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2012年10月09日

霊使い達の黄昏・3

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 どうも。土斑猫です。
 今回の作品は、前作の「宿題」シリーズに比べて、全般的にシリアス路線になる予定です。
 さて、上手く話を繰れるかどうか、どうぞしばしお付き合いくださいませ。

                  

                         ―3―


 ゴォオオオオオオオッ
 「うわっぷ!?」
 「な、何!?」
 ウィン達は、一様に驚きの声を上げた。
 療養所らしき建物を、猛烈に吹き荒ぶ風が覆っている。
 その勢いたるや凄まじく、中に入ろうものなら目を開けるどころか呼吸もままならない有様である。
 「何よこれ!!これじゃ入れないじゃない!!」
 喚くエリア。
 その横から、小さな人影が進み出る。
 「ちょっと待ってください。エメラルさーん!!」
 ラズリーが上方に向かって、そう声をかけた。
 釣られて見れば、建物の屋根の上に大きな翼を持った人影が立っている。
 どうやら建物を覆う風は、その人影が振るう翼と、両手に持った盾が回転する事によって巻き起こされている様だった。
 「エメラルさんってばー!!」
 ラズリーはもう一度、その人影に向かって声を張り上げる。
 【ん?】
 ようやくその声が聞こえたのか、人影は風を起こす手を休めると、屋根の上からウィン達の前に舞い降りてくる。
 「もう。前から言ってるじゃないですか!!人が呼んだら直ぐに返事してください!!」
 【悪ぃ悪ぃ。慣れない力なもんで、神経を集中しなきゃならなくてよ。】
 ラズリーに叱られ、頭を下げるその姿は、まるで翼の生えたジェムナイト。
 鎧を飾る宝石は、緑色。
 「・・・何?こいつ・・・」
 「ジェムナイト・・・?でも、この“力”はガスタの・・・」
 【お?何だ?この娘達・・・?】
 ウィン達の前に降り立った有翼の騎士は、初めて気付いた様にそう言った。
 「ウィンダールさんの娘さんと、そのお友達だそうです。中に入れてあげてください。」
 【へえ、ウィンダールさんの・・・】
 エメラルが言いかけたその時、
 【あら〜?貴女、ひょっとしてウィンちゃん〜!?】
 エメラルの身体から、今までとは全く違った調子の声が響く。
 「え、何今の!?」
 【良かった〜。来てくれたのね〜?ウィンダちゃん、ずっとあなたの事呼んでて〜。】
 狼狽するウィン達に、声は構わず語り続ける。
 「え?何コイツ、ひょっとしてオカマ!?気持ち悪いわねぇ!!」
 あからさまに嫌そうな顔をするエリア。
 【うぇ!?い、いやちょっと待ってくれよ。これは・・・】
 【ウィンちゃん〜。わたしよ〜。わたし〜。】
 弁解する声に被さる、その“声”。
 不意に、ウィンがハッとした様な顔になる。
 「その妙に間延びした声、ひょっとしてカームさん!?」
 【そうよ〜。当たり〜。】
 嬉しそうな響きが歌う。
 「良かった!!無事だったんですね!?」
 【ウィンちゃんこそ〜。よくここまで無事で〜。】
 「えぇ、ちょっと、どういう事?」
 『説明してよー!!』
 話についてこれないエリア達が叫んだ。


