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2023年01月05日

かえるのうた 2



その日は行事が始まる時間までのんびりしてようという事で、前日ほとんど寝てなかった先輩は寝てしまい、私は先輩の叔母さんと話したりして過ごしていました。
夜になって夕飯やお風呂を済ませ、あとは行事が始まるのをじっと待つだけとなりました。
この間、先輩のお母さんの姿は一度も見ていません。
11時を過ぎた頃、事態が動き出しました。
四人でたわいもない話をしていたころ、電話が鳴り叔母さんが出ました。
10分ほど話して電話を切り、先輩と先輩の父には「そろそろ用意だから行っておいで」と私には「〇〇ちゃんはここにいよっか。私も一緒にいるから」と言いました。
何も分からなかった私は、「はい」と答えるしかなかったです。
すると、先輩がムッとしたような表情で叔母さんに近付いていきました。
そしてなぜか険悪なムードになり、突然二人の言い合いが始まりました。

「叔母さん、昨日も言えに残ってたよね。なんで?」
「何年も前からさんざん言い続けてるでしょう?私は認めてない。どうしてもやるならあんた達でやりなさい…って」
「やっとお母さんが選ばれたのに、まだそんな事言うわけ?叔母さんだってしてもらったくせに。今日だってお母さんはずっと準備しているのに」
「私はあんた達とは違うの。いいから早く行きなさい」

私は状況が飲み込めずおろおろするしかなく、昼間の不安がますます募っていきました。
しばらく二人の言い合いは続いていたのですが、先輩が時計を見て時間を気にしたのか口を閉じ、言い合いは終わりました。
黙ってみていた先輩の父は途中で先に出ていってしまい、苛立った様子の先輩はばたばたと出かける支度をし、玄関へ向かいました。

「昨日より気合が入るわ〜これから何があるか、しっかり見ててよ!」

私にそう言うと先輩は出ていきました。
先輩の姿が見えなくなったその瞬間、いきなり叔母さんが玄関の鍵を急いで閉め、私の手を掴んで居間へ戻りました。
そして私の顔を見つめ、神妙な面持ちで話し始めました。

「〇〇ちゃん、今から私が話すことをよく聞いて。もう0時をまわったわね。この後1時になったら、ある事が始まるわ。このままだと、あなたは犠牲者になる」

思わぬ言葉でした。

「えっ?…おっしゃってる意味が分かりません。どういう意味なんですか?」
「詳しくは後で話すから!とにかく、今は解決するための話をするわ。こうなってしまった以上、あなたはその行事を見なければいけないの。1時になったら2階へ行って、部屋の窓から外を見なさい。何があっても、最後まで見なきゃダメよ。ただし、声をかけたりしてはダメ。ただ見て、聞くだけでいいの」
「聞く?聞くって何をですか?一体何なんですか?」
「歌よ。あの子達が歌う歌を聞くの。必ず最後まで聞かなきゃダメよ。耳を塞いだりしないで最後まで。いいわね」

もう何が何だか分からず、泣き出したい気持ちで一杯でした。
何かとんでもない事に巻き込まれてしまったのでは、どうしたらいいのか、と頭がぐるぐるしていました。
叔母さんは私の頭をそっと撫でながら「大丈夫」と言ってくれましたが、何を信じていいのか分かりませんでした。
しかし、その間にもどんどん時間が迫ってくる。
結局、叔母さんに言われたとおりにするしかありませんでした。
時間が過ぎていくにつれ、私の心臓は破裂しそうな程バクバクしていました。
どうしよう…どうしよう…。
そうこうしている内に1時が近付き、叔母さんに2階へ行くように促さされました。
「一緒に来てくれませんか」とお願いしましたが、「私はここにいるから、歌が終わったらすぐに降りてらっしゃい。くれぐれもさっき言ったことをちゃんと守るようにね」が答えでした。
「さぁ…」と背中を押され、逃げ出したい気持ちで2階へ上がり、昼間にいた部屋へ入りました。
でも、窓の外を見ようとする事が出来ず、ただうずくまって震えていました。
もうやだ。怖い。
それだけでした。
5分…10分…。
どれぐらいそうしてうずくまっていたかは覚えていません。
とても長い長い時間に思えました。
ふと、何かが聞こえている事に気付きました。
話し声?叫び声?
何かが聞こえる。
私は無意識に窓に近づき、外を見ました。
窓の外、あの水溜まりの周りに、いつのまにか大勢の人が集まっていました。
子供も大人も、男も女も。
十代ぐらいの子や、五〜六歳ぐらいの子、熟年の方や高齢者の方…20人ぐらい、もっといたかもしれません。
その全員が、さっきまでずっと雨にでも打たれていたかのように、服も体もずぶぬれでした。
ピクリとも動かず、全員が水溜まりを見つめています。
そして、何かを話している…?
怖さで固まったままその光景を見ていると、次第にはっきりと何かが聞こえてくるようになりました。
不気味に響くその声にすぐにでも耳を塞いでしまいたかったですが、叔母さんの言葉を信じ、必死に耐えていました。
やがて、それが何なのかがわかりました。
歌です。
叔母さんの言っていたとおり、確かに歌を歌っているように聞こえました。
何人もの声が入り混じり、気味の悪いメロディーで、ノイズのように頭に響いてくるのです。
何と言っているのか、聞こえたままの歌詞はこうでした。

