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2013年10月17日

霊使い達の黄昏・21




 こんばんわ。土斑猫です。
 「霊使い達の黄昏」27話を掲載します。



たゆる想いは黄昏に集う.jpg


                     ―21―


 ガスタの村が、リチュアによって蹂躙されていたその頃―
 「サフィアさん!!サフィアさん!!」
 破壊された村の門に、悲痛な叫びが響いていた。
 「サフィアさん、目を開けて!!サフィアさんってば!!」
 声の主は、小柄な人影。
 鎧で覆われた身から発せられる声。
 それから察するに、まだ幼さの残る少女である事が分かる。
 彼女は瑠璃色の宝石で飾られた鎧を震わせながら、自分の前に横たわるもう一つの人影を必死の体で揺さぶっていた。
 彼女の前に横たわるのは、細身の鎧を蒼色の宝石で飾った騎士。
 白銀のその身体には、巨大な爪痕が深く深く刻みこまれている。
 鎧の少女―ジェムナイト・ラズリーはその身を揺さぶり、声をかけ続ける。
 しかし、それに応えるのはひしゃげた鎧が軋む音だけ。
 暗く閉ざされた騎士の目に、光が戻る事はない。
 「そんな・・・そんな・・・」
 目の前の、現実と言う名の絶望。
 それに耐え切れず、ラズリーが顔を覆ったその時―
 「泣かなくていいよ。」
 そんな声が背後から聞こえ、ラズリーは思わず振り返る。
 立っていたのは、見知らぬ少女。
 栗色のショートヘアをサラサラと揺らす彼女は、地に崩れていたラズリーを見下ろすと、眼鏡の奥の眼差しをニコリと微笑ませる。
 「何者!?」
 反射的に身構えるラズリー。
 「おっと、待っておくれ。ボクは敵じゃないよ。」
 そんな彼女に、少女は持っていた杖を置くとピラピラと両手を振った。
 その様をしばし注意深く見ていたラズリーは、やがてホゥと息をついて構えを解いた。
 「・・・確かに、害意はない様ですね・・・。」
 「流石はジェムナイト。話が早くて助かるよ。」
 そう言いながら杖を拾うと、少女はラズリー達に向かってツカツカと近づいてくる。
 「・・・この地に何の用向きですか?今ここは・・・。」
 「知っているよ。」
 サラリと答えると、少女はラズリーの横を通り過ぎて、横たわる騎士の脇にしゃがみこんだ。
 「・・・彼が、サフィア氏・・・かな?」
 ラズリーの目が、軽く見開く。
 「・・・何故、彼の名を?」
 「ちょっと”つて”があってね。そう言う君は、ラズリー女史だろう?」
 「・・・もう一度問います。貴女は、何者ですか?」
 怪訝そうに尋ねる彼女にもう一度微笑むと、少女は手にしていた杖を構える。
 「何を・・・?」
 「細かい話は後だ。今は黙って見ていてくれないか?」
 「今会ったばかりの貴女を、信用しろと?」
 「今はそう願うしかないな。と言うか、ボクの本質は見抜いているんだろ?」
 「・・・・・・。」
 沈黙するラズリー。
 「ホントに、話が早くて助かるよ。」
 言葉とともに、少女が杖で地面を突く。
 「おいで。『ガイアフレーム』。」
 ズズ・・・
 その呼びかけに応える様に、地が揺れる。
 土煙を上げながら浮き上がって来たのは、幾つもの方体を複雑に組み合わせた様な岩の塊。
 『ガイアフレーム』。
 生贄となる為だけに存在する、魂無き人工擬似生命体。
 ただ、ドクドクと脈打つだけのその表面を少女が優しく撫でさする。
 「・・・悪いね。”借りる”よ・・・。」
 そう言うと、少女は杖を正眼に構えると目を閉じる。
 途端、少女と騎士を囲む様に展開する魔法陣。
 「マルグ・マルグナ・グランマグ 大地に満ちし慈悲の声 世界樹に実りし久遠の果実 永久なる存在 永劫の連鎖 其を統べしは地帝の理 巡り連なる命の調べ 枯れよ 芽生えよ 天理の輪巻 絶えし骸は安なる褥 其が恵を導とし 次なる新世あらよに降り来たれ」
 紡がれる調べと共に、陣から湧きいでる黄金(こがね)の光。
 それが、ガイアフレームと横たわる騎士―ジェムナイト・サフィアを包み込む。
 「『地霊術-「鉄」』。」
 結ばれる言葉。
 光に包まれたガイアフレームが、その光の中に溶けていく。
 「・・・・・・!!」
 その様を、ラズリーは息を呑んで見つめる。
 やがて、『ガイアフレーム』を溶かし込んだ光はサフィアへと収束していき、その身の中へ染み込む様に消えていった。
 そして―
 「う・・・む・・・?」
 力なく横たわっていた身体がピクリと動き、暗く沈んでいた瞳に光が灯る。
 「!!、サフィアさん!?」
 思わず駆け寄るラズリー。
 その横で、構えを解いた少女がフウと息をつく。
 「サフィアさん・・・。良かった・・・。」
 「ラズリー・・・?」
 泣きながら、自分の胸に顔を埋めるラズリー。
 彼女をなだめながら、サフィアは身を起こす。
 己の身体を確かめるが、そこに刻まれていた筈の爪痕も今はない。
 「小生は・・・一体・・・?」
 「あの方が・・・」
 自分の身に起こった事を把握しかねているサフィアに、ラズリーが傍らに座っている少女を示す。
 「貴女は・・・?」
 「ボクはアウス。地霊使いのアウスだよ。」
 汗でずれた眼鏡を直しながら、少女―アウスは初めて名乗る。
 その言葉に、ハッと目を見開くサフィア。
 「アウス・・・?と言う事は、エリア嬢が言っていた・・・?」
 「ああ、彼女が言っていたのかい?なら、そのアウスはボクの事だね。」
 「そうか。貴女が・・・。」
 サフィアはそう言って姿勢を正すと、アウスに向かって頭を垂れる。
 「此度は、貴女の御陰で助けられた。この恩義は、必ずや・・・」
 「気にしなくていいよ。ボクはエリア女史に頼まれただけさ。君らには借りがあるから、返しといてくれってね。」
 「!!、エリア嬢は無事なのか!?」
 「ああ、ピンピンしてるよ。」
 「・・・そうか・・・。」
 「良かった・・・。」
 安堵の息を漏らすサフィアとラズリー。
 しかし、そんな彼らにアウスは言う。
 「だけど、そのピンピンもいつまで続くか分からないけどね。」
 「・・・む?」
 アウスの視線は、土煙の上がる村の中へと注がれている。
 「では、エリア嬢は”彼”の元へ!?」
 「見るなり、君らをボクに任せてすっ飛んでいったよ。」
 「いかん!!今の”彼”は・・・!!」
 「そう言う事さ・・・。」
 言いながら、アウスはよっと腰を上げる。
 「事態は大体把握してる。正直、ボク達だけじゃ手に余りそうだ。蘇生したばかりで悪いけど、手を貸してくれないか?」
 「言われるまでもない。」
 「及ばずながら・・・。」
 そう言うと、三人はそこにある戦場(いくさば)を見据えた。


