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2016年05月03日

アガサ・クリスティから (41) (茶色の服を来た男*その20)


(茶色の服を着た男*その20)

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アンとレイス大佐は、だまったままで車にもどった。

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ブラワヨーにもどる途中で、民家でお茶を貰えるように頼んだ。

アンは餓死しかけている6匹の猫を見てうろたえ、すっかり取り乱してしまった。
そして猫6匹を連れて帰ると泣きながら訴えた。

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しかし、アフリカをよく知るレイス大佐に そんなことをしてもなにもならない現実を諭される。
力強く、冷静沈着な大人なのだった。
アンは納得がいかぬままいた。

レイス大佐は言った。
「ぼくは君に世の中の現実を教えてやっているのだよ。冷酷無残であれ、と教えているのさ・・・この僕のようにね。それこそ力の根源であり、成功の秘訣なんだよ。」

帰り道の車中で、レイス大佐は全く意外なことに突然、アンの手を握りしめた。

「アン、僕には君が必要だ。僕と結婚してくれないか?」

アンは完全に面くらってしまった。

駄目であること。自分はそんな風に思ったことはいないことをレイス大佐に、どもりながら伝えた。

「そうか。それだけが理由かい?」

アンは正直に言わなければならなかった。
彼も、正直に言っているのだ。

アンは、自分には好きな人がいることを告げた。
レイス大佐は、好きな人が出来たのは船を乗る前からだったのか?を聞いた。
アンの答えは、船に乗ってからのことだった。

「そうか。」
と彼が今一度言ったが、その時の声には何か含みがあったので、アンは思わず彼の顔を見た。
その彼の顔は今まで見たことない程の凄みがあった。

「それ・・・それ、どういうこと?」とアンはつっかえながら言った。
彼は、真正面から押さえつけるようにアンを見つめた。

「いや・・・自分が何をしなきゃならないか、ということがわかったのさ。」

その言葉を聞いたアンは、冷たいものが背筋を通った感じだった。
その言葉の背後には、アンにはわからない決然としたものがあった・・・アンは恐ろしくなった。

それからホテルに戻るまで、二人ともひとことも口を聞かなかった。

ホテルに戻るとすぐにスーザンを尋ねた。

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泣きながら猫の話をアンはした。

レイス大佐のことは言わない方がよいと思い、黙っていた。
しかし頭の良いスーザンは、何かあったと感づいたようであった。
ふるえているし、どうかしたのか?と聞かれた。

「大丈夫よ。」とアンは言った。
「神経よ・・・誰かが、私のお墓の上を歩いているみたい。何か恐ろしいことが、私に起こりそうな気がするの。」

スーザンはアンの不安話をさえぎって、話題をダイヤモンドの話に変えた。

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スーザンは、アンとスーザンが仲が良いことが分かった今、スーザンの荷物の中に置くのも安全ではなくなってきたと言った。
今までの所は、スーザンのフィルムケースの中のダイヤモンドはまだ無事だった。

このダイヤの隠し場所については「滝」について再検討することで意見が一致した。

列車は、9時に出発した。

サー・ユーステス・ペドラーは相変わらず、ご機嫌ななめだったし、ミス・ペティグルーは意気消沈していた。

その夜、アンは怖い夢ばかり見ていた。

頭痛で、目を覚まし展望デッキに出た。
そこは空気が新鮮だったし、見渡す限り森におおわれた山また山だった。

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アンはそれまで見たどの景色よりも気に入った。
・・・こんな森の中に一軒、小屋をかまえて、そしていつまでもそこに住んでいたい、と思った・・・本当にいつまでも・・・。

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ちょうど2時半、レイス大佐が森の一角の上にたなびいているものを指さして教えてくれた。

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「滝から立ち上っている霧だよ。もう近いんだ」

アンはまだ寝苦しかった夜の後の夢のような高揚した気分にひたっていた。
それは我が家に帰ったという強い気持ちだった・・・我が家!といってもこんなところに来たのは初めてだったし、夢に見たことさえなかったのだ。

アン達は、汽車を降りてホテルに向かった。
目前半マイルのところに「滝」があったのだ。

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アンは思わず感嘆の声をあげた。

「アン、あなた何かに取り憑かれているみたいね。」
お昼ときにスーザンは言った。

「何もかも気に入ってしまったのよ。」
アンは、確かに楽しかった。が、その奥にもう一つよく分からない気持ちがあった・・・それはもうすぐ自分の身の上に何かが起こるという一種の期待であった。
アンは興奮していた・・・いつもそわそわした気持ちだった。

滝は壮大であった。

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お茶の後、滝を見に外に出た。

ヤシの谷間を降りていかないかどうか、レイス大佐は聞いた。
サー・ユーステス・ペドラーは明日すると言い断った。
どうもレイス大佐が気に入らないらしい。

滝もヤシの谷間も虹の森も、アンはスーザンとレイス大佐と楽しんだ。

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ホテルに戻ると虹の森で濡れてしまった服を夕食用に着替えた。
夕食が済むと、サー・ユーステス・ペドラーは、ミス・ペティグルーを連れて部屋に退いた。

アンはスーザンとレイス大佐とお喋りしていたが、スーザンがあくびをし始め引き下がると、アンもレイス大佐と2人きりになるのを避け、部屋にもどった。

しかし、アンは眠れなかった。
そして絶えず感じていたことは、何事かがアンに迫りつつあると、いうことだったのである・・・。

やがてドアをノックする音。
小さな黒人の少年が伝言を突き出した。

それは、なんと!ハリー・レイバンの伝言であった。

(茶色の服を着た男*その22に続く)



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2016年05月01日

アガサ・クリスティから     (40) (茶色の服を着た男*その19)


(茶色の服を着た男*その19)

追手からなんとか逃れようとアンは、死にもの狂いで走って、ローデシア行きの列車に飛び乗った。
列車が駅を発車する際、駅の片隅にいた秘書パジェットはびっくりしたような顔をしていた。

列車は無事発車し、アンは危機一髪で街を出ることに成功した。

一、二分後には、アンは車掌とやりあっていた。

「私はサー・ユーステス・ペドラーの秘書よ。」
アンは高飛車に出た。

「あの方の専用車両に連れってって頂戴。」
威張って言った。

アンを見たスーザンとレイス大佐は驚いていた。

そしてサー・ユーステス・ペドラーの口述筆記をしている車両に飛び込んだ。

初めて見たパジェットが役所から連れてきた秘書は、背が高く、角ばった体に茶色の服と鼻眼鏡をつけていた。
アンの姿を見ると、新しい秘書のミス・ペティグルーは仕事が速そうだがとても神経質らしく、撃たれでもしたかのように飛び上がった。

サー・ユーステス・ペドラーもびっくりしていたが、すぐに我に返り、ミス・ペティグルーに仕事に戻るようにうながした。

「あの」とレイス大佐が、静かに言った。
「ミス・ペティグルーの鉛筆が折れているようですが。」

彼はそう言いながら、彼女の鉛筆を削ってやった。

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サー・ユーステスもアンもその有り様をじっと見つめていた。
レイス大佐の口調には、なんとなく不可解なものがあったのである。






