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2013年06月21日

霊使い達の黄昏・18


 

 はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
 二次創作掲載を不定期にしたら、途端に更新頻度が減ってしまいました(汗)
 申し訳ありません。
 とりあえず、週に一回の更新は最低守ろうと思っています。
 と言うわけで、今日は久しぶりに「霊使い達の黄昏」掲載です。


 
たゆる想いは黄昏に集う.jpg


                     ―18―


 ギィガァアアアアアッ
 身を起こしたギガ・ガガギゴが怒りのこもった咆哮を上げた。
 グオゥッ
 轟音とともにうねった尾が地を凪ぐ。
 【くっ!!】
 「ちぃっ!!」
 咄嗟に身をかわすスフィアード達。
 「おい!!どういう事なんだよ!?アイツがエリアあの娘の使い魔だって!?」
 【言われてみれば〜・・・】
 【確かに、面影が・・・それに、魔力の波動も・・・】
 暴れるギガ・ガガギゴを、改めて注視したダイガスタ・エメラルが呟く。
 「それじゃあ、何でこんな事に・・・!?」
 スフィアードの問いに、ウィング・イーグルを旋回させながらウィンが叫ぶ。
 「リチュアだよ!!リチュアがギゴ君に何かしたんだ!!」
 『ウィン!!』
 プチリュウの声に、ウィンはハッと顔を上げる
 「キャッ!?」
 鋼の爪が頭をかすめ、ウィンは思わず悲鳴を上げた。
 『気をつけて!!近くに寄り過ぎると危ない!!』
 「う、うん!!分かった!!」
 大きく円を描くように飛びながら、ウィンとプチリュウはギガ・ガガギゴに呼びかける。
 「ギゴくん!!わたしだよ!!ウィンだよ!!分からないの!?」
 『お前、何とち狂ってんだよ!!あんな魔女の言いなりになんかなって!!使い魔の矜持を忘れたのか!?』
 ギィガァアアアアアッ
 しかし、その呼びかけに応えるのは狂気の叫びだけ。
 ドガッ ガシャアアアッ
 その巨体が動くたび、村の建物が破壊されていく。
 逃げ惑う村人の悲鳴が響き渡る。
 「こ、この・・・!!」
 それを見たスフィアードが、武器を構える。
 しかし―
 「止めて!!」
 その耳に届く、悲鳴の様なウィンの声。
 「生きてるんだよ!!どんな形になっても、ギゴ君、生きてるんだ!!ここでギゴ君を斃しちゃったら、エーちゃん、本当に立ち直れなくなっちゃう!!」
 血を吐く様な訴え。スフィアードは唇を噛む。
 「畜生!!どうすりゃいいんだよ!?このままじゃ・・・このままじゃ村が・・・!!」
 と、そんな彼女の袖を引く者がいた。
 振り返ると、そこに立っていたのは小柄な少年。
 「カムイ・・・?」
 「・・・リーズ姉ちゃん・・・もう、いいよ。」
 「え・・・?」
 義姉(あね)の袖を、力なく引くその言葉にスフィアードは思わず呆けた様な声を出す。
 「もういいんだ・・・。」
 そう繰り返す少年の目には光はなく、全てを諦めた様な無力感がその全身を包んでいた。
 「アイツは、アイツはオレを狙ってるんだ・・・。アイツの、大切なものを奪ったオレを狙ってるんだ・・・。」
 そう言いながら、カムイはフラフラとした足取りで、スフィアードの前へと出て行こうとする。
 「だから、オレが・・・、オレが殺されれば、アイツは・・・」
 「――っ!!馬鹿!!」
 震える声とともに、スフィアードはカムイを抱き締める。
 「・・・姉ちゃん・・・。」
 「・・・馬鹿な事、言わないでくれ!!おじさんも、おばさんもいなくなって、その上お前にまで死なれたら、アタイはどうすりゃいいんだよ・・・!?」
 自分を包む、細い腕。
 その温もりを感じながら、それでもカムイの目が“彼”から離れる事はなかった。


