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2016年05月15日

アガサ・クリスティから     (46) (茶色の服を着た男*その25)


(茶色の服を着た男*その25)



鉱山王の息子と南アフリカの農園経営者の父を亡くした男。

ケンブリッジで出会い、親友となる。
かたやお金に慣れ切った、いずれは莫大な遺産も受け取る男と貧乏に慣れ切った男。

鉱山王の息子は、二度もの借金などから勘当に近い状態になり、親友とダイヤ成金を目指して南米に出向く。



苦労の末、ふたりは第二のキンバリー、つまりダイヤ鉱山を発見する。
そのダイヤの鑑定をするためにキンバリーを訪れた。

そこに現れたのは、すごい魅力的な若くとても美人の女性だった。
アニタ・グリューンベルク。
彼女は女優でもあった。

荒野をさまよっていた二人の男はすぐに夢中になった。
友情でお互いを邪魔することもなかったが、彼女に対する想いはお互い真剣であった。

二人は自分たちがしてきたことを打ち明け、発見したダイヤまで見せていた。

ある時、キンバリーのデ・ベールス社内で盗難事件があった。
二人は疑われ、警察官の急襲を受ける。

ダイヤも押収されたが、寝耳に水で笑い飛ばしていた位だった。

しかし裁判で盗難ダイヤと断定されてしまった。
ひとことの取り調べもなかった。

最初に持っていたダイヤと違うと訴えたが一笑に付されてしまう。

既に彼女はとっくに姿を消していた。
うまくダイヤを盗難品とすり替えたのだ。

鉱山王の権力は絶大であった。
盗難ダイヤと同等額を支払い、うまく事件をもみ消してしまった。
しかし息子とは言い争いになり、息子の方も信じてくれない父に対して黙秘を貫いた。

カンカンに怒って父親との会見から出て来た彼を待っていてくれたのは親友であった。



一週間後、戦争が始まり、二人は一緒に志願。
泥棒の汚名を着たまま、一人は戦死。もう一人も「行方不明、戦死と推定。」と伝えられた。



*****************




生き残ったレイバンは、「行方不明、戦死と推定。」を訂正しようなどと思わなかった。

名前をパーカーに変え、昔なつかしいこの土地にやってきた。
戦争の初めごろはまだ汚名をそそいでやろうという気があったが、既にそんな気にはならなかった。



そんなことをして何になる?



親友も戦死し、心配してくれる人も誰一人としていなかった。

死んだことになっているのなら、そういうことにしておこうと思った。
ここでは幸せでもなく、不幸でもなかった・・・感情がみんな萎えてしまっていた。



しばらく経ったある日のこと、心を掻き立てるようなことが起こった。

一団の観光客を自分の舟で案内していた時、一人の男が驚きの声を上げたんだ。
思わず、その男の顔を見た。
相手もまるで幽霊を見るようにじっとみつめていた。

好奇心がわいてきたので、ホテルに行った時、その男のことを調べた。
名前はカートンといって、キンバリーにいる男で、デ・ベールス社に雇われているダイヤの選別者だという。

昔受けた不当な処置に対する怒りがこみあげてきた。



早速、キンバリーに行った。
彼を調べたが、何も分からなかった。

仕方がないので、直接、彼に会いに行き、真相を言えと脅かした。

彼は臆病なので、すぐに話をしだした。

彼は例のダイヤを奪った事件に一役買っていて、実はあのアニタ・グリューンベルクの夫であった。
彼はかつて僕たちがホテルで食事しているところを見たことがあり顔を覚えていたが、戦死したはずのものが「滝」でひょっこり現れ仰天してしまったらしい。

彼とアニタは、二人ともとても若くして結婚したが、彼女の方はまもなく彼をほったらかしにしてしまった。

彼女はその後、えらく苦労したらしい・・・「大佐」という人物もその時、初めて聞いた。

カートンはダイヤの事件だけしか関与していないと言った。
その通りだと思ったが、何か知っているはずと、また脅かしてみた。

言わなきゃ殺してやると言うと、彼は震えあがって、それまで隠していたことを全部しゃべってしまった。

それによるとアニタは「大佐」を本当には信用していなかったらしい。
ホテルで奪った彼らのダイヤを全部、「大佐」に渡したと見せかけ、その実、一部を彼女が持っていたのだ。

