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2016年05月30日
アガサ・クリスティから (51) (茶色の服を来た男*その30)
(茶色の服を来た男*その30)
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アンは、ついパジェットの秘密を突き止めた。
しかし、それは考えてもみない事柄だった。
ホテルに戻ると、電報が届いていた。
そこにレイバンと取り決めた暗号Andyの文字はなく、ハリーとの署名であった。
アンは、しばらく考えルために椅子に座り込んだ。
(サー・ユーステス・ペドラーの日記から)
ヨハネスブルグから、3月7日。
パジェットがやって来た。
ストライキの事態にすっかり、怖気づいていた。
銃が欲しいとまで言って。
少しはおとなしくなるだろうと、タイプライターの梱包を解くように指示を出した。
結局、真面目なパジェットは、既に荷物を解いていた。
しかし、まずいことにブレア夫人の預かり荷物まで荷を解いてしまっていた。
中味をたずねると、毛皮の敷物だの毛皮だの帽子、車用のベールや妙な手袋だのフィルムケースにザルなどが数たくさんあったらしい。
慌てて、夫人の荷物を梱包するように伝えた。
パジェットは、ミス・ペティグルーのものだと勘違いしていたらしい。
「ああ、それで思い出した・・・一体なんだってお前は、あんないかがわしい人物をわしの秘書なんかに、引っ張って来たんかね?」
そして役人から受けた尋問のことを話して聞かせた。
だが、パジェットの目がキラリと光るのを見たサー・ユーステスは、しまったと思った。
そして慌てて話題を変えたが、もう遅かった。
パジェットはすっかり気負ってしまっていたのである。
彼はキールモーデン・キャッスル号のことで、訳のわからないことを言い出した。
フィルムと賭けたもののことだ。
あるボーイによって、真夜中にフィルムが船の窓から投げ込まれたらしい。
意味がわからない話だった・・・。
あいつくらい、話の下手な男はいない。
この話も、訳がわかったのは、かなり経ってからだった。
次は、匂いを嗅ぎつけた警察犬のように昼食の時にパジェットは、やって来た。
レイバンを見たと言うのだ。
「なんだって?」と、サー・ユーステスはびっくりして言った。
パジェットは、レイバンが確かに街を横切るのを見たらしい。
「そして、そのレイバンが、誰と立ち話していたと、お思いになります?じつに、ミス・ペティグルーだったのです!」
「なに?」
「そうなんです、サー・ユーステス・ペドラー。それだけではないんです。私は、ミス・ペティグルーの行動を、調査しておったのですが・・・。」
「ちょっと、待て。レイバンはどうしたのだ?」
「ミス・ペティグルーと角の骨董屋に入っていきました・・・。」
わしは思わず、大声をあげた。
パジェットがどうしました?といったふうに話を辞めた。
「いや、なんでもないんだ。話を続けてくれ。」
「私は表で長い間、待っていたのですが、彼らは出ては来なかったのです。私は、とうとう中に入っていきました。ところが、店の中には誰もいないのです!別の出口があるに違いありません。」
わしは、じっとパジェットの顔を見つめた。
それからのパジェットの話では、ホテルに帰ってからもミス・ペティグルーを調べていたらしい。
「サー・ユーステス、昨夜、彼女の部屋から1人の男が出てきたのを私は見たのです!」
立派な婦人だと思ったのだが。とサー・ユーステスは目をみはって言った。
その後、パジェットは彼女の部屋を探したらしい。
安全カミソリと髭剃り用の石鹸の棒を目の前に突き出した。
「女がどうして、こんなものが要るのでしょう?」
そして、髪の毛=かつらも取り出した。
「さて、あなた様は、あのミス・ペティグルーなる者が、実は男性であると、お信じになりますか?」
「いや、パジェット、お前の言う通りだよ。じつは、あの足を見た時に、そんなことではないかと思ったんだよ。」
話の続きに、それでは、前から言わなくてはならないと思っていた・・・とパジェットは、フィレンツェのことを話し出した。
ついにパジェットの秘密が明かされるのだ。
「すっかり白状してしまうんだな。」とサー・ユーステスは優しく言った。
「で、それは女の亭主なのかね?亭主というものは面倒なものさ。まさかと思っているところにひょっこり現れるからな。」
「どうもおっしゃることが、よくわからないのですが。誰の亭主のことなので?」
「そのご婦人の亭主さ。」
パジェットは、なおも分からないと言った。
「ご冗談を仰っているのでは?
あなた様は、かなり、離れておられましたから、私だということはお分かりにならなかったと思っておりましたのですが、サー・ユーステス。」
「きみだと、わかったって、どこで?」
「あの、マーロウでですが。」
「マーロウ?」
彼の話は話せば話すほど、分からなかった。
最初から、もう一度、話してもらうことにした。
「フィレンツェではなく、なんだって?またマーロウに?」
結局、パジェットのようなくそ真面目な奴の秘密もやはり、きちんとしたものだった。
サー・ユーステス・ペドラーは、パジェットのあまりにも真面目過ぎる性分にいつも困らせられていた。
・・・そのパジェットの秘密とは、休暇でフィレンツェに行っていたことは嘘で、本当はマーロウに滞在していた事であった。
マーロウで何をしていたか?と言うと、家族に会いに自宅に帰っていたのだ。
実は、例のミル・ハウス近くにバンガローを一軒持っていて、そこに妻と子供が4人いるとのこと。
しかも5人目もお腹の中にいるという。
結婚半年目で、住み込みの秘書になる為に、結婚を隠して、この8年間真面目に働いて来たらしい。
いかにも、くそ真面目のパジェットの秘密らしいが・・・。
子供が4人いたとは・・・。
「お前は、このことを誰かに話したのかね?」
しばらくの間、ぼんやりとパジェットの顔を眺めていたサー・ユーステスは、やがてそう尋ねた。
「ミス・ベディングフェルドだけには、お話しました。キンバリーの駅に来られたものですから。」
サー・ユーステスは相変わらず、パジェットの顔を眺めていた。
視線がぶつかると、パジェットはそわそわしだした。
「ご迷惑でございましょうか?サー・ユーステス?」
「いいかね。いっとくがお前の一言で、いっさいが駄目になってしまったんだぞ!」
サー・ユーステスは、ふんまんやるかたなく、外に出た。
角の骨董屋を見つけると、急に入りたくなり、中に入った。
主人がもみ手をしながら、そばにやって来た。
「どんなものが、よろしゅうございましょうか?毛皮類でしょうか?それとも骨董の方でございましょうか?」
「とにかく うんと変わったものがいいんだ。特別な場合に使いたいのでね。どんなものがあるのか、ちょっと見せてもらえんかな?」
「それでは奥のお部屋にどうぞ。いろいろ変わったものを揃えてありますから。」
ここで、わし(サー・ユーステス・ペドラー)は、しくじってしまったのだ。
(アンの話、つづき)
訴えたり、泣いたり、断固として反対するスーザンにアンは手こずっていた。
結局、スーザンはアンの計画に協力を約束しつつ、泣きながら駅から見送ってくれた。
翌朝、目的地の駅に着いた。
黒い髭をはやしたオランダ人が車で迎えに来ていた。
遠くの方で妙な響きが聞こえていた。
銃声だった・・・ジョバーグでは銃撃戦も起こっていたのだ。
車はグルグル回った挙句、ある建物の前にアンを降ろした。
「若いご婦人がハリー・レイバン氏に面会ですよ。」
部屋に入る前、案内人は大声で笑いながら言った。
その部屋は安いタバコの匂いがした。
部屋の中で机に向かい書物をしていた男が振り返った。
「これは、これは、ミス・ベディングフェルド。」
「よく似ていらっしゃるわ。チチェスターさんかしら?ミス・ペティグルーかしら?どちらかが、わからないほど、よく似ていらっしゃるわ。」
目下のところは、そのどちらでもないと男は言った。
「ミス・ベディングフェルド、二回も同じ手口に引っかかるとは、ね!」
アンは落ち着いて対応すると、相手は少し戸惑っていた。
