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2013年06月27日

十三月の翼・39(天使のしっぽ・二次創作作品)







 はい。みなさん、こんばんは。
 今週の更新は「天使のしっぽ」二次創作、「十三月の翼」52話です。
 例によってヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                       ―声―


 もはや、身体は動かなかった。
 全身を鈍痛が包み、指先一つ動かす事もままならない。
 時折走る痺れる様な感覚は、注ぎ込まれた毒によるものだろう。
 それが、致死へと至らなかったのは、あくまで“アレ”が自分を生きたまま喰らう事にこだわったお陰かもしれない。
 そんな中、ともすれば深い闇に堕ちそうな意識を保っていられたのは、せめてもの抵抗の意思によるもの。
 残る神力を体内で凝縮し、“アレ”の牙が自分の身体を噛み貫いた瞬間、それを弾けさせる。
 それがどれ程の痛手となるかは定かではないが、少なくとも幾ばくかの混乱をもたらす事は出来るだろう。
 願わくば、その隙に皆が、少しでも多くの者が逃れられるように。
 一抹の想いを込めて、ユキは最期の時を待っていた。
 しかし―
 次に彼女の身に触れたのは、毒汁に塗れた冷たい牙ではなく、温かさと慈しみに溢れる手であった。
 地に倒れていた身体が、ふわりと抱き上げられる。
 「大丈夫か?メガミ・・・。」
 穏やかな労わりの声が、遠く聞こえる。
 薄っすらと目を開けると、自分を見下ろす朱と蒼の瞳が見えた。
 それが意味するものを、疲弊しきった思考がゆっくりと理解する。
 「・・・ゴ・・・ウ・・・?間に合った・・・のですね・・・?」
 か細く呟かれた言葉に、かの青年は優しく微笑みながら頷いた。

 
 「あ・・・兄者・・・。」
 「あっちゃ〜。」
 ようやく追いついてきたガイ達が、ユキを抱き抱えるゴウを見てバツの悪そうな顔をした。
 そんな彼らをジロリと睨むと、ゴウは言う。
 「ここまで追い詰めながら、最後の最後で足元をすくわれるとは。爪が甘いぞ。お前達。」
 静かだが、厳しい叱責。
 「も、申し訳ありません・・・。」
 (お、おっかねぇ〜!!)
 (これは、かなり怒ってますねぇ・・・。) 
 無言の重圧。
 その重みに、ただただ畏まるしかない三人なのだった。
 

 悟郎とトウハはその場所で、全てを見ていた。 
 「「・・・・・・。」」
 しばしの沈黙。
 やがて、
 「ハア・・・」
 トウハが、小さく溜息をついた。
 「あの子、やられちゃった・・・。」
 「・・・・・・。」
 「こりゃ、本当にゲームオーバーだなぁ・・・。」
 「トウハ・・・。」
 返す言葉が見つからない。
 悟郎はただ、黙りこくる。
 それを見た、トウハがクスリと笑みを浮かべる。
 哀傷と嘲笑が織り交じった様な、奇妙な笑み。
 「・・・さっき、青龍(あいつ)が言ってたよね・・・。」 
 トウハの目が、ふと遠くを見る。
 その視線の先には、ユキを抱いてこちらに向かってくるゴウの姿。
 「・・・礼だってさ・・・。」
 言葉とともに、小さな手が自分と悟郎を隔てる結界をコンコンと叩く。
 「それなら、この無粋な結界(もの)、除けてくれたらいいのに・・・。」
 己の血をもってしても破れない、聖獣の造った結界。
 それを恨めし気に小突きながら、トウハは笑う。
 その様を、悟郎はどうする事も出来ず、ただ見つめる。 
 と、
 ポツリ
 琥珀の瞳から雫が一つ、地へと落ちた。
 「・・・届かなかったなぁ・・・。」
 呟く様に、零す言葉。
 ポツリ
 ポツリ
 一滴、二滴。
 滴り落ち続ける雫。
 白い手が、悟郎に向かって伸びる。
 けれど、それが彼に届く事はない。
 ただ、ペタリと黒光の壁に張り付くだけ。
 「届かない・・・。届かないよ・・・。」
 いつしか、トウハは泣いていた。
 その顔を涙で濡らし、嗚咽に身体を揺らしながら。
 トウハはただ、泣いていた。