 ギィガァアアアッ
 壊れた村の中に、壊れた叫びが響き渡る。
 凶機の巨獣が、狂喜と狂気にその身を震わせていた。
 昏い光に満たされたその瞳が見つめるのは、己の足元に佇む一人の少年。
 憎い。
 憎い。
 愛しいまでに、憎い相手。
 先まで、彼を守っていた者はもういない。
 だからもう、手が届く。
 伸ばすだけで、手が届く。
 何故憎いのか。
 どうして憎いのか。
 それはもう、思い出せない。
 思い出す事も、出来ない。
 だけど。
 けれど。
 この胸に滾るもの。
 熱く。
 冷たく。
 滾るもの。
 怒り。
 憎しみ。
 絶望。
 それは、確かなもので。
 それは、違う事なきもので。
 だから。
 だから。
 だから、壊そう。
 壊しつくそう。
 跡形も。
 髪の一筋も残らぬまでに。
 自分は。
 今の自分は。
 その為だけに、存在しているのだから。
 生きて、いるのだから。
 胸に滾る冷たい炎を吐き出す様に。
 彼はその口を大きく開いた。


 「ダメ!!ギゴ君、止めて!!」
 スフィアードを退けたギガ・ガガギゴが、狂気に満ちた眼差しをカムイに向けるのを見て、ウィンは悲鳴の様な声を上げる。
 途端―
 ゴァンッ
 「キャアッ!!」
 横殴りに振られた節足が、彼女を急襲する。
 かろうじて杖で防御するものの、その勢いを殺しきれない。
 小柄な身体が、大きく弾き飛ばされる。
 『ウィン!!』
 慌てて飛びよった風竜が、壁に激突する寸前のウィンをその身体で受け止める。
 『ぐぅっ!!』
 「ご、ごめん!!ぷっちん!!」
 自分の身体と壁の間で顔をしかめる風竜に、ウィンはそう声をかける。
 『だ、大丈夫・・・。それよりも、早くギゴ(あいつ)を止めないと!!』
 「うん・・・でも・・・」
 「ホラ、何シカトカマシテンノヨ!?」
 その呟きを遮る様に響く声。
 同時に振り上げられた節足が、再び二人を襲う。
 「キャッ!?」
 『うわぁっ!!』
 咄嗟に身をかわす二人。
 空打った節足が、そこにあった壁を粉砕する。
 「きゃははははは!!逃ゲ足早イネェ!!流石ハ風ノ民ッテカ!?」
 揶揄の言葉を放ちながら立ち塞がる、イビリチュア・マインドオーガス。
 「邪魔しないで!!今はあなたに構っている場合じゃない!!」
 槍嵐の様に襲いかかる節足を必死に避けながら訴えるが、マインドオーガスはせせら笑うだけ。
 「ツレナイ事言ワナイデヨ!!モット一緒二踊リマショウヨ!!」
 「この・・・!!」
 歯噛みするウィンの視界の端で、ギガ・ガガギゴが口を開くのが見える。
 「!!、いけない!!」
 「ホラァ、マタァ!!」
 気を逸したウィンに、マインドオーガスが躍りかかる。
 しかし、次の瞬間―
 ポウッ
 マインドオーガスの腹の下に浮かび上がる、朱い魔法陣。
 「!!」
 ゴバァン
 大量の土煙を巻き上げて、巨大な旋風が立ち上がる。
 「ブワッ!?」
 風と砂塵に巻き込まれ、思わず怯むマインドオーガス。
 「コ、コノ・・・!!悪足掻キヲ・・・!!」
 毒づくその目に、さらに浮かび上がる魔法陣が映る。
 その数、三つ。
 「ンナ!?」
 ドォン
 ドォオン
 ドォオオオン
 続けざまに砂爆の竜巻が弾け、マインドオーガスの周囲を覆う。