 「リーズさん・・・。カムイ君・・・。」
 そんな二人を、そして破壊され行く村を、ウィンは歯噛みする思いで見つめる。
 と、そこにかけられる妙に間延びした声。
 【ウィンちゃん〜。】
 「へ・・・?いや、はい!?」
 我に帰り、驚くウィン。
 いつの間にか、ダイガスタ・エメラルが近くに来ていた。
 【ギガ・ガガギゴあの子、貴女に気付いてくれそう?】
 「分かりません・・・。今は、とにかくリチュアの呪縛が強くて・・・」
 【・・・そうか。それなら!!】
 言いながら、エメラルは翼を広げ上を見る。
 「エメラルさん・・・?」
 【お前さんは、呼びかけを続けろ。俺達は・・・】
 翠の鎧の奥で、その目が鋭く光る。
 【“あいつ”を墜とす!!】
 言葉と共に、翼が一閃。
 次の瞬間、エメラルは上空で事の次第を見ていたエリアルに肉迫していた。
 「!!」
 彼女に向かって振り下ろされる円盾。
 「ひゃあ!!」
 エリアルはすんでの所で身をかわす。
 「ちょっと、アンタ!!危ないじゃない!!いたいけな少女に向かって、何すんのよ!!」
 【・・・“いたいけ”な?笑わせるな。】
 ギュルルルル・・・
 エメラルの両手に備わった円盾が、回転を始める。
 「な、何よ・・・?」
 【今、ギガ・ガガギゴ(あいつ)を操ってるのはお前だろ?】
 「!!」
 確かに強張る、エリアルの顔。
 【女の子を痛めつけるのは、趣味じゃねぇが・・・】
 ギャアララララララッ
 回る円盾から巻き起る旋風。
 それは周囲の風を巻き込み、小規模の竜巻を生み出す。
 【親玉を狙うってのは、常套手段だよなぁ!!】
 そう言って、エメラルは円盾から巻き起こる竜巻を鞭の様に振るう。
 唸りを上げる竜巻が、蛇の様にうねりエリアルを急襲する。
 「キャアアア!?」
 叩きつける様に振り下ろされる竜巻を、すんでの所で回避するエリアル。
 【リチュア(貴女達)が今回の黒幕だって事は、知ってるわ。】
 ダイガスタ・エメラルの中のカームの意識が言う。
 【我らが民の苦しみ。その報い。しかと受けなさい。】
 【心配するな!!殺しはしない!!少しばかり、眠ってもらうだけだ。】
 そして、エメラルは再び両腕を振るう。
 二匹の暴風の蛇が、怒りの咆哮を上げてエリアルに襲いかかった。


