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2012年07月26日

十三月の翼・20(天使のしっぽ・二次創作作品)







 木曜日。隔週掲載、2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 今回から、過去のストック分だった前回に新しく書き足していく形になります。
 故に文体や表現等に多少の違和感が生じるかもしれません。どうぞ御了承ください。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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  想う人がいる。
 自分の全てを。世界の全てを。
 代価にかけて、尚愛しいと想える大事な人が。
 だけど。
 終りが来る。
 十年後か。五十年後か。明日か。一秒後か。
 何時かは分からないけど。何時かも知れないけど。
 確かに。間違いなく。
 終りの、時が。
 泣いても。怒っても。祈っても。抗っても。
 積み重ねてきた時も。紡いできた絆も。育て合った想いも。
 そんな事は、ものは。何の意味も、価値も、無いとばかりに。
 冷淡に。冷酷に。不条理に。
 “終り”に全てを、攫われる。
 そんな、日が。
 “それ”が言う。
 行く事が出来ると。その大事な人と。終わりの無い所へ。
 その人と、永久に添い遂げられる場所へ。行く事が出来ると。
 そう。
 “それ”以外の、全てを代価に奉げて。

 ―わたしは、何と答えるのだろう?

 “YES”?
 “NO”?

 迷うことなく。揺れることなく。狂うことなく。
 言えるだろうか?
 選べるだろうか?

 ―そこまで強く、あれるだろうか?―



                    ―閑話休題―


 深い、海の底の様に深い、藍色の空。折れそうなまでにやせ細った月が、その天辺で頼りなさ気にユラユラと揺れていた。
 夜半も過ぎた丑三つ時。
 眠りを知らない都心とは違い、この辺りはまだ夜の眠りを覚えている。周囲に人の気配も灯りもとうになく、所々に点在する街灯だけが、夜色の帳の中に淡く頼りない光の残滓を点々と塗りつけていた。
 そんな眠りの静寂にまどろむ街並みを高台から見下ろしながら、ランは一人ベランダに佇んでいた。
 生暖かい、夏の夜風がベランダを通る度、艶やかな緋色の髪がその夜風に泳ぐ。それを右手で軽く押さえながら、物憂げな視線を昏く沈む街の光景に彷徨わせる。
 彷徨わせながら、思いを馳せる。
 この街の何処かにいる筈の、彼の存在に向かって。
 まだ、会ってはいない。その存在を視止めてはいない。けれど、感じる。確かに。明確に。その気配を。その、存在を。
 見渡すこの街の。何処かに。
 「眠れないの?」
 「きゃっ!?」
 静寂の中、不意に背後からかけられた声に、ランは思わず驚きの声を上げた。
 「しっつれいねぇ?お化けか悪魔にでも会ったみたいな声出して・・・・・・。」
 振り返った視線の先で、淡い藤色のラビットヘアが揺れる。
 半分開け放ったままの戸口に、夜着姿のミカが憮然とした表情で立っていた。
 「どうしたのよ?こんな時間に。夜更かしはお肌に悪いわよ?」
 そう言いながら、ミカがランの隣に並ぶ。手入れの行き届いた髪から香るシャンプーの香りが、夜風に乗ってフワリと舞った。
 「ちょっと、眠れなくて・・・。そう言うミカさんこそ、どうしました?」
 「ん〜?ミカもね、ちょ〜っと、目が冴えちゃってね。」
 「まぁ、ミカさんでも、そんな事があるんですね?鬼の撹乱でしょうか?」
 「そうよね〜。自分でもビックリ・・・ってあんたねぇ!!」
 「あはは、ごめんなさい。」
 「ホントにもう・・・。ミカの温室栽培の薔薇の如き繊細さを何だと思ってんのよ。最近、アユミに毒されてるんじゃないの?」
 そうやって、一しきり軽口を叩き合うと、ミカは欄干に頬杖をつく様にして身体を預けた。そのまま、先刻までのランの様に夜の街に視線を泳がせる。
 それにつられる様にして、ランも再びその視線を彼の方向に向ける。
 しばしの沈黙。
 「・・・で、」
 「?」
 傍らからかけられた声にランが視線を戻すと、頬杖をついた姿勢のまま、ミカがその視線をこちらに向けている。
 ひどく、真剣な眼差しだった。
 「・・・・・・?」
 普段のイメージにはそぐわない、真摯な瞳。それに見つめられ、ランは戸惑う。
 そのランに向かって、ミカは続ける。
 「何を、考えてた訳・・・?」
 「え・・・?」
 「眠れなくなる位、何を考えてたのって訊いてんの?」
 向けられた瞳が、探る様にランの瞳を見つめる。
 「な、何ですか?急に・・・?何もそんな、考えるなんて、別に・・・。今はただ、目が冴えちゃっただけで・・・だから・・・」
 あからさまに狼狽するその様子に、ミカは堪らず吹き出した。
 「あはは、あんた、誤魔化すのほんっとに下手ねぇ。見てて気の毒になるわ。」
 「・・・むぅ・・・。」
 ふくれるランに妙に艶っぽい笑みを向けながら、ミカは言う。
 「・・・当ててみる?」
 「・・・え?」
 その言葉に、思わずミカの顔を見る。瞬間、その瞳から笑みが消え―