「私、子供のころから大伯母に言われたの・・・本当のレディというものは、どんなことが起こっても、けっしてびっくりして取り乱すものではないと。」
そして、男が変装の名人で、今まで気がつかなかった旨を伝えた。
この時、彼は手にしていた鉛筆で、こつんと机をたたいた。
「なかなか面白いが、われわれはそろそろ商談に入らなくっちゃならん。ところで、ミス・ベディングフェルド、何故ここに来て貰ったのか、あんたには検討がついていると思うが?」
「悪いけど」と、アンは言った。
「私、親玉以外とは商談に応じないことにしてますのよ。」
このセリフは、アンがかつて、金貸しの文書で読んだセリフでとても気に入っていた。
その効果はみるみるうちにチチェスター=ミス・ペティグルーの表情となって表れた。
口をポカンと開け、また閉じた。
「私の大伯父の口癖だったの。つまり大伯母ジェーンの夫。さらに輪をかけていたの。」
おそらく、チチェスター=ペティグルーなる男は、こんなひどいことを言われたのは初めてだったのだろう。
すっかり怒ってしまった。
「お嬢さん、言葉を慎んだ方がいいよ。」
アンは退屈で仕方がないという感じのあくびをした。
「なんという・・・。」
勢いこんで言おうとする男を押さえ込んで、アンは言った。
「私にどなったところで、どうにもならないわよ。時間のムダというものね。私、三下なんかと話し合いたくないの。早くボスに会わせたほうがはるかに手取り早いことよ。」
「誰に?・・・?」
「だからボスのところよ。」
そして、アンはボスの名前をはっきりと名指しした。
男はびっくりし、慌てて脱兎のごとく、部屋を飛び出して行った。
その間にアンはハンドバッグから、コンパクトを取り出して、丁寧に鼻の頭を叩いた。帽子もよく見えるようにかぶり直し、敵が戻ってくるのを待った。
やがて、男はすっかりおとなしくなって戻って来た。
「どうぞ、こちらへ。ミス・ベディングフェルド。」
アンは彼について階段を上がった。
ドアにノックすると、中から「どうぞ。」と元気な声がした。
うながされて、部屋に入ると、国際的犯罪組織の謎のボス”大佐”が、優しくにこにこ顔で立ち上がると、アンを迎えた。
もちろん、前からよく知っている”彼”であった。
「これは、これは、ミス・アン。」
”彼”は懐かしそうにアンの手を握った。
「ようこそ、さあ、こちらにお掛けなさい。旅行のお疲れもない?それは結構。」
”彼”は私と向かい合って座ったが、まだニコニコしていた。
アンはいささか面食らってしまった。
”彼”の態度が全く自然だったからだ。
「じかに会おうというあなたの考えは正しい。」と”彼”が切り出した。
「ミンクスはバカでね。役者としてはいっぱしなんだけど、バカなんだ。あなたが階下で会ったのはミンクスというんだよ。」
「そうですか。」アンは弱々しく答えた。
「ところで」と”彼”は元気そうに言った。
「さっそく、事実について話しましょう。あなた、いつ頃から、このわしが『大佐』だと分かっていたの?」
(次号に続く)
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アガサ・クリスティから (50) (茶色の服を来た男*その29)
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「すると、ミス・ペティグルーかね?」と、わしは大声で言った。
「そうです。あの方が、アグラサト郷土物産館から出てくるところを、見られています。」
「いい加減にせんかい?」
サー・ユーステス・ペドラーはさえぎった。
そして自分もこの午後、郷土物産館を見に行ったことを言い、ジョバーグという街は、どんなつまらんことをしても、すぐに疑惑の目で見られるらしい。と言った。
「そうなんです!彼女の場合は見つかったのが、一度や二度ではないんです。・・・しかもそれが、いかにも疑われやすい時になんですよ。これは、ここだけの話なのですが、サー・ユーステス、あそこは今度の革命の背後にいるある組織が、連絡場として使うので知られているのですよ。そういう訳で、あのご婦人については、出来るだけ詳しくお聞かせ願いたいのです。どこで、そしてどういう手づるで、あの方をおやといになったのでしょうか?」
「彼女はわしが借りているんだよ。」
と、サー・ユーステスはひややかに答えた。
「お国の政府からな。」
役人はすっかり参ってしまった。
(アンの話、つづき)
キンバリーに着くと、アンはスーザンに電報を打った。
スーザンはすぐに迎えに来てくれた。
アンが思うよりも、スーザンをアンを心配してくれていたのだった。
アンはスーザンに今までのことを話して聞かせた。
スーザンは、レイス大佐はアンの花婿にふさわしいと考えていたが、アンが「滝」から消えていなくなった晩から、信じなくなったらしい。
「ねえ、アン、気を悪くしないでね。でもその青年の言うことが真実だと何故わかるの?あなたはその男の言うことを一言一句、信じているわよね?」
「もちろん、そうよ。」
アンはむっとして答えた。
「でも、あの人のどこに惹かれるの?いかにも向こう見ずって感じの男前と、石器時代の女たらしがひょっこり出てきたような口説き方をするという以外には、ここぞという良いところなんかないんじゃないの?」
何分間の間、アンはスーザンにさんざん怒り散らしていた。
「結婚なんかして、でぶでぶに太ちまっているあなたなんかには、ロマンスなんか分からないのよ。」
スーザンは太っていない。と否定した。
そして実は、夫のクレアレンスとも実はうまくいっていないことを話してくれた。
夫から立て続けに(すぐ帰れ)という電報が来たがほっておいたら、それから二週間も全然、電報が来なくなったらしい。
彼女は彼女なりに夫を愛しているらしかった。
またスーザンは「滝」からアンが居なくなってからレイス大佐を疑い始め、自分がダイヤを持っていることが危険だと思ったらしい。
こっそりアンの耳元で、その隠し場所を教えてくれた。
どうやらサー・ユーステスに預けた荷物の中にあり、その荷物は梱包されてパジェットに送られ、保管されているらしい。
アンはそのダイヤの隠し場所はベストだと思った。また今は動かさない方が良いとも考えた。
アンが怪しんでいたパジェットは、ケープタウンに残されたままになっていたが、やっと列車に乗り、ヨハネスブルグにいるサー・ユーステス・ペドラーと合流することを許されたらしい。
そういう訳で、アンは一緒に行きたがっていたスーザンを残して、ケープタウンからヨハネスブルグに向かう列車の途中下車駅でパジェットを見つけた。
ケープタウンから来た列車が、ヨハネスブルグに向かう途中停車のわずかな時間だった。
アンに出逢ったパジェットは行方不明だと聞いていたので、びっくりしていた。
アンは単刀直入にあの日、1月8日、マーロウで何をしていたのか?を聞いた。
パジェットが興奮して言おうとしていた。
「つまり、その、ミス・ベディングフェルド・・・私は・・・本当に・・・。」
それから、いくら話しても、ラチがあかなかった・・・。
パジェットは、あの日、マーロウにいたことをしぶしぶ認めたが、何故、居たのか?に答えないままに サー・ユーステスは知っていたはずだ。サー・ユーステスに見られた。サー・ユーステスは冗談めかして、その件でいじめている、あのような地位にある方は私の立場に立つことは難しい・・・などと、どんどん話は迷走して行った。
もうすぐ停車時間も過ぎ、列車は発車する間際であった。
パジェットの話は迷走のままに、いくら経っても核心に到達しそうもなかった。
時間がない・・・アンは焦った・・・もう、やぶれかぶれだった。こんな男には、どうしたらいいのかわからない。
「どうしても私に言うのが恐ろしい、恥ずかしいというんなら、しかたがないわね・・・」
アンは、意地悪く言った。
結局、やっとこれが聞いたらしい。
パジェットが、とたんに緊張して、顔が赤くなった。
「恐ろしい、ですって?恥ずかしい、ですって?あなたの言う意味がわからん。」
「じゃあ、話してちょうだい。」
彼は3つの短い文章で、話して聞かせてくれた。
アンはついにパジェットの秘密を知ったのだ!
