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2017年03月09日
アガサ・クリスティから (101) (ミス・マープルと十三の謎*金塊C)
(ミス・マープルと十三の謎*金塊C)
二人で談笑しているときにレイモンドがポルぺランに行くのだと言うと、警部はこれはこれは不思議なめぐりあわせだ、自分もそこに行く道中であることを明かしたいう。
警部の仕事に対して、詮索好きと思われぬよう、あえて彼の旅行の目的は聞かないようにし、代わりにレイモンドは難破したスペインのガリオン船のことやその土地に対する興味を話した。
ところが驚いたことに警部はそのことをよく知っていたのである。
「そりゃ、ジュアン・ファーナンディズ号のことでしょうな。その船を引き上げて、ひと財産作ろうと大枚投じたのは、あなたの友達がはじめてじゃありませんよ。ロマンティックな考えですな。」
レイモンドは、ロマンティックな夢物語で、あのあたりで船なんか一隻も難船しなかったのでは?と警部の話に答えた。
「いや、あの船はたしかにそこで沈んだのです。他の船といっしょにね、あの海岸でどれだけたくさんの船が難破したことか、ご存じになったらびっくりなさるでしょうよ。実は私もその為にあそこに行くんです。六カ月前オトラント号が沈んだのもあそこだもんですからね。」
レイモンドは、うなずいた。
その記事を読んでいたのだった・・・幸い、人は皆、助かったのだ。
「みんな助かりました。しかし、他のものが失われたんです。一般には知られていませんが、オトラント号は金塊を積んでいたんですよ。」
「へーえ?」
レイモンド・ウェストは大変、興味をそそられた。
「もちろん、潜水夫たちに引き揚げ作業をやらせました。しかしですね・・・金塊はなくなっていたのですよ、ウェストさん。」
(次号に続く)
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2017年03月06日
アガサ・クリスティから (100) (ミス・マープルと十三の謎*金塊B)
(ミス・マープルと十三の謎*金塊B)
無敵艦隊の所属のスペインの一艘の船が、スパニッシュ・メインから大量の金塊を乗せてきて、コーンウォールの海岸の有名な難所・蛇岩に乗り上げて難破したという。
皆がこぞって、その船を引き上げて財宝をものにしようと試みて来た・・・そのための会社も設立されていた。
ところが、結局、その会社が破産してしまったため、ニューマンはその事業の権利を安価で手に入れたという。
「一部始終をニューマンはすっかり夢中になって話してくれました。彼に言わせれば、これにはただ最新式の科学的な機械がありさえすればいい。金塊はそこにあるんだから、それをものにできるのは間違いない。とこう言うんです。」
ニューマンのような財産家はほとんど努力しないで成功する・・・レイモンドは世間は得てしてこんなものだと思ったという。
しかもニューマンにとっては、引き上げられた金塊の実際の価値は彼にとってそうたいしたものでもないのだろうと。
ただ彼のあまりの情熱にレイモンドは感染してしまった。
・・・ガリオン船。(15世紀から17世紀にかけてスペインで軍船または貿易船として用いられていた大帆船)
かの船が海岸をただよい、風に吹き流されて黒い岩にたたきつけられて、破壊されるのを目の当たりに見るような気がした・・・ロマンティックな響きを持つガリオン船と「スペインの金塊」・・・小学生のみならず、大人でもわくわくする話だった。
そのうえ、レイモンドはその当時、小説を書いていた・・・16世紀を舞台にしたいくつかの場面もあり、ニューマンの家に泊まれば、小説にも貴重な地方色を添えられると期待もあった。
レイモンドは意気揚々と、行先を楽しみにして、パディングトン(ロンドンの終着駅の名)から金曜の朝、列車に乗り込んだ。
列車の中で懐かしい人物に出会った・・・彼は背の高い軍人のような風貌の警部であった。
以前に書いていたエヴァースン失踪事件の連載物・・・その時に世話になったバッジウォース警部だったのだ。
二人で談笑しているときにレイモンドがポルぺランに行くのだと言うと、警部はこれはこれは不思議なめぐりあわせだ、自分もそこに行く道中であることを明かしたいう。
警部の仕事に対して、詮索好きと思われぬよう、あえて彼の旅行の目的は聞かないようにし、代わりにレイモンドは難破したスペインのガリオン船のことやその土地に対する興味を話した。
ところが驚いたことに警部はそのことをよく知っていたのである。
(次号に続く)
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無敵艦隊の所属のスペインの一艘の船が、スパニッシュ・メインから大量の金塊を乗せてきて、コーンウォールの海岸の有名な難所・蛇岩に乗り上げて難破したという。
