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2019年11月13日

お友達閣僚ドミノ辞任 次の標的は 萩生田文科相・北村地方創生相?




 お友達閣僚ドミノ辞任 次の標的は 萩生田文科相・北村地方創生相?


           〜上田耕司 2019.11.7 11:30 週刊朝日〜

     11-13-41.jpg

                萩生田文科相 

            11-13-44.jpg 河井案里氏

 9月の内閣改造で、菅義偉官房長官が推薦して大臣にしたとされる菅原一秀経済産業相と河井克行法務相が、週刊文春の報道を切っ掛けに辞任した。一連の動きは自民党内での「菅潰し」なのか?

 「特に菅グループが狙われた訳では無いです。結果として2人がダメだった問うだけ。菅グループを見渡しても人材が居ないんですよ。他に入閣適齢期が居なくて、菅さんがこの2人を押し込んだらこう為った」(政治部記者)

 河井氏に付いては、7月の参院選挙(広島選挙区)で、妻の案里氏陣営がウグイス嬢に対し、法律で定められている一日に付き上限1万5千円を上回る3万円の報酬を支払って居たのではないかと云う疑惑が持ち上がって居る。広島県の地元議員によると、この話は選挙直後から出ていたと云う。

 「ウグイスは地元の人で、アソコの陣営は幾ら出したとか噂(うわさ)に為る。案里氏の事務所は3万円だったと云う話は広がって居た。事実、ウグイスは『案里氏の処は景気が好い』と言って居た」
 
 選挙後、案里氏はこの議員の処に挨拶に来たと云う。

 「如何にも安倍さんのお墨付きで通ったと云う横柄な態度だったね。ヤッパリ夫婦で衆参の席を獲ると云うのはハレーションがあるよ。オマケに夫は直ぐに大臣。官邸の威光を傘に着て、との批判は強かったからね」

 



 河井氏と安倍首相の関係も親密だった様だ。

 「河井さんは菅さんの側近と言われて居ますが、本当は安倍首相の『お友達』でもあるんです。2012年の総裁選の時、自民党の派閥横断勉強会『きさらぎ会』で鳩山邦夫元総務相を説得し、安倍支持でマトメたのが河井さんでした。それ以来、安倍首相は河井さんの事を大事にして来たんです」(前出の政治部記者)

 河井氏は安倍首相の補佐官を務めた後、自民党の党総裁外交特別補佐と云う初めて出来たポストに就き、安倍首相を支えた。それにしては、アッサリと河井氏を辞めさせたのは何故なのか。内閣官房関係者はこう言う。

 「参院選では、安倍事務所の秘書等が案里さんの陣営に入って居る。安倍さんの許可無く選挙の応援には行けませんから、当然、安倍さんも知って居た。菅さんも応援に入ったし、官邸マル抱えの選挙だった。だから今回は菅さんだけでは無く、安倍さんの失敗にも繋がり兼ね無いので、直ぐに辞めさせたのではないか、との見方が出て居ます」

 2閣僚の辞任は次期総理を巡る動きにも影響しそうだ。

 「参院選では、広島で案里さんが勝ち岸田派の溝手(顕正)さんが落選。岸田派は山形等でも落とした。菅さんは次の総理を意識したのか、自身に近い人を内閣に入れて岸田(文雄)さんを潰す魂胆だったんだろうけど、遣り過ぎたんだよ。今回の辞任は菅さんには大きなダメージ。これで岸田さんも一気に復活するからね」(自民党幹部)

 気に為るのは今後だ。「辞任ドミノ」は未だ続くのか。次の「標的」に挙げられて居るのは萩生田光一文部科学相。英語の民間試験を巡る「身の丈」発言が火ダネに為った。政治ジャーナリストの角谷浩一氏はこう言う。

 「英語試験の『検討・準備グループ』の議事録は非公開だから出さ無いと文科省は言ってますが、これが出て来る様だと更にスキャンダルが広がる可能性がある。試験は延期と為りましたが、受験の準備をして居た生徒達はどう為るのか。萩生田氏の責任を追及する動きは続くでしょう」

     11-13-43.png 北村誠吾地方創生担当相

 北村誠吾地方創生担当相にも、国民民主党の森ゆうこ参院議員の国会での質問通告が、事前に所管の内閣府から漏れて居たのではとの問題が浮上した。

 「北村さんは、内閣府からの漏洩(ろうえい)だった場合『責任を取る』と言って居たが、その後『アレは一般論です』と逃げ始めた。それでも、十分、追及は出来ますよ」(角谷氏)

 もし3人目が辞める様な事に為ると、政権運営は一気に厳しく為りそうだ。


      本誌・上田耕司 週刊朝日  2019年11月15日号     以上


 






安倍政権「3アウト交代」は何時だ 辞任ドミノ「3人目」の候補は?




  安倍政権「3アウト交代」は何時だ 辞任ドミノ「3人目」の候補は? 

 
             〜〈AERA〉AERA dot. 11/13(水) 17:00配信 〜

        11-13-40.jpg

 就任間も無く辞任した菅原一秀前経産相(右上)・河井克行前法相(右下)・「身の丈発言」や加計問題で野党の攻勢を受ける萩生田光一文科相(左上)・実力を疑問視する声が上がる小泉進次郎環境相 朝日新聞社


 〜安倍首相が内閣を改造して2カ月、早くも2人の閣僚が辞任した。3人目は居るのかそれは誰なのか。長期政権が崩れ落ちる音が聞こえ始めた。AERA 2019年11月18日号に掲載された記事を紹介する〜

 



「1人であれば好い2人なら好い、3人ならダメと云う事で無く、元より1人の辞任もあっては為ら無い思いで臨みたい」
 
 内閣改造から2カ月も経た無い内に菅原一秀経済産業大臣(当時)が自身の公職選挙法違反疑惑で、河井克行法務大臣(同)が妻の同法違反疑惑で辞任。「辞任ドミノ」の気配が漂う中、衆議院予算委員会で国民民主党の渡辺周議員から「安倍政権はツーアウトと言われて居る。3人目は断じて無いとお約束頂きたい」と詰め寄られた安倍首相は、冒頭の言葉を述べ「国民の皆さんにお詫び申し上げたい」と陳謝した。

 野党が「3人目」候補の最右翼と狙いを定めて居るのが、英語民間試験の利用は住む地域や家庭の経済状況により不公平が生じると云う懸念に対し「身の丈に合わせて頑張って貰えれば」等と発言した萩生田光一・文部科学大臣だ。
 政権はその後、民間試験導入の延期を決断。民間試験の導入を推進して来た、所謂、文教族と呼ばれる自民党関係者はこう訝(いぶか)った。

「官邸は事前の相談も全く無いまま、只お友達である萩生田氏を守る為だけに導入を延期した。首相本人は適材適所の人事と豪語して居るが、アノ人は表では立ち回らせてはいけ無い人。何と言っても加計学園の問題では疑惑の渦中に居る人ですよ。裏の仕事を遣って来た人が、表に回るとロクな事が無い」

 或る野党幹部も「萩生田」を落とせば、安倍政権の寿命は確実に縮まると追及の手を緩め無い方針だ。

「この改造内閣では安倍首相と萩生田氏は一心同体ですよ。安倍首相にしてみれば、民間試験の導入延期で下がる支持率よりも、萩生田氏が辞任するリスクの方がアラユル意味で痛手だと計算したのでしょう。只、萩生田氏は文科大臣ですから、真正面から加計問題を国会で追及出来る。安倍首相は萩生田氏の事に為るとアカラサマに落ち着きが無く為り高圧的な態度に出る。本当に判り易い」

 6日の衆院予算委員会では、無所属の今井雅人議員が萩生田氏の加計問題への関与を窺わせる文書を示して「これは文科省の方が書いた文章か」と質問。すると安倍首相は自席から今井氏に対し、指を指しながらヤジを飛ばした。安倍首相は自席から発言した点に付いては謝罪したが、発言そのものは撤回しなかった。
 一方、自民党の党内には「誰に取ってのツーアウトか」と、次期衆院選後の「ポスト安倍」の行方に言及する声も聞こえる。「誰」とは、言う間でも無く菅義偉官房長官の事だ。辞任した2大臣は安倍首相に近い事は間違い無いが、最後の最後に大臣ポストに推したのは菅氏だと言われて居る。

 特に河井前法務大臣が辞任する直接の引き金と為った妻の河井案里議員は、今年7月の参議院選挙で菅氏が「ポスト安倍」の一人である岸田文雄・政調会長の腹心の溝手顕正前議員に対して送り込んだ「刺客」だったとされる。河井氏を好く知る広島市議会の自民党関係者がこう打ち明けた。

「案里氏の問題が週刊誌に出るぞと為った時、話題に為ったのは誰がリークしたのかと云う事でした。選挙期間中の運動員への報酬が事実である為らば、受け取った側が口を割るとは思え無い。それが出来るとすれば同じ党内の敵対して居た陣営ですよ。誰が犯人なのか。ヤタラその事を『上』(菅氏周辺)が気にしてましたね」

 この処、話題にも上がら無く為った小泉進次郎・環境大臣も矢張り菅氏が後ろ盾だ。派閥を持た無い菅氏の求心力は人事にある。そこでシクジルと一気に党内人気も減速し兼ね無い。名指しはされて居ないまでも辞任ドミノの「3人目」候補は複数居る・・・それが与野党の議員に共通する見方だ。


    編集部・中原一歩 AERA 2019年11月18日号   以上


 



 







内田樹「文科省が推進する英語教育観は自動翻訳の急速な発展を考慮していない」




 内田樹 「文科省が推進する英語教育観は自動翻訳の急速な発展を考慮していない」

             〜連載eyes 内田樹A019.11.13 07:00 AERA〜


        11-13-30.jpg

 内田樹(うちだ・たつる)1950年 東京都生まれ 思想家・武道家 東京大学文学部仏文科卒業 専門はフランス現代思想 神戸女学院大学名誉教授・京都精華大学客員教授・合気道凱風館館長 近著に『街場の天皇論』主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

 〜哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします〜





 英語の民間試験導入が延期される事に為った。英語教育の専門家達が挙って反対して居たこの制度に何故文部科学省はあれ程固執したのか、判ら無い事が多過ぎる。
 判ら無い事の一つは文科省が文学作品を熟読したり、誤りの無い英文を書くことよりも、英語で円滑に会話出来る力の開発にノメリ込んで居る事である。流暢(りゅうちょう)にビジネストークが出来て、英文契約書がスラスラ読める能力が何よりも優先すると云う英語教育観は産業界と民間の英語教育業者によって流布されて来た。だが、この人達は自動翻訳機械の急速な発達についてどうお考えなのであろうか。

 手のひらサイズの自動翻訳機が今では3万円台で買える。スマホにグーグル翻訳をダウンロードすれば、日常の用を便するには十分足りる。自動翻訳の専門家によれば、後数年で機械翻訳の精度は更に向上する。機械の単価も遠からず電卓並みに為るだろう。
 皆がポケットに自動翻訳機(ドラえもんの「ほんやくコンニャク」である)を携行する時代が来る。その時、もう学校で英会話を学ぶ必要は無く為ると自動翻訳の専門家は言う。無論翻訳家や外交官等には引き続き高い英語運用能力が求められるだろうが、一般市民にはもうその必要が無く為る。
 「町で外国語で話し掛けられた」ら、徐にポケットから機械を取り出せば済む。3桁の掛け算の答えを求められた時に徐に電卓を出すのと変わら無い。