 「げほっ、げほごほっ!!ナ、何ヨ!?コレェ!!」
 罠魔法(トラップ・スペル)、『砂塵の大竜巻(ダスト・トルネード)』。
 本来は起動している魔法を強制解除する為に使う、破術系の魔法。
 その特性に、術の発動中に他の術の発動準備を重ねられると言うものがある。
 ウィンはそれを利用し、同術をほぼ同時に複数発動させる事によって煙幕を張っていた。
 「コ・・・コノ・・・!!」
 完全に視界を奪われ、狼狽するマインドオーガス。
 その足の間をくぐり抜け、ウィンと風竜は砂煙の外へと飛び出す。
 「ギゴ君ダメだよ!!目を覚まして!!」
 『いい加減にしろよ!?この馬鹿!!』
 ギガ・ガガギゴに向かって、血を吐かんばかりに声を張り上げる二人。
 しかし、その動きは止まらない。
 それどころか―
 ギロリ
 血走った眼差しが、ウィンと風竜の方を向く。
 「!!、危ない!!」
 咄嗟に急ブレーキをかける二人。
 バチュン
 そんな二人の眼前に突き刺さる、熱水の槍。
 次の瞬間、滾る水閃が大地を沸騰させ―
 ドグゥアァアアンッ
 爆発する。
 「キャアッ!?」
 『うわぁああっ!?』
 爆風に吹き飛ばされる二人。
 そんな彼女らを睥睨する、ギガ・ガガギゴ。
 その様は、まるで「邪魔をするな。」と言っているかの様だった。
 『畜生!!アイツ、洒落んなんないぞ!!』
 身を起こしながら怒鳴る風竜。
 「ダメだ・・・。あたし達の言葉じゃ、今のギゴ君には届かない・・・。」
 少なからずの絶望が混じった声でそう言いながら、ウィンがギガ・ガガギゴを見上げたその時―
 バキィイイイッ
 『ぐぁうっ!?』
 鈍い音が響き、風竜の身体が弾き飛ばされる。
 「ぷっちん!?」
 思わず振り向いたその瞬間、ウィンの身体を鋭い錐の様な足が絡め取った。
 「あぅっ!!」
 ギリギリと身体を挟み切られる様な痛みに、思わず悲鳴を上げる。
 「あ・・・ぐぅ・・・!!」
 「サア、捕マエタ。」
 顔をしかめるウィンを見つめる、憎々しげな目。
 「舐メタ真似シテクレルジャナイ。タップリオ礼シテアゲルカラネ。」
 砂塵の煙幕を大鰭で振り払ったマインドオーガスが、顔についた砂埃を払いながら妖艶な笑みを浮かべる。
 「邪魔・・・しない、で・・・!!」
 「マダ言ウカ。」
 ギシリッ
 身体を掴む足に込められる力。
 「――っ!!」
 苦痛に歪むウィンの顔を見て、マインドオーガスは愉しげにケタケタと笑う。
 「何?あんた、ソンナニアノ餓鬼ノ事ガ心配ナノ?」
 ギガ・ガガギゴの前で立ち尽くすカムイを横目で見ると、ウィンの顔を覗き込む様に小首を傾げる。
 「アノ餓鬼、一体何ナ訳?サッキ吹ッ飛バサレタ女と言イ、あんたト言イ、ツイデ二うちノ“ぎてぃ”ト言イ、何デソンナニゴ執心ナノカシラ?」
 茶化す様な言の響き。
 ウィンは、唇を噛み締める。 
 「あなた、が・・・元はと言えば・・・あなたが・・・!!」
 「は、何ソレ?訳分カンナインダケド?」
 「・・・・・・。」
 問いに対する答えはない。
 ウィンはただ、燃える様な眼差しでマインドオーガスを見つめる。
 「・・・フーン。何カ、面白ソウネ。」
 途端、ウィンとマインドオーガスの間に朱い魔法陣が展開し、怪しく光る目の様な紋章が浮かび上がる。