皆がこぞって、その船を引き上げて財宝をものにしようと試みて来た・・・そのための会社も設立されていた。
ところが、結局、その会社が破産してしまったため、ニューマンはその事業の権利を安価で手に入れたという。
「一部始終をニューマンはすっかり夢中になって話してくれました。彼に言わせれば、これにはただ最新式の科学的な機械がありさえすればいい。金塊はそこにあるんだから、それをものにできるのは間違いない。とこう言うんです。」
ニューマンのような財産家はほとんど努力しないで成功する・・・レイモンドは世間は得てしてこんなものだと思ったという。
しかもニューマンにとっては、引き上げられた金塊の実際の価値は彼にとってそうたいしたものでもないのだろうと。
ただ彼のあまりの情熱にレイモンドは感染してしまった。
・・・ガリオン船。(15世紀から17世紀にかけてスペインで軍船または貿易船として用いられていた大帆船)
かの船が海岸をただよい、風に吹き流されて黒い岩にたたきつけられて、破壊されるのを目の当たりに見るような気がした・・・ロマンティックな響きを持つガリオン船と「スペインの金塊」・・・小学生のみならず、大人でもわくわくする話だった。
そのうえ、レイモンドはその当時、小説を書いていた・・・16世紀を舞台にしたいくつかの場面もあり、ニューマンの家に泊まれば、小説にも貴重な地方色を添えられると期待もあった。
レイモンドは意気揚々と、行先を楽しみにして、パディングトン(ロンドンの終着駅の名)から金曜の朝、列車に乗り込んだ。
列車の中で懐かしい人物に出会った・・・彼は背の高い軍人のような風貌の警部であった。
以前に書いていたエヴァースン失踪事件の連載物・・・その時に世話になったバッジウォース警部だったのだ。
二人で談笑しているときにレイモンドがポルぺランに行くのだと言うと、警部はこれはこれは不思議なめぐりあわせだ、自分もそこに行く道中であることを明かしたいう。
警部の仕事に対して、詮索好きと思われぬよう、あえて彼の旅行の目的は聞かないようにし、代わりにレイモンドは難破したスペインのガリオン船のことやその土地に対する興味を話した。
ところが驚いたことに警部はそのことをよく知っていたのである。
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タグ:#アガサ・クリスティ
2017年03月04日
アガサ・クリスティから (99) (ミス・マープルと十三の謎*金塊A)
(ミス・マープルと十三の謎*金塊A)
「ラソールっていう小さな漁村よ、まさかあなたの話と同じ村じゃないでしょうね?」
「違うよ、僕の話の村はポルぺランというんだ・・・。」
レイモンドの話では、そこはコーンウォールの西海岸にある荒れた岩だらけの土地のようだった。
彼は、その二〜三週間前に人の紹介でニューマンという男と出会った。
ニューマンは実に面白い男で、頭もよく切れて、楽に暮らせる身分を持ち、それにあわせて、ロマンティックな空想を持っていた。
彼の道楽で、ポル・ハウス(ポーランドづくりの家)を借りていたようだ。
レイモンドは話を続けた。
「その男はエリザベス朝時代(エリザベス1世の昔の時代のこと)にかけては、たいした専門家で、スペイン無敵艦隊の総崩れのことなど、まざまざと手に取るような話っぷりで僕に話してくれましたっけ。まるでその場面を目撃したかのように心を込めてね。この世には生まれ変わりということがあるのかな。・・・本当にそんな気がするんです。」
「あんまりロマンティックすぎますよ、レイモンド」
叔母でもあるミス・マープルが彼の方を優しく見た。
「僕はロマンティックの”ロ”の字ももってませんよ。」
レイモンドは慌てて、打ち消した・・・少し、気を悪くしたのだ。
しかし、ニューマンという男は総身ロマンティックというような男だった。
それゆえに、過去の不思議な生き残りのようで、レイモンドは興味を惹かれたのだ。
無敵艦隊の所属のスペインの一艘の船が、スパニッシュ・メインから大量の金塊を乗せてきて、コーンウォールの海岸の有名な難所・蛇岩に乗り上げて難破したという。
皆がこぞって、その船を引き上げて財宝をものにしようと試みて来た・・・そのための会社も設立されていた。
ところが、結局、その会社が破産してしまったため、ニューマンはその事業の権利を安価で手に入れたという。
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2017年02月13日
アガサ・クリスティから (98) (ミス・マープルと十三の謎*金塊@)
(ミス・マープルと十三の謎*金塊@)
ミス・マープルの甥で作家のレイモンドが口を開いた・・・。
・・・内容はこの場にふさわしいものか?どうか?は分からないと言う。
レイモンド自身にもその解決がついていないらしく、ただ、起こったことはとても面白く珍しいものなので
ひとつの問題として、提供したいとのことだった。