かえれぬこはどこか
かえれぬこはいけのなか
かえれぬこはだれか
かえれぬこは〇〇〇
(誰かの名前?)
かえるのはどこのこか
かえるのこはいけのそと
かえるのこはだれか
かえるのこは〇〇〇
(こっちは私の名前に聞こえた)
かえれぬこはどうしてる
かえれぬこはないている
かえるのこはどうしてる
かえるのこはないている

この歌詞が二度繰り返されました。
全員がずぶ濡れで、水溜まりを見つめたまま歌っていました。
誰も大きな声を出しているような感じには見えず、私の居る部屋ともそれなりに距離があるはずなのに、その歌ははきりと聞こえていました。
本当に例えようのない恐怖でした。
二度繰り返される間、ただがたがたと震えながらその光景を見つめ、その歌を聞き続けていました。
二度目の歌が終わった途端、静寂に包まれると同時に一人が顔を上げ、私の方を見ました。
それは満面の笑みを浮かべた先輩でした。
さっきまではあまりの恐怖で気付きませんでしたが、よく見ると先輩の父もそこにいました。
ただ一人、私を見上げ微笑んでいる先輩に、私は何の反応も示しませんでした。
しばらくそのままでいると突然そっぽを向き、どこかへ歩いていってしまいました。
すると、周りの人達も一斉に動きだし、ぞろぞろと先輩の後へ続いていきました。
終わったんだ…。
私はガクンとその場に座り込み、茫然としていました。
早く叔母さんのところに戻りたい、でも体は動かない。
当た吾がぼーっとなり、意識を失いそうにフラフラしたところで、叔母さんが2階に上がってきてくれたのです。

「終わったね。怖かったでしょう。よく耐えたね。もう大丈夫よ。もう大丈夫」

そう言いながら叔母さんに抱き締められ、私はせきをきったように泣きだしてしまいました。
何を想えばいいのか、本当に分かりませんでした。
少しして落ち着いた私は、叔母さんに抱えられながら居間に戻りました。
時間はもう2時を過ぎていました。
時間を確認すると、

「〇〇ちゃん、ホッとしている時間はないの。あの子やあの子のお父さんは、今日はもうここには戻ってこないけど、さっきのはもう一度行われるわ」
「…えっ…?」
「今度は3時に。歌の内容もさっきとは少し違ったものになるの。ここでぐずぐずしていると、またあの子達が水溜まりに集まってくるわ。そうしたらもう取り返しがつかなくなる」
「そんな、どうしたらいいですか?私はどうしたら」
「落ち着いて。今から私の家に行くわ。この街を出て少し行ったとこにあるから。でも、あなたが持ってきたものとかは諦めてちょうだい。持ち帰るとかえって危険だからね。詳しい話はそれからにしましょう。さぁ、すぐ行くわよ」
言われるままに私と叔母さんは家を飛び出し、そこから少し離れた空き地にとめられていた叔母さんの車に乗り込み、その町を後にしました。
どこを走っても同じ景色に見え、迷路から抜け出そうとしているような気分でした。
1時間ぐらい走ると、ようやく叔母さんの家に着きました。
中に入り、ある部屋に案内されたのですが、その部屋の中を見て再び恐怖が全身に拡がりました。
卓袱台しかないその部屋の壁一面、天井にまでお札がびっしりと貼られていたのです。
異常としか思えませんでした。
もしかして、私は騙されているのでは?
叔母さんも何かとんでもない事に加担している一人?
そんな考えが頭をよぎりました。
次々と意味の分からない状況が続き、自分以外の者に対して不信感が募っていたのかも知れません。
そんな私の心を見透かすように、叔母さんは言いました。

「いろいろと思うところはあるでしょうし、恐怖もあるでしょうけど、この部屋でなきゃ話は出来ないのよ。ごめんね。我慢してね」

叔母さんは私をゆっくりと卓袱台の前に座らせ、自分は真向いに座りました。
そして、話してくれました。


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