どうも。土斑猫です。
「霊使い達の黄昏」23話、ようやく完成しました。
お待たせして申し訳ないです。
ただ、嬉しい誤算が一つ。
ファンブログのリニューアルに伴い、追記の字数制限が大幅に緩和された模様です。
だって、今回の話、今までだったら絶対収まんなかった字数がすんなり収まったもん♪
これで、掲載する時の面倒が大幅に減る♪
いやー、ありがたいありがたい。
―23―
「な・・・何だよ?これ・・・」
場所は、療養所の近く。
空を見上げたヒータは、困惑の声を発した。
「ぬぅ・・・!?」
「これは・・・!?」
同じ場にいたムストとジェムナイト・ガネットも同様の声を上げる。
彼女達が見上げる空。
それは目に痛いほどの、緋色の光に包まれていた。
それまでその空を焦がしていた炎は、すでにヒータとガネットの手によって消し鎮められている。
炎の色ではない。
今空を覆う色は、炎のそれよりもさらに赤く、そして禍々しかった。
そして、何よりもその異変を如実にしていたのは・・・
「・・・何だ?この感じは・・・。気持ち悪ぃ・・・。」
ヒータが、怖気る様にその身をかき抱く。
「確かに、身が束縛される様な感じがするが・・・。」
ガネットが、その感覚がヒータだけのものではない事を告げる。
と―
「・・・これは・・・まさか!?」
ムストが、何かに思い当たる。
スッ
目の高さに掲げる手の平。
「・・・ ・・・・・・ ・・・・」
呟く呪。
手の上に浮かぶ、緑色の魔法陣。しかし―
シュ・・・
その魔法は発動する事なく、赤く染まった世界の中に溶けていく。
「な・・・!?」
「何と・・・!?」
それを見た、ヒータとガネットが同時に驚きの声を上げる。
ムストの顔が、険しさを増す。
「魔法の強制キャンセル・・・。やはりこれは・・・」
「・・・『王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)』ですよ・・・。」
「「「!?」」」
その言葉を引き継ぐ様に響いた、昏い声。
それの出処へ、皆の視線が集まる。
そこには、鎖で縛られたリチュアの面々の姿。
多くが変わらず昏倒している中で、ただ一人。
魚面の男―ヴィジョン・リチュアだけが、ヒータ達を見て薄笑いを浮かべていた。
「王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)だって・・・!?」
『馬鹿な!!あれは禁呪の筈!!』
ヒータと稲荷火が、上ずった声を上げる。
禁呪。
それは、魔法が生存の術として存在するこの世界においてなお、禁忌とされる魔法の数々。
世の摂理を狂わす程の破壊をもたらすもの。
あまりにも道義に欠けた効果を有するもの。
その理由は多々あれど、其が孕む危険性故に世のあらゆる知ある存在から忌まわれ、恐れられる魔法。
それが禁呪。
永続罠魔法(エターナル・トラップ)、『王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)』もその一つ。
それは、この世界の根幹の一つである魔法を永久に無力化する術式。
世の摂理を脅かすものとして、古くから禁呪に数えられているものだった。
しかし―
「禁呪・・・?」
ヒータ達の言葉に、ヴィジョンは不気味に顔を歪ませる。
「貴女達、私達リチュアの二つ名をお忘れですか・・・?」
「「「!!」」」
思わず息を呑むヒータ達。
その様を見たヴィジョンは、さらに顔を歪める。
「リチュア私達は”禁呪集団”・・・」
濁った声が、呪詛の様に響く。
「全ては力を得る為・・・。その為ならば、禁呪であろうと呑み喰らう・・・。それが、リチュアの教義です・・・。」
「しかし・・・」
皆が絶句する中、ムストが言う。
「王宮の勅命これはその強大な威力に応じて、術者の生命力を大量に削り続ける筈・・・。お主らは力の為に、己の命をも犠牲にすると言うのか・・・?」
けれど、その言葉にもヴィジョンは笑うだけ。
「その為の儀水鏡ですよ・・・。」
「何・・・?」
異形の水人の喉から漏れる、クプププという嗤い声。