 だが「英語が出来る日本人」の育成に熱意を示す文科省は、英会話能力開発そのものを不要にし兼ね無いこの技術革新に付いて一言のコメントもした事が無い。英語での円滑なコミュニケーションが全国民に必須だと思うなら、文科省は寧ろ自動翻訳機械の精度向上と廉価化の為に一臂(いっぴ)の力を貸すべきではあるまいか。
 「外国語を学ぶとはどう云う事か?」と云う根源的な問いを私達に着き付けるこの技術の進化に付いて何の反応も出来無い省庁が「国際的な経済競争」に「果敢に挑戦」して居ると言えるだろうか? それコソ文科省が「英語が出来る日本人」に求めて居る事なのだが。


      ※AERA 2019年11月18日号    以上





 【関連記事】  「ベネッセは一線を越えた」英語民間試験の導入の経緯はブラックボックスの中


          〜〈AERA〉AERA dot. 11/13(水) 11:30配信〜

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        英語民間試験を巡る相関図 AERA 2019年11月18日号より 


 〜延期が決定した大学入学共通テストの英語民間試験。巨大な利権の創出とも言える民間試験導入にも関わらず、その経緯が不透明である事が問題視されて居る。実施予定だった試験の一つGTECを開発したベネッセと、導入に関わった政官財学のメンバーとの密接な関わりが浮かび上がった。AERA 2019年11月18日号に掲載された記事を紹介する〜

 



「営利を追求する民間企業に入学テストを丸投げすると、教育の機会均等が確保出来無いのではないか」
 
 11月6日、共産党の塩川鉄也氏が衆院予算委員会で問い質した。「学校に関して市場原理や民営化、民間の考え方を過度に入れる事は問題だ」と問うたのは、立憲民主党の大串博志氏だ。
 毎年約55万人が受験する大学入試センター試験に代わり、来年度から始まる大学入学共通テストで導入予定だった英語民間試験が延期された。早くから制度設計の不備が指摘されて居乍ら具体策を講じられ無かった文部科学省が、土壇場で混乱回避を優先した形だ。

 この日の国会では、巨大な利権の創出とも言える民間試験導入の経緯が不透明である事が指摘され、非公開だった文科省の議事録も公開される見通しに為った。安倍内閣の主要人物が旗振り役と為り、教育現場を舞台に民間企業への利益誘導を図る構図は「森友・加計学園問題」とソックリで、関係者の間で第3の疑惑と目されて来た。
 全国約5200の国公私立高が参加する「全国高等学校長協会(全高長)」元会長で、東京都立八王子東高校で統括校長を務める宮本久也(ひさや)氏はこう嘆息した。

「過つては教育産業界にあって、現場の教員と苦楽を共にし、教育の未来を語り合う存在だったベネッセも、今回は越えては為ら無い一線を越えてしまった様に思います」

 無理も無い。ベネッセコーポレーション(本社・岡山市)を核とするベネッセグループには、今回の英語民間試験の導入経緯に密接に関わって来た政官財学のメンバーが大勢ブラ下がって居る。教育行政に影響力を持って居た事は疑う余地が無い。
 ベネッセの開発した試験GTECは、受験生が最も集中する大本命と見られて居た。全国47都道府県で受験できるのは実用英語技能検定(英検S‐CBT)とGTECだけ。加えてベネッセの営業マンは全国津々浦々の学校現場に入り込んで模擬試験を行うなど密接な関係を築いてきた実績があるからだ。

 ベネッセは、株主・投資家向けのビジネスレポートで、2018年度に162億円だった営業利益を20年度には350億円、22年度には600億円に引き上げる目標値を設定している。この中で「国内教育」領域の柱に「教育・入試改革を機会点としたさらなる成長」を挙げ、英語4技能教材の開発を重視することを明言。実際、グループ会社が大学入学共通テストで来年から導入の決まった国語記述式試験の採点業務を今年8月、61億6千万円で落札した。

 英語民間試験は高校3年生の4月から12月までの間に2回受けることが可能で、仮に共通テストの受験者の半数がGTECを選択して2回受ければ延べ約55万人が受験者になる。ベネッセが発表した検定料は税込み6820円で、それだけで数十億円規模の収入だ。さらに受験生向けの対策講座や参考書などの商品開発も加われば「教育・入試改革を機会点としたさらなる成長」という皮算用をしていたのだろうか。

 勿論、英語民間試験の導入は、決してベネッセの「成長」ありきでスタートした訳では無い。民主党政権時代の12年6月、文科省が「大学改革実行プラン」として入試におけるTOEFL・TOEICの活用・促進を発表。同年8月に当時の平野博文文科相が「中央教育審議会」(中教審)に「大学入学者選抜の改善を初めとする高等学校教育と大学教育の円滑な接続と連携の強化の為の方策に付いて」を諮問した。
 以降は当初有力視されて居たTOEFLだけで無く、8種類の検定が採用された。15年1月16日、下村博文文科相(当時)が「高大接続改革実行プラン」として20年度スタートの新テスト導入の工程表を決定すると、導入の既成事実化が急速に進んだ。しかも、重要な部分はブラックボックスの中で決められて行った。


     編集部・大平誠 AERA 2019年11月18日号より抜粋   以上


 



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スタートアップが世界へ羽ばたける様「ものづくり」で応援する 浜野製作所




 スタートアップが世界へ羽ばたける様 「ものづくり」で応援する 浜野製作所


             〜日経BizGate 11/12(火) 10:36配信〜


        11-13-20.jpg

 左から、浜野製作所の浜野慶・代表取締役CEO、ローランド・ベルガーの長島聡社長、浜野製作所の金岡裕之専務取締役





 
 〜日本型のイノベーション「和ノベーション」を実現して行くには何が必要か。ドイツ系戦略コンサルティングファーム、ローランド・ベルガーの長島聡社長が、圧倒的な熱量を持って未来に挑む担い手達を紹介して行きます。今回のゲストは、ものづくりのイノベーションを支える開発拠点「ガレージスミダGarage Sumida」を運営する浜野製作所の浜野慶一氏(代表取締役CEO)と金岡裕之氏(専務取締役)です〜


 「何でも直したり作ったりして呉れる」町工場が起点

 長島 今までに何回お会いしたでしょうか。最初に御社へ訪問した時の第一印象は「普通の工場だけど、少し赤いな」と言ったものでしたが、中に入って驚きました。社員が集まる「ガレージスミダ」と云う場所は、予想以上に広くお酒が沢山置いてあります。(笑) 
 浜野 驚くかどうかは人によります。(笑)
 金岡 そうです。お酒が沢山あります。(笑)

 長島 そこでお仕事について窺った後、家庭的な料理が出る飲み会にも参加させて頂きました。又、弊社の従業員が家族と共にお邪魔させて頂き、工場体験で携帯スタンド等を作りました。私も久々に金属を削ったりして楽しかった。本当に濃密な時間を過ごさせて頂きました。
 浜野 僕等は、長島さんに、こう云う形でお付き合い頂けるとは思って居ませんでした。本当に我々も有難いです。
 長島 では、先ず会社の成り立ちに付いて、特に得意技に付いてお話し頂けますか。

 浜野 弊社は、東京・墨田区に在る金属の加工をメインとする、ものづくりの町工場です。創業43年目を迎えた処で、僕が創業者の父に続く2代目の経営者に為ります。創業以来、金属の加工を手掛けて来ましたのでそれが得意技です。
 長島 金属の加工と言っても様々な方法があります。どの様な加工が多いのでしょうか。
 浜野 父は金型の職人でした。鋳物・プラスチックの射出成型・金属プレス等、色々な金型がありますが、父はプレスの金型の職人で、量産品向け部品加工用の金型を製作する工場を立ち上げたのが浜野製作所のスタートです。創業当時は景気が良かった為、お客様の依頼に応じて、量産品向けの部品等も作りました。
 しかし、製造業を取り巻く経営環境は時代と共に大きく変わり、2000年頃には部品加工用の金型を作る仕事を続けながら、精密板金と云う金型を使わ無い加工方法による試作品や小ロット品の製作を始めました。最近は、装置開発や設計開発を手掛け、ロボットも作る様に為りました。自社内で設計部隊を持ち、自分達で部品を加工し組み立てを行い完成した装置としてお客様へ提供して居ます。

 長島 金岡専務もお仕事に付いて紹介頂けますか。
 金岡 その折々で、お客様が依頼するものを「形」にするのが僕の仕事です。弊社は町工場であり特殊な技術を豊富に持って居る訳ではありませんが、金属の加工に掛けてはプロです。金属の加工には専用の道具や場所が必要です。それ等を活用して作る事が出来るもの、お客様が欲しいと言うものは出来る限り「形」にします。多少、商売抜きの処もあったりしますが。(笑)
 浜野 商売抜きで仕事をする処は、問題かも知れません。(笑)
 長島 金型や部品の加工に関する長年の実績があり、最近は精密板金や装置開発へとお仕事が変わって来たと云う話でしたが、現場を預かる金岡専務に取っては、2000年以降、新しい仕事が次から次へと降って来る中、プロとして全てを「形」にしようと苦労されて来た訳ですね。

 金岡 2000年頃は金型の仕事が殆どでしたが、当時も地域の方々から「椅子の足が取れたので、くっ付けたい」と云う相談が来れば直ぐ直して居ました。弊社が今の様に発展した原点は「弊社へ来れば、何でも直したり作ったりして貰える」と云う事が、地域の方々の口コミとしてなのか社長の浜野の言葉としてなのかは判りませんが、広く知られる様に為った事にあると思います。
 長島 「何でも直したり作ったりして呉れる」と言われる様に為るのは凄いですね。
 浜野 遣り過ぎの様な処はありました。(笑)

 



 長島 でも、その口コミが更に口コミを呼び、仕事の幅が次々と広がったのだと思います。そのお話に関連して私が強く感じるのは、御社が地域を凄く大事にされて居る事です。そう云う「想い」に至った背景は、何度もお話しをされて居ると思いますが、今一度、お願い出来無いでしょうか。 
 浜野 はい。弊社は、経営理念で「『おもてなしの心』を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し、夢と希望と誇りを持った活力ある企業を目指そう!」とうたうように、お客様やスタッフと同様に、地域への貢献を重視しています。きっかけは、2000年6月30日に発生した火災でした。実質的には、近隣からのもらい火でしたが、当時、自宅兼工場が全焼し、弊社は経営危機に陥ります。
 その時、再建に向けて背中を押したり声掛けをしたりして頂いたのが、お客様でありスタッフであり地域の方々です。皆さんに、本当に好くして頂いたお蔭で、今の浜野製作所があります。そのご恩を確りと返して行く為、この様な経営理念を作りました。
 
 工場の現場に若い人が増えた理由

 長島 又、御社で強く感じたのは、工場の現場で働く方々が元気で若い人が多いことです。どうすれば、その様な事が実現出来るのでしょうか。

 浜野 切っ掛けは2003〜2004年頃、早稲田大学ビジネススクールや一橋大学の学生さんが、弊社との交流を始めた事でした。今で言う「インターンシップ」の様な事を行いました。
 長島 インターンシップが余り知られて居無い頃でしたよね?

