2016年12月01日
アガサ・クリスティから (82) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー2)
(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー2)
ジョイスは立ち上がって、あかりを二つとも消した。
暖炉の火だけが赤くゆらゆらとゆらめいた。
「雰囲気よ。さあ、みなさん、うかがいましょう。」
牧師であるペンダー博士は微笑んで、椅子にそりかえり、鼻眼鏡をはずして、静かに昔をしのぶような声で語りはじめた。
ダートムーア(英国南西部デヴォンシャイア州の岩の多い不毛の高原)・・・彼が話そうとしている田舎屋敷はそこのはずれにあったらしい。
その物件は数年間、買い手もつかず売りに出たままだった。
冬はふきざらしになるようなところではあったが、見晴らしが素晴らしく、不思議な独特の雰囲気を兼ね備えた魅力的な場所だった。
ペンダー博士は大学時代の友人ヘイドン(サー・リチャード・ヘイドン)に数年間会うこともなかったが、この田舎屋敷「沈黙の森荘」を彼が購入した際に招待を受けたのだった。
招待客のリストは以下だった。
主人であるリチャード・ヘイドンのいとこ・エリオット・ヘイドン。
レディ・マナリングと、青い顔をした目立たないその娘ヴァイオレット。
まるで乗馬と狩猟のために生まれてきたような、日やけたロジャース大尉夫妻。
シモンズという若い医者。
ミス・ダイアナ・アシュレイ。
この最後の名前のミス・ダイアナ・アシュレイは、社交新聞にもよく写真が載るほど・・・ロンドンの社交期(初夏の頃)では評判の美人の一人だった。
たいへん印象的な美人・・・真っ黒な髪。背が高く、クリーム色のすべすべした肌。ややつり上がった半ば閉じられた黒い目。・・・きびきびした珍しい東洋風の容貌。
声がまた素晴らしく、まるで鈴の音をふるようだった。
ペンダー博士は、すぐに友人のヘイドンが、彼女にぞっこん参っていることに気が付いたらしい。
滞在客は皆、ただこの美人の舞台の道具立てのようだった。
(次号に続く)
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