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2013年02月08日

十三月の翼・32(天使のしっぽ・二次創作作品)







 はい。みなさん、こんばんは。
 2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。
 例によってヤンデレ、厨二病、注意。



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                      ―咎鏡―


 ―彼女は焦っていた。
 本来、それは其に値するだけの試練を乗り越え、神格を得た彼女にとって、無縁に近い感情である筈のものである。
 にも関わらず、今、彼女は焦っていた。
 事は、切迫していた。
 誰よりも敬愛する人が。
 志を分け合った仲間が。
 今許されざる者の毒牙にかかろうとしていた。
 誓ったのだ。
 約束したのだ。
 助けに行くと。
 事あらば、必ず駆けつけると。
 なのに。
 それなのに。
 道が、つながらなかった。
 今まで、思うだけで繋がっていたかの世界との道が。
 まるで、何かによってねじくられたかの様に。
 まっすぐだった筈の道が、幾重幾重(いくえいくじゅう)にも歪められていた。
 最初は、かの少女の仕業かと思った。
 しかし、違う。
 かの少女に、そんな力はなかった筈だ。
 では、これは何なのか。
 一体、何が起こっているのか。
 考えるべき事かもしれなかった。
 しかし、今はその時間さえも惜しかった。
 今は。
 今はただ。
 歪んだ道を解く事だけに、意識を集中するしかなかった。
 しかし、それは確かに彼女の心に影を落とす。
 そう。
 何かが。
 何かが狂っていた。

 
 「・・・・・・!?」
 思わず目を向けたその先で、黄金(こがね)色の髪が揺れる。
 いつの間に立ち上がったのか、アカネが真っ直ぐにトウハを見つめていた。
 「・・・モモ達に、手を出すな・・・!!」
 「・・・アカネちゃん、何で起きてるの・・・?」
 目の前で起きてる事が理解出来ないと言った体で、トウハは呟く。
 ―と、その視線がアカネの手元に注がれる。
 ダラリと下げられた右手。
 青白く、血の気の引いたそれからポタリポタリと朱い滴が落ちていた。
 ギュッと握り締められた手の中に、握り込まれていたのは大きなガラス片。
 それを見たトウハはしばしポカンとし、そして納得したかの様に「ああ」と頷いた。
 「・・・成る程。自分で自分を傷つけて、その痛みで正気に戻ったのか・・・。無茶するなぁ。ベタだけど・・・。」
 そう言って、けれど不思議そうに小首を傾げる。
 「・・・でも、おかしいなぁ。あの術、そんな事で解けるほど柔な術じゃないんだけどなぁ。どうして解けたんだろう?不思議だなぁ・・・?」
 そうやって、納得いかなげに頭を捻っていたが、それでもその思考はすぐに現実にもどる。
 「まあいいや。解けちゃったものは仕方ない。それよりも・・・」
 朱い瞳が、ユラリと揺らいでアカネを映す。
 「それで、どうするの?頼りになるお姉様達も、大事な相棒も夢の中な訳だけど?」
 「・・・・・・。」
 アカネは黙って血染めのガラスを捨てると、トウハに向かって歩いてくる。
 「・・・アカネお姉ちゃん・・・」
 「大丈夫・・・。ご主人様を、お願い。」
 不安気に呼びかけるモモに、優しく微笑みかけながらそう言うと、アカネはトウハに向かって対峙する。
 その顔を見たトウハは、嬉しそうに、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
 「アハハ、本当にいい顔になったねぇ。アカネちゃん。なんか、イケナイ道に目覚めそうかも。」
 「そういう冗談・・・」
 「はいはい。好きじゃないんだよね。分かってますよ。」
 「本当にノリが悪いんだから」等とブツブツ言いながら、つまらなそうに足元の小石をカツンと蹴り上げる。
 飛んだ石を、アカネの手がパシンと受け止めた。
 それをカリリと握り締めながら、アカネは言う。
 「姉さん達にかけた術も、解け。」
 その言葉に、しかしトウハは当然の様にペロリと舌を出す。
 「やだよ。せっかくこうるさい連中黙らせたんだもの。解く訳ないじゃん。」
 「・・・・・・!!」
 険しさを増すアカネの顔。それを見て、「おお、怖い。」などとわざとらしくおどけて見せる。
 「心配しなくたって、あの術自体じゃ死にゃしないよ。もっとも・・・」
 ニタリ、とその顔に例の歪んだ笑みが貼り付く。
 「何人か狂い死にするかもしれないけど、そんなの知ったこっちゃないし・・・。」
 ニタリ、ニタリと歪む笑み。
 それを前にして、アカネは不快気に顔をしかめる。
 「解かないなら・・・」
 「解かないなら、どうするの?キミ一人で、どうにか出来るのかな?」
 嘲りのこもった視線。しかし、それをアカネは逸らす事なく真正面から受け止める。
 その様に、トウハは少しだけ驚いた様な顔をした。
 「へぇ、やる気なんだ・・・。」
 そう言うと、ふと何かを思い出す様に人差し指を唇に当てる。
 「そう言えば、この間言ってたっけ。“わたしにも覚悟がある”って。見せてくれる訳?その覚悟ってやつ?」
 言いながら、アカネの顔を覗き込む。
 「・・・見たいのか・・・?」
 「うん。そうだね。興味はあるかな・・・。」
 「それなら・・・」
 ヒュッ
 アカネが、手にしていた小石をトウハに投げ付ける。
 「!?」
 咄嗟に身を避けるトウハ。それに被さる様に、アカネの声が響く。
 「見せてやる!!」
 途端―
 ドロンッ
 その身体が、紫色の煙に包まれる。
 「ワプッ!?」
 むせ込みながら、距離をとるトウハ。
 「何?また変化?芸がない・・・!?」
 言いかけたその声が、詰まる。
 その前で、風に散らされていく紫煙。
 その中から現れたのは・・・
 「え・・・?」
 「ええ!?」
 「えええ〜っ!?」
 固唾を呑んで事態を見守っていたモモ達が、驚きの声を上げた。
 散り行く紫煙の中から現れた姿。
 それは、服の色こそ闇色ではなく紫だけれど。
 髪の色こそ、白ではなく黄金(こがね)だけれど。
 手にする小剣の色こそ、黒ではなく白銀だけれど。
 その姿は見紛う事なく―
 「・・・わたし・・・?」
 トウハが、唖然としながらそう呟いた。
 そう、アカネが変化したのは、”クロスズメバチのトウハ”そのものだった。