 浜野 当時、早稲田大学ビジネススクールの先生が、弊社を対象に事例研究をしたいと申し入れて来ました。東京・西多摩郡に本社を置く東成エレクトロビームと弊社の2社が対象でしたが、ビジネススクールの人達が弊社をコンサルティングすると云う想定で、弊社の決算書等を見たり、従業員にヒアリングしたりして頂きました。マネジメントが判る人材が欲しいと云う弊社の思惑と、生(なま)の教材が欲しいと云うビジネススクールの思惑がマッチして成立した様に思います。
 更に、同じ時期、地元・墨田区の若手経営者・後継者を私塾で指導されて居た――今は退官されて居ますが、一橋大学商学部の関満博先生に出会いました。僕は、その私塾には参加していませんでしたが、機会があって一緒にお酒を飲むと「うちの学生を工場見学に行かせるから話をしろ」と言われ、学生さんが来る様に為りました。
 工場見学は必ず夕方でした。関先生は「工場見学で聞け無かった事を質問出来る」みたいな触れ込みで僕との飲み会をセッティングしました。僕が、そこで学生さんと色々な話をした後、弊社を使って事例研究をしないかと提案した処、20人位がそれに乗って来ました。
 そうして学生さんとの交流が始まると、別の会社に入ったものの、そこが面白く無かったと言って、弊社へ転職する学生さんも出て来ました。

 



 スタートアップとの交流が始まった

 長島 スタートアップとの交流が始まったのもその頃でしょうか?今ではお付き合いされて居るスタートアップは可なりの数に上ると思いますが、切っ掛けはどの様なものでしたか?
 浜野 先程金岡が話した様に、弊社は金型の仕事をする一方で、金属を切ったり曲げたり溶接したり、と精密板金も手掛けて居ました。それ等の一つとして、スタートアップの仕事を引き受けたのが発端です。「椅子の足が取れたんだが、浜野さん、直せる?」「溶接すりゃ好いんでしょう」「ジャ、お願いします」と言った様に、気軽に引き受けて居たんです。
 長島 そんなに簡単に引き受ける事が出来る仕事なのでしょうか?

 浜野 付け加えると、普通の町工場はお客様が用意した図面を元にものづくりをしますが、弊社は「作った時の図面は無いが、こんなものが作りたい」「アイデアと簡単な図面はあるが、どう形にしたら好いか分から無い」と言った、口相談(くちそうだん)みたいな仕事を僕が取って来て、現場の金岡に振っていました。
 金岡 実際に仕事をするのは、現場ですからね。(笑)
 浜野 ちなみに僕は今、現場の仕事は一切遣りません。難易度が低い仕事であっても、金岡が遣った方が良いものが出来ますから。(笑)
 長島 それは確かかもしれません。(笑)
 浜野 そうした口相談の仕事をする事が口コミで広がる中、デザイナーや起業家の方からの仕事が増えましたが、依頼主については余り関心がありませんでした。所謂スタートアップから仕事を受けたと意識したのは、ロボット創りに取り組むオリィ研究所の吉藤健太朗くん(通称、吉藤オリィ氏)の時です。

 長島 何処でスタートアップである事を意識されたのですか?
 金岡 経営者の年が若く凄く元気でハキハキして居ます。作るものより先に人柄に魅力を感じました。彼等も工作機械を使って自前で作って居た様で、持って来た試作品を見ると出来が好く、それにこちらが惚れた処もあります。しかし、金属の様な硬い素材に付いては彼等も手に負えず、その加工を引き受けたのがお付き合いの始まりでした。

 浜野 吉藤オリィくんは、相談に来た時、自分の「想い」に付いて話して呉れました。「OriHime(オリヒメ)」と云うコミュニケーションロボットを作ろうとしたのは「幼少の時、体が弱くて入院して居た。今は退院して普通に生活して居るが、日本には親と離れ友達と会話も出来ずに、病室で生活する子供達が多数居る。このロボットでその孤独感を解消したい」と言った内容です。
 それを聞いて「日本も満更じゃ無い。この国は、マダマダ力がある、素敵な国だ」と思いました。そんな、物凄い想いがあっても、彼等の技術や経験では出来無いものを、僕等が応援して作る事が出来れば、彼等の想いを世界へ広げる事が出来る――それは、僕らもワクワクしましたし、僕等の存在意義はまさにそこにあると考えました。
 それ迄の弊社の仕事は、競合も多く下請け仕事ばかりでした。作ったものを納めてもお礼さえ言って貰えません。でも、彼の話を聞いた時、これは是非とも応援したいと思いました。当時は、商売として成り立つかどうかは判りませんでしたが「もう、しゃあねえな。これはもう手伝うしかネエ」と感じて、始めた様に思います。

 長島 コストは間違い無く、ものづくりに取って大事な事ですが、それだけでは仕事をする動機としては不十分なのでしょう。「ありがとう」の一言を貰ったり、ものづくりに賭ける志を見たりする事で「この仕事を遣って居て好かった」と感じる体験に為るのだと思います。
 勿論「ありがとう」とお礼を言われる様な仕事は本来、どの町工場も手掛けたいものです。そんな経験をすれば、毎日が楽しく為るのは間違いありません。一方、経営の安定性を考えて、そこへ踏み切れ無い町工場も少なくありません。御社は、この10年間、そのバランスを取られて来たと思いますが、どんな工夫をされて来たのでしょうか?。


 浜野 従業員が2〜3人の時は、収益が肌感覚で判ります。固定費が掛かる部分やその額は余り変わりません。変動費は固定費よりは掴み難いのですが、大体判っていました。例えば、材料は小規模な工場だった事もあり、受注の都度、必要な量だけ仕入れて居り、在庫は殆どありません。だから簡単な計算で、採算が合う仕事、合わ無い仕事は判断出来ました。
 とは言え仕事の幅が広がり規模も拡大すると、そう簡単には判ら無く為ります。矢張りキチンとした手法を用いて経営のデータを取りながら見て居ました。窮屈でデータの為に仕事をすると云うのでは無く、良くも悪くも数字は正直なものなので、悪かったら良くすれば好いだけの話だと捉えて居ます。
 又、平たく云うと、弊社の売り上げの未だ半分は、元々の仕事である受託型の金属の部品加工で、残りの半分が新規事業である装置開発等です。その為、元々の仕事である金属の部品加工の収益性を高める努力をして来ました。弊社は2000年に火事に為った時経営危機に陥り、約20年経ちますけれども、2期しか赤字はありません。大変とは言いながら、殆ど黒字です。

 長島 凄いですよね。
 浜野 経営再建を始めた頃の金型の仕事は3次・4次・5次の下請けで、幾ら弊社が頑張っても経営状況は余り変わりませんでした。「従業員とその家族が本当に幸せに為るにはどうしたら好いのか。それには、ものづくりの情報の上流、詰まり、仕様決めや設計・デザインの段階から仕事をする必要がある」と考え、実際に今、そう云う取引が多く為って来た処です。
 ものづくりの情報の上流の仕事では、お客様と直接話が出来る為、コストを抑える為の設計を考える、不具合が発生し無い様に仕様決めする、不良の出易い図面を直して貰って歩留まりを下げたり効率を上げたりする――と言った事が可能に為ります。それはお客様にトッテモ僕等に取っても良い事です。そう云う提案をしながら、お客様の幅と仕事の質を変えて来ました。

 長島 そう云う事ですね。とは言え、多くの町工場の方も直取引をしたいと思っていながら出来無い処が殆どだと思います。それが御社は何故可能に為るのでしょうか?
 浜野 出会いのご縁を頂いたのでしょうか。例えば「浜野さん、弊社へ来てお話をしてください」と依頼を頂いて話をすると「是非、浜野さんの工場を見たい」と言って来られる方が現れます。弊社の理念や想い・情熱や取り組みに共感を頂いた方と取引に繋がる事が、何件もあると云った感じです。
 今、或る大手メーカーと共同開発をして居ますが、切っ掛けは東京スカイツリーの開業に合わせて弊社を含む墨田区の中小企業が産学官連携で作った電気自動車「HOKUSAI」のニュースがテレビで流れ、それを見たメーカーの当時の社長が弊社に興味を持った事でした。
 長島 そう遣って、お二人が会われる方々は年間で何人に為るでしょうか。例えば、工場見学にはどの位の方が来られますか。

 浜野 工場見学者は年5000人位です。又、僕は講演と言うとオコガマシイのですが「事例報告」をして下さいと頼まれる事が多く、勉強させて貰ったり、お仕事をお願いしたりする為にも、喜んでお引き受けさせて頂いて居ます。1回当たりの相手は30人位で、多い時は200〜300人に為ります。
 長島 詰まり、工場で年5000人と会い更に社外で年何千人にも会われる。しかも毎年それ位の方々との繋がりが出来て居る訳ですね。それも他の町工場には無いですよね。絶対にありません。(笑)
 浜野 それ自体は有難い事なのですが、案件やご相談を出来るだけ多く引き受けられる様に、皆が助け合う体制とルールを作り、ラグビーチームの様なフォーメーションを決めて居ます。ボールが来たら、仲間を信じてパスを出す、パスを貰ったらどうしたら好いか――等各人の行動を定めて上手く回り始めた処です。

 長島 チームワークと云うか、皆がエースとして、夫々の得意技を持って居ると云うか、凄いですよね。
 浜野 未だ課題は多いとは思いますが、少しずつでも、改善して行きます。

 



 国連本部で開催された中小企業の記念イベントで講演

 長島 そんな多忙な日々を過ごしながら、この6月、ニューヨークの国連本部で開催された中小企業のイベント「Micro-, Small and Medium-sized Enterprises Day」に参加・登壇されました。
 浜野 私が、入社4年目の若手の従業員と一緒に行かせて頂きました。
 長島 どんな経緯で御社が呼ばれたのでしょうか?

 浜野 2014年に経済産業省主催の「平成25年度おもてなし経営企業」に選定されたのが切っ掛けです。選定会社が集まる表彰式を兼ねた事例報告会が東京で催されたのですが、国連の中小企業のプロジェクトに関わる方々がそこに来られて居り、弊社のプレゼンを聞いて、興味を持たれました。「東京に工場があるなら、明日、訪問したい」と云う急な要望でしたが快諾しました。
 それで工場訪問の日は、5分位のプレゼンをした後「弊社がどういう会社なのか、何故今、こう云う事を遣って居るのか」と云った事を改めてお話ししたのですが、それが決め手に為った様です。

 国連は2017年に、6月27日を「零細・中小企業デー」と定め、主にSDGs(持続可能な開発目標)をテーマに、世界で先進的な取り組みをして居る中小企業を集めて、年に1回、その日に会合を開いて居ますが「浜野製作所の事例をそこで是非話して欲しい」と云う依頼を頂いたのです。一生に1回あるかどうか分から無いので「行かせて頂きます」と返事をしました。
 当日は最初に、僕が挨拶をして、後は同行した若手にスピーチを任せました。「これから未来を作って呉れる若い世代にここの処は是非スピーチをして貰いたい」と言って引き継いで居ます。そうして2人で話をしたのは弊社だけでした。

 長島 世界各国から来られた方々は、どの様なお話をされましたか?