(サー・ユーステス・ペドラーの日記から)

”回顧録”には熱意がなくなって来た。

代わりに【わしの使った秘書たち】という短い記事を書こうと思う。
わしは秘書にはすっかり参ってしまったような気がするのだ。

第1号は、逃亡中の殺人者。
第2号は、イタリアでみっともない陰謀を企てた酔っ払い。
第3号は、同時に二つの場所に出現するという特殊能力を持つ美少女。
第4号は、これこそとりわけ危険なごろつきが変装しているに違いないミス・ペティグルー。

おそらくパジェットのイタリア人の友人のひとりを、わしに押し付けたということなのだろう。
すべてがパジェットのからくりだったということがわかっても、わしは不思議に思わないだろう。



展望デッキに出ると、レイス大佐にブレア夫人やミス・ベディングフェルドがいた。

【ヴィクトリア滝】の話題になり、都合を聞かれたが、どっちつかずの返事をしておいた。

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ジョバーグ(ヨハネスブルグ)のランド炭鉱の現状を母国イギリスでの立場・・・南アフリカの権威として調べようとしていたこともあった。

木曜日の夜、われわれはキンバリーを発ったところだ。



レイス大佐は、またもやダイヤ泥棒の話をさせられていた。

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どうして女たちというのは、ダイヤのことになるとあんなにも夢中になるのか?



とうとうアン・ベディングフェルドが、神秘の仮面を脱ぎおった。
彼女は新聞特派員らしい。

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どうやら「茶色の服を着た男」を追っているらしい。
彼女が面白おかしく書き、それをまたデイリー・パジェット新聞社の社員が輪をかけて面白く書き直すだろうから、元のレイバンには似ても似つかないものになるだろうと思われた。

彼女は、わしの家作で殺された外国人風の美貌の女性が、ロシアの有名な踊り子マダム・ナディーナと突き止めたらしい。
「私のシャーロック・ホームズ式の推理ですわ。」と答えよった。

明日は、ベチャナンランドを通り抜ける。
駅ごとに小さなカフィルの子供達が、自分達が妙な彫った木製の動物を売りつける。

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ブレア夫人が夢中にならないかと心配になる。





金曜日の晩。

わしが心配した通りだった。

ブレア夫人とアンの二人で49個の木彫りの動物を買いよった!

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(アンから見た話の続き)

列車がケープタウンを出る間際、飛び乗った手腕をスーザンは感心していた。
ローデシア旅行はとても楽しかった。
スーザンと木彫りの動物の収集を始めた。
サー・ユーステス・ペドラーはそれを抑制しようとしたが無理だった。



そしてこれからについて、スーザンと二人で夜通し相談した。
これからは防御も考える必要があった。

サー・ユーステス・ペドラー一行の中にいるのは安全なのだ。
力あるサー・ユーステス・ペドラーとレイス大佐は強力な保護者であった。
もし敵としても耳元でスズメバチの巣をぶちまけることはない。と判断した。
サー・ユーステス・ペドラーの近くにいるだけで、秘書パジェットの動向も分かるはずだ。

アンは、秘書ガイ・パジェットが国際的な犯罪組織の黒幕、謎のボス”大佐”ではないか?と踏んでいた。
これについては、スーザンはまっ正面から反対であった。
彼はただ鈍臭いばか正直者なのだという。
根拠は、パジェットの妙な顔だった。
あんな変な顔をした人は、逆に悪い人はいない。というのだ。
根拠ないスーザンの意見にアンはがっかりした。



ともかく、アンは身分をはっきりしないといけない。という話になった。
アンが何をしているのか、いつまでも分からないようでは対面的にも説得力がないのだ。

そこで思いついたのが、デイリー・バジェット紙の特派員であった。
それが得策に思えた。
この件については、スーザンの全面的賛成を得て、デ・アールから長文の電報を打った。

ちょうど、これというニュースがない時期で、この電報でデイリー・バジェット紙は創業始まって以来のスクープ記事となった。
アンの打った予想が正しい事実だと証明されたのだった。

【ミル・ハウスの殺人事件の被害者の身元、我が社特別通信員が突きとむ】

【わが社通信員、殺人犯人と同船。茶色の服を着た男。犯人とはこんな男】

ブラワヨーで、アンは新聞社から同意の電報と訓電を貰ったのだった。
デイリー・バジェット紙の社員にされた上に、ナスビー卿から直接のおほめの電報も貰ったのである。

アンは犯人を突き止める仕事をはっきりと任されたのであり、そしてアンだけが真の犯人はハリー・レイバンではないということを知っていたのであった。
しかし、世間には彼が犯人だということにしておこう・・・少なくとも当座はそうしておいたほうがいいのだ。



ブラワヨーに着いたのは月曜日朝だった。
スーザンと買い集めた木彫りの動物は邪魔になり、また運ぶ時も皆に手伝わせた。

中でも魅力的な大きな木彫りのキリンは、その所有権をスーザンと争っていた。

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この場所ふさぎの木彫りの動物49個についてだろうか、サー・ユーステス・ペドラーは、随分、機嫌が悪かった。

暑いし、ひどいホテルだったが、アン達は午前中は休み、午後からセシル・ローズの墓を見に車でマトッポスに行く予定だった。

最後の瞬間になってサー・ユーステス・ペドラーは予定を辞めると言い出した。ひどく機嫌が悪かったのだ。
したがって秘書のミス・ペティグルーも残ることになった。
スーザンも最後になって頭が痛いと言い出し、結局、アンとレイス大佐2人で行くことになったのだった。



その地は原始の地であるかのようだった。

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原始的な不思議な空気が漂う中で、レイス大佐にここで何をしているのか?と尋ねられた。

「世界見物をしているジプシー娘よ。」

「新聞社の特派員というのは口実だろう。きみには新聞記者的なものはない。きみは、ひとりで・・・人生をほじくりまわそうとしているんだ。だが、それだけではないな。」
レイス大佐は言った。

この男、私に何をいわせようとしているのだろうか?

・・・アンはとても恐ろしかった。

「あなたこそ、こんなところで何をしているんです、レイス大佐?」

その瞬間、彼は答えに詰まったように思えた。
明らかに彼はびっくりしたのだ。
やがて彼は話し出したが、話していることで何か気味が悪い快感を味っているように見えた。

「野望にひかれてね。それだけさ・・・野望を追いかけているのだ。君も知っているだろう、”その罪により天使達は落ちたり”うんぬんというところ」

「人の噂では、あなたは政府と関係がある・・・諜報機関なんだって言ってるんですよ。本当なの?」

すぐさま君の空想さと一笑に付してしまうか、それとも少し考えて返事をするのか?

