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2012年01月19日

十三月の翼・5(天使のしっぽ・二次創作作品)







 木曜日。2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                    ―薄闇―


 そこは、廃ビルの屋上。
 荒れ果ててはいたけれど、空が近く、大気が澄んでいて素敵だった。
 夜空には満天の星と、この間より少し太った三日月が浮かんでいる。
 「綺麗。」
 そう呟いて、手にしたメイプルパンをはむっと頬張る。モグモグと咀嚼し、ウクンと飲み込む。
 鼻をくすぐる、樹蜜の香り。余計な香料や甘味料が入っているのは気に食わないが、それでも懐かしい故郷の香りに近いものがある。
 もう一口。モグモグ、ウクン。
 この固形物を飲み込むという感覚も、自分にとっては新鮮だ。何しろあの頃の自分は、液を飲む事や何かを噛む事は出来ても、固形物を呑み込む事は出来なかったから。
 はむはむ、モグモグと食べてあっという間にモノはなくなる。
 指についた蜜をぺロリと舐めて、そのままゴロンと横になった。
 真っ直ぐに天を仰いだ瞳に、満天の星が移り込む。
 綺麗。とても綺麗。
 星々の真中で、太めの三日月が偉そうに輝いている。まるで、大勢の家来に傅かれる太っちょの王様の様。
 綺麗。
 何の障害物もない屋上を、生暖かい夜風が通り過ぎる。
 いい気持ち。
 でも。でもきっと。
 ご主人様といっしょなら。ご主人様の腕の中なら。
 この世界はもっと綺麗。
 この世界はもっといい気持ち。
 でも。
 自分の願いがかなったら、またあそこに戻らなきゃいけない。
 あそこには、何もない。
 空も。
 星も。
 風も。
 そして、メイプルパンも。
 月はあった。でも、”アレ”はそうであってそうではない。
 眉を潜める。
 ちょっと、困った。
 でも、すぐに思い直す。
 大丈夫。
 ご主人様が一緒ならどんな所だって、素敵な場所になる。
 大丈夫。ご主人様さえいれば、何もかも。
 ご主人様さえ。
 ご主人様だけ。
 幸せの時を夢見て、少女はクスクスと笑った。