 浜野 今回は約30カ国の方々が話されましたが、中小企業の経営者に加えて、中小企業の研究を行う大学の先生方、中小企業を支援する政府系・行政関係の方々が話されました。皆さん、活動内容は違いますが「中小企業は、資金が不足している。国の支援が無いと我々はこれ以上進め無い」というスピーチも幾つか耳にしました。
 しかし、弊社は「国の支援を貰う前に、中小企業自らが出来る事を遣ら無ければ為ら無い。お金が無くても出来る事がある。僕らが培って来た技術で、風力発電のチャレナジーやオリィ研究所の様なスタートアップの若い経営者に世界へ羽ばたく為の支援をするのがこれからの町工場の役割だ」と云う話をしました。
 それが異質だった所為かも知れませんが、終わった後で国連のリポートに掲載させて貰うと言われました。ニューヨークの本部に居る方が何人も来られたので話もしました。僕等が今遣って居る事は、特別な事では無いと思って居たのですが、世界全体では中小企業は、誰かによって支援して貰うのが普通である様です。しかし、それは本意ではありません。

 長島 仰る様に、その状況は変えて行くべきでしょう。
 浜野 弊社は、日本からスタートアップを世界へ送り出して行く。来年、オリンピックがあるので、是非東京に来て欲しい。おもてなしの心を持って、弊社は色々な世界の企業のものづくりをサポートしたいと云った話で最後を結んでいます。

 ローランド・ベルガーと遠隔操縦可能な小型EVを開発

 長島 最後に、弊社の社内ベンチャー・カンパニー「みんなでうごこう!」が、同じ志を持つ「和ノベーションチーム」10社と共同で開発した、遠隔操縦可能な小型EV・電気自動車「バトラーカー」に付いてお話しが出来ればと思います。
 第46回 東京モーターショー2019」に出展した、この遠隔操作が出来るEVを開発しようとしたのは半年位前で全くの無茶振りでした。最初にこの企画を御社でお話ししたのは5月の連休明けでした。当然「何を言っているんだ?長島さんは?」みたいな反応でしたよね。
 そこまで急ぐ理由はありました。私は、自動運転関連の官民協議会の委員を約2年務め色々な研究を行って行きました。自動運転は勿論、遠隔操作型に付いても、低速タイプ・高速タイプの両方に付いて様々な実証実験に触れて行きました。しかしその実証実験の多くが、技術の実証で、社会実装に結実するのは、費用面の課題もあって可なり先に為りそうでした。
 一方、日本では地方の過疎化がドンドン進んで居ます。そう云う現状の中、これから熟成される最先端の技術を使って居たら、社会実装やその結果としての社会課題の解決には間に合わ無いと云う想いがありました。であれば、既存の技術を活用する事で短期間の開発が出来無いかと考え、調べた処、時速10キロの車の遠隔操作であれば、既存の技術を組み合わる事で開発できる――場合によっては半年で完成出来る可能性がある――と判り、先述の「みんなでうごこう!」で開発プロジェクトを始めたのです。 

 ソモソモ「みんなでうごこう!」と云う社内ベンチャー・カンパニーの目標は、ヒトやモノの移動の総量を増やす事で経済を盛り上げ様と云うものです。今、20位の自治体とお話をして居り、実際に2〜3の自治体で地域毎のプロジェクトがスタートして居ますが、もう一つ、移動を活性化する切っ掛けと為るものが欲しい・・・例えば移動の為の新しい道具があれば・・・と思って居ました。
 今回発表した遠隔操作型EVに込めた「想い」は幾つかあります。先ず、低速で走行する車なので免許を返納し無ければいけ無い様な高齢の方々も運転が出来ます。国交省に低速車専用免許を作ろうと云う提案もして居ます。
 又、遠隔操作型にする事によって、新しい出会いを作る場にしたいと考えました。車外から遠隔操作で運転して貰う事で、乗員全員が車内の会話に参加する事が出来ます。遠隔操作の運転で車を届ける際、相手に届いた時に会話をする事で人と人の新しい接点を作る事も出来ます。何れにしても、出来るだけ早く社会実装を行え、移動に困っている人を支援したり観光地で活用したりが出来るものをつくりたいと思いました。

 遠隔操作であれば、投資対効果も上げられる可能性があります。人が乗って居ない時は宅配をしても好い。低速ですが、運送業者に地域の公民館や集会所までまとめて荷物を運んで貰い、個々の家まで運ぶ処で活用する事が可能でしょう。遠隔操作する人は運転回数に応じて、現地での食事や宿泊を無料提供する様にすれば、更に移動による交流が生まれます。
 その様に、この車が活躍して居るイメージを湧かせる為に、実物を作ったのが今です。開発の時、そんな話をしていたら、デザインにも拘る必要が出て来て、金岡専務には次々と無理難題が振って来たと思います。


 浜野 でも、今回の開発では、長島さんを初めとするローランド・ベルガーの皆さんが主体に為りました。EVは以前も作りましたが、難しさの種類が違います。
 金岡 手を動かすこと以外の事は、御社で取りまとめて頂けた為、弊社はつくりに専念出来ました。設計や仕様策定も含めて弊社と為ると半年では無理でしょう。
 浜野 このEV開発プロジェクトは、弊社抜きでも、多分成り立つでしょう。ワザワザ御社が弊社に声を掛けて頂いたことが有難いと感じます。長島さんの想いを聞いて、プロジェクトの一員として関わりたいと思いました。

 先ず実物をつくることが重要だと云うのは、長島さんの仰る通りで、以前に産学連携で開発をした時も同じでした。色々なテーマがあって、開発の時に長い時間議論をしましたが、ナカナカ進ま無い。最後に、既存の技術を組み合わせて一つ作って、又話をしようと為りましたが、それが好かった。議論だけでは進ま無かった開発が急に進みました。だから、凄く大切だと判ります。
 最初は「ローランド・ベルガーがEVをつくる?でも、多分ローランド・ベルガーが遣るんだから、何かあるんだろうな」と思いながら、開発を引き受けました。その「何か」が打ち合わせで話をする度に凄く現実化して行きました。

 長島 弊社も驚いた事があります。ベース車のステアリング軸の角度をデザインに合わせて変更する作業が1日、嫌数時間で終了したじゃないですか。「アレ、考えていたものが、もう出来た」みたいな感じです。
 金岡 簡単では無いですけど、或る程度、形を思い描けたので、それを目指しました。アノ形の更に奥にある、ビジョンの様な部分は、僕が作りに専念し勝ちな所為か、当初は見えて居ませんでしたが、一緒に作業をさせて頂く事で見える様に為りました。
 浜野 成程、ここに目線を置くんだとか、凄く勉強に為りました。どちらかと云うと、僕等は現物合わせの様な仕事が多かった様に思います。
 長島 弊社もその現物合わせに神業を感じました。

 浜野 金岡は、僕が学校を卒業して最初に入った会社で出会いました。工場で一緒に働いて居ました。しかし、その後、建築の仕事をしたり電気の仕事をしたりして居るので、実を言うと結構オールマイティーでして、製品の構造を決める事や、現物合わせの様な仕事は金岡が得意です。又、個々の部品を業者がつくる場合も、電気の配線は金岡が行う等、経験を生かして多様な働き方をして呉れます。


 長島 そうですよね。我々も、色々な方々と共同で行うプロジェクトが増えて居ますが、何にでも興味を持ち幅広く知ろうとする、若しくは取りあえず突っ込んで行くみたいな事が本当に大事だと実感しています。
 そう云う事を思って居る時に、浜野さんや金岡さんにお会いさせて頂いてその想いを一層強くしました。本日はどうも有難うございます。


                日経BizGate     以上


 




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帰国子女の私が日本で感じて居た「息苦しさ」の正体




 帰国子女の私が日本で感じて居た「息苦しさ」の正体

            〜現代ビジネス 11/12(火) 7:01配信〜

 



 苦い経験

 今から10年程前、大学院の在学中に就職活動をして居た時のことだ。私は、面接の為にある企業を訪れた。面接の会場に入り、面接官に向かって最初の挨拶をする。サア志望動機を話し始めようとしたその時。「君、帰国子女なんだね」面接官が言った。
 確かに私はフランスからの帰国子女だ。その事は履歴書にも書いてある。それがどうかしたのだろうか…?「帰国子女ってサ、謙虚さが足り無いんだよね」只挨拶をしただけなのに行き成りこれだ。突然の事に、私は面接の初っ端から返答に窮すると云う想定外の事態に陥ってしまった。

 そんな私を脇目に面接官は続けた。「外国語が出来るのは好いよ、そう云う時代だしね。でもさ、それだけだとダメなんだ」履歴書を読んだだけ、私の事を殆ど知りもせずに、面接官はそう言って更に私を追い込んだ。
 この時点で、私が統計上最後に「帰国子女」と為ってからもう既に10年以上が経過して居た。しかし10年の時を経ても、私は日本社会では相変わらず「帰国子女」で有り続けた。  

 「帰国子女」とは誰の事なのか。総務省統計局の定義によると〈帰国子女とは、海外勤務者等の子女で、引続き1年を超える期間海外に在留し、年度間に帰国した児童・生徒〉を指す。私は統計上で2回、そして統計には現れ無いが、大学入学時に1回の計3回の「帰国」を経験した。
 私は現在フランス在住だが、フランスにも勿論所謂帰国子女は沢山居る。彼等はフランス社会において注目されたり問題視されたりする対象では無い。

 実際に、アメリカの中学校に通って居た事のあるフランス人の友人に「帰国子女」と云う立場である事に付いて聞いてみると「海外に居た事は事実だし英語も話せる。そして実際にフランス社会からズレて居ると感じる事はある。でもそれは飽く迄個人的な感覚であって、周囲の人や行政等からそれに付いて言割れた事は無い」と云う。
 一方、日本では、子供の頃に海外に出て、その後、自国に帰ると云う行為は、統計の上だけの話には留まらず、人類学の研究対象に為り、様々な研究やフィールドワーク調査の対象に為り、エッセイの題材にも為る。或る意味で「特殊」な存在として社会の中に位置付けられている印象が強い。
 どの様にして日本社会は帰国子女と云うカテゴリーを作り出して居るのか、自身の経験を振り返りつつ考えてみたい。

 



 「キコク」を意識した瞬間
 
 私は小学校5年生で初めて、統計上の「帰国子女」に為った。インドネシアから帰国し、日本の小学校に編入をした時のことだ。それ迄の3年間は、親の転勤に伴いジャカルタ日本人学校で過ごして居た。
 日本に帰国し「外国に行ってたなら英語喋れるの?」と友人達に聞かれて困った事を覚えている。それが、私が初めて触れた日本社会における「帰国子女」のイメージだったが、私はそれには当て嵌って居なかった。

 ジャカルタでも日本の教育を受けた私は特に「帰国子女」の具体的なイメージを自分の中で持って居た訳でも無く、増してや自分を帰国子女として意識する事は無かった。と云うよりも、その時点ではその様な意識を持つ必要が無かったと云う方が正しいかも知れ無い。
 では一体何時から私は自分を帰国子女として意識する様に為ったのか、せざるを得無く為ったのか。「帰国子女」である事が複雑な事態として立ち表れるのは、それがアイデンティティの問題と絡み合った時だ。ここでは、アイデンティティの問題と絡み合う場合の帰国子女の在り方を「キコク」と表記し、自身の経験を振り返る。

 私はインドネシアから帰国した2年後にはフランスの中学に通う事に為った。そして2年半の滞在を経てフランスの中学を卒業した後、日本の帰国子女の受け入れで有名な国際基督教大学高等学校・ICU高校の1年生に編入した。これが、私が「帰国子女」と為った二度目の経験だ。私が「キコク」と云うアイデンティティを意識する様に為ったのは、この編入が切っ掛けだ。
 ICU高校は日本の中でも一早く帰国子女の受け入れを積極的に行って来た学校で、帰国子女が生徒のマジョリティを占めるのだが、或る日、帰国子女では無い「一般生」と呼ばれる非常に優秀な生徒に「キコクって楽だよね」と言われたのだ。

 今振り返れば、この生徒の発言の裏には、入試で帰国生には別枠が設けられて居る事等への疑問も含まれて居たのではないかと思う。だが、当時の私は困惑した。確かに、入試に関して帰国枠は書類審査と面接でシンプルだったかも知れない。しかし、だからと言って帰国子女は楽をして居るのだろうか。
 私自身、フランスで暮らし始めた当初は、本当に何一つ言葉も判ら無い学校に突然放り込まれて必死にフランス語を覚えた。最初はテストで0点を取る事も当たり前だった。板書も勿論判ら無い。只管ミミズの様な文字で板書をノートに写すと云う作業を繰り返す毎日だった。何が宿題なのかさえもサッパリ分から無い。