 「『『エクシーズ?』』」
 【そう〜。この“器”は〜、『ダイガスタ・エメラル』。エメラルさんと、カーム(わたし)のエクシーズ体よ〜。】
 彼女の“声”が、そう説明する。
 「・・・“エクシーズ”って、えーと、何だっけ?」
 はてな顔でそんな事を言うエリアに、ウィンが呆れた様な顔をする。
 「“エクシーズ”。召喚術式の一つで、同等のレベルを持つ複数の術者、あるいはモンスターの魂魄同調(オーバーレイ)によって構成される擬似生体鎧装。授業で習ったじゃない。エーちゃん、忘れたの?」
 「え?あ、そうそう!!それよそれ!!何言ってんの!?知ってるに決まってるじゃない!?あんたがちゃんと覚えてるかどうか試しただけよ!!あは、あはは、何よ。ちゃんと覚えてるじゃない!!エライ!!エライ!!あはははは!!」
 慌てて繕うエリア。
 それに溜息をつきながら、ウィンはエメラルの中のカームに尋ねる。
 「皆、毒に侵されたって聞いてたけど、カームさんは大丈夫なんですか?」
 【ええ〜。ダイガスタ・エメラル(これ)の中にいれば〜、基本魂だけの存在になるから〜、毒の影響は受けないみたい〜。それより貴女こそ〜、ここまでどうやって〜?】
 「それは・・・」
 ウィンは、ここに来るまでの顛末を話した。
 【そう〜。いい友達持ったのね〜。ウィンちゃん〜。わたし、嬉しいわ〜。】
 「は、はは、こりゃどうも・・・」
 愛想笑いをしながら、エリアがウィンの腰をツンツンと突く。
 (・・・ちょっと、誰なのこの声。なんかやたらのんびりしてて毒気抜かれるんだけど・・・)
 (ガスタの静寂、カームさんだよ。神官見習いの人で、小さい頃よく遊んでもらったんだ。)
 ヒソヒソと話すウィン達。
 その横でラズリーがダイガスタ・エメラルに言う。
 「と言う訳ですから、風壁に入り口作ってください。この方達を入れます。」
 【分かった。少し待ってくれ。】
 そう答えると、ダイガスタ・エメラルは診療所を覆う風壁に向き直る。
 「結局、何な訳?この風の壁。」
 吹き荒ぶ風壁を見上げながら問うエリア。ラズリーが答える。
 「防波堤みたいなものです。汚染された空気はこの辺り一帯に広がっていますから、この風で遮る事によって、少しでも毒気が療養所内に進入するのを防いでいる訳です。」
 「な〜る。でもそれなら、こんなみみっちい事してないでもっと大きな風起こして汚染された空気そのものを押し返しちゃったら?出来るんじゃない?このパワーなら。」
 その言葉に、しかしラズリーは頭を振る。
 「もちろん、試してみました。けれど、毒気は後から後から押し寄せてきます。結局、この毒の元を絶たない限り、根本的な解決にはならないでしょう。」
 「・・・・・・!!」
 それを聞いたウィンの肩がピクリと動く。
 「そうか・・・あの“術”なら・・・」
 ゴバァッ
 呟くウィンの目の前で、風の壁がその流れを変える。
 今まで横殴りに吹いていた風が、下から上へと吹き上げる気流へと変わっていた。
 その気流の合間に、療養所の入り口が見える。
 「さぁ、早く中へ!!」
 ラズリーに促され、入り口へと飛び込むウィン達。
 と、その時―
 【ウィンちゃん〜。】
 背後から聞こえる、カームの声。
 振り返った先には、こちらを見つめるダイガスタ・エメラルの姿。
 それに、カームの姿が重なって見える。
 【・・・心を、強く持ってね・・・。】
 その言葉に、ウィンは力強く頷く。
 ゴォッ
 そして療養所の入り口は、再び風によって閉ざされた。


