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2014年06月15日

現代の秘められた政治の裏面史

現代社会を知る上で、政治家の出自とその歴史は、避けて通れない。

忘備録として、下記のブログをメモ _φ( ̄ー ̄ )

*************************************************************************

http://keizaikeizai.seesaa.net/article/323140885.html

麻生  CIA ユダヤ アヘン 石炭 金塊 ヒラリークリントン



こええな。政治の裏は。



ブルームは東京の渋谷区神山町22番地に住居を持ち、
その近所には2007年現在の麻生太郎外務大臣の生家があった。

当時の総理大臣吉田茂は麻生の祖父であり、麻生の家で、
CIA日本支局長ブルームと吉田首相は、
日本の経済成長や米軍駐留の政策について深夜まで話し合った。

やがてブルームは麻生を自宅に引き取り、自分の「後継者」として、
CIA日本エージェント=工作員として育てる。


麻生炭鉱で生産される石炭は良質であり、
そのまま香港に運ばれ日本を攻撃する米軍の燃料として高額で買い取られた。

石炭の代金は、中国で生産されるアヘン=麻薬で支払われた。

当時、日本軍に兵器を売っていた武器密輸商ブルームも、
兵器の代金として日本軍が中国で生産するアヘンを渡されていた。

麻生とブルームのアヘンは、イスラエルのアイゼンベルグとその部下である
右翼の「大物」児玉誉士夫によって金塊に替えられた。

ここに麻生とブルーム、イスラエルのアイゼンベルグの接点=原点がある。

アヘン代金の金塊を用意していたのは、中国のアヘン銀行デューク・ベレラである。

その経営者ニコラス・デュークの部下=マフィア達は、
戦後CIAの実働部隊としてCIAの活動を担う。

またデュークは、米国で黒人を人種差別しリンチにする組織、
悪名高いKKK=クー・クラックス・クランを創立する。

またデュークは、第二次大戦中の中国での麻薬売買により手に入れた莫大な利益で、
KFCケンタッキー・フライド・チキンの経営にも乗り出す。

ブルームに育てられた麻生太郎の経営する麻生セメントは、
戦後イスラエルのセメント会社ラファルジュと合併しその傘下に入る。

ラファルジュの経営者はアイゼンベルグである。

第二次世界大戦中の中国でのアヘン売買組織、麻生=ブルーム=アイゼンベルグが、
戦後そのまま日本=イスラエルのセメント業界ネットワークとなった。

この合併契約書を作成したのが、ラファルジュ顧問弁護士ヒラリー・クリントンである。



「米国がリクルートした中で最も有力な二人のエージェントは、
日本政府をコントロールするというCIAの任務遂行に協力した」

「(そのうちの一人)岸信介はCIAの助けを借りて日本の首相となり、与党の総裁となった」

「岸は新任の駐日米国大使のマッカーサー二世にこう語った。

もし自分の権力基盤を固めることに米国が協力すれば、
新安全保障条約は可決されるだろうし、高まる左翼の潮流を食い止めることができる、と。

岸がCIAに求めたのは、断続的に支払われる裏金ではなく、永続的な支援財源だった。

『日本が共産党の手に落ちれば、どうして他のアジア諸国がそれに追随しないでいられるだろうか』と
岸に説得された、とマッカーサー二世は振り返った」

「岸は、米国側の窓口として、日本で無名の若い下っ端の男と直接やり取りするほうが都合がいい、
と米国大使館高官のサム・バーガーに伝えた。

その任務にはCIAのクライド・マカボイが当たることになった」

(注=CIA側の窓口となったビル・ハッチンソンもクライド・マカボイも
日本共産党が発表した在日CIAリストには載っていない)

http://maiko.cocolog-nifty.com/kuma/2011/11/cia-453c.html

「1958年にアイゼンハワー大統領の命令で、

自民党の選挙資金として1回について20万〜30万ドルの現金が何度もCIAから岸に提供された」
と書かれていた、と証言している
(当時の30万ドルは、当時の為替レートで約1億円、現在では10億円ぐらい)。

アメリカは今も同じ様に世界各国に傀儡政権を作り続けて搾取し続けている。


http://maiko.cocolog-nifty.com/kuma/2011/11/cia-453c.html
posted by ぷちそれいゆ at 07:00| History

2014年06月12日

鎌倉時代に金髪のフリーメーソンの武士がいた!

