2023年01月10日
しっぽ
しっぽとは洒落怖の一つである。
「しっぽ」
これは、俺の祖父の父(俺にとっては曾じいちゃん?)が体験した話だそうです。
大正時代の話です。大分昔ですね。曾じいちゃんを、仮に「正夫」としきますね。
正夫は狩りが趣味だったそうで、暇さえあれば良く山狩りに行き、イノシシや野兎、キジなどを獲っていたそうです。
猟銃の腕も、大変な名人だったそうで狩りの仲間の間では、ちょっとした有名人だったそうです。
「山」という所は、結構不思議な事が起こる場所でもありますよね。
俺のじいちゃんも、正夫から色んな不思議な話を聞いたそうです。
今日は、その中でも1番怖かった話をしたいと思います。
その日は、カラッと晴れた五月日和でした。
正夫は、猟銃を担いで一人でいつもの山を登っていました。
愛犬のタケルも一緒です(ちなみに秋田犬です)。
山登りの経験が長い正夫は、1人で狩りに行く事が多かった様です。
その山には正夫が自分で建てた山小屋があり、獲った獲物をそこで料理して、酒を飲むのが一番の楽しみでした。
その日は早朝から狩りを始めたのですが、獲物はまったく獲れませんでした。
既に夕方になっており、山中は薄暗くなってきています。
正夫は、「あと1時間ぐらい頑張ってみるか」と思い、狩りを続ける事にしました。
それから30分ほど経った時です。
正夫が今日の獲物をほぼ諦めかけていると、突然目の前に立派なイノシシが現れました。
子連れです。正夫は狙いを定め弾を撃とうとしましたが、突然現れた人間にビックリしたイノシシは、急反転して山道を駆け上がっていきます。正夫は1発撃ちましたが、外れた様です。
愛犬のタケルが真っ先にイノシシを追います。正夫もそれに続き、険しい山道を駆け上りました。
15分ほど追跡したでしょうか。とうとう正夫はイノシシの親子を失ってしまいました。
タケルともはぐれてしまって途方に暮れていた所、遠くでタケルの吠える声が聞こえます。
その吠え声を頼りに、正夫は山道を疾走しました。
さらに10分ほど走った所にタケルはいました。
深い茂みに向かって激しく吠えています。
そこは、左右に巨大な松の木がそびえており、まるで何かの入り口の様にも見えます。
正夫は、そこを良く知っていました。
狩り仲間の、いえその周辺の土地に住むすべての人々の、暗黙のタブー、「絶対入ってはいけない場所」でした。
正夫は、幼い頃から何度も両親に聞かされていたそうです。
「あそこには山の神さんがおるでなぁ。迂闊に入ったら喰われてしまうど」と。
しかし、何故かその禁断の場所からさらに奥へ進むと、獲物が面白い様に捕れるのだそうです。
ただ、掟を破り、そこに侵入した漁師などは、昔から行方不明が後をたたないそうです。
しかし、タケルがその茂みに向かって果敢に吠えています。
あのイノシシ親子が近くにいることは間違いないのです。
正夫は誘惑に負け、禁断の地へと足を踏み入れてしまいました。
時刻は午前5時を過ぎており、まだ何とか周りは肉眼で見渡せますが、狩りをするにはもう危険な明るさです。
タケルも先程から吠えるのを止めています。
「流石にもう諦めるかな」
と正夫が思っていた時、再びタケルが猛然と吠え出し、駆け出します。
正夫もそれを追い、50mほど走った所でタケルが唸り声を上げながら腰を落として、威嚇の姿勢をとっていました。
「とうとう見つけたか」
と正夫は思い、前方を見ると、そこは少し開けた広場のようになっていました。
そこに黒い影がうずくまって、何かを咀嚼する様な音が聞こえてきました。
凄まじいほどの獣臭が辺りに漂っています。
正夫は唾を飲み込み、地面に片足をついて猟銃を構えました。
「イノシシじゃないな」