「言っとくがね、ミス・ベディングフェルド。僕がここに来ているのは全くの道楽なんだよ。」

頭の中でこの返事を考えながら、アンは少しおかしいなと思った。
あるいは、彼の言った通りなのかもしれない。

(茶色の服を着た男*その21に続く)



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2016年04月26日

アガサ・クリスティから (39) (茶色の服を着た男*その18)


(茶色の服を着た男*その18)

アンは、何処からか?大変な事件に関与してしまったのは、明らかだった。

地下鉄の事件の遭遇。
アンの背後にいた何者かにおびえ、地下鉄に落下、感電死した男。
医師を装った茶色の服を着た男。
そして事件現場で拾った暗号のような紙片。
感電死した男が持っていたミル・ハウスの検分証。
そのミル・ハウスからは空のフィルムケースを拾う。
ミル・ハウスでは外国人の若い美貌の女性死体が見つかる。

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ロシアの有名な美貌の踊り子マダム・ナディーナであると思われる。

アンは冒険心から、全財産を投げうち、暗号に付随すると考えられる南アフリカ行きのキールモーデン・キャッスル号に乗り込んだ。

しかしアンの部屋が取り合いになり、挙げ句の果て、悪臭漂う薬品を部屋に撒かれる。

その夜、飛び込んできた肩を刺されたレイバンをアンはかくまった。

スーザンの部屋の元の予約者マダム・ナディーナが、巨大な力を持つ国際犯罪組織の一員であると、レイス大佐に教えられたスーザンから聞く。
またそのボスは”大佐”と呼ばれる謎の人物らしい。
そして、スーザンの部屋に投げ込まれたフィルムケースからは、ダイヤモンドの原石が出てきた。

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昔、キンバリーであった鉱山王の息子と友人が関与したとされるダイヤモンド盗難事件の物と思われる。

船上では突然何者かに襲われ、危機一髪をレイバンに助けられ、また上陸後は偽手紙でおびき寄せられ、監禁までされた。

なんとか幸運ですり抜けてきたものの、また今は秘書パジェットの後をつけるつもりが逆につけれていたのだ。

彼らが目かけているのは、ダイヤモンドだけなのだろうか?

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アンは、かぶりを振った。
確かにダイヤモンドの値打ちは大きいが、それだけではアンを殺してまで、是が非でも仕事を守ろうとしていることの説明にはならない。
違うはずだ、アンの存在には、もっと大きな意味があるはずだった。

本人には分かっていないけれど、ある意味、アンは彼らにとって脅威なのだ。危険なことなのだ!
アンの知っている、もしくはアンが知っているものと思い込んでいるものが、彼らがどんな犠牲を払ってもアンを殺さなければならないという立場に、追い込んでいるのだ。
・・・・・そしてそのあることと言うのが、なんらかの形でダイヤモンドと結びついているのだ。

ここに一人、アンが知らないこの話の全容の半分を教えてくれると確信している人物がいた。

ハリー・レイバンである。

しかし、その彼は姿を消してしまったし、追跡の手を逃れているのである。
どう考えてみても もう彼と逢うことはないだろう・・・。

ここまで来て、アンは感傷から無理矢理、自分を現実に引き戻した。
ハリー・レイバンのことで感傷的になったところで、どうにかなるものか。彼は初めから、アンに強い反感を示して来たのだ。

・・・でなければ、少なくとも・・・いけない、そんなことは夢だ!

現実はそんなことを感傷に浸っている場合ではなかった。

敵を監視するはずが、監視されていたのである。

船上で襲われた時ハリー・レイバンに助けられ、監禁された時は自分でなんとか切り抜けてはきたが、かなり危険な状況であるのだ。

電車から降りると、つけてくる人を感じながらも、お店に入り、アイスクリーム・ソーダーを2杯注文した。

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アンにとっては、男性のブランデーにとって代わる気つけ薬のようなものだった。

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2杯目を軽くたいらげ、3杯目をアンが頼んだ時、入り口辺りに座っていた追跡者が出て行った。

アンはそっと隠れながらも 入り口辺りから追跡者を目で追った。

すると、サー・ユーステス・ペドラーの秘書パジェットと追跡者は話していた。

なんらかの話し合いがなされていた。どんな命令を与えたのだろう?

しばらくすると、パジェットは駅に向いて行った。

突然アンは、はっと息を飲んだ。

アンをつけてきた男は、道路を横切ると、そこにいた警官に話しかけ出した。
アンのいるお店を指差しながら、何かを説明していた。

アンには、それが何を意味するのかが分かった。
アンを逮捕させようとしているのだ・・・スリか何かの容疑で。

こういう連中にとっては、これ位のことをでっちあげるのは、わけもないことなのだ。

私が潔癖だと言い張ったところで、どうなるものか?
彼らはちゃんと手を打ってあるのだ。

ずっと以前に彼らは、ハリー・レイバンがデ・ベールス会社のものを盗んだと訴えて、アンは絶対に彼は潔癖だと信じていたのだが、彼にはそれを証明することは出来なかった。という事実。

”大佐”のような人物の「でっちあげ」をアンがどうして打ち破ることができようか?

アンは柱時計を見上げ、ふと思った。
パジェットも時計を見ていた。
11時少し前だった。

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11時には、力あるお友達、スーザンもレイス大佐もサー・ユーステス・ペドラーも 列車に乗ってこの街からローデシアに行ってしまうのだった。
つまり、今まで無事だったのは、アンの友人達、力ある彼らがこの街にいたからである。
彼らが行ってしまえば、この街でアンを助けるものは1人もいない。

アンは急いで、ハンドバッグを開けて
アイスクリーム・ソーダーの代金を支払ったが、その時、心臓が止まりそうになった。

何故なら、ハンドバッグの中に札でいっぱいに膨らんだ男性の財布が入っていたからである!

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電車を降りる時、たくみに入れたのに違いない。

アンはすっかり、めんくらった。
そして急いで、店を出た。

鼻の大きな小男が興奮して、警官にアンの方を指差していた。

アンは逃げ出した。
ふと思いついて、駅の方角を聞くと、全速力で走った。
警官は足が遅そうだったが、鼻の大きな小男は短距離走者のように足が速かった。

アンが駅の方に曲がった時、うしろから足音が聞こえていた。この調子ではホームに行く前に捕まってしまう。
アンは柱時計を見上げた。

11時1分前・・・うまく行けば、助かるかも?知れない。

駅の正面入り口から入り、横の出口から出た。
目の前に郵便局の横入口があり、その正面入り口は、街のアッダリー・ストリートに面していた。
アンが考えたように小男は、アンが郵便局の正面入り口から出てくるものと考えたのか街路を走って捕まえようとしていた。

その隙にアンは、もう一度横切って駅に入った。
まるで狂人のように走った。
ちょうど11時だった・・・アンがホームに出た時、長い列車が出ようとしているところだった。

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赤帽が、アンを止めようとしたが、アンはそれを降りきって乗降用踏み板に飛び乗った。

二段上がってドアを開けた。
助かった。列車は動き出していたのである。

列車は、ホームの端っこに立っていた男の前を通り過ぎた。
アンはその男に手を振った。

「さようなら。パジェットさん。」と、アンは叫んだ。

あんなにびっくりした男を見たことはない。
まるで幽霊でも見たような顔だったのである。

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2016年04月22日

アガサ・クリスティから (38) (茶色の服を着た男*その17)


(茶色の服を着た男*その17)

