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2016年11月27日

アガサ・クリスティから (81) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー1)







(ミス・マープルと十三の謎*Aー1)






「さあそれでは、ペンダー博士、先生は、どんなお話を聞かせてくださいますか?」






老牧師はおだやかに微笑んだ。





牧師は静かな場所でずっと暮らして来たので事件の波乱というものに巻き込まれたことは、あまりないらしい。
しかしたった一度だけ、牧師がまだ若い頃、大変、不思議な痛ましい事件に巻き込まれたらしかった。






「まあ!」
ジョイス・ラムプリーエルは、励ますように言った。






「わたしには決して忘れられない出来事です。」
牧師は言葉を続けた。

そのことがあった時の深い衝撃と、今でもふと昔を思い出せば、ぞっとした気落ちが生々しく胸によみがえるらしい・・・一人の男が、どうしても人間のものとは思えないものに突然、襲われて、死んだのを見たのだ。






「なんだか身の毛もよだつようですね、ペンダー」
ヘンリー卿が弱音を吐いた。






「おっしゃるように私も身の毛がよだったものでした。」
牧師は答えた。

「その時以来、私は雰囲気という言葉を振り回す人を笑えなくなりましたな。そういうことがあるものですよ。良いにしろ、悪いにしろ、何かしらが、そこに深くしみこみ、しみついていて、それから来る魔力のようなものを強く感じさせる場所がありますね。」






「あの家、あのカラ松荘というのが、大変、不吉な家ですよ。」
とミス・マープルが口を入れた。

スミザース老人が住んでいたが、すっかり財産を無くしてしまってその家を売らなければならなくなった。
カースレークスの人たちが買い取ったが、ジョニー・カースレークスは2階から落ちて足を折ったし、カースレークス夫人は体を壊して、南フランスへ転地しなければならなくなったらしい。
それから今度はバードンという人が持ち主になったが、引っ越してきてすぐに、バードン氏は手術を受けたらしい。






「そういうことは迷信がつきものですよ、家とか土地とかいうものは、無責任にひろまった馬鹿馬鹿しいうわさ話にケチをつけられて、ひどい損害をこうむることが往々にしてあります。」
と、弁護士のペザリック氏は言った。






「わたしは現にピンピンとしている”幽霊”を一つ二つ知ってますよ。」
ヘンリー卿はくすくす笑った。






「ペンダー先生にお話をすすめて頂こうじゃありませんか?」
レイモンドは言った。






ジョイスは立ち上がって、あかりを二つとも消した。
暖炉の火だけが赤くゆらゆらとゆらめいた。






「雰囲気よ。さあ、みなさん、うかがいましょう。」






(次号に続く)




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2016年11月25日

アガサ・クリスティから (80) (ミス・マープルと十三の謎*@-8)







(ミス・マープルと十三の謎*@-8)






「でもそれは不可能だわ。だって皆がトライフルを食べたんですもの。」
ジョイスが早速、口をはさんだ。






「おお、いいえ、お相手役(コンパニオン)はパンティング法をやっていたでしょう、ねえ。
パンティングのやせる方法をやっていたらトライフルのようなものはけっして食べませんよ。
それからジョーンズ氏は自分のトライフルのハンドレッズ・アンド・サウザンズを削り落として食べたんだと思います。利口な思いつきですけれど、ずいぶんむごいことですよ。」






他の者の目はみんなヘンリー卿にじっと注がれた。






「まったくもって、不思議ですなぁ。」






彼は言った。






「ミス・マープルはよく真相をつきとめましたね」





ジョーンズ氏は、グラディス・リンチを、俗に言う・・・いわゆるはらませてしまったという。
彼女はほとんどやけくそになっていたらしい。
彼は妻を処分してしまいたかったので、グラディスに妻が死んだら彼女と結婚すると約束をした。
ハンドレッズ・アンド・サウザンズに毒を混ぜて、その使い方を言って聞かせて彼女に渡した。
グラディス・リンチは一週間前に死んだのだった・・・子供は死産。
ジョーンズ氏は、既にグラディスを捨てて別の女に乗り換えていた。

