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2022年11月16日

つきまとう女


つきまとう女とは洒落怖の1つである。


【内容】



二年前の夏、俺はバイクで北海道ツーリングに出かけた。
目的は北海道一周。日程は3日間。気ままな一人旅だ。
北海道は予想以上に何も無い。街から街まで100qを越えるときもある。
その間、コンビニはおろか自販機すらない。
気楽に長距離ツーリングを楽しもうと思って来たが最後。
本当に長距離ツーリングが好きな人間以外には苦痛でしかない。
俺の旅のコンセプトは、なるべく金をかけないこと。
その為、旅館やホテルには一切泊まらず旅をする。
道中での悩みは、ガソリンスタンドが街にしかないことだ。
24時間営業なんて論外。大概のガソリンスタンドは、19:00には店を閉じる。
早いところだと、17:00に閉めていたところも在った。
俺のバイクは燃費が悪く、満タンで160qしか走らない。
日程は3日間。夜も走らないと間に合わない。
だが、俺は頭の悪いことに、ガソリン携行缶を装備していなかった。
更に、4日後には会社が始まるギリギリの日程。
間に合うはずが無い。俺はその事に、半周した時点で気付いたのだ。
俺は考えた。
一周を諦めて、道中を突っ切り、函館からフェリーに乗って陸路で飼えるか。
それとも、意地で爆走し、小樽まで帰還して一周をやりきるか。
悩んだ挙句、俺は一周することを決めた。

「諦めたら、そこで試合終了ですよ」

敬愛する安西先生がそう囁いたのだ。

二日目の夜、俺は走っていた。
北海道の夜は静かで暗い。東京の夜が昼間に感じられる程に、静かで暗い。
辺りは木々が連なり、まるで俺に覆い被さる様にそびえている。
気を抜くと、木々の中に飲み込まれてしまいそうな深遠を感じさせる。
途中、メーターを見ると、ガソリン警告灯が点灯していることに気付いた。
今日はここまでだな。そう思った俺は、道の駅にバイクを止め、そこで夜を明かすことにした。
俺が止まった道の駅が、仮設トイレが設置されている以外に何も無い。
覚悟はしていたが、なんとも寂しい限りだ。
辺りには、民家どころか人一人居ない。小さな街灯だけが、俺と俺のバイクを照らしていた。
携帯していた食料を平らげ、俺はコンクリートの上で横になる。
月がやけにキレイだった。こんな月も東京では見ることが出来ない。
俺は北海道に来たことを少しだけ嬉しく思った。
相変わらず木々に囲まれた深遠の暗闇の中で、俺は目を瞑る。
眠り落ちかけた時、静寂を破る車のエンジン音が聞こえた。
時刻は2:00。こんな深夜に走るニンゲンが北海道にも居るのだな、と思い眼を開ける。
どんな車が深夜の北海道を走っているのか、興味を持った俺は、道路沿いに顔を出した。
なんのことはない。ただのトラックだった。
俺は踵を返し、再び眠りにつこうとした。
そのとき、妙なことに気付いた。仮説トイレのドアが開いている。
ここに来たとき、仮設トイレのドアが開いていた記憶はない。いつ開いたのかわからない。
少なからず俺が居る間、誰も来ていないし、俺も使っていない。
トイレの中までは角度的に見えない。
ドアは、小さく音をたてながら揺れている。
僅かに近づくと、白い布のようなものが見える。

「誰かいるのか?」

俺はトイレの中を覗いた。
瞬間、俺の心臓が脱兎の様に跳ね上がり、全身の毛穴が一気に解放される。
女が首を吊っていた。
俺は腰を抜かした。24年生きていて、腰を抜かすなんて初体験だ。
いつから?なんで?どうして?
そんなことばかりが頭を巡る。
全身が震えていた。嫌な汗が這いずる様に、全身から流れ出ていた。
とにかく警察に連絡しなくては。
そう思った俺は、バイクに置いてあるケータイを取りに行った。
その瞬間、大きな衝撃音が鳴り響いた。
驚きのあまり、俺はその場で転倒した。
振り返ると、女がトイレの前に立って俺を見ている。
怯える俺から女は目を離すことなく、ゆっくり右腕を上げると、仮設トイレを殴りつけた。
女の力で殴ったとは思えないような、大きい衝撃音が鳴り響く。
現実離れした光景に、俺は泣きそうだった。
女の首には、ロープが巻きついたままだった。
汚い白のワンピース。長いぼさぼさの髪。長い髪の間から、気味の悪い眼光が見える。
どうみても普通の女じゃない。
女は無表情で俺を見ながら、仮設トイレを殴りつけ、衝撃音を鳴り響かせる。
周りには誰も居ない。
暗い殺風景な空間に、腰を抜かす俺と仮設トイレを殴る女。
女は首を吊っていたはず。生きている?なんで?
そのうち、仮設トイレを殴りつけるスピードが上昇し、女が小声で喋りだした。

「見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた」

俺の血液は沸騰した。

「なんだ!?なんなんだ、おまえ!?」

俺は大声で怒鳴った。

「いたずらなのか!?こんな誰も居ないところで、こんな悪趣味なことすんじゃねぇよ!!!!」

女は手を止め、そのままゆっくりうなだれると、「どうして?」とつぶやいた。
俺の血液は更に沸騰した。
どうして?意味が分からん。聞きたいのはこっちだ。

「なに言ってんだ、この!!!ボケアマァ!!!さっさとどっか行けぇ!!!!」

女は顔を上げ俺を睨む。

「嫌だ」

女はそう言うと自分の左腕に噛みついた。

「嫌だ。嫌だ。嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ。一人は嫌だ」

つぶやきながら、女は自分の左腕に噛みつく。
血が吹き出ても噛みつくことを止めない。肉の切れる音がする。
女は泣いていた。泣きながら自分の腕を食いちぎっていた。
女の口は真っ赤に染まっていく。腕からは白い骨が見え始めていた。
俺の脳裏に、『逃げろ』という言葉が閃光のように走る。
こいつは手に負えない。精神異常者だ。変態だ。変質者だ。


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