2018年07月14日
拓馬篇−8章1 ★
拓馬が目を覚ますと頬に冷たい感触があった。視界はひどく低い。床にたおれていた、と気付くのにいくらもかからなかった。眼前には机と椅子の足が複数直立する。その中で、髪の長い女子生徒の横たわるさまが見える。
「おい、大丈夫か?」
拓馬はヤマダに声をかけた。ヤマダはむくっと起き上がる。
「えっと、なんでねてたんだっけ?」
「俺もよくわかんねえ」
とっさにそう返したが、気絶する直前の光景がパッと拓馬の脳裏に浮かぶ。
「光がバーっと流れてきたみたいだったな」
拓馬も体を起こす。これといって体の痛みはない。ヤマダも平気そうな顔をしている。
「紫色っぽい光、見えたか?」
「あ……目をつぶってて、見てない」
「そうか。じゃあなにが起きたのか、ほかの連中に聞いてみよう」
ヤマダは拓馬に同調する気色を見せた。すぐに困り顔になる。
「でも、試験が」
その拒絶は妥当だった。教室内に備わる時計は、追試の始まる時刻を指そうとしている。
「じゃあお前はここに残ってろ。なにもなけりゃ、そのうちシド先生がくる……」
それがもっとも安易なやり過ごし方だ。怪奇現象を目の当たりにした拓馬は、その手段が気休めだと感じている。
「まずいことが起きてたら、だれもこねえと思うけど」
「うーん、それだとひとりぼっちはすごーくあぶないよね」
やっぱりついてく、とヤマダが言う。彼女は机上に置いた文具類を片付け、リュックサックを担いだ。二人は教室を出る。廊下は異様に冷えており、ヤマダは「やたらと涼しいね」とつぶやいた。異様なのは教室も同じで、生徒の姿がない。拓馬はヤマダに会うまでに、そこに数人の生徒がいたと記憶している。
「さっきまで、だれかいたんだけどな……」
「職員室に行こうよ。この時間なら先生たちはまだ帰ってないよ」
拓馬はヤマダの指摘を是とし、足早に職員室に向かった。そのついでにほかの教室も横目で見るが、やはり人影はない。それどころか建物の内外に発生する生活音もなかった。
昼間の景色に、真夜中の静けさが合わさった空間。さらに外の木々や雲は静止画のごとく硬直する。二人はあきらかな異常に気付きながらも、話題にしない。いたずらに不安をあおりたくなかったのだ。職員室に自分たちを安堵させる何者かがいると信じてすすんだ。
職員室を目前にした二人は立ち止まる。職員室前に、なにかがいる。真っ黒な、輪郭のにじんだ人影のようだ。拓馬はヤマダに、音を立てないよう指で合図をした。
化け物は成人男性なみに大きい。うごきはのろいようで、廊下をのそのそ歩く。その進行方向は二つの校舎をつなぐ連絡通路だ。拓馬たちのいる教室側とは逆向きである。二人は化け物が遠ざかるのを待った。
安全に職員室へ入る機会をうかがうと、化け物がたちまち消える。黒い異形のいた先には、奇妙な風体の人物がいた。赤いレンズのゴーグルで顔の半分を覆った、朱色の長い髪を持つ人。肌の露出がすくない異国風の服は、どこの国のものか判別できない。また体格は中性的で、男女の区別もできない。赤いゴーグルと目があった瞬間、拓馬は身構えた。なぜか相手は顔の下半分をほころばせる。
「警戒しなくて結構。アナタたちになにもしませんよ」
声も性別の判断がつかぬ音程だ。ともかくこの異邦人とは言葉が通じるらしい。
「あんた、だれだ?」
拓馬は率直に質問した。すると「だれでもいいでしょう」とはぐらかされる。
「身の上を語っても、アナタたちには理解できないのですから」
異邦人は拓馬たちを小馬鹿にした。拓馬は不快感がこみあげる。拓馬が初対面の者を嫌悪するかたわら、ヤマダはずいと前へ出る。
「さっき、黒いお化けがいたと思ったんだけど、あなたは見た?」
「ええ、いましたね。邪魔だったので消えてもらいました」
「どうやったの?」
「ワタシの能力を使いました。ほかにも聞きたいことがあるなら、そこの部屋に入ってからにしませんか。また連中が湧いてくるとめんどうでしょう」
異邦人が職員室を指さす。ヤマダは拓馬の顔色を見てくる。拓馬は初めから職員室へ行くつもりだったため、拒否する理由はない。目の前にいる人間が敵でなければ、の話だが。その心配もあまりいらなさそうだと感じた。ヤマダが友好的に接することを考えると、悪い気を発する相手ではないようだ。
「わかった。入ろう」