グラディスは死ぬ間際、真相を告白したという。






ヘンリー卿からこの事件の結末を聞かされた後、しばらく沈黙が一座を占めていた。






やがてレイモンドが言った。






「ねえ、伯母さん、まったくたいしたもんですねえ。
でも僕はいったい全体、どうして伯母さんが真相をつきとめたんだかさっぱり分からないんですよ。
台所で働いている小娘がこの事件と何か関係があるなんて思いもつかなかった。」





ミス・マープルは「そうですとも。でもね、おまえは私のようには世の中のこと知らないんですものね。
ジョーンズのようなタイプの男・・・がさつで、陽気な男ってのはね。
その家に若いかわいい女中がいると聞いたとたんに、私はその男がその女中をそっとしておくはずはないと思いましたよ。
なんとも痛ましい、嫌なことですねえ。あまり口にもしたくもないですわ。」






ミス・マープルは言った。

彼女の小さな村の出来事・・・あの時のハーグレーヴスの奥さんが受けた、なんとも言いようがないショックを。





そして、これもすぐに忘れてしまう村の出来事だったことも。










(【火曜ナイトクラブ】・・・完結。)

(次号・【アスターテの祠】に続く)




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2016年11月21日

アガサ・クリスティから (79) (ミス・マープルと十三の謎*@-7)







(ミス・マープルと十三の謎*@-7)





「どの娘だって?伯母さん、なんのことを言ってるんです?」
レイモンドが聞いた。






「あのかわいそうな娘、グラディス・リンチですよ。もちろん、医者が話しかけたらすっかり取り乱してしまったというその子ですよ・・・かわいそうに、取り乱したのも無理はありません。悪者のジョーンズこそ絞首刑になるのが当たり前です。かわいそうな娘に人殺しをさせたんですからね。でもあの子も絞首刑をまぬがれないでしょうね、かわいそうに。」






「ミス・マープル、あなたは少しばかり思い違いをしておいでだと思います。」
弁護士であるペザリック氏が口を出した。






しかしミス・マープルは頑固に首を振り、ヘンリー卿の方を見た。






「私の言う通りでしょう、違ってますか?私にははっきりとわかってますもの、ハンドレッズ・アンド・サウザンズ(非常に細かい金平糖のような砂糖粒)・・・それからトライフル・・・これを見逃しちゃいけないんですよ。」






「ハンドレッズ・アンド・サウザンズがなんですって?」
レイモンドが大きな声を出した。






伯母(ミス・マープル)は彼の方を振り返って、説明を始めた。

料理人はたいてい、トライフルの上にハンドレッズ・アンド・サウザンズを振りかけるという。
ハンドレッズ・アンド・サウザンズ=細かいピンクと白の砂糖の粒。
ミス・マープルは、夫が誰かにハンドレッズ・アンド・サウザンズという言葉を手紙に書いたと聞いた時、すぐにこの二つのものを結び付けて考えたらしい。
つまり砒素が混ぜられたのは・・・このハンドレッズ・アンド・サウザンズの中だったのだと。
ジョーンズ氏は砒素をその娘に渡して、トライフルに入れるように言いつけたのだと。






「でもそれは不可能だわ。だって皆がトライフルを食べたんですもの。」
ジョイスが早速、口をはさんだ。






(次号に続く)




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2016年11月19日

アガサ・クリスティから (78) (ミス・マープルと十三の謎*@-6)






(ミス・マープルと十三の謎*@-6)







