2022年04月07日
クソデカ羅生門2
原文
下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。
従って、合理的には、それを善悪のいずれに片付けてよいか知らなかった。
しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。
勿論、下人は、さっきまでの自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。
そこで、下人は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。
そうして聖塚の太刀に手をかけながら、大股に老婆の前へ歩みよった。
老婆が驚いたのは云うまでもない。
老婆は、一目下人を見ると、まるで弩にでも弾かれたように、飛び上った。
クソデカ文章
大馬鹿で学のない下人には、勿論、何故糞老婆が死人の髪の毛を抜くか本当に一切わからなかった。
従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいかマジでまったく全然知らなかった。
しかし馬鹿下人にとっては、この豪雨の聖夜に、このクソデカ羅生門の真上で大死人のぬばたまの髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に絶対に許すべからざる世界最低の悪の中の悪であった。
勿論、クソアホ下人は、さっきまで自分が、世界一の大盗人王になる気でいた事なぞは、とうの昔に忘れきっていたのである。
そこで、下人は、両足に剛力を入れまくって、超いきなり、大梯子の三千輪(約一万二千メートル)上へ飛び上った。
そうして世界最高の名刀と謳われる聖柄の大太刀を手にかけながら、超大股に老婆のど真ん前へ歩みよった。老婆が死ぬほど驚いたのは云うまでもない。
老婆は、一目下人を見ると、まるで攻城弩にでも弾かれたように、天高く飛び上がった。
原文
「おのれ、どこへ行く。」
下人は、老婆が死骸につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵った。
老婆は、それでも下人をつきのけて行こうとする。
下人はまた、それを行かすまうとして、押しもどす。
二人は死骸の中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。
しかし勝敗は、はじめからわかっている。
下人はとうとう、老婆の腕をつかんで、無理にそこへじ倒した。
丁度、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
クソデカ文章
「おのれ。どこへ行く。」
最強下人は、雑魚老婆が大死骸全てに無様につまずきまくりながら、可哀想なくらい慌てふためいて逃げようとする行手を完全に塞いで、こう罵りまくった。
糞老婆は、それでも神速で巨大下人をつきのけて行こうとする。
剛力下人はまた、それを絶対に行かすまいとして、ものすごい力で押しもどす。
二人は巨大死骸のまん真ん中で、しばらく、完全に無言のまま、つかみ合った。
しかし勝敗は、宇宙のはじめから誰にでも完全にわかっている。
下人はとうとう、老婆の腕を馬鹿力でつかんで、無理にそこへ叩きつけるようにねじ倒した。
丁度、軍鶏も脚のような、本当に骨と皮ばかりの細腕である。
原文
「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞ。」
下人は、老婆をつき放すと、いきなり、太刀の鞘を払って、白い鋼の色をその眼の前へつきつけた。
けれども、老婆は黙っている。
両手をわなわなふるわせて、肩で息をきりながら、眼を、目玉がのそとへ出そうになるほど、見開いて、唖のように執拗く黙っている。
これを見ると、下人は始めて明白にこの老婆の生死が、全然、自分の意思に支配されていると云う事を意識した。
そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。
後に残ったのは、ただ、ある仕事をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。
そこで、下人は、老婆を見下しながら、少し声を柔らげてこう云った。
「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ。今時分この門の上で、何をして居たのだが、それを己に話しさえすればいいのだ」
クソデカ文章
「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ」
下人は、老婆を全力でどつき放すと、いきなり、大太刀の鞘を瞬間的に払って、白いミスリル鋼の芸術品のように美しい色をその眼の前へつきつけた。
けれども、極悪老婆は完全におし黙っている。
両手をわなわな高速でふるわせて、強肩で息を切りながら、眼を、眼球がまぶたの外へ完全に飛び出そうになるほど、ありえないくらい見開いて、唖のように執拗く黙っている。
これを見ると、最強下人は始めて明白にこの糞老婆の生死が、全然、自分の完全なる自由意志にまったく支配されていると云う事をめちゃくちゃ意識しまくった。
そうしてこの超意識は、今までけわしく燃えさかっていた巨大憎悪の心を、いつの間にか絶対零度まで冷ましてしまった。
後に残ったのは、ただ、ある大仕事をして、それが超円満にめちゃくちゃうまく成就した時の、人生最高の安らかな得意と大満足とがあるばかりである。
そこで、有能下人は、老婆をはるか高みから見下しながら、少し声を柔らげてほとんど聞き取れないほどの超早口でこう云った。
「己は検非違使の庁の役人などでは断じてない。今し方この巨門の真下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけまくって、どうしようと云うような事は神仏に誓って絶対にない。ただ、今時分この巨大門の真上で、何をして居たのだが、それを己に話しまくりさえすれば最高にいいのだ。」
原文
すると、老婆は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとその下人の顔を見守った。
その赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。
それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。
細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。
その時、その喉から、鴉の啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、鬘にしようと思うたのじゃ。」
下人は、老婆の答が存外、平凡なのに失望した。
そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一しょに、心の中へはいって来た。
すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。
老婆は、片手に、まだ死骸の頭から奪った長い抜け毛を持ったなり、蟇のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりずつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料に買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せぬば、餓死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせぬば、餓死をするじゃて、仕方なくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