 休み時間にクラスの子達が笑って居るのをボンヤリと眺めながら、人は、どんな言葉や遣り取りを面白いと思って笑うんだっけ…と真剣に考えて居る自分に驚いたりした。又、フランス語を覚え無ければ絶対に友人が出来無いと思い込んで、日本では本の虫と呼ばれて居たのに、日本語の本を一切読ま無く為った。
 しかも、ICU高校の帰国枠受験者に取っては、現地の中学での成績が重要だったと記憶して居る。詰まり私は、フランスに居た2年半の間で、一からフランス語を覚え0点も当たり前と云う状況から、編入先の日本の高校が求める成績が取れる様にまで為って居なければ為ら無かった。それはそれで大変だったのだ。
 それは果たして「楽な道」と非難される様な事だったのか――そう言った事を、この出来事を経て初めて考える事に為った。

 ICU高校には9ヶ月間だけ在籍し、その後又フランスの高校へ編入した。結局は、一般生も帰国生もお互い別の場所で異なる経験をして夫々が頑張って居ただけの事だろうと自分を納得させるに至るのだが、日本国内には「キコク」と云うカテゴリーに入る特定の人々が居て、そこに対する先入観や視点と云うものがあると云う事に、この時私は初めて気付かされた。

 キコクっぽさとは何か

 帰国子女は自己主張が激しいと言われる。只、私は自分ではそうでは無いと思っている。それ迄に何度も経験した引っ越しと転校のお蔭で、置かれた環境に適応する能力は可なりあると自負して居たのだ。
 しかし、3回目の「帰国」をして大学に入学した直後、私は「キコクっぽい」と云う理由で少し目立ってしまった事がある。それは、発言が煩いからとか自己主張が強いからと言った理由では無く「見た目」に起因するものだった。
 要するに、髪も染めずノーメイクで黒っぽい服。それはフランスの高校では目立つ格好では無かったのに、日本では逆にそれが「キコクっぽい」と言われてしまったのだ。特に目立ちたいとか「自己主張」をしたかった訳でも無かったのに。

 この様に「帰国子女」は、自らが「キコクっぽさ」を主張しよう等と思って居る訳では無いのに周囲にその様に解釈されてしまうと云う、コジレタ事態に直面する事も少なく無いと思う。そして今度は逆に帰国子女達もそのイメージを取り込む事で、帰国後の日本で「キコク」に為って行く…。
 そして「キコク」と云うステレオタイプは、様々な苦労に繋がり得る。私が最も憤りを覚えたのは、冒頭で述べた就職活動中の出来事だ。何を主張した訳では無い、只挨拶をしただけで「謙虚に為れ」と言われる。それは日本社会が持つ帰国子女への先入観を見事に表して居た。

 ロジャー・グッドマンは著書『帰国子女―新しい特権層の出現』の中で、帰国子女の極端なイメージがどの様に構築されて行ったのかを実際に起きた事件等を元に考察して居る。そこで明らかに為る帰国子女のイメージは「日本語が下手」「帰国後の環境に適応出来無い」「生意気」「知ったか振り」等である。
 又、そこから〈海外で暮らした者は帰国後「問題」を生じると云う事が、帰国子女論全ての当然の前提と為って居り、その為「何とかし無ければ為ら無い」と云う議論がそれに続いた〉と云う。(37ページ)

 私の場合にも、こうしたイメージの「押し着け」は実際に在った。職場では連休を取れば「フランス人だから」とか「キコクだから」と言われ、私の行動は帰国子女だからとマトメラレル事が多かった。自分としては、エキセントリックとは程遠い性格で、どちらかと言えばそれこそ日本人らしい真面目さを持って居ると思って居るだけに、自分に対する周囲のイメージにはズレを感じ続けた。
 南保輔氏が著書『海外帰国子女のアイデンティティ 生活経験と通文化的人間形成』の中で述べて居る様に「微妙な行動上の差異が、帰国子女である事に帰属され」ると云う経験が続いたのだ。

 確かに、勿論私の言動や行動がフランスや或はインドネシアでの経験に基づいて居ないかと云うと、そんな事は無い。しかし、キコクと云う私の一側面だけが一人歩きをする傾向にある事、マルで私のアイデンティティはそこだけに集約されてしまうかの様な点には常に違和感を抱き続けた。

 実は多様な帰国子女

 視点を広く取れば、ソモソモ「帰国子女」と云う言葉で多様な海外経験者を一括りにするのは難しい。例えば、先程「帰国子女は英語が喋れるんでしょ」と言われた経験に触れたが、実際に、どの程度の帰国子女が英語を話せるのだろうか。

 2016年の外務省の調べによると「在留邦人(学齢期)子女数(長期滞在者)」が小・中ノミでも全体で7万9251人、その内所謂英語圏の「北米」に居るのは2万5030人。その他の地域は幾つかの国を除けば殆どの子供達は「非英語圏」に住んで居る。
 又、帰国子女と云うのは、現地の学校に通い英語を母国語の様に操るイメージがあるが、就学に付いて調べると、地域にもよるが全日制の日本人学校に通う海外子女も多い。2014年の海外子女数を地域別にみると、最も海外子女数が多いアジア地域では、域内の海外子女3万2236人の内、日本人学校就学者は半分以上の1万6733人(51.9%)と為って居る。(http://www.soumu.go.jp/main_content/000373443.pdf)

 これらを鑑みると「帰国子女は英語(外国語)が出来る」と云うのは非常に曖昧なイメージでしか無い事が判る。勿論、非英語圏でもインターナショナルスクール等英語が基盤の学校に通う子供も多いが、語学レベルと云うのは何年間その環境で過ごしたのかと云う点や、その子供の性格等にも左右されるので非常に多様なのが事実だ。

 



 フランス社会と帰国子女

 「帰国子女」と云う言葉は日本に特有のものであるとは好く言われる話だ。前出のグッドマンも著書の中で「日本以外の国で子供のそうした特殊なカテゴリーや学校は存在し無いし、実際この二つの言葉を直接翻訳出来るいかなる言語も無い」として居る。
 しかし上記した様に、フランスにも、状況として日本で言う「帰国子女」に当て嵌る子供達は沢山居る。「enfants d’expatriés」と云う言葉があるが、これは直訳すれば「海外子女」と云う意味で、彼等がフランスへ帰国をしたら状況としては「帰国子女」に為る。しかし、フランスの場合はソモソモ外国人や移民等が多い国であり、外国へ出る事やそこから戻って来る、と云う行為がそこまで目立つ話では無い。

 ちなみに「Enfants d’expatriés・海外子女」と呼ばれる子供達のイメージは「恵まれた家庭の子供達」である。海外在住フランス人に対する調査によると、対象者を学歴で見ると大学学部卒以上は85%を占め、更に53%が大学院以上である。
 又、収入で見ると、半数以上が年収3万ユーロ以上と回答。フランス国内の平均年収が1万9000ユーロ程度と云う事を考えると、この海外在住者は国内よりも高収入の人が多い事が判る。
 更に、ホボ60%が子供を持って居ると回答し、その内の大半が子供を連れて海外へ渡って居る。日本で云う処の海外駐在者の子供達と似た様な状況の子供達である。そしてその子供達がフランスに戻ると定義上では日本と同じ様に帰国子女に為る訳だが、その事を特別に表現する言葉は無い。

 只それは帰国子女が日本特有の言葉と云うよりも、注目する部分が国によって異なると云う方が正しいのでは無いだろうか。フランスでは所謂社会的な立場の違いや、お金で測った時の不平等(違い)に注目が行くが、日本では、文化的な違いに対して注目が行くと言えるのかも知れ無い。だから「帰国子女」達は帰国後、日本社会から常に、日本(文化)のスタンダードから「どれだけズレて居るか」を測り続けられてしまうのだ。

 何故「帰国」に拘るのか

 勿論、帰国生枠があったから私も日本の高校や大学で学ぶ事が出来た。それに救われた事は間違い無い。只そこでも「帰国子女とは何か」を、夫々の教育機関が「出願資格」として定義をして行く中で、多様な実態とズレてしまう事もある。
 例えば私は上記した様にICU高校に9ヶ月だけ滞在し、その後高校2年生としてフランスの現地校に編入した。卒業後、日本の大学に入学しようとした際に、海外の高校に3年以上滞在して居る事・・・と云う「帰国子女の資格」から外れてしまったのだ。その場合、帰国子女枠の試験等は受けられ無い。

 更に「帰国子女」は、制度的な意味を超え、帰国子女本人達の手の届か無い処で「日本人だけど日本人じゃ無い」と云う不思議なカテゴリーとして形作られて居る事も又事実だ。それが理由で「拒絶」されたり、近年ではグローバル人材と帰国子女が結び付けられ「期待」されたりする。
 前出のグッドマンは、日本社会が、海外へ出た日本人をその後どの様に受け入れて来たのか、或は拒絶して来たのかと云う点に付いて歴史的な検討をして居る。そして〈外部技術の輸入者は、時には肯定的に、時には否定的に見られた。彼等は「外国の」特質と「日本の」特質の間の、その時代に相応しいバランスと闘わねば為ら無かった〉(174ページ)と述べて居る。

 帰国子女達はその時代の日本が求めて居る事に「貢献出来る人材であるかどうか」或は日本の価値観に沿って居るかどうかと云う監視の基に置かれて居る。
 此処に書いたのは飽く迄私個人の経験に基づいた事なので、多様な帰国子女達を代表するものでは無い。しかし、日本社会が「帰国子女」に対して投げ掛ける視点は単一的なものに感じられるのも事実だ。それは、日本社会に蔓延する「日本は特殊だ」と云う意識が、帰国子女と云う枠の中に居る多様な子供達を単純化して居るとも言えるのかも知れない。

 帰国子女達の何がどれ位日本社会のスタンダードと「違う」のか、と云う側面だけでは無く、彼等・彼女等が帰国前に経験して来た事にもう少し注目が行くと、本当のダイバーシティの実現に繋がるのではないだろうか。


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                 大野 舞    以上


 【管理人のひとこと】

 この様なレポートは、自ら探して見付け出せるものでは無く、丁度、目に留まったので拝読した。私達は自ら経験しないものをこの様な文章を読むことで疑似体験出来る様に教育されて来た。有難いもので、そのお蔭で帰国子女の持つ色々な苦悩と葛藤を知る事が出来た。帰国子女・・・これは、天から与えられた素晴らしい個性だろう。
 親の海外勤務と云う機会を負の環境と捉えるか。それとも又と無い絶好の機会と受け取るかでその後の人生も変わる。願わくは後者の機会だと積極的に人生を切り拓いて頂きたい。他には経験出来無い貴重な時間を受け取ったのだから、その個性を大切にして貰いたい。

 筆者はフランスで暮らして居る様だが、フランスで生活したいと考えそれが実現するだけで、貴女の行動力は他者には出来ぬ何かを備えて居る。無論過去にフランスで暮らした経験がそれを後押ししてるのは云うまでも無い。
 最近の若者は、国内に閉じ篭って居ると言われる。積極的に海外へと出ないのが現代の若者らしいのだが、それではダメだろう。結局、島国から抜き出せない我が国の消極的な一面を打ち破る者が居て、延いては世界に飛躍する人材を育てるのだろう。筆者の今後のご活躍を心から願う一人だ。貴女にはその先人の一人と為って頂きたい。






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悲観論はここまでだ 衰退途上国ニッポンを再興させる一筋の光明


 

 悲観論はここまでだ 衰退途上国ニッポンを再興させる一筋の光明


           〜まぐまぐニュース! 11/12(火) 4:45配信〜


      11-13-11.png 津田慶治氏


 〜経済産業分野においては、最早先進国の地位からは滑り落ち、衰退途上国とすら言われる日本。「衰退途上」の字義の通り、我が国はこのママ沈み行く他無いのでしょうか。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では著者の津田慶治さんが「衰退途上国としてどう生きるかは、日本人の特性を再検討し違う道を模索する事が必要」とし、具体的な再興策を提示して居ます〜


 



 日本経済をどう維持するか?