まだ解決を得ていないレイモンドからすれば、もしかして皆の間でつじつまの合う結論に到達するかもしれないとの期待もあったらしい。
「これは二年前に起こった事件で、ちょうど僕が聖霊降臨節(*1)をジョーン・ニューマンという男と一緒に過ごすためにコーンウォール州(*2)まで出かけて行った時のことです。」
*1(復活祭後の第7日曜日【ペンテコステ】から一週間・キリスト教圏内での毎年の習わし)
*2(英国南西端にある州)
ジョイス・ラムプリエールが、はっとしたように言った。
「コーンウォール州ですって?」
「そうだよ、どうして?」
ジョイスは説明した・・・彼女の話もコーンウォールで起こったことだったので、妙だと思ったらしい。
「ラソールっていう小さな漁村よ、まさかあなたの話と同じ村じゃないでしょうね?」
(次号に続く)
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2017年01月31日
アガサ・クリスティから (97) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー17)
彼はこうも記していました・・・【五年の間、ぼくはまるで地獄の苦しみを受けていました。せめて立派な死に方をして私の罪を償おうと思っています。】
牧師の話の後、皆は、しいんとなっていた。
「そして彼は立派な死に方をすましたよ。」
とヘンリー卿は言った。
「ペンダー博士、あなたはお話の中では名前を変えていましたね。でもわたしは誰のことだかわかるような気がしますよ。」
「前にも言ったように」
老牧師は続けた。
「私にはどうもこれだけの説明では、あの事実をすっかり言いおえたようには思えません。まだあの森には不吉な力があるような気がしましてな、エリオット・ヘイドンにあのようなことをさせた魔力のようなもの。今になってもまだ、アスターテの祠のことを思うたびに、身震いがするのです。」
***ミス・マープルと13の謎【アスターテの祠】***
***THE END***
そうなのである・・・牧師の配慮で本当の名前は伏せられていたのだった・・・ヘンリー卿は元ロンドン警視庁の警視総監、世間には表向きに出ていない裏事情も分かる立場にあったのだ。
余談だが、この専門家のヘンリー卿こそ、皆がふと軽視してしまう老婦人ミス・マープルの能力を高く評価していたのである。
(*彼女の活躍するこの短編、他の長編も含め、後に改めてミス・マープル特集を組む予定)
次回は、この短編集・第三の謎【金塊】です。
(次号に続く)
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2017年01月27日
アガサ・クリスティから (96) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー16)
(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー16)
すべての目が、牧師であるペンダー博士の方に向けられた。
「この悲劇の5年後に、私は真相を知りました。」
博士は説明し出した。
エリオット・ヘイドンから、牧師であるペンダー博士に手紙が届いたらしい・・・。
彼の話を要約すると、こうである。
・・・その手紙には、牧師があれから、ずっとエリオットを疑っていたと思っていたようだった。
エリオットの手紙には、あの時は魔がさしたんだと、書いてあったとのこと。
そして、その動機は・・・
実はエリオットもダイアナ・アシュレイを愛していた・・・しかし、たかが貧乏な法廷弁護士ではどうにもならなかったのだ。
彼はリチャードを亡き者にして、その称号と財産を相続すれば、素晴らしい将来が自分の前に開けると考えたらしい・・・いとこのそばにひざまずいた時、短剣はベルトからはずれ出ていた・・・その時はもう考えるいとまもなく、いとこをいきなり、それでいとこを刺し、そしてまた皮ベルトに戻したのだった。
彼は疑いを自分からそらせるために、あとで自らわが身を短剣で刺したのだ・・・しかし、そこまでして彼が犯した罪は、予想に反して、彼にとってはなんの得にもならなかった。
彼はそうした内容の手紙を牧師宛てに、南極探検に出発する前夜に書き送ったのだ・・・
再び、生きて帰れない場合を考えて、と彼は書いていた。
「帰ろうというつもりはなかったのだと私は思っています。
彼はこうも記していました・・・【五年の間、ぼくはまるで地獄の苦しみを受けていました。せめて立派な死に方をして私の罪を償おうと思っています。】と書いていました。」
牧師の話の後、皆は、しいんとなっていた。
(次号に続く)
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2017年01月24日
