2022年12月01日
つきまとう女 12
「事の顛末だと?」
男は俺を嘲るように微笑んだ。
「心配するな。あのオカマ社長の許可は取ってあるよ」
男は俺の胸に拳を当てた。
すると男の拳は何の手応えもなく、俺の体をすり抜けた。
「ほらな。俺からお前に何かすることは出来ないんだよ。あのオカマにお前は完全にガードされているし、俺もあのオカマに能力の根源を握られている。今の俺は、オカマに金玉を抜かれた腑抜けなんだよ」
俺は後退りをした。
「俺に何を聞かせたい?」
男はどこからか椅子を取り出し、腰掛けた。
「さっきも言ったろ?事の顛末さ。どうして俺と妹がお前を狙ったのか。何故、殺そうとしたのか。お前には聞く権利があるんだよ」
確証は無かったが、男には害意がないように思えた。
確かに俺も、この騒動の動機と理由が知りたい。
俺の心にある霧の正体が知りたかった。
「分かった。なら聞かせてくれ。事の顛末を」
「そうこなくちゃな。わざわざ、来た甲斐が無い」
そう言うと男は、タバコを地面に捨て足で揉み消した。
「初めにお前に出会ったのは、お前がバイクで小樽に来たときだ。確かツーリングだっけ?お前はそれをやりに来たんだ。俺はたまたま小樽に用が有って来ていた。その時、妹の奈々子がお前に目をつけたんだ。何故なら、お前が奈々子にとって羨ましい存在だったからだ。まるで光に群がる虫のように、奈々子はお前に惹き寄せられた」
俺は困惑した。
「何故俺なんだ?俺の何が羨ましかったんだ?」
「お前の中に、温かい家族の繋がりが見えたのさ。それが奈々子には、心底羨ましかった。俺たちの家族はな、言っちゃ何だが、クソの肥溜めそのものだった。特に奈々子は生前、そうとうあのクソ親父に責められた。口に出すのもおぞましいぜ。実の父親を娘を性の対象にするなんてよ。しかも親父は極度なサドでよ。ひでぇもんだった。だが、俺も人のことは言えねぇ。苦しむ妹を、見て見ないふりしてたんだからな。母親はとっくの昔に死んで居なかった。だから妹にとっちゃ、俺は唯一の頼りだったんだ。それを俺は見捨てた。面倒臭かったんだよ、正直言って。俺にはどうでもいいことだった。奈々子にとっては絶望的だったろうよ。アイツは一人で警察に行き、助けを求めた」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は男の話を遮った。
「気持ち悪くなったか?そうだろうな。クソの肥溜めの話だ。無理も無い」
男はポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
さっきまで人を嘲るように笑っていた男の顔は、深海のような冷たい表情だった。
話の内容よりも俺は、この男の表情に恐怖を感じていた。
「いいか?続けるぜ?」
俺は無言で頷いた。なるべく男の顔を見ないように気を付けた。
「奈々子は警察に助けを求めたが、全て無視された。親父はクソだが、精神科医としてはエリートだった。警察にも協力していたし、署の幹部とも仲が良かった。奈々子は対応した警察官に、人格ごと全てを否定されて追い返されたんだよ。更に絶望した奈々子は、遂に精神を病んで、精神病院に入院した。しかも、親父の病院にな。そこでも奈々子は酷い扱いを受けた。警察に訴えた奈々子を、親父は許さなかった。奈々子の担当の看護師に言いつけて、奈々子を毎日のように暴行させた。信じられるか?それをあらかしたのが実の父親なんだぜ?そして奈々子は自殺した。どこからか持って来たロープで首を吊ってな。そこで俺は初めて泣いたよ」
黙って俺は男の話を聞いていた。
男の家族と俺の家族。まるで正反対の家族だった。
「奈々子は自殺した後、この世を彷徨い、俺の所に来た。奈々子には才能はあったが、俺のような能力はなかった。だから、俺に復讐の話を持ち掛けたんだ。俺に協力しろってな。勿論、それを俺は断ることも出来た。だが俺は、奈々子が死んでから初めて気付いた感情に逆らえなかった。俺は奈々子を愛していた。自分勝手な話だがな」
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