それはアンが考えていたところとは、全然、違っていたのである。
アンがゆっくり歩いて、ホテルに戻ると電報が届いていた。
電報には、ヨハネスブルグの駅に来るように、駅には車が迎えに出ているという、詳細な指令が書いてあった。
サインはAndyではなく、ハリーとなっていた。
アンは、ある重大なことを考えるために、椅子に座った・・・。
(次号に続く・・・次回はいよいよ、国際犯罪組織の謎のボス”大佐”が登場します。”大佐”=”彼”の正体とは?)
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2016年05月28日
アガサ・クリスティから (49) (茶色の服を来た男*その28*佳境に入る前の番外編)
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このブログ【my本箱*ミステリーツアー】、(アガサ・クリスティから)を書かせて頂いて、もう49回目になりました。
最初の頃は、アガサ・クリスティの主だった推理小説を各題材に応じて数回掛けて書いていたのですが、今回の(茶色の服を来た男)は、かなりゆっくりと取り上げさせて頂きました。
作品のニュアンスなど、はや足では分からない部分も取り上げたかったのです。
(茶色の服を着た男)は彼女の初期に作られた作品でもあり、また最初に取り上げていた本格ミステリーものとも、少し毛色が違っています。
どちらかと言うと冒険活劇と恋愛を絡めた物語で、若い女性がワクワクしそうなスパイ小説風という感じです。
本編を最後まで読んで頂くと分かるのですが、実はシンデレラ物語もこっそり織り込まれていたりします。
いつもは「イケメンで、出来る男性嫌い」のアガサ・クリスティには珍しく、素直に格好の良い若い男性とのハッピーエンドも用意されています。
若い女性に人気があり、中には幾度と繰り返し読まれる作品であることは、上記からも一目瞭然です。
また(茶色の服を着た男)は人気ある娯楽色の強い冒険活劇風のみならず、実はあの「アクロイド殺害事件」に使われた、推理小説界を揺るがしたほどのトリックが先駆的に用いられてもいるのです。
(詳細はアクロイド殺害事件→このブログのアガサ・クリスティからBとCを参照。)
ネタばれになるので、トリックの内容はアクロイド殺害事件と、この茶色の服を着た男の各本文を参照なのですが・・・。
クリスティの中では、早くから、話題騒然のこのトリックを編み出していたことが分かります。
今回は初めて、物語をゆるやかな取り上げ方にしたのですが、(茶色の服を来た男)もまだ途中の番外編ながらも28回まで来ました。
もちろん、まだお話は続くのですが・・・実は、迷いが少し生じたので、この番外編を設けました。
私自身は、ミステリー作品の醍醐味である犯人を今まではあえて伏せて来ました。
しかし、今回の取り上げ方で回数を重ねて行くと、もう少しで、犯人=謎の国際犯罪組織のボスである”大佐”が堂々と登場してしまうのです。
書いていくうちに犯人が、堂々と登場してしまうと、今までとは全く違う「しゅうし替え」になります。
まだまだ伏せておきたいところなのですが、ストーリー上、避けることが出来ない犯人の登場をどうしようか?と迷っていました。
・・・迷った挙句、変則的なのですが、犯人の犯罪組織のボスをあえて名前を記さずに”彼”とだけ明記することにしました。
しかし前後の文章を読んで頂くと、”彼”以外は全員実名で出てくるのですぐに犯人が分かるのですが、ギリギリラインで行こうと思います。
犯人を書いたも同然、しかし実名ではなく、”彼”表記。
つまり、書いたも同然ながら、書いてないのも同然に・・・。
苦しい言い訳をしつつ、佳境に入りたいと思いますので、よろしくお願い致します。
(次回に続く)
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2016年05月25日
アガサ・クリスティ (48) (茶色の服を来た男*その 27)
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サー・ユーステス・ペドラーの元には、ある政府の役人が訪ねて来た。
この地から移動すべきであると忠告も受けた。
ジョバーグ〜プレトリア間は汽車も普通である為、車で移動出来るようにするということであった。
万が一、足止めを受けて、身元を調べられた時用に、念の為、政府側に見せる通行証、ストライキ側に見せる通行証を用意するとのことであった。
いざという時、通行証を取り違えて見せて、暴徒に虐殺されるという危険も大いにあった。
しかしサー・ユーステスはランド地区の情勢を調査しに来たのだと言い張った。ゆえに移動する気もなかった。
そこへ電報が届いた。
「アンは無事、キンバリーで一緒にいます。 スーザン・ブレア」
あの娘には不死身といったような感じを受ける・・・どんなことがあっても大丈夫なのだ。
しかし、どうしてあの晩、ホテルから消え、どこにどうやって行き(列車は数日間、動いていなかった。)また、どうやって戻って来たのか?皆目、検討もつかなかった。
あの娘には羽根でも生えていて、飛んで来たのかもしれん。
どうせ、わしには(サー・ユーステス・ペドラー)誰も教えてくれんのだ。どうなっているのか想像するしかなかった。
少し考えていると、いやになってしまう。
わしは電報をたたむと、役人に帰って貰った。
帽子をかぶってお土産品を買いに外に出た。
ジョバーグのお土産品のお店もなかなか愉快だった。
ウィンドーを眺めていると、店からいきなり男が飛び出して来た。
レイス大佐だった。
どう、うぬぼれてみたところで、わしに会って嬉しそうではなかった。
むしろ、困っていた。
いろいろと聞いてみた所、昨日、ジョバーグに着き、友人宅にいたらしい。
行方不明のアンが見つかったことは、アンからの手紙で知っていたらしい。
行方不明中はハリー・レイバンと島にいたらしいこと。もレイス大佐は言っていた。
ブレア夫人からの電報でアンがキンバリーで夫人と一緒にいるらしい。とレイス大佐に告げた。
すると、レイス大佐は大層、驚いていた。
アンの手紙がブラワヨーから、届いたらしい。
内容はブラワヨーからペイラに行き、イギリスに戻るというものだったらしい。
わしが、電報を見せるとレイス大佐は本当に驚いていた。
レイス大佐が利口な男ということになっていたことは、わしも知っている。
だが、わしに言わせれば、あいつはばかだな。
女ってものは、時折、うそをつく動物であるってことを全くご存知ないのだから。
間違いなく、これは故意に誰かが嘘を付いているのだ・・・。
しばらくすると、また例の役人が戻って来た。
「たびたびお邪魔をしまして、申し訳ありません。」
例の役人は言い訳をした。
「実は、あなたさまの秘書について、一つ二つお聞きしたいことがありまして・・・。」
サー・ユーステス・ペドラーは秘書で苦労していると告げた。
一人は、ロンドンで強引に秘書になったかと思うと、重要書類を盗み出し、奇術師のように消えてしまった。
後でわしが大目玉を食らうだろうが・・・と説明した。
すると、例の役人は「その秘書ではなくて。」とさえぎった。
サー・ユーステス・ペドラーはびっくりした。
「パジェットか?」
彼は真面目な秘書であり、長年働いて来たことも説明した。
しかし役人はかぶりを振って、言った。
「いえ、そうではなくて、もう1人の方の・・・。」
「? ? ?」
「ミス・ペティグルーの方です。」
「ミス・ペティグルーが何か?