 
 眠る悟郎の額によく絞った濡れタオルを乗せると、アユミはほっと溜息をついた。
 枕元に置かれたスタンドの常夜灯の灯りを頼りに、悟郎の顔を覗き込む。見たところ、苦しそうな様子はない。それを確認すると、アユミはもう一度、溜息をついた。
 悪夢の場から家に帰りつき、共にいたアカネが床につくのを見届けると、悟郎自身も崩れる様に床に臥してしまっていた。
 熱が、出ていた。
 突然の凶事によるショックと疲労、そして件の悪魔の妖気に中てられたせいだとユキは言っていた。
 「悪魔・・・。」
 アユミはその言葉を、もう一度反芻する様にポツリと口にした。
 何故、そんなものが悟郎の前に現れたのか。
 何故、かくも悟郎に執着するのか。
 それは、ユキにも分からないという。
 ただ確実なのは、その「悪魔」とやらの目的が悟郎である事。
 そして、その達成の為に手段を選ぶ気配はないという事。
 悪魔という言葉を聞いた時、それは堕天使のことではないのかとアユミは問うた。
 堕天使とは天使の身でありながら、天界に反旗を翻しその咎によって追放もしくは自ら地に下った者達の事。
 彼らは地をさ迷いながら、今も天界への反撃の好機を虎視眈々と狙っているという。
 確かに、人間の書物では堕天使は悪魔の別称として使われている。
 だがしかし、ユキはそれも否定した。
 堕天使は堕ちたとはいえ、それは単に普通の天使とは価値観やその信念に違いが生じたというだけの事。
 例えて言えば、人間が宗教観の違いから争うの同じ様なもの。
 つまり、その存在理念のは普通の天使と何ら変わることはなく、最初からそういう存在として生まれるとされている「悪魔」とは、全く異なる存在なのだと。
 例えどんなにいがみ合いそっぽを向き合ったとしても、結局同じ茎に咲いた花は、同じ花なのだ。
 その答えに、内心アユミは失望していた。
 もし、件の存在が堕天使と同義のものであれば。
 例え道を違えているとは言え、元は同じ天使。
 ひょっとしたら、話し合うことも可能ではないかと思っていた。
 敵意を捨て、誠心誠意で向き合えば、分かり合うことも出来る筈。
 そう、思いたかった。
 どんな形であれ、争いなど自分たちの望む所ではないのだから。
 けれどそんなかすかな望みも、今の現実には通用しないらしい。
 知らずの内に、また溜息が漏れる。常夜灯だけの、薄暗い部屋。
 闇は、心を陰に偏らせる。
 護れるだろうか。
 そんな不安が、ゆっくりと、しかし確実に心を染めていく。
 ふとその視線を、自分の手に向ける。
 薄闇に浮かぶ、白く細い自分の手。
 じっと、見つめる。
 守護天使にも、人とは違う能力は確かに備わってはいる。
 けれど、それらの多くは決して戦闘向きのそれではない。腕力に至っては、それこそ人間の少女と大差ない。
 聞けば、相手は周囲数キロの範囲に渡って外界との関わりを完全に立ち切る程の結界を張ったらしい。
 手にした毒刃は汚れに強い筈の天使の身体を易々と侵し、少なくとも体格的には大差のなかったアカネを一方的に蹂躙した。
 それも何の躊躇もなく、まるで幼児が捕らえた蝶の翅を千切りとって遊ぶ様に。
 つう、と冷たい汗が一筋、アユミの額を滑る。
 怖い、と思う。
 その身に秘められた異能や膂力もさることながら、対する相手の命に何の価値も見出さない様なその心が。
 護れるだろうか。
 御主人様を。
 今の生活を。
 家族達を。
 メガミの域にまで到達したユキならば、対抗することは十分に可能だろう。
 しかし今、ユキはもうこの場にいない。
 位が上がるということは、それに伴う責任がより広く、重くなるという事。
 今のユキには、導き、護らねばならない多くの天使達がいる。
 メガミとしての使命が、彼女が現世に留まる事を許してはくれない。
 何かあれば必ず駆けつけると言い残しながら、めいどの世界に戻る際の苦渋に満ちた顔。
 それが、アユミの脳裏に浮かぶ。
 甘えることは、許されない。
 分かっていた事である。
 決意していた事である。
 ユキが、メガミへの昇格を決心した時から。
 その決意を、心からの賞賛を持って支持した時から。
 自分が、その穴を埋めねばならぬと。
 自分が、皆の支えにならねばならぬと。
 頬を滑った汗が、ポタリと開いた掌に落ちる。
 弱い心の具現たるそれを、握り潰す様にぐっと手を握り締めた。
 爪が食い込み、痛みを感ずる程に。
 強く。
 強く―
 でも、心に染み込んだ不安は消えない。
 まだ見ぬ悪魔の、嘲笑が聞こえた様な気がする。
 自分の手が、こんなにも小さくか弱い事。
 それを、アユミは今更の様に知った。

                                                     
 「アユミさん?」
 不意にかけられた声に、アユミははっと我に帰った。
 振りかえると、開いた戸口にランが立っていた。
 「あ・・・ランちゃん、どうしました?」
 「そろそろ、交代の時間ですよ。」
 小声でそう言って、ランはニコリと微笑む。
 見れば、何時しか時計の針は午前2時を指している。確かに、先に取り決めた交代の時間だった。
 「本当・・・。時が立つのって、早いものですのね・・・。」
 「後はランが看ていますから、アユミさんは少し休んでください。居間にミルクティー、煎れてきましたから。」
 「すいません・・・。それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ。」
 そう言ってランに微笑みを返すと、アユミはそっと腰を上げた。
 部屋を出る前に、入れ替わりで悟郎の側らに腰を下ろしたランに尋ねる。
 「そういえば・・・アカネちゃんの様子は、どうですか?」
 「大丈夫です。ミドリちゃんやモモちゃんが、付きっきりで看ていてくれていますから・・・。」
 そう言って、ランは心強そうに笑った。


