2022年11月29日
つきまとう女 10
「お兄さん」
朝、ジョンに呼ばれて俺は目が覚めた。全身が汗で濡れている。
俺は周囲を見渡した。ホテルの一室。ここは俺が居たホテルの一室だ。
俺は全身を弄った。どこにも異常はない。
ジョンがコーヒーを差し出す。
「大丈夫ですか、お兄さん」
俺は確かにドッペルゲンガーに触れられた。でも、今は死にたいとは思わない。
俺は助かったのか?現実を俺は把握出来ずにいた。
「混乱しているみたいですね、お兄さん。もう大丈夫です。ようやく俺にも見えました。あいつがお兄さんの敵なんですね」
ジョンの言葉に俺は驚いた。
「どういう…ことだ、ジョン?」
「お兄さんには申し訳ないと思ったのですが、お兄さんのファイヤウォールを一時的に弱めました。案の定、敵の本丸はお兄さんに侵入してきた。狙い通りです」
俺はジョンの言葉の意味を理解し切れなかった。
「じゃあ、わざとアイツを誘き寄せたのか?」
「そうです。お兄さんには囮になってもらいました。勿論、お兄さんの安全が第一です。その為、対策をしたうえで実行しました」
なにがなんだか、俺にはさっぱり理解出来なかった。
俺はコーヒーを一気に飲み干した。
「冷静になろう、ジョン。俺に何をしたって言うんだ?説明してくれ。何をしたんだ?」
ジョンはタバコに火を点けた。
「敵はお兄さんに対して分身、ドッペルゲンガーを使ってきました。これは高度な技術を要します。敵は相当な腕の持ち主です。でも、社長はこう推理しました。『敵は自分と同等の力の持ち主と出会ったことが無い』。お兄さんに対する敵の陰湿で強引なアプローチから、敵は力こそA級でも、経験は浅い人間だと推理したんです。そこで罠を仕掛けました。敵がお兄さんのドッペルゲンガーを使うなら、こちらもお兄さんのドッペルゲンガーを使う。敵も、自分以外にドッペルゲンガーを作れる人間が居るとは思わなかったのでしょう。完全に疑うことも無かったですね」
ジョンは微笑みながらそう言った。
「ドッペルゲンガー?どこが?どこら辺が?何がドッペルゲンガーなんだ?」
俺は尚もジョンに問いかける。訳が判らない。
「お兄さんが敵の作ったビルの屋上に立った時点から、お兄さんは社長の作ったドッペルゲンガーです。流石に意識のない人形だと疑われるので、半分ほどお兄さんの意識を入れました。お兄さんには、怖い思いをさせてしまいましたけれど、おかげで、俺と社長が見ていることに、全く気付かれませんでした。いけますよ。社長が本丸の男の捜索に乗り出しました。ここからが探偵の腕の見せ所です」
俺は唖然とした。そうならそうと、前もって言ってくれ。
昼、俺は一枚の食パンを前に困惑していた。
ここ暫くろくな物を食っていないのに、食欲が全く湧かない。
一枚の食パンですら今の俺には重い。
「なあ、ジョン。さっき、『社長が本丸の男の捜索に乗り出した』って言ったよな?」
スパゲティを頬張りながらジョンは答える。
「ええ。社長は朝の便で北海道に向かいました」
「北海道?」
「社長があの男に侵入して、居場所を特定したんです。恐らくあの男も、今頃は泡食っているでしょうね。絶対に社長からは逃げられませんよ」
「なぁ、ジョン。アイツはやっぱり生きた人間なのか?あんなことが人間に出来るものなのか?」
ジョンはスパゲティを平らげると、カレーライスに手をつけた。
「俺も驚きました。社長以外にあんなことが出来る人間なんて初めて見ましたよ。あれほどの力の持ち主が、野に放たれていたなんて恐ろしい限りです」
ジョンはカレーライスを平らげると、次はカツ丼に手をつけた。
異様に次から次へとジョンは食いまくる。
「おい、ジョン。食いすぎじゃないか?」
食欲の無い俺からすると、ジョンの食う姿が異常に見える。
「これからの作業は体力が要りますから、食っておかないと。夕方までに、社長が本丸の男を押さえます。つまり…、クライマックスですよ、お兄さん」
そう言ってジョンは優しく微笑んだ。
それを聞いた俺は、食パンにバターを塗り平らげた。
『クライマックス』。ジョンはそう言った。
社長が本丸の男を押さえ、ジョンが俺の除霊をする。
ついにあの女との戦いに、終止符が打たれようとしていた。
俺は吐きそうになりながらも、無理やり胃の中にメシを詰め込んだ。
生きるか死ぬかを超越して、俺は奴等にだけは負けたくなかった。
夕方、ジョンは俺をベッドの上に寝かせた。
「これから何が起こっても、絶対に気持ちだけは負けないで下さい。お兄さん」
ジョンの言葉に俺は強く頷いた。
気持ちだけなら、俺は絶対あんな奴らに負けない。
ジョンは時計を見ながら深呼吸すると、「そろそろですね」と言った。
「お兄さん、次に俺の携帯が鳴った時が合図です。俺は一気にお兄さんに侵入します。恐らく後ろ盾を失った女は激しく暴れるはずです。俺がお兄さんの所に辿り着くまで、持ち堪えて下さい」
俺はジョンの手を握った。
「信じているからな」
ジョンは真っ直ぐに俺を見つめながら頷いた。
その瞬間、ジョンの携帯の着信音が部屋中に響き渡った。
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