2016年05月13日
アガサ・クリスティから (45) (茶色の服を来た男*その24)
(茶色の服を来た男*その24)
アンの怪我が回復しつつあり、そろそろ身の振り方を決める時期が来ていた。
ついにハリー・レイバンから、今晩ここを立ち ベイラに行き、そこからイギリスに戻るように言われた。
アンは、ベイラには行かないと抵抗したが、ハリーは、未練はあるがアンとは一緒になれないことを告げた。
アンは安全なイギリスで、安心して恋愛、結婚、楽しい生活をすべきだとレイバンは考えていた。
レイバン自身は、背後に苦い鉱山が横たわっている・・・自分は汚名をそそぐか死ぬかの瀬戸際であることをアンに告げた。
レイバンは彼女に今までのことを全部話そうとしていた・・・これまで誰にも話そうとは思わなかったことだった。
アンは、辛い過去など話さなくて良いと答えたが、どうしても聞いて欲しいとレイバンは言った。
「一部は私、知っててよ。
あなたの本名がハリー・ルーカスだということ知ってたわ。」
彼はまだためらっていた・・・顔はアンの方を向いていたが、その眼はじっと一点を見つめたまま。
彼が何を言おうとしているのか、アンには皆目見当がつかなかったが、しかしやがて彼は、やっとふんぎりがついたらしく、顔を前に突き出すようにして、語り出したのである。
*****************
「君の言う通りだ。僕の本名はハリー・ルーカスだ。父は退役軍人でローデシアに来て農場を経営していた。僕がケンブリッジ2年の時に、父は死んだ。」
「おとうさまを、好きだったの?」
「僕かい?分からないな。」
やがて彼の顔がさっと紅潮したかと思うと、話が急に熱を帯びて来た。
「なぜ僕が、こんな答え方をするか?
かつて僕は父を愛していた。最後に会った時、ふたりは口汚くののしり合った・・・僕が暴れん坊だったことや借金をしたことで2人はよく喧嘩をしたが、それでも僕は彼が好きだった。
どんだけ好きだったかってことに、いま気がついたんだ・・・気がついてもどうしようもなくなってからね。」
「そして、ケンブリッジ時代にもう一人の男と知りあった・・・。」
「イーアズリー青年でしょう?」
アンは言った。
そう、イーアズリー青年だ。とレイバンは言い、話はイーアズリー青年のことに及んだ。
彼は鉱山王の息子であった。
南アフリカで最も有名なひとりだった。
ふたりで一緒に放浪をした。
イーアズリー青年は、ケンブリッジを辞めてから口論した。
彼の借金を鉱山王は二度払ってやったがこれ以上は出来ないと断わった。
それからは父サー・ローレンスはもうこれ以上、がまんが出来ぬと言い渡し、何もしてやろうとしなかった。
息子は当分の間、自力でやっていかなければならなくなった。
その結果、ふたりの若者はダイヤ成金を目指して南アメリカにおもむいた。
その間の苦労した放浪生活の中で、ふたりの堅い友情の絆は、どちらかが死にでもしない限り、断ち切ることの出来ないものだった。
ついに2人の苦労は報われる。
2人は英領ギアナのジャングルのど真ん中に、第二のキンバリーを発見する。
その時の喜びは口で言えない位で、金に換算したうえでの喜びではなかった。
・・・というのは、鉱山王の息子は金にすっかり慣れていたし、父が亡くなれば莫大な遺産を引き継ぐことも知っていた。
またルーカスの方はいつも貧乏だったし、貧乏に慣れきっていた。
2人の喜びは、純粋にダイヤ鉱山を発見したことだった。
レイバンは、ここで言い訳をするように付け加えた。
「こんな話し方をしてもかまわんかね?まるで僕自身は渦中にいなかったように。
だが、今、あの当時を振り返ってみて、若かった僕達ふたりのことを考えると、2人のうちの1人がハリー・レイバンだったってことを、ほとんど忘れてしまったような気持ちなんだ。」
あなたの好きなように話して。とアンはうながした。
新発見に意気揚々として、2人はキンバリーにやって来た。
専門家に見てもらうつもりで、素晴らしいダイヤの原石を持って行った。
それからキンバリーのホテルで、2人の運命を狂わせるあの女に出会う。
女の名は、アニタ・グリューンベルク。若くて、綺麗な女優だった。
とても美人だった。
南アフリカ生まれで、確か母親はハンガリー人。
どことなく神秘的で、つい最近まで荒野をさまよっていた2人の若者にとっては、このうえなく魅力的だった。
2人とも、とたんに彼女が好きになってしまい、おまけに2人とも真剣だった。
それでも2人の友情は硬く、お互いの邪魔をすることはなかった。
今でも不思議なのは鉱山王の息子を相手にしなかったこと、計算高い彼女に大富豪は願ったり叶ったりだと思うのだが。
実は彼女はすでに結婚していたのだった・・・相手はデ・ベールス会社の宝石の選別をやっていた男で、このことは誰も知らなかった。
2人は、彼女にすべてを話して聞かせ、ダイヤの原石さえ見せたのだ。
ちょうどその頃、デ・ベールス社でダイヤの当難事件が発覚し、2人は警官隊の急襲を受けた。
何かの冗談だろうと笑っていたくらい、寝耳に水だった。
裁判で提出されたダイヤは盗難ダイヤであると認定されてしまう。
ひとことの取調もないまま、2人は犯人になった。
アニタ・グリューンベルクは、とっくに姿を消していた。
彼女が代用品とうまくすり替えた訳だ。
2人は最初に持っていたダイヤと違うと主張したが、一笑に付されてしまう。
しかし、鉱山王サー・ローレンス・イーアズリーの権力は大したものだった。
事件はすっかり揉み消された。
サー・ローレンス・イーズアリーはこの件から家名を守る為、頭をかなり痛めたらしい。
彼の息子と会った時、息子をさんざん罵倒した。
そして彼にとっては、息子はもう息子ではなかった。息子を完全に捨ててしまった。
また息子の方でも信じてくれない父に無実を証明する気にもなれず、沈黙を守り通した。
カンカンになって父との会見から出てきたイーズアリー青年を待っていたのは、親友のルーカスだった。
その一週間後、戦争の戦線が布告され、2人は一緒に志願した。
ふたりといない大切な親友は戦死した・・・ある意味、行かなくていい場所にめちゃくちゃ突っ込んでいったせいであるともいえる。
こうして彼は泥棒の汚名を着せられたまま、亡くなってしまった。
残った1人は、”行方不明”と伝えられ、行方不明で良いのだと思った。とレイバンは言った。
(茶色の服を来た男*その25に続く)
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