 
 「・・・どういうつもり・・・?」
 目の前に立つもう一人の自分に向かって、トウハは問う。
 「君は強い・・・」
 もう一人のトウハは、呟く様に語る。
 「だから、考えた・・・。君に勝つには、どうしたらいいか・・・。君に対抗出来る力を得るにはどうしたらいいか・・・。」
 その身は、声は、細かに震えている。
 まるで、何かの禁を侵したかのように。
 その罪に、怯えるかの様に。
 ―と、
 「・・・そう来たか・・・」
 本当のトウハが、目を細めながら言う。
 「・・・それで、“わたし”になれば、わたしに対抗出来るかもって・・・?」
 その言葉に、もう一人のトウハ―アカネは無言でもって答える。
 それを、本当のトウハは肯定と受け取る。そして、
 「自分のしてる事、分かってる?」
 問いかける。
 興味深げに。
 確かめる様に。
 「それって、わたしを、悪魔を肯定するって事だよ。いいの?それ、ひっくり返せばそのまま、天使を、自分を否定するって事じゃないの?」
 その問いに、アカネは一瞬その身を震わせるが、それでもその瞳は逸らさぬまま。
 そして、返す言葉は一つだけ。
 「分かってる。」
 「ある意味、天界に対する背信。どんな罰(ペナルティ)があるか・・・」
 「それも、分かってる。」
 「・・・後悔しない?」
 「後悔なんて、しない!!」
 繰り返される問いに対して、その答えをはっきりと言葉にする。
 「ご主人様を護るためなら、自分なんていくら否定したって構わない!!それで咎を受けるなら、どんな咎だって、受けていい!!」
 静寂の中、凛と響くその声。
 「アカネお姉ちゃん・・・」
 その言葉を聞いたモモ達が、そろって息を呑む。
 対して、トウハはその顔をほころばせる。
 嬉しそうに。
 本当に、嬉しそうに。
 「・・・そっか。それがキミの“覚悟”か・・・。」
 言葉に合わせる様に右手が踊り、袖口から滑り出た黒刃が手の中に納まる。
 「そうだよね・・・!!ご主人様お護りするなら、それぐらいの覚悟はなくちゃあ・・・!!それなら、後は・・・」
 そして、次の瞬間―
 タンッ
 小さな身体が、アカネとの距離を一瞬で縮めた。
 「!!」
 「その“身体”が、その“覚悟”についてこれてるかだよね!!」
 ギキンッ
 響き渡る金属音。
 トウハの突き出した黒刃を、アカネの白刃が受け止めていた。
 「反射神経は良し・・・それなら次は・・・」
 剣を握る手とは別の手が、アカネに向かって掴みかかる。
 しかし―
 ガシィッ
 アカネの手はそれをも受け止め、ギリギリと押し返す。
 「”力”も・・・か。」
 「今まで、無意味に君に付き合ってた訳じゃない・・・!!」
 感嘆の言葉を漏らすトウハに向かって、アカネはそう言い放つ。
 「そうみたいだね・・・。」
 
