はい、皆様こんばんわ。土斑猫です。
今日は「霊使い」の日。と、言うわけで「霊使い達の黄昏」15話掲載です。
―15―
「吉、こいつはオレ一人でやる。手を出すな。」
『・・・御意。』
主の言葉に従い、後方に下がる稲荷火。
【ヒカ、ヒカカカカカカカカ!!】
そんな彼女達を見て、ラヴァルバル・チェインは高らかに笑う。
【威勢がいいのは結構だがよ、オメェなんざで俺様の相手が務まるのかねぇ?】
そう言って、チェインは紅蓮の大鰭とともに両手を広げる。
【俺様には、ラヴァル全員分の魂が宿ってるんだぜ?言わば、今の俺様はラヴァルの力全てを束ねた究極の炎術師も同然!!】
チロチロと火の粉が混じる吐息を吐きながら、大声で叫ぶ。
【俺様はなぁ、這い上がるのよ!!この“力”を持って!!もっと高みに、天辺に!!もう誰にも、エリアルにもシャドウにも、三下なんて言わせねぇ!!俺様は最強!!俺様は究極!!最高にして至高のリチュアの戦士だ!!そんな俺様が、オメェみてぇな小娘に負けるわけねぇだろ!?】
その威容と威力が、遥か高みからヒータを威圧する。
しかし、それに動じる事無く、彼女は不敵に笑う。
「へぇ。それはそれは。けどよ・・・」
【?】
「その小娘に、開けた馬鹿口撃たれてヒイヒイ言ってたのは、どなたさんだった?」
【――!!】
あからさまな挑発に、チェインの顔から笑みが消える。
「あの程度の火礫も往なせねぇとは、大した炎術師もいたもんだ。」
【餓鬼ぃ・・・!!】
与えられた恥辱に、鋭い牙がギリリと鳴る。
「弱い犬ほどよく吠えるってな!!」
熱風にはためくローブをバサリと払い、ヒータはキッと前を見据える。
朱色の髪が、猛る獅子の鬣の如く火の粉を纏ってたなびいた。
「教えてやるよ!!本当の炎術師ってのが、どんなもんかをな!!」
そう言って、燃え盛る杖を突きつけるヒータ。
そんな彼女に向かって、チェインは吼える。
【楽に死ねると思うなよ!!嬲って嬲って、嬲りぬいたあげくに、ジリジリ炙りながら生きたまま喰ってやらぁ!!ラヴァルこいつらみたいになぁあ!!】
そして焼け付く鎖刃を振りかざし、紅蓮の火蜥蜴は朱の衣を纏う少女に向かって襲いかかった。
ゴォッ
ゴォンッ
ゴァアアアッ
燃え盛る炎獄の如き戦場で、二色の炎が唸りを上げてぶつかり合っていた。
一つは朱色。紅玉の様に澄み渡り、熱く、それでいて涼やかに輝く純潔の朱(あか)。
一つは紅蓮。地より湧き出でる溶岩の如く灼熱し、全てを飲みつくさんと暴れる暴威の紅(あか)。
朱色の炎の主はヒータ。
紅蓮の炎の主はラヴァルバル・チェイン。
ラヴァルの力を束ねたチェインの紅蓮の炎は、脆弱なヒータの朱の炎を容易に飲みつくし、彼が駆る灼熱の縛鎖が為す術をなくした彼女の身体を炎熱の苦痛とともに絡め獲る。