 「それじゃ、あんた達、最初っからユキさんに召集かけられてた訳?」
 トウハへと歩み寄っていくレイの後を追いながら、ツバサは驚いた様に問う。
 「ええ。多分こういった事態を予測していたのでしょう。賢しい方ですからね。メガミは。」
 そう答えながら、レイはその視線をトウハへと向ける。
 「彼女もなかなかのものだった様ですが、メガミの方が一枚上手だったという所でしょうか。」
 「でも、それなら・・・」
 ツバサの声音に、非難の色が混じる。
 それを察したレイは、少し困った様な表情を浮かべた。

 
 「じゃあ、何でもっと早くこなかったですか!!そうすれば皆やユキさんがこんな目に合う事は・・・」
追いすがりながらギャアギャアと噛み付くタマミに辟易しながら、ガイは弁解する。
 「好きで遅れたんじゃねぇよ!!何か知らねーけど、ここへの“道”を辿るのに手間がかかったんだ!!」
 その言葉に、キョトンとするタマミ。
 「え・・・?それってどういう事ですか?」
 「なんつーのかな・・・?この町の存在感が妙に曖昧になってて、油断すると全然別な方向に誘導されそうになるっつーか・・・」
 説明(こういう事)は苦手なのか、舌足らずな調子で話すガイ。
 それを聞くタマミの目が、みるみる丸くなる。
 「それって、前にタマミ達がやられた・・・」
 「あん?何の事だ?」
 訳が分からないと言った態のガイに、タマミはかつて自分達が陥った、トウハの結界の事について話した。
 「へー、悪魔(あいつ)の結界って、そんな効果があんのか。」
 「あの娘の力、神様を惑わすほど強かったですか・・・?」
 今更の様に身震いするタマミ。
 しかし、
 「んー。けどなぁ・・・」
 ガイは、腑に落ちないといった顔で頭をかく。
 「見たとこ、“あいつ”にそこまでの力があるとは思えねぇんだけどなぁ・・・。」
 「・・・・・・?」
 その呟きに、タマミもただ首を傾げるだけだった。。


 「・・・これで、終わるんですね・・・。」
 「ええ。終わります。」
 連れ立って歩きながら問うアユミに、シンは言う。
 「先刻彼女に触れたとき、その身にはほんの僅かな魔力しか感じられませんでした。彼女は、少なくとも神(私達)に対してはもはや何も出来ません。言葉どおり、あの百足の召喚が最後の奥の手だったのでしょう。」
 「・・・そうですか・・・。」
 「後は、封印を施すだけです。」
 「・・・・・・。」
 「どうしました?」
 何処か煮え切らない様子のアユミに、今度はシンが問う。
 「・・・ご主人様は、まだあの娘の事を想っています・・・。」
 「・・・・・・!!」
 その言葉に、シンは眼を細める。
 「・・・本当に、これでいいんでしょうか?」
 「・・・と、言いますと?」
 「このままトウハ(あの娘)を封印してしまったら、ご主人様のその想いは永遠に行き場を失ってしまうのでないでしょうか・・・。」
 「・・・確かに・・・」
 顔を曇らせるアユミに向かって、些かためらいがちにシンは言う。
 「聖者殿の傷が再び抉られる事は、避けられないでしょうね・・・。」 
 「それでは・・・!!」
 何かを訴えようとするアユミをしかし、シンは静止する。
 「それでも、他に取れる道はありません。」
 キッパリと言い放つ。
 「シン様・・・。」
 「あの娘(むすめ)は異端に過ぎます。見逃せば、また何をするか分かりません。」
 「・・・・・・。」
 その言葉に、アユミは押し黙るより他に術を持たなかった。
 

