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2016年04月19日

アガサ・クリスティから(36) (茶色の服を着た男*その15)


(茶色の服を着た男*その15)

案内されたドアに入ろうとした瞬間、アンはなにかしら躊躇した。

急に胸騒ぎがしてきたのだ。

敷居をまたいだとたんに うしろでバターンとドアのしまる音がした。

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テーブルの向こうに座っていた男が立ち上がると、手をひろげて前に出てきた。

「これは、これは、ようこそ、ミス・ベディングフェルド」と、彼は言った。

彼は背が高くて、一見してそれと分かるオランダ人で、つやつやしたオレンジ色のあご髭をたくわえていた。

博物館の管理人などとは、全然、似つかわしくない男だ。

本当に私はまずいことをしてしまった。とアンは考えた。

敵の手中に陥ってしまったのだ。

そして、アンの勘は的中していた・・・。

要するに偽手紙で、おびき寄せられて別荘にきたアンは抵抗もむなしく、手足を縛られ、さるぐつわをかまされ、二階の屋根裏部屋のようなところに 放り込まれたのだ。

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アンが楽しみで見ていた冒険映画とは違い、絶対絶命で孤立無縁で、いくら身をもがいても、手足は少しもゆるまず、さるぐつわの為に声も出なかった。

縛られる前、友達に行き先を言ったから探しに来ると言うと、大男は招待状を受け取ってから、アンが誰とも接触していないと指摘した。
つまり監視されていたのだ。

影響力のある有名なサー・ユーステス・ペドラーの名前を出そうか?と、アンは迷ったが、秘書パジェットがこの件に関与していたなら ばれるので辞めにした。
代わりにスーザンに電話した。と言った。
その時、ぞっとすることを言われたのだ。

「あんたの友達というのが、捜しにに来ても あんたに何もできんようなところに連れてっておくのだ。」

一瞬、背筋がぞっとしたが、次の彼の言葉でややほっとしたのである。

「あした、あんたには二、三の質問に答えてもらう。そして、そのあとで、あんたをどうするか、決める。
いっとくがね、お嬢さん。
我々には、どんな頑固なものも口を割らせてみせるという方法がいくつかあるんだよ。」

決して愉快な言葉ではないが、少なくとも明日までは無事なのだ。

この男は、要するにもっと偉い人の命令に従っているだけなのだ。
その偉い人というのは、パジェットなのだろうか?

やがて下の方でドアが閉まる音がした。オランダ人が出て行ったのだ。

なんとかしようともがいたが、手足の縄はびくりともゆるまなかった。

・・・・・・・・

身動き出来ないまま、あきらめはじめ、失神か睡魔か?ともかく、次にアンが気がついたのは夜更けで、月が中天に上がっていた。

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身体中が痛かった。

ほこりまみれの床に月光が光る何かを照らした。

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アンは転がっていき、部屋の隅にある小さなガラスの欠片に近づこうと努力した。
なんとか近くまで来たが、それからが、決して優しくなかった。
ガラスの欠片を動かして、壁に押し付けて、それで手を縛っているヒモをこするという体勢まで持っていくのには、長い長い時間が掛かった。

全く心臓が破裂しそうな仕事で、何度駄目になりかけたかわからなかった。

しかし結局、手足を縛っていた紐を擦り切ることに成功した。
後は時間の問題だった。

しばらくは縛られていた後遺症で、血の巡りも悪くなかなか立てなかったが、回復するのも時間しだいだった。

そして、少し元気を回復したアンは、そっと階段を降りた。
広間に出ると、びっくりした。
カフィル人の少年が見張りをしていたのだ・・・しかし彼は眠っていた。

最初にいた部屋の方から、オランダ人ともう1人、どこかで聞き慣れたような声が聞こえて来ていた。

アンはカフィル人の少年が目を覚まさないか躊躇したが、彼らの会話を聞いておく必要性を感じ、危険を犯して、広間を突っ切って、その部屋のドアのところに身をかがめ、耳をすました。

人質になったアンのことを話していた。またボスである大佐の話も。
人質アンは大佐が来るまで、誰とも会ってはいけないらしかった。
また大佐は、自分の思い通りにしないと気がすまないらしかった。
これらの会話を聞き耳を立てて、アンは聞いた。
そして聞き慣れた声の主を探ろうと、鍵穴を覗き込んだ。

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飲み物を取ろうと、1人の男が振り向いた。

チチェスターだ。

「大佐はあの娘から、何か聞き出そうとしてるんだ。」

「聞き出すとは?何をかね?」

アンには、分かった。きっとダイヤモンドのことだ。

「ところで、名簿を貰おうか。」とチチェスターは言った。
それから、しばらくの間、2人の会話は全然聞きとれなかった。

かなり大量の野菜の取り引きをしているようだった。

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日時や、数量や、様々な地名を言っていたようだったが、アンの全く知らないとこばかりだった。
2人が計算と検査が終わったのは、30分ほどしてからであった。
その用紙を持って、チチェスターは大佐に会うようであった。
また明日、午前10時に出発するという話であった。

アンは、なんとかその場を離れ、カフィル人の少年に見つからないよう慌てて二階の屋根裏部屋に戻った。

人質を確かめに来るかも知れないので、切った紐を集めて また床の上に転がっていたが、彼らは見に来なかった。

翌朝、階下では彼らが食事をとる音が聞こえていた。

アンはじっと辛抱していた。
だんだん、元気も無くなっていった。
どうしたら、この家を脱出出来るのだろう?

焦ると一切が駄目になる。辛抱だ。とアンは自分に言い聞かせ、時を待った。

チチェスターが帰った後、オランダ人も出て行った。

アンは息を殺して待った。

朝食の後片付けが終わると、この家の仕事は全部終わったようで、静かになった。

アンはそっと階段を降りていった。
誰もいなかった。
広間を突っ切ると、玄関ドアに手を掛けた。
鍵は掛かっていなくて、慌てて外に出ると車回しを走った。

よそのガレージを見つけると「災難にあったんです。」と助けを求めた。

慌てて、港まで駆けつけたが、既にキールモーデン号は出航していた。

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アンは、チチェスターがキールモーデン号に乗ったかどうかも確認出来なかった。

チチェスターは、ミューゼンバーグの別荘でアンが彼を見たことに気づいていないはずであった。
不思議な謎の”大佐”の元、ダイヤモンドを探しているであろう男を見失ったのだった。

(茶色の服を着た男*その16に続く)



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