「さあ、ヘンリー卿、おっしゃってくださいな。」






ジョイスはしきりに聞きたがったが、ヘンリー卿は口をはさんだ。







「ちょっとお待ちください、まだミス・マープルが何もおっしゃってませんから。」
とヘンリー卿が言った。






「おやおや」とミス・マープル。






「一つ編み目を落としてしまいましたよ。
すっかりお話に身が入ってしまって。悲しい事件ですね。本当に悲しい事件です。」

そう言いながら、ミス・マープルは村人のことを話し出した。
マウント荘に住んでいたハーグレーヴスじいさんのことを思い出したようだった。





「・・・・・あの人の奥さんは、あの人が死ぬまで少しも気が付かなかったんですからね。」

そのおじいさんは、囲っていた女との間に5人も子供があって、その女に財産を全額やってしまったらしい。
その女は前にハーグレーヴスさんの女中で、奥さんはいつも大変よくできた子だとほめていた。
それがまた、このハーグレーヴスじいさんという人は隣町に女を囲っておきながら、自分は教区委員になんかなって、日曜の礼拝には献金皿を持って回ったという。






「伯母さん、もう死んでしまったハーグレーヴスじいさんが、なんでまたこの事件に関係があるんですか?」
ミス・マープルの甥・作家のレイモンドは、じれったそうに言った。






「このお話をうかがったら、すぐそのおじいさんのことが思い出されてしまったんですよ。事情がそっくりですもの、ねえ?あのあわれな娘が今になって白状したんで、それでお分かりになったんでしょう?ヘンリー卿?」






「どの娘だって?伯母さん、なんのことを言ってるんです?」
レイモンドが聞いた。






「あのかわいそうな娘、グラディス・リンチですよ。もちろん、医者が話しかけたらすっかり取り乱してしまったというその子ですよ・・・かわいそうに、取り乱したのも無理はありません。悪者のジョーンズこそ絞首刑になるのが当たり前です。かわいそうな娘に人殺しをさせたんですからね。でもあの子も絞首刑をまぬがれないでしょうね、かわいそうに。」






「ミス・マープル、あなたは少しばかり思い違いをしておいでだと思います。」
弁護士であるペザリック氏が口を出した。






(次号に続く)




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2016年11月17日

アガサ・クリスティから (77) (ミス・マープルと十三の謎*@-5)






(ミス・マープルと十三の謎*@-5)





老人は首を振って言った。
「実を申しますとな、わたしはまったく、こんぐらがってしまいまして。」
彼は、やはり夫があやしいように思うと言った。
どういう風にそれをやったのか?
ただ何らかの方法で、今まで分からなかったような方法で、妻に毒を盛ったのに違いないと。
どうして、その真相が今になって明るみに出たのかは、想像もつかないと述べた。






「ジョイスは?」






「お相手役(コンパニオン)ですわ!」
ジョイスは、きっぱりと言った。






「お相手役(コンパニオン)に決まっているわ!どんな動機があったか?というとね、年をとっていて、太っていて、みっともなくたって、ジョーンズを恋していなかったとは限らないでしょう?」







ジョイスの力説は続いた。

他の理由で夫人が嫌いだった可能性も述べた。
お相手役(コンパニオン)の身になれば、いつでも愛想よく、何にでもさからわず、息がつまりそうな位に自分の感情を押し殺して・・・・・・とうとう我慢できなくなって、夫人を殺してしまった。
コンスターチの茶碗に砒素を入れ、夫人に飲ませた。
そして、自分で全部、飲んでしまったと大嘘をついたのだと。






「ペザリックさんは?」






弁護士は玄人らしく指の先をあわせた。






「なんとももうしあげられませんな。事実にあらわれたところではね。」






「でも、おっしゃらなくちゃいけませんわ。ペザリックさん。
裁判を延期して『権利を侵害せずに』なんて法律家らしくかまえてる場合じゃないのよ。いわば、推理のクラブの遊びですもの。」






「事実をみれば、もういうことはないようですな。」
ペザリック氏は言った。






「こういう事件は、ああ、嫌になるほど見ているんでね、自分の意見としては夫が有罪ですな。」






弁護士のペザリック氏は続けた。

ミス・クラークが何かの事情でジョーンズ氏をかばっているのは、たぶん、二人の間に何かの金銭上の取引があるに違いないと。
ミス・クラークはゆくゆくお金に困ることを考え、ジョーンズ氏は自分が疑われることを知っていた。
そこで、ミス・クラークにコンスターチを全部飲んだと証言することを同意させ、その報酬として相当な金額を支払うことになっていた。