 日本の人口は減少し、物作りでも日本の若者が関心無く、AIとソフト開発には論理力が必要であるが、日本人は余り数学が得意では無い。日本経済の今後を検討しよう。

 米国株価 

 NYダウは、利下げ期待で、7月16日27398ドルと最高値を更新したが、製造業ISMが50割れ、且つ米欧貿易戦争も始まり大きく下落したが、ステルスQE4と3回の利下げと雇用統計も好く米中貿易協議も、部分合意の方向と報道で大きく上昇。
 リスクオン相場で連日最高値更新に為って居るが、10年国債の金利は1.6%に上昇して来たし、米中通商交渉が12月に延期した事や中国が関税下げの一段の拡大を要求するが、トランプ大統領はそれを合意して居ないとしたのに、6ドル高の11月8日27681ドルに為る。

 トランプ大統領は、米中通商交渉を株価のコントロールに使って居るが、現時点の株価上昇は行き過ぎであり、少し止めたいと思って居るが、市場は熱狂に包まれて株価は上昇して居る。この為、中国との12月部分合意の調印も無く為る可能性が出て来た。
 IMFは、世界全体で、188兆ドルの債務が政府と民間であり、この債務は返せ無いと警告し、同じく19兆ドルの社債が発行されて居るが、半分はデフォルトの危険があると言って居る。ガンドラック氏は重大な局面にあると述べて居る。
 バブル絶頂期は株価も猛然と上がり熱狂の中に居るので、その相場に巻き込まれてしまう事に為る。しかし実体経済を見ると、企業の収益は減少して資産と借金を増やす両建経営は行き詰まり、ソロソロ限界に近い可能性がある。

 景気のピークは2018年で、それから下り坂に為って居る。雇用統計で雇用が増加して居るが、低賃金労働者だけである。中間層以上の雇用は減少して居る。投資家は、次の不況に備える行動を取る事だと、ガンドラック氏は警告して居る。
 バブル崩壊は、そこに踊った金の量に比例するので、中央銀行がバブルを作ったので今までの10倍以上のお金が踊って居るので、今までの10倍の衝撃に為るとガンドラックは言って居る。次のバブル崩壊で米国経済は崩壊する事に為ると見て居る。

 ここで、米中通商交渉が破綻すると、そのトリガーに為り兼ね無いと見るが、ランプ大統領の9月1日分の関税引き上げを元に戻す事は了承しない事で、中国の農産物輸入500億ドルも宙に浮く事に為る。しかし、悪いニュースで株価が下がると、押し目買いが入り株価は落ち無い。
 トランプ大統領は、2020年6月に株価を最大値にしたので、現地点での爆上げは危ないと感じて、12月の合意が危ぶまれる状況にする事で株価を少し下げたい様である。しかし、今の熱狂相場で、悪いニュースを相場が無視してしまう傾向が出て来た。

 中国も米国の世論調査を見て居て、バイデン候補の支持率が復活して来た事で、様子見のムードが漂い始めて居る。しかし、中国の輸出が9月1日の関税引き上げで16%の減少して居るので、これ以上の関税UPは阻止して、出来れば9月1日実施分の関税UPも元に戻したい様である。

 日本の株価

 日経平均株価は、2018年10月2日24448円に為ったが、以後低調で、12月26日18948円と暴落し、その後はレンジ相場に為り、10月から売り残の買戻しや海外投資家1.6兆円の買い越しで、連日の年初来高値に為って居る。多分、海外の買いの半分以上は投機筋の先物買いで、24000円に向けて上昇して居る。
 しかし、ソフトバンクGの155億円の赤字、楽天の141億円の赤字等下方修正が多数出て居る。上場企業の前期比1兆円の収益悪化に為って居る。実体経済は弱い。それと、米中通商交渉の行方に心配が出ても、なお、11月8日23391円と続伸した。熱狂相場が日本株をも押し上げて居る。

 リスクオン相場であり、1ドル109円台に為って、想定為替レート108円後半より円安に為り、外人投資家が日本株買いを開始した様である。日本は、景気後退が米国より強く出て居るのに、株高に為って居る。バブル抑止を日銀が進め無いと、バブル崩壊時の衝撃を米国同様に受けて、大手銀行の一角を含めて多数の地銀が倒産の憂き目に遭う事に為る。
 日銀の金融政策の方針を転換する必要がある。バブル抑止に替える事である。金利水準はそのママで、日銀手持ちのETFを大量に売る事である。そして、バブルを抑止して、外人投資家の期待を裏切る事である。これを強く推奨して置く。

 米国のバブル崩壊や経済崩壊に巻き込まれてはいけ無い。EUは、巻き込まれ無い様に、不況風を吹かせて居るが、それが正解である。





 日本は、既に物作り大国では無い

 株価は上昇して居るが、AV系・IT系機器では韓国と中国に負けて、ソフト産業・ITサービス業では、米国と中国に負けて居る。自動車でも今後のEV系では、中国や欧州に負ける危険性がある。
 徐々に、製造業のGDPに占める割合も低下して居るし、民生機器での日本企業のシェアが下がって居る。モノづくりでの限界点に来て居る様に感じる。物からサービスへ産業構造が変化して来て居る。設備投資でも製造業では無く、観光産業が活性化して居る。

 それに伴い、若者に物創りへの情熱を感じ無く、優秀な人が物創り企業に入ら無い。この為、企業は物創りで日本離れを推し進めて居る。工作機械や電子部品でも中国、韓国企業が徐々に出て来て居る。特に「中国製造2025」で急速に先端製品の性能が上がって居る。
 三菱航空機のスペースジェットは、複数回の納期延長でキャンセルが多発して居る。日本人だけでの開発が大きな問題と為って来て居る。外国人が主力で、日本人は補助の方が良かった感じである。反対に、ホンダ・ジェットは、知識ある外国人で設計・開発した事で大きな成果を出して居る。米国での設計・開発・生産を行い、日本には何も無い。

 日本人の物創り能力がそれ程でも無い事が証明されて来て居る。又、大学でも研究費用が削減されて、将来ノーベル賞を取れる研究が少なく為り、若手が研究生活を送れ無い様な環境に為って居る。AIや量子コンピューター分野の実用化でも米中に大きく離されて居る。
 これにより、大きく製造業の競争力が失われる事に為るが、国家予算の余裕も無く対応出来無いで居る。今後10年程度で、中小企業の半分程度が無く為り、職人芸的な物作りが出来る部品産業も衰退する事に為る。勿論、AIやソフトの開発に機械産業でもシフトせざるを得無いが、これは論理力が必要であり、日本人の5%程度しか対応出来無いし、必要なら世界から有能な人間に日本に来て貰うしか無い。

 物作りを捨てるのでは無く、世界から有能な人間に来て貰う事である。職人芸が必要な部品産業は、東南アジアの人に任せるしか無い。製造業の工場は、AIとロボットで無人化されて来るので、日本人を必要とし無く為る。
 この様な状態では、日本はもう、物作り国家から違う国家像を描か無いといけ無い。勿論、AI等最先端技術をベンチャー等で行い、それを国がサポートして、大きな力を掛けるべきであるが予算が回せ無い。

 日本を衰退途上国と云う評論があるが、それではどうするかの議論が出ていない。そして、衰退途上国としてどう生きるかは、日本人の特性を再度検討して違う道を模索する事が必要である。


 




 観光立国

 とすると、日本の次は何かと云うと、観光しか無い。観光には、それを魅力的にする複数の要素がある。その要素を強化する方向で、観光業を推進する事である。
 日本は「観光資源+礼儀良さ+治安の良さ+まじめな態度+観光に必要な高級食材+料理を作るシェフ」等を重層的に育成して、それ程には論理力を必要としない分野に力を入れて推進して、国民の8割が食べて行ける職を作る方が良い。低賃金かも知れないが、一流に為れば、それ相当な賃金に為る。

 観光資源では、伝統工芸の世界も維持する必要がある。漆産業や漆工芸等は維持する必要がある。治安の維持には、貧富の差を拡大し無い様な仕組みを作るしか無い。真面目さは、論語教育等が必要である。そして、観光立国化する事で、最低の職を確保して置く事であるが、これは、フランスやスイスと同じ戦略でもある。日本のスイス化やフランス化とも言える事である。
 現時点、4000万人が来日して、1人20万円程度を日本で使うと、それだけで8兆円規模の産業に為る。IR等観光での消費を増やせば10兆円規模に為る。携帯電話やコンビニの市場規模と同じレベルに為る。そして、高級化も推進して、富裕層の観光を促進して、1人当たりの消費額を上げる政策も必要に為る。

 この産業を延ばす事で、次の日本のメイン産業をする為に、観光公害等を抑制して地元住民の暮らしとの調和を図る必要がある。京都市の行っている宿泊税等は、迷惑を金に代えて市民生活を保護したり、舞妓さんを見ようと観光客が大勢来る祇園等は、地域に入る木戸銭を取れば好い様な気がする。舞妓を見るショー等も行い、観光客の要望を満足させれば好い。

 と云う様に、観光業を組み立て直して、次の多くの日本人の就職先は観光業関連にすれば好い。こちらは対人サービスであり、人間が対応した方が良い。地域振興にも為る。地域の観光資源を掘り起こす事である。特に外国人が好むのは、田畑と里山の風景であり、日本の何処にもある風景である。これを観光化する事が必要に為る。
 自然風景も観光資源に為る。3月に奥入瀬に行ったが、雪が多く歩き難いし緑も無い風景であったが、多数の外国人が居る。聞くと、台湾からの観光客であり、台湾には雪のある奥入瀬の様な風景は無いと言って居た。日本人は秋の紅葉のシーズンが良いと思って居るが、台湾の人は冬の方が良いのである。
 北海道も冬にタイからの観光客が多いと云う。色々な国の観光需要は違うので、それに対応すると面白い事に為ると見た。

 農業の再生

 現在、温暖化や寒冷化が同時に起きて居る。大陸内部では極地からの冷たい風で、10月の米国中西部は物凄い吹雪に覆われて、普通5度程度の温度であるのに今年はマイナス30度まで下がって居るので、トウモロコシの40%が刈り取り前で収穫出来無かったと云う。
 大豆も半分程度がダメ等、大きな被害が出て居る。この為、米農家の倒産が20年振りに多く為って居る。日本では逆に温暖化による台風の強大化で被害が出て居る。オーストラリア等は温暖化による干ばつで、小麦が不作に為り、中国も米国から大豆・豚肉等の輸入をせざるを得無い事に為って居る。農作物の世界的な気候変動で不作に為って居るのだ。