 
 ―アカネやミドリの変化の術は、その対象物を“理解”する事から始まる。
 その外見しか知らなければ変化もその外見のみに留まるが、その“能力”にまで理解を深めれば、変化はその“能力”のコピーにまで及ぶ。無論、対象物のスペックと現在におけるアカネ達自身の実力も関係するものの、その可能性は無限と言ってもいい。
 アカネはこれまで数多くトウハと接点を持ち、彼女の能力を目の当りにし、それをその身で経験していた。
 それはそのまま彼女の力への“理解”につながり、より高いレベルでの変化を可能としていた。
 

 「君の傷は、皆の想いが刻んだもの・・・!!それを、このまま無駄になんかさせやしない!!」
 アカネの身に満ちる、絶対の決意。
 「そう・・・」
 そんな彼女に向かって、トウハは言う。
 「・・・それじゃあ、本気でいくからね・・・!!」
 「!!」
 アカネの身体に走る緊張。
 そして、トウハの剣が鋭い軌跡を描いた。


 ギィンッ
 キィンッ
 沈黙に包まれた結界の中に、金属と金属が打ち合う音が響き渡る。
 満ちる夜闇、降り注ぐ月光の中で白銀と黄金(こがね)の髪が、戯れる様に宙を舞う。
 トウハが振り下ろした黒刃を、アカネの白刃が受ける。
 それを弾きながら繰り出された突きを、トウハは軽く身を捻って避ける。
 その勢いのまま、空を裂いて迫った爪を、今度はアカネが髪の毛一筋の差でかわす。
 そのやり取りは、まるで舞を踊るかの様で、傍で見ているモモ達はただ見入るだけ。
 「・・・きれいなんだお・・・。」
 「アカネお姉ちゃん、頑張って・・・!!」
 「トウハ姉ちゃん・・・。」
 皆が見守る中、二人の魔性の剣舞は続く。
 ガキィンッ
 ぶつかり合い。拮抗する二本の刃。
 ギリギリと鍔迫り合う刃の下。その頬に汗を滑らせながら、トウハがクスリとほくそ笑む。
 「凄いね。アカネちゃん。大事な時間を使った甲斐はあったかな・・・。」
 「・・・ご主人様は、絶対にお護りする・・・。」
 渾身の力でもって剣を押し返しながら、アカネは言う。
 「だから、君は止める!!何日だろうと、何週間だろうと、わたしが止めて見せる!!」
 そんな彼女を眺めながら、トウハはただただ笑う。
 「ふふ。カッコいい。いいな。ずっとこうしていたいくらい。だけど・・・」
 と、その顔から不意に笑みが消える。
 「そうもいかないんだよね。ホント、余裕なくってさ・・・」 
 「え・・・?」
 言葉とともに、トウハが空いている左手を伸ばした。
  