 「・・・ここまでだな・・・。」
 悟郎を包む結界の前。
 力なく座り込んでいるトウハを取り囲む四聖獣。
 一歩進み出て、ゴウが言う。
 「これだけの事をやったのだ。覚悟は出来ていよう?」
 静かな声が、しかし厳かに告げる。
 「・・・その“身”に宿る業、浄化させてもらう。」
 その言葉を、トウハは身じろぎもせず受け止める。
 そして、返す言葉は一言。
 「・・・あ、そう・・・。」
 何の抑揚も、感情もない声。
 全てを諦めた、真っ白な声。
 「ゴウ・・・。少し待ってください。」
 そう言って、ユキが前に出る。
 先のダメージは治癒魔法によって回復したらしく、多少よろめきながらもしっかりと自身の足で立っている。
 彼女はトウハの傍らに立つと、静かに語りかける。
 「・・・まだ、心は変わりませんか?」
 「・・・・・・。」
 答えはない。
 けれど、ユキは構わず続ける。 
 「今度こそ、手はないのでしょう?」
 無言。
 ユキはそれを、肯定と受け取る。
 「貴女の想いの強さは、よく分かりました・・・。」
 「・・・・・・。」
 「そして、それが守護天使(私達)に通じるものがあるという事も・・・」
 「・・・・・・。」
 「正しく、悪魔(貴女)は守護天使(私達)の反存在・・・。想いの、闇・・・。」
 「・・・・・・。」
 沈黙。
 沈黙。
 ただ、沈黙。
 けれど、ユキは語りかけ続ける。
 閉じた扉を、こじ開けようとするかの様に。
 「・・・故に、その想いを無碍に否定したくはありません・・・。」
 「・・・・・・。」
 そして、彼女は今一度、その言葉を口にする。
 「諦めては・・・いただけませんか?」
 ピクリ
 その言葉に反応したのか、トウハの身体が微かに震える。
 「先にも言ったとおり、今引いていただけるのなら、貴女を封印する事はしません。何も咎める事なく、彼方の世界へ帰る事を認めます。ですから・・・」
 異を唱える者はいない。
 四聖獣も。
 遅れて集まってきた少女達も。
 そして、結界の中の悟郎でさえも。
 皆、分かっているのだ。
 叶うのならば、それが最善の道である事を。
 しかし―
 「・・・アハ・・・」
 ユキの言葉が終わる前に、その声は響いた。
 小刻みに揺れる、トウハの身体。
 薄く開いた口から、漏れ始める笑い声。
 「アハ・・・アハハハハハハハ・・・」
 小さな震えを伴って響くそれは、ともすれば泣き声の様にも聞こえた。
 「・・・何が、可笑しい?」
 ゴウが訊く。
 「メガミって、案外馬鹿なんだねぇ・・・。その答えなら、さっき言ったじゃない・・・。」
 「・・・トウハさん・・・。」
 「わたしは、ご主人様と一緒になるの。そのためだけに存在してるの。」
 か細く笑いながら、ブツブツと呟く様にトウハは話す。
 「わたしの身体も、魂も、心も、そのためだけにある。それが叶わないと言うのなら・・・」
 俯いていた顔が、ユラリと持ち上がる。
 光を失った琥珀の瞳に、朱い光がきらりと瞬く。
 まるで、最後の抵抗の様に。
 そして、
 「わたしが在る意味なんて、もうありゃしない。・・・。」
 「・・・・・・。」
 降りる沈黙。
 予想できた答え。
 分かりきってた、答え。
 それでも、その答えは皆の心を抉る。
 「トウハ、馬鹿な事言わないでくれ!!」
 たまらず、悟郎が叫ぶ。
 そんな彼を、琥珀の瞳がチラリと見る。
 「・・・じゃあ、ご主人様。わたしと一緒に来てくれる?」
 「・・・・・・っ!!」
 思わず答えに詰まる悟郎。
 それを見たトウハが、フフと笑う。
 「ほらね。やっぱり、無理だ。」
 何かを嘲る様な口調。
 それは、悟郎に対するものか、それとも自嘲か。
 「仕方がないね。“今の”ご主人様なら、それが当たり前だものね。」
 「トウハ・・・。」
 唇を噛む悟郎に向かって、トウハはもう一度微笑むと、その瞳を逸らした。


