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2012年11月29日

十三月の翼・28(天使のしっぽ・二次創作作品)







 木曜日。隔週掲載、2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。
 そして、例の如く1と2に分かれてますのでご注意を。



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

おとぎストーリー 天使のしっぽ 1 (ノーラコミックス)

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                     ― 開演 ―


 「これが、話の全部だよ・・・。」
 そう言うと、悟郎は傍らに置いてあったコーヒーの缶を手に取る。
 底に僅かに残った液が、チャプチャプと微かに音を立てた。
 「笑えるだろ?自分の馬鹿なまねで、大切な友達を二人も死なせた上に、当の自分はその事をすっかり忘れてたと来たんだから・・・。」
 手の中で缶を弄びながら、悟郎はその顔に自嘲気味な笑みを浮かべる。
 それは、とても寂しげで。
 そして、とても悲しげで。
 その場にいる誰もが、答える言葉を見出せない。
 その場にいる誰もが、かける言葉を見出せない。
 重い。
 重い。
 あまりにも重苦しい、沈黙。
 「で、でもぉ・・・。」
 その重たい空気を祓おうとするかの様に、何とか声を絞り出したのは、ミカ。
 「そ、それってさぁ、何もご主人様のせいじゃ・・・」
 「そ、そうだよ!!」
 すると、それが突破口になったのか、皆が次々に口を開き始める。
 「その時のご主人様、本当の子供じゃん!!そんな事があったなら、勘違いしたってしょうがないよ!!」
 「ご主人様、凄く怖い目にあったの!!パニクるの当たり前なのー!!」
 「それに、蜂の皆さんを殺したのは、その駆除業者さんでしょう!?何も、ご主人様が悪意をもって手を下した訳じゃあ・・・」
 皆が皆、口にする、思い思いの労わりの言葉。
 各々形は違えど、願う事はただ一つ。
 (ご主人様の苦しみを、少しでも―)
 だけど、
 「違う!!」
 悟郎の怒声にも似た叫びが、再び皆の口を噤ませる。
 「僕が、僕が死なせたんだ!!」
 缶を持つ手に、力がこもる。
 「僕の馬鹿な真似のせいで、冬葉お姉ちゃんも・・・“あの娘”も!!」
 ベキョッ
 大きな音を立てて、手の中の缶がひしゃげる。
 飲み口にかかった親指に缶が食い込み、血が滲む。
 「ご主人様!?」
 それを見たランが駆け寄り、その傷にハンカチを当てる。
 「ご主人様、もう止めてください!!そんなに・・・そんなに御自分を傷つけないで・・・!!」
 あふれ出る血を拭いながら、その目に涙を浮かべて悟郎の顔を見上げる。
 否、ランだけではない。
 視線を上げれば、その場にいる全員が、悲痛な面持ちで悟郎を見つめていた。
 「ごめん・・・ラン・・・皆・・・だけど・・・」
 泣きながら傷を押さえるランの手に、悟郎は自分の手を重ねながら言う。
 「これは、僕の罪なんだ・・・間違いなく、この僕の・・・」
 「ご主人様・・・」
 「だから、僕は償わなくちゃいけない・・・。向き合わなくちゃ、いけない・・・。今度こそ・・・今度こそ、忘れないで・・・。今度こそ、逃げないで・・・」
 見上げてくるランの涙を拭いながら、悟郎は目を閉じる。
 「そう・・・。そうさ・・・。そうだろ・・・?」
 言って、大きく、大きく、息をつく。
 まるで、何か大きな覚悟を決めるように。
 そして、ゆっくりと目を開けて―