アガサ・クリスティから (95) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー15)
(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー15)
「エリオット・ヘイドン」レイモンドが叫んだ。
「あなたはエリオットが殺したっていうんですか?」
逆にミス・マープルは目を丸くして答えた。
他の人にどうしてそんなことが出来たなんて思えますか?・・・と。
「ペザリックさんが、さっき大変、賢明なことをおっしゃいましたが、あんまり良いものではない異教の女神の雰囲気なんてものに左右されずに、事実だけを取り上げれば、ですよ。エリオットは一番先にリチャードのところに駆け寄り、上に向かせた・・・もちろん、皆にうしろを向けてそうしたのに決まっています。それに山賊の親分に仮装していたんですから、たしかにベルトには何か剣のようなものをさしていたでしょうね・・・。」
いつものミス・マープルらしく、彼女が村の中で経験した話を持ち出した。
若い頃に山賊の親分に仮装した男の人とパーティーか何かで踊ったことがあるらしい。
「ナイフや短剣を五つもつけているもんですから、とても奇妙なものでしたわ。お相手役をしているのがつらくって。」
すべての目が、牧師であるペンダー博士の方に向けられた。
「この悲劇の5年後に、私は真相を知りました。」
博士は説明し出した。
(次号に続く)
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「エリオット・ヘイドン」レイモンドが叫んだ。
「あなたはエリオットが殺したっていうんですか?」
逆にミス・マープルは目を丸くして答えた。
他の人にどうしてそんなことが出来たなんて思えますか?・・・と。
「ペザリックさんが、さっき大変、賢明なことをおっしゃいましたが、あんまり良いものではない異教の女神の雰囲気なんてものに左右されずに、事実だけを取り上げれば、ですよ。エリオットは一番先にリチャードのところに駆け寄り、上に向かせた・・・もちろん、皆にうしろを向けてそうしたのに決まっています。それに山賊の親分に仮装していたんですから、たしかにベルトには何か剣のようなものをさしていたでしょうね・・・。」
いつものミス・マープルらしく、彼女が村の中で経験した話を持ち出した。
若い頃に山賊の親分に仮装した男の人とパーティーか何かで踊ったことがあるらしい。
「ナイフや短剣を五つもつけているもんですから、とても奇妙なものでしたわ。お相手役をしているのがつらくって。」
すべての目が、牧師であるペンダー博士の方に向けられた。
「この悲劇の5年後に、私は真相を知りました。」
博士は説明し出した。
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2017年01月21日
アガサ・クリスティから (94) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー14)
(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー14)
「あなたはサー・リチャードが刺殺されたといううらに、ただ一つのやり方しかないとおっしゃるのですな、ミス・マープル。」
牧師はミス・マープルを不思議なものを見るようにみつめた。
「たいへん、悲しいことで、わたしもそう思いたくないんですけどねぇ。その人は右利きだったんでしょう、そうじゃございませんか?自分で自分の左肩をさしたんですからね・・・。」
ミス・マープルは知人のジャックの話を持ち出していた・・・彼女は小さな村からあまり出たことのない老婦人であったが、村人の様々な人間模様を深く洞察しており、それを元に人間関係の謎を解こうとしていた・・・そして、それは驚くほどに的確に的を得ていたのだった。
この火曜クラブでも同様なのだった。
彼女の知人のジャック・ベインズの戦争のおりの話を気の毒に思っていると、ミス・マープルは話し出した。
「・・・ご存じでしょう?あのアラスの激しい戦で、ジャックは負傷したと見せかけて、自分で足を打ったんですよ。わたしが病院にお見舞いに行ったときに、そのことをわたくしに恥じていましたがね・・・その気の毒な男、エリオット・ヘイドンもあんな悪意ある罪を犯して得をしたなどと思えないですわ。」
「エリオット・ヘイドン」レイモンドが叫んだ。
「あなたはエリオットが殺したっていうんですか?」
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2017年01月03日
アガサ・クリスティから (93) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー13)
(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー13)