鎌倉時代、13世紀に描かれた絵巻、「男衾三郎絵詞」 に

金髪の白人らしき武士が描かれています。

busi.png


これは、ネット民は、一度は目にしたことがある絵ではないでしょうか?

busi2.png


さて、この青い帽子をかぶった人物が何者か? という謎ときですが、

彼の帽子は、ミトラがかぶっているフリジア帽子と同じなのです。

太陽神、ミトラをパクってつくったのが、キリスト教です。

ミトラが生まれたのが、12月25日なのです。

日本でキリスト教が広まらないのは、キリスト教が生まれる以前にあった

ミトラ教が弥勒菩薩となって、日本に入ってきているからです。

まがい物の宗教をわざわざ信じる日本人は、少数派なのです。

異形の外国人が三河で暮らしていたのは、海外貿易が盛んだったからでしょう。

青いフリジア帽の白人の隣の武士も似たような帽子をかぶっています。

ミトラ教は、日本へは、弥勒菩薩として伝わっています。

つまり、同じ宗教(ミトラ教=弥勒菩薩)を信仰する仲間と海外貿易をし、

異国人も共に合戦に参加し、東海地方にも住みついていたのでしょう。


*鎌倉時代に金髪の山賊?(1)
http://tokyo-metanoia.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-320d.html


*男衾三郎絵詞
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53980241.html

ミトラ教については、はやし浩司氏の動画がわかりやすいので

ご覧ください。







http://ja.wikipedia.org/wiki/ミトラ教

フリジア帽はミトラ教の帽子

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2010/08/post-fb91.html

mitora.png



このフリジア帽は、あの聖徳太子もかぶっています。

フランス革命の女神、マリアンヌも

フリーメーソンのフリジア帽をかぶっています。

キリスト教の支配体制に対して、ミトラ教はフリーメーソンなどの結社となり、

古代より世界中に散らばっていたのです。

古代ローマでは解放奴隷や船乗りたちもフリジア帽をかぶったと言われていますから、

鎌倉時代の日本にも、ミトラ教を信仰する白人(船乗り?)が渡来していたのではないでしょうか?
posted by ぷちそれいゆ at 06:29| History

2014年06月11日

明治維新の意味とは?

気になった良い記事を...φ(..)メモメモ

『明治維新の意味とは? - マヨの本音』様より引用

http://blog.goo.ne.jp/palinokuni/e/62ada17252b74016eb1e17b728c96f10

<ここから>

2013年01月04日 08時06分33秒 | 世界の支配者の研究

明治維新はどうして起きたのか?

このあたりの話題は盛り上がる話とは思うが、未だに正確に分析できているかは疑問である。

黒船渡来が日本にとって大事件だった事は間違いないことである。

だが、それは日本だけしか見えていないことになる。

それまでの三百年間、日本は曲がりなりにも平和な時代を過ごしていた。

そして平和ボケとなり、たった四杯で夜も眠れずだったといわれるわけだが

、あいにく、日本の情報網はそれほど劣っていたわけではなく、

京都から世界中に草が派遣されており、

アヘン戦争の詳しい状況やアジア諸国での植民地戦争の内容を
日本の支配層は十分に把握していたのだ。


以前少しだけ話をしたが、ジェノバ生まれのキャボットという人がいて、

彼は東インド会社のオーナーであるうえ、モスクワ会社も運営していた。

彼は明らかにフェニキア発のベネチア商人達(つまりD*だね)とは対立していたのだ。

【* D=国際金融屋】

ロシアは当時ロシア正教であり、本来の東ローマ帝国の後継を自称していた。

そのロシアはモスクワ会社の要求に従い、東アジアに不凍港を求め南下政策をとり、

清と条約を結ぼうとしていた。

そのロシアと清は黒龍江のあたりで国境を設定することで合意したものの、

ロシアにとっては物足りない条約で、さらなる南下を企てていた。

(1689年ネルチンスク条約、1858年アイグン条約)

英国やフランスなどのカトリック勢力は上海を拠点とした麻薬貿易で儲けていたが、

こちらはスファラディーユダヤが主力であり、いわゆるマセソン商会(ロスチャイルド)などが中心である。

こちら側から見て、南下してくるロシアはアッシュケナジーユダヤと見て、
大いに脅威を覚えていたのである。

さらに新興大国としてアジアに手を伸ばしつつあった米国は

日本をクジラ漁の中継地点として自分のものにしようと狙っていた。

つまり、鎖国中の日本を*BDEの三つの勢力がほぼ同時に目をつけたのである。

【*B=キリスト教原理主義(戦争屋)、E=プロテスタント(石油屋など)】


何が困ったかといえば、徳川幕府は鴨政府から外交権を授与されていなかったのである。

すったもんだの中で、日米和親条約が交されたが、

日本の所有者が合意していない中、勝手に幕府は条約に調印してしまったのか?