「そうそう、人間は素直が一番ですよ」
ゴーグルの下にある口が大きく横に開いた。
「おい、大丈夫か?」
拓馬はヤマダに声をかけた。ヤマダはむくっと起き上がる。
「えっと、なんでねてたんだっけ?」
「俺もよくわかんねえ」
とっさにそう返したが、気絶する直前の光景がパッと拓馬の脳裏に浮かぶ。
「光がバーっと流れてきたみたいだったな」
拓馬も体を起こす。これといって体の痛みはない。ヤマダも平気そうな顔をしている。
「紫色っぽい光、見えたか?」
「あ……目をつぶってて、見てない」
「そうか。じゃあなにが起きたのか、ほかの連中に聞いてみよう」
ヤマダは拓馬に同調する気色を見せた。すぐに困り顔になる。
「でも、試験が」
その拒絶は妥当だった。教室内に備わる時計は、追試の始まる時刻を指そうとしている。
「じゃあお前はここに残ってろ。なにもなけりゃ、そのうちシド先生がくる……」
それがもっとも安易なやり過ごし方だ。怪奇現象を目の当たりにした拓馬は、その手段が気休めだと感じている。
「まずいことが起きてたら、だれもこねえと思うけど」
「うーん、それだとひとりぼっちはすごーくあぶないよね」
やっぱりついてく、とヤマダが言う。彼女は机上に置いた文具類を片付け、リュックサックを担いだ。二人は教室を出る。廊下は異様に冷えており、ヤマダは「やたらと涼しいね」とつぶやいた。異様なのは教室も同じで、生徒の姿がない。拓馬はヤマダに会うまでに、そこに数人の生徒がいたと記憶している。
「さっきまで、だれかいたんだけどな……」
「職員室に行こうよ。この時間なら先生たちはまだ帰ってないよ」
拓馬はヤマダの指摘を是とし、足早に職員室に向かった。そのついでにほかの教室も横目で見るが、やはり人影はない。それどころか建物の内外に発生する生活音もなかった。
昼間の景色に、真夜中の静けさが合わさった空間。さらに外の木々や雲は静止画のごとく硬直する。二人はあきらかな異常に気付きながらも、話題にしない。いたずらに不安をあおりたくなかったのだ。職員室に自分たちを安堵させる何者かがいると信じてすすんだ。
職員室を目前にした二人は立ち止まる。職員室前に、なにかがいる。真っ黒な、輪郭のにじんだ人影のようだ。拓馬はヤマダに、音を立てないよう指で合図をした。
化け物は成人男性なみに大きい。うごきはのろいようで、廊下をのそのそ歩く。その進行方向は二つの校舎をつなぐ連絡通路だ。拓馬たちのいる教室側とは逆向きである。二人は化け物が遠ざかるのを待った。
安全に職員室へ入る機会をうかがうと、化け物がたちまち消える。黒い異形のいた先には、奇妙な風体の人物がいた。赤いレンズのゴーグルで顔の半分を覆った、朱色の長い髪を持つ人。肌の露出がすくない異国風の服は、どこの国のものか判別できない。また体格は中性的で、男女の区別もできない。赤いゴーグルと目があった瞬間、拓馬は身構えた。なぜか相手は顔の下半分をほころばせる。
「警戒しなくて結構。アナタたちになにもしませんよ」
声も性別の判断がつかぬ音程だ。ともかくこの異邦人とは言葉が通じるらしい。
「あんた、だれだ?」
拓馬は率直に質問した。すると「だれでもいいでしょう」とはぐらかされる。
「身の上を語っても、アナタたちには理解できないのですから」
異邦人は拓馬たちを小馬鹿にした。拓馬は不快感がこみあげる。拓馬が初対面の者を嫌悪するかたわら、ヤマダはずいと前へ出る。
「さっき、黒いお化けがいたと思ったんだけど、あなたは見た?」
「ええ、いましたね。邪魔だったので消えてもらいました」
「どうやったの?」
「ワタシの能力を使いました。ほかにも聞きたいことがあるなら、そこの部屋に入ってからにしませんか。また連中が湧いてくるとめんどうでしょう」
異邦人が職員室を指さす。ヤマダは拓馬の顔色を見てくる。拓馬は初めから職員室へ行くつもりだったため、拒否する理由はない。目の前にいる人間が敵でなければ、の話だが。その心配もあまりいらなさそうだと感じた。ヤマダが友好的に接することを考えると、悪い気を発する相手ではないようだ。
「わかった。入ろう」
「そうそう、人間は素直が一番ですよ」
ゴーグルの下にある口が大きく横に開いた。
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