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2012年11月01日

十三月の翼・26(天使のしっぽ・二次創作作品)







 木曜日。隔週掲載、2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                      ―終夏―


 野犬の件以来、悟郎とトウハの距離はますます近くなった。
 枝からぶら下げられる生肉は、脂身主体のものから赤身主体のものに変わった(その分調理場から持ち出すのが難しくなったが)。また肉はあくまで巣にいる幼虫達のためのものであって、トウハ自身は液状のものしか食べられないと聞けば、木の幹に新たにジュースの入ったカップを括り付けた。
 とりわけトウハが好んだのは、メープルパンだった。
 スズメバチの類が樹液を好むと冬葉から聞いて、同じ樹液が原料であるメープルならどうだろうと試したら、大当たりだったのだ。
 悟郎がパンを千切って差し出すと、トウハは大喜びでその甘い蜜に口をつけ、至福の時に浸たった。
 そうやって、トウハがジュースやメープルパンに夢中になる間、悟郎は木の根元に腰掛け、オカリナの練習をした。
 上手く音が出せずにいると、四苦八苦する悟郎の横で、トウハはからかう様にヴヴヴ、と翅を鳴らす。
 やがて十分に腹を満たすと、トウハは悟郎の膝にとまり、そこでうたた寝をする事すらあった。
 「悟郎君、気をつけなよ。前にも言ったけど、刺されると本当に痛いんだからね。」
 そんな冬葉の忠告も何処吹く風で、一人と一匹は穏やかな慈しみの時を交わす。
 「・・・こんな事って、あるのかなぁ・・・?」
 首を傾げる冬葉の前で、しかし、交わる筈のない二つの種の想いは確かに繋がっていた。
 気が付けば、膝にトウハを乗せたまま、悟郎もウトウトと舟を漕いでいる。
 穏やかな陽だまりの中で、安らかに眠る一人と一匹。
 「・・・何か、最初と主旨が変わっちゃったなぁ・・・。」
 そんな彼らの様子を見ながら、苦笑いを浮かべる冬葉だった。

 
 穏やかに時が過ぎていく中、季節もまたゆっくりと移ろっていった。
 山を覆っていた蝉の声は、ミンミンゼミからツクツクホウシのそれに変わり、その中に秋の虫達の声が混じり始めた頃、悟郎はトウハの様子が出合った頃とは違ってきている事に気付いた。
 その動きが何処か忙しくなり、肉を齧りとっていく回数が多くなった。
 その代わり餌に、大好物である筈のメープルパンにすら、口を付ける回数は減ってきていた。
 その様はまるで、自分の食事の時間を惜しんでは巣に肉を運んでいるように見えた。
 冬葉が言うには「今は最後の子育てシーズンだから、忙しくなってるんじゃないかな」との事だった。
 しかし、それで納得出来るほど悟郎は大人ではなかった。
 トウハが、自分を気にかける時間が少なくなってきていた事に一抹の寂しさを覚えていた悟郎は、次第にある想いを持つようになっていった。
 ―トウハの家を、家族を見てみたい―
 それはトウハの家族に会って、彼女らとも友達になれば、トウハがまた自分と一緒にいる事を許してくれるのではという、幼さ故の考えだった。
 しかし、それは同時に、トウハと付き合う際の注意事項として冬葉と約束した、「巣を見つけても絶対に近づかない」という事に明確に反する想い。
 だからその想いが起こる度、悟郎はその冬葉との約束を思い出して心を静めていた。
 時は、そのままゆっくりと過ぎていく。
 トウハはますます餌運びに没頭し、悟郎はその様子を少しの不満を抱きながらただ眺めていた。
 そしてそんなある日、それは起こった― 