日本の支配者は古来よりDとの関係が深く、表面上はキリシタン禁止だが、

実態はアジア地域でイエズス会とおいしい商売をしていたのである。

当然無断でEと条約を結ぶことは認められない。

ここで、皇室内部でも深刻な内紛が起きていたと見るべきであろう。

いずれにしてもEと条約を交したことに怒ったD陣営が島津、長州などのキリシタン藩を団結させ、倒幕に動く。



さて、日本には三人の天皇がいて、その中の一人はアーリア系を自称している。

つまり、ロシアの南下はアーリア系にとって民族の覚醒を促す恐れも出てくるわけだ。

現にそれらが大本教や河豚計画などを計画してゆくわけだから・・・。

ただ、当時、D、Eはそれほど対立しているわけでもなく、

幕府側に付いたペリー側はDと全面的に争うつもりはなかったようである。

ただし、第一次大戦以降その対立は激しくなり、日本もその真っ只中に放り込まれるのだが・・・。<中略>

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

*注 : コメント欄より

Aは旧陸軍の流れで、現在でも軍関係です。名前は出せません。

Bはブッシュ、ハリマン、ケネディーなどが有名ですが、
黒幕はキャボットやサボイアですね。

基本的にWASPで、現在はシオニストがそれです。

キリスト教右派やモルモン教、キリスト教正教などです。

Cは日本を古代から支配してきた神社・寺社関連で、三人の天皇がいます。日本の所有者でもあります。

Dはシティーやウォールストリートにいる金融業を得意とする派閥で、

ロスチャ、タクシス、ヘッセン、ロイターが有名ですね。

イエズス会やイルミナティーが配下にいます。

基本的にカトリックで、テンプル騎士団から発展したという云い方もできます。

Eはプロテスタントですが、重工業や大量破壊兵器を所有しています。

モルガン、ロックなどもいますが、ローズ、ボストンキャボット・・・かな。

Eは金融に関し正しい考え方を持っています。でも、一番冷酷な気がします。

<ここまで、随所改行>

2014年06月07日

世界に広がる隼人紋のなぞ

世界中の遺跡から、S字型のうずまき模様が発見されています。

日本では縄文土器の模様として知られていますが、

これは、薩摩隼人の隼人紋でもあります。

hayato.png


隼人紋 の グーグルでの検索結果

https://www.google.co.jp/search?q=%E9%9A%BC%E4%BA%BA%E7%B4%8B%E3%81%A8%E3%81%AF&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=npiQU9T0IMXg8AXu5oDgDQ&ved=0CAYQ_AUoATgK&biw=1097&bih=510


* 隼人紋と猿田彦
http://kiyond.blogspot.jp/2010/10/blog-post_14.html


ベトナム ドンソン文化(紀元前300〜紀元100)の遺跡から出土したとされる

青銅製の鐘に鋳込まれている紋様ですが、これは隼人紋と同じなのです。

ドンソン文化の青銅技術を持った民族が日本に入ってきて、

弥生時代の銅鐸を作ったのではないかという説があります。


ツイッターで隼人族を検索すると…




薩摩剣士隼人のヒーローにもしっかりと、隼人紋が使われています。


**********************************************************

続、隈(くま)の話。

http://blog.goo.ne.jp/araki-sennen/e/e53787a220a1b43f06220fed0346d0a1

隼人の楯の呪術的で、南方的な渦巻紋や鋸歯紋は、

縄文の火焔土器のの持つS字、渦巻状の装飾、

口縁部の鋸歯状などの祭祀的な文様を引き継いだものとみえた。

狗呉が列島本来(縄文)を引き継いでいる正統。

そして、その呪術的な文様は、東南アジアの楯にも

悪敵を払うまじないとして使われ、

中国南部の苗族の民族衣装の刺繍の紋様なども同じ類ともみえた。


**********************************************************



と、ところが、はやし浩司氏が、うずまき模様まで、

エイリアン説を動画でおっしゃっていたので、

これは、隼人紋でしょう!と私は感じました。


887+670+882 Mystery of Vikings+Celts
バイキングとケルト人の謎 by Hiroshi Hayashi:

http://youtu.be/fGGA0BNFzrY @YouTubeさんから



この動画のバイキングの「バックル」の推理は、
説得力があり、面白いです。


Jomon.png


上記の渦巻き模様が、隼人族の紋章、隼人紋なのです!

だから、世界中に散らばっていても、何も不思議ではないのです。

縄文時代から、何千年もかけて、世界のあちこちで

隼人族が足跡を残しているのだと、私は考えます。

* 太古のシンボル 渦巻文

http://flora.karakusamon.com/enter/guri.html

渦巻き模様は、縄文土器だけでなく、アイヌやケルトのデザインでも有名です。

アイヌとケルトに伝わる民話も似ていて、おそらく、超古代のルーツが

同じだったのではないでしょうか?

元々、ケルト人は、昔々、中央アジアを馬車で出発して、イギリスにたどりつき、

ローマの侵攻で辺境に追いやられたと言われています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88%E4%BA%BA

だから、ケルト音楽は、東洋的な民謡のような音楽で

初めて聴いたときは、日本の民謡みたいだなぁ〜と感じました。




このライブ演奏の背景にも、ケルトの渦巻き模様があります。(*^^)

***********************************

ケルト音楽の輸入盤CD。 Bretagne & Irlande 

「L'」 をamazonで出品中。

http://twd.ac/YNctHX 

***********************************

地中海のクレタ島の遺跡にも渦巻きデザインは残っています。

宇宙人とは関係なく、人々は、長い年月をかけ、

地球を大移動していたと私は考えます。



はやし氏の動画...

