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2012年05月24日

十三月の翼・16(天使のしっぽ・二次創作作品)







 木曜日。2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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 中国やベトナムに生息する、「マンダリーナ」と呼ばれる蛇がいる。
 非常に美しい色彩を持つ蛇で、その道の愛好家達の間では観賞用として珍重される。
 しかしその性質は酷く繊細で、特に野生個体は飼育下に置くと、その環境の違いに重いストレスを受けてしまう事が多く、長期生存させる事が非常に難しい。
 しかし、この蛇を卵の時から人工的に孵化させた場合、話は違ってくる。
 人の庇護下で生まれた幼蛇は、自分達の親が拒絶した“飼育下”という環境を、至極当然と受け入れる。普通に餌を食べ、育ち、代を重ねていく。
 業界内において、前者はWC(“ワイルド・コート”の略。野生採集個体の意。)、後者はCB(“キャプティブ・ブリード”の略。飼育繁殖個体の意。)と呼ばれて区別され、その市価においても結構な差を持って扱われる。
 野生に生まれた親と、人の庇護下で生まれた子供。
 同じ種でありながら、その性質は各々が生まれついた環境によって、正反対と言っても良い程の差異をそこに生ずる。
 そしてこれは、何も例に上げた様な、飼育下という人為的干渉の元でのみ起こる事でもない。
 例えば、ある孤島に生息する「シマヘビ」の一群は、本土に生息する同種に比べて著しく巨大化する事が知られている。
 この島には、本来シマヘビが主食とする鼠や蛙の類が一切住んでいない。代わりにいるのは、この島を営巣地とする海鳥だけである。したがって、ここに住むシマヘビ達はこの海鳥を餌資源として利用するしかない。
 つまり、身体の大きな海鳥の雛や卵を餌として利用するため、この島のシマヘビ達は「巨大化」という特異性を、種としては後天的に持ちえるに至った事になる。
 これに類する例は、その対象の種類に関係なく、世界のあちこちで数多く見受けることが出来る。
 生誕環境の差異による、生活生理の個別化。
 それは、自然下において、常に環境の変化に晒されて来た生命が、その逆境の中でも血を絶やす事無く、存続させていくために進化と淘汰の末に勝ち得た能力の一つなのである。

