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ことばたち

その昔、
ラリー・クラークの展示がワタリウム美術館で開催されていたとき。


ポエトリーリーディングのイベントがありました。
ポエトリーリーディングというと、
小さいときに、読み聞かせ会での想い出が最後。
ほのぼのな印象が強かったものですが、
このイベントでは荒々しかった。
暗がりで。
丸くなって、囲まれて。
まわりにはラリー・クラークの写真があるわけで。

ビッチ!
とか簡単に出てくるんじゃないかと思った。

そこで園子温さんたちが読んでいた詩の中に、
敬愛なるジャック・プレヴェールのものがありました。


ことばたち




彼の詩はとても好きです。
原文で読んでいたわけではないので、
高畑さんの翻訳で感じたことですが、
すごく寂しくて、深いところにある詩です。
まるまるとはしていない。
ほそくて、すり切れそうで、
風に揺れてなびくと飛んでいってしまいそう。
どうか忘れないで、自分にしっかりと言いたくなったり。

その彼の詩を、他人の口を通して聞いたのは
そのイベントが初めてでした。
やはり他人が読むとリズムが全然違う。
リズムが違うだけで、
匂いがまるで違う。
失われそうで弱い儚さというより、むきだしの脆さ。

園さんの脚色もあったのでしょうが。
どくっとだらっとした血のような。
ぎらっとした汗のような。
しっかりと生の匂いを感じて、
そうか、と見回しました。

ラリー・クラークの写真に潜む孤独感と
かっこよさ、小さくて広い感じ。
教室の中は安全で、
そこから見る窓の外は不穏できれいで。

匂いの感じる作品は時に痛く、
だけど忘れてはいけない気がする。

あんな矛盾、を知っていないとちょっと世界は苦しいと思う。



ただそのまま

部屋の中には、
ただ置いただけ、
ただ吊るしただけ、
のもので溢れています。

でもよく見ると、
そのものたちは
その瞬間のかたちを持っている。

それが美しくてたまらないのです。
風にゆれた紙とか髪とか草とか
そういったものもしかり。

次に見たときには、
また別のかたちになっていて、
それもドキドキします。

ことばもきっとそう。
ドキドキ。

リサイクル

『するところ』の窓の外。
2階から見える木の上に、
ハンガーを見つけました。




あれ?どうして木のうえにハンガーがあるんだろう。

そう思って眺めていると、
あれ?あれ?え!
大量のハンガーがあることに気がつきました。
角度が悪く、写真ではうまく撮れなかったのですが、
もっともっとたっくさんあるのです!
針金ハンガーの山!
これって・・・

私はひとつの詩を思い出しました。
アーサー・ビナードさんの詩。『リサイクル』

その詩の中では、
ゴミの日じゃないのに箱いっぱいのハンガーが捨ててあって、
気づいたカラスがそれを巣作りに使う、というもの。

ああ、本当なんだなあ。
しみじみ思いました。
実際に見たのは初めてだったのでとてもびっくりしましたが、
持って行く姿の想像をするのがもったいなく・・・
(想像してしまうと、満足しちゃう気がしたので)
今度はいっしょうけんめい運ぶ様をこの目におさめたいと思うのでした。

『するところ』に遊びにきたとき、ぜひ見てくださいね。

ゴミの日―アーサー・ビナード詩集 (詩の風景)




※『リサイクル』の詩は上記の本に載っています。

イエッペ・ハイン 360°展

金沢の記録とは別に、
金沢21世紀美術館で行われている、イエッペ・ハイン展をご紹介します。


感想をひとことでいうと、「ぐらぐらっ」でした。

感覚のゆがみ、
気持ちの揺れ、
白の曖昧、
距離のぶれ、
すきま、動き、自分
いろんなものがぐるぐるして、
気持ちの感想とは違う、
体の感想が生まれた展示でした。

脳は体の発見を分析しようとする。
ところが私の頭の中では理解、処理しきれない。
考える。
考える。
脳の中で砂時計が落ちていき、検索が始まって、
『見つかりませんでした』
がーんの瞬間、
また動き出す。
この発見を認識したいのだ。
好奇心がいっぱいあることに気がついてわくわくしてくる。


私がいちばん好きな作品は、
回転する正方形II
という作品。
正方形の額の中、
正方形の紙が回転を続けている作品です。
ところが人間の眼が認識できるかたちは正方形ではありません。
どっきーん!
数学が好きな方は、内側が見えてくるかもしれませんが
私はなぜなぜ?
と考えて、またもや『まる』のかたちがすきになったのでした。