どれを取っておくかは、カートンが専門的見地から教えていた。
どんな色でどんな質であるかすぐに分かるものであるし、またデ・ベルース者の選別の専門家が見れば、それは彼らの手を経ていないことが一見して分かるという。

image.jpeg

そうなれば、僕たちのところに代用品を置いていったという主張も正当化され、汚名がそそがれ、本当に悪いことをした人たちが明るみに出るはずだった。

この事件に限って「大佐」は直接関係しているので、必要な場合はそれを持ち出し、彼を脅すことが出来るとアニタは考えたらしい。

そしてカートンは、アニタつまりナディーナ(この時から彼は彼女をこう呼んだ)と取引するべきだと勧めた。
まとまった額の金を与えれば、彼女はあの”ダイヤ”をあきらめて、「大佐」を裏切ることもするだろうと。
電報を打っても良いとも言った。

翌晩、カートンを訪ねると不在であった。
調べてみると二日後に南アフリカを出てイギリスに行く船”キールモーデン・キャッスル号に乗ろうとしているおとが分かった。



レイバンは昔ケンブリッジでやっていた演劇で覚えた変装をし、後をつけた。
ロンドンに着くと、カートンはまっすぐに家屋紹介所に行き、川縁にある貸家のことを詳しく訪ねていた。
そこに突然、あの女が現れた。あの頃と少しも変わらないけんらんたる美しさで、しかも傲慢な態度だった。
そしてカートンと彼女が示し合わせていることも確かだった。



美しく傲慢な彼女・・・無念に死んでいった親友のことを思えば、殺したくなったのも事実だった。



「マーロウのミル・ハウス。サー・ユーステス・ペドラーの家作ね。なんだか私にぴったり合うような気がするわ。とにかくそこに行って見てみるわ。」

彼女は紹介状を手にやはり傲慢に出て行った。

このとき、レイバンは先走った結論を下してしまった。
サー・ユーステス・ペドラーがカンヌに行っていることを知らなかったので、ナディーナのこの家探しこそ、彼とミル・ハウスで会う為の口実と早合点してしまった。

ダイヤ盗難事件当時、サー・ユーステス・ペドラーが南アフリカにいたことを知っていたレイバンは、彼こそがよくうわさに聞く不思議な人物「大佐」に違いないと決めつけてしまった。

なおもレイバンはカートンをつけて行った。
ナディーナの方は気づかれるとまずいと思ったからだ。
ダイヤを取りに行くときに彼を捕まえて、真相をはかせようと思っていた。

彼は地下鉄のハイド・パーク・コーナーの駅まで降りて行った。

地下鉄にはカートンと近くに女の子がひとり立っているきりだった。

南アフリカにいるはずの男が目の前に現れたショックで、カートンは地下鉄の線路に落下。
医者のふりをして死体のポケットを探ってみた。

なにがしかの札の入った札入れと、なんでもない手紙が2〜3通。フィルムが一個・・・これはどこかに落としてしまったらしい。
それに22日にキールモーデン・キャッスル号で会おうということを記したメモ・・・これも落としてしまったが、数字は覚えていた。

慌ててトイレで扮装をはずした。死体のものを盗んだと思われて捕まえられても困ると思ったからだ。

それから今度は、ミル・ハウスまでナディーナをつけていき、小屋管理のおばさんにいかにも彼女と一緒に来たように話しかけた。
そして彼女の後から入って行った。



彼が一息ついた。
いかにも緊張した沈黙が続いた・・・



彼の言い分は、三分先に入った彼女は既に殺されていたという。
脅迫しに来た彼女をすぐにただの一撃でやっつけてしまい、ちょうど、かっこうな容疑者も作り上げたのだ。
「大佐」は頭はたいしたもので、いつも身代わりを用意していたのだ。

出来るだけ何事もなくそこを立ち去ったが、後で騒ぎになることはわかっていた。

しばらく隠れていたが、ある時、町中でふたりの中年紳士の話を耳にはさんだ。
そのひとりはサー・ユーステス・ペドラーであった。
彼の秘書になることを思いついた。

ところでナディーナはダイヤをもっていなかった。
これは奴らには大誤算であるはずだった。

レイバンはカートンがキールモーデン・キャッスル号に隠したと考えていた。





アンはレイバンの話を聞いた後、今度はこれまでのことを包み隠さず、レイバンに話して聞かせた。
彼が一番びっくりしたのは、その”ダイヤ”は今はスーザンが持っているということだった。

誰が「大佐」なのか?