                                   
 途端、アカネの視界を覆う螢緑の光。
 ―術の発動―
 「!!、させるか!!」
 それを察したアカネは、させじと前に出る。
 しかし―
 淡い光の中、トウハがほくそ笑む。
 「こんなのは、どう!?」
 次の瞬間、
 ドォンッ
 凄まじい衝撃が、咄嗟に防御したアカネの身体を襲う。
 手上に浮かぶ魔法陣。
 それが直接、アカネに叩きつけられる。
 「――っ!?」
 ガガガガガッ
 強烈な圧力に、身体が後方へと押されていく。
 トウハのそれをコピーした力を持ってしても、なお圧倒される。
 「・・・あっ・・・くぅ・・・!!」
 自由と視界を奪われた身体。
 このままではマズイ。
 「こ・・・のぉ!!」
 歯を食いしばり、全身に力を込める。
 そして、
 バキィッ
 渾身の力を持って、弾き飛ばした。
 「ハ、ハァ!!」
 舞い散る、螢緑の光粉。
 腕の痺れを堪えながら、思わず大きく息をつく。
 それが、隙。
 「「「アカネお姉ちゃん!!」」」
 耳に響く、モモ達の叫び声。
 途端、
 ドズゥッ
 それまでとは違った衝撃が、腹に抉り込む。
 「あぐぅっ!?」
 トウハが体当たりしてきたのだと気づくと同時に、身体が地面に叩きつけられる。
 もつれ合い、地を転がる二人。
 仰向けになったアカネの身体を、細い腕が押さえつける。
 目を開ければ、痛みに霞む視界の中にこちらを見下ろすトウハの顔が映った。
 彼女は倒れたアカネの上に馬乗りになり、その顔を覗き込んでいた。
 「・・・はは、わたしの勝ち・・・。」
 アカネの身体を押さえつけながら、ハァと息をついてトウハは言う。
 「流石に魔力のコピーは出来なかったみたいだね。しょうがないか。魔力(これ)は純然たる悪魔(こっち)の領域。天使(キミ達)じゃ、理解なんて出来ないものね。」
 「く・・・!!」
 悔し気に歯噛みするアカネに向かって、しかしトウハは優しく微笑む。
 「そんな怖い顔しないで・・・。これでもわたし、評価してるんだよ。キミの覚悟の事。」
 言いながら、グイッとその顔をアカネの顔に近づける。
 互いの呼気を感じる距離。
 朱い瞳に映る自分の顔が、合わせ鏡の様にアカネの瞳に映る。
 「ねえ、前から思ってたんだけど・・・」
 細い指先が、ツツ・・・とアカネの頬をなぞる。
 走る冷感が、火照った身体の熱を吸い取って行く。
 「キミ、“こっち”に来ない?」
 その言葉に、アカネは・・・否、その場にいる全員が目を見開いた。


 「どういう・・・意味だ・・・?」
 「言ったまんま。“こっち”においでよ。ねぇ。」
 アカネの顔を覗き込みながら、トウハは言う。
 「前にも言ったけどさ、キミの思考傾向って悪魔(わたし)に似てるんだよね。それに加えて、今回のその覚悟じゃない?素質、あると思うよ?」
 頬を愛しげに撫でる指が、アカネの口元についた血を拭う。
 「天使から悪魔への“変転”だからね、それなりにキツイと思うけど。大丈夫。キミくらいの覚悟があれば、耐えられるよ。気が狂う事もなくね。」
 そう言って、トウハはもう一度優しく微笑む。
 「何を・・・馬鹿な・・・」
 「ご主人様に、“好き”って言えるよ?」
 「――!?」
 「知ってるよ?天使(キミ達)って、ご主人様に「好き」って伝えるの、禁忌(タブー)なんだよね?」
 「・・・・・・!!」
 「“like”はいいのに、“love”は駄目なんて、馬鹿げてると思わない?ねぇ?」
 それは、天使を縛る掟を根底から揶揄する言葉。
 アカネを見つめる朱い瞳が、キュウと細まる。
 「悪魔(こっち)に来れば、そんなくだらない縛りはなくなる・・・。想いも願いも、思うさまご主人様に伝えられる・・・。」
 悪魔が誘う。
 この上なく甘い。 
 甘い蜜をちらつかせ。
 甘い甘露を滴らせ。
 「ねえ。“こっち”においでよ・・・。」
 甘い。
 甘い。
 蜜(言葉)が流れる。
 「あのね・・・」
 トウハが、その唇をアカネの耳元に寄せる。
 「わたしはね、キミの事、気に入ってるんだよ・・・?」
 耳朶にかかる、甘い吐息。
 「もちろん、ご主人様の一番は譲れないけれど、キミなら一緒にいるの、許してあげてもいい・・・。」
 冷たい手が、頬を包む。
 その冷たさを、心地よいと思ったのは気の迷いだろうか。 
 「待っててあげる。キミの“変転”が終わるまで。ご主人様といっしょに。10年でも、100年でも。」
 久遠でも―
 その言葉が、アカネの心を揺らす。
 「ご主人様と、一緒にいようよ。“ずっと”いっしょに・・・」
 それは、願い。
 天使が皆等しく想い、そして決して許されない、永久の願い。 
 悪魔は謳う。
 それが叶うと。
 手を伸ばせば届く所にあると。
 悪魔が、謳う。
 「いっしょにいよう・・・。共に在ろう・・・。この世の全ての命が絶え果てても・・・星の礎が朽ち消えても・・・神の御霊が薄れても・・・。永久の時を、在り続けよう・・・。」
 頭に。
 身体に。
 染み込んでいく、甘美な響き。
 「ご主人様といっしょに・・・」
 甘い。
 甘い。
 脳髄を、とろかす程に。
 心を、澱ます程に。
 「さあ、おいで・・・。」
 揺らぐ視界。
 揺らぐ思考。
 揺らぐ世界の中で、悪魔(トウハ)が、手を差し伸べる。
 アカネの手が、ゆっくりと上がる。
 細かく震える手が、トウハの手へと近づく。
 あと1cm。
 あと5mm。
 最後の1mmは、酷くゆっくりと。
 そして―