 薄暗い寝室から明るい居間に出ると、その光量の差に一瞬目が眩んだ。
 アユミは眼鏡を外し、目をこする。にじむ涙をふき取って、眼鏡をかけ直し、改めて居間に視線を向け―
 固まった。
 光に慣れた目に飛び込んできたもの。
 それは、目にも鮮やかな浅黄色の羽織と刻みこまれただんだら模様。
 側らに掲げられた旗には、朱で誠一文字―ではなく、「ご主人様・LOVE!!」の文字が書き込まれていた。
 「な・・・?な・・・??」
 凄まじい虚脱感に襲われ、思わず壁に手をついたアユミ。
 そんな彼女を見て、件の羽織に身を包んだミカが不思議そうに声をかけた。
 「アユミ、何してんの?」
 「・・・そ・・それは・・こちらの台詞ですわ・・・。」
 今にも崩れ落ちそうな身体を渾身の力でもって立て直すと、アユミは引きつった顔で問いかけた。
 「ミ・・ミカちゃん・・・一体、何ですの・・・?その恰好は・・・?っていうか、その旗は何処から・・・?」
 「何って・・・。見てわかんない?新〇組のコスチューム。」
 そう言ってから、ミカは何処かデザインに間違いでもあったかと自分の恰好をしげしげと見直す。
 「い、いえ・・・。そうではなくて・・・何だってそんな恰好・・・。」
 「だって、ミカ達はこれから謎の敵からご主人様を御守りしなきゃいけないのよ?そして、この装束は、かつて迫り来る時代という強大な敵から、主君を護らんと戦った誇り高き志士達の決断の証し!!今のミカ達にピッタリじゃない?」
 そう言って胸を張るミカの姿に、アユミは頭を抱える。
 (ミカちゃん・・・歴史ドラマの見過ぎですわ・・・。)
 大体、こんな珍妙な形で引き合いに出されては、近藤サンも土方サンも浮かばれまい。
 そんなアユミの苦悩も何処吹く風と、ミカはその瞳を期待に輝かせながらアユミににじり寄る。
 「とゆーわけで、アユミもどう?気合入るわよ!」
 「・・・遠慮させていただきますわ・・・。」
 「え〜〜!!何でぇ〜?」
 これ以上事態を悪化させたら、近藤サンが全十隊引き連れて、めいどの世界に殴り込みを仕掛けてくるかもしれない。 めいどの世界を池〇屋の二の舞にする訳にはいかないので、アユミは丁重にお断りする。
 ミカは事の外残念そうだが、めいどの世界の平和には代えられないので諦めてもらうしかない。
 と、居間の戸がガラリと開いて元気の良い声が響いた。
 「ミカ姉ちゃん、ただいま――!!」
 「おうちのまわりのパトロール、おわったぉ――!!」
 「異常なしなの――!!」
 「こら、声が大きい!!ご主人様達、起きちゃいますよ!?」
 「・・・へ?」
 その声に振り向いたアユミの目に飛び込んできたのは、大小五つの浅黄羽織。ルルに至っては、ご丁寧に件の旗を手に掲げている。
 書き刻まれた「ご主人様・LOVE!!」の文字が、妙に誇らしげに揺れていた。
 ・・・めいどの世界の門の前で、剣呑な顔で刀を構える近藤サン達の姿が見えた様な気がした。
 「あ、あれ?どうしたの?アユミさん?」
 トドメを刺され、ヘナヘナと崩れ落ちたアユミにツバサが声をかける。
 「・・・何だって・・・タマミちゃんや、ツバサちゃんまで・・・」
 「え・・・あ、いや、これ?あ、あはは、何て言うかその、つい、ノリで・・・。あは、あははは・・・。」
 「・・・はぅ・・・。」
 床に突っ伏したままのアユミの耳には、威勢のいいミカの声が聞こえてくる。
 「見廻りご苦労!!しかし、ナナ隊士!!」
 いきなりビシッと指を突きつけられたナナが驚いて、「きをつけ」をする。
 「ミカのことは「隊長」って呼ぶように言っていた筈だが!?」
 「あ、あやや、そうだった。ゴメン。ミカねえ・・・じゃなくてミカ隊長。」
 「よろしい!!以後、気をつける様に!!」
 ・・・ノリノリであった。
 「・・・なんか・・・真面目に悩んでたのが・・・馬鹿らしくなってきましたわ・・・。」
 人生と、それに連なる全てに疲れた様な声でそう呟くと、アユミはふらりと立ち上がる。
 「あら?何処いくの?ミルクティー、冷めちゃうわよ?」
 ミカの問いに、戸口に向かいながら答える。
 「ちょっと、顔を洗ってきますわ。・・・ところで、ミカちゃん・・・。」
 「ん?何?」
 「新〇組の幹部の呼称は、「隊長」ではなくて「組長」、でしてよ・・・。」
 「へ?」
 一同、目が点。
 「・・・ミカ姉ちゃん、間違えてたの・・・?」
 「カッコわるいぉ・・・。」
 ルルとナナが、容赦なくジト目で睨みつけてくる。
 「い、いや、それはそのぉ・・・ちょ、ちょっとアユミィ〜〜!!」
 恨みがましいミカの声を無視して、アユミはふらふらと洗面所に向かった。
 ・・・当然、自分の背を見送るミカの顔がほっとした様な笑みを浮かべた事に気づく筈もなかった。


