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2019年08月06日

従業員の不信を引きずったパナソニックに復活はあるのか?


  

  従業員の不信を引きずった パナソニックに復活はあるのか?


           〜現代ビジネス 8/6(火) 7:30配信〜



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 松下は義理と人情で成長して来た会社である。松下電器を中心とした松下グループ(現パナソニック)は、そもそも豊臣秀吉以来の「人たらし」とも言える創業者の松下幸之助の傑出したマネジメント能力によって成長、発展したのは間違い無い。
 
 幸之助が非常に病弱で3日働いたら4日休むと云う様な時期が長く続いたのは有名な話だが、自らが先頭に立って実行出来無いからこそ「他人を動かして自分の思いを実現する=人たらし」の能力が傑出したものに為ったのは確かであろう。
 その人たらし戦略の根底にあるのが「義路と人情」である。忠臣蔵は勿論、歌舞伎・講談・大衆演劇、更にはテレビドラマに至る迄このテーマは頻繁に登場し、日本人の中心思想とさえ言って好い。この「義路と人情」を大事にしたからこそ「人たらし」に為り得たのだと思う。

 又、彼自身が自分の人生と真摯に向き合った結果生まれたとも言える確固たる「人生哲学」も人々を魅了した。「道を開く」は、PHP研究所のホームページによれば510万部に達する戦後第2位のベストセラーだが、筆者も過去何回もあった岐路にブツカッタ時に読み返した。多分5回位は読んで居る筈だ。
 その象徴が松下流の解雇の手法である。幸之助はリストラ等遣って居ないと思われ勝ちだが、実は戦後の財閥指定を受けた頃、数度に渉って人員削減を行って居る。しかし、幸之助のリストラは、カルロス・ゴーン容疑者に代表される様な「血も涙も無い冷徹な」首切り屋によるリストラとは全く違う。

 彼は、辛い決断を実行する時に、次の3つを従業員達に告げた。

 1)自活する道がある社員はソチラに進んで欲しい
 2)どうしても、自分と一緒に残りたい者は一緒に遣ろう。但し給料の保証は出来無い。再建の努力はするが、満足の行く給料は払え無いと思う。
 3)会社の業績が好く為った時には、何時でも帰ってきて下さい。

 又、独立を考えた社員には、自社の電球工場を与えて支援したりして居るし特許も無料で使用させた。後に社長と為った山下俊彦氏もその一人だが、副社長を務めた稲井隆義氏や谷村博蔵氏等は、自分の工場を畳んでまで帰って来た。

 幸之助が従業員や会社に深い愛情を注いだからこそ、多くの従業員が目先の損得抜きで彼を慕い全力で再建に向かって立ち上がったのだと思う。


 




 幸之助の遺志は継がれたか?

 幸之助は、1989年に94歳で亡く為った。戦後の高度経済成長からバブルに至る頂点の最後に亡く為ったのは、日本経済の歴史において象徴的だ。その後30年間に及ぶ平成の暗い時代を見無くて済んだのは幸いであったかも知れ無い。
 しかし、松下(パナソニック)の衰退は、実は幸之助在任中に始まったのではないかと思う。PHP研究所の設立は1946年であるが、これは「幸之助の哲学」を事業と共に広げると云う大義名分があった。しかし、1979年に松下政経塾を設立した頃には、事業よりも社会活動に情熱が向けられて居た様に思う。

 勿論、年齢を重ねる毎に我欲よりも「世の為人の為」を優先する様に為るのは望ましい事だが、幸之助の場合には「松下電器」と云う会社が、自分の遺志を継いで呉れ無いのではないかと云う不安があったから、より普遍的な社会活動に注力した様な気もする。事実、現在のパナソニックには松下家出身の役員は居ない。
 勿論、家電業界全体が厳しい状況を経験したのは事実だが、幸之助の遺志がキチンと引き継がれ無かった事に、パナソニックが危機に陥った大きな原因の1つがある様に思える。

 筆者が好きな言葉に「創業の理念は常に正しい」と云うものがある。どの様な企業でも、創業期やその後の苦難を乗り越え現在に至る事が出来たのは、創業の理念が正しかったからである。
 勿論、環境の変化に対応して企業が変貌を遂げるのは当然だし、寧ろそうすべきであろう。ピーター・F・ドラッカーが、企業に取って最も大事な二つの事として取り上げる「マーケティング」と「イノベーション」も、企業が常に変わって行く事を前提にして居る。

