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2013年07月22日

霊使い達の黄昏・19



 こんばんわ。土斑猫です。
 先週はコメント欄消失によるゴタゴタ及びその他諸々の事情で、二次創作の更新が出来ませんでした。
 誠に申し訳ありません。
 と言う訳で、「霊使い達の黄昏」19話掲載です。



たゆる想いは黄昏に集う.jpg


                     ―19―


 雨が降る。
 その雫、一つ一つに闇を抱き。
 しとどしとどと。
 雨が降る。


 「ふぅん・・・。そういう事か・・・。」
 雨を吸い、重く下がる己の髪をかき上げながら、エリアルが言う。
 「そういう事だ・・・。」
 それに答える様に、ヴァニティが繰り返す。
 「今からこの村は“実験台”だ。今のリチュア(我ら)の力を試すためのな。」
 「そういう趣旨だったっけ?」
 「違う。だが、ノエリア様が、そう決められた。」
 その言葉に、エリアルはその愛らしい顔を歪めて苦笑する。
 「ああ、またノエリア様の気まぐれか。大儀だよねぇ。アタシらも。」
 「・・・言葉を慎め。ノエリア様の意思は、リチュアの意思だ。」
 「はいはい。分かってますよ。」
 そう言うと、エリアルはすっくと杖の上に立つ。
 「じゃあ、行ってくるね。」
 「うむ。」
 「ちゃんと見ててよね。アタシの事。」
 「・・・・・・。」
 無言のままのヴァニティ。
 その頬に、身を伸ばして口付けをする。
 クスリ
 その顔に浮かぶ、年相応の微笑み。
 そして、エリアルはそのまま杖から身を投げた。
 「あっ!?」
 「あいつ、何を!?」
 ウィン達が驚きの声を発する中、その身体はまっ逆さまに地へと向かって落ちて行く。
 その落ち行く先にあったのは、水溜り。
 降り注いだ雨が溜まり作った、黒い黒い、闇色の水溜り。
 しかし、それは落ち来る少女を受け止めるには、あまりにも浅すぎる。
 エリアルの身体が、猛スピードで地に迫る。
 数秒後に広がるであろう惨状に、その場にいた皆が目を覆う。
 しかし―
 トプン
 そんな皆の思いをあざ笑うかの様に、エリアルの身体はあっさりと暗い闇に呑まれて消えた。


 ライナは焦っていた。
 闇色の雨は絶え間なく降り続き、見る見る内に地面のあちこちに水溜りを作っていく。
 黒い水。闇の水溜め。
 その意味を知る彼女は、焦燥の思いそのままに、ダルクや使い魔達に呼びかける。
 「いけません!!早く、その人達を止めて!!」
 「何だ!?どうしたってんだ!?」
 その様に、ダルク達も目を丸くする。
 「いいから、早く!!」
 言いながら、ライナは杖を構えて目の前のシャドウに向かう。
 『姉上様ハ、一体ドウナサレタノデショウ?』
 「・・・さぁな。だけど、この雨は確かにやばそうだ!!」
 ダルクは相方の問いにそう答えると、自分も杖を構えて対峙するアバンス達へと突っ込む。
 「クポポ。悟ったか。良い判断じゃ。」
 愉快気に笑うシャドウ。
 その足元には、ジワリジワリと水が溜まりつつある。
 「“儀式”なんて、完了させません!!」
 叫びながら、シャドウに向かってライナは杖を振りかざす。
 「・・・何か、ウチのがろくでもなさそうな事を言ってるんだけどな・・・?」
 低い姿勢で疾走しながら、ダルクはアバンスとエミリアに向かって言う。
 「気になるなら、黙って見てろよ・・・。すぐに、分かる。」
 闇色の雫に身を染めながら、アバンスは迫るダルクを見つめる。
 「お前をふんじばってから、ゆっくり聞くさ。」
 そして、ダルクはアバンスめがけて杖を横殴りに振るう。
 ライナの白杖。
 ダルクの黒杖。
 それぞれが、相手を薙ぎ倒そうとしたその瞬間―
 バチィッ
 「キャウッ!?」
 「なっ!?」
 何もない空間に衝撃が走り、ライナとダルクを弾き飛ばした。
 「な、何ですか!?これ!!」
 「・・・“結界”!?いつの間に・・・!!」
 痺れる手を押さえながら、ダルクが事態を把握する。
 「クポポ・・・。儀式はリチュア(我ら)の要。そして儀式の欠点はその発動時間。その様な見え透いた弱点を、捨て置くと思うか?」
 「何・・・ですって・・・!?」
 驚愕の表情を浮かべるライナに、シャドウは嘲りの言葉をかける。
 「克服済みなのじゃよ。そんな弱点はな・・・。」
 体温を持たないその顔が、冷たく、冷たく歪んだ。