正夫はそう判断しました。イノシシにしては体が細すぎるし、体毛もそんなに生えてはいません。
「狼か?」
一瞬そう思いましたが、この山中に狼がいるなんて聞いたことも見た事もありません。
良く見ると、「それ」は地面に横たわった、先程のイノシシの子供を食べています。
獲物を横取りされた様に感じた正夫は、「それ」に向かって猟銃の狙いを定め、撃とうとしましたが、引き金にかけた指が動かないのです。
それどころか、体が金縛りにあったかの様に動きません。
奥歯だけは恐怖のあまりにガチガチ鳴っています。
そして、正夫の気配に気がついたのか、「それ」は食事を止め、ゆっくりと正夫の方に顔を向けました。
どう見ても、それは人間の顔だったそうです。
しかも、2〜3歳くらいの赤子の。体調は1m50cm程で、豹の様な体、薄い体毛。
分かり易く言うならば、「豹の体に顔だけが人間の赤子」といった風貌です。
「バケモンだ…」
正夫の恐怖は絶頂に達しました。
「それ」はイノシシの地で人人になった口を下で舐め回しながら、正夫に近付いて来ます。
「殺される」
正夫がそう思った瞬間、タケルが「それ」に飛びかかりました。
タケルは「それ」の右前足に食らい付き、首を激しく振っています。
「それ」は人間の赤子そっくりの鳴き声をあげ、左足でタケルの鼻先を引っ搔いています。
暫く唖然としていた正夫ですが、我に返ると体が自由に動く事に気がつきました。
すぐさま1発撃ちます。不発でした。
「そんな馬鹿な」
正夫は猟銃の手入れを欠かさずやっており、今日も猟に出る前に最終確認をしたばかりです。
もう1度引き金を引きました。不発です。
正夫が手間取っている内に、「それ」はタケルの首筋に食らい付きました。
タケルが悲壮な鳴き声を上げます。正夫は無我夢中で腰に付けていた大型の山刀を振りかざし、こちらに背を向けている「それ」の背中に斬りつけました。
「るーーーーーーあーーーーー」
と発情期の猫の様な鳴き声で「それ」は鳴きましたが、またタケルの首筋に食らいついたままです。
正夫はもう一度山刀を振りかぶり、「それ」の尻尾を切断したのです。
尻尾を切断された「それ」は、「あるるるるるるる」と叫び声をあげ、森のさらに奥の茂みの中へと消えていきました。
正夫は暫くの間、呆然と立ち尽くしていましたが、タケルの苦しげな「ハッハッハッ」という息づかいを聞いて、我に返りました。
タケルの首筋には、人間の歯型そっくりの噛み痕がついていました。
出血はしていましたが、傷はそれほど深くなく、正夫は消毒液と布をタケルの首に当て、応急手当をしてやりました。
何とか自力で歩ける様です。
モタモタしていると、またあのバケモノが襲ってこないとも限りません。
正夫はタケルと共に急いで山道を下りました。
やがて、正夫の山小屋が見えてきました。
ここからだと、正夫の村まで30分とかかりません。
安堵した正夫は、さらに足を早めて村へと急ぎました。
「変だな」と正夫が思ったのは、山小屋から下って15分ほど経った時です。同じ道をグルグル回っている様な錯覚を感じたのです。
この道は、正夫が幼少の頃から遊び回っている山なので、道に迷うなどという事は、まずありえないのです。
言いしれぬ不安を感じた正夫は、さらに足を早めました。さらに15分経った時。
「そんな馬鹿な」
目の前に、さっきの山小屋があったのです。
正夫は混乱しましたが、
「あまりの出来事に気が動転し、道を間違えたのだろう」
と思い、もう1度、いつもの同じ道を下りました。
しかし、すぐさま正夫は絶望感に襲われました。
どうしても山小屋に戻ってしまうのです。
タケルも息が荒く、首に巻いた布からは血が滲んでいます。
正夫は気が進みませんでしたが、今日は山小屋に泊まることに決めました。
しっぽ 2へ
【内容】
「しっぽ」