いつも思うけれど、
数式の限界を知らない方の頭の中は、とても自由だと思う。
数式をたくさん知っている方の頭の中は、見えるロマンティックで溢れてる。
ロマンティックって見えないんだと思ってた。
でも、見える。
それは、君がおしえてくれた。

君って誰だ?
三角か丸か四角か、数字。どれでもないかたちか。





最後に。

気持ちでおもしろかったこともあったので記述。

作品の中で、「見えない迷宮」というものがあって、
参加者はヘッドフォンのようなものを頭につけて、部屋に入ります。
部屋は一見すると、何もなく、ただの空間のように見えるのですが・・・
部屋の外で見た地図を頭でイメージしながらその部屋を歩くと?
見えない壁にぶちあたるのです!
それは地図の通りに歩いていないとビービー!
電磁波がそれを報せます。

見えない迷宮、見えない壁の面白さを体感するもので、
日替わりで地図が変わるのですが・・・
私が行ったのは「火曜日」
しかしながら実際に地図になっていたのは「日曜日」になっていたことに気づきました。
どうりで、せっかく覚えたのにビービー鳴るんだもん。
展示員の方も「あらほんと!」となっておもしろかったです。
「火曜日」の地図を見て、
その図をイメージしながら「日曜日」の地図を歩き、
「日曜日」の壁にぶち当たる。
なぜだか脱出できたとき、
そんなものかしら、と感じました。







「するところ」どうぶつえん

「するところ」のどこかに見つけた、不思議などうぶつたち。

遊びにきたおともだちは、見つけてみてね。







「するところ」に限らず、
いろんな場所で見つけたら、「こんにちは」してみます。

『背景、展』のお知らせ

7月5日〜17日ぐらいまで元我堂で展示をいたします。

テーマはこくはくことば

私はいつも、映像作品などをつくるとき、
ことばをたくさん集めて部屋の壁にエスキースをしています。
そのエスキースメインの展示になりますが、
今回は新作として、自分のことばだけでなく、
七夕のロマンティックを想い、
みなさんから集めたこくはくことば(告白の言葉)も使わせていただこうと思います。
こくはくことばの背景はいったいどんな世界でしょうか。


現在ツイッターとメール(kokuhakukotoba@live.jp)にて募集しておりますので、
もしよろしければ、おしえてください。

曲の歌詞、本の文、詩・・・
実際にくちにだした言葉、メール、会話
伝えられなかった言葉、聞きたい言葉、言ってみたいことばなんでも構いません。

初めての試みなので不安はありますが、
織り姫とひこ星に負けないぐらい、想い、届けます。




「背景、展」
第1回 こくはくことば

さまざまな媒体で飛び回っていたことばたち
それらは「しらくまいく子」の手によって
こくはくことばとして集められる

散らばったことばがつながるとき、
その背景に見えるものはなんだろう。



生まれては消えていくことばたち
つかまえて、この部屋で育てることにした



水曜日のうそ

水曜日のうそ






うそ

小さいときから、たくさんの嘘をついてきた。

つい出てしまった嘘
見破ってほしい嘘
取り繕った嘘
誰かのために、と思ってつく大事な嘘

うそっていびつで可笑しくて
とっても変なもの
いけないのにありふれてて
さりげないのにずるくて
許せないのに仕方がなくて

最初はありあわせの糸でくっつけて
なんとかなるって思っても
だんだんへんてこなすきまだらけに!
これを埋めるにはーって、ふりだし以前に戻ったりしてね

その嘘をみんなで守る家族のお話
どこかおかしいって思いながら、
許せない気持ちを抱えながら守っていく

うそって取り返しがつかないイメージがあるけど、
家族って取り返しがつかないことなんてあるのだろうか


「うそ」と「日常」と「家族」
ありふれた日常の小さな嘘を考えて、
家族の面白さに気がついた。

とても好きな本のひとつです。

Go to KANAZAWA 8

金沢で買ったおみやげ。

その1

金沢クラフト広坂
さんにて。
高原曄子さん制作の加賀てまり。



父からもらった1眼デジにつけました。
写真を撮るときリンと鳴る。
最初は、音が耳につくのではないかと思ったけど、
音はほとんど聞こえない。
実際はリンリン鳴っているようですが、
カメラに集中しないと写真が撮れない私の耳には
障らないのでよしとする。


