私は足が弱く歩くのも遅いしたっている事が苦手なのです。
総合病院と有って救急車は入るのが凄く大変な病院なのです。
そこで、座れないので壁に寄りかかりながら順番待ちしていたら、隣に座っていたお婆さんが隣のお婆さんにこういっていたのです。
私はもう死にたい。生きていても辛い。お爺さんの所へ行きたくて、でもこの様に生きている。死にたいものは死ねないのだね!辛いよ。と涙流しながら話してました。対するおばあさんも同じでも私も死にたい。自分で死のうと思っても出来ない。寂しく一人で私は生きている。子供は遠くにいて何もしてくれない。頼らないけど寂しい毎日、お金もないし死にたい。楽になりたい。病院なんか来たくない。でも死ねないから病院へくる。人間誰も信じられないし、亡くなった主人だけが信じられた人。会いたい。
と、二人でこの世は闇だ、もう死にたいの連発でした。
私は思わず聞き言ってしまい彼女たちを霊視してしまってました。伝わってきたのです。
それは、心の奥底から本当に思っている。話していることは真実だと。なんでこの世はこのようになってしまったのか?生きる希望が年寄りには無い。と、昔を思い出して何とか我慢して生きている。愛した人の人の所へ行きたい。それしか感じられませんし伝わっても来ませんでした。
人はみな!自分が良ければ!他人を僻み恨み憎しみ落としいれる。そんな方々が増えてきたのは事実。
でも、人間は一人では生きていけない。相手を思い助け合って生きる。もうこの時代では難しいのかなぁ。寂しいですね。
点滴をしているときも考えていました。お陰さまで天敵は苦痛にならなく終わりました。
とても悲しい日になりました。
神様は辛い立場ですね!生きる。目的を与えて見ている。いきたいのに生きられない。死にたいのに死ねない。本当に与えられた生きる宿命とは!神様はそれを見ている。辛い立場ですね。
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会社員してますけど、一部の人しか
他人の仕事、手伝おう、やってやろうという
気がないですからね。
ご近所は、おすそわけでも、こんなことは
やめましょう的な。
お互い様なんじゃないんですかね。
そうじゃない人たちと、
コミュニケーションとってますけど。
配偶者がなくなると、生き甲斐なくなってしまうのか。
身につまされるなあ。
もっと年配者が、楽しく生きられるシステムつくれないかな。先生のビジョンは、そんなシステムですよね。
子供達に本当は助けてほしいけど、頼るのは申し訳ない。
あとは、主人が迎えに来てくれるのを待ってる。
生きていてもただ寂しいだけ、楽しみもない。
本当は助けてほしいんですよね。いつも旦那さんと楽しかった事思い出して、今を生きているんですよね。
周りの方々が理解し、助け合う世の中になってほしいと心から思いました。