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2016年06月06日

アガサ・クリスティから (52) (茶色の服を来た男*その31)




(茶色の服を来た男*その31)



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再び、偽電報でおびき寄せられたアンが、ボス以外とは商談しない。と断言すると、チチェスターでもあり、ミス・ペティグルーでもあった男は脱兎のごとく、その場を後にした。



しばらくして通された部屋には、国際犯罪組織の謎のボス=大佐が居た。



もちろん、アンの予想通りのよく知った人物”彼”であった。
相変わらず、とても自然な振る舞いで優しく、アンに話しかけていた。



”彼”は、アンに言った。
「で、いつ?から、正体を知ったの?」



*******************



アンは答えた。
「パジェットさんのフィレンツェの休暇が、実はマーロウに居たという話を聞いた時・・・。」



”彼”は、うなづいた。
パジェットが全ての計画を台無しにしたのだと。
実際のパジェットは自分が見たことの重大性に気づかず、フィレンツェの嘘がバレるのを恐れて、自分が誰かに見られていないかどうか?を気にしていた。と”彼”は言った。



正直に答えるようにうながされたアンは、一部を除き、本当に正直に答えたのだった。




国際犯罪組織の謎のボス・大佐である”彼”もアンの話が本当であろうと認めた。



そして、”彼”からも色々な話を聞いた。




パジェットの毒殺者のような風貌と中世にいたかのような心をユーモアで、迎え入れたのだが、あまりにも真面目すぎ、困っていた。
そのパジェットを随分前から始末しようと思っていたこと。
しかし、真面目が故に始末出来ず、ついつい、ここまで来たこと。
ユーモアに溺れすぎてもいけないのだと、愚痴っていた。



ナディーナは、キンバリーでダイヤ盗難事件があった際(もちろん、”大佐”の計画である。)、すり替えたダイヤを一部保管していた。
それをちらつかせて、ボスである”大佐”を脅迫してきたのだった。



”彼”が言うには、裏切り、脅迫などしない限りは、女性に対しては親切な方らしい。



確かに”彼”は、話が面白い魅力ある親切な旅行者であった。

しかし忘れてはいけない。
”彼”は国際犯罪組織の謎のボス”大佐”であり、数多くの犯罪に手を染め、ナディーナを殺した冷血漢でもあるのだ。

”彼”の親切で自然な態度を見ていると殺人者であることを忘れそうになるアンだった。



またハリー・レイバンを雇い入れたのもナディーナとダイヤの取引があると踏んだのもあったらしい。



ミンクス演じるミス・ペティグルーは、通産省の前あたりで、パジェットに逢わせ、「今、政府筋から頼まれて秘書に雇われることになりました。」と言わせたらしい。

「滝」の時のアリバイもこの芸達者な役者の一人二役だったのだ。



政府が持たせた紛失した書類も、レイバンに罪をかぶせた上、この後に脅迫に使おうとしていたふしがあった。

またアンはこの革命は失敗に終わり、犯罪組織も失敗に終わると言ったが、”彼”は一笑に付した。

アンのことをやはり仕事の意味が分かっていない女だなと言った。

仕事としては十分、成功なのだと。

国際犯罪組織としては、革命などどうでも良いのだ。
革命に乗じて武器を出来る限り、沢山売りつける商売が成功さえすれば良い話なのだ。

若い頃から、この商売をして来た彼は、今回、前払いで大量の金儲けをし、革命が終わりかけた頃、哀れな”彼”は縛られ監禁状態で被害者として見つかる筋書きだと”彼”は嬉しそうに話してもいた。