 発展途上国は、農産物価格のインフレで、国民が政府に対して怒りのデモを行って居る。この現象が徐々に日本の食卓にも出て来る事に為る。この事が、日月神示に出て来るので心配して居る。この為、早く、日本農業の再生を政府主導で行う必要があると見ている。
 若者の農業への誘導を行い、農産物の収穫量を増やして行く事が必要に為る。農家の平均年齢が70歳では、農産物の量を増やす事が出来無いし、耕作放棄地が増えるだけである。儲かる農業の為に、大規模で自動機械農業への投資支援をして、若者の就業を促進する事が必要である。地方の人口減少も、この政策で或る程度は防げる事に為ると見る。


 




 水素社会への移行、素材革命

 トヨタが推進する水素社会への移行は国家も含めて、推進するべき分野であろうと思う。自然エネルギーの変換効率が上がり、キャンピングカーには、必需品化して来た。家でもFITが終了して、今後、蓄電池等のサポートで使われる事に為る。
 原発から巨大な電力では無く、地域等でも地産地消エネルギーが出て来て、電気の分散化が進んで行く事に為る。又、ミドリムシの量産に成功した事で、ミドリムシを餌にする油分の多い微生物の量産も出来る事に為って居る。石油が微生物から得る事が出来る筈である。ミドリムシから石油にするより効率が大きく上がる筈である。自然エネルギー利用でありCO2を減らす事にも為る。

 素材での日本は大きなポジションがある。固体型電池、セルロース・ナノファイバー、IPS細胞等で、物性や生物の特性に起因した研究の方が日本人気質に合って居る。
 日本人の弱い論理分野は、海外から論理力の有る人を日本の会社が雇い、AIやロボット化・機械のソフト化を行い、日本企業が今後も世界で戦える様にしないといけ無いと同時に、観光業と伝統芸や農家、水素社会化、素材分野等を振興して、今度の寒冷化・温暖化を見据えて、国家戦略を変えて行く事である。その基本にあるのは、日本は衰退途上国にあり全ての分野で最先端に為る事は出来ないと云う諦めであろう。

 サア、どう為りますか?


     image by  FiledIMAGE / Shutterstock.com MAG2 NEWS   以上
 


 【管理人のひとこと】

 最早日本は、ものづくり大国では無い・・・数々の世界的ヒットを飛ばした製品を生み続けた過去の日本・・・既に世界からは何周も遅れを取り、今やジリ貧国のトップを直走る様だ。アノ過去の栄冠は何処へ失せてしまったのだろう。
 と云う訳で、我が国は「世界先端の技術を誇る」事に胡坐をかき謙虚さを忘れた国民へと為ってしまった。今でもTV番組で「日本が誇る〇〇〇の技術・伝統」と政府番組の様なものを懲り無く放映されて居るが、この様に奢った精神が次に続くものを作れ無い・作られ無い何かを生み出してしまったのでは無かろうか。
 余りにも島国から抜き出せ無い、抜け出そうと努力もしなかった何十年の内に、世界は大きく変化してしまった訳だ。これを助長させたのが我が国の国民性に在るとしたら、私達は一生立ち直れず足掻き続けるしかない。

 しかし大いに反省し、観光立国・農業大国・・・に将来の活路を見出そうとするのは大いに賛成だ。先ずは自国の食料自給率を高め自国で生産し消費する。このサイクルを続ける事で一つの生産・消費のモデルを作り、自己完結可能な国を作る。エルネギーにしてもそうで、豊富な河川に小型水力発電を設置したり、風力・地熱・海洋波力・・・等で自前のエネルギーを賄う事も可能だろう。そう云う産業政策に国は重点投資すべきだ。
 そして、何より必要なのは教育の充実だ。全ては個々の人間の個性・能力を高め、文化・教養・高等教育を公平に若者に取り組んで貰い、新たな価値感を創造するしか無かろう。林業も大いなる国の遺産である。これも自給自足を促し、山林の高度活用を促す。日本は狭くて広い・・・山林・海洋・・・手付かずの未開の地や地域が数多く残されている。それを全て開発するのでは無く、何かに使えるものは重点的に開発し、その他は意識的に自然のままに残し管理し、古来よりの美しい国土を継承する・・・それも大きな観光資源とも為ろう。グローバル化に迎合せず、日本国内での自己完結を目指す新たな価値観を育てよう。








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【舛添要一が語る世界と日本】 野放し資本主義が持たらした反自由主義の台頭


 

 舛添要一 野放し資本主義が持たらした反自由主義の台頭


          〜ニュースソクラ 11/12(火) 14:00配信〜







 【舛添要一が語る世界と日本】 ソ連崩壊に繋がったベルリンの壁崩壊から30年


       11-13-9.jpg

 30年前の1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊した。当時、私も、ブランデンブルク門を仰ぎ見ながら、壁の前に立ち、ドイツ人から借りた大きなハンマーで壁を叩き壊した事を記憶して居る。東西冷戦の終焉であり、世界が大きく変わる歴史的瞬間であった。
 第二次大戦後の世界は、アメリカとソ連と云う二つの超大国の対立を軸として展開して来た。それが、遂にアメリカの勝利で決着が着いたのである。資本主義が共産主義に、民主主義が独裁政治に勝った。自由陣営からは歓喜の声が上がった。1991年12月にはソ連邦が解体した。そして、ウクライナ等が独立国家と為ったのである。

 ソ連共産党に支配され、ワルシャワ機構軍に組み込まれた東欧諸国では、自由を求める民衆の動きが続いて来た。1956年には、ハンガリーで民主化を求める暴動や動乱が起こったが、ソ連の戦車によって潰された。1968年には、チェコスロバキアで、ドプチェク政権が「人間の顔をした社会主義」を模索したが、矢張りソ連によって弾圧された。
 ソ連邦の解体によって、東欧諸国は一党独裁の抑圧体制から脱し、国民の自由な選挙によって代表が決まる体制へと転換して行った。EUに加盟する国も増え、ソ連圏は遠い過去の話に為ってしまった。
 イマニュエル・ウォーラーステインが提唱した様な世界システム論の立場から言えば、資本主義が世界を覆い尽くしたと云う事である。そして、覇権国アメリカの地位、そしてパックス・アメリカーナ(アメリカの平和)は盤石のものと為ったのである。

 30年が経過した今、世界は当時の歓喜の声が虚しく聞こえる様な重苦しい状況に為って居る。それを象徴するのがハンガリーである。社会主義体制末期に反政府組織「フィデス」の設立に参画して、抗議活動をリードして来た若き闘士、ビクトル・オルバンが、今や首相として国の舵取りを行って居る。その彼が「illiberal democracy自由で無い民主主義」を唱道して居るのである。
 ソ連圏で自由の無い国から自由な民主主義を構築したオルバンが、民主主義的選挙で選らばれた以上、国民の意思を代弁して居るので、表現の自由等は保証し無くても好いと主張して居る。移民や難民を排斥するポピュリストでもある。30年前の理想は何処に行ったのであろうか。

 ポーランドやチェコでも、同様な極右ポピュリズム政党が政権に就いたり、勢力を拡大したりして居る。社会主義体制下で、自由を求めて反ソ連・反政府の抗議活動を激しく展開した国程、基本的人権の擁護に怠慢に為って居るのは皮肉な現象である。
 移民排斥感情の背景には格差の拡大がある。ドイツでも、旧西独と旧東独の格差は解消して居ない。西側は貧しい東側の為の税負担を嫌がり、東側は何時まで経っても格差が縮まら無い事に不満を抱いて居る。

 東西冷戦の時代には、東側は平等の価値を高く唄い西側は自由を誇った。自由競争は格差を生む。その欠陥を鋭く指摘したのが社会主義であり、発展途上国が近代化を遂げ様とする時、ソ連型の社会主義計画経済を採用する事があった。資本主義側は、それに対抗する為に社会主義敵な政策を取り入れ、両者をミックスした混合経済体制を発展させた。それが「第三の道」の主張であり、北欧型の社会民主主義政権による福祉国家の建設であった。

 処が、米ソ冷戦の終焉と共に、社会主義体制が失墜し、資本主義に取っては、言わばライバルが居ない状態と為ってしまった。それが、格差を野放しにする様な、資本主義の堕落に繋がり、極右ポピュリズムの台頭と為って帰結して居る。
 そして、ソ連型とは異なる形で、今や中国の社会主義市場経済がアメリカに対抗して居る。それが、新たな東西冷戦と為りつつあり、パックス・シニカの到来迄議論される状況と為って居る。歴史は複雑な道を辿って行く。


         舛添 要一 国際政治学者     以上







 【管理人のひとこと】

 散々醜態を晒した舛添氏だが、ソロソロ謹慎の時間が過ぎたと判断したのか、最近メディアにも時々顔を出す様に為った。世間は忘れっポイのだ。都知事時代の醜聞・根拠の無い上から目線・無意味な言い訳・・・全ては過去のものと消え去ったと判断した様だ。
 誰にでもあるだろう自己過大表現の人並み過剰な性分は、相変わらずだが・・・ベルリンの壁が崩壊した。当時、私も、ブランデンブルク門を仰ぎ見ながら、壁の前に立ち、ドイツ人から借りた大きなハンマーで壁を叩き壊した事を記憶して居る・・・俺もベルリンの壁を壊した一人だとは、誰に対して誇って居るのか。こんな事は、世界政治の歴史を語る上では何一つの枕詞とも為ら無い、胡散臭さしか残らないのは残念だ。
 しかし、ポイントを指摘する眼力は衰えて無く独特な感性を持つ学者だとは認めざるを得ない。この出しゃばりな性格は今後も自身を危うくするだろうが、それは変われ無い持って生まれたものだ。真摯に勉強し独特な感性を磨き政治評論を深めて頂きたい。








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ヤマト「アマゾンの仕事が戻ら無い」誤算の真因


 

 ヤマト「アマゾンの仕事が戻ら無い」誤算の真因


            〜東洋経済オンライン 11/12(火) 7:43配信〜

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  ヤマトの宅配便シェアは2018年度でも4割を超えるが、その存在感は揺らぎ始めて居る(撮影:大澤 誠)







 失った信頼の代償は大きかった。ヤマトホールディングス(HD)は10月31日、2020年3月期の業績見通しを下方修正した。営業収益は250億円減額して1兆6700億円(前期比2.7%増)に、営業利益は同100億円引き下げ620億円(同6.3%増)を見込んで居る。
 主力のデリバリー事業において、大口法人顧客の取扱数量が想定を下回った事等が響いた。中核子会社のヤマト運輸は2017年春から法人向けの運賃値上げを進めて居るが、それによって顧客である荷主がヤマトから離れてしまった格好だ。

 アマゾンのヤマト向け委託比率は3割に低下

 「ヤマト離れ」した大口法人顧客の中で、最も大きい存在がアマゾンだ。佐川急便に代わり、2013年から大部分のアマゾンの荷物をヤマトが扱って居たが、2017年に従業員に対する未払い残業代問題が発覚。ヤマトは働き方改革の一環として宅急便の荷受け量抑制と運賃値上げ等の事業構造改革を進め、結果的にアマゾンの荷物の取扱量が減少した。
 再配達問題解決アプリ「ウケトル」のデータによると、アマゾンのヤマトへの委託比率は2017年4月時点で7割強あったが、2019年5月時点では3割強まで下がった。.