「儀水鏡に溜め込んだ魂資源を使えば、そんなコストなど、何の問題にもなりません・・・。」
そして、ヴィジョンはまた嗤う。
「・・・お主らは、一体どこまで・・・」
皆から注ぐ、嫌悪と怒りの視線。
しかし、それをそよ風の様に受け流しながら、ヴィジョンは言う。
「そんな事よりも、いいんですか?貴女・・・。」
その視線の先にいるのは、ヒータ。
「・・・何・・・?」
「貴女のお友達ですよ・・・。」
体温の無い顔。裂けた口角がニタリと歪む。
「霊使い(貴女達)は魔法使いでしょう?王宮の勅命この中では、翼をもがれた鳥も同然の筈・・・。」
「・・・・・・!!」
引き攣る、ヒータと稲荷火の顔。
「無事だといいですねぇ・・・。お友達・・・。」
瞬間、脱兎の如く走り出そうとするヒータ。
「待て!!」
その肩を、ガネットが掴む。
「邪魔すんな!!離せ!!」
「落ち着け!!」
自分の手を振り払おうとするヒータに向かって、ガネットは言う。
「今無策に突っ込んで行った所で、どうにもなるまい!!そなたは手負いの上、魔法が使えぬは同じ筈!!」
「分かってる!!けどな、」
叫ぶ様にヒータは言う。
「そんなの、理由になんねぇんだよ!!」
「む・・・」
朱色の瞳が、ガネットの目を真っ直ぐに射抜く。
「ダチが危ねぇんだ!!そんな時に、テメェの身が可愛いって寝くたばってられるか!!」
そんな彼女に、ガネットは言う。
「・・・今度こそ、死ぬかもしれぬぞ?」
「上等じゃねぇか!!こんなポンコツでも、アイツらの盾になれんなら上出来だ!!」
一息で吐き出される啖呵。
絶句するガネット。
「放せ!!」
ヒータは彼の腕を振り払うと、今度こそ脇目もふらずに走り出す。
『すみませぬ。これが、我が姫なれば―』
そう言って一礼した稲荷火も、彼女の後を追って走り出す。
「・・・・・・。」
ガネットは、そんな彼女達の後ろ姿をしばし見つめる。
そして―
「神官殿・・・」
彼は、一部始終を見ていたムストに向かって言う。
「申し訳ないが・・・」
「ふ・・・。侮るでないぞ。若造が。」
その声を受けたムストが、何かを察していた様にニヤリと笑う。
「すみませぬ・・・。」
「何、皆も承知の上。」
その言葉に、目を向ける。
向けた視線の先では、ムストを中心としたガスタの民達が一様に彼を見つめていた。
ムストは言う。
「行ってくれ。ガスタ我らは十分に助けてもらった。今度はあの娘の・・・ウィンの、友の番だ・・・。」
「あんた達のおかげで、火も消えた。」
「わたし達は、もう大丈夫・・・。」
「だから・・・」
「行って!!」
口々に叫ぶ、ガスタの民達。
「貴公ら・・・」
「その代わり・・・」
「絶対にあの娘達を助けてくれ!!」
自分の背を押す言葉。
緋色の鎧が震える。
恐怖ではない。
不安でもない。
その内に燃える、正義という名の昂ぶりに。
ガネットは一息息をつくと、自分を見つめる皆に向かって言い放つ。
「必ずや!!」
次の瞬間には、踵を返して走り出す。
緋炎の騎士の姿は、ヒータ達の後を追ってみるみる皆の視界から遠ざかる。
後に残るは、緋く煌く燐光。
それは宵闇の中、キラキラと瞬きながら星屑の様に散っていく。
「sophiaよ・・・。かの者達にご加護を・・・。」
それを見送りながら、ムストは静かにそう祈った。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ!!」
崩壊の止まった地面から己の身体を引きずり出すと、マインドオーガスは大きく息をついた。
「テメェ、ヨクモヤッテクレタナ・・・!!」
憎々しげな声が、アウスに向かって投げかけられる。
しかし、それに怯える様子もなくアウスは空を見上げる。
その視線の先には、宙に浮かぶ杖に立つ、黒衣の術者の姿。
「彼か・・・。」
眼鏡の奥の眼差しが、それを見つめてキュウと細まった。
「無視シテンジャネエゾ!!コラァ!!」
怒号を上げて、飛びかかるマインドオーガス。
しかし、素早く回り込んだアクアマリナがその寸前で刃盾を構える。
「「『永久氷盾(レジェンド・ガーディアン)』!!」」
