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2016年12月25日

アガサ・クリスティから (91) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー11)







(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー11)







警察はダイアナ・アシュレイが慎重に計画してリチャードを刺殺したという見解を一貫して主張していた。
しかし皆の証言・・・リチャードとミス・アシュレイとは三ヤード以上も離れていたという事実から、ミス・アシュレイを告発することも出来なかった。





牧師はここまでの説明を終えると言った。

「そこでこの事件は謎のまま終わり、いまだに一切が謎なのです。」







牧師が話す不思議なこの事件を聞いていた火曜クラブのメンバーは静まりかえっていた。






*****






「なんともいいようがございませんわ。」

と、ジョイス・ラムプリエールが口を開いた。

「おそろしい・・・そして気味が悪いわ。ご自分で何か説明がおつきにならないですか?ペンダー博士?」






老人はうなずいた。

「説明はつきますけどね、・・・それもまあ、説明らしいものというだけです。奇妙な説明ですが、・・・でも、これとてもわたしの心にはまだはっきりしない点がたくさんあるのですよ。」






ジョイスは自身が以前に行った降霊術の会について話し出した。






とても不思議なことが起こるのだと・・・。






実際の話に戻ると、そのことも一種の催眠状態だったということで解決がつくのではないか?
その女性は実際にアスターテの巫女になってしまった、そしてその男を刺殺した・・・きっと短剣を投げて・・・マナリングのお嬢さんがミス・アシュレイの手の中に見たという剣で。







レイモンドが口を出した。

「それは投げやりだったかもしれないよ。」








(次号に続く)




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2016年12月21日

アガサ・クリスティから (90) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー10)








(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー10)








昨夜は月の光で、草の上にうつぶせに横たわっていた男の死体を見たのだった。
おお、また今は朝の光の中で同じ光景に出くわしたのだ・・・医師と牧師はふるえあがった。






エリオット・ヘイドンがいとこのリチャード・ヘイドンと全く同じ場所に横たわっていたのだ。







「おお」
シモンズが叫んだ。

「また・・・」






「また、やられている!」






医師と牧師は草の上に駆け寄った。
エリオット・ヘイドンは意識を失っていたが、かすかに呼吸していた。






何がこの悲劇を引き起こしたのか?・・・・・傷口には見間違いがないほど、はっきりと、細長いブロンズの剣が突き刺さっていた。






「肩をぐっさりやられたんだ。心臓じゃなくて、運が良かったよ。」
シモンズ医師は言った。






どういうことなのか?





何がなんだかわからなかったのだが、エリオットが気をもどしたら、どんな目にあったのか?話すことが出来るだろうと医師は牧師に言った。






ところが、彼が目覚めたあと、話を聞いてみても全容ははっきりしないのだった。






漠然とした彼の説明とは・・・・・
いとこのリチャード・ヘイドンを殺した剣を探し回っていた。
しかし、どこにも剣は見当たらなかった。
・・・彼は探すのをあきらめて、神殿の近くに立っていた・・・すると、誰かが木々の間から自分をみつめているような気がしたのだという・・・そんな恐怖に近い気持ちを振り払おうとやっきになっていると、冷たい奇妙な風が吹き始めた・・・それは木々の間ではなく・・・祠の内部から吹き付けてくるようだった・・・彼は向き直って、祠の中を見つめた・・・女神の小さな像があったが、自分の目の錯覚か?像はどんどん大きくなっていくようだった・・・・・。






・・・・・ちょうど、その時、突然、こめかみの辺りをがあーんと殴られたような感じがして、よろよろと後ろによろめいた・・・倒れながら、彼は左肩にするどい焼けつくような痛みを感じたという。






彼、エリオット・ヘイドンの話はとりとめのない訳が分からないものだったが、その剣の正体はつきとめることが出来た。





リチャード・ヘイドンを殺し、エリオット・ヘイドンを刺した剣・・・それは山の塚から掘り出されたものをリチャードが買い取ったものだった。
それをどこにしまったのか・・・家の中なのか?森の祠の中なのか?誰も知らなかった。