私は実際に、宇宙人はみたことがないので、信じていません。

宇宙人が動画で話をしたら、信じるかもしれませんが…(^_^;)


posted by ぷちそれいゆ at 07:00| History

2014年06月02日

今でも続く長州・薩摩への恨み

アメブロで今は、非公開になっているサイトに

興味深い記事がありましたので、転載します。

ネットの工作員が大挙して彼女のサイトにおしかけて嫌がらせをしたので、

限定公開サイトになってしまったのが、残念です。(-"-)


**********************************************************************

『素美女王のブログ』 より転載

(転載はじめ)

去年安倍ちゃん暗殺予告がありましたが、韓国人・中国人は本当に日本人が嫌いなのでしょうか。

調べてみると、「日本人」が嫌いなのではなく、

正確にいうと、朝鮮人や中国人が恨んでいるのは、「長州人」「薩摩人」のようです。

京都人や大阪人などの関西人も、あまり東京人をよく思っていない人が多いですが、

関西人や朝鮮人、中国人が東京人を嫌う理由を探っていくと、

たどり着いたのが、「東京という街は、薩長人脈で出来ている街」だからなんですね。

朝鮮も中国も、天皇家が偽物だと知っているはずです。

そして、正統な天皇は北朝だとも知っているでしょう。

北朝天皇が正統だと考えている北朝鮮は、

北朝天皇の血筋である横田めぐみさんに子供(金正恩)を産ませたし、

中国は北朝鮮に対して優遇しています。

そして、北朝天皇から南朝天皇にすり替えを行った

薩長の子孫である安倍、麻生には冷たいのです。

安倍ちゃんに対し、中国から祝電が届いていないということからも見受けられます。

もちろん、尖閣問題もあるでしょうけど。

反対に、北朝天皇側である小沢氏に対しては、特別優遇していますね。

そのくらい「天皇の正統性」というのは、アジアの外交面においても、

実は大変重要なキーポイントになっているようです。



さて本題に入り、「明治維新」は、

薩長が300年近くも徳川家に対する関ヶ原の戦いへの恨みから、

幕府から政権を強引に奪ったものです。

薩長は大政奉還を素直に受け入れたのでは徳川幕府と協力せざるを得なくなり、

政権奪取の野望が果たせなくなってしまう為、どうしても幕府を倒した形にしたかったのです。

そのため、西郷隆盛や大久保利通らは、江戸市中で手下に乱暴狼藉を働かせて旗本らを挑発し、

幕府勢の反発を誘引するという謀略を実行し成功させました。

まるで尖閣煽る今の中国に似てますね。

会津藩主松平容保は、徳川家に忠義を尽くすという家訓に従い、

新設された京都守護職を受諾します。

そして、公武合体による政権運営を目指す朝廷と幕府のために、

遠い会津から1000人を超える藩士と共に上洛しました。

会津藩主従は、どの藩よりも純粋に勤皇佐幕の姿勢を貫き、

京都における長州藩による傍若無人な騒乱を静めるために身を粉にして尽くしました。

孝明天皇と徳川慶喜からとても信頼されて、最も頼りにされる存在となったことは当然でした。

なのに、最終的には、薩長から朝敵・逆賊の汚名を着せられ、

日本史上まれにみる残虐さで会津城下を蹂躙されてしまったわけです。

朝敵となるようなことは、何一つしていないにも関わらず。

罪のない者に罪や汚名を着せる現代の検察、最高裁等のやり方は、

この頃からの伝統だったわけですね。

本来ならば、京都御所に大砲を打ち込んだ長州こそ朝敵なのに、「勝てば官軍」。

京都での薩長の非道を知る会津藩の口を封じるために、

藩そのものの消滅を狙ったんですね。

戊辰戦争は起こさなくても良かった戦争だったわけです。

薩長によって作られた明治政府は、

廃藩置県によって旧藩主(約260藩)の権力を奪うと共に、

その抑えとして日本陸軍を創設。

この日本陸軍の誕生が、軍国主義へと進んでいくことになるわけです。

で、今、軍国主義へとせっせと進めているのが、長州人の安倍さんですわ。

総理になって、「女性宮家は白紙」「皇位継承は男系男子」と発言。

天皇が偽物と知ってるでしょうに。

そう、天皇家がなくなってしまうと、

自分達が国民を支配できなくなってしまうから、必死なんですね。

田布施人脈、明治天皇すり替え、ロックフェラーの存在など、

日本の裏側を知ってる人達から見たら、最後の悪あがきをしているかのように見えるでしょうね。

孝明天皇を瞞して、偽勅を出したのは誰か。

天皇の怒りに触れて京都を追い出されたのが、

明治天皇すり替え説でよく使われるフルベッキ写真でおなじみ、「勤皇の志士」だった事実。

京都御所に大砲を打ちこみ、幼なかった後の明治天皇を失神させた者たちが、

勤皇の志士を讃えていたわけです。