 「・・・“ トウハ ”・・・!!」

 ・・・最後の言葉は、酷くあっさりと、紡がれた。

 
 ポーン
 皆の頭の上を、何かが飛んだ。
 それが、空になった「はちみつレモン」の缶だと気付いたのは、何人だろうか。
 綺麗な放物線を描いて飛んだそれは、自販機の隣にあった屑篭の中にポスンと入る。
 皆の視線が、思わずそれに向けられた次の瞬間―
 「・・・ふふ・・・うふふふ・・・」
 鈴を転がす様な声が、夜闇の中に響いた。
 驚いて振り返る皆の視線の先で、純白の髪が揺れる。
 いつの間に来たのか。
 いつからいたのか。
 悟郎の座るベンチの背もたれに、上半身を預ける様に乗せる少女が一人。
 その端整な顔に極上の笑みを浮かべ、細い肩を揺らして笑っていた。
 「あーっ!!ガキンチョ小悪魔ー!!」
 ミカの叫びに、皆に動揺が走る。
 「いつの間に・・・!?」
 「悪魔・・・?あの娘が・・・?」
 「マジで子供じゃん・・・!!」
 「おね・・・えちゃん・・・?」
 「そんな・・・お砂糖頭さん・・・!!」
 唖然とする者。
 うろたえる者。
 信じられないといった顔をする者。
 その形に差はあれど、皆が皆、驚きを隠せない。
 「さっそく出たわねー!!このガキンチョ!!ここで会ったが100年・・・モガッ!!モガムガ・・・!?」
 威勢良く啖呵をきろうとしたミカの口に、投げつけられたメープルパンがスポッとはまる。
 「無粋な真似はNGね。せっかく私とご主人様の、本当の再会劇なんだから。」
 「ムゲモグガー!!」
 喉の奥までパンに塞がれたミカが、呼吸困難で引っくり返った。
 「きゃー!!ミカお姉ちゃーん!!」
 「キズはあさいぉ!!しっかりするぉー!!」
 白目を剥いて痙攣しているミカの周りで騒ぐ皆を横目で見ながら、トウハは傍らに座る悟郎に囁きかける。
 「・・・思い出してくれたんだね。ご主人様・・・。」
 「そうだよ・・・。忘れていてごめん・・・。トウハ・・・」
 「ああ・・・」
 その言葉に、トウハは感極まった様に身を震わせる。
 「素敵・・・。もっと、もっと呼んで・・・。ご主人様・・・!!」
 そう言って、ベンチの背もたれ越しに悟郎に抱きつこうとする。
 しかし―
 「破邪っ!!」
 バチバチバチッ
 「―っ!!」
 切り裂く様な声とともに、飛んできた札がトウハの手と悟郎の間を遮る。
 「ラン姉さん!!ご主人様を!!」
 札を投げたアカネが、その勢いのままランに叫ぶ。
 「・・・え!?あ、はい!!ご主人さま、こっちへ!!」
 我に返ったランが悟郎の手を掴み、皆の方へと引っ張る。
 「ラン、待ってくれ!!僕は・・・」
 「駄目です!!」
 悟郎が訴えるが、ランは聞く耳を持たない。
 慌てて駆け寄ってきたツバサやアユミと一緒に、ズルズルと皆の輪の中へ悟郎を引きずっていく。
 その悟郎を護る様に、皆がその周りを取り囲む。
 「・・・もう、酷いなぁ・・・。アカネちゃん・・・。」
 ベンチの後ろから出てきたトウハが、そう言って手の中の札を握り潰す。
 「ご主人様との再会、邪魔しないでって言ったのに・・・」
 恨めしそうに。
 だけど何処か楽しそうに。
 トウハはその顔に笑みを浮かべる。
 そんな彼女を、アカネは射るような眼差しで睨みつける。
 「アレアレ、怖い顔。」
 クックッと笑いながら、顔にかかる白髪をかき上げる。
 「まあいいや。仕切り直しって事で、自己紹介でもしようか?」
 そう言うと、まるで舞台にでも上がる様に、シャナリシャナリと皆の前に進み出る。
 「お見知りの方は、改めまして。初見の方は、初めまして。」
 言葉とともに、スカートの両端を持ち上げ、優雅にお辞儀。

 「『クロスズメバチのトウハ』です。以後、どうぞよろしく。」

 そう言って、彼女は綺麗に、ゾッとするほど綺麗に微笑んだ。


 ・・・いつの間にか、全ての音が止んでいた。
 人々の喧騒も。
 それに伴う数多の音も
 木々の葉の擦れ合う音さえも。
 いつの間にか、全ての気配が消えていた。
 道を行きかう人々も。
 道路を走る自動車も。
 外灯に集まる虫さえも。
 本当に。
 本当に全てのものが、ウソの様に消えていた。