ガキィイイイッ
刃盾を中心に広がった氷壁が、突き出された脚を弾く。
「ちぃっ!!」
舌打ちするマインドオーガスを氷壁越しに見据えながら、背後のアウスに問う。
「「大事はないか!?」」
その言葉に、アウスは頷きながら答える。
「ああ。確かに威力は感じるけど、身体をどうこうする術式じゃないからね・・・。」
「「しかし・・・」」
「うん。もう、ほとんどの魔法は使えない。」
自分の手を見つめながら、淡々と語る。
「術式構築を必要としない固有能力(パーソナル・エフェクト)や召喚術、術式構築を脳内で行う罠魔法(トラップ・スペル)の類は使えるけど、ボク達の持ち札やこの状況下じゃ、決め手に欠ける。」
「「痛いな・・・。」」
「手がない訳じゃない。」
そう言って、アウスはまた上空を見上げる。
その視線が示すのは、上空に立つヴァニティ。
「この術の発動者は”彼”だ。彼を落とせば、術は解ける。」
「「成程・・・。しかし、どうする?我らではあそこまで行く術は・・・」」
「あたしが行く!!」
唐突に割って入った声に振り返る、アウスとアクアマリナ。
そこには、ボロボロになったウィンが杖で身を支える様にして立っていた。
「ウィン女史・・・。」
「「しかし、そなたは傷が・・・」」
「こんなケガくらいで、ヘコたれてなんかいられないよ!!」
皆の声を押さえ込む様に、ウィンは言う。
「あたしがやる・・・!!頑張ってる皆のためにも、無念に散っていったガスタのためにも!!」
その目に宿る光が、その意思の硬さを皆に伝える。
「・・・分かった。頼む!!」
「「地の守りは、引き受けた!!」」
「・・・ありがとう。」
そう言って微笑むと、ウィンはウィング・イーグルを召喚するために杖を構える。
―と、
『ひどいなぁ。僕を置いてくのかい?』
いつの間にか、ウィンの傍らには彼女の使い魔たる風龍が寄り添っていた。
「ぷっちん・・・。」
『いつでも一緒だろ?ウィン。』
そう言う彼の姿も、ウィンと同じくボロボロだった。
しかし、その目には主と同様の強い光が宿る。
「・・・うん!!」
しばしの間の後、ウィンは力強く頷くと杖で地面を突いた。
「・・・む?」
宙で印を結んでいたヴァ二ティは、下の気配に薄目を開けた。
見下ろすと、眼下で何やら土煙が上がっている。
やがて―
ブワァッ
それを突き破り、何やら大きな影が自分に向かって来る。
見れば、それは一羽の巨鳥とそれに乗った少女。そして付き従う一匹の龍だった。
彼女達は、脇目も振らずに突っ込んで来る。
その瞳には、しかとヴァニティの姿が映っていた。
彼は、少女達の狙いが自分である事を瞬時に理解する。
「・・・やはり、そう来るか・・・。」
呟く様にそう言うと、ヴァニティはその右手を上げる。
途端、空中に浮かび上がるのは巨大な儀水鏡を模した魔法陣。
「・・・想定内だ・・・。」
ルォン
その言葉に答える様に、魔法陣の鏡面が揺らぐ。
そして、
キキ・・・キキキキキキキィ・・・
呟きとも鳴き声ともとれない声を発して、何かが揺らぐ鏡面から現れる。
一匹ではない。
何匹も。
何匹も。
何匹も。
”彼ら”は揺らぐ鏡面から現れる。
現れ続ける。
それは、紅い頭部に三つの眼球。翼の様な大鰭に蛙の様な手足を持った、体長50センチ程の魚人の群れ。
見る間に数を増し、陣の鏡面を埋め尽くしていく。
「・・・喰らいつくせ。『キラー』よ・・・。」
言葉と共に、ヴァニティが右手を振り下ろす。
途端―
ゴバァッ
”彼ら”が溢れ出た。
多眼の魚人、『リチュア・キラー』。
その大群は、雪崩を打つ様に迫る少女達に向かって襲いかかった。
『ウィン!!あれ!!』
ウィング・イーグルに乗ったウィンに付き従っていた風龍が、自分達に向かって殺到してくるリチュア・キラーの群れを見て叫んだ。
「・・・ものすごい数・・・!!」
それを見たウィンが、生唾を飲み込む。
しかし、その目の光は揺るがない。
『回避するか!?』
「あの数!!そんな事やってたら、らちがあかないよ!!」
『じゃあ・・・?』
「このまま突っ込む!!」