あれは政府から借り入れている立派な秘書だが・・・。」
例の役人が説明した。
ジョバーグの土産物屋に入るところを目撃されたとの事だった。
ジョバーグでは、そんなことさえも噂になるのか?!
このわしも土産物屋には行ったぞ。とサー・ユーステスが言った。
例の役人は、ミス・ペティグルーが出入りしているその土産物屋は、この街での不穏な動きのアジトになっている所であると告げた。
(次回に続く。)
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2016年05月24日
アガサ・クリスティから (47) (茶色の服を来た男*その26)
(茶色の服を来た男*その26)
なんとか命からがら、追手から逃げ延びてきたアンとレイバンは話し合って、いくつかを決めた。
@アンは、意味がなくなったベイラには行かず、スーザンの所にいて身の安全をはかる。
そしてレイバンからの連絡を待つ。
Aダイヤはパーカーという名義で銀行に預けておく。
Bもう偽伝言で騙され、おびき出されないようにアンとレイバンの間で暗号を決めた。
レイバンからの伝言には『and』の言葉を必ず入れ、電報には『Andy』とサインしておくにした。
それ以外は偽物の伝言であるということ。
まもなく列車が入って来て、しばらくの間、アンとレイバンは別れて暮らすことになっていた。
アンは言った。
「それで私は、真面目ないい相手が見つかったら、結婚してもいいの?」
つんと気取って言った。
レイバンが私のそばに寄って来て、言った。
「何を言う!アン、君がこの僕以外の男と結婚しようものなら・・・」
「まあ、素晴らしい旦那さまが見つかった!その考え、一晩で変わらないといいわね!」
******
再び、(サー・ユーステス・ペドラーの日記から)いくつかの記述を拾ってみた。
平和主義なのに騒ぎに巻き込まれやすいサー・ユーステス・ペドラーにとっては厄介ごとを持ち込む秘書パジェットより、あだっぽさはないが有能なミス・ペティグルーの持っている二、三の技術が有難かった。
ブラワヨーでは随分、不快な思いをしたが、その中にはブレア夫人やアンに押し付けられた木彫りのキリンをぶつけられたりもあった。
「滝」に着いた夜。
ミス・ペティグルーと口述筆記をしていた所、突然、ブレア夫人が飛び込んで来た。
「アンは、どこに行ったんです?」
と、彼女が叫んだ。
まことに結構なご質問さ・・・まるで、このわしが、あの娘の行動に責任を持っているみたいにね。
ミス・ペティグルーがなんと思うか、考えてのことなのか?
真夜中に、まるでこのわしが、アン・ベディングフェルドという娘をポケットから出しでもするものと思っているのかね?
わしのような地位にあるものにとっては迷惑千万な話だ。
アンが寝床にいないという。
なんだかブレア夫人は良くない夢を見たので、念の為にアンを見に行ったところ、居ないことが判明したという。
レイス大佐もいないらしい。
結婚の話でもしに行ったのではないか?となだめていたが、ブレア夫人は納得しなかった。
そのうち、レイス大佐がホテルに戻り、アンがいないことを知ると、すぐに大騒ぎになった。
隈なく探したが、アンは見つからなかった。
アンは生き生きした娘なので、自殺は考えられなかった。
また列車が入って来ない日時だったので他に移動したことも考えられなかった。
どこに消えてしまったのか?
それからはブレア夫人は表面上は変わりなくレイス大佐に親しそうであったが、何か不信感を抱いているようであった。
川の上流にある妙な小島に男女がいたという噂が、昨日、伝わって来た。
しかしホテルの支配人もよく知っている数年前から観光客相手にボートで川を案内して、カバやワニを見せる仕事をしている者らしい。
それを聞いたレイス大佐は大変、興奮していたが、とんだ見当違いである。
その後。
いよいよ明日、ジョバーグに出発することにした。
レイス大佐に勧められたのだ。
情勢が悪化する前に行くのも良いかも知れない。
ブレア夫人は土壇場になって、同行することを中止することにした。
このまま「滝」にとどまり、レイス大佐を見張るつもりのようだ。
彼女に頼まれた木彫り動物の小物だけを引き受けることにした。
パジェットがさかんにジョバーグに同行したいとせがんで来ているが、ブレア夫人の木彫り動物の梱包保管の為、ケープタウンに残るように指示した。
これで全て片付いて、ミス・ペティグルーとわしは保守党の仕事に専念することが出来るというものだ。
ミス・ペティグルーに会ったことのあるものは、保守党は立派だと思うに違いない。
ヨハネスブルグにて、3月6日。
この土地には何かしら不健全なものがある。
ストライキの団体が、街々を練り歩いていては、今にも殺しかねない形相でこちらを睨みつける。
昨夜、キールモーデン号で一緒だった労働者側の友人リーバスに会った。
パジェットを色々な策を労して、ケープタウンに押しとどめようとしたがその手もつきはて、ついにヨハネスブルグに同行し、わしと生死を共にすることになった。
わしの『回想録』もしごく、順調に進んでいた。
今朝、ある政府の役人が会いに来た。
わしの立場は重大なので、他の土地に移るべきだと進言しに来た。
「この騒ぎの本当の元は、ストライキをやっている人ではないんです。
彼らの背後に、ひそんでいる組織なんですよ。
武器、弾薬がどんどん、入って来ていますし、われわれが押さえた文書を見ても、それらの輸入の方法がわかるのです。ちゃんとした暗号が、用いられています。
ジャガイモというのは『爆薬』のことですし、カリフラワーは『小銃』で、その他の野菜の名がいろいろな爆発物を意味しているのですよ。」
なかなか面白いね。と、わしは言った。
「そればかりではありません、サー・ユーステス。この騒動を陰で操っている天才がいま、ヨハネスブルグに来ているのです。」
そういって彼が、わしの顔をじーっと見つめた。
わしは、自分のことを言われているのではないかと思い、恐ろしくなって来た。
冷や汗が出て来て、こんな革命おもちゃなんぞを見にやってくるんじゃなかったと、心から悔やまれた・・・。
(次号に続く)
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2016年05月15日
アガサ・クリスティから (46) (茶色の服を着た男*その25)
(茶色の服を着た男*その25)
鉱山王の息子と南アフリカの農園経営者の父を亡くした男。
ケンブリッジで出会い、親友となる。
かたやお金に慣れ切った、いずれは莫大な遺産も受け取る男と貧乏に慣れ切った男。
鉱山王の息子は、二度もの借金などから勘当に近い状態になり、親友とダイヤ成金を目指して南米に出向く。
苦労の末、ふたりは第二のキンバリー、つまりダイヤ鉱山を発見する。
そのダイヤの鑑定をするためにキンバリーを訪れた。
そこに現れたのは、すごい魅力的な若くとても美人の女性だった。
アニタ・グリューンベルク。
彼女は女優でもあった。
荒野をさまよっていた二人の男はすぐに夢中になった。
友情でお互いを邪魔することもなかったが、彼女に対する想いはお互い真剣であった。
二人は自分たちがしてきたことを打ち明け、発見したダイヤまで見せていた。
ある時、キンバリーのデ・ベールス社内で盗難事件があった。
二人は疑われ、警察官の急襲を受ける。
ダイヤも押収されたが、寝耳に水で笑い飛ばしていた位だった。
しかし裁判で盗難ダイヤと断定されてしまった。
ひとことの取り調べもなかった。
最初に持っていたダイヤと違うと訴えたが一笑に付されてしまう。
既に彼女はとっくに姿を消していた。
うまくダイヤを盗難品とすり替えたのだ。
鉱山王の権力は絶大であった。
盗難ダイヤと同等額を支払い、うまく事件をもみ消してしまった。
しかし息子とは言い争いになり、息子の方も信じてくれない父に対して黙秘を貫いた。
カンカンに怒って父親との会見から出て来た彼を待っていてくれたのは親友であった。
一週間後、戦争が始まり、二人は一緒に志願。
泥棒の汚名を着たまま、一人は戦死。もう一人も「行方不明、戦死と推定。」と伝えられた。
*****************
生き残ったレイバンは、「行方不明、戦死と推定。」を訂正しようなどと思わなかった。
名前をパーカーに変え、昔なつかしいこの土地にやってきた。
戦争の初めごろはまだ汚名をそそいでやろうという気があったが、既にそんな気にはならなかった。
そんなことをして何になる?