彼は捉えた少女を焼け付く身体で組み敷き、苦悶と屈辱の悲鳴をあげる彼女を、加虐の愉悦とともに思う様に蹂躙する・・・筈であった。
しかし―
「炎の飛礫(ファイヤー・ボール)!!」
ボゴンッ
【ガァ!?】
「火あぶりの刑(ギルティ・ブレイズ)!!」
ゴァアアアッ
【グェエッ!!】
カーキ色のローブが舞い、朱色の炎が踊る。
その度に、苦悶の声を上げるのはチェインの方であった。
それどころか―
【この餓鬼ぃい!!】
ゴウッ
「無駄だよっ!!」
ギュルルルルルルッ
【こ、この・・・!!】
彼の放つ炎は尽くヒータに往なされて霧散し、吸収されては消え果てた。
【馬鹿な・・・馬鹿な・・・!?】
焦りを募らせるチェインに、ヒータが冷淡な声をかける。
「テメェ、本当に分からねえのか?」
【な・・・何ぃ・・・!?】
投げかけられる言葉の意味が、チェインには分からない。
狼狽する彼に、ヒータは言う。
「それが分かんなきゃ、テメェは永久にオレには勝てねぇよ。」
【だ・・・黙りやがれぇ!!】
そして、彼は再び紅蓮の炎を放つ。
結果は同じと、薄々気付いてはいながらも・・・。
一方、ヒータも言うほどの余裕があった訳ではない。
ラヴァル全ての力を束ねたというチェインの力は、確かに凄まじかった。
吐き出す吐息はそれだけで『昼夜の大火事(エンドレス・バーン)』になり、大鰭が放つ火球は彼女の持つ最上位魔法、『死恒星(デス・メテオ)』に匹敵した。
ヒータの手は呪文もなしに放たれるそれらの対処に忙殺され、自身の攻撃はそのスピードに対応するため詠唱破棄の容易な『炎の飛礫(ファイヤー・ボール)』や『火あぶりの刑(ギルティ・ブレイズ)』といった低レベルの魔法に限定されていた。
今はそれでも何とか、相手の体力を削る事に成功している。
しかし、決め手にはならない。
しかも、一発でも喰らえばひっくり返される。
その精神的圧迫が、ただでさえ詠唱破棄の苦手なヒータの体力を少しづつ、しかし確実に削っていた。
【こ、このままじゃやべぇ・・・!!】
自分のダメージが確実に溜まってきている事を自覚するにいたって、チェインはその事を認めずにはいられなかった。
それはこの上ない屈辱ではあったが、同時に彼に冷静な判断力を与えていた。
このまま、術の応酬を続けても勝ち目は薄い。それならば・・・
“肉弾戦に持ち込めば良い。”
術師としては自分より上手でも、所詮は非力な小娘。力勝負になれば完全にこちらに分がある。
彼は密かにほくそ笑むと、手にした鎖刃を握り締めた。
ボゥンッ
炎の飛礫が、チェインの顔面に当たる。
【グァアッ!!】
わざと大げさに悲鳴を上げる。
空中で攻撃を当て、地に降り立ったヒータが会心の顔で自分を見る。
【ちくしょぉおおおおっ!!】
自棄になったふりをして、火球を放つ。
それを往なす為、ヒータが杖を前に出した。
今だ!!
この時を待っていたのだ!!
