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2021年06月09日

大統領失格(六月五日)



 日本の参議院と同じで、しばしば不要論が登場するチェコの上院だが、下院や政府から独立して機能しているので、特に議員の構成が下院と大きく異なっている場合に、独自の活動で存在感を示すという点では、廃止しても何の問題もなさそうな参議院とは違っている。去年の夏のビストルチル上院議長を代表とする議員団の、政府の反対を押し切っての台湾訪問も、その活動の一つである。

 そんなしばしば独自の活動でチェコの政界を揺るがす上院がまたやってくれた。上院の安全保障委員会が、ミロシュ・ゼマン大統領について、大統領の職責を果たせる状態にないと言う決議を出したのである。一番の理由はロシアの特殊部隊の工作員がかかわっていたとされるブルビェティツェの弾薬倉庫爆発事件についての反応だろうが、チェコの大統領としてそれでいいのかといいたくなるような言動が増えているのは確かである。
 この上院の安全保障委員会の決定が、どれだけの法的な拘束力を持っているのかは不明だが、おそらく何の拘束力も持っていない、つまりはこの決定でゼマン大統領が辞職に追い込まれるようなことはないだろう。例によって大統領府の広報官は、選挙に向けた政治的なパフォーマンスにすぎないとか、大統領に対する個人攻撃だとか言って強く批判していた。

 実は側近たちがゼマン大統領の衰えをいいことに、自分たちの都合のいいように操っているという説もあるのだけど、最近の本来は立って望むべき儀式にも座ったままだったり、テープカットの際に右利きのはずなのに左手にハサミを持たされたりしているのを見ると、一期目と比べても衰えたという印象は否定できず、激務であるはずの大統領の職務を果たせないという上院の判断には一理ある。政治的なライバルだったクラウス元大統領は未だ矍鑠としているだけに、衰え振りが目立つという面もある。
 辞任なんかするわけのない大統領を解任する方法があるのかというと、どうなのだろう。法的な規定がないから、上院の反大統領派が大統領の立場をなくして辞任に向けて追い詰めようとしているような印象も受ける。その意味では、大統領側の政治的なパフォーマンスだという上院に対する批判もあながち的外れではない。特に前回の上院議員選挙で野党側、つまりは反ゼマンを標榜する政党の議員が増えて以降、上院は大統領との対立姿勢を強めているわけだし。いや、どちらかと言うと大統領が対立姿勢を強めているといったほうがいいかな。

 ゼマン大統領は、しばしば自分は有権者による直接選挙で選出された大統領だから、これまでの国会議員による選挙で、有権者から見れば間接選挙で選ばれた大統領よりも権限が強いのだと主張している。憲法などにそんな規定はないはずだけれども、大統領選挙の投票率の高さと、国会議員選挙、特に上院議員選挙の投票率の低さ、国会議員により投票では有権者の意向よりも党利党略が優先されたことを考えると、ゼマン大統領の選出にこれまでの大統領の選出よりも有権者の考えが大きく反映されているとは言えそうである。
 問題は、直接選挙で選出された大統領が、投票した有権者たちの支持を失った場合にどうするのかということである。二期目に入って問題を引き起こすような言動の増えたゼマン大統領は、選挙のときに比べると確実に支持者を減らしている。三期目があるなら、その支持者の減少は選挙の敗北となって現れるのだろうが、次の大統領選挙には立候補できないから、怖いものなしである。

 ゼマン大統領の支持によって何とか生きながらえているバビシュ首相の政府と、与党と共産党で過半数を占める下院にゼマン大統領の首に鈴をつけるようなことができるとは思えないから、上院の存在意義が大きくなっている印象である。結局はゼマン大統領は任期を全うして引退ということになるのだろうけれども、野放しにしておくとチェコにとってはろくでもないことになりそうである。
2021年6月6日18時30分。











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チェコとスロヴァキアを知るための56章第2版 [ 薩摩秀登 ]



マサリクとチェコの精神 [ 石川達夫 ]





















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