 「・・・ち、朴念仁のくせに、こんな時ばかり女の気持ちを掴みやがる・・・。」
 その様を見ていたガイが、忌々しそうに呟く。
 「・・・聖者殿に対して、無礼ですよ・・・と言いたい所ですが、今回ばかりは同意ですね・・・。」
 レイもそう言うと、哀れみのこもった目で目の前の少女を見つめる。
 「・・・では、いいのですね?」
 最後の言葉を、ユキが問う。
 「・・・何度も、言わせないで・・・。」
 返ってくる、答えは同じ。
 「・・・・・・。」
 ユキは一瞬悲しげに目を伏せると、右手を上げて杖をトウハに向けた。
 ―と、
 「待て。」
 その手を別の手が押さえる。
 手の主はゴウ。
 「・・・俺が、やろう・・・。」
 そう言って、ゴウはユキの前に出るとトウハに向かって手をかざす。
 「待ってくれ!!ゴウ!!その娘は・・・」
 「聖者殿・・・。」
 思わず叫びかけた悟郎の言葉を、冷たい声音が制した。
 声の主はシン。
 彼はゴウの横に立ち、鋭い眼差しで悟郎を見つめていた。
 「まだ気づかないのですか?貴方のその優しさが、かえって彼女を苦しめているという事に。」
 「!!」
 その言葉に、悟郎の身体がビクリと震える。 
 「シン・・・言葉が過ぎるぞ・・・。」
 「いいえ。言わせてもらいます。」
 ゴウの制止の声にも、その口は止まらない。
 否、ゴウにも彼の言わんとする事を止める気はなかったのかもしれない。
 事実、その一言だけでゴウは沈黙した。
 そして、シンは言葉を続ける。
 「その優しさは確かに貴方の美徳ではありますが、今ここに至っては悪魔(この娘)にとっても、守護天使達にとっても、残酷でしかありません。」
 「そ・・・それは・・・」
 返すべき言葉が見つからない。
 悟郎は、答えに窮する。
 しかし、シンは容赦なく続ける。
 「共に行く覚悟もなく、悪魔(この娘)の願いにどの様に答えるつもりなのです?この娘を拒絶する決意もなく、こんなに傷つくまで戦った守護天使達に、どう応えるつもりなのです?」
 淡々と紡がれる、冷淡な言葉。
 それが、悟郎を打ち据える。
 「メガミにも言われた筈です。この娘の存在は、もう貴方達だけの問題ではありません。この娘は異端です。今この場にいるだけで・・・」
 シンの目が、トウハの周囲の地面へと注がれる。
 そこは黒く氷割れ、生えている草花は枯れ落ちている。
 そして、その範囲は今こうしている間にもトウハを中心にジワジワと広がっていた。
 「貴方は、この娘も家族に迎え入れるつもりだった様ですが、それは無理です。悪魔(この娘)は、現世(ここ)にいるだけで侵していきます。貴方も、そして世界も。」
 「・・・・・・!!」
 絶句する悟郎。 
 そんな彼にシンは淡々と語る。
 「受け入れてください。この娘は、この世界に在ってはならないのです。」
 「・・・だけど・・・だけど・・・」
 悟郎は喘ぐ。
 返す言葉を求める様に。 
 その手は白くなるほどに強く握り締められ、悔しげに噛み締めた唇からは血が滲む。
 「トウハは・・・トウハをこんなにしたのは・・・」
 「それも、この娘が世界に及ぼす災いに比べれば、些細な事です。」
 容赦なく叩きつけられる結論。
 悟郎は、結界の中で崩れ落ちる。
 ―と、
 ヒュンッ
 空を裂く様な音が響き、小石が一つ、シンの顔に向かって飛ぶ。
 パシンッ
 それを受け止めたシンは、その小石が飛んできた方向に目を向ける。
 そこには、石を投げた姿勢のまま、肩で息をしているトウハの姿。
 「・・・ご主人様を、いじめるな・・・!!」
 その姿を細めた眼差しで見つめると、シンは一つ、溜息をつく。
 「悲しい方ですね・・・。貴女は・・・。」
 心からの憐憫を言葉にし、シンは手にした小石を落とした。