もし自分の推測通りなら、あまりない事件のようにも思うと弁護士は言った。






「僕はどなたにも賛成できないな。」
作家でもあるレイモンドは言った。






「あなたがたは、この事件の大事な点を忘れている。医者の娘ですよ。」






レイモンドの解釈はこうだった。

缶詰のエビはやはり腐っていて、皆は中毒症状を起こした。
医者が呼ばれた。
他の人よりも多くエビを食べたジョーンズ夫人が苦しんでいるので、お話のように医者はアヘン剤を取りにやった。
医者の自宅に取りに行ったのは使いのものだった。
その使いの者にアヘン剤を渡したのは、医者の娘だったのだ。
娘は普段から父親の元で、薬の調剤を行っていたのに違いない。
その娘はジョーンズ氏とはじっこんの仲であった。
アヘン剤を取りに来た使いの者からの話で・・・・・にわかに最悪の本能がわき上がり・・・・・つまり、
今こそジョーンズ氏を自由にする手段と機会が自分の手に握られていると知った。
娘が渡した錠剤には
混じりけのない白い砒素が入っていた。

レイモンド氏はこれが僕の解釈なんです。と言った。






「さあ、ヘンリー卿、おっしゃってくださいな。」






ジョイスはしきりに聞きたがったが、ヘンリー卿は口をはさんだ。







「ちょっとお待ちください、まだミス・マープルが何もおっしゃってませんから。」






(次号に続く)




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2016年11月15日

アガサ・クリスティから (76) (ミス・マープルと十三の謎*@-4)






(ミス・マープルと十三の謎*@-4)





「それでこの事件はまったくもやに包まれてしまったというわけですな。」
教区の牧師であるペンダー博士が言った。






「そう、もやにつつまれてしまったんです。何も根拠がないのにジョーンズを無理に逮捕するわけにもいきませんからね。」
ヘンリー卿は重々しく言った。






沈黙が一座を流れたが、やがてジョイスが口を開いた。
「そこでおしまいですの?」






ヘンリー卿はジョイスの問いを受けて、説明した。

昨年中は、事件はそこで立ち止まってしまった。
ところが今は、真相がロンドン警視庁の手中にあると。
二〜三日後には、きっと新聞にも載るはずであるらしい。






「真相ね。」
ジョイスが考え込んだ。
「さて、どういうことかしら。五分間、皆で考えましょうよ。それから発表しましょう。」







レイモンド・ウェストはうなずいて腕時計を見た。
五分経つと、彼は牧師であるペンダー博士をうながした。






老人は首を振って言った。
「実を申しますとな、わたしはまったく、こんぐらがってしまいまして。」
彼は、やはり夫があやしいように思うと言った。
どういう風にそれをやったのか?
ただ何らかの方法で、今まで分からなかったような方法で、妻に毒を盛ったのに違いないと。
どうして、その真相が今になって明るみに出たのかは、想像もつかないと述べた。






「ジョイスは?」






「お相手役(コンパニオン)ですわ!」
ジョイスは、きっぱりと言った。






「お相手役(コンパニオン)に決まっているわ!どんな動機があったか?というとね、・・・・・」






(次号に続く)



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2016年11月13日

アガサ・クリスティから (75) (ミス・マープルと十三の謎*@-3)






(ミス・マープルと十三の謎*@-3)





「事件にとりかかるのに、頼りになる事実はこれだけです。」





「もしジョーンズが妻に砒素を盛るというひどいことをしでかしたとしても、夕飯の食べ物の中に入れたのではにことは確かですね。三人とも同じ夕飯を食べたのですから。また・・・・・もう一つの点は・・・・・ジョーンズは夕飯がちょうど並べられているときにバーミンガムから帰宅。前もって料理に手を入れておく機会はありませんでした。」