 「・・・酷い・・・!!」
 療養所に入ったウィンの第一声が、それだった。
 同様に、エリア達も顔をしかめる。
 それ程に、療養所の中は燦々たる有様だった。
 ズラリと並べられたベッドには一つの空きもなく、それでも収まりきらない人々が床にまで横たわっている。
 聞こえるのは咳き込む声や、ゼェゼェという苦しげな息遣い。
 複数のジェムナイト達が右へ左へと世話をして回っていたが、とても手が足りないらしい。比較的症状が軽そうな者達が、ふらつきながらもそれを手伝っていた。
 「ウィン・・・アンタ、大丈夫・・・?」
 「うん・・・うん・・・」
 戦慄く口元を押さえながら、エリアの問いに何とか答えるウィン。その声の響きから、必死に気を張っているのが見て取れた。しかし、一つの部屋の前を通りがかった時、
 「―――っ!?」
 ウィンの目が見開かれ、その足がガクリと落ちる。
 そこにあったのは、床に並べられ、白い布をかけられた村人達の姿。
 それが何を意味するのか、察するのに時間はいらなかった。
 「う、うう・・・ううっ・・・う・・・っ」
 床に崩れ落ちたウィンは両手で顔を覆い、堰が切れたかの様に嗚咽をもらす。
 「酷いよ・・・こんなの、酷い・・・どうして・・・どうして、こんな事・・・!!」
 悲しみに震える、小さな肩。その場にいる誰も、かけるべき言葉は見出せない。エリアは白くなるほどに手を握り、その唇を噛み締めた。
 ―と、
 「ウィン・・・!?ウィンではないか!!」
 飛んできた声に、ウィンが振り返る。
 そこには、自分の身体を杖で支える盛年の男性の姿があった。
 「ムスト様!!」
 ウィンはそう叫んで立ち上がると、彼に駆け寄る。
 「あれは誰?」
 「ガスタの神官、ムストさんです。」
 エリアの問いに、ラズリーが答える。
 「ムスト様、よくぞ御無事で・・・」
 「うむ・・・わしは良い・・・。しかし・・・ゴホッゴホゴホッ!!」
 咳き込むムストを、ウィンが支える。
 「大丈夫ですか!?無理しないで!!」
 「すまぬ・・・だが、ウィンダールと巫女が・・・」
 「お姉ちゃんとお父様が・・・!?」
 ムストの言葉に、ウィンは全身の血が下がるのを感じた。


 「お姉ちゃん・・・お父様・・・!!」
 声を詰まらせるウィンの前には、ベッドに横たわる二人の姿。
 一人は壮年の男性。そしてもう一人はウィンによく似た少女。
 「この人達が・・・?」
 エリアの問いにウィンが頷く。
 「うん・・・。あたしのお父様、ウィンダールに、お姉ちゃんのウィンダだよ・・・。」
 言いながら腰を屈めると、二人の枕元に囁く。
 「お父様・・・、お姉ちゃん・・・ウィンだよ・・・。わたし、来たよ。」
 かけられた声に、しかし返る声はない。
 二人とも深く昏睡し、時折苦しげな息を漏らすばかりだった。
 『ピィ・・・』
 『キュイ・・・』
 二人の枕元に止まっていた鳥が、か細い声を上げてウィンに擦り寄ってくる。
 「ありがとう・・・ガルド、イグル。お父様達の事、守ってくれてたんだね。」
 二羽の頭を優しく撫でるウィン。その傍らで、椅子に腰掛けたムストが心苦しげに話す。
 「・・・二人は、村の皆を少しでも安全な所に逃がそうとしてな・・・。最後まで現場に残って、より多くの毒を吸ってしまった・・・。」
 ムストの手が、ギリリと杖を握り締める。
 「情けない話だ・・・。神官であるわしは、逃げる民人を先導する役目に回って、結果むざむざ生き残ってしまった・・・。わしが、二人の役を担っておれば・・・」
 苦悩する様に手で顔を覆うムスト。と、その手が温かい温もりに包まれる。
 ウィンがその手で、ムストの手を優しく包んでいた。
 「ムスト様、そんな事を言わないでください。お父様達は、自分達の役目を果たしたんです。もし貴方の言う様に、別の誰かが犠牲になっていたら、二人とも自分を責めて苦しんでいた筈です。ちょうど、今の貴方みたいに・・・」
 「ウィン・・・」
 そして、ウィンはムストの顔を見つめて言った。
 「ムスト様、お願いがあります・・・。」


 「・・・何、話してんのかしらね?」
 『さあ?でもきっと、大切な話だよ。』
 少し離れた所で、ムストと話すウィンを見つめるエリア達。
 ―と、
 ガシャアンッ
 「きゃっ!!」
 『ひゃあっ!?』
 突然背後で響いた音に、飛び上がる二人。
 振り返ると、そこには驚いた様な顔でエリアを見つめる少年の姿。
 歳は、エリア達より4、5歳下だろうか。
 その足元には、彼が落としたのであろう桶と布が、ぶちまけられた水と一緒に転がっていた。
 「な、何よ?アンタ。ビックリさせないでよ。」
 しかし、そんなエリアの言葉には答えず、少年はただエリアの顔を凝視する。
 「どうしました?カムイ君。」
 何事かと近づいてきたラズリーが、少年を見てそう声をかける。
 それで我に返ったのか、彼はクルリと背を向けるとタタタッと走り去っていった。
 「何よ?アイツ。」
 遠ざかっていくその背中を、エリアは訳が分からないといった体で見送った。