警察はダイアナ・アシュレイが慎重に計画してリチャードを刺殺したという見解を一貫して主張していた。
しかし皆の証言・・・リチャードとミス・アシュレイとは三ヤード以上も離れていたという事実から、ミス・アシュレイを告発することも出来なかった。





牧師はここまでの説明を終えると言った。

「そこでこの事件は謎のまま終わり、いまだに一切が謎なのです。」







牧師が話す不思議なこの事件を聞いていた火曜クラブのメンバーは静まりかえっていた。






(次号に続く)




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2016年12月18日

アガサ・クリスティから (89) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー9)








(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー9)







レディ・マナリングは地面に倒れ込んでいるダイアナ・アシュレイの上に身をかがみこんだ。






失神しているダイアナは何も持っていなかったようで、その足元の地面にも何もなかった・・・レディ・マナリングは娘に本当に見たのかどうか?聞いた・・・母親のレディ・マナリング自身はダイアナが何かを持っていたところは見ていなかったのだ。







シモンズ医師にうながされ、まず、ダイアナ・アシュレイを家に運んだ。
彼女は、気を失ったままであった。
それからまた戻って来て、今度は、サー・リチャードの死体を運んだのだった。





使用人頭に頼んで警官を呼ぶために自転車で約12マイルも走ってもらった。





その後で、エリオット・ヘイドンに牧師は隅の方に呼ばれた。





「ねえ、僕はもう一度、森に行って見ようと思うんですが。凶器をどうしても見つけなければ。」





牧師は凶器があるのかどうか?分からないと言った。




エリオットは牧師の腕をつかんで激しくゆさぶった。

「あなたはまたつまらぬ迷信にとりつかれてしまったもんだね。彼が死んだのも超自然な力によるなどと思ってるんでしょう。でも、僕はもう一度、森に行ってなんとか調べてくる。」







牧師は彼を思いとどまらせようとした。
妙に彼を森に行かせたくはなかった・・・寒気がする奥深い茂みに囲まれた空地・・・また悪いことがおこるような予感がしてならなかったのだ。






しかしエリオットは頑固だった。
内心はびくびくしていたかもしれないが、無理に恐怖心を隠して、どうしてもこの謎をあばいてやると決意をみなぎらせて出て行った。






恐ろしい夜だった。
誰も眠れない。
警官がやって来たが、皆の話すべてに、あからさまな不信感を抱いたようだった。
ミス・アシュレイを尋問したいと言い張りましたが、シモンズ医師が強く反対・・・一度、意識を取り戻した彼女に強い睡眠薬を与えてあったので、翌朝まで彼女が目を覚ますことはなかった。






翌朝7時まで誰もエリオット・ヘイドンのことを考えもしなかった。






急にそのころになって、シモンズ医師が、エリオットがどこに言ったのか?を牧師に尋ねたのだった。
牧師は彼が森に行った経緯を説明をした。






医師は沈んだ顔をいっそう曇らせた。
「よせばよかったのに。そりゃ・・・無鉄砲だな。」






牧師は、何か悪いことが起こると考えた訳ではないのかどうか?医師に尋ねた。






シモンズ医師は牧師に二人で森にエリオットを見に行った方が良いと説得し始めた。






結局、医師の説得に負けた牧師は、全身の勇気をふるい起して、再び、あの縁起の悪い森に二人で連れ立った。






二人は二度、エリオットを呼んだが、二度ともむなしくこだまが戻ってくるばかりだった。






しばらくして、あの切り開いた例の場所に出て来た。






そこはまだ朝早いうすい光に青ざめたような雰囲気がただよい、幽霊でもでそうな感じだった。






その時、シモンズは牧師の腕をぐっとつかんだ。
牧師はかすれた叫び声をあげた。






昨夜は月の光で、草の上にうつぶせに横たわっていた男の死体を見たのだった。
おお、また今は朝の光の中で同じ光景に出くわしたのだ・・・医師と牧師はふるえあがった。






エリオット・ヘイドンがいとこのリチャード・ヘイドンと全く同じ場所に横たわっていたのだ。







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2016年12月16日

アガサ・クリスティから (88) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー8)








(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー8)