 「!!」
 「見セテ貰ウワヨ。アノ餓鬼ガ何ナノカ。何ガ起コッタノカ。」
 言いながら、マインドオーガスは目を覗き込む。
 『真実の目(イロウジョン・アイ)』。
 それは、人の内を暴く魔法。
 喜びも憎しみも。
 怒りも悲しみも。
 その全てを晒し出す忌術。
 胸をまさぐる、不可視の視線。
 ウィンは唇を引き結び、その怖気に耐える。
 やがて、”目”を覗き込むマインドオーガスの顔が、歪に歪み始める。
 冷たくも愛らしいその顔が、ニタリニタリと歪んでいく。
 「うふ・・・ふふふふ・・・」
 歪んだ唇から漏れ始める、笑い声。
 澄んでいるけれど、濁った嘲笑。
 それに細い肩を揺らしながら、魔性と化した少女は禍しく笑う。
 そして、
 「あは、あはははははは!!何コレ、超受ケルー!!」
 耐え切れぬとばかりに、吹き出した。
 「あたしノ『猛毒ノ風(かんたれら・ぶりーず)』、コンナ展開起コシテタンダー!!何ヨ!!別ノ方向デ大成功ジャンー!!」
 キャラキャラと笑うその様に、ウィンが怒りを露にする。
 「何が・・・可笑しいの・・・!?」
 「何ガッテ、コンナ笑エル事ナンテナイジャーン?勝手二勘違イシテ、勝手二恩人追イ出シテ、挙句ノ果テ二ブッ殺シチャッタナンテ、あはは、馬鹿バッカー!!」
 「ふざけないで!!全部あなたが・・・ウグッ!!」
 ウィンの身体が嫌な音を立て、その言葉が絶たれる。
 「あはは。何言ッテンノォ?フザケテンノハ、がすた(あんた)達ノ方ジャン。責任転嫁シナイデヨォ。」
 ウィンに絡める足。
 それに嬲る様に力を込めながら、マインドオーガスはなおも笑う。
 笑いながら、その首をギガ・ガガギゴの方に向ける。
 「ソウカソウカ。あんた、ダカラソノ餓鬼二ゴ執心ダッタ訳ネェ?」
 グルルル・・・
 そうだと言う風に、低く唸るギガ・ガガギゴ。
 それに、満面の笑顔を返すマインドオーガス。
 「あはは!!イイジャナイ、イイジャナイ!!ソノ溢レ出ル憎悪、ソレコソあたしノ、りちゅあノ下僕二相応シイ!!」
 嬉しげに、楽しげに、マインドオーガスは嬌声を上げる。
 「イイワ!!イイワ!!壊シナサイ!!殺シナサイ!!ソノ怒リノママ二、ソノ殺意ノママ二!!今ノアナタノ力ハ、ソノ為二アルノダカラ!!」
 ギィイイイ・・・
 昏い喜びを表す様に、ギガ・ガガギゴの眼差しが光る。
 それとともに、その口に収束していく青い光。
 その光が、ゆっくりと立ち尽くすカムイへと向けられる。
 「駄目・・・!!ギゴ、君・・・!!」
 ウィンが、締め付けられる苦しみの中で声を振り絞る。
 「それ・・以上、堕ちたら・・・君は・・本当に君じゃ、なくなっちゃう・・・!!」
 必死に呼びかける言葉。
 しかし、ギガ・ガガギゴの動きは止まらない。
 「お願い・・・ギゴ君に・・・元のギゴ君に・・・戻って・・・!!」
 霞む視界。
 遠ざかる意識。
 その中で、紡ぐ声。
 だけど、届かない。
 届かない。
 その憎しみの疼くままに。
 その殺意の赴くままに。
 ”彼”はその身を動かす。
 集まる光。
 照らし出される、少年の姿。
 響き渡る、魔性の哄笑。
 こぼれる、涙。
 そして。
 そして―

