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2022年01月04日

姉さんそれはタラちゃんじゃないよ C

サザエ「……大丈夫よ。タラちゃん……大丈夫だからね」

どうやら姉さんがタラちゃんを気遣う言葉をかけているようだった。
どこか抑揚を無くしたようなその声に、僕は少しだけ違和感を覚える。

サザエ「大丈夫だからね、すぐに良くなるわよ、すぐに……」

僕の頭の中には、姉さんがタラちゃんに添い寝をしてあげている微笑ましい光景が浮かぶ、ほんの二年前には当たり前だったその光景。

サザエ「ほらね、こうやって悪い所を……」

頭が痛いと言っていたから、撫でてあげているのだろうか。
たとえ全て姉さんの頭の中で作られた話であっても、当たり前な親子の会話が部屋の中で交わされている。
だけど次の瞬間、頭に浮かんだ微笑ましい親子の図は音もなく崩れさった。

サザエ「痛いところ全部……とってあげるからね」

プチプチと何かを引きちぎるような音が聞こえてきた。
とってあげる、とはいったいなんのことだろう。
縫いぐるみを我が子と思い込んでいるはずの姉さんが、いったいなにをしているのか。
僕の頭の中で警報がなる。早くこの場を離れろ、と。
さもなくば見てはいけないものを見てしまうぞ、と。だけど僕はその場から動けなかった。

サザエ「ほら……これが悪いのよ」
サザエ「悪い物を詰められて……痛かったでしょう?」
サザエ「可愛いタラちゃんに針を刺して……こんなことを……」
サザエ「可哀相に……可哀相に……うっうぅ……」

見られていたのだ。
ワカメが縫いぐるみを直していたところも全部。
僕の背中が、凍り付いてしまったかのような嫌な感覚が広がった。

サザエ「うっううぅう……」

部屋の中からは姉さんの嗚咽の混じった声が聞こえてくる。
僕は相変わらず一歩も動かないままに、部屋の襖を凝視していた。
その時、不意に肩を叩かれ僕はヒッと情けない、声にもならないような短い悲鳴を漏らした。

ワカメ「お兄ちゃん? 何やってるのよ、こんなところで」
カツオ「ワ、ワ、ワカメ……」

いつもの調子で話し掛けてくるワカメに、僕は震える声でようやく答えた。
頭の中では姉さんに気づかれてしまったのではないかということでいっぱいで、一秒でも早くこの場から立ち去りたかった。

ワカメ「母さんにこれを姉さんの部屋にって頼まれたのよ」

ワカメの手の中には水とお粥の乗った盆があった。母さんが、姉さんに縫いぐるみに食べさせるように、と作ったものだろう。

ワカメ「そこ、開けてお兄ちゃん」
カツオ「……」

僕は瞬時に返事を返すことが出来なかった。
ワカメはまだ知らない、姉さんがさっき僕らの部屋を覗いていたということを。
この部屋の中で起きているであろう事を。
開けてはいけない、そんな予感が頭に渦巻く。
だけどいつの間にか止まっていた姉さんの嗚咽に、先程の声の現実感が薄らいでいた。
中にいるのは僕の姉さんだ。それは紛れもない真実。
姉さんの部屋の襖を開けることにどんな危険があるものか。
僕は、静かに襖を横に引いた。

ワカメ「姉さーん! こ、……」

一歩先に部屋へ踏み出したワカメ、その足が止まった。

カツオ「ワカメ?」

僕は固まってしまった妹を押しのけるように姉さんの部屋を覗きこむ。

カツオ「姉さん……?」

ワカメ「いやあぁあああ!」

ワカメが悲鳴を上げると手に持っていた盆をひっくり返しながら、その場から走り去った。
僕は何も反応することができずに、姉さんの事をただ眺めていた。
部屋中に散乱する白い綿。
縫いぐるみにぎゅうぎゅうに詰められていたそれを全て引きずり出したようだ。
抜け殻のようになった布を抱きしめていた姉さんが虚ろな目でこちらを眺めていた。

サザエ「……」

なにやら懸命に口を動かす姉さんに、初めは何かを話しているのかと思ったけれど、違ったようだ。
中身の抜けた縫いぐるみを持ったのとは逆の手を口元に運ぶ。その手には綿が一掴み握られていた。
姉さんはそれを食べていたのだ。


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