親友も戦死し、心配してくれる人も誰一人としていなかった。
死んだことになっているのなら、そういうことにしておこうと思った。
ここでは幸せでもなく、不幸でもなかった・・・感情がみんな萎えてしまっていた。
しばらく経ったある日のこと、心を掻き立てるようなことが起こった。
一団の観光客を自分の舟で案内していた時、一人の男が驚きの声を上げたんだ。
思わず、その男の顔を見た。
相手もまるで幽霊を見るようにじっとみつめていた。
好奇心がわいてきたので、ホテルに行った時、その男のことを調べた。
名前はカートンといって、キンバリーにいる男で、デ・ベールス社に雇われているダイヤの選別者だという。
昔受けた不当な処置に対する怒りがこみあげてきた。
早速、キンバリーに行った。
彼を調べたが、何も分からなかった。
仕方がないので、直接、彼に会いに行き、真相を言えと脅かした。
彼は臆病なので、すぐに話をしだした。
彼は例のダイヤを奪った事件に一役買っていて、実はあのアニタ・グリューンベルクの夫であった。
彼はかつて僕たちがホテルで食事しているところを見たことがあり顔を覚えていたが、戦死したはずのものが「滝」でひょっこり現れ仰天してしまったらしい。
彼とアニタは、二人ともとても若くして結婚したが、彼女の方はまもなく彼をほったらかしにしてしまった。
彼女はその後、えらく苦労したらしい・・・「大佐」という人物もその時、初めて聞いた。
カートンはダイヤの事件だけしか関与していないと言った。
その通りだと思ったが、何か知っているはずと、また脅かしてみた。
言わなきゃ殺してやると言うと、彼は震えあがって、それまで隠していたことを全部しゃべってしまった。
それによるとアニタは「大佐」を本当には信用していなかったらしい。
ホテルで奪った彼らのダイヤを全部、「大佐」に渡したと見せかけ、その実、一部を彼女が持っていたのだ。
どれを取っておくかは、カートンが専門的見地から教えていた。
どんな色でどんな質であるかすぐに分かるものであるし、またデ・ベルース者の選別の専門家が見れば、それは彼らの手を経ていないことが一見して分かるという。
そうなれば、僕たちのところに代用品を置いていったという主張も正当化され、汚名がそそがれ、本当に悪いことをした人たちが明るみに出るはずだった。
この事件に限って「大佐」は直接関係しているので、必要な場合はそれを持ち出し、彼を脅すことが出来るとアニタは考えたらしい。
そしてカートンは、アニタつまりナディーナ(この時から彼は彼女をこう呼んだ)と取引するべきだと勧めた。
まとまった額の金を与えれば、彼女はあの”ダイヤ”をあきらめて、「大佐」を裏切ることもするだろうと。
電報を打っても良いとも言った。
翌晩、カートンを訪ねると不在であった。
調べてみると二日後に南アフリカを出てイギリスに行く船”キールモーデン・キャッスル号に乗ろうとしているおとが分かった。
レイバンは昔ケンブリッジでやっていた演劇で覚えた変装をし、後をつけた。
ロンドンに着くと、カートンはまっすぐに家屋紹介所に行き、川縁にある貸家のことを詳しく訪ねていた。
そこに突然、あの女が現れた。あの頃と少しも変わらないけんらんたる美しさで、しかも傲慢な態度だった。
そしてカートンと彼女が示し合わせていることも確かだった。
美しく傲慢な彼女・・・無念に死んでいった親友のことを思えば、殺したくなったのも事実だった。
「マーロウのミル・ハウス。サー・ユーステス・ペドラーの家作ね。なんだか私にぴったり合うような気がするわ。とにかくそこに行って見てみるわ。」
彼女は紹介状を手にやはり傲慢に出て行った。
このとき、レイバンは先走った結論を下してしまった。
サー・ユーステス・ペドラーがカンヌに行っていることを知らなかったので、ナディーナのこの家探しこそ、彼とミル・ハウスで会う為の口実と早合点してしまった。
ダイヤ盗難事件当時、サー・ユーステス・ペドラーが南アフリカにいたことを知っていたレイバンは、彼こそがよくうわさに聞く不思議な人物「大佐」に違いないと決めつけてしまった。
なおもレイバンはカートンをつけて行った。
ナディーナの方は気づかれるとまずいと思ったからだ。
ダイヤを取りに行くときに彼を捕まえて、真相をはかせようと思っていた。
彼は地下鉄のハイド・パーク・コーナーの駅まで降りて行った。
地下鉄にはカートンと近くに女の子がひとり立っているきりだった。
南アフリカにいるはずの男が目の前に現れたショックで、カートンは地下鉄の線路に落下。
医者のふりをして死体のポケットを探ってみた。
なにがしかの札の入った札入れと、なんでもない手紙が2〜3通。フィルムが一個・・・これはどこかに落としてしまったらしい。
それに22日にキールモーデン・キャッスル号で会おうということを記したメモ・・・これも落としてしまったが、数字は覚えていた。
慌ててトイレで扮装をはずした。死体のものを盗んだと思われて捕まえられても困ると思ったからだ。
それから今度は、ミル・ハウスまでナディーナをつけていき、小屋管理のおばさんにいかにも彼女と一緒に来たように話しかけた。
そして彼女の後から入って行った。
彼が一息ついた。
いかにも緊張した沈黙が続いた・・・
彼の言い分は、三分先に入った彼女は既に殺されていたという。
脅迫しに来た彼女をすぐにただの一撃でやっつけてしまい、ちょうど、かっこうな容疑者も作り上げたのだ。
「大佐」は頭はたいしたもので、いつも身代わりを用意していたのだ。
出来るだけ何事もなくそこを立ち去ったが、後で騒ぎになることはわかっていた。
しばらく隠れていたが、ある時、町中でふたりの中年紳士の話を耳にはさんだ。
そのひとりはサー・ユーステス・ペドラーであった。
彼の秘書になることを思いついた。
ところでナディーナはダイヤをもっていなかった。
これは奴らには大誤算であるはずだった。
レイバンはカートンがキールモーデン・キャッスル号に隠したと考えていた。
アンはレイバンの話を聞いた後、今度はこれまでのことを包み隠さず、レイバンに話して聞かせた。
彼が一番びっくりしたのは、その”ダイヤ”は今はスーザンが持っているということだった。
誰が「大佐」なのか?