これは、俺の祖父の父(俺にとっては曾じいちゃん?)が体験した話だそうです。
大正時代の話です。大分昔ですね。曾じいちゃんを、仮に「正夫」としきますね。
正夫は狩りが趣味だったそうで、暇さえあれば良く山狩りに行き、イノシシや野兎、キジなどを獲っていたそうです。
猟銃の腕も、大変な名人だったそうで狩りの仲間の間では、ちょっとした有名人だったそうです。
「山」という所は、結構不思議な事が起こる場所でもありますよね。
俺のじいちゃんも、正夫から色んな不思議な話を聞いたそうです。
今日は、その中でも1番怖かった話をしたいと思います。
その日は、カラッと晴れた五月日和でした。
正夫は、猟銃を担いで一人でいつもの山を登っていました。
愛犬のタケルも一緒です(ちなみに秋田犬です)。
山登りの経験が長い正夫は、1人で狩りに行く事が多かった様です。
その山には正夫が自分で建てた山小屋があり、獲った獲物をそこで料理して、酒を飲むのが一番の楽しみでした。
その日は早朝から狩りを始めたのですが、獲物はまったく獲れませんでした。
既に夕方になっており、山中は薄暗くなってきています。
正夫は、「あと1時間ぐらい頑張ってみるか」と思い、狩りを続ける事にしました。
それから30分ほど経った時です。
正夫が今日の獲物をほぼ諦めかけていると、突然目の前に立派なイノシシが現れました。
子連れです。正夫は狙いを定め弾を撃とうとしましたが、突然現れた人間にビックリしたイノシシは、急反転して山道を駆け上がっていきます。正夫は1発撃ちましたが、外れた様です。
愛犬のタケルが真っ先にイノシシを追います。正夫もそれに続き、険しい山道を駆け上りました。
15分ほど追跡したでしょうか。とうとう正夫はイノシシの親子を失ってしまいました。
タケルともはぐれてしまって途方に暮れていた所、遠くでタケルの吠える声が聞こえます。
その吠え声を頼りに、正夫は山道を疾走しました。
さらに10分ほど走った所にタケルはいました。
深い茂みに向かって激しく吠えています。
そこは、左右に巨大な松の木がそびえており、まるで何かの入り口の様にも見えます。
正夫は、そこを良く知っていました。
狩り仲間の、いえその周辺の土地に住むすべての人々の、暗黙のタブー、「絶対入ってはいけない場所」でした。
正夫は、幼い頃から何度も両親に聞かされていたそうです。
「あそこには山の神さんがおるでなぁ。迂闊に入ったら喰われてしまうど」と。
しかし、何故かその禁断の場所からさらに奥へ進むと、獲物が面白い様に捕れるのだそうです。
ただ、掟を破り、そこに侵入した漁師などは、昔から行方不明が後をたたないそうです。
しかし、タケルがその茂みに向かって果敢に吠えています。
あのイノシシ親子が近くにいることは間違いないのです。
正夫は誘惑に負け、禁断の地へと足を踏み入れてしまいました。
時刻は午前5時を過ぎており、まだ何とか周りは肉眼で見渡せますが、狩りをするにはもう危険な明るさです。
タケルも先程から吠えるのを止めています。
「流石にもう諦めるかな」
と正夫が思っていた時、再びタケルが猛然と吠え出し、駆け出します。
正夫もそれを追い、50mほど走った所でタケルが唸り声を上げながら腰を落として、威嚇の姿勢をとっていました。
「とうとう見つけたか」
と正夫は思い、前方を見ると、そこは少し開けた広場のようになっていました。
そこに黒い影がうずくまって、何かを咀嚼する様な音が聞こえてきました。
凄まじいほどの獣臭が辺りに漂っています。
正夫は唾を飲み込み、地面に片足をついて猟銃を構えました。
「イノシシじゃないな」
正夫はそう判断しました。イノシシにしては体が細すぎるし、体毛もそんなに生えてはいません。
「狼か?」