 その光景を、カームとエメラルは歯噛みする思いで見ていた。
 「ウィンちゃん!!カムイ君!!」
 「クッ、やべえ!!」
 場に向かって走り出そうとするエメラル。
 しかし、その足がガクリと落ちる。
 二人が先に受けたダメージは、未だ抜けてはいない。
 「クソッ!!こんな時に!!」
 自由の利かない己の足を殴りつけ毒づくが、それで事がどうなる訳もない。
 「ああっ!!」
 そんな中、カームが悲鳴をあげる。
 ギガ・ガガギゴの口から、水の槍が伸びる。
 マインドオーガスの足に、目に見えて力がこもる。
 それが意味する事を察し、カームは目を覆い、エメラルは呻きを上げる。
 絶望の時が訪れるのは、何秒後か。
 彼らがそれを覚悟したその瞬間―
 「行きなさい!!ピア!!」
 涼やかな声が空を切り、青い風が二人の横を走った。


 「きゃははは!!何?ソンナ二あいつガアノ餓鬼ヲ殺ス所ヲ見ルノガ嫌?」
 己の脚に掴んだウィンを覗き込みながら、マインドオーガスは笑う。
 その顔を、ウィンが霞む目で睨み返す。
 「アラアラ、イイオ顔。」
 そんな彼女を嘲りながら、その愛らしい顔を残酷に歪める。
 「イイワ。ソンナ二嫌ナラ、あんたノ方カラ逝カセテアゲル。」
 その言葉とともに、ウィンに絡む脚に力がこもる。
 ギリッ
 苦痛に歪む、ウィンの顔。
 それを見ながら、マインドオーガスはキャラキャラとはしゃぐ。
 「あはは、チョーット痛イケド我慢シテネ!!スグ二済ムカラァ!!」
 ギリギリッ
 華奢な身体に食い込んでいく妖魚の脚。
 肺の中の空気が絞り出され、ウィンは大きく喘ぐ。
 「ホラ、モウ少シモウ少シ!!我慢我慢!!」
 いたぶる様に、ゆっくりと力を込めていくマインドオーガス。
 ミシリッ
 細い身体が、最後の悲鳴を上げる。
 その感触に、マインドオーガスが恍惚の笑みを浮かべたその時―
 「行きなさい!!ピア!!」
 凛と響き渡る声。
 それとともに、鋭い音が大気を切り裂く。
 ドスッ
 「・・・エ・・・?」
 身体に伝わる、鈍い衝撃。
 目を丸くしたマインドオーガスが、ウィンを掴む己の脚をキョトンと見つめる。
 硬い甲殻に覆われた節足。
 その節の間に、何かがぶら下がっている。
 見れば、それは一匹の魚。
 鼻先に鋭い刃を備えた鮫が、甲殻の節の隙間に突き刺さっていた。
 「・・・何?コレ・・・?」
 タタタッ
 唖然とする彼女の視界の端を、青い何かが駆け抜ける。
 「!?」
 「やりなさい!!」
 それと同時に、再び声が響く。
 瞬間―
 ギュウラララララッ
 鮫の身体が高速で回転を始める。
 「―――――っ!?」
 それまで哄笑を上げていた口が、声にならない悲鳴を上げる。
 鮫の刃が、見る見る節の間へと潜り込む。
 そして―
 ブツンッ
 「きゃあああああああっ!!」
 悲鳴と共に、ウィンを掴んでいた脚が千切れて飛んだ。