老婆は、大体こんな意味の事を云った。
クソデカ文章
すると、糞老婆は、超見開いていた眼を、構造的にありえない形で一層大きくして、じっとその下人のブッサイクな気持ち悪い巨大な顔を見守った。
まぶたの超赤くなった、狂暴肉食最強鳥のような、めちゃくちゃ鋭い眼で見まくったのである。
それから、本当に醜い皺で、ほとんど、鼻と一つになったタラコ唇を、何か金剛石のごとく硬い物でも噛んでいるかのように動かした。
極細い喉で、針のように尖った喉仏の動いているのが見える。
その時、その喉から、凶鴉の啼くような汚い声が、喘ぎ喘ぎ、下人の大耳へ伝わって来た。
「この髪を抜いてな、この髪を抜いてな、巨大鬘にしようと思うたのじゃ」
天下無双の無敵下人は、老婆の答が存外、めちゃくちゃ平凡なのに自殺したくなるくらい本当に失望した。
そうして極限まで失望すると同時に、また前の強烈な殺意を内包した本気の憎悪が、氷のように冷やかな侮蔑と一しょに、心の中へ大量にはいりって来まくった。
すると、その超メチャメチャ剣呑な気色が、先方へもテレパシーのごとく完全に通じ倒したのであろう。
雑魚老婆は、片手に、まだ大死骸の頭から奪いまくったバカ長い抜け毛を大量に持ったなり、蟇のつぶやくようなクソ小声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、死人の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう滅茶苦茶に悪い最低の事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在わしが今、髪を抜いた女などはな、八岐大蛇を四寸ばかりずつ切って干したのを、干巨大怪魚だと云うて、太刀帯の陣へ売りに往んだわ。大疫病に五回かかって死ななんだら、今でも毎日売りに往んだ事であろう。それもよ、この女の売る干巨大怪魚は、味が頬が落ちるほど本当によいと云うて、太刀帯どもが、絶対に毎日欠かさず菜料に買いまくっていたそうだな。わしは、この女のした事が人類史に残るほど悪いとはまったく思うていぬ。せぬば、とてつもなく苦しい餓死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も、超悪い事とは全然思わぬぞよ。これとてやはりせぬば、超苦しい餓死をするじゃて、マジ仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その本当に仕方がない事を、よく知っていたこの極悪女は、大方わしのする事も大目に見まくってくれるであろ」
老婆は、大体こんな意味の事を超早口で云った。
原文
下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。
勿論、右の手では赤く頬に膿を持った大きな面皰を気にしながら、聞いていたのである。
しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。
それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。
そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕まえた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。
下人は、餓死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。
その時のこの男の心もちかた云えば、餓死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。
クソデカ文章
巨大下人は、大太刀を瞬きの間に鞘におさめて、その大太刀の美しい柄を左の手でおさえながら、死ぬほど冷然として、この話を聞いていた。
勿論、右の手では、メチャメチャ赤く頬に膿を大呂に持った超大きな面皰を気にしまくりながら、聞いているのである。
しかし、これを聞いている中に、下人の史上空前に邪神な心には、あるクソデカい勇気が生まれて来た。
それは、さっきクソデカい門の真下で、この腑抜けカス男には全く欠けていた勇気である。
そうして、またさっきこの馬鹿でかい門の真上へ瞬間的に上って、この老婆を人間離れした動きで捉えた時の勇気とは、全然、完全に反対な方向に動こうとするデカ勇気である。
下人は、超苦しい餓死をするか大盗人王になるかに、まったくの一瞬たりとも迷わなかったばかりではない。
その時のこの最低男の心もちから云えば、苦しい苦しい餓死などと云う事は、ほとんど考える事さえ出来ないほど、意識の完全な外に追い出され倒していた。
原文
「きっと、そうか。」
老婆の話が完ると、下人は嘲るような声で念を押した。
そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を面皰から離して、老婆の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、己が引剥をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、餓死をする体なのだ。」
下人は、しばやく、老婆の着物を剥ぎとった。
それから、足にしかみつこうとする老婆を、手荒く死骸の上へ蹴倒した。
梯子の口までは、僅かに五歩を数えるばかりである。
下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。
しばらく、死んだように倒れていた老婆が、死骸の中から、その裸の体を起こしたのは、それから間もなくの事である。
老婆はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ燃えている火の光をたよりに、梯子の口まで這って行った。
そうして、そこから、短い白髪を倒にして、門の下を覗きこんだ。
外には、ただ、黒洞々たる夜があるばかりである。
下人の行方は、誰も知らない。
クソデカ文章
「きっと、そうか」
老婆の話が完ると、下人はメチャメチャ嘲るような声で念押しに押した。
そうして、一〇〇〇〇足前へ出ると、不意に右の手を面皰から七尺離して、老婆の襟上を神速でつかみながら、噛みつくようにクソデカい声でこう云った。
「では、己が完全引剥をしようとまったく恨むまいな。己もそうしなければ、二時間後に餓死をする体なのだ」
韋駄天の異名をとる下人は、目にも止まらないほどすばやく、老婆の着物を完全に剥ぎとった。
それから、丸太のように太い足にしがみつこうとする老婆を、超手荒く死骸の上へ蹴飛ばし倒した。
梯子の口までは、僅に五千歩を数えるばかりである。
下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、マジでまたたく間に死ぬほど急な梯子を夜のドン底へかけ下りた。
しばらく、まさしく死んだように倒れていた糞老婆が、巨大死骸の中から、その全裸のあまりに醜すぎる体を起こしたのは、それから本当に間もなくの事である。
老婆やつぶやくような、うめくようなクソうるさい声を立てながら、まだ太陽のように燃えさかっている火のまばゆい光をたよりに、梯子の口まで、えげつないスピードで這って云った。
そうして、そこからびっくりするほど短い白髪を倒にして、クソデカ門の真下を覗き込んだ。外宇宙には、ただ黒洞々たる極夜があるばかりである。
下人の行方は、マジで誰も全然知らない。
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