一瞬そう思いましたが、この山中に狼がいるなんて聞いたことも見た事もありません。
良く見ると、「それ」は地面に横たわった、先程のイノシシの子供を食べています。
獲物を横取りされた様に感じた正夫は、「それ」に向かって猟銃の狙いを定め、撃とうとしましたが、引き金にかけた指が動かないのです。
それどころか、体が金縛りにあったかの様に動きません。
奥歯だけは恐怖のあまりにガチガチ鳴っています。
そして、正夫の気配に気がついたのか、「それ」は食事を止め、ゆっくりと正夫の方に顔を向けました。
どう見ても、それは人間の顔だったそうです。
しかも、2〜3歳くらいの赤子の。体調は1m50cm程で、豹の様な体、薄い体毛。
分かり易く言うならば、「豹の体に顔だけが人間の赤子」といった風貌です。
「バケモンだ…」
正夫の恐怖は絶頂に達しました。
「それ」はイノシシの地で人人になった口を下で舐め回しながら、正夫に近付いて来ます。
「殺される」
正夫がそう思った瞬間、タケルが「それ」に飛びかかりました。
タケルは「それ」の右前足に食らい付き、首を激しく振っています。
「それ」は人間の赤子そっくりの鳴き声をあげ、左足でタケルの鼻先を引っ搔いています。
暫く唖然としていた正夫ですが、我に返ると体が自由に動く事に気がつきました。
すぐさま1発撃ちます。不発でした。
「そんな馬鹿な」
正夫は猟銃の手入れを欠かさずやっており、今日も猟に出る前に最終確認をしたばかりです。
もう1度引き金を引きました。不発です。
正夫が手間取っている内に、「それ」はタケルの首筋に食らい付きました。
タケルが悲壮な鳴き声を上げます。正夫は無我夢中で腰に付けていた大型の山刀を振りかざし、こちらに背を向けている「それ」の背中に斬りつけました。
「るーーーーーーあーーーーー」
と発情期の猫の様な鳴き声で「それ」は鳴きましたが、またタケルの首筋に食らいついたままです。
正夫はもう一度山刀を振りかぶり、「それ」の尻尾を切断したのです。
尻尾を切断された「それ」は、「あるるるるるるる」と叫び声をあげ、森のさらに奥の茂みの中へと消えていきました。
正夫は暫くの間、呆然と立ち尽くしていましたが、タケルの苦しげな「ハッハッハッ」という息づかいを聞いて、我に返りました。
タケルの首筋には、人間の歯型そっくりの噛み痕がついていました。
出血はしていましたが、傷はそれほど深くなく、正夫は消毒液と布をタケルの首に当て、応急手当をしてやりました。
何とか自力で歩ける様です。
モタモタしていると、またあのバケモノが襲ってこないとも限りません。
正夫はタケルと共に急いで山道を下りました。
やがて、正夫の山小屋が見えてきました。
ここからだと、正夫の村まで30分とかかりません。
安堵した正夫は、さらに足を早めて村へと急ぎました。
「変だな」と正夫が思ったのは、山小屋から下って15分ほど経った時です。同じ道をグルグル回っている様な錯覚を感じたのです。
この道は、正夫が幼少の頃から遊び回っている山なので、道に迷うなどという事は、まずありえないのです。
言いしれぬ不安を感じた正夫は、さらに足を早めました。さらに15分経った時。
「そんな馬鹿な」
目の前に、さっきの山小屋があったのです。
正夫は混乱しましたが、
「あまりの出来事に気が動転し、道を間違えたのだろう」
と思い、もう1度、いつもの同じ道を下りました。
しかし、すぐさま正夫は絶望感に襲われました。
どうしても山小屋に戻ってしまうのです。
タケルも息が荒く、首に巻いた布からは血が滲んでいます。
正夫は気が進みませんでしたが、今日は山小屋に泊まることに決めました。
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