 
 その日、悟郎は冬葉と二人で山裾の道を歩いていた。
 道の横にはサラサラと小川が流れ、数匹のアキアカネが飛び交っていた。
 川岸の土手は夏のその頃とは様相を変えつつあり、秋の草花が目立ち始めていた。
 ―と、
 「あ、吾亦紅(ワレモコウ)だ。」
 道端に咲く紅い花を見つけた冬葉が、「悟郎君、ちょっと待ってて。」といってそっちの方に行ってしまったのだ。
 冬葉が花が好きだという事を知っていた悟郎は、彼女の気が済むのを手持ち無沙汰で待っていた。
 その時、
 フィイイイイイイイン
 聞きなれた翅音が、耳先をかすめた。 
 ハッとしてその方向を見ると、目の前を横切る小さな黒い影。
 悟郎には、それがトウハだという事が直ぐに分かった。
 トウハは悟郎の目の前で、川沿いの土手へと近づいていく。
 (多くは土中に巣を作り・・・)
 図鑑に描いてあった一節が頭の中に甦る。
 そして、当のトウハは土手に生える一本の木の根元へと消えていった。
 (あそこが巣だ!!)
 そう直感した瞬間、悟郎はそこに向かって走り出していた。
 何が彼をそうさせたのかは分からない。
 ひょっとしたら、トウハとの一線を越えた関係が、幼い彼に一種の誤解を植え付けてしまっていたのかもしれない。
 (虫とも、友達になれる。)
 友達になろう。
 トウハの家族とも。
 そうすれば、またトウハも前みたいに一緒にいてくれる。
 その想いのままに、悟郎は走る。
 図鑑に書いてあった注意事項も。
 冬葉と交わした約束も。
 その時の悟郎を自制させる事は出来なかった。
 彼は、本当の意味で理解していなかった。
 トウハと自分の関係は、自然の気まぐれが起こした奇跡の一つに過ぎないのだという事を。
 彼女の世界と自分の世界には、決して越える事の出来ない一線があるのだという事を。
 それが、彼の純真さ故のものなのか。
 それとも、彼の幼さ故の事なのか。
 それは分からない。
 だけど、言えた事はただ一つ。
 自然という理は、その中に純真さや幼さといったものを内包するには、あまりにも冷徹に過ぎた。
 カチッ カチッ カチッ
 固いものが打ち合わせられる様な音が響く。
 それは、蜂たちが出す警戒音。
 その“一線”を知らせる、最後の警告。
 しかし、それすらも今の悟郎の耳には届かない。
 そして―
 ザッ
 彼は、越えた。
 越えて、しまった。
 次の瞬間―
 ヴゥウウウウウウウンッ
 鳴り響く、轟音の如き翅音。
 木の根元に穿たれた巣穴から、次々と飛び出してくる無数の黒い蜂達。
 飛び立った蜂達は、黒い雲の様な群れとなり悟郎の前に立ちはだかる。
 その異様を前にして、悟郎はようやく我に返った。
 そこにあったのは、彼が夢想していた様な優しい、穏やかな世界ではなかった。
 響く翅音が示すのは、絶対の拒絶。
 蠢く黒雲が示すのは、無数の敵意。
 「・・・・・・!!」
 ここに来て、悟郎の心に沸き起こる恐怖。
 皮膚があわ立ち、全身から冷たい汗が噴出す。
 考えるよりも早く、身体が動いたのはせめてもの救いか。
 踵を返して逃げ出した悟郎に、黒い群れが追いすがる。
 ヂクリ
 ヂクリ
 身体のあちこちに走る、焼ける様な痛み。
 自分達の王国の平穏を脅かした愚者に、黒い懲罰者達は容赦なくその刃を振るう。
 その痛みに悲鳴を上げ、泣きじゃくりながら悟郎は走る。
 何処まで走ってもなお、蜂達は追ってきた。
 「悟郎君!?」
 異常に気付いた冬葉が駆け寄ってくる。
 何が起きたのか、事態を察するのに時間はかからなかった。
 「悟郎君!!伏せて!!」
 逃げるには、蜂達の動きはあまりに速く、そして悟郎は幼すぎた。
 それは、咄嗟の判断。
 冬葉はパニックを起こしている悟郎を強引に地面に引き倒すと、その上に覆い被さった。
 その冬葉の身体にも蜂達は群がり、容赦なく針を突き立てていく。
 「・・・悟郎君・・・落ち着いて・・・大丈夫だから・・・」
 苦痛に声を詰まらせながら、冬葉は必死に悟郎を身体の下に庇い込む。
 白い肌に幾つも突き刺さる、黒い刃。
 激痛を堪え、蜂達の怒りが収まるのを待つ。
 しかし―
 やがて、冬葉の中で”あるもの”がゆっくりと鎌首をもたげ始めた。
 「・・・・・・!!」
 それは、経験した事もない様な息苦しさ。
 身を刺す蜂の毒針とは違った、圧倒的な苦痛。
 心臓が、破裂するかと思える程に早鐘を打つ。
 手や足が、その先から氷の様に冷えていく。
 何かが、自分の中で起こっている。
 小さい頃から身体が弱く、大病を患った事もある冬葉にはその事がよく分かった。
 たとえようもない恐怖が、冬葉の心を鷲掴みにする。
 逃げたい。
 逃げてしまいたい。
 だけど。
 けれど―
 自分の腕の中で震えている、小さな温もりが冬葉を引き止める。
 それは、慣れぬ土地で一人でいた自分に寄り添ってくれた者に対する親愛か。
 それとも、少女ながらに心に抱いた母性のなせるものか。
 (・・・この子を、守らなくちゃ・・・)
 その想いが、彼女の内で生じた恐怖をねじ伏せる。
 「大丈夫・・・大丈夫だよ・・・。」
 薄れゆく意識の中、冬葉は腕の中の悟郎を強く強く抱き締めた。