自分達で天皇家をぶち壊しておいて、

まるで天皇家を命をかけて守るといわんばかりの薩長人脈たち。

「天皇」という名前を「利用」して、自分達を守っている「似非右翼」…

それが、薩長人脈です。


長州藩は薩摩、土佐などと一緒に討幕軍、官軍の中心となって、幕府側と戦いました。

会津藩は、最後まで徳川幕府側について、

官軍に抵抗して、最後に負かされました。

明治以降になっても、会津出身の人達は「賊軍の子孫」として

いじめや差別にあっていたようです。

薩長軍(明治新政府)は、会津戦争の戦死者を「賊徒」として埋葬を許さず、

このために長期間に渡って放置された死体は風雨に晒され、

鳥獣に食い散らかされる悲惨な状況だったようです。

横たわる死体にはカラスが群がり、首のないもの、袴、褌が脱がされたもの、

中には裸にされ性器を切り取られ口の中に押し込まれているものなども見うけられたそうです。

まるで中国人・韓国人みたいなやり方です。

見かねた庄屋の吉田伊惣冶が戦死者を埋葬した為、

薩長軍に村長職を解かれたそうです。

半年程経ち遺体取り片付けの誓願書が多く寄せられ、

実際には疫病の要因になるという理由からようやく埋葬を許されたが、

死体の処理には藩士や村人を許さず、被差別部落民を使い、

お墓ではなく、罪人塚という形で認められました。

彼らは大きな穴を掘り、遺体をお風呂桶、古棚、莚にぎゅうぎゅうに詰め、

ごみ同然に投げいれる等の扱いされたようです。

薩摩・長州人らの悪さはそれだけでなく、

薩摩・長州の藩兵による会津若松城下での略奪・強姦・虐殺も激しかったそうです。

まるで長州の朝鮮部落出身の小泉純・・・やめておきます。

長州藩士は気性が荒いことで当時から有名であったそうで、

これらの行動は気性よりも薩摩・長州の藩士が心酔していた

儒教・朱子学の思想が強く影響しているそうです。

特に遺体に対する仕打ちは、中国大陸や朝鮮半島で古来行われる

「仇敵の死体に鞭打つ」ものと同一であるそうな。

この後も、明治政府は、降伏した会津藩を藩ぐるみ流刑に処するようにし、

下北半島にやり、斗南藩としました。

藩士たちの暮らしは、赤貧というような生易しいものではなく、

あたらしい藩主容大 (移住のときは生後1年4ヶ月)自身、

衣服にシラミがわくという状態で、文字どおり草根木皮を食べたそうです。

更に、山県有朋を筆頭にした長州閥が、

明治期を通じて会津地方民や会津地方出身者を「朝敵風情が」と侮蔑し、

学界や官界に進んだ会津藩出身者の登用について、

徹底的な妨碍工作を行ったようです。



とまぁ、こんなにひどいことをされてきたならば、恨んで当然です。

長崎・広島の人が原爆を落とされたことへの恨みと同じです。

それなのに、2011年3月11日、福島県で津波被害&原発事故。

そして、皮肉にも、その時の総理大臣が長州出身の管直人氏。

そして今回、長州出身の安倍が総理大臣になり、しかも原発増設と発言。

薄れつつあっただろう(薩長)政府への恨みが、また復活しているのではないでしょうか。

(随所改行、転載おわり)

元≫http://ameblo.jp/sumi-jon/entry-11443059874.html

2014年05月27日

天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密!

はやし浩司 氏の動画が秀逸です!



毎日、動画を1本、ブログで紹介されていますが、

特に、歴史関係の検証・分析が素晴らしいです。

http://d.hatena.ne.jp/hiroshi-hayashi/

500年前、空撮もなかった時代に、

なぜ、ダ・ヴィンチは地図に屋根の上まで、

描くことができたのでしょうか?

ダ・ヴィンチの手書きの地図と空撮写真がピッタリと一致!

こんな魔術が使えたのはなぜ、でしょうか?

はやし氏は、エイリアンの存在を信じておられるようですが、

私は信じていません。(*^^)

だって、誰もエイリアンを実際に写真や動画に撮った人はいないのですから、

信じたくても無理です。

つい先日、元世界銀行の職員だった、カレン・ヒューズさんが動画で

長頭人類(ホモ・カペンシス)について語っていたのですが、

後日、あの話は嘘だったと告白していました。

陰謀論コミュニティを混乱させるために、

工作員たちは、わざと、誤情報を流しているようです。

なぜなら、人々は、一体、何が真実なのか? わからなくなり、

考えるのも面倒になってしまうからです。

はやし氏のエイリアンや長頭人説は、疑問ですが、

古代〜中世まで西欧の歴史もデッチ上げだったという考え方には共感します。


エイリアンの技術でなければ、なぜ、高度な技術があったのでしょうか?

