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2022年04月01日

禁后−パンドラ−(ほん怖)2

そこは居間でした。
左側に台所、正面の廊下に出て左には浴室と突き当りにトイレ、右には二階への階段と、本来玄関であろうスペース。
昼間ということもあり明るかったですが、玄関が無いせいか廊下のあたりは薄暗く見えました。
古ぼけた外観に反して中は予想より綺麗…というより何もありません。
家具など物は一切なく、人が住んでいたような跡は何もない。
居間も台所もかなり広めであったもののごく普通。

「何もないじゃん」
「普通だな〜何かしら物が残ってるんだと思ってたのに」

何もない居間と台所をあれこれ見ながら、男三人はつまらなさそうに持ってきたお菓子をボリボリ食べ始めました。

「てことは、秘密は二階かな」

私とD子はD妹の手を取りながら二階に向かおうと廊下に出ます。
しかし、階段は…と廊下に出た瞬間、私とD子は心臓が止まりそうになりました。




左にのびた廊下には途中で浴室があり突き当りがトイレなのですが、その間くらいの位置に鏡台が置かれ、真前につっぱり棒のようなものが立てられていました。
そして、その棒に髪がかけられていたのです。
どう表現していいかわからないのですが、カツラのように髪型として形を成したものが、ロングヘアの女性の後ろ髪がそのままそこにあるという感じです。(伝わりにくかったらごめんなさい)
位置的にも、平均的な身長なら大体その辺に頭がくるだろうというような位置で棒の高さが調節してあり、まるで「女が鏡台の前で座っている」のを再現したみたいな光景。
一気に鳥肌が立ち

「何何!?何なのこれ!?」

と軽くパニックの私とⅮ子。
何だ?何だ?と廊下に出てきた男三人も意味不明な光景に啞然。
Ⅾ妹だけが、あれなぁに?ときょとんとしていました。




「なにだよあれ?本物の髪の毛か?」
「わかんない。触ってみるか?」

A君とB君はそんな事を言いましたが、C君と私達は必死で止めました。

「やばいからやめろって!気持ち悪いし絶対何かあるだろ!」
「そうだよ、やめなよ!」

どう考えても異様としか思えないその光景に恐怖を感じ、ひとまずみんな居間に引っ込みます。
居間からは見えませんが、廊下の方に視線をやるだけでも嫌でした。

「どうする…?廊下通んないと二階に行けないぞ」
「あたしやだ。あんなの気持ち悪い」
「オレもなんかやばい気がする」

C君と私のⅮ子の三人はあまりに予想外のものを見てしまい、完全に捜索意欲を失っていました。

「あれ見ないように行けばだいじょうぶだって。二階で何か出てきたって階段降りてすぐそこが出口だぜ?しかもまだ昼間だぞ?」

AB両人はどうしても二階を見たいらしく、引け腰の私達三人を急かします。

「そんな事言ったって…」

私達が顔を見合わせてどうしようかと思った時、はっと気付きました。

「あれD子、○○ちゃんは?」
「えっ?」

全員気が付きました。D妹がいないのです。




私達は唯一の出入口であるガラス戸の前にいたので、外に出たという事はありえません。
広めといえど居間と台所は一目で見渡せます。その場にいるはずのⅮ妹がいないのです。

「◯◯!?どこ!?返事をしなさい!!」

Ⅾ子が必死に声を出しますが返事はありません。

「おい、もしかして上に行ったんじゃ…」

その一言に全員が廊下を見据えました。

「やだ!なんで!?何やってんのあの子!?」

Ⅾ子が涙目になりながら叫びます。

「落ち着けよ!とにかく二階に行くぞ!」

さすがに怖いなどと言ってる場合でもなく、すぐに廊下に出て階段を駆け上がっていきました。

「おーい、○○ちゃん!」
「◯◯!いい加減にしてよ!出てきなさい!」






みなⅮ妹へ呼び掛けながら階段を進みますが、返事はありません。
怪談を上り終えると、部屋が二つありました。どちらもドアは閉まっています。
まずすぐ正面のドアを開けました。
その部屋は外から見たときに窓があった部屋です。中にはやはり何もなく、Ⅾ妹の姿もありません。

