2018年02月12日
拓馬篇−2章6
昼食後、拓馬とヤマダ二人が教室にもどった。すると拓馬の想定外な人物に話しかけられる。
「根岸、放課後は空いているか?」
眼鏡をかけた、長身痩躯な男子だ。拓馬たちとは去年から引き続きのクラスメイトである。しかし三人は幼少期に知り合っている。この男子は両親の離婚により、小学中学の期間を拓馬たちとは離れ離れにすごした。その間に彼は気難しいガリ勉へと成長を遂げている。
「ヒマだけど、どうした? 椙守が遊びの誘いなんかしねえと思ったが」
勉強一筋な椙守はむっすとした表情で「遊びじゃない」と拓馬の意見に同意する。
「手を貸してほしいんだ。僕一人では無理がある」
彼は気軽に他人を頼れる性格ではない。切実な依頼だと感じた拓馬は二つ返事で「わかった」と答えた。ヤマダが「わたしも手伝おうか?」と言うと椙守は首を横に振る。
「拓馬がいれば事足りる」
「なにやるの?」
「肥料を運ぶんだ。部活に必要で……」
「どこにまくの? 畑?」
「いや、在庫の補充だからすぐには……」
「それってまとめ買いしてるんじゃない? ミッキーの腕力じゃキツい──」
「きみには関係ない!」
強い否定の口調だった。椙守は必要以上に拒絶を示したせいで、バツが悪そうに顔をしかめる。自己表現が上手でない彼にはままあることだ。ヤマダも椙守の性情は知っており、和やかな調子を維持する。
「わかったよ。タッちゃんのほうが信頼できるんでしょ」
「そういうわけじゃ……」
「じゃ、男二人でがんばってね」
ヤマダは後腐れなく自席へ帰った。椙守と再会した直後はああもすんなり引き下がらなかったのだが、この一年ですっかり慣れたらしい。
当の椙守はヤマダの機嫌が損なわれなかったことにほっとしていた。拓馬の目からして、彼がヤマダを好意的に想っていることはたしかだ。それが友情であれ男女の情であれ、個人への嫌悪からくる拒否反応ではない。彼は常に不機嫌なのだ。その原因は家庭環境にある。
「また癇癪を……」
古馴染みが自責の念を表した。不器用な彼に、拓馬はなぐさめをかける。
「あいつは気にしてねえよ」
「どうしてなんだ? ほかの生徒は、僕を避けるぞ」
「俺もあいつも、お前がいろいろ複雑なんだとわかってる」
「めんどうくさいやつだと知っていて、なぜイヤな顔一つしないんだ」
「お前でイヤがってたら、三郎のケンカの付き合いはできねえって」
昼休み終了の予鈴が鳴る。椙守はなにかを言いたげだったが、二人はそれぞれの席に着いた。拓馬は次の授業の準備をすすめるかたわら、椙守の家庭状況について思考をめぐらす。
(ちっちゃい時はおとなしいやつだったのに)
拓馬の古い記憶においても椙守は運動が苦手であった。しかしその短所をからかったとしても怒ることはなかった。すこし臆病で、やさしい人柄だったはずだ。
(きっと、イライラしてんだろうな)
椙守が抱える不満は貧弱な体だけにおさまらない。一番の不満は、彼の父親が勉学を軽視することだ。彼の実家は自営業を営むがゆえに、その後継者にあたる長男には必要以上の学力を持ってほしくないのだという。かの男子が才穎高校一の秀才でありながら、近隣のハイレベルな高校に入学しなかった理由も、父親の一存らしい。彼の現況は不本意そのものだろう。
(家にいたくないから部活に入る、ってのもややこしい)
椙守は帰宅後、花屋の手伝いをやらされるという。その時間を惜しみ、椙守は園芸部に所属している。家業に通じる部活動なら反対を受ける謂れはないという建前と、時には部活動を装った学習時間を得られるという本音があるそうだ。
(親を騙してて、平気なわけねえよなぁ)
校内での椙守には自身を偽る様子がない。もともとが正直な性格なのだ。呼吸をするように嘘をつく詐欺師ならいざ知らず、彼が日常的に父をあざむき、父の意思に刃向い続けることは、ストレスになっているにちがいない。
(俺は親と同じ価値観を持ててるから、荒れずにすんでるんだろうな)
拓馬は視線をヤマダの机上にやった。白い獣が行儀よく座っている。教室中の生徒のだれもが、その異常な光景を騒ぎたてない。あの生き物は常人には見えないのだ。あれが見える人物は拓馬とシズカ以外に、拓馬の父も該当する。
霊視は損な力だと拓馬は思っている。自分が見えているものが物理的に存在するものか否かを知るために、他者の反応をうかがわねばならない。普通に生きるにはめんどうくさい能力だ。のぞまぬ力ではあるが、その特異な悩みを共有できる者がいる。理解者がいる点においては、拓馬は幸運だと言える。そのような心の支えになる人物が、椙守には足りない。
(あいつも看ててやらねえとな)
湧き上がる義務感はなにを元に生じるのか、言葉にはできなかった。おそらくこれが拓馬の性分だ。常にだれかを気にかけ、世話をするのが当たり前になっている。その主な対象は家事の不得意な姉だったり、甘えん坊な飼い犬だったりする。
(こんどの連休、トーマを遊ばせてやりたいな)
飼い犬のことを考えはじめると、拓馬は途端に明るい気分へと胸が染まっていった。
