描く鈴木少佐は、東京帝国大学で教育学を学んだ陸軍将校で、彼の方コソ知識人だった。鈴木は「健全な裸体画や恋愛小説を積極的に奨励」して居た。
 対する被害者(弱者)だった筈の文筆家や出版業界の関係者は、戦争景気を背景に、経済的に豊かに為る一方で、社会的には堕落して居た。鈴木が嫌ったのは「金儲けの事しか考えて居ない資本主義者」だった。

 メディア統制を巡る強者と弱者の立場の逆転が日本社会に何を齎すのか。それを見極める前に日米戦争が始まった。

 



 大本営発表の虚実

 国民が日米開戦を知ったのは、12月8日午前7時少し前のラジオ放送である。午前7時の定時ニュースの直前に速報が読み上げられる。 「大本営陸海軍部12月8日午前6時発表。帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」

             11-29-18.jpg 保阪正康氏

 大本営発表は悪名が高い。今でも政府による虚偽・誇大のフェイクニュースの代名詞として用いられている。この大本営発表を緻密に分析した先駆的な著作が保阪正康『大本営発表という権力』である。

 同書は開戦の日から翌日に掛けての大本営発表の内容分析から、意外な結果を明らかにして居る。それは情報が正確だった事である。情報が確認出来無い段階では「未だ確実為らず」と断って居る。同書は、大本営発表が可能な限り正確な情報を伝える事で、国民に戦争への協力を求めて居たと指摘して居る。
 大本営発表の「デタラメぶり」を強く批判する辻田真佐憲『大本営発表』も、同様の点に注目して、戦果の下方修正が行われた例を引用して居る。大本営海軍部発表(12月18日午後3時)「8日撃沈せるも確実為らずと発表したる敵航空母艦は沈没を免れ〇〇港内に蟄伏中鳴子と判明せり」
 
 しかし大本営発表の正確な情報は、緒戦の勝利の頃迄だった。戦況の悪化に伴って、虚偽・誇大のフェイクニュース化して行く。ガダルカナル島の放棄を「転進」アッツ島守備隊の全滅を「玉砕」と言い替えた事は好く知られて居る通りである。戦況の悪化は東条内閣にメディア統制を強めさせる。その東条内閣も1944年7月のサイパン島陥落の責任を取って総辞職する。 

 メディア統制の緩和

 次の小磯国昭内閣に為ると、メディア統制を巡る方針の転換が図られる。金子龍司「太平洋戦争末期の娯楽政策――興行取締りの緩和を中心に」によれば、統制の強化から緩和への転換点と為ったのは、1945年3月の東京大空襲だった。
 統制の緩和は新聞を通して国民に次の様に知らされた「内務省では非常措置以来封じられて居た映画館のアトラクションを解禁し、流行歌手のマイク使用の禁止を撤廃、扮装態度に対しても従来の様な制限を加えず、興行の明朗闊達化を図る事と為った」
 
 しかしながら、統制の緩和措置にも関わらず、国民の士気が高揚する事は無かった。国民は娯楽に慰安を求めながらも、空襲で家を焼かれ家族を失った。大本営発表を「信じたいけど、信じられ無い」国民は、勝てるとも負けるとも確信が持て無いままに敗戦を迎える。

 



 玉音放送 

 国民が敗戦を知ったのは、8月15日正午の玉音放送である。敗戦を正式に伝える手段がラジオである必要は無かった。天皇の詔書が新聞に掲載されれば好い。それでもラジオを通して、天皇が国民に知らせたのには理由があった。
 軍部内には徹底抗戦の構えを示す一派がクーデタを引き起こす勢いだった。一刻も早く正確に最も権威のある正式な内容を国民に伝え無ければ為ら無かった。その手段コソがラジオだった。玉音放送によって、日本は大きな混乱も無く敗戦を迎える事が出来た。

