2022年12月26日
姪と人形 7
(ゑ)
翌日、昼近くになって、オレ達は病院へ向かった。
今日は甥と姪も一緒だ。
病室に入って行くと、姉は半身を起こして出迎えてくれた。まず子供達が駆け寄って行く。
姉は義兄の顔を見ると、少し驚いた顔をしたが嬉しそうだった。
久し振りの親子四人の対面。
オレは姉に、入院時の足りないものを聞くと、売店に降りて行った。
姉に言われたものを買うと、この売店には本屋もある事に気がついた。
少し時間を潰そうと思った。
なる程、病院には子供から老人まで、様々な人が入院している。
絵本から盆栽の本まで小さいスペースながら、様々なジャンルがあった。
店内を物色している内に、ふと一冊の小誌に目がいった。
おそらく自費出版に近いものだろう。
装丁もただ厚紙にタイトルの、〇〇市郷土民族史、と印刷されただけのものだった。著者の欄には〇〇会とあった。
その本を持ってレジに向かった。
病室に戻ると、姉に売店の袋を渡し、幾つかの会話の後、あとは義兄にまかす事にして、オレは病室を出た。
今日はこれから、昨夜聞いた、神社の奥の井戸に行くつもりだった。暗くならない内に。
(ひ)
バス停に向かう道々、オレは姉の事を考えた。
今日は比較的、楽そうだったが赤い斑紋は増えている気がした。
蜘蛛状血管腫と呼ばれているそれは、別名、メデューサの首とも言われている。
車中では、先程買った本を流し読みする。
やはり、昨日聞いたコレラの記述はなかった。
市の中では、小さい町だ、あの地域は。
だが、それよりも目を引く記述があった。
天保年間後期、あの地域を、痘瘡、天然痘が襲ったそうだ。
最初、災厄は隣の村から来て、あの村に住み着いた。
死者の数限りなく、一日に、棺桶が幾つも寺に運ばれる。
仕舞には棺が間に合わず、遺体を剥き出しのまま、河原で焼いたそうである。
死臭と線香の臭いが混ざり合い犬も居なくなったそうだ。
同時に、隣村から閉め出され、村は完全な孤立状態になった。
天然痘の不思議なところは、10人の内、4人は病に罹り命を落とす。
4人は罹患はするが何とか命は助かる。
そして残る二人は、罹患もしないというところがある。
生まれつき抗体を持っているのか。
その時の詳しい記録は、あの地域で最も古い寺にあると書いてあった。
そこまで読んで、オレは思った。
あの神社、もしかしてその時に建てられたものじゃないかと。
(も)
バスを降りると、オレは荷物をとりに一度姉の家に戻った。
ラジオ付きの非常用懐中電灯、五徳ナイフ、オフロードバイク用の皮手袋、そして5mと10mの細引き二本、針金とラジオベンチ、タッパーとマグカップ。
それがオレのフィールドワークだ。
まだ陽は高い。だが少し早足で神社に向かう。
夏休みである筈なのに、この神社には大体、子供は遊んでいない。
神社の横を通り、さらにその奥、裏手の森に入っていく。
井戸はその中にひっそりとあった。
屋根も、釣瓶もない桶もない、正に神だけの井戸と言う感じだった。
井戸そのものは、コンクリでも煉瓦でもない、自然石を組み上げたもの。
ある程度の時間は経っているだろう、まわりには苔が生えていた。
周りは畳6畳ほど開けていて、地面には丸い石が敷き詰められている。
オレはそっと近付いていき、中を覗いてみる。
ほんの4、5メートル先で光は届かない。
昼間だというのに、森の中は薄暗い。
懐中電灯で中を照らしてみる。
ずっと下に、あれは水面か、灯りに照らされ反射している。
ここで下から、髪を振り乱した女が壁をよじ登ってきたらオレは泡吹いて気を失うだろう。
と、どこかの映画のワンシーンを思い浮かべた。
(せ)
その辺りに落ちている石を拾ってみる。頭上に差し上げ真下に落とす。高さ約2m、下に落ちるまで約20フレーム。
その石を今度は井戸の中に落としてみる。
一、二、三…と数えて約12.3mか。中に入る気はサラサラ無いがしかしポチャンと音がした。水はある。
井戸の中を覗いている内に、何だか鼻の奥がツンとなった。
いわゆるスポットめぐりをしている時に、たまに起こるオレの習慣。たぶん感傷だったろう。
この神社がオレの想像通り、その時建てられたのなら、何の為にこの井戸が掘られたのか。
あの時、無事治療し、何とか命を拾った者も、結果的には村から追われたそうだ。
わずかばかりの食料を与えられ、山の奥に追われたそうだ。つまり死ね、ということだ。
痘痕がのこり、失明する者もいた。醜い姿になった彼らは、再び村に災厄を呼ぶと言ってね。
抗体をもち、再び痘瘡に罹ることのない彼らを。
だが、天然痘は完全に世界から駆逐され、文明と技術の恩恵に溺れているオレ達は、彼らの無知を笑う権利はない。
帰る時に改めて気がついた。オレが来た左側とは反対に、左側にも誰かが歩いた跡がある。
誰か最近この井戸を覗いたのか。
(す)
これは告発ではないよ、全然。
その村の歴史
いま、自分達が住んでいる街、100年、わずか百年前はどうだったのか。
少し調べてみるといい。
無駄なことは全てはぶく
先を急いている人がいるし、オレも少し疲れた。
やはりあの時の事、思い起こすのは少しシンドイ。
姉は死んだ。そして姪も。
はっきり言って、あの家族は崩壊した。
残ったのは、甥と彼の弟だけである。
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