 「馬鹿な!!無茶な事を言うな!!」
 室内に、ムストの声が響き渡る。
 「でも、それしか手はありません!!」
 それに負けない様に、ウィンも声を張り上げる。
 「“あれ”は魔力の消耗が激しい!!無理をして使わば、“術”に全ての魔力を吸い取られ、廃人になってしまうぞ!!」
 「分かってます!!それでも、いま“それ”を出来るのはあたしだけです!!」
 そう言って、ウィンは自分を見据えるムストの目を負けずに見返す。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 しばし睨み合う二人。
 やがて根負けしたかの様に、ムストはハァと息をつく。
 「・・・とどまるつもりは、ないのだな・・・?」
 その言葉に、ウィンは黙って頷く。
 「・・・情けのない話だ。今、この身が毒に侵されてさえいなければ、あたらお前の様な若者の身を賭けずとも・・・」
 そこまで言って、ムストはまた咳き込む。
 それを労わりながら、ウィンは言う。
 「いいんです。ムスト様。お父様やお姉ちゃんが自分の役目を果たした様に、わたしにも、役目を果たさせてください・・・。」
 そして、ウィンは左手の掌を差し出す。
 「・・・分かった・・・。」
 ムストはコクリと頷くと、ウィンの手に自分の手を合わせる。
 途端―
 ムストの身体が、淡い緑の光を放ち始める。
 それを見たギゴバイトが、驚きの声を上げる。
 『エリア、あれって・・・!?』
 「ええ・・・。“術”の継承式だわ・・・。」
 そう言うと、エリアは息を潜める様に沈黙する。
 その場の皆が見守る中、ムストの身体を包む光は重ねた掌を渡り、ウィンの身体へと移っていく。
 「く・・・。」
 ウィンの口から漏れる、苦しげな声。
 ひとすじの汗が、その額を伝う。
 しばしの間。
 やがて、移り切った光はそのままウィンの身体に染み込む様に消えていった。
 「・・・終わりだ・・・。」
 光をその身に受け入れたウィンが、はぁ、と息をつく。
 「ありがとう。ムスト様。」
 言葉とともに、微笑むウィン。
 そんな彼女に、ムストは沈痛な面持ちで語る。
 「・・・せめて一つだけ約束してくれ・・・。決して無理はするな。もしお主の身に何かあったら、それこそわしはウィンダールへの顔向けが出来なくなる・・・。」
 「・・・分かりました。約束します。」
 小さな手が、杖を手に取る。
 「・・・行くのか・・・?」
 「はい!!」
 ムストに向かってそう言うと、ウィンは寝ているウィンダールとウィンダの額にキスをする。
 「行ってきます。お父様、お姉ちゃん!!」
 そして踵を返すと、その勢いのままエリアに向かって走ってくる。
 「エーちゃん!!お願い、力を貸して!!」
 「え?あ、ああ、うん!?」
 訳が分からないと言った顔のエリアの手を掴み、療養所の出口に向かって突っ走っていく。
 その後ろ姿を見送ったムストは、ふふ、と笑いを漏らす。
 「あの猪突猛進ぶり・・・幼い頃とまるで変わぬ・・・。だが・・・」
 まだその温もりが残る、己が手を見つめる。
 「強くなった・・・本当に、強くなった・・・。」
 そう言って、ムストはその手を握り締めた。