サー・ユーステス・ペドラーの秘書が茶色の服を着た男であったと判明し、サー・ユーステス・ペドラーの困惑ぶりは相当であった。

アンとスーザンは、彼を慰める一方、パジェットがローデシアに同行せず、ケープ・タウンに残ると聞き、なんとかしなければ。と作戦を立てていた。

「アン、あなたまさか、サー・ユーステス・ペドラーとレイス大佐まで疑っているんじゃないでしょうね?」
とスーザンは言った。

「私、誰のことでも一応、疑ってよ。それにスーザン、あなた推理小説をお読みになったことがあれば、一番それらしくない人物が、往々にして犯人であることを知っているでしょう。
サー・ユーステス・ペドラーのように太って朗らかな方で、犯人というケースはずいぶんあってよ。」

「レイス大佐は、とくに太ってもいないし・・・特に朗らかでもないわね。」とスーザンは頑張った。

「場合によっては、痩せて気難しい人が、そうであることもあるのよ。」と、アンは言い返した。

スーザンは分かった。彼を監視しておく。と言い、「もし彼がもっと太ってきて、もっと朗らかになったら、その時はすぐにあなたに電報を打つわ。《サー・E、いよいよふくれ、いよいよ怪しい。すぐ、来い。》ってね。」
とも言った。

アンはスーザンが、この件をゲームのように感じていると思った。
その通り、スーザンはこのアンの冒険をゲームのように楽しもうともしていたが、その反面、犯罪事件に関係あるということと、離れている夫に関して少しナーバスになっていた。

「サー・ユーステス・ペドラーを監視するというのは、わたくしにも分かるわ。あの人の風貌といかにもユーモラスな話し方が、かえって怪しいからよ。でもレイス大佐まで疑るのは行き過ぎよ。・・・とっても行き過ぎだと思うわ。あの人は諜報機関とも関係がある位なのよ。よくって、アン。わたくしはね、彼を信用して、いっさいを彼に話してしまうのが一番いい方法だと思っているくらいよ。」

アンは、このいさぎよくない提案に強く反対した。
そして、なんとかスーザンを説得して、レイス大佐には何も言わないでおく。と約束を取り付けた。

予定通りにスーザンは、ローデシアに行くサー・ユーステス・ペドラーに同行して様子を見る。
またレイス大佐の同行も同時に見る予定であった。

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アンは考えた挙句、このケープ・タウンに残り、茶色の服を着た男を追うパジェットを見張るつもりであった。

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アンの計画は、ダーバンに旅立ったように装い、小さなホテルに越してしまい、金髪のかつらに白いレースのベールをかぶったりして変装し、パジェットを監視、つけるつもりだった。

サー・ユーステス・ペドラーに食事の後、お別れの挨拶に行った。

アンが断わった後、パジェットが見つけて来た秘書は、歳は40歳、鼻眼鏡をかけて網上靴といういでたちの真面目一本の有能なタイピスト兼秘書の女性らしかった。

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ところが、パジェットがどうしてもダーバンに行くアンを送ると言い出し、有無を言わせず、アンのダーバン行き列車まで着いて来てしまった。

赤帽にテキパキと指示まで行い、アンの荷物を列車に運ばせていた。

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本当にアンを監視しているようであった。

アンは機転を利かし、列車に乗るふりをして、なんとか列車に乗らず、逃げおおせた。

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スーザンとも連携して、スーザンがパジェットに薬局へ買い物に行くよう命令したのだった。
暑い日の為にアンが忘れたオーデコロンがいるのだ。

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急ぎの用件である。
スーザンから薬局での買い物の頼まれたパジェットは仕方なく、薬局に走った。

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こうして無事、アンはパジェットの監視下から逃げたのであった。
さすがに社交界のスーザンに頼みごとをされるとパジェットも断ることが出来なかったのである。

パジェットの監視下をなんとか、くぐり抜けたアンは、ケープ・タウンの街中に小さな宿を見つけて、滑り込んだ。
ここから、パジェットの動向を探っていくつもりだった。

街中を歩いている時、アンは鼻だけがばかに大きな気味の悪い顔をした男とぶつかった。
どこかで見かけたような顔で。
ふと感じて、アンは立ち止まった。すると相手も立ち止まるではないか。
電車を降りると、降りる。
電車に乗ると、乗る。

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・・・・・・・・・・・・・・・。

それから、様々なことを試したが、やはり、自分がつけられている。と、アンは確信した。
考えが、甘かったのだ。
アンは、自分がパジェットを 変装して監視し、付けるつもりが、逆に敵につけられていたのだ。

これは大変なことになったなぁ。とアンは思った。

アンが自分で考えていたよりはるかに大きな渦中にあることは、いまや明らかであった。

マーローの家での殺人事件は、決してそれだけのことではなかったのだ。

アンは今やある陰謀団を相手に回していたのであった。

レイス大佐が、スーザンに打ち明けていたことと、アン自身が監禁されたミューゼンバーグの別荘で立ち聞きしたこととで、その複雑極まる行動が、おぼろげながらにわかりかけてきた。

部下たちが【大佐】という名で呼んでいる男を頭とする組織犯罪なのだ!

船上で聞いた話やランド金鉱のストライキとその底流をなしているものなどを少しづつ思い出した・・・これは、ある秘密組織が扇動しているに違いない。

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皆、【大佐】の考えたことで、手下どもは彼の命令で動いているのだ。
彼は組織を作り、指令を与えているだけで、決して自ら行動しないとは、しばしば聞いたことのあることだ。
知能犯。
自分では危険に身をさらすようなことをしない。
しかし、彼自身が現地に乗り込んで来ていて、安全な所から指揮をするということも、大いにありうることだろう。

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そうだとすれば、レイス大佐がキールモーデン・キャッスル号に乗っていた理由も分かるというものだ。

彼は[元凶]を探しに来ているのだ。
この想像は事実といちいち符合する。
彼は《諜報機関》の大物で、【大佐】を捕まえに来ているに違いない。

アンは1人でうなずいた・・・これで事態がはっきりしてきた。

ところで、アンは事件のどこに絡まっているのだろう?
どの辺から、関係したのだろう?