可能性として考えられるのは、2つです。

1.後世の人々が事実をねつ造。

2.支配層が庶民に秘密にしていた高度な技術があった。


私は両方の可能性があると思います。

古代に発掘されたとされる彫像や地図などは、

実際は、後にデッチ上げられたと私は考えます。


たとえば、イギリスのストーン・ヘンジは、

20世紀半ばにクレーンで建設されたモノを古代遺跡だと

人々を洗脳していました。

白人文明の偉大さや優位さをデッチ上げるために、

こんなねつ造をしてしまうのですから、他も推して知るべしです!


古代においても天文の知識は、支配層だけが知っていました。

たとえば、日食の日なども計算して知っていましたが、

呪術に利用され、人々を怖れ、おののかせるのに、

秘密とされていました。

だから、現代でも、庶民には開示されない高度な技術というのは、

存在していると思います。


ダ・ヴィンチは、西欧文明の核となる技術を知っていた人物でした。

それは、魔道師サンから授かったのかもしれません。

だから、私はエイリアンや長頭人説は信じていませんが、

はやし氏の動画は、面白いので見ています。(*^^)

2014年05月13日

♪ フリーメーソンの音楽 ♪

はやし浩司氏の動画が面白いです!(*^^)




たとえば、ベート―ベンの第九ですが、

【 第九交響曲は、キリスト教でいう悪魔を讃える交響曲であった。

  つまりミトラ教を讃える交響曲であった。】 というのです!

フリーメーソン側として、ベートーベンやモーツァルトが音楽で

自由を求めていたのだそうです。

詳しくは、動画をご覧ください。

http://d.hatena.ne.jp/hiroshi-hayashi/

年末になると、第九を日本で歌ったりしますが、

なんでかなぁ〜???と、ずっと、疑問に思っていました。

フリーメーソンの活動の一つとして、第九を合唱していたのですね。

モーツァルトも私は大好きなのですが、

彼のオペラ 「魔笛」 も ミトラ教を下敷きにした物語だったんですね。

知りませんでした! (゜o゜)

ミトラ教は、日本に伝わると、弥勒菩薩になります。

世界の宗教は、すべてミトラ教から始まりました。

キリスト教は、ミトラ教のパクリです。

キリスト教は、それを隠すために、ミトラ教を敵対視し、弾圧しました。

フリーメーソンはミトラ教側で、

キリスト教(バチカン)と対立する歴史が現代まで続いています。


日本でも、キリスト教(イエズス会)の理不尽な支配に対して、

フリーメーソンが対抗勢力になって、財界の基層に広がっているんですね。


ミトラ教は元は、ゾロアスター教(拝火教)で

アフラ・マズダーを最高神としています。

日本にも、弥勒信仰や拝火教も伝わっています。

自動車メーカーの松田【Mazda】は、

アフラ・マズダーに由来しているそうです。

日本でバチカンのキリスト教が広まらないのは、

偽物(パクリ)だと人々は直観的に理解しているからです。


12月25日のクリスマスは、ミトラの誕生日なのだそうです。

キリストは実在の人物ではなく、

ミトラをパクって12月25日に生まれた物語をデッチ上げたのです。

日本で年末に第九を人々が歌うのは、

「ミトラの誕生日だろ〜がぁ!」って、皮肉っているのかもしれませんね...(^_^)

 

2014年05月05日

じっくり学ぼう!日韓近現代史



第34話 創氏改名 強制連行 慰安婦について

真実を 宮脇淳子 氏が語る!

http://youtu.be/K1lbQcRJpYA


⁑ ファンブログで動画のはりつけができるようになったので、

   練習投稿をしてみました。(*^^) 

2014年04月26日

世界最後の謎を解き明かす   ムー大陸探検事典

世界最後の謎を解き明かす ムー大陸探検事典  より転載


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http://xn--pss25cwymizf.net/link8.htm  