 アマゾンが日本で出荷する荷物は年間で推定5億個に及び、単純計算で年間約18億個に上るヤマトの取扱荷物の3割弱を占める。比率が縮小したとは言え、ヤマトに取ってアマゾンが最大の顧客である事は間違い無いと見られる。
 アマゾンの荷物の数量が減ること自体はヤマトの想定通りだったが、今期に為っても数量が戻って来ないことは誤算だった。

 事業構造改革を経て、今期の取扱数量は前期比3.9%増を見込んで居たが、2019年4〜9月期は0.6%増に留まった。荷物量の回復に備え、午後の配達に特化した配達員「アンカーキャスト」を2020年3月末迄に1万人を採用する予定だったが、荷物量の回復力が鈍く、採用は一旦凍結して居る。(2019年9月末時点で約6500人)







 アマゾン、楽天が相次ぎ自前物流を強化

 誤算の背景にあるのは、荷主による物流の自前化だ。アマゾンはSBS即配サポートや丸和運輸機関(SBSと丸和運輸のトップインタビューを週刊東洋経済PLUSに掲載)と言った地域限定の配送業者「デリバリープロバイダ」への委託を強化して居る他、個人事業主のドライバーに直接業務委託する「アマゾンフレックス」を2019年1月から本格的に始めて居る。アマゾンフレックスは現在、関東圏・愛知県・宮城県・北海道で展開して居る。

 ウケトルのデータによると、アマゾンの自前配送比率は2019年7月時点で41.2%に上る。楽天も2018年7月に自前の物流拠点や配送網を構築する「ワンデリバリー構想」を打ち出し、累計で2000億円を投じるとして居る。

 現在、ヤマトがアマゾンから引き受ける荷物の配送料金は1個当たり平均420円とされる。関係者によれば、デリバリープロバイダはそれよりも4〜5割程度安い200〜250円で引き受けて居ると云う。接客応対や時間指定等配送品質の面でヤマト等大手に分があるが、荷主からするとより安価な配送業者を選ぶのは合理的だ。
 慌てたヤマトが採った策が、アマゾンとの価格再交渉だ。交渉の結果、2018年1月に1個当たり平均280円だった配送料を420円へ値上げする事で決着したとされるが、2019年10月上旬に両者が新たな契約を結んだ事が関係者の間で話題に為って居る。

 10月31日の決算会見でヤマトHDの芝ア健一副社長は「アマゾンに対する値下げの事実は無い」と語って居る。只、或るデリバリープロバイダの幹部は「2018年1月のヤマトによるアマゾンへの値上げは、個数が増える毎に値段が上がる累進課税的な仕組みだった。ヤマトは今回、この条件を放棄した様だ」と話す。
 そのうえで「一部地域では、現状より1割強安い約360円で妥結する方向で交渉が進んで居る」(同幹部)と云う。又別の物流関係者は「一定を超える数量の荷物をアマゾンが出荷した際、ヤマトからアマゾンに金銭的な補助をするリベート的な契約が盛り込まれた可能性がある」と説明する。

 こうした関係者の証言を総合すると「事実上の値下げ」と言える合意が両者の間であるのは確かな様だ。この点に付いて、ヤマトHDは「個別の企業との契約内容に為る為回答を控えるが、宅急便の数量拡大の為に値下げを行う事は無い。同社(アマゾン)とは、常に適正且つより好いサービスに向けた協議を行って居る」と回答した。







 株価は直近ピーク時の半値で推移

 アマゾンに事実上の値下げをした事で憤るのは、ヤマトの現場で働く社員と値上げを飲まされたアマゾン以外の荷主だろう。或るヤマト関係者は「ヤマトの幹部が6月頃、荷物の量が戻ら無い事に対し『蛇口をひねれば大丈夫』と云う事を言って居た。何時でもアマゾンの荷物は戻って来ると云う意味の発言だが、見通しが甘過ぎる。これ迄の働き方改革とも逆行する」と語る。
 又、或る日用品ECメーカー関係者は「アマゾンだけに値下げするのは不公平だ。我々も値下げをして欲しい」と漏らす。

 一連の混乱も反映して、ヤマトHDの株価は2018年9月にピーク(3506円)を着けた後、およそ半値迄低迷して居る。(11月11日の終値は1802円) 9月中旬にはアメリカ運用大手のキャピタル・リサーチ・アンド・マネージメント・カンパニーが、保有する7.05%の株式全てを売却し、一時ヤマトHDの株価が前日比9%安まで急落する場面があった。「業績回復の見込みが立た無いと判断し、損切りせざるを得無く為った様だ」(市場関係者)

 JPモルガン証券の姫野良太アナリストは「荷主の離反はヤマトHDが考えて居るより深刻な可能性があり、下期の修正計画達成も現時点ではハードルが高い印象がある」と指摘する。
 ヤマトグループは、11月29日に創業100周年を迎えるが、次の100年を見通す事が出来無い五里霧中状態にある。2019年4月に社長に就任した長尾裕氏はこの間対外的な発信を殆ど行って居らず、リーダーシップを発揮すべき局面を迎えて居る。


           二階堂 遼馬 東洋経済 記者    以上

















今月20日にも解散の可能性? 前産経政治部長「何時安倍総理のスイッチが入っても可笑しく無い」



 今月20日にも解散の可能性? 

 前産経政治部長 「何時安倍総理のスイッチが入っても可笑しく無い」


              〜AbemaTV 2019.11.05 15:27〜

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              石橋文登・前産経新聞政治部長

 菅原経産相、そして河井法相と、内閣改造から2カ月も経た無い内に相次いだ閣僚の辞任。安倍総理が優先課題とする憲法改正に向けた議論の場である憲法審査会も、攻勢を強める野党の欠席によって半年振りの開催が取り辞めと為ってしまった。
 こうした状況に「何時秘密のスイッチが入っても可笑しく無い」として、年内解散の可能性を指摘するのが、黒シャツ殊政治ジャーナリストの石橋文登・前産経新聞政治部長だ。安倍総理に最も食い込んでいると言われる石橋氏。





 「安倍晋三と云う政治家は、普段はほわっとして居るが、何かの拍子に背中に秘密のスイッチがあって、それがパチッと入ると、暴走し出して止まら無く為る。やる気スイッチよりも過激だ。決めたら絶対ブレ無い。
 2年前の朝鮮有事の時には、モリカケ問題で支持率が下がって居たにも関わらず解散に踏み切った。ここ最近も、何時遣っても可笑しく無いと言って居るし、石橋、煽るな、俺は遣ら無いからなと言いながら、前も遣ったじゃんと(笑)」


 実際、安倍総理は先月9日の自民党幹部との会合で「12月に選挙をして勝った事がありましたね」と発言したとも言われて居る。石橋氏が解散に踏み切る根拠として挙げるのが2014年との類似性だ。

 「アノ時は枝野さんが民主党幹事長で、安倍に解散をさせたら大変な事に為るとして、徹底的に閣僚の不祥事を叩いて支持率を下げる事で解散を封じ込め様とした。結果、経済産業大臣の小渕優子さんそして法務大臣の松島みどりさんが辞任した。今回と同じだ。
 更に萩生田文科相の身の丈発言も出て居る。彼を庇う訳では無い、兎に角身の丈に合って生きて行かないと。背伸びしてはダメなんだと云うのは、と市会議員・都会議員と遣って来たアノ人の信条・口癖だ。
 加えて河野防衛相に至っては私は雨男と云う発言で叩かれた。立憲民主党の安住国対委員長ナンて内閣総辞職に値すると言って居る。そうか?と思ってしまう」


 そしてもう一つの根拠が、改憲論議の停滞だ。2020年内に改憲の為の国民投票を実施する為には、このママのスケジュールでは間に合わ無く為ると云う焦りが安倍総理の中で出て来るとの見方だ。

 



 「韓国の情勢、北朝鮮の情勢、中国の情勢等を考えたら、待った無しだ。そこで自分の任期中に、少なくとも発議迄は持って行きたい。憲法改正の本論が通常国会をフルに使う様な話に為る事を考えると、国民投票法案が秋の臨時国会で通ら無ければスイッチが入る。
 このママ議論をし無くて好いのかと問う為に解散を打っても可笑しく無い。元衆院議長の伊吹文明さんに行政府の長が、立法府に口出しするなと云う様な事を言われたが、与党内からそう云う事を言われると安倍総理は益々スイッチが入ってしまう。5年前も、閣僚の首を取られた上に増税延期を検討し出したら、与党内が騒ぎ出した。それでブチっと入った」


 そんな中、早くも衆院選投開票日の候補日として挙がって居るのが12月15日だ。逆算すると、今月20日に解散する事に為るが「10月増税の影響が年明け以降に明らかに為る事」「野党の選挙協力が未整備である事」「祝賀パレード後で与党有利な雰囲気である事」「任期中の改憲に可能性を残す事」と云った点が与党に取って有利に為る。又、安倍総理は12月の選挙では過去に2度の圧勝を経験して居る。

 



 石橋氏は「安倍総理はヘソ曲がりだから、今解散を打った方が得だと言われると逆に打た無い(笑)」としつつも
 「今月10日に即位の祝賀パレード、14日に大嘗祭が行われるのでそこ迄は解散出来無いが、逆にこれを過ぎれば余り制約は無い。又、この年末で無くても、例えば1月の国会召集冒頭でも好いし予算成立直後でも好い。習近平主席の来日と秋篠宮さまの立皇嗣の礼が4月にあるので、その後でも良い。何時遣っても余り結果は変わら無いので、寧ろ何を大義にするかが大事だ。そこで、このまま憲法の議論をしなくても良いのかと、国民に問う」
 
 と話す。又、野党の動きに付いては「安倍さんはズル賢いので、野党を割る方向に持って行って、何時でも解散出来る状態を保って来た。野党は割れて居る限りは勝て無い。これが安倍一強の秘密だ。
 その事を小沢一郎さんも分かって居るので又新党を作ろうとして居る。でも、今は小沢さんが言えば言う程野党は割れるしチャンと対案を出そうとしない。だから労働者の政党で安全保障政策は寧ろ自民党よりも確りして居た、過つての民社党の様な政党が現れて呉れ無いと困る」
と指摘。


 「総裁の任期は2021年の9月で、衆院の任期は2021年の10月なので、実は解散し無くても好い。しかし、もし安倍さんがこのママ解散をし無ければ、次の自民党総裁は総理に為った直後に解散を遣る事に為る。そう為れば、自民党の総裁選がポピュリズム為ってしまい、割れて政界再編の第2幕みたいな話に繋がり兼ね無い。 そうはさせたく無いと安倍総理は思って居る筈だ。矢張り政権を掛けて迄憲法改正を遣る奴は自分以外には当分出て来ないと思って居るだろうし、矢張り確率でスイッチが入るのではないか」  

         AbemaTV 『AbemaPrime』より   以上


 【管理人のひとこと】

 保守を代表するメディア・・・読売・産経フジグループの一人、石橋文登・前産経新聞政治部長と言えば、恐らく安倍氏とはツーカーの仲だろうし、口外出来無い数々の話をして来た仲であるのは間違い無い。その彼が何の根拠も無しにこの様な話をブチ挙げるのは、安倍氏の本心かそれとも観測気球を上げたかと考えるのが正解だろう。
 私も「憲法論議をしないで好いのか?」の口実は実に安倍氏らしいと考える。詰まり、多くの国民は憲法を早急に改正したいとは微塵にも思って無い。それよりも目先の経済回復の確実な政策を打って欲しいと願って居る。だから、安倍氏に取っては「国民にはどうでも好い憲法改正」を理由に掲げて解散する・・・何時もの手なのだ。だから、争点の少無い投票率の低い選挙戦と為る・・・安倍氏に取っては最高のシチュエションと為る訳だ。
 本当は、消費増税後の補正予算・オリンピック・オリンピック後の経済浮揚策・その他の福祉政策と問題は山積しているので活発な政策論議が出揃うのだが、それを空かして「憲法」に摩り替えるのが摩り替え上手な安倍氏の常套手段なのだ。


 



 







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