 「アカネ ちゃん、大丈夫?」
 「うん・・・。どうって事な・・・痛っ!!」
 ランに支えられながら歩いていたアカネは、急に身体に走った激痛に顔をしかめた。
「ダメれすよ、アカネさん。きっと無理な変化の反動が来てるれす。大人しくしてないと、お身体に悪いのれす。」
 その様子を見て、慌てた様にそう言うミドリ。
 しかし、別の声がそんな彼女に言う。
 「あのね、人の事言ってる場合じゃないでしょうが!!アンタ。」  
 声の主はミカ。
 彼女は傷だらけのミドリを背負い、文字通りヒイヒイ言いながら先に行った皆の所へと向かっていた。
 こちらはこちらで、百足に吹っ飛ばされたダメージが抜け切っていないらしい。
 「あわわ、すいませんれす。ミカ姉さん。」
 「別にいいけど、取り敢えずジッとしててくんない?もう、重くて重くて・・・」
 「・・・ミドリさん、そんなに重いれすか?うう・・・、ショックなのれす・・・。」
「だー、だから脱力すんなって!!ますます重い〜!!」
 「うぅ〜。」
 「ぎゃー!!」
 そんな二人の漫才を横目に、アカネとランはすでに集まっている皆の元へと近づく。
 やがて、その視界に地に座り込むトウハと彼女に向かって手をかざすゴウの姿が入ってくる。
 「封印・・・されるのね・・・。」
 ランが、ポツリと呟く。
 その言葉に、アカネの胸の何処かが疼いた。


 「待って!!やめて!!」
 「ナナちゃん、駄目です!!」
 ゴウに追いすがろうとするナナを、アユミが押さえる。
 「嫌だ!!放して!!」
 「お願い、分かって!!」
 もがくナナを、アユミは抱き締める様に押さえ込む。
 「トウハ・・・姉ちゃん・・・。」
 ナナは、涙でグチャグチャになった顔をアユミの腕に埋めた。


 「お砂糖頭さん・・・。」
 「クルミ・・・。大丈夫・・・?」
 目の前の光景を、茫然と見つめるクルミ。
 そんな彼女を労わる様に、ツバサが声をかける。
 「・・・分かってる、よね・・・?」
 「うん・・・。うん・・・。」
 クルミは大きな目に涙をためながら、自分に言い聞かせる様に頷いた。


 「・・・なんか、損な役回りね・・・。青龍(あんた)・・・。」
 周りの様子を眺めながら、トウハは薄く笑う。
 「・・・全くだ。」
 それに苦笑いで返しながら、ゴウが訊く。
 「・・・最期に、遺す言はないか・・・?」
 しかし、トウハはゆっくりと首を振る。
 「・・・ない。あっても、言うだけ虚しいもの・・・。」
 「そうか・・・。」
 ゴウが頷くと、かざした手が蒼白い光を放ち始める。
 同時にトウハの下に現れる陣。
 そこから立ち上がる青光が、彼女の身を包む。
 「く・・・」
 苦しげに顔を歪めるトウハ。
 ピシ・・・ パシ・・・
 微かに響く、乾いた音。
 青い光の中、その身体を足元から石が覆い始めていた。
 「トウハ!!」
 それを見た悟郎が、結界の中から叫ぶ。
 応える様に、ゆっくりと振り返るトウハ。
 全てを諦めた目が、悟郎を映す。 
 「・・・じゃあね・・・。ご主人様・・・。」
 小さな口が、小さく呟く。
 頬をこぼれた滴が、砂へと変わる。
 石の束縛は、ゆっくりとその身体を這い上がる。
 足が。
 腰が。
 胸が石に覆われる。
 その様に、皆が思わず目を瞑った。