 その頃、ライナとダルクは一路ウィン達の元へと急いでいた。
 「ウィンちゃん、だいじょうぶでしょうか?」
 「分からない。」
 後ろで問いかけてくるライナを振り返りもせず、ダルクは答える。
 「ガスタの疾風が一緒だし、さっき療養所にいたダイガスタも援護に行った。」
 「じゃ、だいじょうぶですね?」
 「だけど、あの通りの猪突猛進だ。また悪い癖を出して深入りしてたら、万が一という事も・・・」
 すぐにそう言って顔を曇らせるダルクに向かって、ライナが喚く。
 「もう!!どうしてそうやってネガティブなほうこうにかんがえるですか!?」
 「しょうがないだろ!!性格なんだから!!」
 「ときとばあいをかんがえるです!!」
 「だったら訊くな!!」
 走りながら、ギャアギャアと言い合う二人。
 ―と、
 ピタリ
 不意に二人の足が止まった。
 「・・・おい。」
 「・・・です。」
 二人の視線が、目の前の物陰に集中する。
 「・・・ウザいな・・・。こっちは急いでるってのに・・・。」
 「でも、向うはやる気まんまんみたいですよ・・・。」
 その言葉に答える様に、物陰の中の闇が蠢く。
 「クポポポ。気配は消していたのじゃがな・・・。」
 暗がりの中から響いた声に、ライナが目を見開く。
 「その声・・・!!」
 闇の中からユラリと現れる、シャドウ・リチュア。
 「久方ぶりじゃな。娘。息災そうで何よりじゃ。」
 水の中で喋る様な、くぐもった声が嬉しそうに言う。
 「・・・あの三人がいた時から、もしやとは思っていましたが・・・。」
 「何だ?知り合いか?」
 「ええ・・・。以前に少し・・・。」
 怪訝そうに訊くダルクに、ライナが身構えながら応える。
 「・・・その割には、友好的とは言い難そうな雰囲気だな・・・。」
 「ライナとしても、もうお会いはしたくなかったのですが・・・。」
 「クポポ。連れないのぅ。あれだけ深く関わった縁だというに。」
 ペタリペタリと湿った足音を立てながら、近づいて来るシャドウ。
 血熱の通わないその顔に浮かぶ笑みが、二人の背筋に悪寒を走らせる。
 「・・・あなたも、今回の事に関与していたのですね。」
 いつもの乗りにはそぐわない、険しい眼差しでライナが言う。
 「当然じゃよ。この地は生贄(資源)の宝庫じゃからな。リチュア(我ら)としては是非とも欲しい所じゃ。」
 「・・・相変わらず、なのですね。」
 「この歳じゃ。いまさら、そうそう生き方は変わらんよ。」
 そんな言葉を吐きながら、嘲る様にシャドウは笑う。
 笑いながら、一歩、また一歩とライナに近づいてくる。
 その気配のおぞましさに顔をしかめるライナを庇う様に、ダルクが間に入る。
 「・・・久しぶりの再会を邪魔する様で悪いけどな・・・。」
 手にした杖を、シャドウに向かって突きつける。
 「・・・世間話が目的なら後にしてそこをどけ・・・。戦やるならさっさと戦やって、寝くたばれ。こっちは急いでるんだ・・・!!」
 そんなダルクの冷たい視線を受けて、シャドウはなお笑う。
 「おぅおぅ。これはまた、活きの良い坊主じゃの。顔がよう似とるが、お主の姉弟か何かか?」
 「ダルクはライナの弟です。余計な事訊いてないでさっさと退くです。じゃないと、今度は本当に容赦しないですよ?」
 共に杖を構えるダルクとライナ。それにならって、二体の使い魔達も臨戦態勢に入る。
 「4対1とは、これまた不公平じゃなぁ。」
 呆れた様におどけてみせるシャドウ。
 「卑怯とは言われる筋合いはないだろう・・・。リチュア(お前達)相手に限ってはな・・・。」
 「クポポ。これは痛い所を突きおる。なかなか、見所のある坊主じゃ。」
 酷く愉快そうに喋るその様が、ライナは違和感を覚えさせる。
 「あなた・・・」
 「うん?」
 「随分楽しそうですね?このシチュエーションじゃ、どう転んでも貴方に勝ち目はないと思いますが・・・?」
 その言葉に、シャドウの顔が歪に歪む。
 「・・・いい所に気がついたのう・・・。それはな・・・。」
 瞬間、背後から襲う猛烈な殺気。
 「―!?」
 いち早く振り返ったダルクの視界に入ったのは、いままさに振り下ろされんとする白刃。
 「―っ!!ちぃっ!!」
 咄嗟に杖を水平に構え、それを受け止める。
 ガキィイイインッ
 硬い物同士がぶつかる、硬質の音が響き渡る。
 「ダルク!?」
 振り向いたライナの目に映ったのは、ダルクと鍔競り合う銀髪の少年の姿。
 そしてその後ろでは―
 『・・・なかなか、鋭いのね・・・。』
 そう呟いて目を細める、半透明な少女の姿。
 どちらも、それを誇示するかの様にリチュア特有の衣装を纏っている。
 「わしも、一人ではないと言う事じゃ。」
 茫然とするライナに向かってそう言うと、シャドウはクポポと笑った。