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2016年04月21日

アガサ・クリスティから (37) (茶色の服を着た男*その16)


(茶色の服を着た男*その16)

アンは、敵の経略にまんまと引っかかり、部屋に監禁されてしまった。
なんとか縛られていた縄をほどくと、危険を冒して彼らの会話を盗み聞きした。
そして、アンを捕まえたオランダ人と会話している人物は、チチェスターであると、鍵穴から確認した。

彼らは、巨大な力を持つ国際犯罪組織のボスである正体不明・謎の”大佐”から命令を受け、例のダイヤモンドを探しているようであった。

また膨大な数の野菜の取り引きをしているようでもあった。

翌日、なんとか命からがら監禁場所から逃げ出したアンは、慌てて港に行った。

しかし、キールモーデン号は出航した後で、果たして、チチェスターが予定通り、その船に乗ったのか?どうか?も分からなかった。

*****************

アンはそのまま、ホテルへと車を走らせた。
社交室(ラウンジ)には、誰もいなかったので、スーザンの部屋を訪ねた。

スーザンは、アンが連絡もなく見当たらないので、随分、心配してくれていたらしかった。

スーザンに監禁された話をした。
これから、アンがどうするか?を悩んでいた。

本来なら、スーザンはサー・ユーステス・ペドラーの一行にお供して、サー・ユーステス・ペドラーはもちろん、秘書のパジェットやレイス大佐まで、その動きを監視するつもりだった。
一方のアンは、チチェスターを追って、彼が予定していたキールモーデン・キャスル号に乗って、ダーバンまで行くつもりであった。

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しかし、監禁場所からアンが逃げたことを仲間からの連絡で知ったチチェスターが予定を変更したり、アンの追跡をまくことも予想出来た。
実際、本当にチチェスターが船に乗り込んだか?どうかも?確認出来なかった。

チチェスターは変装の名人だった。
もし次、チチェスターに会ったとしても分かるかどうかも不明であった。

スーザンは、変装名人のチチェスターはプロの俳優であると思う。と言った。

確かにアンは、例の刃物で肩を刺されたレイバンを助けた夜、女給に化けたチチェスターの正体を見抜くことが出来なかった。

スーザンとアンが話し込んでいると、レイス大佐が来た。

スーザンが、今日はまだサー・ユーステス・ペドラーには会っていない。と話すと、レイス大佐の顔はちらりと妙な表情がかすめた。

「あの人のプライベートなことで何かあったらしくって、それで手を離せないらしいですよ。」

レイス大佐が答えると、スーザンは尋ねた。

「一体、なんなの?」

「人の秘密を話す訳には行きませんよ。」

それでも、スーザンが話すことは出来るはずだと食い下がると、レイス大佐は重い口を開いた。

「それじゃあ、例の噂に聞く茶色の服を着た男が、われわれと同じ船に乗っていたとしたら、どうお思いになりますかね?」

「なんですって?!」

アンの顔は血の気が引いた。

「これが事実だと、ぼくは思いますよ。港、港で彼を見張っていたのだが、彼はまんまとペドラーをだまして、彼の秘書に成りすましてしまったんですよ。」

「パジェットさんではないんですか?」

「いいえ、パジェットではない。もう一人の男です。自分ではレイバンと名乗っている。」

「で、逮捕されたの?」と、スーザンが聞いた。
スーザンは、テーブルの下でアンを力づけるように手を握りしめてくれていた。

「彼は姿をくらましてしまったらしいんです。」

「サー・ユーステス・ペドラーは、どうしようとしているの?」

「運命の神が、彼に与えた侮辱であると考えているようですね。」

やがてしばらくたってから、事件についてサー・ユーステス・ペドラーの見解を聞く機会が到来した。
お茶を差し上げたいから、彼の居間の方へぜひ来て欲しい。との伝言をボーイが持って来た。

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行ってみると、彼は全くみじめな状態にあった。

「まず第一に、おかしな女が、こともあろうに、わしの家作で殺されていたということなんだ・・・わしを困らせようという底意があってのことだと、わしは思うんだがね。どうして、わしの家作で殺されにゃならんかね?
イギリスに家は沢山あるのに、よりによってミル・ハウスを選ばなくてもいいじゃないか?女がそこで死ななきゃならんような悪いことを、わしがしたとでもいうのかね?」

スーザンが慰めたが、サー・ユーステス・ペドラーはさらに痛々しい調子で話を続けた。

「それでも飽き足らず、こんどは女を殺した男が、厚かましくも、じつに厚かましくも、わしの秘書になったのだ。こともあろうにわしの秘書にだよ!秘書ではほとほと疲れたよ。もう秘書は沢山だ。やつらは仮面をかぶった殺人者か、さもなければ酔っ払いの暴れ者だ。あなたたち、パジェットのブラック・アイを見たかね?
・・・・・・・・・」

サー・ユーステス・ペドラーの嘆き節は続いていた。
そして、アンに秘書になって貰いたい。と言い出した。

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「だいたい、こんどの仕事は、パジェットが考え出したんだ。あいつは、わしをとことんまで働かせようとしおる。あいつをケープ・タウンに残して行こうかと、思っているくらいだ。」

パジェットは好きなようにレイバンを追いかけるはずだという。
パジェットは陰謀めいたことが好きらしい。

アンはダーバンに行かないといけないので、秘書を断わった。

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サー・ユーステス・ペドラーは、じっとアンを見つめながら、深いため息をついた。
そしてパジェットを呼び出し、役所に行って、ローデシア行きに同行する秘書を探すよう依頼して欲しいと頼んだ。

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「かしこまりました。しっかりした秘書を頼んできましょう。」

「パジェットというやつは意地の悪いやつだ。」
サー・ユーステス・ペドラーは、きっと彼を困らせる秘書を連れて来ると思うと言った。

(茶色の服を着た男*その17に続く)



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2016年04月19日

アガサ・クリスティから(36) (茶色の服を着た男*その15)


(茶色の服を着た男*その15)

案内されたドアに入ろうとした瞬間、アンはなにかしら躊躇した。

急に胸騒ぎがしてきたのだ。

敷居をまたいだとたんに うしろでバターンとドアのしまる音がした。

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テーブルの向こうに座っていた男が立ち上がると、手をひろげて前に出てきた。

「これは、これは、ようこそ、ミス・ベディングフェルド」と、彼は言った。

彼は背が高くて、一見してそれと分かるオランダ人で、つやつやしたオレンジ色のあご髭をたくわえていた。

博物館の管理人などとは、全然、似つかわしくない男だ。

本当に私はまずいことをしてしまった。とアンは考えた。

敵の手中に陥ってしまったのだ。

そして、アンの勘は的中していた・・・。

要するに偽手紙で、おびき寄せられて別荘にきたアンは抵抗もむなしく、手足を縛られ、さるぐつわをかまされ、二階の屋根裏部屋のようなところに 放り込まれたのだ。

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アンが楽しみで見ていた冒険映画とは違い、絶対絶命で孤立無縁で、いくら身をもがいても、手足は少しもゆるまず、さるぐつわの為に声も出なかった。

縛られる前、友達に行き先を言ったから探しに来ると言うと、大男は招待状を受け取ってから、アンが誰とも接触していないと指摘した。
つまり監視されていたのだ。

影響力のある有名なサー・ユーステス・ペドラーの名前を出そうか?と、アンは迷ったが、秘書パジェットがこの件に関与していたなら ばれるので辞めにした。
代わりにスーザンに電話した。と言った。
その時、ぞっとすることを言われたのだ。

「あんたの友達というのが、捜しにに来ても あんたに何もできんようなところに連れてっておくのだ。」

一瞬、背筋がぞっとしたが、次の彼の言葉でややほっとしたのである。

「あした、あんたには二、三の質問に答えてもらう。そして、そのあとで、あんたをどうするか、決める。
いっとくがね、お嬢さん。
我々には、どんな頑固なものも口を割らせてみせるという方法がいくつかあるんだよ。」

決して愉快な言葉ではないが、少なくとも明日までは無事なのだ。

この男は、要するにもっと偉い人の命令に従っているだけなのだ。
その偉い人というのは、パジェットなのだろうか?