「根岸、放課後は空いているか?」
眼鏡をかけた、長身痩躯な男子だ。拓馬たちとは去年から引き続きのクラスメイトである。しかし三人は幼少期に知り合っている。この男子は両親の離婚により、小学中学の期間を拓馬たちとは離れ離れにすごした。その間に彼は気難しいガリ勉へと成長を遂げている。
「ヒマだけど、どうした? 椙守が遊びの誘いなんかしねえと思ったが」
勉強一筋な椙守はむっすとした表情で「遊びじゃない」と拓馬の意見に同意する。
「手を貸してほしいんだ。僕一人では無理がある」
彼は気軽に他人を頼れる性格ではない。切実な依頼だと感じた拓馬は二つ返事で「わかった」と答えた。ヤマダが「わたしも手伝おうか?」と言うと椙守は首を横に振る。
「拓馬がいれば事足りる」
「なにやるの?」
「肥料を運ぶんだ。部活に必要で……」
「どこにまくの? 畑?」
「いや、在庫の補充だからすぐには……」
「それってまとめ買いしてるんじゃない? ミッキーの腕力じゃキツい──」
「きみには関係ない!」
強い否定の口調だった。椙守は必要以上に拒絶を示したせいで、バツが悪そうに顔をしかめる。自己表現が上手でない彼にはままあることだ。ヤマダも椙守の性情は知っており、和やかな調子を維持する。
「わかったよ。タッちゃんのほうが信頼できるんでしょ」
「そういうわけじゃ……」
「じゃ、男二人でがんばってね」
ヤマダは後腐れなく自席へ帰った。椙守と再会した直後はああもすんなり引き下がらなかったのだが、この一年ですっかり慣れたらしい。
当の椙守はヤマダの機嫌が損なわれなかったことにほっとしていた。拓馬の目からして、彼がヤマダを好意的に想っていることはたしかだ。それが友情であれ男女の情であれ、個人への嫌悪からくる拒否反応ではない。彼は常に不機嫌なのだ。その原因は家庭環境にある。
「また癇癪を……」
古馴染みが自責の念を表した。不器用な彼に、拓馬はなぐさめをかける。
「あいつは気にしてねえよ」
「どうしてなんだ? ほかの生徒は、僕を避けるぞ」
「俺もあいつも、お前がいろいろ複雑なんだとわかってる」
「めんどうくさいやつだと知っていて、なぜイヤな顔一つしないんだ」
「お前でイヤがってたら、三郎のケンカの付き合いはできねえって」
昼休み終了の予鈴が鳴る。椙守はなにかを言いたげだったが、二人はそれぞれの席に着いた。拓馬は次の授業の準備をすすめるかたわら、椙守の家庭状況について思考をめぐらす。
(ちっちゃい時はおとなしいやつだったのに)
拓馬の古い記憶においても椙守は運動が苦手であった。しかしその短所をからかったとしても怒ることはなかった。すこし臆病で、やさしい人柄だったはずだ。
(きっと、イライラしてんだろうな)
椙守が抱える不満は貧弱な体だけにおさまらない。一番の不満は、彼の父親が勉学を軽視することだ。彼の実家は自営業を営むがゆえに、その後継者にあたる長男には必要以上の学力を持ってほしくないのだという。かの男子が才穎高校一の秀才でありながら、近隣のハイレベルな高校に入学しなかった理由も、父親の一存らしい。彼の現況は不本意そのものだろう。
(家にいたくないから部活に入る、ってのもややこしい)
椙守は帰宅後、花屋の手伝いをやらされるという。その時間を惜しみ、椙守は園芸部に所属している。家業に通じる部活動なら反対を受ける謂れはないという建前と、時には部活動を装った学習時間を得られるという本音があるそうだ。
(親を騙してて、平気なわけねえよなぁ)
校内での椙守には自身を偽る様子がない。もともとが正直な性格なのだ。呼吸をするように嘘をつく詐欺師ならいざ知らず、彼が日常的に父をあざむき、父の意思に刃向い続けることは、ストレスになっているにちがいない。
(俺は親と同じ価値観を持ててるから、荒れずにすんでるんだろうな)
拓馬は視線をヤマダの机上にやった。白い獣が行儀よく座っている。教室中の生徒のだれもが、その異常な光景を騒ぎたてない。あの生き物は常人には見えないのだ。あれが見える人物は拓馬とシズカ以外に、拓馬の父も該当する。
霊視は損な力だと拓馬は思っている。自分が見えているものが物理的に存在するものか否かを知るために、他者の反応をうかがわねばならない。普通に生きるにはめんどうくさい能力だ。のぞまぬ力ではあるが、その特異な悩みを共有できる者がいる。理解者がいる点においては、拓馬は幸運だと言える。そのような心の支えになる人物が、椙守には足りない。
(あいつも看ててやらねえとな)
湧き上がる義務感はなにを元に生じるのか、言葉にはできなかった。おそらくこれが拓馬の性分だ。常にだれかを気にかけ、世話をするのが当たり前になっている。その主な対象は家事の不得意な姉だったり、甘えん坊な飼い犬だったりする。
(こんどの連休、トーマを遊ばせてやりたいな)
飼い犬のことを考えはじめると、拓馬は途端に明るい気分へと胸が染まっていった。
タグ:拓馬
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