 ―メガミ書房出版、『詳説・生き物の生理・生態』より抜粋― 
                    

                        
                   ―夜天会合―


 暗く澱んだ、闇の舞台。
 黒一色の、夜天の天幕。
 照明代わりに浮かんだ、血色の望月。
 それからこぼれる、朱色のスポットライト。
 その中で、二つの色が揺れている。
 片や白銀。片や黄金(こがね)。
 降り注ぐ月明かりの中で、キラキラと輝き合うその色は、自分達の主達同様、対となり、まるでお互いにダンスの相手を誘うかの様に、フワリユラリと揺れている。
 「うれしぃなぁ。まさか、あなたの方から訪ねて来てくれるなんて思わなかった。」
 満面の笑みを浮かべ、白銀の少女が嬉しげに黄金(こがね)の少女―アカネに語りかける。
 まるで、親しい友人の不意の来訪を喜ぶ様に。
 「でも、いいのぉ?一人で来ちゃって。ここじゃあ、わたしに虐められても助けてくれるお姉さま達、いないよ?」
 両手を後ろで組み、タン、タン、とステップを踏む様な足取りで、少女はアカネに近づく。
 「あ、それともあなた、ひょっとして、そういう趣味?口では嫌がってても、本当は、虐めて欲しいとか?」
 無邪気な顔で言いながら、アカネの直ぐ前に立った少女が、その顔を覗き込んだ。少女の背丈はアカネのそれより拳一つ分低い。自然と小首を傾げ、見上げる様な格好になる。
 「いいよぉ?お望みなら、御相手してあげる。わたしも、“そういうの”は結構好きだし・・・」
 と、少女がそこまで言った時、
 「・・・そういう悪趣味な冗談、好きじゃない・・・!!」
 拒絶の意志を込めた声が、少女の戯言を切って捨てた。
 少女の方は、「ちぇ、ノリ悪いの・・・。」などと言って、まるで我侭をきいて貰えなかった子供の様に頬を膨らませた。
 「・・・さっき、救急車とすれ違った・・・。」
 そんな少女に構おうとはせず、アカネは一方的に切り出す。
 「その救急車の中から、あなたの妖気が、気配が流れてた。一体、どういう事!?」
 「・・・救急車?あぁ、“あれ”のことかなぁ?」
 しばし考えた後、少女がはたと思い当たったと言う風に、ポンと手を打つ。
 「さっきさぁ、お馬鹿な退魔師に絡まれたのさね。あんまりウザッタいもんだから、ちょっと、ね?」
 そう言って、目の前の虚空を、鶏の首でも縊るかの様な手付きでキュッと締める。
 「退魔師・・・。まさか、佳織さん!?」
 アカネの顔から、血の気が引く。
 「・・・人間を、傷付けたのか!?何てことを・・・!!」
 「可笑しな事言うね?手を出して来たのはあっち。やり返して、何が悪いの?」
 自分に向けられる、アカネの憤りと嫌悪も露わの表情。それに少女は一瞬、本当に訳がわからないといった顔をし、その後苦笑いと共に肩を竦めた。
 「天使(あんた達)の理屈に当てはめないでくれるかな?わたしは悪魔なんだよ?悪魔にそんな博愛精神求めるなんて、そもそもナンセンスだと思わない?」
 そう言って、その顔に例の歪んだ三日月の様な笑みを浮かべる。
 「わたしはご主人様以外の人間なんて、どうでもいい。干渉してこないならほっとくし、もし邪魔をするなら、排除するだけ。その結果がどうなろうがも、わたしの知ったこっちゃない。」
 その言葉が、アカネの顔により深い険を浮かばせる。
 「・・・そんな考え方じゃ、あなたは永遠にご主人様の側には行けない。」
 意識したのだろう、わざとらしい程に冷淡な響きを持って紡がれた言葉に、少女がピクリとその目を細めた。
 「・・・ご主人様は、そんな事を望まない。あの人は優しい人。例え、どんな理由があったって、誰かが傷付くことも、不幸になる事も、絶対によしなんてしない人!!だから―」
 少女を見つめる瞳が、険しさを増す。
 「平気で他人を傷付けて、挙句それを知った事かなんて言う様な奴に、この世界でご主人様の側にいる資格なんて、ない!!」
 突き放す様に告げる。
 けれど―
 「だから、何?」
 少しの揺らぎもなく、平然と返る声。その顔にはあいも変わらず、冷たく澄んだ色が浮かぶ。
 「何度も言わせないで。それはあくまで、“天使(あんた達)”の理屈。わたしはただ、ご主人様が欲しいだけ。この世界での資格?そんなもの、それこそ、関係ない。」
 と、その言葉を聞いたアカネが、その顔に一瞬、言い様のない影を落とした。そして、
 「・・・やっぱり、そう言う事・・・。」
 「・・・?」
 不意に漏らされたその呟きに、少女がキョトンとした顔でアカネを見つめる。
 歳相応に無邪気なその顔を、アカネは黙って見つめ返した。
 しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはアカネだった。
 「・・・今日、学校の図書館で見つけた本の中に、載ってた話・・・。」
 「・・・は?」
 何の脈絡もなく始まった話。少女が首を傾げるが、アカネは構わずに続ける。
 「中国だか、ベトナムだかに棲んでる蛇の話・・・。すごく神経質で、人間に飼われると、長生き出来ない・・・。だけど、卵の時から人の手で育てると、同じ蛇なのに、平気で飼育下で育つ様になるんだって・・・。」
 アカネの言葉に察するものがあったのか、少女の眉根がピクッと動く。
 「・・・それが?」
 「・・・それを読んでる内に、この間のあなたの話を思い出した・・・。」
 そう言うと、アカネは記憶を手繰り、少女のかつての言葉をなぞり始める。
 「・・・人間みたいな陰陽両得の生き物は、「陽」と「陰」、それぞれの生活の場に重きを得る側に合わせて、「調整」される・・・。人間が“陰”の気に対して過剰反応するのは、“調整済み”な分、逆方向への変化に対して脆くなるため・・・。」
 確認する様なアカネの言葉に、少女は黙って相槌を打つ。
 「じゃあ、訊くけど・・・」
 「・・・。」
 「その“調整”っていうのは、いつ、決められるんだ?」
 「――。」
 問いに返って来たのは、ただ沈黙だけ。
 アカネは構わずに、続ける。
 「読みながら、気がついた。あの本に乗っていた事は、そのままこの事の縮図・・・。あの話にあなたの話を当てはめれば、蛇が人間、そして、陰と陽は野生下と飼育下・・・。」
 「・・・。」
 紡がれ続けるその言葉を受けるのは、ただただ、沈黙。時折吹き抜ける風音だけが、アカネの声にささやかな色を添える。
 「・・・それは、生まれる前から決められてるものじゃない・・・。それに、絶対の形で決められてるものでもなくて・・・。だから、“調整”なんて表現を使う・・・。」
 「・・・。」
 相変わらず、声に出しての応答はない。
 それでも、アカネは感じていた。この沈黙に含まれた、自分の言葉に対する肯定の意志を。
 だから、アカネは言葉を続ける。
 「・・・生まれたばかりの赤ちゃんは、何にも染まっていない。真っ白な画用紙みたいなもの。そこから、自分の生きる場に合わせて、ゆっくりとその色に自分を染めていく・・・。逆に言えば、生まれたばかりのその状態なら、生き物はどちらにも“転べる”んだ・・・。それこそ、その生まれで、野生と人の手のどちらにも転ぶ、あの蛇みたいに・・・。」
 そこまで言って言葉を区切ると、アカネはその視線を目の前の少女に向ける。
 少女は何時の間にか、傍らのベンチにチョコンと腰を下ろし、アカネの言葉に耳を傾けていた。
 その風情はまるで、幼い妹の取り止めのない話に付き合う姉を思わせる。
 と、少女がほんの少し顔を上げ、「どうしたの?」と訪ねた。
 「続けなよ。そこからが、本題でしょう?」
 揺れる前髪の間、細まった眼窩から覗く、深く冷たい琥珀の輝き。その穏やかな表情とは裏腹の、氷の錐の様なそれが見下ろすアカネの視線とかち合う。
 ゾクリ
 途端に、背筋を貫く悪寒。
 肌を流れる汗が、一瞬で冷たいものに変わる。
 目眩の様に心が揺らぎ、思わずこの場に背を向け、逃げ出そうという衝動が襲う。
 けれど。
 ギリッ
 唇を噛む。
 鈍い響きと痛み。口の中に広がる、鉄錆の味。
 それらが、萎えかけた心に再び火を入れる。
 顔をしかめて飲み下すと、アカネは震える足にありったけの力を込めて、踏み止まった。
 大きく、息を一つき。そして再び言葉を紡ぎ始める。
 「あなたは言った・・・。ご主人様を“連れて行く”、それだけが、望みだって・・・。それなら・・・」
 眼下で、少女の銀髪が涼しげに揺れている。
 「・・・話自体は、凄く、簡単。あなたが、あなたの望みを果たすのに、越えなきゃならない問題は、たった一つだけ・・・。」
 「「―ご主人様が、真っ白な赤ちゃんじゃないって事―」」
 唱和。
 「・・・。」
 「・・・。」
 沈黙。
 そして、
 「・・・一度染め上げられた布に、その上から重ねても、綺麗な色には染まらない・・・。」
 言いながら、少女がヒョイと顔を上げる。
 「綺麗に染め直そうと思ったら、もう一度、真っ白に戻さなくちゃね・・・。」
 低い位置からアカネを見上げる、氷色(ひいろ)の琥珀。
 月明かりの下、深く、冷たく光るそれが、立ち尽くすアカネの姿を映しとり、夜風に揺らぐ水鏡の様にユラユラと揺れた。

 
                                           続く
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