その2

more treesのバッジ



こちらはほおの木を使ったもの。


あ。
おみやげ2つともまるい。

私を知っている方なら、気づくかもしれないですが
私の持ち物、『まる』が多いんです。
というのも『まる』には深い思い入れがあって、
とてもすきなかたちだから気になってしまうのです。

まるはやっぱり美しい。

かたちだけではなく、日本語の響きもすき。
くちにすると、ちょっと気持ちがやわらぐから。

ところで、
わたしのブログ、Yen circle morningも実は『まる』なんです。
タイトルを考えているとき、
どうしても「まる」が入れたくて。

Yen circle morning
日本語の「円」(まる)は他国語で「Yen」と「circle」
また、円のようにつながっていく、
ポジティブな象徴として「朝」を取り入れました。

タイトルを考えながら、改めて思ったことがあります。
お金の「円」と、
さまざまな民族から神や美の象徴としても扱われるかたちの「円」
が同じ語であること。

それはなぜなんだろう。
答えは調べずに考えてみました。
末に、私なりにこのブログのタイトルに想いをこめました。

アートはお金ではなく、繰り返す生活です。
しかし、アートが生活の一部になるためには円・縁(お金の意味も含め)が必要
たくさんの作家が制作できるようになるには、
たくさんの人の好奇心が必要なのです。

自分自身、作品を作っていて、
「将来はどうするの?」
「作品つくってなにになるの?」
「資源の無駄」
さみしい発言をしばしば耳にすることがあります。

それは身近に、アートが発見できないからではないでしょうか。
余裕のなさか、それとも本当にないのか。
アートもアーティストも特別なものではなく、
誰にでもあるものなのに。

簡単なことを言えば、
部屋のインテリアはアートです。
生活を豊かにする立派なアートです。
きれいな部屋だけでなく、散らかった部屋も。
毎日の食事など、間違いなくアートにちがいありません。
それだけでこころがひろーくなる。
選んでいる服やメール。会話も。あなたの体も。
たくさんのアートな出来事が日々、そのへんに落ちているのです。
広がることなく、落っこちてしまっている。
なんてもったいないんだろう。
あの影の美しさや、角砂糖のいびつさ、ひとりひとりの手のかたちの違い。
どれにも発見があって、ドキドキするのに。
生活をアートにすると、毎日がわくわくすることを
どうにかして伝えられないか。
それがアートブロガーになろうと思った経緯です。


ぜんぜん金沢と関係なくなってしまいましたが・・・

このブログをアクセスした方、これもなにかのご縁です。
たくさんのアートで円をつくっていけたらいいなと思います。




Go to KANAZAWA FIN!!

Go to KANAZAWA 7

KANAZAWADESIGN (FOOD)








棟方志功展

先日アップしたブログにて、6次元さん女子会レポートをいたしましたが、
6次元さんではただいま棟方志功展を開催しております。

棟方志功展といっても、さすが6次元さん。
集められているのはたっくさんの本。



棟方志功さんが装丁や挿絵を手がけた書籍が展示されています。
そこにあるのはデザイナーとしての棟方志功の姿です。



貴重な作品の数々は
志功のお孫さん、石井頼子さんが提供されているそうです。

作品の感想ではないのですが、
おじいちゃんの作品をたいせつに残されている、
丁寧なぬくもりを感じました。
作品はこうしてみんなで守っていくもの。
私はおじいちゃんが生きているときに、
なにかをつくっている姿を見た事がありません。
ただ、趣味でつくってくれた野菜や果物は食べた事があります。
残念ながら味の記憶は曖昧で、
別のものを食べるとはっきり思い出せなくなる。
それでも、なにかのきっかけで、
記憶がふんわりと広がっていくときがある。
例えばこのときは棟方志功さんの作品。
ひとつ思い出すと、べつの記憶がリンクして、マーブルになる。
透明な水に、いろんな色の絵の具を落としたときみたいに。
そのとき、『ああ』って思うのです。
私にとっては味の記憶ですが、
石井さんにとっては、目に見える作品なのでしょうか。
きっと『ああ』って思いながら、ときどきこうして眺めているのでしょうね。

作品の感想ではなくてすみません。

こちらの展示は5日までです。
私のレポートではきっと物足りないと思いますので
ぜひ6次元まで次元を超えて!





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プロフィール

しらくまいく子
携帯アプリのシナリオライターと、    『するところ』のライター、ポエガールをしています。
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