アンはガイ・パジェットがナディーナ殺害事件当時、休暇のフィレンツェではなくマーロウにいたことを話した。
アンはガイ・パジェットを疑っていたが、レイバンはそうではないと思うと言った。
たしかにマーロウのミル・ハウスがパジェットの殺害だったとしても、アンを「滝」で殺そうとした人物にはなれないという理論だった。
駅で別れたパジェットが「滝」に来るには数日待たなければ交通手段がなかった。
下っ端にさせる仕事でもなかった。
同じく脅迫者であるナディーナも下っ端に殺害させるような仕事ではなかった。
「大佐」自らの手によるものだ。

実はレイバンが偶然、身代わりの犯人に仕立て上げられる前に「大佐」は、別のスケープゴートをちゃんと用意していたのではないか?
それがパジェットではないか?と言うのがレイバンも考えだった。

アンが「滝」でおびき出され、殺されかけた時、ホテルにいたスーザンは眠っていた。
サー・ユーステス・ペドラーは口述筆記をしていた・・・ドア越しに声がしていた。
レイス大佐は不在であった。

レイス大佐・・・諜報機関の人物であるとのうわさ。

それにゆえにアンはレイス大佐は、国際犯罪組織の謎のボス「大佐」ではないと言った。
しかしレイバンは、もっともらしく諜報機関を装うことは出来るし、キンバリーのダイヤ盗難事件当時、やはりレイス大佐も南アフリカにいたのだと言った。


・・・・・・・・・・・・・。



レイバンは、アンに少し眠る様に言った。
夜が明ける前にアンを運んでベイラ、そしてイギリスに行かせるつもりは変わっていなかった。

お互い、顔を見ることができないくらいだった。



「わかったわ。」

アンは小屋に入り、寝椅子に横になったが、とても寝付けなかった。
レイバンは闇の中を長い間、行ったり、来たりしていた。

image.jpeg

そしてとうとうその彼がアンに声を掛けた。

「さあ、アン、出発の時間だよ。」

しかしこの後、アンたちは襲撃を受けることになる。
ボートが近づいてきて・・・誰かがマッチを擦った・・・その顔が、ミューゼンバーグの別荘でお目にかかったあの赤ひげのオランダ人だったのである。
彼のほかは土人だった。

慌てて二人は小屋にもどり、壁に掛けてあった二挺のライフル銃とピストルを降ろした。
アンはレイバンの指示に従い、銃の装填をした。

ふたりのうなり声とひとりがざぶんと水に落ちる音がした。

いったん、逃げて行った彼らはまたすぐ戻って来た。

レイバンは急いでいた。アンに灯油の缶を外に出すように指示をすると、それをばらまき小屋に火をつけた。

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小屋からは、長い炎が上がり始めた。

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そしてその明かりで二人の人物が屋根の上にうずくまっている姿が映し出された。

レイバンが彼の古い服にぼろくずを詰め込み、敵を欺くために考えた舞台装置だった。

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その間、慌てて、二人は島の反対側に手に手を取って走って行ったが、乗るはずの舟は流されてなかった。

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「泳がなくちゃならない。アン、泳げるかい?」

「少しくらいなら。」

レイバンが深刻な顔をしているのにアンは気づいた。

「フカがいるの?」

「いいや、フカってのは海にいるんだよ。だが、君はじつに勘がいいね。ワニなんだよ。」

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何も考えず泳いだ方が良いとのレイバンのアドバイス通り、なんとか二人は泳ぎ切り、対岸にたどり着いた。
途中に力尽きたアンをかつぎ、なんとかリヴィングストーンにたどり着くと、夜はしらじらと明けようとしていた。

レイバンの友人は二十歳の青年で土地の民芸品店をしているネッドというものであった。


(茶色の服を着た男*その26に続く)


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