 冷たく降り注ぐ闇の中、リチュア・ヴァニティはエリアルが残した杖の上に立ち、静かに目を閉じていた。
 グッショリと濡れそぼる我が身など、気にも留めないという風に。
 黒衣に包まれたその身は闇色の雨に濡れ、まるで影そのものが伸び上がっている様に見える。
 そんな闇一色に染められた姿の中で唯一、生白く浮き上がっているものがあった。
 それは右手。
 胸の高さまで上げられたそれは奇妙な印を結び、淡い光を放っている。
 卓越した術者ならば、気付く事が出来たかもしれない。
 その右手から発せられる不可視の“何か”が、まるで包み込む様に村全体を覆っている事を。


 「結界師・・・!?」
 シャドウから告げられた言葉に、ライナは茫然と呟く。
 「そう言う事じゃ・・・。分かるか?儀式が妨害されぬ以上、もはやリチュアに盲点はない・・・」
 ズポリ・・・
 話すシャドウの足が、黒い水溜りに沈む。
 ズプリ・・・
 ズプリ・・・
 足だけではない。
 腰が。
 続いて胸が。
 次々と闇の中へ消えていく。
 まるで、底なし沼に呑まれる様に。
 しかし、当の本人には恐怖も焦燥も見てとれない。
 ただただ、沈み行くその顔に薄笑みを浮かべるだけ。
 「おぅ。そうじゃそうじゃ。」
 首まで沈んだ姿で、思い出した様に口を開く。
 「この“芸”は、お主には披露済みじゃったな。それならば、別に面白いものを見せてやろう。」
 「・・・何を、言ってるですか・・・?」
 成す術もなく見つめるライナが、問う。
 「面白いものじゃ。ほれ、上を見てみぃ。」
 言われるままに見上げたライナの瞳に、あるモノが映る。
 降り注ぐ黒雨の中を、何かの影が落ちてくる。
 思わず目を凝らす。
 見上げる目に、雨が入る。
 にじむ視界。
 ゴシゴシと、目を擦る。
 目に入った水は、なかなかとれない。
 結局、しっかりと“それ”を見たのは、“彼女”が目の高さまで落ちてきた時だった。
 「――え・・・?」
 ドポォンッ
 湿った音を立てて、“彼女”が地面の水溜りに落ちる。
 「・・・・・・?」
 唖然とするライナの足元で、闇に浮かぶのは一人の少女。
 何処から落ちてきたのか。
 一体、何処の誰なのか。
 そんな当然の疑問をしかし、ライナは持つ事が出来なかった。
 その目が、少女の姿を凝視する。
 闇の中、水藻の様にたゆらう緋色の髪。
 魚の鰭を模した、リチュア特有の衣装。
 静かに上下する胸。
 眠っているかの様に、薄く目を閉じた顔。
 カタカタと震え始める、身体。
 ゆっくりと上げる、視線。
 見れば、ダルクが青ざめた表情で自分の前にいる“彼女”を見つめていた。
 ライナは思う。
 自分もきっと、同じ表情をしているのだろうと。
 (・・・どうじゃ?面白いじゃろう・・・?)
 地の底で囁く様に、シャドウの声が響く。
 闇の中に、すっかり沈み込んでしまったのだろう。
 その姿は、もう跡形もない。
 けれど、それに構う余裕など、もはやある筈もなかった。