 「あら、アユミさん。どうしました?」
 洗面所で、タオルを濡らす水を換えに来たランと行き合った。
 「ええ、ちょっと顔を洗いに・・・?どうしました?わたくしの顔に何か・・・?」
 洗面器を抱えたまま、じっと顔を見つめてくるランに、アユミは怪訝そうな顔をする。
 「あ、いえ。ただ、お顔、いつものお顔に戻ったなぁって思って・・・。」
 「・・・は?」
 訳が分からないと言った様子のアユミに、ランはただ嬉しそうに微笑むだけだった。


 ―悟郎は、夢を見ていた―
 微熱のもたらす、気だるい、けれど何処か甘ったるい陶酔に浮かされ。
 どろりとした意識の澱みに、その身をゆだね。
 ゆらりゆらりと、漂いながら。
 ―悟郎は、夢を見ていた―


 ミ――ンミンミンミンミンミンミンミンミンミ――・・・ ミ――ンミンミンミン・・・
 遠くで、蝉が鳴いていた。
 夢の中で、悟郎は今の自分よりも低い視点で世界を見つめていた。
 目の前には、そんなに高くはないけど低くもない、そんな感じの木が生えている。
 そこから木の枝が一本、悟郎の頭の上に迫り出ていた。
 その先には、一本の針金が巻きつけられている。
 鉤状に曲げられたその先端には薄桃色の、テラテラとした塊が吊り下げられていた。
 そして、小さな悟郎は時折風にプラプラとゆれるその塊を一心不乱に見上げていた。
 否。
 正確には、見つめていたのは、その塊にとり付いた、小さな小さな、黒い点。
 カシカシ・・カシカシ・・・
 小さな音が聞こえる。
 薄桃色の塊にとり付いた、小さな黒い点が小刻みに動く。その度に、そんな何かを梳る様な音が微かに、ほんの微かに響く。
 カシカシ・・カシカシ・・・
 その音に耳をすましながら、小さな悟郎は、小さな視界で、その小さな黒点を見つめていた。
 「今日も、来てるね。」
 すぐ傍で、鈴の震える様な声が、そう言った。
 「よっぽど気に入ったんだね。悟郎君の作ったお食事場。」
 いつのまにか、隣に少女が立っていた。
 (・・・誰だっけ・・・?)
 とてもよく知ってる筈なのに、思い出せない。
 名前も。顔も。
 その顔を見ようとするのだけれど、悟郎よりも高い位置に在るそれは、夏の日差しに遮られてよく見えない。ただ、背の半ばでサラリと流れる、艶やかな黒髪だけが見て取れた。
 と、薄桃色の塊にとり付いていた黒点が、ヒュッと飛び立った。クルクルと螺旋を描き、そのままヒュンと悟郎の顔の前をかすめて行く。
 一瞬で網膜に焼き付く、墨塗の輝きと、そこに刻まれた白磁の線。そして―
 フィイ・・ン・・・
 流れ遠ざかる、涼やかな羽音。
 (この羽音・・・。)
 「綺麗な羽音だね・・・。」
 悟郎の思考を遮る様に、少女が呟く。
 「そうだ。ねぇ、悟郎君。」
 少女が不意に腰を屈め、悟郎の顔を覗き込んだ。
 「あの子に、名前をつけてあげよう。悟郎レストラン一番のお得意様にさ。」
 「・・・・・・!!」
 少女の言葉を聞きながら、悟郎はただ呆然と、自分を覗き込む少女の顔を見つめていた。
 髪の色こそ、白ではなく黒だけど。
 瞳の色こそ、琥珀色ではないけれど。
 目の前で、優しく、微笑むその顔は・・・。
 「そうだねぇ・・・。あの子の名前は・・・」
 少女の口が、その言葉を紡ぐ。
 悟郎が頷くと、少女は嬉しそうに笑った。
 ―蝉が、鳴いていた。


 「・・・。」
 飛び起きた悟郎は、呆けた瞳で薄暗い自室の光景を眺めていた。
 側らで、疲れてしまったのだろう。ランが律儀に座ったまま、コックリコックリと船をこいでいた。
 そんな姿を愛しく思いながら、時計を見る。
 午前四時。
 ひどく寝汗をかいていたが、不思議と身体は冷えていた。
 頬に水滴が流れる感触。何気なく拭って、それが汗ではないことに気づく。
 ―泣いていた。
 とても、懐かしい夢だった。
 とても、嬉しい夢だった。
 とても、悲しい夢だった。
 そして、何が懐かしいのか、分からなくて。
 何が嬉しいのか、分からなくて。
 何が悲しいのか、分からなくて。
 それが悲しくて、泣いた。
 側らの少女を起こさない様に、声を出さずに、泣いた。


 窓に朝の光が差し始め、初夏の気配をはらみ始めた空気が静かに活気付いてゆく。
 ―何処かで、蝉が鳴き始めていた。



                                   続く
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