 「な・・・何か、やけに静かじゃない?」
 異常に気付いたツバサが言う。
 「“結界”だよ。あの娘の、トウハの常套手段だ。」
 そう答えるアカネを見たトウハが笑う。
 「アハ、さすがにもう分かるか。散々使ったもんねぇ。結界(これ)。でも、だからどうする?キミ達に結界(これ)をどうにか出来るのかな?」
 嘲る様な問い。
 けれど、アカネは怯む事なく言い返す。
 「・・・出来ない。だけど、結界(これ)の効果はあくまで“人払い”だけだろう!?守護天使(わたし達)の動きを制限する事もなければ、ご主人様を縛ることもない!!それなら、“それ”で充分だ!!」
 凛とした言葉と共に、グンと手を伸ばす。
 次の瞬間、その手には数枚の札が握られていた。
 その様にトウハはしばしキョトンとするが、すぐにその相好を崩し、嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む。
 「そうか。そうだねえ。さすがアカネちゃん。種のばれた手品は怖くないか。」
 己の持ち札の一枚を看破されても、そこに焦燥の色は浮かばない。
 楽しそうに、ただひたすら楽しそうに、トウハは笑う。
 「嬉しいなぁ。アカネちゃんが強くなって、わたし、本当に嬉しいよ。これなら、今夜はすごく楽しく遊べそう!!」
 言葉とともに、琥珀の瞳が朱く染まり始める。
 「ねえ、アカネちゃん。」
 呼びかける声に混じる、甘い艶。
 「・・・何?」
 「“あつ〜い夜”にしようね?」
 真紅に染まった瞳が、アカネを映してるぉんと揺らめく。
 「・・・前にも言ったけど・・・」
 背筋に走る悪寒を振り払い、今にも逃げ出しそうになる足に力を込める。
 「そういう冗談、好きじゃない!!」
 叫びと共に、アカネは手にした札を投げつけた。


 「アハハ、むきになっちゃって。かーわいーい!!」
 トウハは自分に向かって来る札(それ)を易々と素手で掴みとると、グシャリと握り潰す。
 流れる様に次の札が投げられるが、それも先のものと同じ運命を辿る。
 せめてもの抵抗の様に、札が手の中でバチバチと光を散らすが、それを気にもしない。
 「よしなよ。分かってるくせに。わたし、佳織(あいつ)に勝ってるんだよ。佳織(あいつ)より下位の術なんて、効きやしないよ。」
 ケラケラと笑いながら、ポイと捨てた札を踏み躙る。
 「・・・っ、それなら・・・!!」
 ツバサが徒手空拳で構えをとるが、それにもトウハは動じない。
 「力ずく?それはもっと止めた方がいいんじゃないかなぁ?」
 言葉とともに、後ろのベンチに手をかける。
 メキ メキ メキ
 静寂の中に響く、金属の軋む音。
 「え?え?ええ?」
 唖然とするツバサの前で、一本のか細い腕が金属製のベンチを持ち上げていた。
 「ほら。」
 ポイッ
 それを、まるで丸めた紙屑でも放る様に投げ付ける。
 「わ!!わ!!わぁあああっ!!」
 「きゃあああああっ!!」
 「ひぇえええええっ!!」
 「にゃあああああっ!!」
 慌てて逃げるツバサや、その他大勢。
 ゴシャアァアアアアンッ
 凄まじい音とともに、ベンチが地面に着弾する。
 すんでの所でそれを避け、青息を吐く面々。
 「プハッ、な、何なのよ!?あの馬鹿力!!ジュンも真っ青じゃない!!」
 立ち込める土煙の中で、ミカが叫ぶ(どうやら、ショックでパンが喉から外れたらしい。)
 「・・・ハチやアリって、自分の体重の数十倍もの重さの物を動かせるそうですけど、ひょっとしてその身体能力そのまま持ってるんでしょうか・・・?」
 「な、何よ!!そのチート設定!!」
 呆れた様なアユミの言葉に、仰天するミカ。
 「皆、止めてくれ!!君達が争う必要なんてないんだ!!」
 「ご主人様、駄目!!」
 両者の間に割って入ろうとする悟郎を、ランが押し止める。
 「あはは、ほら、ご主人様もああ言ってるじゃない!?無駄な事は止めたら!?」
 「あ・・・あんのガキンチョ〜調子に乗りおってからに・・・」
 「負け惜しみを言っても仕方ありませんわ!!わたくし達は、わたくし達に出来る事をやるだけです!!」
 歯噛みするミカの横で、アユミはあくまで冷静に判断を下す。
 「皆さん!!前に教えた、護封陣を!!」
 その言葉に、皆がいっせいに散る。
 「ランちゃん、要(かなめ)とご主人様を頼みます!!」
 「は、はい!!」
 ランと悟郎を中心に、十方に散った皆が印を結び、念を込める。
 次の瞬間―
 ポウ ポウ ポウ・・・
 皆の身体から、沸き起こる光。
 赤、黄、白、橙、水色、紫、黒、黄緑、茶、緑そして桃色。
 それらが、光の線となって各々を結んでいく。
 「ん?」
 怪訝そうな表情を浮かべるトウハの前で、光は中心のランが放つ桃色の光に向かって集約し、輝く光のドームを形成した。
 「エンジェルサークル?こんなもの・・・。」
 トウハが光のドームに手を伸ばす。途端、
 バチィッ
 「キャウッ!!」
 光が弾け、触れた手が大きく弾き飛ばされた。
 「トウハ!?」
 「駄目だ!!ご主人様!!」
 思わず駆け寄ろうとした悟郎を、アカネの声が制する。
 「アカネ!?でも・・・!!」
 「今のあの娘には、ご主人様の声も届かない。行ったら、ただあの娘の思う壺になるだけだよ!!」
 「アカネ・・・。」
 「お願い、今は、わたしの言う事を聞いて・・・」
 「・・・・・・。」
 その悲痛とも言える訴えに、悟郎は悔しげに唇を噛み締めた。
 一方、トウハは―
 「この!!」
 再び持ち上げたベンチを、護封陣に向かって叩きつける。
 「キャッ!!」
 「ひゃーっ!!」
 迫り来るそれに、モモやルルが、思わず目を瞑る。
 しかし―
 バキィイイイイインッ
 11人の想いで紡がれたそれは、その衝撃すらも易々と弾き返した。
 「ちっ・・・!!」
 無残にひしゃげて転がるベンチを見て、今度はトウハが歯噛みする。
 それは、彼女が初めて見せる苛立ちの表情。
 それを見たミカが、勝ち誇った様に胸を張る。
 「あーはっはっはっ!!どお?ガキンチョ小悪魔!!これがミカ達の力よ!!ミカとご主人様の絆の強さに平伏するが・・・」
 「お姉ちゃん!!」
 「お砂糖頭さん!!」
 そんなミカの啖呵を遮って、唱和する様に響く声。
 その声に、トウハの動きがピタリと止まる。
 声の主は、ナナとクルミだった。
 「ちょ、ちょっとあんた達、何なのよ!?今はミカが・・・」
 せっかくの口上を邪魔されたミカが、抗議しようとするが・・・