 パキィイイイイイイインッ
 【グァアアアッ】
 【キャアアアッ】
 空に閃く、朱い閃光。
 同時に響く、衝撃音と悲鳴。
 全身から緑の欠片を散らしながら、ダイガスタ・エメラルが弾き飛ばされた。
 クルクルと錐揉みしながら墜ちる身が淡く光ったかと思うと、その身体が二つの人影に分かれる。
 「カームさん!!エメラルさん!!」
 悲鳴に近い声を上げながら、ウィンは墜ち行く二人の下にウィング・イーグルを走らせる。
 ドサッ ドサッ
 重い音を立て続けに立てて、二人が次々と巨鳥の背に落ちる。
 キィッ
 急な負荷に耐えかね、一瞬バランスを崩すウィング・イーグル。
 「うぃっちん、頑張って!!」
 苦闘するしもべに、必死で呼びかけるウィン。
 それが通じたのか、ウィング・イーグルは何とか体勢を立て直すと安定した飛行に戻った。
 「二人とも、大丈夫!?」
 ウィンの声に、二人がヨロヨロと身を起こす。
 「あ、ああ・・・。なんとかな・・・。しかし、何が起こった?」
 「・・・『戦壊障(バトル・ブレイク)』・・・。一体、誰が・・・?」
 訳が分からないと言った態のジェムナイト・エメラルに答える様に、カームが言う。
 「・・・“あいつ”だよ・・・。」
 その目に怒りを燈らせながら、ウィンが上を見上げる。
 上向いた視線の先には、エリアルの乗る杖の先端に立つ、黒い影法師の様な姿。
 「・・・この程度の事にも対処出来ないとは、不甲斐ないぞ。エリアル。」
 払う様に振った手から、朱い魔法の残滓を散らしながらリチュア・ヴァニティはそう言った。
 「ヴァニティ!!助けに来てくれたの!?」
 思わず飛びつこうとしてくるエリアルを片手で押さえながら、ヴァニティは下の光景を見下ろす。
 「全く。たかが原住民の村落一つ潰すのに、どれだけ時間をかけている?ノエリア様も、些か飽き気味だぞ。」
 「ぶ〜。そんな事言ったってぇ〜。思ったより、邪魔が多いんだもん〜。」
 不満そうにぶ〜たれるエリアルを一瞥すると、ヴァニティは天を仰ぐ。
 「まあ、いい。その為に、我らは来たのだからな・・・。」
 呟く視線のその先で、妙に冷たい風が宙を舞った。