やがて下の方でドアが閉まる音がした。オランダ人が出て行ったのだ。

なんとかしようともがいたが、手足の縄はびくりともゆるまなかった。

・・・・・・・・

身動き出来ないまま、あきらめはじめ、失神か睡魔か?ともかく、次にアンが気がついたのは夜更けで、月が中天に上がっていた。

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身体中が痛かった。

ほこりまみれの床に月光が光る何かを照らした。

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アンは転がっていき、部屋の隅にある小さなガラスの欠片に近づこうと努力した。
なんとか近くまで来たが、それからが、決して優しくなかった。
ガラスの欠片を動かして、壁に押し付けて、それで手を縛っているヒモをこするという体勢まで持っていくのには、長い長い時間が掛かった。

全く心臓が破裂しそうな仕事で、何度駄目になりかけたかわからなかった。

しかし結局、手足を縛っていた紐を擦り切ることに成功した。
後は時間の問題だった。

しばらくは縛られていた後遺症で、血の巡りも悪くなかなか立てなかったが、回復するのも時間しだいだった。

そして、少し元気を回復したアンは、そっと階段を降りた。
広間に出ると、びっくりした。
カフィル人の少年が見張りをしていたのだ・・・しかし彼は眠っていた。

最初にいた部屋の方から、オランダ人ともう1人、どこかで聞き慣れたような声が聞こえて来ていた。

アンはカフィル人の少年が目を覚まさないか躊躇したが、彼らの会話を聞いておく必要性を感じ、危険を犯して、広間を突っ切って、その部屋のドアのところに身をかがめ、耳をすました。

人質になったアンのことを話していた。またボスである大佐の話も。
人質アンは大佐が来るまで、誰とも会ってはいけないらしかった。
また大佐は、自分の思い通りにしないと気がすまないらしかった。
これらの会話を聞き耳を立てて、アンは聞いた。
そして聞き慣れた声の主を探ろうと、鍵穴を覗き込んだ。

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飲み物を取ろうと、1人の男が振り向いた。

チチェスターだ。

「大佐はあの娘から、何か聞き出そうとしてるんだ。」

「聞き出すとは?何をかね?」

アンには、分かった。きっとダイヤモンドのことだ。

「ところで、名簿を貰おうか。」とチチェスターは言った。
それから、しばらくの間、2人の会話は全然聞きとれなかった。

かなり大量の野菜の取り引きをしているようだった。

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日時や、数量や、様々な地名を言っていたようだったが、アンの全く知らないとこばかりだった。
2人が計算と検査が終わったのは、30分ほどしてからであった。
その用紙を持って、チチェスターは大佐に会うようであった。
また明日、午前10時に出発するという話であった。

アンは、なんとかその場を離れ、カフィル人の少年に見つからないよう慌てて二階の屋根裏部屋に戻った。

人質を確かめに来るかも知れないので、切った紐を集めて また床の上に転がっていたが、彼らは見に来なかった。

翌朝、階下では彼らが食事をとる音が聞こえていた。

アンはじっと辛抱していた。
だんだん、元気も無くなっていった。
どうしたら、この家を脱出出来るのだろう?

焦ると一切が駄目になる。辛抱だ。とアンは自分に言い聞かせ、時を待った。

チチェスターが帰った後、オランダ人も出て行った。

アンは息を殺して待った。

朝食の後片付けが終わると、この家の仕事は全部終わったようで、静かになった。

アンはそっと階段を降りていった。
誰もいなかった。
広間を突っ切ると、玄関ドアに手を掛けた。
鍵は掛かっていなくて、慌てて外に出ると車回しを走った。

よそのガレージを見つけると「災難にあったんです。」と助けを求めた。

慌てて、港まで駆けつけたが、既にキールモーデン号は出航していた。

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アンは、チチェスターがキールモーデン号に乗ったかどうかも確認出来なかった。

チチェスターは、ミューゼンバーグの別荘でアンが彼を見たことに気づいていないはずであった。
不思議な謎の”大佐”の元、ダイヤモンドを探しているであろう男を見失ったのだった。

(茶色の服を着た男*その16に続く)



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2016年04月18日

アガサ・クリスティから(35) (茶色の服を着た男*その14)


(茶色の服を着た男*その14)

アンは、遠く過ぎ去っていくレイバンの足音を聞いていた。
アンの生活から、遠ざかっていく足音をいつまでも聞いているのではないかなぁと思っていた・・・・・。

正直いって、それから2時間ほど、アンは本当に面白くなかった。
例の面倒なお役所仕事の手続きが、ほとんど済んで、逮捕された人は1人もいないとアンはほっとした。

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アンは約束通り、スーザンとマウント・ネルソン・ホテルにタクシーで向かった。
そしてスーザンと食事をし、部屋で少し話しあった。
サー・ユーステス・ペドラーは機嫌が悪かったらしい。
そして、秘書パジェットのブラック・アイのことをスーザンはアンに言った。

「どうしたって言うんでしょう?」とスーザン。

「ただちょっと、私を海にほうり込もうとしただけよ。」と、アンはなにげなく言った。

スーザンはあっけにとられた顔をして、くわしいことをたずねた。

アンが説明すると、スーザンはパジェットではなく、サー・ユーステス・ペドラーとチチェスターの監視で良いと思っていたらしく、「いよいよ訳が分からなくなってきたわ」と言った。

そして、スーザンの夫に電報を打ったあと、友人との昼食約束があり、お迎えが来て出掛けて行った。

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アンは1人でケープ・タウンの街を散策し、ホテルに戻ってくると、伝言が待っていた。

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それは博物館の管理者からのものだった。

内容は、キールモーデン号で当地に来たことを新聞で読み、亡きベディングフェルド教授のお嬢様であることを知った。
教授を尊敬していたので、出来れば、今日の午後、ミューゼンバーグにある小生の別荘でお茶を差し上げたい。もしお越しくださるなら、家内ともどもお待ちする。といった文面で、別荘までの道順も書き添えてあった。

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アンは嬉しくなった。
亡き父の研究を認めてくれる人がいたのだ。

早速、地図を頼りに出掛けた。

途中、海水浴場を通り、お茶の時間にはまだ早かったので、波乗り板を借り、つい波乗りにこうじてしまった。

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少し探したが、ヴィラ・メッジーという別荘は見つかった。

山の中腹にあり、ほかの別荘からはうんと離れていた。
ベルを押すと、にこにこしたカフィル人の少年が出てきた。

少年は、先にたって廊下を案内し、ドアを開けた。

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入ろうとした瞬間、何かしらアンは躊躇した。

急に胸騒ぎがしてきたのだ・・・。

敷居をまたいだとたんに、後ろでバターンとドアのしまる音がした・・・。

(アガサ・クリスティから36に続く)


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2016年04月14日

アガサ・クリスティから(34) (茶色の服を着た男*その13)


(茶色の服を着た男*その13)

下院議員サー・ユーステス・ペドラーが政府筋に頼まれて、首相との会談に持って行った書類は中味は何も書いていない白紙が1枚だった。

サー・ユーステス・ペドラーの日記にも白紙の書類のことも記されている。

わしはとうとう、恐ろしい事件の中に巻き込まれてしまったにちがいない。

その後のサー・ユーステス・ペドラーの日記の続きは、秘書パジェットが、もう1人の新しい秘書レイバン(何故か?乗船後、行方不明になっている)を疑い始め、警察に飛んでいって事情を訴えたり、数知れぬ電報を打ったり、イギリス人やオランダ人の役人を連れて来ては、サー・ユーステス・ペドラーの勘定で ウィスキーを振舞っていたことが書かれてもいる。

その晩に南アフリカに書類を運ぶよう依頼した政府筋のミルレーから返電があった。

今、一人の秘書の件は、彼の全く知らないことだったのだ!