 「ミカお姉ちゃんは黙ってて!!
  ミカちゃんは黙っててなの!!」

 「は・・・はい・・・。」
 いつもからは考えられない二人の剣幕に押されて、小さくなるミカ。 
 そして二人はトウハに向かって呼びかける。
 「お砂糖頭さん!!もう止めてなの!!」
 「お姉ちゃん!!ウソだよね!!こんなの・・・こんなの、本当のお姉ちゃんじゃないよね。」
 二人の必死な体に、他のメンバーは唖然とする。
 「ナナちゃん・・・?」
 「クルミ・・・あんた一体・・・ってか、「お砂糖頭」って何・・・?」
 訝しがる皆に向かって、ナナとクルミは叫ぶ。
 「お姉ちゃんは、迷子になったナナを助けてくれたんだよ!!」
 「飢え死にしそうになったクルミにパンをくれたの!!お砂糖頭さんは悪い人じゃないの!!」
 二人の言葉に、皆は一様に目を丸くする。
 「それじゃあ、ナナちゃん・・・あの夜にナナちゃんを助けてくれた“お姉ちゃん”って、やっぱり・・・」
 「あの日、クルミ(あんた)が妙に御機嫌だったのって・・・」
 トウハに向かって集中する、皆の目。
 しかし、その視線に応じるのはあくまで冷ややかな視線。
 「何?そのいかにも“話せば分かるかもー”って顔。やめてよね。」
 言葉と共に、一閃する右手。
 瞬間、広い袖口から滑り出す漆黒の剣。
 それがクルクルと踊り、白い手の中に収まる。
 ヒュンッ
 空気を切り裂く、鋭い音。
 ナナとクルミに向かって突きつけられる、その切っ先。
 「いい?犬に絹毛鼠(ハムスター)。あんた達にした“あれ”は単なる気紛れ!!それを勝手に仲間意識に変換しないで!!気持ち悪いったらありゃしない!!」
 「そんな・・・」
 「お姉ちゃん・・・」
 突き放すような、冷たい言葉。
 それに、ナナもクルミも茫然と立ち尽くす。
 「ちょっと、あんた何よその言い草!!せっかくナナとクルミが・・・」
 「うるさい!!」
 がなり立てるミカを、トウハの声が切って捨てる。
 「前にも言ったでしょ!!わたしが欲しいのはご主人様だけ!!それ以外に興味ない!!邪魔しないならそれでよし!!どうしても邪魔するって言うなら・・・」
 朱い瞳が、一瞬その輝きを増す。
 「刺し殺すよ!!“あの女”みたいに!!」
 「――!!」
 その言葉が、皆の間に戦慄を走らせる。
 「“あの女”って・・・まさか・・・」
 「冬葉・・・さん・・・?」
 「あの娘・・・前世で人を殺したの・・・?」 
 悟郎の話を聞いた時から、薄々察していた事ではあった。
 巣を護る事は、蜂という種にとって何よりも優先される、絶対の本能。
 それは、トウハとて同じ筈。
 巣を護るために発動された、防衛行動。
 それに、トウハだけが参加しない道理はない。
 そう全ては、本能という絶対不変の理が成した業。
 それがいかに抗い難いものであるかは、動物としての前世を持つ皆も、一様に理解してはいる。
 しかし。
 それでも。
 本人の口から直接紡がれたそれは、あまりにも残酷な言葉。
 その事に、誰もが動揺を隠せない。
 ―と、
 「トウハ!!」
 皆のざわめきを裂く様に、響く声。
 振り向けば、自分を押さえるランを押しのける様に踏み出した悟郎が、大きく見開いた目でトウハを見つめていた。
 「そうなのか・・・?トウハ・・・本当に、君が、冬葉お姉ちゃんを・・・」
 戦慄く悟郎を、トウハの朱い瞳が見つめる。
 その目に、一瞬過ぎる躊躇の色。
 しかし、次の瞬間には―