 ギシギシギシ・・・
 噛み合った白刃と黒杖が、鈍い音を立てて軋み合う。
 「往生際が悪いな。こっちは後がつかえてる。さっさと斬られてくれよ。」
 剣を持った少年―リチュア・アバンスが手に力を込めながら、ダルクに向かって言う。
 「・・・そう言われて、『はい。そうします。』なんて言う馬鹿がいると思ってるのかよ・・・!?」
 両肩にかかる負荷に耐えながら、ダルクはそう言って剣を押し返す。
 「・・・じゃあ、仕方ない。」
 途端、アバンスが足元の土を蹴った。
 「――っ!?」
 蹴り上げられた土を顔に受け、思わず怯むダルク。
 「悪いな。さよならだ。」
 冷たい声と共に、アバンスが剣を振り上げる。
 しかし―
 「ダルク!!」
 『ますたー!!』
 白刃がダルクの脳天を断ち割る直前、ライナの雷光と、D・ナポレオンの熱線が同時にアバンスを襲う。
 「ちっ!!」
 たまらず飛びずさるアバンス。
 「逃がさないです!!」
 ライナの雷撃が、地を焼きながらアバンスを追う。
 「!!」
 青白い閃光が彼を捉えようとしたその時、
 飛び込んできた人影が、その光を遮った。
 「エミリア!!」
 響くアバンスの声。
 それに答える事なく、人影はその身で雷撃を受け止める。
 『く・・・!!』
 乱れ舞う緋色の髪。
 苦しげに歪む顔。
 けれど、雷撃がその身を焼く事はない。
 ほとばしる閃光は波紋の様に歪む身体に溶け混じり、消えていく。
 その様を見たライナが、驚きに目を見開く。
 「霊体(スピリット)・・・!?」
 ハァと苦しげに息を吐いた少女が、赤い瞳でライナを睨む。
 『アバンスに、手を出さないで・・・。』
 昏く燃える視線が、ライナの背筋を震わせる。 
 「お前ら・・・」
 少女の背後から歩み出たアバンスが、怒りのこもった声を漏らす。
 ゆっくりと向けられる、刃の切っ先。
 「なます切りくらいは、覚悟しろ・・・。」
 ライナに向けられる、明確な殺意。
 それを遮る様に、ダルクも彼女の前に出る。
 「・・・何やら、竜の尾に触れたみたいだな・・・。」
 「・・・ですね・・・。」
 ダルクの背に己の背を預けながら、ライナは周囲を見回す。
 前には、薄笑みを浮かべるシャドウ。後ろには憤怒に髪を揺らすアバンスと、冷めた視線を向けるエミリア。
 「囲まれました・・・。」
 「だな・・・。だけど・・・」
 面するアバンスの動きを伺いながら、ダルクは珍しくも不敵に笑む。
 「正面からの勝負になれば、憑依装着してるこっちの方に分があるってのが、今の感想だけどな・・・。」
 「足元すくわれて、殺られかけた後に言う台詞ですか?それ。」
 苦笑するライナに、渋い顔をするダルク。
 「けれど・・・」
 すぐに表情を引き締めると、ライナは目の前のシャドウを見つめる。
 「その意見には賛成ですね。“油断さえ”しなければ、負ける相手じゃないです。」
 その言葉に、小さく舌打ちをするアバンス。
 「クポポポポ、見抜かれたのう。アバンス。つまらん小細工をするからじゃ。」
 愉快気に笑うシャドウ。その様を見て、ライナは訝しげな表情をする。
 「・・・随分と余裕ですね・・・?その言い様だと、憑依装着(ライナ達)と自分達の力の差は充分理解している様に思えますが・・・。」
 「おおぅ。良く理解しておるよ。伊達に歳はとっておらん。人を見る目には自信がある。」
 かけられる問いに、シャドウはあくまで飄々と答える。
 「・・・そうですか。ならさっさとどいてくれるとありがたいのですが。逃げる分には、追いかけたりしませんよ?」
 しかし、シャドウの顔から薄笑みは消えない。
 「あいも変わらず、甘い娘じゃなぁ。」
 「甘さがなけりゃ、この世は地獄です。」
 「クポポ、その若さで何ゆえそんな考えを持つ様になったのか、是非とも知りたいところじゃが・・・。もう、そうもいかんのう。」
 そう言って、シャドウは空を見上げる。
 「どういう事です・・・?」
 問いかけるライナに向かって、シャドウの顔がクシャリと歪む。
 それは、今までの好々爺然とした笑みとは全く違う、酷く歪んだ笑み。
 邪悪という言葉。それを、そのまま具現化した様な笑み。
 ライナの背筋が、改めてゾクリとを震える。
 そして、シャドウはゆっくりと次の言葉を紡ぎ上げた。
 「・・・お主達が、死ぬでのぅ・・・。」
 次の瞬間―
 ゴンッ
 辺り一帯を襲う、強烈な霊圧。
 「「―なっ!?」」
 驚いて上を見るライナとダルク。
 彼女達の目に映ったのは、いつの間にか黒い雲に覆われた空。
 そして、そこに浮かび上がる巨大な存在。
 「魔法・・・陣・・・?」
 「でかい・・・!!」
 絶句するライナ達。
 それを見て、シャドウは酷く楽しげに哄笑を上げた。