その時・・・・・ダイアナが気でも狂ったように悲鳴を上げた・・・。






「私があの人を殺してしまったのだわ・・・ああ、神様、どうしよう!そんなつもりじゃなかったのに。私は殺してしまったのだわ。」






ダイアナ・アシュレイは身をよじって、死んだように草の上に倒れ込んだ。






失神したダイアナを見たロジャース夫人は叫び声をあげた。






「ああ、おそろしいこと、こんなところから、もう出ましょうよ!私たちだって、ああどうかなってしまうわ、ああ、こわい。」






エリエットは牧師の肩をつかんで言った。

「ありえないことだ、君、こんなことは有り得ないことじゃないか。人ひとりこんな風に死んでしまうなんてことは。それ・・・それは有り得ないことだ。」





牧師はエリオットをなぐさめた。
「説明はつきますね。おいとこさんはきっと心臓が弱かったんです。あのショックと興奮で・・・。」






「君は知らないんだ。」
エリオットは牧師に真っ赤な血が付いた手を見せた。






「ショック死じゃないんだ。ぐさりとやられたんだ。・・・心臓をやられたんだ。おお、だのに凶器はないんだ。」






死体を調べ終えた医者シモンズは、真っ青になって体のふるえが止まらないようだった。






「皆、頭が変になってしまったんだろうか?ここは、なんというところだろう?・・・こんなことがおこるなんて。」






医者が説明したところによると、ちょうど細い短剣でさされたような傷があったらしい。
しかし、その短剣はどこにも見当たらないままだった。






皆、顔をあわせた・・・。







エリオットが「あるはずだよ、どこかに落ちているんだろう、きっと。」と大声で言った。






皆は目を皿のようにして探し回ったが、何も見つからなかった。






突然、ヴァイオレット・マナリングが言い出した。
「ダイアナが手になにか持っていたわ。剣のようなもの、私は見たわよ。リチャードを脅かしたとき、それがキラリとしたのよ。」






エリオット・ヘイドンは首を振って、反対した。

「いいや、リチャードはダイアナに三ヤードとは、近寄らなかったんだ。」






レディ・マナリングは地面に倒れ込んでいるダイアナ・アシュレイの上に身をかがみこんだ。






失神しているダイアナは何も持っていなかったようで、その足元の地面にも何もなかった・・・レディ・マナリングは娘に本当に見たのかどうか?聞いた・・・母親のレディ・マナリング自身はダイアナが何かを持っていたところは見ていなかったのだ。







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2016年12月15日

アガサ・クリスティから (87) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー7)






(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー7)






エリオットは急に飛び上がると、よろめいて立ち上がり、叫んだ。






「先生、先生、来てください。死んでいるらしいんです。」






シモンズは駆け寄った。






エリオットは、のろのろと私たちのところにやって来た。
怪訝な顔つきで、自分の手を眺めていた。







その時・・・・・ダイアナが気でも狂ったように悲鳴を上げた・・・。






「私があの人を殺してしまったのだわ・・・ああ、神様、どうしよう!そんなつもりじゃなかったのに。私は殺してしまったのだわ。」






(次号に続く)




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2016年12月12日

アガサ・クリスティから (86) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー6)







(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー6)







