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2016年05月30日

アガサ・クリスティから (51) (茶色の服を来た男*その30)



(茶色の服を来た男*その30)




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アンは、ついパジェットの秘密を突き止めた。
しかし、それは考えてもみない事柄だった。

ホテルに戻ると、電報が届いていた。

そこにレイバンと取り決めた暗号Andyの文字はなく、ハリーとの署名であった。

アンは、しばらく考えルために椅子に座り込んだ。



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(サー・ユーステス・ペドラーの日記から)



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ヨハネスブルグから、3月7日。



パジェットがやって来た。
ストライキの事態にすっかり、怖気づいていた。
銃が欲しいとまで言って。

少しはおとなしくなるだろうと、タイプライターの梱包を解くように指示を出した。

結局、真面目なパジェットは、既に荷物を解いていた。
しかし、まずいことにブレア夫人の預かり荷物まで荷を解いてしまっていた。

中味をたずねると、毛皮の敷物だの毛皮だの帽子、車用のベールや妙な手袋だのフィルムケースにザルなどが数たくさんあったらしい。

慌てて、夫人の荷物を梱包するように伝えた。

パジェットは、ミス・ペティグルーのものだと勘違いしていたらしい。

「ああ、それで思い出した・・・一体なんだってお前は、あんないかがわしい人物をわしの秘書なんかに、引っ張って来たんかね?」

そして役人から受けた尋問のことを話して聞かせた。
だが、パジェットの目がキラリと光るのを見たサー・ユーステスは、しまったと思った。

そして慌てて話題を変えたが、もう遅かった。
パジェットはすっかり気負ってしまっていたのである。

彼はキールモーデン・キャッスル号のことで、訳のわからないことを言い出した。
フィルムと賭けたもののことだ。
あるボーイによって、真夜中にフィルムが船の窓から投げ込まれたらしい。
意味がわからない話だった・・・。

あいつくらい、話の下手な男はいない。
この話も、訳がわかったのは、かなり経ってからだった。



次は、匂いを嗅ぎつけた警察犬のように昼食の時にパジェットは、やって来た。

レイバンを見たと言うのだ。

「なんだって?」と、サー・ユーステスはびっくりして言った。

パジェットは、レイバンが確かに街を横切るのを見たらしい。

「そして、そのレイバンが、誰と立ち話していたと、お思いになります?じつに、ミス・ペティグルーだったのです!」

「なに?」

「そうなんです、サー・ユーステス・ペドラー。それだけではないんです。私は、ミス・ペティグルーの行動を、調査しておったのですが・・・。」

「ちょっと、待て。レイバンはどうしたのだ?」

「ミス・ペティグルーと角の骨董屋に入っていきました・・・。」

わしは思わず、大声をあげた。
パジェットがどうしました?といったふうに話を辞めた。

「いや、なんでもないんだ。話を続けてくれ。」

「私は表で長い間、待っていたのですが、彼らは出ては来なかったのです。私は、とうとう中に入っていきました。ところが、店の中には誰もいないのです!別の出口があるに違いありません。」

わしは、じっとパジェットの顔を見つめた。

それからのパジェットの話では、ホテルに帰ってからもミス・ペティグルーを調べていたらしい。

「サー・ユーステス、昨夜、彼女の部屋から1人の男が出てきたのを私は見たのです!」

立派な婦人だと思ったのだが。とサー・ユーステスは目をみはって言った。

その後、パジェットは彼女の部屋を探したらしい。

安全カミソリと髭剃り用の石鹸の棒を目の前に突き出した。


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「女がどうして、こんなものが要るのでしょう?」



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そして、髪の毛=かつらも取り出した。

「さて、あなた様は、あのミス・ペティグルーなる者が、実は男性であると、お信じになりますか?」

「いや、パジェット、お前の言う通りだよ。じつは、あの足を見た時に、そんなことではないかと思ったんだよ。」






話の続きに、それでは、前から言わなくてはならないと思っていた・・・とパジェットは、フィレンツェのことを話し出した。



ついにパジェットの秘密が明かされるのだ。



「すっかり白状してしまうんだな。」とサー・ユーステスは優しく言った。



「で、それは女の亭主なのかね?亭主というものは面倒なものさ。まさかと思っているところにひょっこり現れるからな。」

「どうもおっしゃることが、よくわからないのですが。誰の亭主のことなので?」

「そのご婦人の亭主さ。」

パジェットは、なおも分からないと言った。

「ご冗談を仰っているのでは?
あなた様は、かなり、離れておられましたから、私だということはお分かりにならなかったと思っておりましたのですが、サー・ユーステス。」

「きみだと、わかったって、どこで?」

「あの、マーロウでですが。」

「マーロウ?」

彼の話は話せば話すほど、分からなかった。
最初から、もう一度、話してもらうことにした。

「フィレンツェではなく、なんだって?またマーロウに?」

結局、パジェットのようなくそ真面目な奴の秘密もやはり、きちんとしたものだった。
サー・ユーステス・ペドラーは、パジェットのあまりにも真面目過ぎる性分にいつも困らせられていた。



