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2016年05月01日

アガサ・クリスティから     (40) (茶色の服を着た男*その19)


(茶色の服を着た男*その19)

追手からなんとか逃れようとアンは、死にもの狂いで走って、ローデシア行きの列車に飛び乗った。
列車が駅を発車する際、駅の片隅にいた秘書パジェットはびっくりしたような顔をしていた。

列車は無事発車し、アンは危機一髪で街を出ることに成功した。

一、二分後には、アンは車掌とやりあっていた。

「私はサー・ユーステス・ペドラーの秘書よ。」
アンは高飛車に出た。

「あの方の専用車両に連れってって頂戴。」
威張って言った。

アンを見たスーザンとレイス大佐は驚いていた。

そしてサー・ユーステス・ペドラーの口述筆記をしている車両に飛び込んだ。

初めて見たパジェットが役所から連れてきた秘書は、背が高く、角ばった体に茶色の服と鼻眼鏡をつけていた。
アンの姿を見ると、新しい秘書のミス・ペティグルーは仕事が速そうだがとても神経質らしく、撃たれでもしたかのように飛び上がった。

サー・ユーステス・ペドラーもびっくりしていたが、すぐに我に返り、ミス・ペティグルーに仕事に戻るようにうながした。

「あの」とレイス大佐が、静かに言った。
「ミス・ペティグルーの鉛筆が折れているようですが。」

彼はそう言いながら、彼女の鉛筆を削ってやった。

image.jpeg

サー・ユーステスもアンもその有り様をじっと見つめていた。
レイス大佐の口調には、なんとなく不可解なものがあったのである。






(サー・ユーステス・ペドラーの日記から)

”回顧録”には熱意がなくなって来た。

代わりに【わしの使った秘書たち】という短い記事を書こうと思う。
わしは秘書にはすっかり参ってしまったような気がするのだ。

第1号は、逃亡中の殺人者。
第2号は、イタリアでみっともない陰謀を企てた酔っ払い。
第3号は、同時に二つの場所に出現するという特殊能力を持つ美少女。
第4号は、これこそとりわけ危険なごろつきが変装しているに違いないミス・ペティグルー。

おそらくパジェットのイタリア人の友人のひとりを、わしに押し付けたということなのだろう。
すべてがパジェットのからくりだったということがわかっても、わしは不思議に思わないだろう。



展望デッキに出ると、レイス大佐にブレア夫人やミス・ベディングフェルドがいた。

【ヴィクトリア滝】の話題になり、都合を聞かれたが、どっちつかずの返事をしておいた。

image.jpeg

ジョバーグ(ヨハネスブルグ)のランド炭鉱の現状を母国イギリスでの立場・・・南アフリカの権威として調べようとしていたこともあった。

木曜日の夜、われわれはキンバリーを発ったところだ。



レイス大佐は、またもやダイヤ泥棒の話をさせられていた。

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どうして女たちというのは、ダイヤのことになるとあんなにも夢中になるのか?



とうとうアン・ベディングフェルドが、神秘の仮面を脱ぎおった。
彼女は新聞特派員らしい。

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どうやら「茶色の服を着た男」を追っているらしい。
彼女が面白おかしく書き、それをまたデイリー・パジェット新聞社の社員が輪をかけて面白く書き直すだろうから、元のレイバンには似ても似つかないものになるだろうと思われた。

彼女は、わしの家作で殺された外国人風の美貌の女性が、ロシアの有名な踊り子マダム・ナディーナと突き止めたらしい。
「私のシャーロック・ホームズ式の推理ですわ。」と答えよった。

明日は、ベチャナンランドを通り抜ける。
駅ごとに小さなカフィルの子供達が、自分達が妙な彫った木製の動物を売りつける。

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ブレア夫人が夢中にならないかと心配になる。





金曜日の晩。

わしが心配した通りだった。

ブレア夫人とアンの二人で49個の木彫りの動物を買いよった!