『そう言うと思った。』
風龍は苦笑し、ウィンに付き従う。
『守るからね。ウィン。』
「・・・ありがとう・・・」
迫る、キラーの群れ。
5メートル。
1メートル。
そして―
「いっけぇえええええ!!」
叫ぶウィンに倣う様に、風龍とウィング・イーグルが咆哮を上げる。
次の瞬間、ウィン達と魔性の群れが、真正面からぶつかり合った。
それは、離れた療養所からも遠目に見る事が出来た。
突如、宙に現れた巨大な魔法陣。
そこから汚水の様に湧き出る、おぞましい黒い影の群れ。
「・・・何?あれ・・・。」
「凄い数・・・。」
場にいる民達が、不安げに言い合う。
「ぬう・・・。」
ムストもまた、その異景に声を漏らす。
空に浮かぶ魔法陣。
王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)の影響下でも発動している所を見ると、その効果の適用範囲外である召喚術の一種だろう。
問題は、それを発動している者。
その答えは、かの魔法陣が如実に表している。
儀水鏡を模したその形。
間違いなく、術者は・・・。
「リチュアの手の者か・・・。」
ギリ・・・
杖を持つ手に、力がこもる。
「ウィン・・・。皆・・・。無事でいてくれ・・・。」
ムストはそう言って、唇を噛み締めた。
ギィギィ・・・
ギィギィ・・・
耳朶を覆う、無数の鳴き声。
バシュッ
ザシュッ
壊れた歯車の様なそれが耳元をかすめる度、鋭い牙が身を削っていく。
一つ一つは、大した傷ではない。
しかし、それが幾十、幾百ともなれば話は別である。
刻まれる傷はそれに応じて大きくなり、流れる血の量も増していく。
―長くは持たない―
目の前を飛び交うリチュア・キラーを叩き落としながら、ウィンはそう思った。
『ウィン!!大丈夫か!?』
噛み獲ったキラーを投げ捨てた風龍が、その口から血飛沫を散らしながら叫ぶ。
「大丈夫・・・。まだまだ・・・!!」
そう答えながら、肩に齧り付こうとした一匹を振り払う。
多眼の魚妖、『リチュア・キラー』。
一匹の攻撃力は、決して高くはない。
しかし、真の脅威はその物量。
魔法陣から無限の様に湧き出るその魔群は、落としても落としてもその数を減ずる事はなかった。
否。
むしろその数はさらに増え、ウィン達を呑み込もうと雪崩を打つ。
「あ、くぅ・・・」
『ぐぁ・・・』
全身に突き立てられる牙の痛みに、視界が霞む。
その視界に、群れの向こうに立つ黒衣の術師の姿が映る。
「もう・・・少し・・・!!」
ウィンがそう思ったその瞬間、
グラリ
彼女の足元が揺らいだ。
見れば、彼女を乗せるウィング・イーグルの翼に無数のキラーが取り付き、牙を突き立てていた。
ピィルルルルルッ
苦悶の声を上げる、ウィング・イーグル。
「うぃっちん!!」
ウィンが叫ぶと同時に、ウィング・イーグルの体勢がガクリと傾ぐ。
「あ・・・」
(―落ちる―)
思わず目を瞑ったその瞬間―
ガボォッ
突然、数多の影に覆われていた視界が開けた。
ギィイイイイイイッ
耳元を、キラー達の悲鳴が猛スピードで通り過ぎていく。
「何!?」
咄嗟に、下を見る。
そこには、地面に浮かび上がる朱い魔法陣と、その中心に開く、深い深い漆黒の穴。
キラー達は断末の声を上げながら、その穴の中に吸い込まれていく。
「『大落とし穴(サートゥルヌス・スワロー)』!!」
『アウスさんか!!』
―『大落とし穴(サートゥルヌス・スワロー)』―
モンスターの複数召喚をトリガーに発動し、その全てを地に開いた奈落の穴へと呑み込む罠魔法(トラップ・スペル)。
地系魔法を得手とする、アウスの奥の手。
全てのリチュア・キラーがその呪縛に囚われると同時に、ウィン達を見上げていたアウスが叫ぶ。
「ウィン女史!!」
「!!」
気づけば、行く手を阻んでいたキラーの群れはゴッソリといなくなっていた。
目の前にハッキリと見える、黒い術師の姿。
次の群が召喚されるまでは、一拍の隙。
ウィン達は、事態を理解すると同時に宙を走る。
「ほう・・・。」
それを見た術師―リチュア・ヴァニティがス、と右手を上げる。