 「駄目ぇえ!!」
 瞬間、モモの声が静寂を切り裂いた。
 今にもトウハの手を掴もうとしていたアカネの手が、ピタリと止まる。 
 「違います!!アカネ姉ちゃん!!そんなの、間違ってます!!」
 モモはその目に涙をため、必死に呼びかける。
 「アカネお姉ちゃんがそんなになっちゃったら、一番悲しむのは、ご主人様です!!」
 「――!!」
 「だから駄目!!戻ってきて!!アカネお姉ちゃん!!」
 「そうだよ!!アカネ姉ちゃん!!」
 「いっちゃらめらぉ〜!!」
 モモの声に合わせる様に、他の二人も懸命に叫ぶ。
 「・・・うるさい・・・。」
 忌々しげにそう言って、トウハはジロリとモモを睨む。
 その冷たい視線が、モモの身体を竦み上げる。
 「いい所だったのに・・・。悪い子・・・。」
 ヴォンッ
 途端、モモに向かって展開する魔法陣。
 「やっぱり、眠らせておけばよかった・・・。」
 ギュルッ
 魔法陣が集束して鋭い針へと形を変え、その切っ先をモモに向ける。
 「――!!」
 モモは動けない。
 成す術もなく、立ち尽くす。
 その胸に向け、針が放たれようとしたその時―
 ガシッ
 下から伸びた手が、トウハの手を掴んだ。
 ハッとした様に、下を見る。
 彼女を射抜く、鋭い視線。
 「・・・さっきも言っただろ・・・。」
 明らかな、怒りのこもった声。
 「わたしの妹達に、手を出すな!!」
 グイッ 
 「キャアッ!?」
 その言葉と共に、トウハの身体がグイッと引かれる。
 それだけで、軽い身体は呆気なく地に転がった。 
 その隙にアカネは立ち上がると、よろめきながらもモモ達の下へと駆け寄る。
 「アカネお姉ちゃん!!」
 「だいじょうぶらったおー!?」
 「ああ・・・。皆、ありがとう。お陰で、助かった・・・。」
 微笑むアカネに、三人も満面の笑みで微笑み返す。
 「痛い・・・」
 四人の背後から、そんな声が響く。
 「痛いなぁ・・・。」
 起き上がったトウハが、恨めし気に皆を見つめていた。
 「・・・アカネちゃん、“その気”だったんじゃないの?」
 「ああ、迷ったよ・・・。」
 否定する事なく、アカネは言う。しかし―
 「だけど、違う。」
 キッパリと断言する。
 「やっぱり、そんな事は間違ってる。わたし達の想いのために、ご主人様の全てを奪うなんて、絶対に間違ってる。」 
 「・・・・・・!!」
 「だから、行かない。わたしは、君とは行かない。絶対に!!」
 その言葉に、トウハの瞳がルォンと揺らぐ。
 「・・・わたしの事、拒むんだ・・・?」
 「・・・・・・。」
 どこか悲しげなその問いに、アカネは黙って頷いた。