アトランティスとムーの戦いはいまだやまず……

ヒトラーの最終指令「失われたラ・ムーの空艇と地下都市を発見せよ!」

探検仮説

1)伝説のアトランティスとは歴史上のアッシリア、ムーとはカーリア(カラ族=原日本人)のことである。  

2)C14年代の1万2000年前は、文献・碑文から明らかになった歴史年代の紀元前687年に相当する。 

3)太古の高度な文明は“バーラタ=トロイ核 戦争”で滅んだ。 

4)この戦争にともなう地軸の変動で太古の宇宙文明が滅んだことが、当時の地下都市に残された碑文などによって確かめられる。 

5) ムー文明は太古日本の宇宙文明であった。 

6)ムー王国は夏・殷・周の名で知られている古代日本の世界王国だった。 

7)世界各地の文明は、日本人の祖先 カラ族が建設した。 

8)日本は地球最初の国家ティルムン(東大国)の継承国家であった。 

9)太古日本の王は世界を治めたー
  そのことは世界各地に残され た日本の神代文字碑文の解読結果から証明できる。

10)太古日本のムー文明が今や21世紀によみがえろうとしている。

世界最後の謎を解き明かす
ムー大陸探検事典
監修:高橋良典
編著:日本探検協会



チャーチ ワードは語るー

「今から一万二〇〇〇年以前に栄えたムー大陸の住民カラ族は、

イースター島からアメリカに植民してカラ帝国をつくると同時に、

インド方面にも植民してナーガ帝国、ウイグル帝国などをつくった」と。

彼の説く「ムー文明」がかつて宇宙規模の広がりをもつ「空艇文明」であったことは、

のちに概説す るとおりだへ第8章参照)。

が、はたして、チャーチワードの仮説に登場するカラ族が

世界各地にムー文明の都市をつくったというのは、

考古学その他の学問から明らかにできる確かな事実 なのだろうか。

この点に関し、地球文化研究所の高橋は、

ムー文明時代のカラ族が世界各地に雄飛していた当時の証拠を求めて、

過去二〇年余り調査を進めてい くうちに、

以下に述べる貴重な手がかりをつかんだ。

つまり、われわれは今のところムー王国の実在を直接的には証明できないが、

『契丹古伝』という稀有の書物に記された東大国と、

そこに登場するカラ族の存在を明らかにすることによって、

間接的にムー王国の実在を証明できるのではないか、という見通しを得たのだ。


証拠1

大いなる『契丹古伝』


今から一〇〇〇年ほど前(九四二年)に遼の史官を務めた

耶律羽之の手に成る王家の書『契丹古伝』は、.

や まとふみししとさつかみすち『耶摩駝記』『氏質都札』

『汗美須鍾』さいせいしようしよひ『西征頚疏』『秘府録』『神統志』

『費みこくししんいんたいき彌国 氏洲鑑』『辰殷大記』『洲鮮記』の

九つの史料をテキストとして編纂されている。

そこには、今日のわれわれが三〇〇〇年の時の流れの中で

転変と流移の果てに 忘れ去ってしまった、

はるか昔の日本人の祖先の歴史が脈々と息づいている。

『契丹古伝』の目的は、建国まもない遼(契丹)の 王家が

みずからの歴史的背景と正統性を明らかにしながら、

漢民族の中原支配に抵抗する周辺諸民族の団結をリードし、

鼓舞するところにあった。

が、同書は結 果的に、われわれ日本人が今となっては入手できなくなった、

『耶摩胎記』をはじめとする八世紀以前の古代史料を駆使することによって、

記紀や他の古史古伝 から洩れてしまった渤海滅亡以前の

高句麗・日本の太古史を明らかにしている。


太古日本の歴史は、その内容があまりにも通説とかけ離れているため、

これまで欧米や中国の学者が流布 してきた世界史の常識に従えば、

全くの空想としか見えない。

が、『契丹古伝』によれば、われわれ日本人と契丹人の共通の祖先である

東大神族の歴史は、過去 三〇〇〇年にわたって

エジプト、シュメール、 インダス、黄河の地を次々に侵略してきたアトランティス人、

つまり漢人として知られる欧米の支配階級アッシリヤ人〜アーリヤ人の手で抹殺され、

改ざんされてきたという。

つまり、われわれがこれまで教わってきた

紀元前の日本と世界の歴史はすべて虚構であり、

われわれの祖先の真実の歴史、カラ族(タル族)と呼ばれてきた

東大神族がかつて地球のすみずみに築き上げてきた輝かしいムー文明の歴史は、

アトランティス人(漢人〜アーリヤ人〜アッシリヤ人)の手で巧妙に流布されてきた

歴史の通説にひそむウソを暴かなければ明らかにできない、

ということを同書は訴えているのである。


はたして、『契丹古伝』に書 かれていることは、

全面的に信頼してよいものか。

そこに記された東大国は本当に紀元前七世紀ころ、

地球の大部分を治めた国だったのか。


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「契丹古伝」は、トンデモ扱いされていますが、

本当にそうでしょうか?

支配層にとって都合の悪い情報は、トンデモ扱いされ、

歴史の闇に葬られてきました。


シュメール、 エジプト、 インダス、黄河などで世界の文明を築いてきたのは、

白人たちではありません。


周辺の蛮族によって、文明国の富は奪われてきました。


平和を愛する文明人(日本人の祖先)は、

世界で最も古い遺伝子「YAP遺伝子」を持ち、

文明の滅亡と共に、大陸を移動してきました。


メソポタミア(中東)、エジプト、ギリシァ、インダス、黄河など、

古代文明が栄えた地は、今、どうなっているでしょうか?


古代文明を築いた血筋の人々が、これらの地に残っていたなら、

今でも、これらの国々は、世界の大国であったでしょう。


世界のあらゆる文明は、日本人の祖先たちが築いてきた

本当の歴史を知るべきではないでしょうか?