次の瞬間―
ジャララララララッ
目にも止まらぬ速さで繰り出された鎖が、ヒータの手をその杖もろともに絡め取る。
「――っ!!」
手に巻きつく熱感に、ヒータの顔が歪むのが見えた。
それに幾ばくか溜飲を下げながら、チェインは力一杯鎖を引く。
ズザザザザザッ
ヒータの身体はあっけなく地に倒れ、為す術もなく引きずり寄せられる。
チェインは勝利の雄叫びを上げると、すかさず大鰭でその華奢な身体を組み敷いた。
【さぁあ、捕まえたぜぇ!!】
自分の身体の下で仰向けになったヒータに顔を寄せ、その頬を舐める。
嫌悪からか、それとも身体を焼く熱感からか。顔をしかめるヒータ。
その様に、チェインはゲラゲラと笑った。
【これで決まりだなぁ!!さぁ、どうなるか、分かってんだろうなぁ!?】
しかし、そこでチェインは奇妙は事に気付いた。
ヒータが、笑っていた。
この絶望的な状況下において。
焼け付く火蜥蜴の身体に炙られながら。
それでも、彼女はその顔に笑みを浮かべていた。
【オメェ、何が・・・何が可笑しい!?】
「・・・・・・。」
ヒータは答えない。
ただ戸惑う彼を見上げ、微笑むばかり。
それが、彼を激昂させる。
【自分の状況、分かってやがんのか!?これからオメェは俺様に犯されて、刻まれて、焼かれて、喰われるんだぞ!!なのに、なのに何を笑ってやがる!?】
その叫びに、ヒータはフッと息を漏らす。
それは、駄々をこねる子供に呆れた様な、そんな表情。
「テメェ、本当に分かってねえんだなぁ・・・。」
【な、何ぃ!?】
「テメェがオレを焼く?無理だね。絶対に。」
【な、何だと・・・!?】
「聞こえなかったか!?無理だって言ったんだよ!!テメェの炎じゃ、オレを焼くなんて絶対に出来ない!!」
【貴様・・・!!】
その言葉が、仮にも炎術師を名乗ったチェインの自尊心に火を点けた。
恥辱に満ちた陵辱も。
惨烈に満ちた蛮行も。
絶望に満ちた生贄すらも。
彼女に与えようとしていた虐業の全てが、その頭から一瞬ですっ飛ぶ。
そして、残る望みは唯一つ。
―焼キ殺ス―
カッ
その欲求に従い、彼は大きく口を開く。
紅く赤熱した喉に、灼熱の呼気が溜まっていく。
そして―
【無理かどうか、その身で試してみやがれぇええええ!!】
ゴウッ
紅蓮の炎が、至近距離からヒータに吹き付けられる。
瞬く間に、炎に包まれるヒータ。
その様に、狂喜の叫びを上げるチェイン。
【ヒカカカカカカ!!どうだ!!どうだ!!熱いだろぉ!!痛ぇだろぉ!!俺様をコケにした罰だ!!たっぷりとくる・・・!?】
しかし、その言葉は最後まで続かない。
【な・・・何・・・!?】
絶句するチェインの目の前で、驚くべき事が起こっていた。
苦痛に悶える事もなく、静かに目を閉じたヒータ。
その身体を包み、焼き喰らう筈の炎。
しかしそれは、彼女の髪一本焦がす事なく宙へと霧散していく。
【そんな・・・そんな・・・】
恐怖の混じった声で、チェインが言う。
【し・・・知らねぇ!!こんな術、俺様は知らねぇ!!】
「・・・術じゃねえよ。」
【・・・え・・・?】
戦慄くチェインを、目を開いたヒータが見つめる。
「これは術(じゅつ)じゃねえ。術(すべ)だ。」
【術(すべ)・・・?】
その言葉に、彼女はゆっくりと頷く。
「オレはこの炎の声を聞いて、それが望む道を開いてやっただけだ。テメェの炎がオレを焼かないのは、オレの意思じゃねぇ。炎自身の意思さ。」
【な、何だと・・・!?】
愕然とするチェイン。
その様を見ながら、ヒータはなおも微笑む。
「懐に入れてくれてありがとよ。ここまで近づきゃ、この炎達と直に繋がれる・・・。」
途端―
パァ・・・
紅蓮の輝きが、チェインの視界を覆う。
【―なっ!?】
再び上がる、驚きの声。
彼を覆っていた炎が、ラヴァルの魂が、その身から離れ始めていた。