・・・そのパジェットの秘密とは、休暇でフィレンツェに行っていたことは嘘で、本当はマーロウに滞在していた事であった。

マーロウで何をしていたか?と言うと、家族に会いに自宅に帰っていたのだ。

実は、例のミル・ハウス近くにバンガローを一軒持っていて、そこに妻と子供が4人いるとのこと。
しかも5人目もお腹の中にいるという。

結婚半年目で、住み込みの秘書になる為に、結婚を隠して、この8年間真面目に働いて来たらしい。

いかにも、くそ真面目のパジェットの秘密らしいが・・・。
子供が4人いたとは・・・。



「お前は、このことを誰かに話したのかね?」



しばらくの間、ぼんやりとパジェットの顔を眺めていたサー・ユーステスは、やがてそう尋ねた。

「ミス・ベディングフェルドだけには、お話しました。キンバリーの駅に来られたものですから。」

サー・ユーステスは相変わらず、パジェットの顔を眺めていた。
視線がぶつかると、パジェットはそわそわしだした。

「ご迷惑でございましょうか?サー・ユーステス?」

「いいかね。いっとくがお前の一言で、いっさいが駄目になってしまったんだぞ!」





サー・ユーステスは、ふんまんやるかたなく、外に出た。
角の骨董屋を見つけると、急に入りたくなり、中に入った。

主人がもみ手をしながら、そばにやって来た。

「どんなものが、よろしゅうございましょうか?毛皮類でしょうか?それとも骨董の方でございましょうか?」

「とにかく うんと変わったものがいいんだ。特別な場合に使いたいのでね。どんなものがあるのか、ちょっと見せてもらえんかな?」

「それでは奥のお部屋にどうぞ。いろいろ変わったものを揃えてありますから。」

ここで、わし(サー・ユーステス・ペドラー)は、しくじってしまったのだ。





(アンの話、つづき)





訴えたり、泣いたり、断固として反対するスーザンにアンは手こずっていた。

結局、スーザンはアンの計画に協力を約束しつつ、泣きながら駅から見送ってくれた。



翌朝、目的地の駅に着いた。

黒い髭をはやしたオランダ人が車で迎えに来ていた。
遠くの方で妙な響きが聞こえていた。
銃声だった・・・ジョバーグでは銃撃戦も起こっていたのだ。

車はグルグル回った挙句、ある建物の前にアンを降ろした。



「若いご婦人がハリー・レイバン氏に面会ですよ。」
部屋に入る前、案内人は大声で笑いながら言った。



その部屋は安いタバコの匂いがした。
部屋の中で机に向かい書物をしていた男が振り返った。

「これは、これは、ミス・ベディングフェルド。」

「よく似ていらっしゃるわ。チチェスターさんかしら?ミス・ペティグルーかしら?どちらかが、わからないほど、よく似ていらっしゃるわ。」

目下のところは、そのどちらでもないと男は言った。

「ミス・ベディングフェルド、二回も同じ手口に引っかかるとは、ね!」

アンは落ち着いて対応すると、相手は少し戸惑っていた。

「私、子供のころから大伯母に言われたの・・・本当のレディというものは、どんなことが起こっても、けっしてびっくりして取り乱すものではないと。」

そして、男が変装の名人で、今まで気がつかなかった旨を伝えた。

この時、彼は手にしていた鉛筆で、こつんと机をたたいた。

「なかなか面白いが、われわれはそろそろ商談に入らなくっちゃならん。ところで、ミス・ベディングフェルド、何故ここに来て貰ったのか、あんたには検討がついていると思うが?」





「悪いけど」と、アンは言った。

「私、親玉以外とは商談に応じないことにしてますのよ。」





このセリフは、アンがかつて、金貸しの文書で読んだセリフでとても気に入っていた。

その効果はみるみるうちにチチェスター=ミス・ペティグルーの表情となって表れた。
口をポカンと開け、また閉じた。

「私の大伯父の口癖だったの。つまり大伯母ジェーンの夫。さらに輪をかけていたの。」

おそらく、チチェスター=ペティグルーなる男は、こんなひどいことを言われたのは初めてだったのだろう。
すっかり怒ってしまった。

「お嬢さん、言葉を慎んだ方がいいよ。」

アンは退屈で仕方がないという感じのあくびをした。

「なんという・・・。」

勢いこんで言おうとする男を押さえ込んで、アンは言った。



「私にどなったところで、どうにもならないわよ。時間のムダというものね。私、三下なんかと話し合いたくないの。早くボスに会わせたほうがはるかに手取り早いことよ。」



「誰に?・・・?」

「だからボスのところよ。」
そして、アンはボスの名前をはっきりと名指しした。

男はびっくりし、慌てて脱兎のごとく、部屋を飛び出して行った。





その間にアンはハンドバッグから、コンパクトを取り出して、丁寧に鼻の頭を叩いた。帽子もよく見えるようにかぶり直し、敵が戻ってくるのを待った。

やがて、男はすっかりおとなしくなって戻って来た。

「どうぞ、こちらへ。ミス・ベディングフェルド。」

アンは彼について階段を上がった。
ドアにノックすると、中から「どうぞ。」と元気な声がした。





うながされて、部屋に入ると、国際的犯罪組織の謎のボス”大佐”が、優しくにこにこ顔で立ち上がると、アンを迎えた。



もちろん、前からよく知っている”彼”であった。



「これは、これは、ミス・アン。」



”彼”は懐かしそうにアンの手を握った。
「ようこそ、さあ、こちらにお掛けなさい。旅行のお疲れもない?それは結構。」

”彼”は私と向かい合って座ったが、まだニコニコしていた。

アンはいささか面食らってしまった。
”彼”の態度が全く自然だったからだ。

「じかに会おうというあなたの考えは正しい。」と”彼”が切り出した。

「ミンクスはバカでね。役者としてはいっぱしなんだけど、バカなんだ。あなたが階下で会ったのはミンクスというんだよ。」

「そうですか。」アンは弱々しく答えた。

「ところで」と”彼”は元気そうに言った。
「さっそく、事実について話しましょう。あなた、いつ頃から、このわしが『大佐』だと分かっていたの?」



(次号に続く)



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