 しかし、現代の家訓とも云うべき「創業の理念」は、未来永劫伝えて行くべきものだと思う。企業が常に変化するものであるからこそ「背骨」を強固にして全体を支え無ければ為ら無い。そうで無ければ、クラゲの様に只浮遊する存在にしか過ぎ無い……。
 アメーバ経営と云う言葉もあるが「創業の理念」と云う背骨があるからこそ、アメーバの様に行動することが価値を生むのだ。


 




 パナソニックの不調の原因は中村時代にある

 創業の理念を忘れて大海を漂って居た松下(パナソニック)を徹底的に打ちノメシタのが、中村邦夫氏である事は、多くの人々の意見が一致する点である。「人を大事にする」と云う創業の理念等綺麗サッパリ忘れて、只管血も涙も無いリストラを行った。
 その苛烈さは週刊現代2002年7月27日号に掲載された中堅幹部の証言からも明らかである。「君の給料で優秀な若い奴が3人雇えるかな」と云う言葉を浴びせられるだけでは無く、それでも退職を拒否すると「研修センター」と云う名のリストラ部屋で草ムシリをさせられたと云う。

 この様な非道な事が行われたのは当時の中村社長が「45歳以上は要ら無い」と発言したからだと言われる。しかし、45歳以上が要ら無いのであれば、40歳・35歳・・・更には30歳の社員も「間も無く自分にも同じ事が起こる」と考えて当然だ。又、OBの年金の減額と云う日本の大企業では滅多に行わ無い事にまで手を付けた。

 勿論「年金問題」は当サイト7月22日の記事「年金は巨大な『国営ねずみ講』だから、負の所得税に一本化すべきワケ」で述べた様に、個人、企業、国家に取って重く圧し掛かる問題ではあるが「約束しただけの金額を払わ無い」と云う行為は、従業員と企業の間に抜き難い不信感を生じさせるのは明らかである。
 リクルートの様な企業は、創業当初から社員が独立して事業を行うのは当然と云う社風であったし、その様な覇気のある人間を好んで採用した。又、現役時代の給与水準は高いものの、退職金や年金も大した事が無い。

 この様な企業では、役員や幹部に為らずに定年迄勤める事は良しとはされ無い(最近は大企業に為ったので、少し変化して居るかも知れないが……)しかし、中途退社した人々は口々にリクルート時代を懐かしみ、各地に(中途退職者の為の)同窓会が有る程であり、筆者の中学時代の同級生も、関西地区の同窓会の会長を務めて居たそうである。
 勿論、松下(パナソニック)はリクルートとは全く逆で、冒頭で述べた様に「松下で働きたい人々」が「松下の繁栄の為に」身を粉にして働く事で成り立って来た会社である。中村氏の行った行為は、その様な誠心誠意松下の為に尽くして来た従業員への背信行為である。

 又、2005年から始まった石油ファンヒーターの欠陥・リコール問題の対応は、既存の広告枠をホボ全て使って徹底的に告知を行ったので評判が良いが、実は初動の誤りがこの様な大事件にしてしまったとも言える。しかも、会社の最高経営責任者として、FF緊急対策市場本部の本部長を務めながらも、中村氏は記者会見等の公的な場所で何の説明も謝罪もし無かった。

 その他、中村体制の問題点に付いては、巻末の参考書籍等を参照頂きたいが、筆者が感じるのは、中村氏と云うのは2014年に沈没事故を起こした韓国のセウォル号の船長の様なものだと云う事である。この船長は、乗客を置き去りにして自分だけ助かろうとした。
 中村氏も、自身の責任を顧みず、言ってみれば松下を沈没したママ置き去りにした。詰まり、2期連続の赤字の合計が1兆5000億円と云う巨額に上り63年振りの無配に転じたのだ。しかし、その事実が発表される直前の2012年に退職した中村氏を含む4名の取締役には、合計で18億円もの退職慰労金が支払われた。


 




 失ったものの多さ、大きさ

 中村氏の時代に多くのものを失った。例えば、2019年特許ランキング(日本)は、1位 キヤノン 2位 トヨタ自動車 3位 パナソニック(IPマネジメント )である。過つては「マネシタ」と揶揄された2番手商法を駆使したので意外に思う読者も多いかも知れ無いが、松下(パナソニック)は技術水準の非常に高い企業で「ノーベル賞受賞候補者」も居たとされるが、その様な優秀な技術者は激烈なリストラの中で去ってしまったと思われる。
 明日の我が身が心配では研究に没頭出来無いからである。特許件数では何とか3位に着けて居るが、質は可なり落ちて居ると考えられる。更に、中村氏の時代に行われた所謂「ナショナルショップ切り捨て」も禍根を残した。