 ・・・どれ程の時間が経ったのだろう。
 悟郎はいつの間にか、蜂達の翅音が聞こえなくなっている事に気付いた。
 目の前を飛び交う黒い影も、耳朶を覆う翅音も消えていた。
 聞こえてくるのは、過ぎ去る季節を惜しむ蝉の声と、新しい季節を祝う蟋蟀の声。
 いつの間にか日は暮れかかり、辺りは穏やかな夕焼け色に染まっていた。
 まるで、悪い夢でも見ていたかの様に、悟郎はその目をシパシパさせる。
 しかし、“あれ”が決して夢などではなかった事を示す様に、身体のあちこちが赤く腫れ上がりズキズキと痛んでいた。
 と、そこで悟郎は自分が冬葉の身体に組み敷かれたままである事に気付いた。
 気付いた途端、その身の重さが応えて来る。
 「おねえちゃん・・・おもいよ・・・」
 訴える声に、答えはない。
 「おねえちゃん・・・どいて・・・」
 やはり、返って来るのは沈黙だけ。
 そこで、悟郎はある事に気がついた。
 冬葉の身体は、異様に冷たかった。
 そう。まるで氷の様に、冷たかったのだ。
 悟郎は、“嫌な感じ”がした。
 幼い彼には、それが意味する事はよく分からなかった。
 ただ、その嫌な“感じ”だけが、悟郎の中で大きくなっていった。
 「――っ!!」
 それに耐えかね、夢中で冬葉の身体を押し退ける。
 ゴロン
 存外簡単に、冬葉の身体は悟郎の上から転げて落ちた。
 「・・・おねえちゃん?」
 地面に横たわった冬葉は、まるで人形の様だった。
 その腕や足には悟郎に倍する程の刺し傷があり、それがボコボコと腫れ上がっている。
 その中で唯一、刺し傷のほとんどない顔だけが、眠っている様に綺麗なままだった。
 「おねえちゃん・・・おねえちゃん・・・?」
 何度呼びかけても、何度その頬を叩いても、蝋の様に血の気のない肌が、氷の様に冷たい感触を返してくるだけ。
 悟郎は、だんだんと怖くなってきた。
 何が起こっているのか。冬葉は一体どうなってしまったのか。
 幼い悟郎には、理解できなかった。
 ただ、例えようもない不安と恐怖に押し潰されそうだった。
 気がつくと、悟郎は走っていた。
 先刻、蜂達に追われた時の様に泣きじゃくりながら、訳も分からず走り続けた。


 二人の帰りが遅い事を心配して探しに来ていた、悟郎の両親と冬葉の母親に悟郎が行き逢ったのはそれから程なく。
 すぐに救急車が呼ばれ、悟郎と冬葉は病院に運ばれた。
 診断の結果、悟郎は大事ないと言われた。
 冬葉に守られ、刺された箇所が少なくてすんだのが幸いしたらしい。
 しかし、その晩は大事をとって病院に泊まる事になった。
 そしてその夜、無機質な病室の中で、悟郎の母親は嗚咽を漏らしながら悟郎に告げた。
 冬葉が、亡くなった事を。
 昔刺された経験があった事に加え、同種の、それも多数の蜂に刺された事による、アナフィラキシー・ショック。
 それが、死因だった。
 呆然とする悟郎。目を押さえ、息を詰まらせる母親。
 暗い空には、白い満月が浮いている。
 病室の窓に時を外れた蝉が当たり、ジジッと壊れた音を立てて堕ちていった。


                                                         
                                   続く
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