 
 ライナもう一度、眼下にある“彼女”と目の前に浮かぶ“彼女”を見比べる。
 『どう?面白いでしょ?』
 薄く笑みを浮かべながら、“彼女”―エミリアが言う。
 「貴女・・・これは・・・そんな・・・」
 戦慄きながら、ライナは言う。
 「純正な霊(スピリット)じゃない・・・。まさか・・・そんな事・・・?」
 信じられない。
 信じたくない。
 けれど、目の前の現実は容易にその想いを否定する。
 「お前・・・まさか、自分の魂魄を・・・」
 絶句する彼女の代弁をする様に、ダルクが問う。
 『見て分からないなら、説明しても分からないと思うけど。』
 能面の様な顔で、クスクスと笑うエミリア。
 「馬鹿な!!生きた肉体から魂魄を切り離すなんて、そんな真似出来るはずが・・・」
 「見たものは、素直に認めろよ。」
 同じ様に能面の顔で呟く様に、アバンスが言う。
 「これがリチュアだ。真理も、道義も関係ない。万物万象全てを呑み喰らい、力とする・・・。。」
 淡々と語るその瞳に、光はない。
 まるで、大事な何かを捨て去ったかの様に。
 『便利でしょう・・・。一つの資源から、二つの資源が取り出せるんだから・・・。』
 昏い笑みに顔を歪ませながら、エミリアは笑い続ける。
 「何て・・・事を・・・。」
 強い目眩が、ライナを襲う。
 確かに、儀式魔法(セレモニー・スペル)でもっとも重要なのは生贄の確保。
 リチュア(彼ら)の“それ”に対する渇望と執着は、その身に染みて分かっているつもりだった。
 しかし、これはその理解を超えていた。
 そのために、肉体を生かしたまま魂魄を剥ぎ取るなど、もはや神の摂理を踏みにじる所業としか言い様がなかった。
 「リチュア(貴女達)は、命を何だと・・・!?」
 「知ったふうな口をきくな!!」
 ライナの激高の声を、もう一つの声が遮った。 
 「お前らに、何が分かる!?。」
 剣を握った手をダラリと下げたアバンスが、燃える様な眼差しでライナを見つめていた。
 仄暗く燃える様な視線が、ライナを射抜く。
 「”そこ”に在れるお前らが!!”そこ”で生きてるお前らが!!」
 血を吐く様な声で、彼は叫ぶ。
 「その道しか知らず、その術しか知らずに生きるしかない者の想いが分かるか!?」
 「お前・・・?」
 唖然とするダルク達。
 叫びは続く。
 「教えてやるよ!!誰がエミリアをこうしたのか!!誰が、こいつにこんな在り方を強いたのか!!」
 『アバンス!!』
 「!!」
 エミリアが叫ぶ。
 それに、アバンスは我に帰った様に言葉を呑み込む。
 一瞬、辺りを包む静寂。
 けれど―
 (・・・ノエリア様じゃよ。)
 「「「『!?』」」」
 全然別の方向から飛んできた声に、ライナ達は驚き、エミリアとアバンスは顔を強ばらせる。
 「シャドウ・・・!!」 
 (クポポ・・・。いかんのぉ。言いかけで止めては。聞き手が困るじゃろうが?)
 歯噛みするアバンスを嘲る様に、闇の深淵からシャドウは言う。
 「ノエリア・・・?」
 (そう、ノエリア様じゃ。我らリチュアを統べる教主。そして・・・)
 困惑するライナに、シャドウは歪んだ笑みを声だけで向ける。
 酷く。酷く、邪(や)んだ笑みを。
 (エミリア・・・その娘の、実の”母親”よ・・・。)
 「な・・・!?」
 絶句するライナ達。
 それを嘲笑う様に、声は消える。
 しかし、それに構う余裕はない。
 母親・・・。
 今確かに、“母親”と言ったか。
 ありえない。
 こんな狂事のために、自分の娘を犠牲にするなど。
 もはや、正気の沙汰とは思えない。
 「狂ってる・・・。」
 その呟きを聞いたエミリアが、ククッと笑う。
 『何?その顔。同情でもしてるの?』
 影の挿した顔を歪に歪めながら、彼女は言う。
 『貴女達の物差しで計らないで。リチュアの崇高な教えが、貴女達に理解出来る筈もないもの。』
 崇高な教え?
 そんなもの、理解したくもない。
 嫌悪の表情を露わにするライナ達を無視する様に、エミリアは続ける。
 『わたしは、満足しているの。お陰で、お母様に尽くすための力を手に入れられたのだから。』
 「尽くす、力・・・?」
 『そうよ。ほら。』
 エミリアが杖で、ライナ達の足元を指す。
 「!!」
 ハッと目を戻す。
 そこに、“抜け殻”のエミリアの姿はなかった。
 ただ、地に溜まった闇がブクブクと泡を立てているだけ。
 それを見たライナが青ざめる。
 「まさか・・・」
 『そのまさかよ。』
 危惧を、肯定する言葉。
 そして、
 『“器”はそちらに。そして、“わたし”は・・・』
 エミリアの魂魄(スピリット)は、傍らで事の次第を見ていたアバンスに寄り添う。
 『待たせたわね。』
 「ああ・・・。」
 何かを諦観する様な表情で頷くアバンス。
 エミリアが、クスリと笑む。
 『そんな顔をしないで。こうなったからこそ、わたしと貴方はこういう形で在れるのだから。』
 言いながら、エミリアはアバンスに絡み付いていく。
 「エミリア・・・。」
 『愛してるわ。アバンス。』
 沈むアバンスをあやす様に、軽く唇を重ねる。
 しばしの間。
 やがてアバンスから顔を離すと、エミリアは緋色の視線をライナ達に向ける。
 明らかな敵意が、ライナとダルクを射抜く。
 『だから、今はわたし達の役目を・・・。』
 「分かった・・・。」
 アバンスの足が、一歩踏み出す。
 その先には、いつの間に溜まったのだろう。
 静かに揺れる、闇色の水面みなも。
 「!!、待て!!」
 事を察したダルクが止めようとするが、やはり不可視の壁に阻まれる。
 「くっ!!」
 「慌てるなよ。すぐに相手してやる。」
 闇に沈みながら、アバンスが言う。
 「ちょっとの間だ。その間に、相方とあの世に行った後の予定でも立てておけ。」
 トプン
 そして、アバンスとエミリアの姿も、闇の中へと消えた。