 戦前昭和のメディアの役割を振り返ると『ドン・キホーテ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの言葉を思い起こさせる。「正直は最善の策」メディアは双方向性を持つ。権力による一方的な被害者では無い。そうかと言って権力に追従する加害者でも無い。メディアによって国家が一方的に国民を動員する事も出来無い。
 メディアを巡る社会状況は当時も今も変わら無い。国家が国民の支持を調達するには、正確な情報の提供による自発的な協力を促す事が捷径(しょぅけい)である。


            井上 寿一     以上

















アマゾンに逆風か・・・ビジネスモデルの「根幹」が揺らぎかね無いワケ




 アマゾンに逆風か・・・ビジネスモデルの「根幹」が揺らぎかね無いワケ


              〜現代ビジネス 11/28(木) 10:01配信〜


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  〜これ迄世のビジネスパーソンが抱える悩みを鮮やかに構造化し、救いの手を差し伸べて来た北野唯我さん。デビュー2作で累計26万部を達成し、その驚異的な売れ方で「令和のビジネスリーダー」と呼ばれて居る。その北野さんが、この程最新刊『分断を生むエジソン』を上梓した。
 組織作りのプロフェッショナルとして、北野さんがこの本で伝え様として居るのは、世の中や職場に分断が生まれてしまう仕組み、その中でリーダーが果たすべき役割に付いてだ。
 そんな新刊から、立ちはだかる壁に挑み続けるビジネスリーダーに必要なエッセンスを短期集中連載でお伝えして行く。今回は「最強」と呼ばれるアマゾンのビジネスモデルの正体に付いて解説して呉れた〜


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                   北野唯我さん

 アマゾンは「ペイン型」のビジネスモデル

 アマゾンの企業戦略を解説した書籍は書店に山程並んで居ますが、その支配力の正体に付いて本質的理解にまで及んで居る書籍はホボ見掛けません。重要なのは目に見えて居る戦略では無く、創業者ジェフ・ベゾスが世界を如何に認識して居るかだと思って居ます。実はアマゾンの力の源は、ベゾスが「ペインとゲイン」の関係を理解した上で、ペイン型に徹底して居る事にあるのです。

 商品やサービスは「ペイン型」「ゲイン型」のドチラかに分類されます。前者は本質的に面倒で、コストであり・苦痛であるものを取り除くもの。一方で、後者はそれ自体が楽しく面白いものです。

 弁護士を雇う事はペインです。弁護士のお世話に為るのは何かしらのトラブルに対応し無ければ為ら無い状況でしょう。楽しい感情が沸き起こる事はありません。しかし、私達は弁護士に対してお金を払います。何故なら、先程の説明の通り、苦痛を取り除いて呉れるからです。
 反対に、美味しいレストランに行く事はゲインです。美味しさを感じる時、人は普段に比べて幸福な感情が増します。詰まり、私達の喜びを拡大させて呉れるものだから、ワザワザお金払って迄レストランへ行く訳です。

 ペインとゲイン・・・究極的に人はこの2つにしかお金を支払いません。特に、人類の歴史はペインを取り除く歴史でした。病や死、それに伴う恐怖をどう取り除くか。宗教や医療はこの様なペインを取り除く役割を果たして来ました。そして、遂に登場したアマゾンは「人類の壮大なペイン」を取り除く企業なのです。帝国の生みの親であるベゾスはそれを目指して居るとしか思えません。

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              アマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏

 全ての「煩わしさ」を取り除く

 具体的には、迷う事・探す事・比べる事・雨の中に買い物へ行く事・・・そう云った全ての煩わしさを取り除く事コソが、アマゾンが私達に対して提供して居る価値なのです。

 アマゾンは魅力的なサービス群でユーザーを囲い込み、自社に対するエンゲージメントを高める事で売上を伸ばして居ると好く言われます。戦略としてはその通りなのですが、最短2時間で商品を配送するアマゾンプライムナウの様なサービスが誕生した背景には、ペインへの理解も深く関係して居る筈です。
 アマゾンが登場した時、豊富な商品が翌日に届く事ですらユーザーに取っては大きな価値でした。しかし、それより遥かに速い2時間配送を提供し始めて居ます。実の処、このサービスはコストばかり掛かる為、事業のKPIに対する貢献は決して大きく無いと思われます。