 「・・・そうだよ。ご主人様。」
 悟郎の目を真っ直ぐに見つめ、トウハははっきりとそう告げた。
 「もっとも、わたしだけじゃないけどね。あの時は、皆でやったから。でも、確かにその中にわたしもいた。」
 言いながら、トウハはククッと笑う。
 「だってさぁ、イラつくんだもの。あの女。いっつもご主人様にベタベタくっついて。目障りだったらありゃしない。だからね・・・。」
 「そんな・・・そんな・・・」
 ガクリと膝をつく悟郎。
 「ご主人様・・・!!」
 それを見たアカネは、キッとトウハを睨む。
 そして何事かを言おうと口を開いたその時―
 トウハの瞳が目に入った。
 朱い光の中、微かに、ほんの微かに揺れるもの。
 (あ・・・)
 ”それ”を見た瞬間、出かけた言葉が形になる前に呑み込まれる。
 一瞬の逡巡。
 その間に”それ”は消え、代わりに酷薄な笑みへと変わる。
 それを顔に貼り付けて、トウハは悟郎に向かって語りかける。 
 「大丈夫だよ、ご主人様・・・。わたしといっしょに来てくれれば、あの女の事なんか綺麗さっぱり忘れさせてあげる・・・。なかった事にしてあげる・・・。だから・・・」
 「やめて!!」
 その言葉を、鋭い叫びが遮る。
 地べたに崩れ落ち、その身を震わせる悟郎を労わる様に抱き締めていたランが、燃える様な目でトウハを睨みつけていた。
 否、彼女だけではない。その場のほぼ全員が、同じ目でトウハを見ていた。
 ほんの、数人を除いて。
 「これ以上、ご主人様を傷つけないで・・・!!」
 「あんた・・・やっぱり悪魔よ・・・!!」
 「あなたの様な方に、御主人様は渡しません・・・!!決して!!」
 彼女達の想いを代弁するかの様に、寄り一層強い輝きを放つ護封陣。
 それを忌々しげに見つめながら、トウハは皮肉めいた口調で言う。
 「・・・その気迫は結構だけどさ、じゃあどうする気?いつまでもそうやって突っ立って、このハリボテに篭ってるつもり?」
 「“いつまでも”、じゃありませんわ。」
 トウハの言葉に、笑みを浮かべながら返すのはアユミ。
 「何・・・?」
 「“次の満月”まで、でしょう?」
 「――っ!!」
 明らかに、トウハの表情が険しくなる。
 その様に確信を得たアユミは、なおも言葉を続ける。
 「あなた自身がおっしゃった事ですものね。今夜は十三夜月。満月は明後日です。それでどうなるのかはわかりませんが、お付き合いしますわよ。三日でも四日でも。」
 「・・・随分お気の長い事で・・・亀姉さま・・・。」
 「カメですもの。待つのは得意です。」
 トウハの目が、アユミ以外の面々を見渡す。
 表情は、皆同じ。
 強い決意のもと、まんじりともせず、その時を待つ腹を決めている。
 それを見とめたトウハは、フフッと笑う。
 「・・・そうだね。やっぱり守護天使は、そうでなくちゃ・・・。でも、それなら・・・」
 そう呟いた次の瞬間―
 フィンッ
 黒い燐光と共に、その背から伸びる漆黒の翅。
 「こっちも、出し惜しみはなしだ・・・!!」
 そして、トウハの目が妖しく光った。



                                       続く

                                                    
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