「あっちだな」

私達はもう一方のドアに近付き、ゆっくりとドアを開けました。
Ⅾ妹はいました。
ただ、私達は言葉も出せずその場で固まりました。




その部屋の中央には、下にあるのと全く同じものがあったのです。
鏡台とその真前に立てられた棒、そしてそれにかかった黒い後ろ髪。
異様な恐怖に包まれ、全員茫然と立ち尽くしたまま動けませんでした。

「ねえちゃん、これなぁに?」

不意にⅮ妹が言い、次の瞬間とんでもない行動をとりました。
彼女は鏡台に近付き、三つある引き出しの内、一番上の引き出しを開けたのです。

「これなぁに?」

Ⅾ妹がその引き出しから取り出して私達に見せたもの…それは筆のようなもので「禁后」と書かれた半紙でした。
意味がわからずⅮ妹を見つめるしかない私達。
この時、どうしてすぐに動けなかったのか、今でもわかりません。




Ⅾ妹は構わずその半紙をしまって引き出しを閉め、今度は二段目の引き出しから中のものを取りだしました。
全く同じもの、「禁后」と書かれた半紙です。
もう何が何だかわからず、私はがたがたと震えるしか出来ませんでしたが、D子が我に返りすぐさま妹に駆け寄りました。
Ⅾ子はもう半泣きになっています。

「何やってんのあんたは!」

妹を厳しく怒鳴りつけ、半紙を取り上げると引き出しを開け、しまおうとしました。
この時、Ⅾ妹が半紙を出した後すぐに二段目の引き出しを閉めてしまっていたのが問題でした。
慌てていたのかⅮ子は二段目ではなく三段目、一番下の引き出しを開けてしまったのです。
ガラッと引き出しを開けたとたん、Ⅾ子は中を見つめたまま動かなくなりました。
黙ってじっと中を見つめたまま、微動だにしません。

「ど、どうした!?何だよ!?」

ここでようやく私達は動けるようになり、二人に駆け寄ろうとした瞬間、ガンッ!!と大きな音をたてⅮ個が引き出しを閉めました。
そして肩より長いくらいの自分の髪を口元に運び、むしゃむしゃとしゃぶりだしたのです。




「お、おい?どうしたんだよ!?」
「Ⅾ子?しっかりして!」

みんなが声をかけても反応が無い。ただひたすら、自分の髪をしゃぶり続けている。
その行動に恐怖を感じたのかD妹も泣き出し、ほんとうに緊迫した状況でした。

「おい!どうなってんだよ!?」
「知らねえよ!何なんだよこれ!?」
「とにかく外に出てうちに帰るぞ!ここにいたくねえ!」

Ⅾ子を三人が抱え、私はⅮ妹の手を握り急いでその家から出ました。
その間もⅮ子はずっと髪をびちゃびちゃとしゃぶっていましたが、どうしていいかわからず、とにかく大人のところへ行かなきゃ!という気持ちでした。
その空き家から一番近かった私の家に駆けこみ、大声で母を呼びました。




泣きじゃくる私とD妹、汗びっしょりで茫然とする男三人、そして奇行を続けるⅮ子。
どう説明したらいいのかと頭がぐるぐるしていたところで、声を聞いた母が何事かと現れました。

「お母ぁさん!」

泣きながらなんとか事情を説明しようとしたところで母と私と男三人を突然ビンタで殴り、怒鳴りつけました。

「あんた達、あそこへ行ったね!?あの空き家へ行ったんだね!?」

普段見たこともない形相に私達は必死に首を縦に振るしかなく、うまく言葉を発せませんでした。

「あんた達は奥で待ってなさい。すぐみんなのご両親に連絡するから」

そう言うと母はⅮ子を抱き抱え、二階へ連れていきました。
私達は言われた通り、私の家の居間でただぼーっと座り込み、何も考えられませんでした。それから一時間ほどはそのままだったと思います。
みんなの親たちが集まってくるまで、母もⅮ子も二階から降りてきませんでした。
親達が集まった頃にようやく母だけが居間に来て、ただ一言、「この子達があの家に行ってしまいました」と言いました。
親達がざわざわとしだし、みんなが動揺したり取り乱したりしていました。