 『ちょ、ちょっと!?』
 『ぼく達はどうすればいいの!?』
 「ぷっちん達は、ラズリーさん達のお手伝いをお願い!!」
 狼狽するプチリュウ達にそう言い残し、ウィンは療養所の戸を開ける。
 途端、吹き荒れる防毒の烈風。
 「エーちゃん!!さっきの子をお願い!!」
 「さ、さっきのって・・・ああ、タルトの事?」
 「うん!!この風を利用して、空まで上がる!!」
 その言葉に仰天するエリア。
 「ちょ、無茶よ!!こんな暴風、あの子じゃ受けきれない・・・」
 「大丈夫!!あたしが風の道を教えるから!!早く!!」
 「わ、分かったわよ!!どうなっても知らないからね!?」
 ウィンの剣幕に押される様に、エリアは杖で地を突く。
 「おいで!!タルト!!」
 ゴギャァアアアア!!
 飛び散る水飛沫とともに現れる、タートル・バード。
 すかさず、二人はその背に飛び乗る。
 「エーちゃん、あたしの言葉をこの子に伝えて!!」
 「分かった!!」
 目を閉じ、風の音を聞くウィン。
 一拍の間、そして―
 「今!!右上60度!!」
 「タルト!!右上に60度よ!!」
 主の声に従い、風の中に身を躍らせるタートル・バード。
 ゴォオオオオオオオッ
 「「―――っ!!」」
 吹き荒ぶ暴風。
 その中で、ウィンとエリアは互いに手を繋ぎ、吹き飛ばされない様に甲羅にしがみつく。
 風に揺れる視界の隅で、驚くダイガスタ・エメラルの顔が見えた。
 【お、おい!!何だ、お前ら!?】
 【あら〜、ウィンちゃんにエリアちゃん、お出かけ〜?】
 「は、はい、ちょっと!!カームさん、エメラルさん、もう少し、皆を頼みます!!」
 相変わらずの調子で訊いて来るカームに、そう言い残す。
 その間にもタートル・バードはその翼手にしっかりと風を掴み、上空高く舞い上がっていく。
 1分。
 5分。
 10分。
 気付いた時には、ウィン達は遥か雲の上、大地を遠く下に望む高空にまで到達していた。
 「ヒェエエエー!!た、高いー!!」
 情けない声を上げるエリアの横で、ウィンはスックと立って眼下を見下ろす。
 「よし・・・この高さなら、術の効果を最大限に生かせる・・・。」
 そう言うと、ウィンは杖を構えて目を閉じる。
 しばしの精神統一。やがて、その口が厳かに呪文を紡ぎ始める。
 「天に鳴りしは神鳥の叫び 大気に満ちしは風帝の怒り・・・」
 それとともに、ウィンを中心に巨大な魔法陣が展開する。並の大きさではない。天を覆わんばかりのその大きさに、エリアが息を呑む。
 「何よ・・・これ・・・?」
 「三界に踊る大いなる御霊 天つ神が意によりて・・・!!」
 ―と、エリアの前で突然、ウィンの足がガクリと折れた。
 「ウィン!?」
 「あ・・・く・・・」
 杖にすがり、辛うじて身体を支えるウィン。しかし、ガクガクと震える足が言う事を聞かない。
 ウィンを中心に展開した巨大な魔法陣。それは己の存在を維持するため、文字通り湯水の如くウィンの魔力を吸い出していた。
 「こ・・・のぉ・・・!!」
 ウィンは歯を食いしばり、術式の構築を続けようとする。
 しかし、身体にかかる負荷のためにそれもままならない。
 「負け、る・・・もんかぁ・・・!!」
 もう一度、震える足に力を込めたその時―
 スッ
 急に軽くなる、身体。
 「え!?」
 振り返る背中に、感じる温もり。
 いつの間にか立ち上がったエリア。
 彼女が、己の背をウィンの背に合わせる様にしてその身を魔法陣の中心に置いていた。
 手にした杖には、魔力の放出を意味する光が灯っている。
 「キ・・・キッツイわねぇ!!これ!!」
 「エーちゃん!?」
 驚くウィンに、汗の浮いた顔でエリアが言う。
 「あ・・・あんた、“こんな”の一人でやる気だったの・・・!?っとに、馬鹿ね!!」
 「エーちゃん・・・」
 「ほら!!何ボサッとしてんのよ!!早くやっちゃいなさい!!いくらアタシでも、こんなの長くは持たないわよ!!」
 その身にかかる負荷を振り払う様に、エリアが叫ぶ。
 それだけで、充分だった。
 「うん!!」
 ウィンは己が背をエリアに預ける様に足を踏ん張ると、もう一度杖を構える。
 目を閉じ、息を一吸い。其が後に、己の全てをかけて紡ぎ上げるかの呪文。
 「天に鳴りしは神鳥の叫び 大気に満ちしは風帝の怒り 三界に踊る大いなる御霊 天つ神が意によりて 万物数多を律する烈風となれ 空座す神が意によりて 万理万象を祓う暴風となれ 其は神意 其は神威 天より降りし真理の鉄槌 其が意のもとに   地に這う全てを薙ぎ払え 其が威のもとに 地に在る全てを吹き崩せ!!」
 広い空に、今度こそ朗々と流れる言の帯。
 そして―
 「『大嵐(ティターンズ・ブラスト)』!!」
 最後の言葉を紡ぎ上げるとともに、ウィンは杖を振り上げ、力いっぱい魔法陣に叩きつけた。
 瞬間、魔法陣が稲光にも似た蒼白い光を放ち―
 ゴバァアアアアアアアッ
 巨大な爆音にも似た音とともに、膨大な空気の固まりが魔法陣から噴出した。
 ズドォオオオオオオンッ
 天から雪崩落ち、大地にぶつかった空気の塊はそのまま暴風となって吹き荒れる。
 それはあまりにも純粋で、あまりにも圧倒的な風の力。
 渦巻き、うねり、猛荒び、地に満ちていた毒の風を飲み込み、引き裂き、蹂躙する。
 まるで、その地に住まっていた輩達の怒りを代弁するかの様に、風は思う様に暴威を振るう。
 その様子を、上空から息を呑んで見つめるウィンとエリア。
 ビュウウウウウウウ・・・
 やがて、見つめる二人の眼下で荒ぶっていた暴風が静まり始める。
 嵐は大風となり、大風は小風となり、小風はそよ風となり、そして―
 消えた。
 「・・・・・・。」
 ウィンが目を閉じ、風の声を聞く。
 それまで聞こえていた、風の泣き声が消えていた。
 大地を覆っていた毒の風が、微塵も残さず消え去っていた。
 「や・・・った・・・!!」
 「・・・みたい・・ね・・・!!」
 ウィンとエリアは、お互いの顔を見合わせる。
 汗に塗れ、ゲッソリとやつれた、疲労困憊の顔。
 と、
 「・・・ぷっ、あはははははっ!!」
 唐突にウィンが、堪えきれないといった体で笑い出す。
 「な、何よ・・・!?」
 「エーちゃん、酷い顔!!」
 「はあ!?」
 一瞬憮然とするエリア。しかし、すぐにこちらも吹き出す。
 「く・・・プフフフフ、何よ、そう言うアンタだって・・・!!」
 「え、ええー!?」
 慌てて自分の顔をゴシゴシ擦るウィン。
 「アハハハハハ、ほんと、酷い顔ー!!」
 「・・・だね。アハ、アハハハハハハハハ!!」
 そうやって、ひとしきり笑った後―
 カツン!!
 二人は満面の笑みで拳を打ち合わせた。


