2022年11月07日
交換だから 4
両親は「何が起きたのか分からないが、集落の有力者であるB父が怒りにあかせて私に何をするか分からないから引っ越す」ことを決めた。
ちょうど私も来年から中学生だし、いつまでも転校続きでは落ち着かないだろうというのが建前だった。
県の端から端の距離に父実家があり、土地も空いているから家を建てようということがその日のうちに決まった。
私と母はすぐに父方の祖父母の家に引っ越すことが急遽決まった。父は、とりあえず集落から離れた所にマンションを借り、駐在所に通うということだった。
でも、もし来年ここに残るようになったら(転勤がなかったら)どうするの?と聞くと、父は「こういうことがあったらすぐ人事異動があるんだ」と言い、実際に季節外れの年末の人事異動で、父は転勤になった。
私はBが倒れた日から集落の小学校には通わず、引っ越しの準備をしていた。納得できたわけではなかったが、こうする以外ないのだということは分かっていた。
ただ、その前にどうしても確かめたいことがあった。そこで私は家を抜け出し、Aの家に向かった。
平日の昼間、普通の大人なら仕事中でB父に見つかることもないだろうと思った。以前Aと一緒に上った山道を進んでいくと、途中の棚田で脳作業をしているおじいさんに話しかけられた。
「お〜い、なにしとんだ〜」
私は、人のよさそうなおじいさんであることもあって答えた。
「この山の上にある友達の家に行くの〜」
それを聞いたおじいさんは、脳作業を中断して私に近づいてきた。
「この山の中に人なんか住んでね〜ぞ。お前さんどこ行くんだ」
そんな馬鹿なと思った私は「そんなことないよ、Aちゃんっていう子。家は小屋みたいだけど何回も行ったもん」と言った。その瞬間、おじいさんの顔色が変わった。
「おまえさん…は、駐在さんとこの子か。昼間っから子どもがいておかしいと思ったんよ。駐在さんとBさんで話はついたようだけど、Bさんに見つかったら何されるかわからんで。わしらもいくらなんでも小さい子に手をかけるのはいかんって、Bさん説得すうrのがやっとだったかんよ。駐在さんにはお世話になったしな。おまえさんはこの集落からいなkなることで話がすんでんだ。さっさと帰んな」
おじいさんからいきなり物騒なことを言われてびっくりしたが、おじいさんは私の状況を私以上に分かっていると思った。聞くならこの人以外いない。
「Aちゃんは無事なの?」
「Aか、Bはあいつに手を出せんよ。絶対に」
おじいさんは何か確信を持っているように見えた。私は少しほっとした。
「Bちゃんは…?」
そう聞くと、おじいさんはBの家の方向を向いて言った。
「生きてはいる」
「生きてはいる…ってどういうこと?」
私がもう一度聞くと、おじいさんは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「おまえさんはもう関わっちゃいかん。今回はたまたま運が良かっただけなんだから、そのことを忘れちゃいかん」
そう言い、私をまわれ右させると背中を押してもと来た道を引き返すよう背中を押してきた。私は慌てて「BちゃんはAちゃんに関わったら呪われるよって言ったよ!そういうことなの!?」と聞いた。
おじいさんは「呪い?」とつぶやくと「誰がそんなこと言ったんか?」と聞いてきた。
「BちゃんがBちゃんのお父さんから聞いたって言ってた…」
私が答えるとおじいさんはため息をついて言った。
「若いもんのとこじゃそういうことになっとるんか…。違う、元々はそういうもんじゃないんじゃ。あれは…」
おじいさんは途中まで言い口を閉ざした。何かを考えているように見えたが何も言ってはくれなかった。そのうち「さっさと帰んなさい。本当はおまえさんと話してるんを見られただけでもわしも危ないんじゃから」と言った。
おじいさんが本気で私を心配してくれているのは分かったし、おじいさんに迷惑をかけるのも悪いと思い私は家に帰ることにした。
山道を下りていると、脇の獣道からAが出て来た。
「Aちゃん!」
私はAに駆け寄った。
「Aちゃん!無事で良かった。大丈夫なの?私は引っ越すことになったよ!どうなってるのか全然わかんないけど…」
矢継ぎ早にAに話しかけた私は、Aの様子がおかしいことに気付いた。ずっと、自分の足元を見たままこちらを見ない。
「Aちゃん、どうしたの?」
私がAの肩に手を置こうとしたとき、
「……ない……」
Aがつぶやいた。
「…え?」
聞き返すと、Aはすっと顔をあげ、ぐいっと顔を近づけると「〇〇(私)ちゃんは××××(聞き取れなかった)だから、もうとれない」とささやいた。
いつも周りが見えているのかどうかわからないくらい細いAの目がわずかに開いた。
そこが黒く塗りつぶされているように見えたのは、沈みかけた太陽の光の加減のせいだったのか。にやりと笑ったAは、私の知っているAとは違う何かのようだった。
あっけにとられる私の横をAは通り過ぎ、山道を駆け上がって行った。Aと会ったのはそれが最後だった。翌日、私と母は祖父母の家に引っ越した。
以来、あの集落には近づいていない。家の中でもあの件はタブーになっている。楽しい家族の思い出話はいつもあの集落以外の話だ。
祖父母の家は割と大きな町の中にあったし、田舎以外の暮らしに慣れるのに一生懸命で、いつしかあの集落の事は記憶から薄れていった。
ふと思い出したのは、押し入れの中にあった小学校のノートの中からAからもらったシールが出てきたから。考えてみるとおかしなことはたくさんあった。
山の中の小さな家にいつも一人でいたA、いつのまにかたくさんあったおもちゃ、そういえばAの両親は見たことも聞いたこともなかった。
どんどん身綺麗になっていったA、なぜAからもらってはいけなかったのか、あの大人たちの態度はどういうことだったのか、Bはどうなったのか。
考えても答えの出ないときはいつも、引っ越すときに言っていた父の言葉を思い出す。
「世の中には、どうしようもないことがたくさんある」と。
以上です。
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