 その光景を、アカネは何処か夢でも見る様な思いで見つめていた。
 心を廻るのは、これで終わるのだという安堵感と、これで良いのかと言う懐疑感。
 相反する想いが、尾を噛み合う様にクルクル回る。
 泳がせた視線の先には、石に覆われゆくトウハの姿。
 頭の中で、かつての彼女との出来事が走馬灯の様に甦る。
 月を背負い、闇を従える悪魔の姿。
 悟郎を思い、その想いに身を焦がす少女の姿。
 想いに狂い、全てを否定する狂者の姿。
 そして―
 あの悪夢の中、一人泣いていた儚い姿。
 心臓が、ドクリと鳴く。 
 ・・・そう。泣いていたのだ。
 あの娘は。
 トウハは。
 一人で。
 たった一人で。
 泣いていたのだ。
 ずっと。
 ずっと。
 『番いの窓(シンメトリー・コーニア)』。
 かつて彼女のそれと番いあった心が、ズクンと疼く。
 まざまざと甦る、あの時の孤独。
 痛み。
 苦しみ。
 そして、悲しみ。
 間違っているのかもしれない。
 許されないのかもしれない。
 けれど。
 だけど。
 あの想いは。
 あの願いは。
 違う事なく、真実のもので。
 紛う事なく、確かなもので。
 ズクン
 心が、また疼く。
 痛く。
 苦しく。
 青く光る、ゴウの手。
 石に覆われていく、トウハの姿。
 ふと、その目がこちらを見た。
 アカネの姿を遠く映す、琥珀の瞳。
 薄い唇が、小さく動く。
 遠目でもそれは、ハッキリと見えた。
 紡いだ言葉は、たった一言。

 ―バイバイ―

 「―――っ!!」
 今度こそ、心が悲鳴を上げる。
 待って。
 待って。
 思わず、手を伸ばす。
 その娘は。
 その想いは。
 だけど。
 伸ばした手は、届かない。
 石の束縛が、細い喉を這い上がる。
 最後の瞬間。
 耐えられず、何かを叫ぼうとしたその時―

 『―無粋だね―』

 「―――!?」
 不意に響いた“それ”に、誰もが耳を疑った。
 「な、何・・・!?今の声!!」
 ミカが、そして皆が、慌てて回りを見回す。
 しかし、目に入るのは見慣れた顔ばかり。
 今の“異声”を発する存在など、何処にもいない。
 と、

 『―全くもって、“無粋”―』

 また、聞こえた。
 男のものとも、女のものとも。
 若いとも、老いているとも。
 人のものか、獣のものかすら判然としない声。
 それが、夜の大気を震わす様に。
 クワンクワンと響き渡る。

 『―やはり、過ぎた“力”の介入は、極力控えるべきであるな―』

 「何よ!?何なのよ!?これ!!」
 「だ、誰の声・・・!?」
 皆の間で飛び交う、混乱と恐慌の声。
 「何だ!?誰が喋ってやがる!?」
 「まさか、あの百足の他にも何か・・・!!」
 「しかし、気配など何処にも・・・!?」
 四聖獣すらも、狼狽の色を隠せない。
 けれど、そんな中で皆とは違った反応をする者達がいた。
 

 動揺の声が広がる中、アカネは一人、身動ぎも出来ずにいた。
 身体は酷く冷えていた。
 まるで、氷を抱いたかの様に。
 けれど、汗が止まらない。
 冷たい汗が、次から次へと噴出しては身体を滑る。
 まとまらない思考が、グルグルと回る。
 そんな。
 まさか。
 ありえない。
 だって。
 だって。
 これは。
 この声は。
 脳裏に甦る、かの光景。
 満ちる闇。
 たゆらう霧。
 虚ろの白。
 無の黒。
 凍てつく氷土。
 果てなく裂け堕ちる崖。
 そして。
 そして。
 朱く笑う、“月”。
 目が、自然と彼女を追う。
 その娘は。
 トウハは。
 見上げていた。
 その身体を、ほとんど石に覆われながら。
 己の、その存在を否定されながら。
 それでも彼女は、空を見上げていた。
 血の気の失せたその顔を、さらに蒼白にして。
 強張る身体を、恐怖に震える様に戦慄かせながら。
 彼女は、見上げていた。
 ああ。
 ああ。
 君は。
 君は。
 君は何を見ているの。
 その視線の先に。
 何を。
 何を。

 『―よろしい―』

 声が響く。
 あの声が。
 虚ろの、声が。
 そして―

 『―“リテイク”としよう―』

 その声が紡いだ。
 全ての終わりと、始まりを告げる言葉を。



                                       続く
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