木曜日。隔週掲載、2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意
イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。
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悟郎の言葉を聞いた冬葉が、ポカンとした顔をする。
「『トウハ』って・・・それでいいの?」
悟郎が頷くと、冬葉は見る見る顔を赤らめクネクネと珍妙に身をよじる。
「い、いやだな〜悟郎君ったら!!そうだったのか〜。でもね〜まだちょっと早いよ〜。」
冬葉の奇態に、こんどは悟郎がポカンとする。
「でもね〜、そうだな〜。あと5年したら、考えてもいいかな〜?」
一体何を言ってるのかと訊くと、冬葉はまたポカンとする。
「え?それってあの・・・”好き”な娘の名前をつけるとかいう、甘酸っぱいストロベリ〜なイベントの感じの話じゃないの。」
「・・・・・・。」
黙って首を振る悟郎。
それを見た冬葉の顔が、見る見る赤くなる。ただし、さっきとは別の意味で。
「・・・悟郎君、今の話忘れて!!」
はぁ?という顔をする悟郎の肩を掴み、冬葉はゆさゆさと揺さぶる。
「忘れて忘れろ忘れて忘れろ〜!!」
ガクガクと揺れる視界の中で、涙目で連呼する冬葉を見ながら、悟郎はただ頷くばかりであった。
―絆―
悟郎と冬葉が裏山の木に肉片を吊るす様になってから一週間目、大きな台風が悟郎たちの町を襲った。
絶え間なく吹きつける暴風と強い雨を、悟郎は幼心に不安に思いながら窓から見ていた。
結局、嵐は一晩の間、続いた。
次の日の昼過ぎ、台風一過晴れ渡った空の下を、悟郎は肉片を吊るした木の元へと急いでいた。
一晩の間、豪雨と強風に晒された木はその葉の多くを振るい落とされ、すっかりみすぼらしい姿へと変わっていた。
葉と一緒に振り落とされた肉片と針金に近づいた時、悟郎はそのそばの水溜りでもがく小さな黒い点を見つけた。
ハッとして近づくと、それはやはりあの琥珀色の目をしたクロスズメバチ―トウハだった。
一日の間を取り戻そうと焦ったのか、水に落ちた肉片を齧りとっているうちに、何かの拍子に自分も水に落ちてしまったのだろう。
仰向けに水に浮かんだ身体。薄い翅が水に張り付き、飛び上がる事が出来ずクルクルとミズスマシの様に水面を踊っている。
ヴヴヴヴヴヴ・・・
翅根が空しく鳴る音が、まるで泣いている様に聞こえた。
悟郎は思わず手を出そうとし、ハッとしてその手を引っ込めた。
(いい?悟郎君。あの”娘”を見る時は絶対に手を出さないこと。)
冬葉の言葉が、頭を過ぎる。
しかし―
ヴヴヴヴヴヴヴ・・・
必死に鳴り響く、命の泣き声。
悟郎はしばし躊躇した後、意を決した様に顔を上げると近くに落ちていた大きな木の葉を手に取った。
それを、トウハの浮かんでいる水面に突っこむと、一気にすくい上げる。
パシャッ
軽い水音とともに、木の葉の上にトウハが乗る。
見てみると、溺れて疲弊したせいか、木の葉にしがみつくのが精一杯といった態で、身動き一つしない。
悟郎は木の葉を持ったまま、自分の家へと急いだ。
両親や仲居達に見咎められない様に自分の部屋に入ると、ゴミ箱に捨ててあったお菓子の箱を引っ張り出す。
それの底にティッシュを厚く敷くと、その上に濡れたトウハをそっと落とした。
ティッシュが水を吸い取り、トウハの身体は見る見る乾いていく。
やがて体表の水気がすっかり消えたトウハは、縮込ませていた足を伸ばすとティッシュをしっかりと掴み、その身を起き上がらせた。
それを見て、とりあえずホッとする悟郎。
しかし、起き上がりはしたものの、トウハは飛ぼうとしない。
それを疲れているのだと見て取った悟郎は、階下に降りて冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫を開けると、そこにあったのは一本のペットボトル。銘柄は「はちみつレモン」。
悟郎はそれを手に取ると、冷蔵庫を閉めて自分の部屋へと戻る。
その途中、居間で綿棒を一本拝借。
部屋に戻って見ると、トウハは相変わらずお菓子の箱の底でジッとしていた。
悟郎はペットボトルの蓋を開けると、その中に綿棒を浸した。
甘い液を綿棒にシッカリ染み込ませると、それを箱の中のトウハに差し出す。
「おのみ。」
声をかける。優しく、労わる様に。
トウハの触角がピクリと動き、ツンツンと綿棒をつつく。
そして、ゆっくりと頭を上げると―
飲んだ。
小さな顎で綿棒を咥える。滲み出た液体が、その顎の奥へスーと音もなく消えていく。
悟郎はすっかり嬉しくなった。
何度も何度も綿棒をペットボトルにつけては、トウハに向かって差し出す。
「おいしい?」
悟郎は、何度もトウハに向かって話しかける。
「いっぱいのんで、げんきになってね。」
それに答える様に、トウハは随分と沢山飲んだ。
やがて、もう沢山という風に綿棒から口を離すと、その顔や触角を前足を使って拭い始める。
クチクチクチ。
そんな音を立てて、小さな顎が黒い触角を梳る。
そんな自分を、嬉しそうに見つめる悟郎を琥珀色の複眼で見返すと、トウハはプルプルと翅を振るわせ始めた。
それが何を意味するのかを悟った悟郎は、急いで部屋の窓を開けると、夕日が落ち始めた空に向かってトウハの入った箱を差し出した。
フィンッ
鋭く響く翅音。
それとともに、トウハの黒い身体が宙に舞った。
トウハはそのまま飛び去ると思いきや、まるで礼でも言うかの様にフィンフィンと悟郎の目の前を飛び回る。
その様を見た悟郎は、思わず叫んだ。
「トウハ!!」
――!?