 薄闇に包まれていた筈の広間は、不気味な青白い光に包まれていた。
 暗く揺らぐそれがたゆらう空間は、まるで深く仄暗い水の中の様に見える。
 その怪しの水中みずなかに、一人の女性が立っていた。
 鋭く、冷たい眼差し。氷の様に透き通った肌。その全身から漂う邪気。
 長い髪を高く纏め、魚の鰭を思わせる意匠の衣を身に纏ったその姿は、まさに魔女という言葉を思い起こさせるもの。
 そんな彼女の前にあるのは、これまた奇怪な意匠を施された巨大な鏡。
 リチュアの象徴たる、暗き淀みの鏡。
 儀水鏡。
 氷の様に澄み切ったその鏡面に、女性の姿が映り込む。
 鏡の中の自分に微笑むと、女性はその口を開いた。
 「準備は良いかえ?『ディバイナー』?」
 「・・・はい。ノエリア様・・・。」
 彼女―リチュア・ノエリアの声に応えたのは、床に腰を下ろした異装の男。
 ノエリアと同じく、魚の鰭の様な意匠に黒い法衣。赤褐色の肌に埋め込まれた四眼の下は、口当てと布によって覆われている。
 ディバイナーと呼ばれたその男とノエリアの間の床には、儀水鏡を模した巨大な魔法陣。
 そしてその上に並べられるは、数多のモンスターや人の姿。
 彼らは贄。
 かの地に巻かれた毒風によって、命を落とした者達。
 今はただ、贄としてのみ在る事を許された存在。
 「・・・恐ろしゅうございますな・・・。」
 ボソリと呟く様に、ディバイナーが言う。
 「何がじゃ?」
 ノエリアの問いに、彼は覆面の下で薄く笑いながら答える。
 「ノエリア様がでございますよ・・・。」
 「ほう?」
 「本来、“かの術”は術師一人がその魂魄を削り、ようやく一つを成せるもの。それを貴女様はたった一人で、かような数を成してしまう・・・」
 ポゥ・・・
 ディバイナーが合わせた手の中に、青白い炎が灯る。
 その灯火に照らされた彼の緑色の四眼は、心なしか恐怖に震えている様に見えた。
 「ほほ・・・。何を言う。この程度の事、熟した術師であれば造作もない事。それが出来ぬは、己らの鍛錬が不足と知るがいい。」
 まるで何でもない事の様にそう言って、ノエリアは妖艶に笑う。
 嘲りの色を隠さないその言葉に、ディバイナーは苦笑する。
 「わたくしも、シャドウも、それなりの時を重ねてきたのですがな・・・」
 「なら、さらにそれ以上の時を重ねれば良いまでの事・・・」
 「フフ・・・無茶をおっしゃられる・・・。」
 それに・・・とディバイナーは思う。
 恐ろしいと思うのは、その力だけではない。
 緑色の四眼が、贄達の群を見る。
 否。見つめていたのは、その群の中心。
 そこは、周りの贄達を故意に退かしたかの様に丸い空間が空いていた。
 その空間の中心には、少女が一人。
 他の贄達同様に、身動き一つなく薄闇の中に横たわっている。
 ただ静かに眠る様に、瞳を閉じて。
 知る者がその姿を見たら、果たして何と思うだろうか。
 少なくとも、ディバイナーは感じていた。
 恐ろしい。
 ただただ、恐ろしいと。
 視線を、少女からノエリアへと移す。
 笑っていた。
 見下す様に。
 嘲る様に。
 そして、酷く楽しそうに。
 自分の考えは、全て筒抜けの筈だった。
 今まで思ってきた事も。
 今思っている事も。
 それを。
 それらを。
 全て知った上で、ノエリアは笑っていた。
 楽しげに、笑っていた。
 「では、始めるとしよう。」
 「御意に・・・。」
 その言葉に、ディバイナーは頭を垂れる。
 異を唱える気など、毛頭ない。
 逆らう事など、思えもしない。
 ただただ、動く。
 全ては、ノエリア(彼女)の思うまま。
 全ては、ノエリア(彼女)の願うまま。
 彼は動く。
 リチュア(彼ら)は、動く。
 ギィ・・・
 軋む様な音を立てて、ノエリアの前に浮いていた儀水鏡が向きを変える。
 冷たく光る鏡面が映し出す、贄の群。
 それらを舐める様に眺めるノエリア。
 そして、彼女はゆっくりと“かの呪文”を紡ぎ出す。
 「イビル・イビリア・イビリチュア 時の澱みに沈みし混沌 古き水に眠りし邪神 我が求むは其が忌名 我が望むは其が恵み 愚なる現世うつよは堕せし偽物 汝なれの夢こそ尊き真理 暗き水面みなもに映せし御魂 其を導に此方に来たれ 深き淵に沈みし現身うつしみ其を礎に穢土へと降くだれ 我が御魂は汝が盾 我が身体は汝が矛 其を持ち荒すさびて全てを呑み込め 其を持ち猛りて全てを喰らえ」
 その声に呼応する様に、光を放ち始める儀水鏡。
 鏡面に浮かび上がる、贄達の姿。
 彼らの姿が、水面みなもに映るそれの様にユラリと歪む。
 そして―
 ギュルッ
 呻くその姿が、次々と揺らぐ儀水鏡に吸い込まれていく。
 ギュルッ
 ギュルッ
 ギュルルッ
 まるで、蛇が鼠を呑む様に。
 まるで、大魚が小魚を喰う様に。
 儀水鏡は、次々と床に転がる贄を呑み喰らう。
 その度に、澄んでいた鏡面は墨を落とした様に黒く濁り、染まっていく。
 やがて、それが全て闇色に染まる頃。
 数多の贄は全て消え、後には件の少女だけが残されていた。
 「ディバイナー。」
 「御意。」
 ノエリアの言葉に、ディバイナーは手に灯していた焔を床の魔法陣に落とす。
 ボゥ・・・
 青白い光が、魔法陣の線を走る。
 魔法陣はみるみる光に覆われ、薄闇の中に浮かび上がる。
 それを覗き見るノエリア。
 青白く光る陣の向こうに、一つの光景が透けて見える。
 それは、いずこかの村落の風景。
 並び立つ家々。
 燃える炎。
 暴れる、何かの影。
 それらが全て、航空写真に写した様に陣の向こうに見えている。
 ノエリアはほくそ笑むと、ただ一言、こう言った。
 「堕ちよ。」
 瞬間―
 ゴポリ
 宙に浮かぶ儀水鏡から、“それ”が溢れ出す。
 深い。
 どこまでも深い、闇色の水。
 止め処なく溢れ流れるそれは、見る見る内に魔法陣の中を満たしていく。
 闇色の水面みなもに染まっていく魔法陣。
 チャプ
 チャプ
 陣の中心に横たわった少女の身体が、揺れる水面みなもに弄ばれ、ゆっくりと揺れる。
 まるで、揺り籠に揺られる様に。
 その様を愛しげに見つめると、ノエリアは言った。
 「さあ、お行き。可愛い“娘”・・・。」
 途端、
 チャプンッ
 少女の身体が、沈んだ。
 呑まれる様に。
 引かれる様に。
 あっさりと、沈んだ。
 後に残るのは、ウワンウワンと広がる、波紋だけ。
 それを眺めながら、ノエリアは笑う。
 楽しげに。
 だけど冷たく。
 ノエリアは笑う。
 「・・・怖や・・・怖や・・・」
 ディバイナーは身をすくめる。
 沈み行った少女と、かの村の住人達に、幾ばくかの憐憫を感じながら―