「そうですな。一つだけは確かにはっきりしていると思うんです。彼が殺された時にはだれも近くにはいなかった。だから、彼を刺殺すことの出来る唯一の人物は彼自身だった。つまり自殺ですな。」
弁護士は自説を展開した。
「だけど、一体全体なぜ自殺する気になんかなったんでしょうね?」
小説家でもあるレイモンドは信じられない面持ちで尋ねた。
弁護士は一度、咳ばらいをした。
彼は言った。
それは理論の問題の繰り返しであると。
理論については今、討論するべきことではないが、超自然的神秘というものを一度も信じなかったことを彼は言った。
彼の推理によると・・・皆が感じていた超自然的神秘というものを除けば、自殺の可能性だけが残るのだった。
リチャードは自分を刺殺した。そして倒れた拍子に、リチャードの腕が泳いで、傷口から短剣をもぎ取り、ずっと遠い茂みに投げてしまった。・・・ちょっとありえそうもないことだが、起こりうることだと思うと。
「はっきりしているとは言いたくないんですが・・・。」とミス・マープルは口をはさんだ。
「随分、妙な話ですっかり面食らいました。」
ミス・マープルはなおも話を続けていた。
でも不思議なことはあるものだと・・・去年のレディ・シャプレイの園遊会でクロック・ゴルフの支度をしていた人が番号の札につまずいて転んで・・・気を失ってしまった・・・5分間ぐらい意識不明であったという。
「わかりました、伯母さん。でもその人は刺殺されたんじゃないんでしょう?」
レイモンドがおだやかに言った。
「そりゃそうですとも。それを言いたいんですよ。もちろん、お気の毒にサー・リチャードが刺殺されたっていうのには、なにかたった一つのやり方があったのでしょうね。でもね、まず第一になぜ倒れたかということがわかったらなあ、と思いますのよ。きっと木の根っこがあったんでしょうね。サー・リチャードはその娘ばかり見ていたんでしょうし、月夜の晩には、よくつまづくものですよ。」
「あなたはサー・リチャードが刺殺されたといううらに、ただ一つのやり方しかないとおっしゃるのですな、ミス・マープル。」
牧師はミス・マープルを不思議なものを見るようにみつめた。
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2016年12月29日
アガサ・クリスティから (92) (ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー12)
(ミス・マープルと十三の謎*アスターテの祠ー12)
レイモンドが口を出した。
「それは投げやりだったかもしれないよ。」
レイモンドの説はこうだった。
月明りはあてにならない。
明るくない月の光の中で・・・ミス・アシュレイは槍のようなものを持っていて、かなり離れた所からその男を突いたのではないか?
そこには集団催眠が働いていた・・・超自然な力でヘイドンが殺されたと思われるようなお膳立てが揃っていた・・・なので、皆はそう感じた・・・。
元警視総監のヘンリー卿は、寄席で見る剣やナイフを使ったすばらしい芸のことを話した。
「玄人の一人の男が木立の影に隠れていて、うまく狙いをつけて、ナイフか剣を投げたということも考えられるでしょうね。
持って回ったこじつけのようですけど、たったひとつの合理的な説明だと思います。
エリオットも誰かが木々の間から自分を見ているような感じをはっきりと持ったと言ったでしょう。
マナリングのお嬢さんが、ミス・アシュレイが短剣を握っていたと言い・・・他の人たちはそれを否定した・・・それは驚くことには当たらないのです。
もし皆さんが私と同じ経験をなされば、同じことを五人が証言した場合でもほとんど信用が出来ない程、五人が五人とも証言が食い違うものだとお分かりになると思います。」
弁護士であるペザリック氏は咳払いをした。
「しかし色々な意見がでましたが、われわれは一つの大切な事実を見逃していますな。」
彼の主張は皆のものとはまた異なっていた。
凶器のことをとても重要視していた・・・ミス・アシュレイが立っていた空き地の中央からはなげやりを投げる芸当なんて出来なかったはずだ。とも弁護士は言った。
またもしも犯人が木に隠れていて短剣を投げたのなら、エリオットが死体であるリチャードを上に向かせたときにまだ傷口のところに剣があったはずであるという推理を展開した。
こじつけがましい理論よりもありのままの事実だけを見るべきだと主張した。
「じゃあ、ありのままの事実からどんなことがお分かりですか?」
「そうですな。一つだけは確かにはっきりしていると思うんです。彼が殺された時にはだれも近くにはいなかった。だから、彼を刺殺すことの出来る唯一の人物は彼自身だった。つまり自殺ですな。」
弁護士は自説を展開した。
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