「お前ら!何を見た!?あそこで何を見たんだ!?」

それぞれの親達が一斉に我が子に向かって放つ言葉に、私達は頭が真っ白で応えられませんでしたが、何とかA君とB君が懸命に事情を説明しました。

「見たのは鏡台と変な髪の毛みたいな…あとガラス割っちゃって…」
「他には!?見たのはそれだけか!?」
「あとは…何かよくわかんない言葉が書いてある紙…」

その一言で急に場が静まり返りました。
と同時に二階からものすごい悲鳴。
私の母が慌てて二階に上がり数分後、母に抱えられて降りてきたのはⅮ子のお母さんでした。
まともに見れなかったぐらい涙でくしゃくしゃでした。

「見たの…?Ⅾ子は引き出しの中を見たの!?」

Ⅾ子のお母さんが私達に詰め寄りそう問い掛けます。

「あんた達、鏡台の引き出しを開けて中にあるものを見たか?」
「二階の鏡台の三段目の引き出しだ。どうなんだ?」

他の親達も問い詰めてきました。




「一段目と二段目は僕らも見ました…三段目は…Ⅾ子だけです…」

言い終わった途端、Ⅾ子のお母さんがものすごい力で私達の体を掴み

「何で止めなかったの!?あんた達友達なんでしょう!?何で止めなかったのよ!?」

と叫びだしたのです。
Ⅾ子のお父さんや他の親達が必死で押さえ

「落ち着け!」
「奥さんしっかりして!」

となだめようとし、しばらくしてやっと落ち着いたのか、Ⅾ妹を連れてまた二階へと上がっていってしまいました。
そこでいったん場を引き上げ、私達四人はB君の家に移り、B君の両親から話を聞かされました。




「お前達が行った家な、最初から誰も住んじゃいない。あそこにはあの鏡台と髪の為だけに建てられた家なんだ。オレや他の親御さん達が子供の頃からあった。あの鏡台は実際に使われていたもの、髪の毛も本物だ。それから、お前達が見たっていう言葉。この言葉だな?」

そう言ってB君のお父さんは紙とペンを取り、「禁后」と書いて私達に見せました。

「うん…その言葉だよ」

私達が応えると、B君のお父さんはくしゃっと丸めたその紙をごみ箱に投げ捨て、そのまま話を続けました。

「これはな、あの髪の持ち主の名前だ。読み方は知らないかぎりまず出てこないような読み方だ。お前達が知っていいのはこれだけだ。金輪際あの家の話はするな。近づくのもダメだ。わかったな?とりあえず今日はみんなうちに泊まってゆっくり休め」

そう言って席を立とうとしたB君のお父さんにB君は意を決したようにこう聞きました。

「Ⅾ子はどうなったんだよ!?あいつは何であんな……」

と言い終わらない内にB君のお父さんが口を開きました。




「あの子の事は忘れろ。もう二度と元には戻れないし、お前達とも二度と会えない。それに…」

B君のお父さんは少しだけ悲しげな表情で続けました。

「お前達はあの子のお母さんからこの先一生恨まれ続ける。今回の件で誰あの責任を問う気はない。だが、さっきのお母さんの様子でわかるだろ?お前達はもうあの子に関わっちゃいけないんだ」

そう言って、B君のお父さんは部屋を出て行ってしまった。
私達は何も考えられなかった。
その後どうやって過ごしたのかもよくわからない。
本当に長い1日でした。




それからしばらくは普通に生活していました。
翌日から私の親もA達の親も一切この件に関する話はせず、Ⅾ子がづなったかもわかりません。
学校には一身上の都合となっていたようですが、一ヵ月程してどこかへ引っ越してしまったそうです。
また、あの日私達以外の家にも連絡が行ったらしく、あの空き家に関する話は自然と減っていきました。
ガラス戸などにも厳重な対策が施され中に入れなくなったとも聞いています。
私はA達はあれ以来一度もあの空き家に近づいておらず、Ⅾ子の事もあってか疎遠になっていきました。
高校も別々でしたし、私も三人も町を出ていき、それからもう十年以上になります。
私が大学を卒業した頃ですが、Ⅾ子のお母さんから私の母宛てに手紙がありました。
内容はどうしても教えてもらえなかったのですが、その時の母の言葉が意味深だったのが今でも引っ掛かっています。

「母親ってのは最後まで子供の為に隠し持ってる選択があるのよ。もし、ああなってしまったのがあんただったとしたら、私もそれを選んでたと思うわ。それが間違った答えだとしてもね」




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