2013年03月05日

古代日本は唐に占領された(2)

「ヒエタノアレモコロサレキ」(稗田阿禮も殺されき) 
古代日本は唐に占領された ― 漢字文化に抹殺された眞實 より転載


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http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/848.html


どうやら中国においても、『史記』以前の記録のすり替えが行なわれたことは間違いないようだ。

 いってしまえば、漢の武帝が紀元前一〇八年頃、司馬遷に書かせた『史記』とは、とんでも
ないクワセモノ
ということになる。

 司馬遷は『史記』の執筆中、獄につながれていた。完成後には解放される約束であったにも
かかわらず、まもなく殺されてしまった。

 これはちょうど、『古事記』の編纂に携わった稗田阿礼が、やはり『古事記』完成後に殺さ
れたという事情とよく似ている。

両者は偶然の一致とは思えない。日本の太古史と中国の古い歴史を抹殺しようとした勢力が、それぞれの背後にあったことは間違いない。
 
 
 紀元前の中国史を書き換えた西から来た人≠ニは何か?

 私はその正体を追ってみた。その結果私が得た結論は、さきの『契丹古伝』に記されたとお
りだった。『契丹古伝』が語るところを引用してみよう。
 
   その昔、地球は大異変に見舞われ、恐るべき洪水が発生して、海と陸の形はすっかり変
   わってしまった。

   この異変で地軸が傾いた結果、大地は中国の北西部で縮んで盛り上がり(ヒマラヤの隆
   起)、南東部で引き裂かれて沈没した(フィリピン海溝の形成)……。
 
   尭・舜の時代に地球の全土は戦火に包まれ、禹(う)は洪水の後始末に追われた。
 
   ところが、このような戦争と異変の混乱に乗じて、人身牛首の神を祀るもの、蛇身人首
   の鬼を祀るものが、西から東へ次々とやって来て、我らの地に住みついた……。
 
 前述したように、『契丹古伝』はここで、紀元前の中国大陸のもともとの主人公は今の中国
人ではなかった、と述べている。


現在では漢民族が最初から中国五干年の歴史の主人公であったかのように説かれているが、それは事実ではないらしい。

紀元前の中国の歴史は、西から来た人々によって書き換えられてしまった、というのである。

その先をもうすこしみてみよう。
 
   彼らはみずからを我ら東大古族の神の子孫と偽ったばかりでなく、伏犠(ふくぎ)や神農(しんの 
   う)、黄帝(こうてい)、
   少昊(しょうこう)なる人物を、我らの王の祖先に仕立てあげ、その系図に自分たちの祖先をつなげて、
   これら偽りの神と王に対する崇拝を我らに強制して、みずからを聖帝の子孫なりと誇らし
   げに語っている。
 
 ここに書いてあることは非常に重大である。

私たち日本人と契丹人は東大古族≠ニいわれていたが、西から侵入してきた人たちが、自分たちこそ東大古族の神の子孫であると偽り、系図や歴史まで自分たちのものとしてでっちあげたというのである。

さらに先がある。
 
   けれども彼らは、みずからの祖先と思っていた尭と舜が、彼らの思惑に反して、東大古
   族の王であったことをはたして知っているのだろうか。

   西から中国の地に移住して帰化した人々が、我らの王に仕えたのは、尭・舜のときでは
   なく、その後久しく續いた夏王朝の創始者たる禹のとき以来のことである。

   彼らは禹を、あたかも彼ら中国人の王であり、中国大陸だけを治めた王であったかのように記しているが、これはとんでもない間違いだ。 
 これらのことがもしも事実だとすると、これはゆゆしきことである。

つまり、中国大陸のもともとの主人公は、いまの中国人の祖先ではなく、東大古族といわれていた日本人と契丹人の共通の祖先だった、ということになるからだ。

さらに『契丹古伝』はこう語る。
 


   『史記』に記された禹は、大洪水を生きのびてティルムンの楽園に住んだシュルッパクの
   王、ウトナピシュティムをさしている。

   彼の治めた地域は、息子のギルガメシュが活躍したメソポタミアのウルクだけでなく、
   全世界に及んでいたのである。

   我ら東大古族の王である禹は、中国だけの王ではなく世界全体の王であったことが、西
   族の伝承によっても確かめられるのである。
 
 ここに「西族の伝承」と記されているのは、中国大陸に西から侵入したアッシリヤ人(漢
人)が今のイラクあたりに残した粘土板文書に登場するシュメール伝説をさしている。

 しかし私たちは、そのュメール伝説のティルムンの王がはたして我々日本人とどんな関係
があるか
調べてみなければ、ここに書いてあることをにわかに信じるわけにはいかない。

 私はさっそくアッシリヤの歴史を調べ、「西族」の宮殿跡から出土したといわれる粘土板文
書にあたってみた。すると……。

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日本の歴史が改ざんされたように、司馬遷に書かせた史記もデタラメの創作物だったのか!

つまり、中国4千年の歴史も日本の出雲の歴史やあちこちの歴史をつぎはぎして、
デッチ上げたものだってことか。(´・ω・`)

海外に出てみると、いろんな史実を知り、経験が広がる。




posted by ぷちそれいゆ at 08:08| History
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