 ダルクとライナは、今だ空を見上げたまま絶句していた。
 「クポポ・・・」
 そんな二人を嘲る様に、くぐもった笑い声が響く。
 笑い声の主―シャドウ・リチュアはその蜥蜴の様な顔を歪めながら、また一歩、ライナ達に近づく。
 「のう。娘・・・」
 「な、何ですか・・・?」
 その鬼気にたじろぎながら、ライナは返す。
 「何故、リチュア(我ら)は“ここ”にいる・・・?」
 彼女の顔を楽しそうに眺めながら、シャドウは言う。 
 「・・・え?」
 「リチュア(我ら)は今までその身を隠し、闇を這いずって活動しておった。それが、何故この期に及んでこの様な表の世に出てきたと思う・・・?」
 「・・・何が、言いたいですか・・・?」
 「分かるか?分からんじゃろうなぁ・・・」
 クポポ・・・と笑いながらシャドウは続ける。
 「・・・ないからじゃよ・・・。」
 「・・・・・・?」
 「もはや、その必要がないからじゃよ・・・。」
 「何・・・ですって・・・?」
 「もはや、身を隠す必要がリチュア(我ら)にはないからじゃよ!!」
 ゴゥン
 瞬間、ライナ達にかかっていた霊圧が重さを増す。
 同時に昏さを増す、辺りの大気。
 「「!!」」
 驚きと共に、再び空を仰ぐダルクとライナ。
 空が、闇に染まっていた。
 否、染まっているのは、先ほどまで村の上空を覆っていた魔法陣。
 それが、ゆらゆらと揺らめく闇に満たされていた。
 その闇を見たライナが、目を見開く。
 「あれは・・・まさか!!」
 彼女が思わずそう口走った瞬間―
 ザァッ
 闇色の雨が、ガスタの村に降り注いだ。


 「な、何だよ!?こりゃあ!!」
 降り注ぐ闇にその身を打たれ、スフィアードが驚きの声を上げた。
 「黒い・・・雨?」
 「とんでもない、邪気・・・だ!!」
 身を滴る冷感に振るえながら、ウィン達は天を見上げる。
 そこには、村を覆う様に広がる魔法陣。
 「・・・誰か、いる・・・。」
 濡れそぼる身体をかき抱きながら、ウィンは闇の向こうを凝視した。



                                      続く
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