アンはガイ・パジェットがナディーナ殺害事件当時、休暇のフィレンツェではなくマーロウにいたことを話した。
アンはガイ・パジェットを疑っていたが、レイバンはそうではないと思うと言った。
たしかにマーロウのミル・ハウスがパジェットの殺害だったとしても、アンを「滝」で殺そうとした人物にはなれないという理論だった。
駅で別れたパジェットが「滝」に来るには数日待たなければ交通手段がなかった。
下っ端にさせる仕事でもなかった。
同じく脅迫者であるナディーナも下っ端に殺害させるような仕事ではなかった。
「大佐」自らの手によるものだ。
実はレイバンが偶然、身代わりの犯人に仕立て上げられる前に「大佐」は、別のスケープゴートをちゃんと用意していたのではないか?
それがパジェットではないか?と言うのがレイバンも考えだった。
アンが「滝」でおびき出され、殺されかけた時、ホテルにいたスーザンは眠っていた。
サー・ユーステス・ペドラーは口述筆記をしていた・・・ドア越しに声がしていた。
レイス大佐は不在であった。
レイス大佐・・・諜報機関の人物であるとのうわさ。
それにゆえにアンはレイス大佐は、国際犯罪組織の謎のボス「大佐」ではないと言った。
しかしレイバンは、もっともらしく諜報機関を装うことは出来るし、キンバリーのダイヤ盗難事件当時、やはりレイス大佐も南アフリカにいたのだと言った。
・・・・・・・・・・・・・。
レイバンは、アンに少し眠る様に言った。
夜が明ける前にアンを運んでベイラ、そしてイギリスに行かせるつもりは変わっていなかった。
お互い、顔を見ることができないくらいだった。
「わかったわ。」
アンは小屋に入り、寝椅子に横になったが、とても寝付けなかった。
レイバンは闇の中を長い間、行ったり、来たりしていた。
そしてとうとうその彼がアンに声を掛けた。
「さあ、アン、出発の時間だよ。」
しかしこの後、アンたちは襲撃を受けることになる。
ボートが近づいてきて・・・誰かがマッチを擦った・・・その顔が、ミューゼンバーグの別荘でお目にかかったあの赤ひげのオランダ人だったのである。
彼のほかは土人だった。
慌てて二人は小屋にもどり、壁に掛けてあった二挺のライフル銃とピストルを降ろした。
アンはレイバンの指示に従い、銃の装填をした。
ふたりのうなり声とひとりがざぶんと水に落ちる音がした。
いったん、逃げて行った彼らはまたすぐ戻って来た。
レイバンは急いでいた。アンに灯油の缶を外に出すように指示をすると、それをばらまき小屋に火をつけた。
小屋からは、長い炎が上がり始めた。
そしてその明かりで二人の人物が屋根の上にうずくまっている姿が映し出された。
レイバンが彼の古い服にぼろくずを詰め込み、敵を欺くために考えた舞台装置だった。
その間、慌てて、二人は島の反対側に手に手を取って走って行ったが、乗るはずの舟は流されてなかった。
「泳がなくちゃならない。アン、泳げるかい?」
「少しくらいなら。」
レイバンが深刻な顔をしているのにアンは気づいた。
「フカがいるの?」
「いいや、フカってのは海にいるんだよ。だが、君はじつに勘がいいね。ワニなんだよ。」
何も考えず泳いだ方が良いとのレイバンのアドバイス通り、なんとか二人は泳ぎ切り、対岸にたどり着いた。
途中に力尽きたアンをかつぎ、なんとかリヴィングストーンにたどり着くと、夜はしらじらと明けようとしていた。
レイバンの友人は二十歳の青年で土地の民芸品店をしているネッドというものであった。
(茶色の服を着た男*その26に続く)
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2016年05月13日
アガサ・クリスティから (45) (茶色の服を来た男*その24)
(茶色の服を来た男*その24)
アンの怪我が回復しつつあり、そろそろ身の振り方を決める時期が来ていた。
ついにハリー・レイバンから、今晩ここを立ち ベイラに行き、そこからイギリスに戻るように言われた。
アンは、ベイラには行かないと抵抗したが、ハリーは、未練はあるがアンとは一緒になれないことを告げた。
アンは安全なイギリスで、安心して恋愛、結婚、楽しい生活をすべきだとレイバンは考えていた。
レイバン自身は、背後に苦い鉱山が横たわっている・・・自分は汚名をそそぐか死ぬかの瀬戸際であることをアンに告げた。
レイバンは彼女に今までのことを全部話そうとしていた・・・これまで誰にも話そうとは思わなかったことだった。
アンは、辛い過去など話さなくて良いと答えたが、どうしても聞いて欲しいとレイバンは言った。
「一部は私、知っててよ。
あなたの本名がハリー・ルーカスだということ知ってたわ。」
彼はまだためらっていた・・・顔はアンの方を向いていたが、その眼はじっと一点を見つめたまま。
彼が何を言おうとしているのか、アンには皆目見当がつかなかったが、しかしやがて彼は、やっとふんぎりがついたらしく、顔を前に突き出すようにして、語り出したのである。
*****************
「君の言う通りだ。僕の本名はハリー・ルーカスだ。父は退役軍人でローデシアに来て農場を経営していた。僕がケンブリッジ2年の時に、父は死んだ。」
「おとうさまを、好きだったの?」
「僕かい?分からないな。」
やがて彼の顔がさっと紅潮したかと思うと、話が急に熱を帯びて来た。
「なぜ僕が、こんな答え方をするか?