 その頃、ガスタの村では―
 ジェムナイト・サフィアは呆然と空を見上げていた。
 「何だったのだ・・・?今の嵐は・・・。」
 「サフィアさーん!!」
 己を呼ぶ声に振り返ると、こちらに走ってくるラズリーの姿が見えた。
 「凄い嵐でしたね。大丈夫でしたか?」
 「ああ、大事無い。不思議な嵐だったな。あれだけ強く吹いたのに、この身にはなんの負荷も感じなかった。」
 「ええ。療養所の方も、被害はありませんでした。けど・・・」
 「・・・気付いたか?」
 そう頷き合うと、サフィアとラズリーは青く澄み渡った空を見上げた。


 療養所の屋根の上では、ダイガスタ・エメラルがキョロキョロと辺りを見回していた。
 【凄い嵐だったな。】
 【わたし達の風壁、かき消されちゃいましたね〜。】
 【ああ・・・だけど・・・】
 【・・・ええ・・・。】
 彼らも気付いていた。それまで重く澱んでいた風が、まるで洗われた様に澄み切っている事を。


 「やりとげたか・・・。」
 療養所の窓から外を見ていたムストはそう呟くと、窓を大きく開け放つ。
 澄み切った風が吹き込み、療養所の中の暗く沈んだ空気を洗っていく。
 「・・・大したものだ・・・。」
 そして彼は、己の澱を吐き出す様に大きく大きく、深呼吸をした。



                                      続く

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