 「『悪魔の考えに共感してしまうなんて、ランは守護天使失格です』とか?」

 はっきりと、口にした。
 「―――っ!!?」
 ビクリと息を呑み、身を竦ませたランを見て、苦笑いを浮べる。
 「図星?ま、当たらずとも遠からずってとこかしらねぇ?」
 「う・・・あ・・・」
 ランの顔から、見る見るうちに血の気が引いてゆく。
 「あ・・あの、ランは・・・ランは・・・」
 しばらく答えに躊躇する様に口ごもり、そして、
 「・・・思い、ました・・・。」
 肯定した。
 「アカネちゃんの話を聞いて、その“娘”の事、間違ってるとは思ったけど、“否定”出来ませんでした。それどころか・・・」
 搾り出す様に、言葉を吐き出す。
 「羨ましいと・・・思いました。」
 「・・・・・・。」
 「そこまでご主人様の事だけを考えられるなんて・・・他の事を何も考えないで、ただご主人様だけを見ていられるなんて・・・そして何より、"ご主人様を自分だけのものにする術を持ってる"なんて・・・羨ましいと、思いました・・・。思ってしまいました・・・。」
 そこまで言うと、ランは自嘲するかの様にクスリと笑った。
 「最低ですよね・・・。本当にミカさんの言うとおりです・・・。守護天使の資格なんて・・・でも・・・」
 そこまで言って、言葉に詰まるかの様にうつむいてしまう。
 「思いませんか・・・?もし、ラン達が・・・自分がその娘と同じ立場だったら、どうしたろうって・・・。」
 「・・・・・・。」
 問いに、答えは返ってない。しかし、ランは構わず続ける。
 「ご主人様と離されて、おそばにいたいのに、いれなくて、届かなくて・・・それがやっと、手の届く所にまで来て・・・」
 欄干を掴む手が震える。その事を想像するだけで、心がねじ切れる様な思いがした。
 「駄目なんです・・・!!」
 血を吐く様に、ランは叫んだ。
 「ランには、ランにはどうしても否定出来ないんです!!その娘の想いが、やろうとしている事が・・・!!」
 欄干を掴む手に力がこもる。痛いほどに、握りしめる。
 「いいえ、そもそもその娘とラン達に、どんな違いがあるんですか!?その娘も、ラン達も、持ってる想いは同じです!!ただそれを、表に出すか出さないかの違いだけ・・・!!ランだって、ランだって何度・・・!!」
 己の中の澱を吐き出す様に、ランは叫び続ける。
 「・・・ユキさんがあの時言った言葉の意味、今ならよく分かります・・・。」
 はぁ、と溺れる様に息を継ぐと、いつか聞いたその言葉をなぞる。
 「・・・悪魔は天使の反存在、自分達の闇に向かい合う、その覚悟はあるか・・・?」
 うつむいていた顔を上げ、天をのぞむ。
 「あの娘は、ランの、ラン達の影です。あの娘を否定する事はラン達自身を否定する事・・・。」
 そして、その視線を今度はミカへと向ける。
 「・・・どうすればいいんでしょう・・・。ランは、あの娘を否定できません・・・。でも、でもこのままじゃあの娘はご主人様を連れていってしまう・・・。それは、それは絶対に嫌!!ねえ、ミカさん、ランは、ランは一体どうすれば―え?」
 目の前いっぱいに、ミカの手。
 そして―
 バチコーン!!
 「きゃう!?」
 おでこに強烈なデコピンを受け、ランは派手に仰け反った。
 「全く、何をうじうじ考えてるかと思えば・・・。」
 おでこからしゅーと煙なぞ上げながら、ピクピク痙攣しているランに向かって、ミカは溜息をつく。
 「あのガキンチョ小悪魔が、ミカ達の影ぇ?それがどーしたって言うのよ?」
 「・・・は?」
 叱咤でもなく軽蔑でもない。かけられた言葉のあまりにも軽い調子に、ランは肩透かしでも食らった様にポカンとする。