 いつしか、闇色の雨は止んでいた。
 しかし、光は訪れない。
 知らぬうちに日は沈み、世界は夜に抱かれていた。
 夜闇に包まれるガスタの村。
 その中で、少女達はただ立ち尽くしていた。
 それぞれの眼前にある、禍しい闇の残滓を見つめながら。
 深々と積もる様な静寂。
 誰も動かない。
 喋らない。
 空中に浮かぶ杖に立つ男も。
 鋼の鎧に覆われた巨獣さえも。
 まるで、何かを待つ様に。
 静かに。
 静かに。
 佇んでいた。


 ノエリアは元通り玉座に身をゆだねながら、静かに上を仰いでいた。
 その視線の先にあるのは、巨大な天窓。そして、その先に浮かぶ白銀の円。
 「・・・月よ・・・。」
 それに向かって、ノエリアは語りかける。
 「美しき月よ。今はしばらく、その身を隠すが良い。これより始まる宴、見ざる事を望むのならば。その無垢なる身体を、紅き色に染めたくないのであれば。」
 その言葉に答えるかの様に、天は見る間に雲に覆われ、月はその中へと消えた。
 それを見届けると、ノエリアは眼前の儀水鏡へと視線を戻す。
 「さあ・・・」
 音もなく、その右手が上がる。
 儀水鏡に向かって。
 差し伸べる様に。
 「出ておいで・・・」
 囁く。
 「わらわの・・・」
 優しく。
 「可愛い・・・」
 愛おしく。
 「子供達・・・。」
 そして冷たく。
 邪狂の教主は、言葉を紡いだ。


 ドパァアアアアンッ
 静寂を裂く様に、闇が悲鳴を上げる。
 ザパァアアアアアッ
 ジュバァアアアアアッ
 己が子宮を引き裂かれ。
 己が胎内を割り破られ。
 闇が苦痛の、悲鳴を上げる。
 そして。
 そして―
 ギョオオオオオオオオオ・・・
 世の黄昏を告げるかの様に。
 永夜の始まりを知らせるかの様に。
 産声が響いた。
 深い。
 深い。
 闇の中。
 昏きモノ達の、産声が響いた。



                                    続く
タグ:霊使い
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