 「・・・く、くく・・・あはははははは・・・」
 と、唐突に響き出す笑い声。
 「そうだよねぇ・・・そりゃ、そうだよねぇ・・・」
 トウハは右手で顔を覆い、身を震わせて笑っていた。
 「当たり前じゃん・・・。何やってんだろ・・・?わたし・・・。馬鹿みたい・・・。」
 何処か自嘲的なその言葉。
 「ご主人様だけだったのに・・・。ご主人様だけで良かったのに・・・。」
 そこに、さっきまであった蠱惑的な響きはない。
 冷たい、どこまでも冷たい氷の様な響きがあるだけ。
 「・・・駄目だ・・・。」
 トウハが呟く。 
 「やっぱ、駄目だ・・・。」
 ポツリポツリと、呟く。
 囁く様に、響く声。
 その声の空虚さに、皆が息を呑んだ次の瞬間―
 フッ
 トウハの姿が掻き消える。
 「――!!」
 ハッとするアカネ達。
 その前に、一瞬で移動したトウハが肉迫する。
 その手が握るは、禍々しく輝く黒刃。
 「駄目なんだよ!!」
 それを振りかざしながら、トウハは叫ぶ。
 「キミ達がいると、わたしはおかしくなる!!」
 その狙いは、あやまたずアカネの心臓。
 今の身体ならば、回避は出来る。
 しかし、下手に避ければ後ろにいるモモ達に当たる。
 その思いが、アカネの足を止める。
 「だから、もう駄目なの!!」
 鋭く突き出される黒刃。
 モモ達を守る様に立ち、目を瞑るアカネ。
 背後から、モモ達の悲鳴が響く。
 そして―

 リ ィ ン

 その場の皆の耳に、その音は確かに聞こえた。
 全てがスローモーションの様に見える中、アカネは確かに見た。
 自分を見るトウハの顔が、驚きに歪むのを。 
 目の前に散る、桜色の花弁。
 波紋が広がる様に歪む空間。
 そして―
 パキィイイインッ
 響き渡る衝撃音。
 「キャアアアアアッ!!」
 悲鳴と共に、弾き飛ばされたのはトウハ。
 その身体が、紙屑の様に地に転がる。 
 「な・・・何、今の・・・?」
 「わ・・・分かんない・・・」
 茫然とするアカネ達の前で、地に伏せっていたトウハが身を起こす。
 その顔も、愕然とした色に彩られていた。
 「・・・何で・・・」
 「・・・え・・・?」
 「何で、アカネ(キミ)が“それ”を!?」
 トウハの言葉の意を、アカネは理解出来ない。
 ただ茫然と、自分を睨みつけるトウハを見つめる。
 「そうか・・・さっき『黄昏の迷夢(トワイライト・イルネス)』を破ったのも、それのせい・・・」
 茫然としながら、独り言の様に呟くトウハ。
 「何で・・・キミが・・・何で・・・!!」
 トウハは、今までの氷の様な沈着さが嘘の様に取り乱していた。
 「何で・・・。」
 小さな身体が、ユラリと立ち上がる。
 その手の爪が、ギギギと軋む様な音を立てて伸びる。
 「答えてよ・・・」
 ザリ・・・
 引きずる様な足音を立てながら、トウハが近づく。
 その感情の乱れに呼応する様に、彼女から立ち昇る妖気がいっそう激しさを増す。
 「・・・・・・!!」
 それに圧倒され、竦み上がるモモ達。
 自分にすがりつくナナとルルを護る様に、身構えるアカネ。
 「答えろ!!」
 伸びた爪を鳴らし、トウハがアカネに掴みかかろうとしたその瞬間―
 「そこまでです!!」
 「――!!」
 突然に響く声。
 それと共に、天から差し込む光。
 トウハの身体が、ビクリと固まる。
 辺りを覆っていた魔性の闇が、眩い輝きに散って消えた。
                                                         

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