画家ジョイスが問いかけた。
「そのお相手(コンパニオン)っていう人はどうなんでしょう?愛想のいい顔をした太った女っていいましたっけ。」






ヘンリー卿はうなずいた。





ミス・クラークは確かにジョイスの言う通り見逃さなかったらしい。
しかし、あの犯罪を犯す動機がなかったという。
ジョーンズ夫人は何も彼女に遺産を残さなかった。
それに雇い主が亡くなったお陰で、彼女は他の勤め口を探す必要も生じていた。





「そうするとその女は除外してもよさそうね。」ジョイスは考え込んだ。





「ところで一人の警部が間もなく重要な事実を発見したんです。」ヘンリー卿は続けた。





その晩、食後、ジョーンズ氏は台所に行って、妻が気分が悪いと言っているので、コンスターチ湯(くず湯のようなもの)を一杯作るように頼んだ。
グラディス・リンチがそれを作り上げるまで彼はずっと台所で待ち、それから妻の部屋に自分で運んで行ったという。





「これでもう、事件は結末がついた。と私どもにも思われたものでした。」





ヘンリー卿の話を聞いていた弁護士はうなずき、「動機と」と指を一本折りながらいった。
「機会ですよ。製薬会社の外交員なら、毒薬はすぐ手にはいりますな。」





「それに道徳観念が薄弱な男ですな。」と牧師は言った。






レイモンド・ウェストはヘンリー卿をじっと見つめた。
「どこかにわながあるようですね、この話には。どうしてその男をすぐに逮捕しなかったんですか?」






「それがこの事件のあいにくなところで。ここまではすらすらと運んだのですが、ここで壁にぶつかってしまったのです。」とヘンリー卿は説明を始めた。






ジョーンズが逮捕されなかったのは、こういう次第だと、話を続けた。

ミス・クラークに尋問すると、コンスターチ湯は夫人ではなく、自分が全部飲んだのだ。ということだったらしい。

要約するとこうである。

いつものようにミス・クラークはジョーンズ夫人のところに行った。
夫人はベッドの上に起き上がっていて、その側にコンスターチ湯の茶碗が置いてあった。
夫人は気分が悪いので、夫に頼んでコンスターチ湯を持って来て貰ったが、いざ来ると、もう欲しくはなくなっていたという。
ミス・クラークは、こんなにおいしそうに出来ているのにもったいないと夫人に言ったらしい。
お腹もすいているし、自分ならすぐにでも頂くのに。と。
夫人は「あんな馬鹿なことをやっているからだわ。」と言った。
実は、コンパニオンのミス・クラークは、ますます太ってくるのを気にして、いわゆるバンティング法(脂肪・でん粉・糖分をさけて体重を減らす方法)をやっていた。
「あれはよくないことだわ、本当によくないわ。」ジョーンズ夫人は力説した。
「神様があなたをお太らせになったのなら、それも主の御心のせいよ。そのコンスターチを皆、お飲みなさい。あなたの体にきっといいことよ。」






そういう訳で、早速、ミス・クラークはそれを一滴も残さず飲んでしまった。






「それでお分かりのように、夫に対する嫌疑はすっかり崩れてしまいました。吸取り紙に残っていた文句の説明を求められると、ジョーンズはすぐさま説明してくれました。」






その手紙はオーストラリアにいる弟の借金申し込みに対する返答だったという。






私はまったく家のやつの財産で食っている。妻が死ねば私が財産を勝手に動かせるだろうから、出来れば援助してやりたい。力になれないで残念だが、世の中には同じように困っている人は 何十万(ハンドレッズ・アンド・サウザンズ)といるのだ。






以上が、弟に対する返事の手紙だという。






「それでこの事件はまったくもやに包まれてしまったというわけですな。」
教区の牧師であるペンダー博士が言った。





(次号に続く)



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2016年11月11日

アガサ・クリスティから (74) (ミス・マープルと十三の謎*@-2)







(ミス・マープルと十三の謎*@-2)





その文章は、こうである。
『まったく家のやつ次第だ・・・・・。
家のやつが死んだ暁には私が、なにからなにまで(ハンドレッズ・アンド・サウザンズ)・・・・・。』

(注*ハンドレッズ・アンド・サウザンズ=かざり砂糖という意味もある)