   11-29-4.jpg アマゾンエコーのひとつ

 ですが、ユーザーの時間コストを如何に取り除けるかを考えた時、ベゾスはこのサービスが必要だと考えたのでしょう。既に人気を集めて居るアマゾンエコーでは、ユーザーが画面を見て選ぶと云うコストすら取り除いてしまって居ます。

 支配力と影響力の違い

 アマゾンを前にして数々の企業が敗れ去って行ったのは、アマゾンが人々のペインを取り除く事によって「ユーザーが他の選択肢を考える必要が無い状態」を作り出したからに他為りません。これがアマゾンの駆使する支配力のルールなのです。

 これは単なるシェアの話ではありません。独占的なシェアを持つ事は勿論重要な要素ですが、だからと云ってユーザーがそのサービスを使い続けるとは限ら無いからです。もしシェアを持って居る事自体が企業の強さと為るの為らば、地域でシェアの高さを誇って居た地元本屋や家電量販店は最強であり続けられたのではないでしょうか。
 そうは為ら無かったのは、他の選択肢を考える余地があったからです。支配力のルールを追求する事は、ドミナント戦略と勘違いしてしまいそうですが、ドミナントして居た企業ですら次々と駆逐されて行く様を私達は沢山見て着た筈です。

 ペインを取り除く圧倒的なサービスによって、他の選択肢を考えさせ無い支配力を持ったからコソ、アマゾンは未だに最強であり続けられるのです。しかしながら、時代は再び新たな局面を迎えます。アマゾンの様な企業の発展は、人々が感じて居たペインの解放を加速させました。
 だからコソ、次に重要と為るのがゲインの力です。時代はペインからゲインへ・・・支配力から影響力の時代に突入します。







 今の時代に凱旋門を作れるか

 具体的には、ゲインの中でも「価値の広がり」がより大きな価値を持つ様に為ると考えられます。例えば、高級フレンチに行くのは、料理を食べる事以上の価値が存在して居るからです。美味しいものを食べる喜びの他に「自分が選ばれた、特別な時間」を生きて居る感覚を齎(もたら)して呉れます。
 他にも、自分の身体感覚を超えた何かを感じさせる日本の伝統的な寺社仏閣や世界の大聖堂と云った場所、強い高揚感を感じさせて呉れるスポーツのスタジアム観戦と云ったイベント等も当て嵌るでしょう。

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 詰まり、人は「自らの価値を大きくして呉れる事」に対価を払って居る訳です。これから訪れるであろう影響力の世界では、何よりもこの自らの価値の広がりが力を持つ様に為ります。
 ですが、これからの時代に最強のゲインを作り出すのは至難の業です。何故なら短期的には非常に効果が見え難いからです。フランスの凱旋門が良い例では無いでしょうか。短期的な視点で判断され勝ちな現代では馬鹿気たものだと一蹴されて、建設すら出来無かったでしょう。
 しかし、凱旋門は何百年経っても人々から愛され、しかも世界中から人々を呼び続けて居ます。とても長い視点で考えたら大成功としか言い様が無い代物です。

 ジェフ・ベゾスがペインの覇者であるとする為らば、ゲインの覇者には一体誰の名が刻まれるのか。そのヒントは全て、新刊『分断を生むエジソン』に書きましたが、待ち遠しくもあり、果たして出来るのか不安でもあります。皆さんはどう感じるでしょうか。


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 北野 唯我氏のプロフィール 兵庫県出身 新卒で博報堂の経営企画局・経理財務局で中期経営計画の策定 MA・組織改編・子会社の統廃合業務を担当し米国留学 帰国後ボストンコンサルティンググループに転職 2016年ワンキャリアに参画 最高戦略責任者 経営企画執行役員 2019年1月から子会社の代表取締役 オープンワークの戦略ディレクターも兼務 30歳のデビュー作『転職の思考法』(ダイヤモンド社)が15万部 『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)が10万部 最新作に同時発売の『分断を生むエジソン』(講談社)『オープネス ー職場の空気が結果を決めるー』(ダイヤモンド社)がある 1987年生

                   以上

















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