 「ご主人様の事だけ考えていたい?ご主人様を自分だけのものにしたい?そんなの、当たり前じゃない。」
 「あ、あの、ミカさん?」
 「ミカなんか転生してからこの方、24時間365日一分一秒休まず、そう思ってるわよ?あんた、違う訳?」
 「え?あ?その・・・きゃ・・・!?」
 答えに困るランの頭を、ミカの手がグシャグシャと撫でる。
 「あんまり物事、小難しく考えてると脳みそ病んじゃうわよ。それこそ、あのガキンチョ小悪魔みたいに。」
 「ミカさん・・・。」
 クシャクシャになった髪を整えながら自分を見るランに向かって、ミカは胸を張る。
 「自信持ちなさい。ミカ達はなんで守護天使になったの?ご主人様へのご恩を、想いを叶えるためでしょ?なら、ご主人様の事を一番に考えるのは当然。何も間違っちゃいないわ!!」
 微塵のおくびも見せず、キッパリと言い放つ。
 そんなミカを見て、ランはクスリと笑う。
 「強いんですね。ミカさんは・・・。」
 「あったりまえじゃない!!伊達に18年、想ってきた訳じゃないわよ!!20年?はん、その程度の年月差、想いの密度で余裕カバーよ!!守護天使舐めんなっての!!それからね、」
 どうどうと啖呵を切りながら、びしぃっと人差し指をランに突きつける。
 「あのガキンチョと、ミカ達の想いが一緒ってのも、あんたの見当違い!!」
 「・・・え?」
 「確かに、ご主人様を自分だけのものにって思うのは当然だけど、それはあくまでご主人様の幸せが大前提!!違う!?」
 「は・・・はい!!」
 「なのに、あいつはそんなの関係ないって言う!!そんなのただのガキンチョのわがままと変わりなし!!よって考慮の余地なし!!」
 背後に、ドドーンという擬音効果でも貼りたくなる様な勢いで断言するミカ。その様に、ランは羨望に近い思いを抱く。
 「もう一度言うわよ?矜恃を持ちなさい!!ミカ達は守護天使、ご主人様の優しさから生まれた存在。そんなミカ達が、あんなガキンチョ小悪魔と同じな訳もないし、負ける訳もないの!!分かった!?分かったなら、返事!!」
 「は、はい!!」
 ミカの気迫に押され、思わず返事をするラン。しかしその後、急にプッと吹き出した。
 「何?」
 「いえ、ミカさん、矜恃なんて難しい言葉、知ってたんだなって思って。」
 「あーそうよねぇ。ミカもビックリ・・・ってぬわんですってぇえええ!?」
 凄味を効かせてそう言うと、ミカはランに飛びかかり、その米神をグリグリする。
 「い、痛い痛い!!止めてくださいー!!」
 「えーいっ!!やかましい!!年上のお姉様を小馬鹿にする様な奴は、こうよこうよこうよー!!」
 そうやって、ひとしきりじゃれ合うと、不意にミカが真顔になって囁いた。
 「・・・守るわよ。ご主人様。絶対に・・・。」
 「・・・はい。」
 その言葉に、ランはうなずく。その瞳に、もう迷いはなかった。
 「・・・と言いつつ、それはそれ、これはこれよねー!!」
 言いながら、再びランの米神をグリグリ。
 「きゃー!!もう止めてくださいー!!」
 「まぁ、そう言わずに。ここか?ここがえーのんかー?」
 「誰かー!!助けてー!!」
 細く欠けた月の下、少女達のじゃれ合う声は、いつまでもいつまでも響いていた。


                                                         
                                      続く
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