ヴォン
その掌から展開する、朱い魔法陣。
(―罠魔法(トラップ・スペル)!!―)
魔法陣が、ウィン達に向けられる。
『ウィン!!』
「予定通り!!」
ギュンッ
言葉と共に、ヴァニティに向かっていた筈のウィン達が急に方向を変えた。
「!?」
翼を急旋回させ、ヴァニティの斜め上へと舞い上がる。
「奴は!?」
『動けてない!!今だ!!』
魔法の発動体制に入ったヴァニティは動かない。
否、動けない。
それを見止めたウィンの目が、鋭く光る。
特攻前、ウィング・イーグルが巻き起こす砂煙の中でのアウスとのやり取りが脳裏を過ぎる。
―ウィング・イーグルに乗ろうとする彼女を呼び止め、アウスは言った。
「一案がある。」
「一案?」
「ヴァニティ(彼)は、倒さなくていい。」
「え・・・?」
思わぬ言葉に、ウィンは戸惑う。
「今の君は消耗が激しい。戦いになれば、万が一と言う事もあり得る。」
「でも・・・」
「要は、王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)を潰す事。そして、君にはその為の手札がある。」
それを聞いたウィンは、ハッとする。
「あ・・・!!『砂塵の大竜巻(ダスト・トルネード)』・・・。」
「そう。罠魔法(トラップ・スペル)で、破術の効果を持つあれなら、王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)の影響を受けずに、”それ”を破壊出来る。」
「そうか・・・。ようし・・・。」
杖を構えるウィンを、アウスは再び制止する。
「待った。ただ打つだけじゃ駄目だ。」
「え?」
「王宮の勅命(これ)はリチュア(彼ら)にとって戦術の要。必ず何か防護策を用意してる。」
「う・・・」
口ごもるウィン。
アウスは言い聞かせる様に続ける。
「見た所、今の戦況において後方支援に回っているのはヴァニティ(彼)一人。他のメンバーは戦闘要員だ。だから、防護策も彼が担っていると考えていい。」
「だったら、やっぱりあいつを・・・」
「戦う必要はないと言っただろ?」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「まずは、彼に仕掛ける”ふり”をしてくれ。」
「ふり?」
ポカンとするウィンに向かって、アウスは頷く。
「そうすれば、彼は自衛のための体勢を取らざるを得なくなる。彼は術師だ。恐らく・・・いや、確実に敵撃退用の罠魔法(トラップ・スペル)を使うだろう。そこが狙い目だ。」
「狙い目って・・・?」
「罠魔法(トラップ・スペル)とはいえ、術式構築中は動きが取れない。かと言って、すでにこんな大魔法を展開している中では複数の術の並行起動はほぼ不可能だ。」
「!!」
アウスの言わんとしている事が、ようやく脳内で形を成す。
「分かったかい?」
そう言って、微笑むアウス。
「彼の術式構築によって生じる隙。そこに、君の砂塵の大竜巻(ダスト・トルネード)を叩き込んでくれ。そうすれば・・・」
「王宮の勅命(エンペラーズ・トレアニー)を破壊出来る・・・。」
その言葉に、アウスは頷く。
「これだけの大魔法だ。一度破壊してしまえば、一生物が内包出来る魔力量から考えても再びの構築は無理だろう。”これ”さえ取り払ってしまえば、こちらの枷は解ける。」
「・・・分かった。」
受け取った策をもう一度頭の中で整理すると、ウィンは大きく頷いた。
「地ここからも、出来うるサポートはさせてもらうよ。」
「うん。」
「それじゃあ、頼む。」
「了解!!」
そう言い合って、二人はコツンと拳を打ち合った―
まさに今が、そのタイミングだった。
動かないヴァニティを眼下に、ウィンは杖を振り上げる。
その杖の先で展開する、朱い魔法陣。
そして―
「いっけぇえええ!!砂塵の大竜巻(ダスト・トルネード)!!」
ゴバァアアアアアッ
一気に振り下ろされた杖の先端から巻き起こる、猛烈な旋風。
身に痛いほどの砂塵をまとって吹き荒れるそれに、村を包む朱い光が軋みを上げる。
(行ける!!)