つまり、今、一人の秘書=レイバンは、ミルレー(政府関係者)から念の為にと派遣された秘書だとのことであったが、実際には預かり知らないことが判明。
偽の理由でサー・ユーステス・ペドラーの秘書にうまく入り込んだのだ!

しばらくたって、
パジェットは、いよいよ張り切っている。
今や彼は、レイバンこそが【茶色の服を来た男】であると断定している。
おそらく彼が正しいものと、サー・ユーステス・ペドラーも考えている。
あの男の考えることは、結局、いつも正しい。
しかし事態はいよいよ不愉快になってきた。
サー・ユーステス・ペドラーは、ローデシア行きは早い方がいいようだ。と考えた。
パジェットには一緒に連れて行かないと言い渡していた。

パジェットは納得いかないようだった。しかし、サー・ユーステス・ペドラーは、イギリスの下院議員が最近、みっともない つかみ合いをやらかしたことがすぐに分かるような秘書を同行させるわけにはいかない。と言い切った。

パジェットは列車に車を積み込ませる手配を始め、全ての手配をおこなっていた。

「ブレア夫人は女中を連れて行かれるのでしょうか?」

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サー・ユーステス・ペドラーは、すっかり忘れていた。
実は船上で酔っぱらった際、気が大きくなって半分はお愛想で、社交界の花形ブレア夫人をローデシアに行く電車に積み込む車に乗せてあげると言ったらしい。

しかもブレア夫人だけでなく、ブレア夫人の友人、レイス大佐も同乗することになっているらしい。

これには、さすがのサー・ユーステス・ペドラーもうなった。





(ふたたび、アンの話)

とても早く起き、甲板に出てテーブル・マウンテンを見て、アンは美しさに感動していた。

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もうすぐ上陸する南アフリカ、ケープタウンの市街地が見え・・・・・ぐんぐん近寄ってくる市街地に夢中になっていると、ふと、もう一つの人影も甲板の手すりに寄りかかっていることが分かった。

その人影がこちらを振り向く前から、アンにはそれが誰だか分かった。

昨夜の突然襲撃された出来事が一場のお芝居にすぎなかったようにしか思えないような平和な朝の陽光。

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アンは思いをふり切るように前を向いて、テーブル山を見つめた。

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レイバンがここに1人になる為にやって来たのだったら、私はその邪魔をしないように隠れてやるべきだ。とアンは思った。

しかし意外なことに彼から静かで楽しい声で話しかけて来た。

「ミス・ベディングフェルド」

「はい?」
アンは後ろを振り返った。

「ぼく、おわびを言いたいんだ。ゆうべは無作法なことをしてしまって。」

レイバンは、それからアンにいかに危険な事件に彼女が巻き込まれているのかを警告した。
そしてアンが、どんなことでもやる本当に危険な相手達と悟っていない。とも伝えた。

その警告の中で最後にレイバンは言った。

「とにかく、気をつけたまえ。そしてもしもやつらに捕まった場合には、けっして言い逃れられようなどと考えてはいけないよ・・・・・事実をありのまま言うんだ。きみが助かる方法は、それしかないんだ。」

「これが僕がきみの為にしてあげられる最後のことなんだ。」

レイバンは、アンに警告を終えると、自分のことも少し伝えた。

茶色の服を着た男がレイバンだと知っているのは、アンだけではない。
この船に事件の一切を知っている人物が1人いる。
その男が一言喋りさえすれば、レイバンはそれでおしまいになる。が、そいつが喋らないというごくわずかなチャンスに掛けているという。
何故なら、その男は1匹狼でいることを好む。
そして警察に捕まったレイバンはその男は必要としていない。
捕まらない為にそこに賭けていると言う。

「いずれにせよ。もう僕らは会うことはないと思うよ。」

レイバンは最後にアンの手を強く握りしめ、食い入るように見つめたようだった。
・・・・・やがて、彼は身をひるがえすと去って行った。
この足音をアンはいつまでも聞いているのではないかな、という気がした。
・・・・・彼女の生活から遠ざかって行ってしまうその足音を。

(アガサ・クリスティから35に続く)



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2016年04月13日

アガサ・クリスティから(33) (茶色の服を着た男*その12)


(茶色の服を着た男*その12)
〜佳境に入る前に〜

(茶色の服を着た男)も 物語は中盤を越え、いよいよ佳境に入ることになる。
この作品は、アガサ・クリスティの比較的初期の推理サスペンス小説である。
また冒険活劇ロマンでもある。

初めて読んだ少女時代、少々、荒唐無稽な冒険活劇ロマンに思えたが、妙齢になり読み返してみると、決して古くはないような社会情勢、あり得るかも知れない?シチュエーションを感じていたりする。

この作品(茶色の服を来た男)、アンの冒険活劇ロマンの魅力を何度も読み返された方も多いかと思う。
特に若い女性の琴線にふれるような活気ある物語である。

アガサ・クリスティの中では、冒険活劇風な娯楽色も強いように思うが、実はあの”アクロイド殺害事件”を彷彿させる重要な伏線トリックを先駆的に取り入れた作品である。

後に”アクロイド殺害事件”で花開くことになる、あの【例の】重要な伏線トリックである。
推理小説ファンのみならず、推理小説界を巻き込んでの賛否両論論争にまでなった【例の】トリック。
それが、先駆けて実験的に取り入れられているのである。

ただの娯楽冒険物語ばかりでもないと言うことである。

因みにアガサ・クリスティは、いわゆる”イケメン”が嫌いだという話もある。
数々の作品の中で、確かにクリスティの”イケメン”は最悪なのだが、この(茶色の服を着た男)では、クリスティの最悪の”イケメン”は出てこないし、ある意味、シンデレラストーリーも内在していたりする。(それゆえか?若い女性の心を捉えて離さないお話でもあるのかも知れない。)
つまり、いつものクリスティとは、ひと味違うのである。

アンと親しくなった社交界の花形スーザン・ブレア夫人のセレブぶりも、彼女が何気に使っているお化粧品の最高級クリームで、さらりと描いてみせている。
アガサ・クリスティ=筆者が、女性ならではの着眼点だと思う箇所である。
きっと、よほどでない限り、男性が気づきにくい点だと思うので。