おまけにその少し前に、夫が妻を毒殺した事件があったので、女中たちは想像たくましくして騒ぎ立てた。





ジョーンズ氏は妻を殺して何十万ポンドという財産を手に入れたんだ!と。

偶然、ひとりの女中の親類が、ジョーンズ夫妻の住んでいる小さな町にいたので、そこに手紙を出して聞いてみた。その返事で、ジョーンズ氏は、その町の医者の娘で、33歳になるちょっと綺麗な女性とねんごろになっていることがわかった・・・・・このスキャンダルは、日に日に噂高くなり・・・・・内務省には嘆願書が出され、ロンドン警視庁には無名の手紙がたくさん舞い込むことになった。





「皆、ジョーンズ氏が妻を殺したと訴えているのです。
われわれは、ほんのくだらない村のうわさだけで何も根拠などありゃしないとたかをくくっていましたが、それにも関わらず、世論をしずめるために、死体発掘が許可されたのです。」





ちゃんとした証拠などありゃしないのに、人々の間にうわさがひろまって、調べてみると、驚くほど当たっていたということは世の中に多々あるが、これはそのいい例だった。





検視解剖の結果、多量の砒素(ヒ素)を発見。
この妻はヒ素中毒で死んだということが明確になった。





当然、ロンドン警視庁はその地方の当局と協力して、どうして砒素が飲まされたのか?誰によって砒素を盛られたのか?を捜査することになった。





「疑いは、当然、夫にかかりました。夫は妻が死んでもうかったのですからね。もっとも旅館の女中が大げさに想像した何十万という額ではありませんでしたが、約八千ポンドという訳です。」





金遣いが荒く、女好きのジョーンズ氏を慎重に調べたところ、その医者の娘とは、一時は非常に仲が良かったのだが、二カ月前には破局していて、お互い、会おうともしていなかったらしい。


父親の医者は、相当年配の正直な、全然、人を疑うことを知らぬ人物だったので、解剖の結果に、本当にびっくりしてしまったらしい。

彼は夜中に呼ばれて行って見ると、3人とも苦しがっていた。
特にジョーンズ夫人が重体なのにすぐ気が付いて、苦痛をやわらげるためにアヘン剤を自分のうちに取りにやらせたという。
こうしてできるだけ手をつくしたが、夫人は駄目だった。





しかし医者は怪しいふしがあるなどとは、少しも疑わなかった。
一種の食中毒でなくなったと思い込んでいた。

その夜の食事は、缶詰のエビとサラダ、トライフル(スポンジケーキをぶどう酒にひたしたもの)と、パンにチーズ。
あいにくそのエビは少しも残っていなかった・・・・・皆捨ててしまって、缶も残っていなかった。

医者はグラディス・リンチという若い女中に問いただしてみた・・・・・その女中はすっかり取り乱して、興奮し、泣いてばかりいるので、要領を得た答えは得られなかった。
ただ繰り返し、缶は少しもふくれていなかったし、エビもみたところとてもよさそうだったと言い張った。





「事件にとりかかるのに、頼りになる事実はこれだけです。」






(次号に続く)



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2016年11月08日

アガサ・クリスティから (73) (ミス・マープルと十三の謎*@-1)






アガサ・クリスティから (73)
(ミス・マープルと十三の謎*@ー1)





「さてこのささやかなドラマの登場人物を紹介しなければなりませんが、かりに夫と妻をジョーンズ夫妻、妻のお相手役(有給で生活や旅の相手をする人を指す=コンパニオン)をミス・クラークとしておきましょう。