その言葉に戸惑う様に、トウハが空中でホバリングする。
そのトウハの琥珀色の複眼を見つめながら、悟郎はもう一度大きく叫んだ。
「きみのなまえは、「トウハ」だよ!!」
それは、まごう事なき契りの言葉。
トウハはそれを受け止め、噛み締める様に悟郎の前でホバリングすると、やがて何かを振り切る様に夕暮れの光の中に消えていった。
カナカナカナカナカナカナカナ・・・
それは、変わりない夏の日の、ほんの一瞬に起こった、小さな小さな奇跡。
朱い空に、ヒグラシの声が響く頃の事だった。
その次の日、悟郎は冬葉と一緒に風に落とされた鳥とトウハのための餌場を直していた。
冬葉が新しく持って来た衣文掛けを解してフックを作っている間、悟郎はその傍らで調理場からせしめて来た脂身(赤身多め)を持って待っていた。
―と、
ウゥルルルルル・・・
悟郎の横の茂みから、低い唸り声が聞こえてきた。
驚いて振り返る悟郎と冬葉の視線の先で、ガサリガサリと茂みが揺れる。
やがて、その中から現れたのは大きな犬だった。
首輪はしていない。薄汚れた身体。そして何より、飢餓感に満ちた鋭い眼差し。
それは、明らかに―
「悟郎君!!野犬だ!!」
冬葉が叫ぶ。
ルルルルル・・・
野犬は低く唸りながら、飢えた目で悟郎を見据える。
「悟郎君!!そいつ、その肉を狙ってるんだ!!早く捨てて!!」
冬葉が走り寄りながらそう叫ぶが、恐怖にすくんだ悟郎の耳には届かない。
その手に肉片を握ったまま、ただ立ち尽くす。
走り寄った冬葉が、悟郎と野犬の間に割って入る。
「こら!!あっちいけーっ!!」
冬葉の怒号にも、飢えた野犬は怯まない。
ゆっくりとその身を屈め、攻撃態勢をとる。
冬葉は覚悟を決めた。
今から走って逃げたところで、犬の足に敵う筈もない。
ならせめて―
冬葉は振り返ると、悟郎をその胸に抱きしゃがみ込む。
バオッ
攻撃を通告する、短い吼え声。
冬葉はギュッと目をつぶる。
と、
フィンッ
耳をかすめる鋭い翅音。
そして、次の瞬間―
キャインッ
聞こえてきたのは、野犬の悲鳴。
「え!?」
驚いて振り返った冬葉の目の前で、野犬が悲鳴を上げて転げまわっていた。
見れば、その鼻先に止まった黒く小さな影。
「トウ・・・ハ・・・?」
驚きに硬直する冬葉の腕の中で、悟郎が呆けた様に呟く。
そう。野犬の鼻に止まったトウハが、その鋭い針を野犬に突き立てていた。
クロスズメバチの針に、ミツバチの様な“かえし”は付いていない。トウハはその毒針を存分に振るい、野犬の鼻を何度も突き刺した。鼻は犬の急所。そこを何度も攻められ、犬は苦痛の声を上げて転げ回る。
ギャインッ
やがて一際大きな悲鳴を上げるとともに野犬は逃げ出し、茂みの向こうへと消えていった。
「行っちゃった・・・」
呆然と呟く冬葉の後ろで、悟郎が「あっ!!」と声を上げた。
振り返って見ると、いつの間に犬から離れたのか、トウハが悟郎の手の中の肉片に取り付き、カシカシと例の音を立てながら肉を齧っていた。
続く
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