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拓馬篇前記−八巻5 [2017/11/12 21:35]
「──と、いう次第です」
八巻はギプスで包まれた左足をクッションの上に投げ出しながら、自身の負傷の経緯を語り終えた。聞き手は校長。八巻が想定外の骨折をしてしまい、入院を継続するという連絡を受けて訪問した。先週見舞いに来た時と同じ病室のため、とくに迷うことなく来れたそうだ。
病室の丸椅子に座った校長は首をかしげながら「そうかね」と言う。
「その妖精さんは、助けてくれなかったわけだね」
「そうです。あのまま放置されて、従業員に発見してもらったんです」
第一発見者は..
拓馬篇前記−八巻4 [2017/11/11 23:51]
八巻は走行禁止の病棟内を急いで移動した。八巻が「妖精さん」と命名した謎の女性は行方が知れない。それでも諦めがつかなかった。妖精さんのことで頭がいっぱいになり、彼女が向かったであろうロビーを目指す。
待合所の長椅子がずらりと並ぶ区域が近づいてきた。ここがロビーだ。平日なら大多数の人が出入りする一画だが、今日は休日。がらんとしていた。
ロビーと廊下との間に大きな女神像が立っている。翼の生えた金属製のモニュメントだ。銅像の足元には一メートルほどの高さの台があった。その台の..
拓馬篇前記−八巻3 [2017/11/10 23:25]
(半年……長かったな)
八巻は怪我の治療のために半年の期間を休職した。我ながら時間を浪費してしまったと感じる。その大半は妖精さんと名付けた謎の美女にうつつを抜かしていた。教師の体面上、とても生徒には言えないことだ。
八巻の担当は二年生と三年生の社会科の授業。進学に向けて学んでいく大切な時間を、共有できなかったことは悔やまれる。生徒たちは八巻のことを「おもしろい先生」と慕ってくれていた。
(代わりに入ったという先生は、うまくやってるんだろうか?)
不幸中のさいわい..
拓馬篇前記−八巻2 [2017/11/09 23:55]
八巻が事故に遭った後の約一か月間、夜中に異変が起きた。眠る八巻に何者かがぺたぺたと触ってくるのだ。触れる箇所はきまって顔。それ以外の箇所は触られても気付かなかったのかもしれない。当時の八巻は体のいたるところにギプスや包帯を巻いたミイラ男だったからだ。
寝込みをねらったいたずらは不定期に起きた。八巻は当初、宿直の看護師がちょっかいをかけている、と予想を立てた。年配の女性看護師に聞いてみたところ「そんなことをするはずないじゃありませんか」とにべもなく否定された。偉丈夫を自負..
拓馬篇前記−八巻1 [2017/11/07 23:59]
休日の昼下がり。八巻は病衣の上にカーディガンを羽織った姿で院内の中庭を歩いた。葉のない木々が生え、通り道が灰色のアスファルトで舗装された殺風景な場所だ。ほかに延々散歩しても人の迷惑にならぬ場所がない。季節柄、寒冷な二月といえどもお日様の暖かさを頼りに運動する。この時間帯の日差しは春の陽気に近い。風が吹かなければ一足早い春が来たような熱気であり、気分も高揚した。
除去手術を施すための入院生活は今日で最後。術後に痛んだ患部はなんともない。明日からまた自宅へもどり、リハビリを..
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