1924年が初版だとは思えない、まだまだ錆び付いていない現代でも通じる物語である。

地下鉄で事件に巻き込まれ、謎めいた紙片を拾い、全財産を投げうって南アフリカ行きに乗ったアンが体験する彼女の冒険の産物・・・の数々。

アンが監視必要と思っている以下、怪き人達。

◯若い外国女性の殺人があった家の所有者・下院議員サー・ユーステス・ペドラー。
◯その秘書で、どうも動向が怪しいガイ・パジェット。
◯牧師にしては怪しげなチチェスター
◯諜報機関の関係者だと噂のあるレイス大佐。
◯サー・ユーステス・ペドラーの新しい秘書レイバン(スーザンは怪しんでいるが、アンは彼に惹かれている為、犯人ではないと主張している。)

どうも事件は、ダイヤモンドにまつわることが鍵になっているらしい。
鉱山王の息子と友人が大きなダイヤモンド原石を発見。キンバリーに検査に行くが、ちょうど別のダイヤモンドの盗難事件があり犯人として捉えられる。しかし鉱山王がダイヤと同等の金額を払い、釈放。戦場に出向き、鉱山王息子は戦死、友人は行方不明となる。
その後、鉱山王は亡くなり、莫大な遺産を遠縁であるレイス大佐が引き継いだ。

またサー・ユーステス・ペドラー所有のマーロウのミル・ハウスで殺害された若い外国女性は、ロシアの有名な美貌のダンサー、マダム・ナディーナと思われる。
スーザンは、レイス大佐から、ロシアの美貌ダンサーは実は巨大な力を持つ国際犯罪組織の一員であると聞かされる。
またその国際犯罪組織を牛耳る謎の人物は(大佐)と呼ばれているらしい。

アンは船上で、何者かに襲われ、レーバンに助けられる。
またアンも以前、船室で肩を刺された彼をかくまって助けていた。

いよいよ南アフリカに着き、キールモーデン・キャッスル号を降りることになった。

殴られて頭にたんこぶを作った秘書と突然、行方不明の秘書を諦めて、一人で下院議員サー・ユーステス・ペドラーは、政府関係者から頼まれていた書類を持って首相と会談する。
・・・が、中身は白紙の一枚の紙になっていた。

(アガサ・クリスティから34に続く)



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2016年04月11日

アガサ・クリスティから(32) (茶色の服を着た男#その11)


(茶色の服を着た男#その11)

明日、南アフリカに上陸するという前の晩。
アンは何者かに船の甲板で襲われ、レイバンに助けられた。




ここからは、(サー・ユースタス・ペドラーの日記)に入るが、実は彼は前にも色々、彼から見た日々を綴っている。

長くなるので、割愛しているが、真面目すぎる秘書のパジェットの融通が利かなくて、少々、困っていたり、乗船してからレイバンが船酔いと称して出てこないのを不審がっていたり、チチェスターのそばを通った時、足元に落ちていたメモを拾って渡した際、ひとこともお礼を言わなかったり・・・そういった日々を綴っていた。

ちなみにチチェスターの紙片の文字を見たらしい。
たった一行。
「単独行動を辞めろ。でないと、ためにならんぞ。」

牧師がこんなものを持っているとは、面白いではないか。このチチェスターというやつ、いったい何者なのだろう?外面はミルクのように柔和である。しかし、外面では分からない。
あとでパジェットにきいてみよう。パジェットなら何でも知っている。

この後、サー・ユーステス・ペドラーはこういう風にも綴っている。

パジェットのやつが、フィレンツェでどんな悪さをしたのか、そいつが知りたい。
話がイタリアになると、あいつは決まってしどろもどろになる。あいつがあんなにくそ真面目だということを知らなかったら・・・・・そうだ、わしはきっと、あいつにみっともない情事でもあったんだろうと思ったに違いない・・・・・。
どうもわからん。これ以上のものはいないという真面目な人達が・・・・・本当にそうなんだとしたら、これ以上愉快なことはない。
パジェット・・・・・あいつに後ろ暗い秘密がある!素晴らしいことだ!





ここからは、キールモーデン・キャッスル号を降りてからの彼の日記である。

(サー・ユーステス・ペドラーの日記)
ケープ・タウン、マウント・ネルソン・ホテルにて

キールモーデン号からおりて、まったくほっとした。

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あの船に乗っていた間中、陰謀のあみにとりまかれているような気がして、ならなかった。
ゆうべこそは、ガイ・パジェットのやつ、酔払って喧嘩をしたのにちがいない。

あいつがどう言い訳しようと、事実はそうだったにちがいないのだ。
だって、頭の脇のところに卵くらいの大きさのこぶをこしらえて、まるで虹のような七色の目をした男が、転がり込んでくりゃあ、誰だってそう思うじゃないか?

もちろん、パジェットは、雇い主であるサー・ユーステス・ペドラーに、いっさいを不思議な出来事のように説明した。

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要約すると、パジェットは真夜中に挙動不審な男を見かけた。
夜中にサー・ユーステス・パドラーの電報の処理や日記をタイプしたりして仕事をしていた時らしい。
その挙動不審な男はサー・ユーステス・ペドラーの部屋から出て行ったので、怪しく思い、付けて行った。
その通路には、サー・ユーステス・ペドラーの部屋とレイス大佐の部屋しかなく、不審者がうろついていると思ったらしい。

パジェットは男はレイバンだと確信したという。

「彼はレイス大佐のところへ行こうとしたものと思います。秘密の会合・・・・・命令でも伝えに!」

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サー・ユーステスは言った。「お前の言ってることはめちゃめちゃだよ。どうしてあの二人が夜中に密談しなきゃならんのだ?相談があるなら、ビーフ・ティを飲みながらでも、ゆっくりとやれるじゃないか。」

しかしパジェットは耳を傾けようともしないようすだった。

何事かが昨日、起こっていてレーバンが乱暴に襲いかかってきた。というのだった。

雲をつかむような話の中で、その点ではパジェットは絶対に確信を持っているようだった。

「ともかく何もかもがおかしいのです。何よりもまずレーバンはどこへ行っているのでしょう?」

上陸して以来、レイバンは姿を現さないということは、まさに事実だった。彼はわれわれと一緒にホテルには来なかった。

すべてが面白くないことばかりだ。秘書の一人は雲隠れをしてしまったし、いまひとりは、頭に妙なご褒美をちょうだいしているときている。
あのままでは、連れて歩くわけにはいかん・・・・・ケープ・タウン中のお笑い草になってしまうだろう。

しばらくしたら、ミルレーから預かっている≪ラブ・レター≫届けに行く約束があるが、パジェットは連れて行かないことにしよう。
あいつのこそこそした態度は、どうもがまんができん。
というわけで、わしは不機嫌このうえなかった。





しばらく後

重大なことが起こってしまった。
わしは約束通り、ミルレーから預かってきた封書を持って、首相と会見しに行った。

ところが、封書の箱にはこじあけたような形跡はないのに、中身は何も書いていない白紙が1枚だった!

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(茶色の服を着た男#その12に続く)



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