かつて僕は父を愛していた。最後に会った時、ふたりは口汚くののしり合った・・・僕が暴れん坊だったことや借金をしたことで2人はよく喧嘩をしたが、それでも僕は彼が好きだった。
どんだけ好きだったかってことに、いま気がついたんだ・・・気がついてもどうしようもなくなってからね。」
「そして、ケンブリッジ時代にもう一人の男と知りあった・・・。」
「イーアズリー青年でしょう?」
アンは言った。
そう、イーアズリー青年だ。とレイバンは言い、話はイーアズリー青年のことに及んだ。
彼は鉱山王の息子であった。
南アフリカで最も有名なひとりだった。
ふたりで一緒に放浪をした。
イーアズリー青年は、ケンブリッジを辞めてから口論した。
彼の借金を鉱山王は二度払ってやったがこれ以上は出来ないと断わった。
それからは父サー・ローレンスはもうこれ以上、がまんが出来ぬと言い渡し、何もしてやろうとしなかった。
息子は当分の間、自力でやっていかなければならなくなった。
その結果、ふたりの若者はダイヤ成金を目指して南アメリカにおもむいた。
その間の苦労した放浪生活の中で、ふたりの堅い友情の絆は、どちらかが死にでもしない限り、断ち切ることの出来ないものだった。
ついに2人の苦労は報われる。
2人は英領ギアナのジャングルのど真ん中に、第二のキンバリーを発見する。
その時の喜びは口で言えない位で、金に換算したうえでの喜びではなかった。
・・・というのは、鉱山王の息子は金にすっかり慣れていたし、父が亡くなれば莫大な遺産を引き継ぐことも知っていた。
またルーカスの方はいつも貧乏だったし、貧乏に慣れきっていた。
2人の喜びは、純粋にダイヤ鉱山を発見したことだった。
レイバンは、ここで言い訳をするように付け加えた。
「こんな話し方をしてもかまわんかね?まるで僕自身は渦中にいなかったように。
だが、今、あの当時を振り返ってみて、若かった僕達ふたりのことを考えると、2人のうちの1人がハリー・レイバンだったってことを、ほとんど忘れてしまったような気持ちなんだ。」
あなたの好きなように話して。とアンはうながした。
新発見に意気揚々として、2人はキンバリーにやって来た。
専門家に見てもらうつもりで、素晴らしいダイヤの原石を持って行った。
それからキンバリーのホテルで、2人の運命を狂わせるあの女に出会う。
女の名は、アニタ・グリューンベルク。若くて、綺麗な女優だった。
とても美人だった。
南アフリカ生まれで、確か母親はハンガリー人。
どことなく神秘的で、つい最近まで荒野をさまよっていた2人の若者にとっては、このうえなく魅力的だった。
2人とも、とたんに彼女が好きになってしまい、おまけに2人とも真剣だった。
それでも2人の友情は硬く、お互いの邪魔をすることはなかった。
今でも不思議なのは鉱山王の息子を相手にしなかったこと、計算高い彼女に大富豪は願ったり叶ったりだと思うのだが。
実は彼女はすでに結婚していたのだった・・・相手はデ・ベールス会社の宝石の選別をやっていた男で、このことは誰も知らなかった。
2人は、彼女にすべてを話して聞かせ、ダイヤの原石さえ見せたのだ。
ちょうどその頃、デ・ベールス社でダイヤの当難事件が発覚し、2人は警官隊の急襲を受けた。
何かの冗談だろうと笑っていたくらい、寝耳に水だった。
裁判で提出されたダイヤは盗難ダイヤであると認定されてしまう。
ひとことの取調もないまま、2人は犯人になった。
アニタ・グリューンベルクは、とっくに姿を消していた。
彼女が代用品とうまくすり替えた訳だ。
2人は最初に持っていたダイヤと違うと主張したが、一笑に付されてしまう。
しかし、鉱山王サー・ローレンス・イーアズリーの権力は大したものだった。
事件はすっかり揉み消された。
サー・ローレンス・イーズアリーはこの件から家名を守る為、頭をかなり痛めたらしい。
彼の息子と会った時、息子をさんざん罵倒した。
そして彼にとっては、息子はもう息子ではなかった。息子を完全に捨ててしまった。
また息子の方でも信じてくれない父に無実を証明する気にもなれず、沈黙を守り通した。
カンカンになって父との会見から出てきたイーズアリー青年を待っていたのは、親友のルーカスだった。
その一週間後、戦争の戦線が布告され、2人は一緒に志願した。
ふたりといない大切な親友は戦死した・・・ある意味、行かなくていい場所にめちゃくちゃ突っ込んでいったせいであるともいえる。
こうして彼は泥棒の汚名を着せられたまま、亡くなってしまった。
残った1人は、”行方不明”と伝えられ、行方不明で良いのだと思った。とレイバンは言った。
(茶色の服を来た男*その25に続く)
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2016年05月12日
アガサ・クリスティから (44) (茶色の服を来た男*その23)
(茶色の服を来た男その23)
アンは、ハリー・レイバンからの手紙で、誰にも気づかれぬようにホテルを後にした。
付けられてはいないことも確認したが、大丈夫だった。
しかし橋を渡ったあと、物音がしたので振り返ったが誰もいなかった。
その後また物音がして、突然、背の高いヨーロッパ人に襲いかかられる。
アンは、必死に逃げた。
月のない暗い夜、気がつくと アンの体は奈落の底に落ちていた。
うなされた夢の中ではアンは必死にハリー・レイバンを探していて、危険が迫っていることを伝えようとしていた。
ようやく気がついたアンは木の壁に囲まれた部屋に寝かされていた。
そしてそこには、ハリー・レイバンがいた。
*****************
まず、アンはスーザン達に居場所を知らせようと考えた。
しかし、レイバンは反対だった。
その友人が彼女を死地におびき寄せたのだと言う。
結局、ハリー・レイバンの伝言は犯人がアンをおびき寄せる為のものだったと判明した。
アンの身近な人でしか知りえない、アンとハリー・レイバンの間柄。
犯人は身近な人の中にいるようであった。
その日、たまたまレイバンは何かに惹かれるように出かけ、木の枝に気を失ったアンが引っかかっているのを見つけ、連れ帰って看病してくれていたらしい。
しかもアンが長い眠りから目が覚めたのは一か月くらい掛かったらしい。
アンは、ハリー・レイバンにここで何をしているのかを尋ねた。
「滝」から4マイルほど、ザンベジ川をさかのぼったところにあるこの小さな島で、戦争が終わるとすぐにレイバンは暮らし始めたらしい。
たまに「滝」に来るホテルの観光客を舟で案内する位で、ほとんどお金のかからないようで好きに暮らしているようであった。
看病してくれたバター二婆さんは、以前、レイバンが熱病を治してやったことがあるらしい。
恩義を感じている彼女は、レイバンに忠実で一言も他言しないので、怪我が治るまでここで隠れていた方がアンは安全だという。
犯人はアンの死体が見つからなくとも、岩に当たってこなごなに砕け、急流に流されたのだろうと考えるはずだと。
こうして、アンの怪我が回復するまで、アンとハリー・レイバン、そして黒人のバター二婆さんの奇妙な生活が始まった。
アンの怪我は二つあった。
ひとつは頭の打撲傷と腕の捻挫であった。
ハリー・レイバンは、かなり長い時間、どこかに出かけていたが、それでもアンとお喋りをしたり口論したりしていた・・・青天井の下で、同じことを何度も蒸し返して、言い争いをしたのである。
そうして喧嘩をしながらも、ふたりの間にはまるで想像もつかなかった、真実で永続的な療友関係が成立していた・・・そして、そのうえにもう一つの違ったものも。
アンの怪我は順調に回復していった。
そして、そろそろアンの身の振り方を決める時が近づいていた。
アンにもそれがよく分かっていた。
果たして彼は黙ったまま、彼女を行かせるのだろうか?