アンの処分をどうするべきか?と言う話題になった。



”彼”は、結婚という処遇が良いと言った。妻が夫を裏切る訳にもいかないだろうという訳で。

事実、”彼”は彼女が好きだったようだ。
他の女性にはないその冒険心と若く美しいとこに、惹かれていたようだった。



しかし、当然ながらアンは好きな人がいると断った。



”彼は、女性は趣味が悪いと言った。

自分の半分の価値もないような黙りこくったレイス大佐やゴロツキのようなハリー・レイバンに惹かれるとは。

アンは”彼”の言わんとするところも、よく分かっていた。

しかしだ・・・。



結局、ダイヤと引き換えにハリー・レイバンの身の潔癖を証明するとの口約束を元に、アンはレイバンに手紙を書くよううながされた。

締めくくりの言葉は?と聞かれ、ありきたりな愛の言葉とアンの名を添えて、手紙は出された。



アンは別の部屋に連れて行かれた。
なぜか?小型拳銃がアンの化粧ポーチの中にあるのを発見した。
何故か?は分からなかったが、とりあえず、それを目立たぬようストッキングの中に隠し持った。



拳銃が暴発して足に当たったら?もしくは服がふくらんで見えないか?をアンは心配していた。

出された食事は来るべき時の為に全部を平らげた。



ついにその時が来て、アンは、”大佐”に呼ばれて、その部屋に来た。



そこにハリー・レイバンが来た。



「ようこそ、私の蜘蛛がハエに言ったとさ。」
と国際犯罪組織のボス”大佐”は言った。

「ふざけるな!」
レイバンは噛み付いた。

”大佐”はダイヤの在りかが、レイバンではなく、自分の預かった荷物の中にあると言った。
フィルムケース、重く接着剤で固められたもの。
そしてパジェットが言っていたキールモーデン・キャッスル号のボーイが賭けの対象物にしていたもの。
それを火の手があがった炎にぶちまけた。


しばらくしてレイバンは目でアンに合図をして、例の小型拳銃を”大佐”に尽きつせさせた。

これには”大佐”も驚き、人払いをさせ、取引きをして逃すように頼み出したが、レイバンは断固拒否した。

階下では既に連絡を受けたレイス大佐とその仲間が取り囲んでいた。

やはりレイス大佐は諜報局員の一員で、ナディーナはもちろん、国際犯罪組織やそのボスである”大佐”を長年追っていたのだった。

既にレイバンの説得にてチチェスターでもあり、ミス・ペティグルーでもあるミンクスもすっかり寝返っていたのだった。



そして”大佐”が投げたはずのダイヤ入りのフィルムケースは、スーザンの手によって小石に入れ替えられ、既に中のダイヤは例のキリンの中に隠されていたのだった。


つまり、”.大佐”は今回ばかりは、何もかもうまく行かなかったのだ。



沈む舟からはネズミも逃げ出すのか・・・こうして国際犯罪組織の謎のボスは捕まえられ、別の護衛をつけられたまま、アン達とは別ルートで運ばれて行った。



もう障害は何もないはずだった。

アンとレイバンは、国際犯罪組織のアジトから戻る為、途中で民家にお世話になっていた。

しかし、レイバンとの間に何か言い難い溝のようなものが横たわっていた。



その朝も出かけてしまいその場にいないレイバンとの溝を考えながら、縁側で物思いにアンはふけっていた。

馬で様子を見に来たレイス大佐が近づいて来たのも気がつかないままに。



「アン、もう君達ふたりを阻むものは誰もいないんだ。彼の本名ももちろん知っているよね?」
レイス大佐は言った。

アンは答えた。
「もちろんよ。彼の本当の名は、ハリー・ルーカス。」



しばらくレイス大佐の沈黙があった。



「アン、覚えているかい?僕はしなければならないことがあると言ったのを。君の大切な愛する人レイバンの身の潔癖を証明することが出来たんだ。
私には若い頃、好きな女性がいたが、彼女は去って行った。それからは仕事一筋で来たんだ。若い人は若い人達同士の方がいい。アンとレイバンももう迷うことはない。私には仕事がある。」

アンは、その話を聞いてレイス大佐をなんだか恐ろしい人物だと思い込んでいたことを申し訳なく思った。
そして、二人の男性を同時に愛することが出来ないことも悔やまれた程であった・・・。

「あなたは、もっともっと高みに行ける人だと思うわ。」




そこにレイバンが帰って来た。




「やあ、ハリー・ルーカス君。」
レイス大佐はレイバンに声を掛けた。



それを聞いたレイバンは真っ赤な顔をした。



「それじゃあ、あなたは御存知だったのですか?」



(次回に続く)



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