 ―カムイは、ただ黙ってその光を見つめていた。
 光の向こうで、自分を見つめる瞳と目が合う。
 怒り。
 憎悪。
 悲しみ。
 狂気。
 その全てが入り混じった、濁った輝き。
 きっと、あの時の自分も同じ瞳をしていたのだろう。
 (カムイ・・・アンタの目は何処まで曇っちまったんだ!?)
 あの時、義姉あねにかけられた言葉が、また脳裏を過ぎる。
 今なら、痛い程に分かるその意味。
 そう。
 あんな濁った瞳で、正しき事など見える筈がないのだ。
 だから、自分は間違った。
 彼から。
 目の前の彼から、大事な者を奪ってしまった。
 自分が憎む筈の者達と、同じ過ちを犯してしまった。
 だけど。
 けれど。
 それを知った所で。
 その事を、悟った所で。
 もう、取り返しはつかない。
 自分が、失った者を取り戻せない様に。
 彼から奪った者を返す事も、また出来ない。
 せめてもの救いは、彼が間違っていない事
 彼が、違う事なく自分にたどり着いた事。
 彼が、その想いを遂げられる事。
 だから。
 だから、自分は―
 「なぁ・・・」
 知らずのうちに、声が漏れていた。
 「オレ、向こうで、皆に会えるかなぁ・・・。」
 『・・・・・・。』
 答えはない。
 「あんたの主に・・・あの娘に、会えるかなぁ・・・。」
 『・・・・・・。』
 やっぱり、答えはない。
 「もし、会えたら・・・オレ・・・オレ・・・」
 『・・・・・・。』
 沈黙の中、青い光が収束していく。
 細く。
 鋭く。
 収束していく。
 やがて、それは一本の槍となり。
 カムイへとその切っ先を向ける。
 青い光が視界を覆う。
 そして。
 そして―
 ドンッ
 鈍い衝撃が、身体を襲う。
 けれど、それは想像していた様に冷たく、熱いものではなくて。
 温もりに包まれた身体が、宙に浮く。
 目の前で舞う青。
 あの光が纏う、荒々しい青ではない。
 優しく、柔らかく舞う、髪の色。
 ふわりと漂う、甘い香り。
 浮いていた背が、地面に着く。
 その身にかかる、確かな重み。
 次の瞬間―
 ドォオオオンッ
 それまでカムイが居た場所が、青い水閃に貫かれ、爆発する。
 パラパラと降ってくる土砂。
 それから彼を守る様に覆い被さっていた身体が、ゆっくりと起き上がる。
 「〜〜、イッタイわねぇ・・・!!もう・・・!!」
 心地よく耳に響く、苛立たしげな声。
 白い手が、青い髪に絡まった土埃を払い落とす。
 「・・・っとに、ドイツもコイツも・・・!!」
 バサァッ
 大きく音を立てて翻る、カーキ色のローブ。
 そして―
 「何でこう、バカばっかりなのよっ!!」
 長い青髪を翼の様に閃かせ、水霊の少女―エリアは高らかにそう言い放った。



                                        続く
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