ある日、レイバンは言った。
今夜、アンはこの島を立たなくてはいけない。
ベイラ(モザンビーク)まで行き、そこからイギリス行きの舟に乗るように言われた。
アンはベイラに行かないと、ささやかな抵抗を示した。
レイバンは、本当はアンをいつまでも手元に置いておきたいが、それは出来ないと言った。
男女であることも、またレイバンとアンが一緒になったとしても、アンを守る為、一生、夜通し起きてアンの身を守ることなど不可能であると告げた。
アンの為に身の安全が確かなイギリスに戻り、生真面目な相手と、安心して恋愛や結婚をした方が良いのだとレイバンは考えていた。
彼の背後には、いつも鉱山がある・・・とレイバンは言った。
「・・・めちゃくちゃに焼けただれて、にがっぽい灰の味のする鉱山だけが。」
彼には仕事があって・・・それは汚名をそそぐか?死ぬか?の瀬戸際であること。またアンを殺そうとした憎い悪党の息の根を止めてやりたい。と。
アンは突き落とされはしなかったと告げたが、レイバンは否定した。
あの後、レイバンが現場に行くと、アンが足を踏み外すように、道の脇に置いてあった白い小石の標識が道ではなく藪の上に置かれていたとのこと。
彼はここで話を辞めたが、やがて今までとは全然かわった調子で続けた。
「僕達、こんな話をするのは、はじめてだね。アン。
だが、こうなったら話しておくべきだと思う。全部、話してしまうからよく聞いて欲しい・・・初めからすっかりね。」
アンは、辛い過去なら話さなくて良いと言った。
「いや、君にはぜひ聞いて欲しい。
この話、今まで誰にも話そうと思ったことなかったんだ。おかしなものだね。運命のいたずらとでもいうのかね?」
彼はそう言って少し黙った。
陽はとっくに沈んでいて、ビロードのようなアフリカの夜のとばりが私たちをすっぽりと包んでいた。
アンは一部は知っていると言った。
「どんなこと?」
「あなたの本名がハリー・ルーカスだと知っていたわ。」
彼はまだためらっていた・・・
(茶色の服をきた男*その24に続く)
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2016年05月07日
アガサ・クリスティから (43) (茶色の服を来た男*その22)
(茶色の服を来た男*その22)
アンは、「滝」やその周辺の森に強く惹かれていた。
いつまでも この地に暮らしていたいと思った程だった。
その夜、アンの元に小さな黒人の男の子が、伝言を持って来た。
ハリー・レイバンからだった。
アンは誰にも見られぬようホテルを抜け出した。
スーザンは既に眠っていた。
サー・ユーステス・ペドラーはミス・ペティグルーに口述筆記をさせていた・・・声が聞こえていた。
レイス大佐は部屋にも社交室にも見当たらなかった。
アンはレイバンの伝言にあった場所に急いだ。
橋を渡った後、つけてくるものがいないか?確かめたが大丈夫だった。
開拓地に行こうと急いだ時、物音がして振り向いたが、何も起こらなかった。
しかしまた歩んで行くと、突然、男が出てきて襲い掛かって来た。
背の高いヨーロッパ人としか分からなかった。
月のない真っ暗な中、アンは逃げて走った。
境界線を表す白い石だけが目印だった。
と、アンの体は宙に舞った。
気味の悪い男の笑い声が鳴り響いていた。
奈落の底にアンは落ちて行った・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
アンは 少しづつではあるが、意識を回復しだしていた。
そして、それに伴い頭痛や左腕が刺すような痛みが増していった。
まだ全てが夢のようでこの世のこととは思えなかった。
なにかしら うなされているような、どこまでも落ち込んでいくような気持ちだった。
ハリー・レイバンが霧の中から現れたように思えたが、それは本当のことのようにも思えた。
しかし、それはやがてふわふわと、まるでアンをからかっているように、消えていった。
誰か、口にコップをあてがい、その中のものを飲んだような気がした。
真っ黒な顔が、アンを覗き込んでニヤリとしたが、びっくりして叫び声をあげた。
またもや夢の中に入ったが、長い苦しい夢の中で、アンは一生懸命にハリー・レイバンを探していた・・・探し出して注意しなければ、と焦っていた
・・・注意をするといっても、いったいどんなことを注意しようとしたのか?
自分にも分からなかった。
ただ何かしら危険で・・・いや、大きな危険が彼に差し迫っている、そしてその彼を救うことが出来るのは、自分しかないのだ。
そして、またもや辺りは暗くなった、この暗さで助かったのだ、そう思いながら今度は本当に眠り込んでしまった。
アンは長い間、うなされていた。
そして長い昏睡状態から、ようやく目を覚ましつつあった。
・・・・・目を覚ましたアンは、克明に今までのことを思い出した。
奈落の底に落下していったあの日まで。
奈落の底に落ちて行く時のなんとも言えぬくらい、恐ろしい気持ち・・・。
だが、よく助かったものだと思った。
怪我で激痛もあり、すっかり弱ってもいたが、アンは確かに生きていた。
一体ここはどこだろう?
アンは、やっとのことで頭を動かして、辺りを見渡した。
アンは木の壁で囲まれた小さな部屋に寝ていた。
その壁には、毛皮やいろいろな形をした象牙などが掛かっていた。
アンは毛皮のカバーついた粗末な寝椅子に寝ており、左腕は包帯がしてあって、不自由で気持ちがよくなかった。
誰もいないのではないかと思っていたその部屋の片隅にひとりの男が座っているのに気が付いた。
・・・・・男は窓の方を向いていた・・・彼はまるで木彫りの人形みたいに静かであった。
短く刈り上げた黒い髪をどこかで見たことがあるような気がしたが、そんなこと考えてみるのも億劫だった。
突然、彼がこちらを向いた。
アンは、はっと息をのんだ。
ハリー・レイバンだった。
生きているハリー・レイバンだった。
彼は立ち上がると、アンの方にやってきた。
「気分はどうだい?」と彼がぎこちなく言った。
アンは返事ができなかった。涙がとめどなくほおを伝わった。
(茶色の服を着た男*その23に続く)
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2016年05月05日
アガサ・クリスティから (42) (茶色の服を着た男*その21)
(茶色の服を来た男*その21)
アンは、レイス大佐に突然、プロポーズを受けた。
しかし、自分には好きな人がいることを告げた。
レイス大佐の冷静な威圧感を感じて、怖くなったアンだった。
「滝」は壮大で綺麗だった。
アンはこの「滝」や辺りの森にひどく惹かれていた。
何かが起こるような気持ちだった。
・・・・・・・・・・・・・・
そして、小さな黒人の子供が伝言を持って来た。
それは、あのハリー・レイバンからだった。
「きみに、ぜひ会いたい。ぼくのほうから、ホテルにはいくわけない。例のヤシの谷間のところの開拓地まで、やってこないか?十七号船室のことを思い出して、きてくれたまえ。 ハリー・レイバン」
心臓は早鐘のようだった。それじゃあ、あの人もここに来ているのだ!
そう、私にはわかっていた・・・・・そんな気がしていたのだ!
あの人が、近くにいるような気がしていた。
全然知らずにあの人が隠れている場所に、やって来たのだ。
アンはショールを被ると足音をしのばせて入り口まで行った。
用心しなければならない。彼は追われている身だ。
スーザンの部屋まで足音をしのばせて行った。
スーザンは既に眠っていた。
サー・ユーステス・ペドラは?
彼の居間の入り口に立ち止まった。
ミス・ペティグルーに口述で筆記させていた・・・・・「ゆえに、私は次のように提案する、この黒人問題を扱う為には・・・・・」と彼女が単調な声で繰り返しているのが聞こえた。
そして彼女が次の口述を待つと、サー・ユーステス・ペドラが何か怒ってブツブツ言っているのが聞こえた。
アンの忍び足は続いた。
レイス大佐の部屋は空っぽだった。
社交室にも姿はなかった。
そして彼こそはアンが最も恐れている人物なのだ!
アンは急いだ。
忍び足でホテルを出ると橋に通じる小道を行った。
アンはつけられてはいないかを確認したが、誰もつけてくる気配が全くなかった。
アンは開拓地に向かって歩いていった。
六歩程、進むと立ち止まった・・・・・うしろで、何かの気配がしたのだ。
ホテルからつけて来たものではない。
前からここで待ち伏せしていたのだ。
その瞬間、べつになんという理由もなく本能的に、アンは自分が危険にさらされていると感じた。
それは、あの夜、船上で感じたものと同じものであった・・・・・本能的な危険の予感だったのだ。
アンは、とっさにうしろを振り返った。
シーンとしている。
何度か振り返るうち、物陰からひとりの男の姿が現れた。
アンに飛びつくようにやって来た。
しかし暗くて、何者か分からなかった。
分かったのは、相手は土人ではなく、背の高いヨーロッパ人である、ということだけであった。
アンは逃げ出した。
相手が追いかけてくるのが聞こえた。
アンは、両側の白い小石を目当てに、懸命に走った・・・・・月のない夜だったのである。
と、突然、からだがふわりと宙に浮いた。
うしろで男の笑い声が聞こえた・・・・・悪魔のような、気味の悪い笑い声だった。
アンがもんどりを打って、奈落の底に落ちていく間も、その声はアンの耳に残っていた。
(茶色の服を着た男*その22に続く)
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