入り口の人物は両手を挙げた・・・一歩前に進んで、高いきれいな声で歌うように唱えた。






「われは女神アスターテなり、われに近づくなかれ、わが手に死は握られたなり。」






「およしなさいよ。あなた、、気味が悪いじゃないの、ほんとうに。」とレディ・マナリングがなじった。






ヘイドンは前に飛び出し、叫んだ。「ああ、ダイアナ?あなたは素晴らしい。」






月の光に慣れた皆は前よりももっと現場を見やすくなった。






ダイアナは、ヴァイオレット(レディ・マナリング)が言ったようにまるで別人に見えた。






顔はいつもより東洋的に・・・目はさらに細く切れ上がって何かしら残酷にきらめき、くちびるの上には今までに見たことがないような微笑みを浮かべていた。






「心せよ。女神に近づくことはならぬ。われに手をふれるもの、すべて死に至らん。」
彼女はいましめるように言った。






「おお、ダイアナ、あなたは素晴らしい。」

ヘイドンは叫びました。

「しかし、もうやめてください。どうも僕は・・・なんだか嫌な気持ちなんだ。」






ヘイドンは草を踏んで彼女の方に進んで行った。






彼女は彼の方に手をのばして言った。

「とどまりなさい。あと一歩近づけば、アスターテの呪いによって、われは汝を撃ち殺すであろう。」






リチャード・ヘイドンは笑って足を早めた。






その時、突然、不思議なことが起こった。





ほんの一瞬、彼は立ち止まったと思うと、それから、よろよろとよろめいて、ばったり倒れた。






突然、ダイアナはヒステリックに笑い始めた。
それは林の静寂を破って、寒気がするような笑い声が響いた。






エリエットは声高に叫びながら前に飛び出した・・・。






「もう見ちゃいられないよ、起きろよ、ディック起きろったら、おい。」






しかし、リチャード・ヘイドンは倒れたままだった。
エリオット・ヘイドンは彼のかたわらにひざまずき、静かに彼を上向きにし、かがんで顔を覗き込んだ。






エリオットは急に飛び上がると、よろめいて立ち上がり、叫んだ。






「先生、先生、来てください。死んでいるらしいんです。」






(次号に続く)




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2016年12月08日

アガサ・クリスティから (85) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー5)








(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー4)








「月の女神ですって。」ダイアナは声をあげた。
「今夜はバカ騒ぎをしないこと?仮装して、それからここに出てきて月の光を浴びながらアスターテの儀式をしましょう。」





*****





この場を離れようと牧師たちが歩き出すと、他の人たちも後からついてきた。







ダイアナ・アシュレイだけが、ひとりグズグズしていた。







振り返ると、彼女は祠の前に立って、その中の像を食い入るようにみつめていた。






*****





その日はめったにない暑さで素晴らしい日だった。






それもあってか、ダイアナの提案・・・仮装大会に皆、賛成だった。





打ち合わせのひそひそ話や秘密の縫物など、支度に皆、忙しかった。






夕食時に現れた銘々の仮装ぶりに場は盛り上がって、大騒ぎしていた。





●ロジャース夫妻・・・・・・新石器時代の小屋の住人。
(・・・・・・どうりで暖炉の前の敷物が急になくなっていた。)

●リチャード・ヘイドン・・・フェニキアの船乗り。

●いとこは・・・・・・・・・山賊の親分。

●シモンズ医師・・・・・・・コック長。

●レディ・マナリング・・・・病院の看護婦。

●マナリングのお嬢さん・・・サーカシア(黒海に接するコーカス高原の北西地方)の奴隷。

●牧師自身・・・・・・・・・暑苦しく着込んだ修道士。







ダイアナ・アシュレイは一番、後から居間に降りて来た。
しかし、彼女を見た皆は期待外れだった。






真っ黒なすっぽりとしたドミノ仮装服に身を包んでいた彼女は言った。

「謎の女。」

「それが私の名前ですのよ。さあ、お食事にしましょう。」






食後、月が登ろうかという時、皆は外に出た。
美しい暖かな夜で、私たちはぶらぶら歩きまわり、あっという間に時は流れていきました。
一時間くらいたった後、皆はダイアナ・アシュレイがいないのに気付いた。






まさか?寝てしまったのでは?というリチャード・ヘイドンに対し、ヴァイオレット・マナリングは首を振った。

「いいえ、わたくし、十五分ほど前にあの方があっちのほうに歩いていらしたのを見ましたわ。」

彼女は月下の元、黒々とした影をつくっている森の方を指さした。






「何かしでかそうっていうんだろう。何かこっぴどい、いたずらをする気なんだ、確かに。身に行こうじゃないか。」とリチャード・ヘイドンが言った。





皆はダイアナ・アシュレイが何をしでかすつもりなのか?なんとなく知りたくなり、連れ立ってぞろぞろ歩き出した。






辺りは不吉な雰囲気に包まれていた。
木と木が重なり合って生えていたため、月の光さえも差し込む余地はなかった。






牧師自身は、強い何か目に見えない力に引っ張られているような・・・真っ暗な中、ささやき声と吐息が聞こえるばかり、不吉な雰囲気も極みに達していて、その中を皆、ぴったりと離れずに進んでいった。