 ナショナルショップとは言ってみればコンビニの加盟店の様なものである。オーナー経営者達と2人3脚で頑張る事で発展して来たのに、量販店の方が沢山売って呉れるから等馬鹿気た事を言って、販売ルートを大幅に変えてしまった。本部の勝手な都合で翻弄されたナショナルショップのオーナー達の心中は、察するに余りある。量販店は、大量に商品を裁いて呉れるが、困った時に指1本さえ動かして呉れる訳では無い。

 どんな優秀な経営者にも立て直せ無い会社はある

 2012年に津賀一宏氏が社長に就任して、パナソニックは危機から脱出した。危機から脱出する戦略は正しかったと考えて居るしその手腕も見事だ。しかし、パナソニックの本質的問題は「経営の舵取り」を間違えた部分では無く「義理と人情」を蔑ろにした点にある。
 中村氏の時代に失った信頼は、並み大抵の事では取り返せ無いし、津賀氏の経営戦略も、概ね妥当ではあるが「創業の理念」に戻ろうと云う気配は無い。

 投資の神様ウォーレン・バフェットは「どの様な優秀な経営者にも立て直せ無い事業は存在する」と述べて居るが、パナソニックがその典型例に為ら無い様祈る。



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          立石泰則『パナソニック・ショック』文芸春秋 

 

 ★主要参考文献 立石泰則『パナソニック・ショック』文芸春秋  大原 浩
      
            以上


  





 【管理人のひとこと】


 管理人が松下電器と云う企業の存在に強く影響された時代は、1964年の東京オリンピックからその後の大阪万博への、所謂、高度経済成長期の長いスパンの一時期である。当時大阪で働いて居たので、家電メーカーはナショナル(松下)シャープ(早川)と数社あり、大阪の産業基盤に深く根付いて居た。
 しかし、東京勢の東芝・日立等の総合電機メーカーや秀逸な製品に溢れるソニーとは異なり、何と無く新鮮味の無い田舎臭い二流三流の趣で、企業としての勢いや技術・製品へのイメージは決して強くは無かった。その弱点を、彼等は圧倒的なTVのCMで「ナショナル・ショップ」と共に凌いで居た様に感じられる。

 本文にある様に「真似した電器」の如く、管理人は、得意先が松下関係であっても一度も私用には購入した事は無かった。何と無く製品は二流であり価格も安くは無かったからだが、一概に云えば「魅力」が無かったのだ。毎日溢れる様にTVCMが流され、中でも連続ドラマの「水戸黄門」は欠かさず観て居たので家電として知名度は日本一だっただろう。
 だから、ソニーの様な圧倒的なファンも居無かっただろうし、日立はモーターが素晴らしい、東芝は・・・と特徴の無い「何でも屋」の存在だった。今でもそれは残って居て、我が家にあるパナソニックの製品は、古い韓国製のラジカセ(panasonic)一台で、これも、暫くすると何かの接触が悪く、音が途切れたりイヤホーンが使え無く為ってしまうものだ。

 なので、松下・パナソニックにはこれと云う思い入れは無いのであるが、それにしても日本勢の家電の衰退は嘆かわしい。今は、仙台に本拠を持つアイリス・オーヤマの家電製品がTCCMに頻繁に現れる様に為った。丁度我が家のニーズに合うので、今度は衣類の除湿・乾燥器の購入を考えて居る。
 大企業が新製品を作るにはスピードの点で劣るのだから、総合家電メーカーとしては、小さな企業体から集めた新しいニーズの製品を、或る種のコンセプトで販売する商社の様なものに為るのかも知れない。所謂製品群のアッセンブリーだ。

 一時、韓国製のテレビ受信機が世界中に広まった。機能が限定され価格が安く壊れ無い丈夫な製品だとして圧倒的なシェアーを誇り、日本の製品が駆逐されてしまった。いち早く薄型を採用し、世界標準と為ったのはご存知の通り。
 何ん等かのニーズを見付け短期間に製品化する・・・それが開発力なのだが、それには意思決定に時間を取られては為ら無い。アイリスオーヤマはその点が早いそうだ。彼等は時間の勝負をして居るのだろう・・・



 



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