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(アンから見た話の続き)

列車がケープタウンを出る間際、飛び乗った手腕をスーザンは感心していた。
ローデシア旅行はとても楽しかった。
スーザンと木彫りの動物の収集を始めた。
サー・ユーステス・ペドラーはそれを抑制しようとしたが無理だった。



そしてこれからについて、スーザンと二人で夜通し相談した。
これからは防御も考える必要があった。

サー・ユーステス・ペドラー一行の中にいるのは安全なのだ。
力あるサー・ユーステス・ペドラーとレイス大佐は強力な保護者であった。
もし敵としても耳元でスズメバチの巣をぶちまけることはない。と判断した。
サー・ユーステス・ペドラーの近くにいるだけで、秘書パジェットの動向も分かるはずだ。

アンは、秘書ガイ・パジェットが国際的な犯罪組織の黒幕、謎のボス”大佐”ではないか?と踏んでいた。
これについては、スーザンはまっ正面から反対であった。
彼はただ鈍臭いばか正直者なのだという。
根拠は、パジェットの妙な顔だった。
あんな変な顔をした人は、逆に悪い人はいない。というのだ。
根拠ないスーザンの意見にアンはがっかりした。



ともかく、アンは身分をはっきりしないといけない。という話になった。
アンが何をしているのか、いつまでも分からないようでは対面的にも説得力がないのだ。

そこで思いついたのが、デイリー・バジェット紙の特派員であった。
それが得策に思えた。
この件については、スーザンの全面的賛成を得て、デ・アールから長文の電報を打った。

ちょうど、これというニュースがない時期で、この電報でデイリー・バジェット紙は創業始まって以来のスクープ記事となった。
アンの打った予想が正しい事実だと証明されたのだった。

【ミル・ハウスの殺人事件の被害者の身元、我が社特別通信員が突きとむ】

【わが社通信員、殺人犯人と同船。茶色の服を着た男。犯人とはこんな男】

ブラワヨーで、アンは新聞社から同意の電報と訓電を貰ったのだった。
デイリー・バジェット紙の社員にされた上に、ナスビー卿から直接のおほめの電報も貰ったのである。

アンは犯人を突き止める仕事をはっきりと任されたのであり、そしてアンだけが真の犯人はハリー・レイバンではないということを知っていたのであった。
しかし、世間には彼が犯人だということにしておこう・・・少なくとも当座はそうしておいたほうがいいのだ。



ブラワヨーに着いたのは月曜日朝だった。
スーザンと買い集めた木彫りの動物は邪魔になり、また運ぶ時も皆に手伝わせた。

中でも魅力的な大きな木彫りのキリンは、その所有権をスーザンと争っていた。

image.jpeg

この場所ふさぎの木彫りの動物49個についてだろうか、サー・ユーステス・ペドラーは、随分、機嫌が悪かった。

暑いし、ひどいホテルだったが、アン達は午前中は休み、午後からセシル・ローズの墓を見に車でマトッポスに行く予定だった。

最後の瞬間になってサー・ユーステス・ペドラーは予定を辞めると言い出した。ひどく機嫌が悪かったのだ。
したがって秘書のミス・ペティグルーも残ることになった。
スーザンも最後になって頭が痛いと言い出し、結局、アンとレイス大佐2人で行くことになったのだった。



その地は原始の地であるかのようだった。

image.jpeg

原始的な不思議な空気が漂う中で、レイス大佐にここで何をしているのか?と尋ねられた。

「世界見物をしているジプシー娘よ。」

「新聞社の特派員というのは口実だろう。きみには新聞記者的なものはない。きみは、ひとりで・・・人生をほじくりまわそうとしているんだ。だが、それだけではないな。」
レイス大佐は言った。

この男、私に何をいわせようとしているのだろうか?

・・・アンはとても恐ろしかった。

「あなたこそ、こんなところで何をしているんです、レイス大佐?」

その瞬間、彼は答えに詰まったように思えた。
明らかに彼はびっくりしたのだ。
やがて彼は話し出したが、話していることで何か気味が悪い快感を味っているように見えた。

「野望にひかれてね。それだけさ・・・野望を追いかけているのだ。君も知っているだろう、”その罪により天使達は落ちたり”うんぬんというところ」

「人の噂では、あなたは政府と関係がある・・・諜報機関なんだって言ってるんですよ。本当なの?」

すぐさま君の空想さと一笑に付してしまうか、それとも少し考えて返事をするのか?

「言っとくがね、ミス・ベディングフェルド。僕がここに来ているのは全くの道楽なんだよ。」

頭の中でこの返事を考えながら、アンは少しおかしいなと思った。
あるいは、彼の言った通りなのかもしれない。

(茶色の服を着た男*その21に続く)



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