突然、皆は森の中央の木を切り開いた例の場所に出た。







そして、はっとして棒立ちになった。






祠の入り口・・・。





透明の紗でぴったりと体を包んだ何者か・・・ちらちら光る姿が立っていた・・・二本の三日月形の角が豊かな黒い髪の間からのぞいていた。






「ああ、これは!」
リチャード・ヘイドンが言った。
頬からは冷や汗が流れ出て・・・。






しかし、お嬢さんのヴァイオレット・マナリングの方が敏感だった。
「あら?ダイアナじゃないの、何をしているのかしら?まあ、なんだかあの人とは思えない位に違って見えるわ。」






入り口の人物は両手を挙げた・・・一歩前に進んで、高いきれいな声で歌うように唱えた。






「われは女神アスターテなり、われに近づくなかれ、わが手に死は握られたなり。」






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2016年12月03日

アガサ・クリスティから (84) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー4)









(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー4)








「聖なる儀式ですって?」
ミス・ダイアナ・アシュレイは、遠くを夢見るような面持ちでつぶやいた。






「どんなことをしたのかしら?」







「誰から聞いてもあんまり立派なものじゃなさそうだよ。いかがわしいことでもやっていたんだと想像するね。」
ロジャース大尉は大きな意味のない笑い声をたてた。







ヘイドンは彼には全くおかまいなしだった。
森の中央には聖堂があったと気まぐれに想像して楽しんでいるのだと言った。





ちょうど、彼らは、森の中央の木を切り開いた狭い空き地に出ていたのだった。






真ん中には石で作った(あずまや)のようなものがあった。






「僕はこれを祠(ほこら)と言ってるんですよ。アスターテの祠です。」







ヘイドンはこう言って、そこまで案内した。

中には、自然のままの黒檀の柱。その上に奇妙な小さな女の像が乗っていた・・・三日月型の角をはやして、ライオンの上に座っている像だった。






「フェニキアのアスターテ、月の女神です。」とヘイドンは言った。






「月の女神ですって。」ダイアナは声をあげた。
「今夜はバカ騒ぎをしないこと?仮装して、それからここに出てきて月の光を浴びながらアスターテの儀式をしましょう。」







牧師は急に身体をうごかした。
ヘイドンのいとこのエリオットが、それに気づいて声をかけて来た。
牧師がこの異教の話を不審に感じていると思ったらしい。






牧師はただならぬ空気・・・脅迫されているかのような・・・あまり雰囲気に流されるタイプでもないが、ここは何か不思議な、不吉な感じがすると答えた。







同じく医者のシモンズもヴァイオレット・マナリングも、ここの雰囲気が、なんだか嫌な気持ちになることをめいめい言っていた。






この場を離れようと牧師たちが歩き出すと、他の人たちも後からついてきた。







ダイアナ・アシュレイだけが、ひとりグズグズしていた。







振り返ると、彼女は祠の前に立って、その中の像を食い入るようにみつめていた。








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2016年12月02日

アガサ・クリスティから (83) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー3)






(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー3)







ペンダー博士は、すぐに友人のヘイドンが美人で有名なミス・ダイアナ・アシュレイにぞっこん参っていることに気が付いたらしい。





滞在客は皆、ただこの美人の舞台の道具立てのようだった。






彼女自身が何をどう思っているかは分からなかった。
ただ、とてもむら気であきっぽく、男性陣のこころをもてあそんでいるかのようだった。






牧師が着いたその翌日、主人であるヘイドンがその場所をすっかり案内してくれた。






彼の家はデヴォンシャイア花崗岩で出来たシンプルながっちりした作りだった。
ロマンティックではないが、居心地が良い家だったようだ。

家の窓からは荒野の全景が見渡せた・・・風雨にさらされた岩山がうねってひろがっていた。

一番近い岩山の斜面・・・いろいろな小屋が円を描いている。それは後期石器時代の昔の遺跡であった。






古代に興味があるヘイドンはバカに力を入れ、熱心に語りだしたという。
特にたくさんの過去の遺物が眠るこの地を詳しく話した。
新石器時代の小屋の住人、ドルイド僧(古代ゴール、ブリテン、アイルランドのケルト族の間に行われていたドルイド教の僧)、ローマ人、それからずっと昔のフェニキア人の遺跡も発見されたらしい。