ガッツポーズをとるウィン。
アウスもそれを見上げながら、会心の笑みを浮かべる。
そして―
吹き荒ぶ旋風の中で、ヴァニティは黒衣をはためかせながら佇んでいた。
その手には、先刻展開した魔法陣が行き所を失ったかのように虚しく揺らめいている。
「・・・成程。特攻は、囮か・・・。」
うなだれる様に、顔を伏せる。
「・・・全く・・・」
薄い唇が、呟く様に紡ぎ―
「・・・全くもって・・・」
グニャリと歪んで、丹精な顔に亀裂の様な笑みを貼り付けた。
「想定通り!!」
叫ぶと同時に、かざしていた掌をグッと握り込む。
途端―
パキィイイイインッ
そこに浮かんでいた魔法陣が、割れる。
ヒュヒュンッ
割れた魔法陣は、7つの鋭い破片となって宙を舞い、そしてうねる旋風へと突き刺さった。
途端―
「―え!?」
『何!?』
それを見たウィン達が、驚きの声を上げる。
朱い破片の突き刺さった旋風が、消えた。
止むのではなく、消えた。
まるでそんな事はなかったかの様に。
空気の揺らぎすら残さず。
消え去った。
「そ・・・そんな・・・」
呆然とするウィン。
そんな彼女を、ヴァニティが見上げる。
「見るのは初めてか?ガスタの娘。」
酷薄な笑みを浮かべながら、彼は言う。
「なら、覚えておくがいい。これが、『対滅罠(カウンター・トラップ)』だ。」
「――っ!!」
目を見開くウィンの前で、宙に描かれた儀水鏡の鏡面がルォンと揺らいだ。
「「馬鹿な!!何が起こった!?」」
地で全てを見ていたアクアマリナが、狼狽の声を上げる。
「・・・『盗賊の七つ道具(セブンス・トリック)』・・・。」
苦しげな声が、その術の名を告げる。
思わず向けた視線の先で、アウスがよろめく身体を杖で支えながら荒い息をついていた。
「・・・あらゆる罠魔法(トラップ・スペル)を無効化する対滅罠(カウンター・トラップ)・・・。」
ガクリ
膝が折れ、座り込むアウス。
その顔は蒼白で、多量の汗をかいている。
「まいったな・・・。まさか、そんなものを持ってたなんて・・・。」
苦しい息の中、上空で勝ち誇った様に立つヴァニティを見上げる。
「・・・って言うか、最初から自衛のつもりなんかなかった訳か・・・。少し、甘く見てたかな・・・?」
『マスター!!』
「「アウス氏!!」」
慌てて近寄ってくる、デーモン・ビーバーとアクアマリナ。
彼らに向かって、アウスは言う。
「気にしないでいいよ・・・。ちょっと、魔力を消費し過ぎただけだから・・・。」
確かに、彼女はここまでに『超重力の網(グラヴィティ・バインド)』、『地霊術‐「鉄」』、『大落とし穴(サートゥルヌス・スワロー)』と魔力消費の大きい魔法を立て続けに使っている。
比較的魔力容量の大きい彼女とは言え、限界は近かった。
『気にしないでって・・・。顔真っ青ですやん!!気にするな言う方が無理や!!』
「・・・本当に、ボクはいい・・・。それよりも、ウィン女史が・・・」
「「!!」」
その言葉に、アクアマリナはハッと上空を仰ぎ見る。
その目に映ったのは、再び魔法陣から湧き出したキラーの群れに呑み込まれるウィン達の姿だった。
続く
タグ:霊使い
なぜムストさんは自分で魔法を使わずヒータにやらせたんだろう。実は無類のファイヤー・ボール好き?
ヒータと稲荷火が走り去った後、ムストとガネットの会話を最初の方だけ読むと、二人でエクシーズしそうな雰囲気だ。エクシーズ先はパールか?
上空の敵に特攻を仕掛けるウィン。狙いはヴァニティ本体と見せかけて『砂塵の大竜巻(ダスト・トルネード)』での勅命除去ですね、わかります。
そんな聡い事をしてくれるかはさておき、こういう時こそ霊使い専用罠の出番のでしょうねー。ウィンのはちょうど除去効果だし。