ジョーンズ氏は製薬会社の外交員でしたが、五十がらみのがさつな、赤ら顔のちょっといい男で、その細君は四十五歳くらいのまあ平凡な女でした。

お相手役のミス・クラークというのは、つやのいい顔をした、太った元気な女で六十歳。

三人とも、まあ、とりたてて興味を引くような人物じゃなさそうでした。」






ヘンリー卿の話は続いた。





要約すると、以下である。






問題は妙なことから、起こっていた。

ジョーンズ氏は事件の前夜、バーミンガムの小さな商人宿に泊まっていたのだが、その日、偶然にも控え帳の吸取紙が取り換えられた。
ジョーンズ氏が手紙を書いた時にそれを最初に使った・・・・・寝室係の女中が、その吸取紙を鏡にうつして、どんなことを書いたのか、面白半分に調べたという。





その文章は、こうである。
『まったく家のやつ次第だ・・・・・。
家のやつが死んだ暁には私が、なにからなにまで(ハンドレッズ・アンド・サウザンズ)・・・・・。』

(注*ハンドレッズ・アンド・サウザンズ=かざり砂糖という意味もある)






おまけにその少し前に、夫が妻を毒殺した事件があったので、女中たちは想像たくましくして騒ぎ立てた。







(次号に続く)



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2016年11月07日

アガサ・クリスティから (72) (ミス・マープルと十三の謎*@)







(ミス・マープルと十三の謎*@)





ミス・マープルの家に集まった人達。





ひょんな話の流れから、(内容も結末も)それぞれのみが知っている謎の事件を順番に出していって、謎解きをしようということになった。

それは、毎週火曜日に集まる【火曜クラブ】と名付けられた。

メンバーが6人欲しいということで、その場にいた老婦人ミス・マープルが参加を表明したのだった。

皆はその場にそぐわない、セント・メリー・ミードの小さな村からほとんど出たこともない老婦人の参加にとまどいながらも、紳士的に受け入れることになった。





甥の作家・・・・・・・・・・・・・レイモンド・ウェスト

女流画家・・・・・・・・・・・・・ジョイス・ラムプリエール

元ロンドン警視庁の警視総監・・・・ヘンリー・クリザリング卿

教区の牧師・・・・・・・・・・・・ペンダー博士

弁護士・・・・・・・・・・・・・・ペザリック氏

そしてミス・マープル。






〜〜〜〜〜






「どなたが口を切って下さいますか?」
ジョイスが言った。





「わかりきったことですよ。それは当然・・・・・・」
と、元ロンドン警視庁の警視総監であるクリザリング卿の方にうやうやしく頭を下げた。





ヘンリー卿はしばらく黙った後、一息つくと、口を開いた。
「皆さんの気に入るような話を選ぶのはちょっとむずかしいんですが、ちょうど、この座にぴったり合う話が一つあります。」




ヘンリー卿いわく、
一年前に新聞の記事になり、皆も知っていると思われる事件だが、当時は未解決の謎として放り出された話だということだった。
ところが、たまたま、ついこの間、その解決をヘンリー卿がするようになったという。






事件は簡単でしてね、三人の人物が夕飯を食べたのですが、料理の中に、かんづめのエビがあったんですな。
その夜遅くなって、三人とも苦しみ出したので 急いで医者をよびました。
二人は治りましたが、ひとりは死んでしまったんです。






「ああ!」
レイモンドは我が意を得たり、といった調子で言う。





「先刻もいったように、事件は、事実としては簡単なものだったのです。
死因はプトマイン中毒だとみなされ、死亡証明書もそのように書かれ、被害者はちゃんと埋葬されました。
しかし、ことはそれですまなかったんです。」





ミス・マープルはうなずいた。
「うわさがあったんですね。いつでもつきものです。」






「さてこのささやかなドラマの登場人物を紹介しなければなりませんが、かりに夫と妻をジョーンズ夫妻、妻のお相手役(有給で生活や旅の相手をする人を指す=コンパニオン)をミス・クラークとしておきましょう。

ジョーンズ氏は製薬会社の外交員でしたが、五十がらみのがさつな、赤ら顔のちょっといい男で、その細君は四十五歳くらいのまあ平凡な女でした。

お相手役のミス・クラークというのは、つやのいい顔をした、太った元気な女で六十歳。

三人とも、まあ、とりたてて興味を引くような人物じゃなさそうでした。」






(次号に続く)



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