束縛から放たれた炎達は、紅く輝く霧と化し、虚空へと消えていく。
【オ、オメェ、何をしやがった!!】
混乱の極みで、叫ぶチェイン。
ヒータは言う。
「いま言ったとおりさ。道を開いてやったんだよ。炎(こいつら)が、真に望む道を・・・。」
【な・・・な・・・】
そうしている間にも、紅蓮の炎達は宙へと散っていく。
【ま、待てよ!!待ってくれ!!】
それに追いすがる様に、手を伸ばすチェイン。
しかし、霧と化した炎は虚しくその手の中をすり抜けていく。
【ち、“力”が!!俺様の“力”がぁあああ!!】
「・・・火の声を聞き、火の心を読み、火と一つになる・・・。炎術師なら、出来て当然の事だ・・・。」
無様にうろたえるチェインを見つめながら、ヒータは言葉をぶつける。
「言っただろ!?テメェは気付かないのかって。テメェの炎は、ラヴァルの魂は、テメェに使われる事を拒んでたんだよ!!」
【――っ!!】
「炎と心も通じれない奴が、『炎術師』を名乗るんじゃねぇ!!」
【あ、あぁあああああーーーっ!!】
響く絶叫。
宙を満たす、紅色の輝き。
やがてそれは空に溶ける様に消えて行き―
後には、全てを失った水蜥蜴。
『リチュア・チェイン』の姿が残されていた。
「こんな・・・こんな・・・」
「・・・へ、随分と貧相な見てくれになったじゃねぇか。」
自分の上で茫然としているチェインに向かって、ヒータは冷淡な視線を送る。
「よくも・・・よくも・・・!!」
ワナワナと震えながら、ヒータを見下ろすチェイン。
牙を食い縛るその顔には、涙すら浮いている。
「殺してやるぅあぁあああああ!!」
絶叫とともに、手にした鎖刃を振りかざす。
それを、ヒータの心臓に振り下ろそうとしたその時―
「・・・もう一度言うぜ。ありがとよ!!懐に入れてくれて!!」
ヒータが笑った。
「・・・え?」
「それと、“時間稼ぎ”に協力してくれてな!!」
次の瞬間―
ヴォンッ
彼らを中心に展開する、緑色の魔法陣。
「なっ!?魔法!!いつの間に・・・!?」
「ありがたく思いな!!本当の奥の手だ!!」
そして、ヒータは高らかに叫ぶ。
「開放(レリーズ)!!『火炎地獄(ゲヘナ・フレイム)』!!」
ゴォウッ
チェインの驚きを飲み込む様に、魔法陣から巻き起こる朱炎。
「ひっ!?」
すくみ上がる身体を、熱風が包む。
ケタケタケタ ケタケタケタ
荒ぶる炎の音とともに、耳朶いっぱいに響き渡る嬌声。
思わず周りを見回す。
炎風と共に舞い上がったそれは、朱色の翼をはばたかせる天使達。
その可憐な様に、目を奪われるもつかの間。
踊り狂う彼女達が、笑いながらチェインの身体に纏わり着く。
「―――っ!!」
身体を焼く熱感に、乾いた喉から漏れる悲鳴。
次の瞬間―
ズルリッ
天使達の姿が崩れ、渦巻く朱色の業火と化す。
ゴゥアッ
うねる炎の帯。
目にも鮮やかにそそり立つそれは、天と地を繋ぐほどに巨大な朱炎の竜巻。
チェインは為す術もなく、ただ飲み下される。
「グギャァアアアアアアアーーーーーッ!!」
響き渡る断末魔。
咲き乱れる炎華。
舞い踊る火燐。
一分。
五分。
炎々と。
延々と続く、炎の狂宴。
けれど、永遠に続くかと思われたそれにも、やがて終りがくる。
グゴゴゴゴゴゴ・・・
静かな唸りを上げて、治まっていく朱色の竜巻。
火燐は風に散り、炎華は空に溶けていく。
そして全ての炎が消えた後、そこに残されていたのはボロボロに焼け焦げたチェインの姿。
グラリ
その身体が傾ぎ、ドサリと地に倒れる。
二度三度と痙攣し、そのまま動かなくなる。
その下で、大の字になったままのヒータ。
熱風の中をぬって吹いて来た涼風に髪を揺らされ、彼女はハァ、と大きく息を吐いた。
続く
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