「しかしこの場所が一番興味があるんだ。名前は知っているね・・・沈黙の森。
そう、どういう訳でそういう名前がついたのか、すぐに分かると思うけど。」





彼が指で指し示したのは・・・岩やヒースやわらびだらけで茂みがない屋敷から、数百ヤード離れたところにある、こんもりと茂っている森であった。






「あれは遠い過去の日々の遺物なんだ。」

どうやら昔の木は枯れてしまい、植え替えられたらしいが、おそらくフェニキア人がいた時代と同じ形は残しているらしかった。





「さあ、行ってよくながめてみよう。」
と、ヘイドンは皆をうながした。





彼の後について皆は森に入って行った。
たちまち、不思議な圧迫感と、荒涼たる気味の悪い恐ろしさと静寂が感じられた。





気がつくと、ヘイドンが奇妙な笑いを浮かべていたという。





「ここには何か変な感じがこもっているだろう、ペンダー?反抗的なものかね?不安かな!」





嫌な気分だ。と牧師は静かに言った。




「そうだろうな、これは君の信仰の昔の敵の本処だったんだ。アスターテ(フェニキア人の崇拝した豊作と生殖の女神。ギリシャ・ローマの月の女神でもある。)の森だよ。」





「アスターテ⁈」





「アスターテさ。イシュター。またはアシュトレ。」

城壁の北側にあったとされるフェニキア人の呼ぶ【アスターテの森】に違いないとヘイドンは言った。






こんもり茂った木に囲まれたここで、聖なる儀式が行われたに違いないと、ヘイドンは力説した。





「聖なる儀式ですって?」
ミス・ダイアナ・アシュレイは、遠くを夢見るような面持ちでつぶやいた。





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2016年12月01日

アガサ・クリスティから (82) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー2)







(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー2)





ジョイスは立ち上がって、あかりを二つとも消した。
暖炉の火だけが赤くゆらゆらとゆらめいた。





「雰囲気よ。さあ、みなさん、うかがいましょう。」







牧師であるペンダー博士は微笑んで、椅子にそりかえり、鼻眼鏡をはずして、静かに昔をしのぶような声で語りはじめた。





ダートムーア(英国南西部デヴォンシャイア州の岩の多い不毛の高原)・・・彼が話そうとしている田舎屋敷はそこのはずれにあったらしい。
その物件は数年間、買い手もつかず売りに出たままだった。
冬はふきざらしになるようなところではあったが、見晴らしが素晴らしく、不思議な独特の雰囲気を兼ね備えた魅力的な場所だった。





ペンダー博士は大学時代の友人ヘイドン(サー・リチャード・ヘイドン)に数年間会うこともなかったが、この田舎屋敷「沈黙の森荘」を彼が購入した際に招待を受けたのだった。





招待客のリストは以下だった。





主人であるリチャード・ヘイドンのいとこ・エリオット・ヘイドン。

レディ・マナリングと、青い顔をした目立たないその娘ヴァイオレット。

まるで乗馬と狩猟のために生まれてきたような、日やけたロジャース大尉夫妻。

シモンズという若い医者。

ミス・ダイアナ・アシュレイ。





この最後の名前のミス・ダイアナ・アシュレイは、社交新聞にもよく写真が載るほど・・・ロンドンの社交期(初夏の頃)では評判の美人の一人だった。
たいへん印象的な美人・・・真っ黒な髪。背が高く、クリーム色のすべすべした肌。ややつり上がった半ば閉じられた黒い目。・・・きびきびした珍しい東洋風の容貌。
声がまた素晴らしく、まるで鈴の音をふるようだった。





ペンダー博士は、すぐに友人のヘイドンが、彼女にぞっこん参っていることに気が付いたらしい。





滞在客は皆、ただこの美人の舞台の道具立てのようだった。






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