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2021年02月13日
田山花袋「蒲団」本文1〜3/全58
(^_-)-☆アスカミチル
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★「蒲団」1〜3・・・http://14highschool.jugem.jp/?eid=2532
文学評論家、福田恆存(ふくだつねのり)解説
「かれ(田山花袋)の文学が今日われわれに何を教えうるか。
(田山花袋の)文学青年らしいナイーブな感受性は、そのままうら若い明治日本の特徴であった。
痴呆といってもいいほどに、明治人の精神が外(西洋)に向かって開かれていたということ。
田山花袋のような善良な市民がいなければ、西洋の近代文学は、曲がりなりにもわれわれのものにはならなかったでしょう。」
昭和25年3月25日評
田山花袋「蒲団」@
小石川の切支丹坂から極楽水に出る道のだらだら坂を下りようとして渠(かれ)は考えた。
「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿々々しくなる。けれど・・・・・・けれど・・・・・・本当にこれが事実だろうか。あれだけの愛情を自身に注いだのは単に愛情としてのみで、恋ではなかったろうか。」
数多い感情ずくめの手紙、二人の関係はどうみても尋常ではなかった。妻があり、子があり、世間があり、子弟の関係があればこそ敢えて激しい恋に落ちなかったが、語り合う胸の轟(とどろき)、相見る眼の光、その底には確かに凄まじい暴風(あらし)が潜んでいたのである。
機会に遭遇(でっくわ)しさえすれば、その底の底の暴風は忽ち勢いを得て、妻子も世間も道徳も子弟の関係も一挙にして敗れてしまうであろうと思われた。少なくとも男はそう信じていた。
それであるのに、二三日来のこの出来事、これから考えると、女は確かにその感情を偽り売ったのだ。自分を欺いたのだと男は幾度も思った。けれど文学者だけに、この男は自(みずか)ら自分の心理を客観するだけの余裕を持っていた。
年若い女の心理は容易に判断し得られるものではない。かの温かいうれしい愛情は、単に女性特有の自然の発展で、美しく見えた目の表情も、やさしく感じられた態度も都(すべ)て無意識で、無意味で、自然の花が見る人に一種の慰みを与えたようなものかもしれない。
一歩を譲って女は自分を愛して恋していたとしても、自分は師、かの女は門弟、自分は妻あり子ある身、かの女は妙齢の美しい花、そこに互いに意識の加わるのを如何(いかん)ともすることはできまい。
いや、さらに一歩を進めて、あの熱烈なる一封の手紙、陰に陽にその悶(もだえ)を訴えて、丁度自然の力がこの身を圧迫するかのように、最後の情を伝えて来た時、その謎をこの身が解いて遣らなかった。
女性のつつましやかな性(さが)として、その上に猶(なお)露(あら)わに迫ってくることがどうしてできよう。
そういう心理からかの女は失望して、今回のようなことを起こしたのかもしれぬ。
「とにかく時機は過ぎ去った。かの女は既に他人(ひと)の所有(もの)だ!」
歩きながら渠(かれ)はこう絶叫して頭髪をむしった。
引用書籍
「蒲団」田山花袋著 新潮社刊
田山花袋著「蒲団」A
縞(しま)セルの背広に、麦藁帽、藤蔓(ふじつる)の杖(ステッキ)をついて、やや前のめりにだらだらと坂を下りて行く。
時は九月の中旬、残暑はまだ耐え難く暑いが、空には既に清涼の空気が道わたって、深い緑の色が際立って人の感情を動かした。
肴屋(さかなや)、酒屋、雑貨店、その向こうに寺の門やら裏多那うらだな)の長屋やらが連なって、久堅町(ひさかたまち)の低い地には数多(あまた)の工場の煙突が長い煙を漲(みなぎ)らしていた。
その数多い工場の一つ、西洋風の二階の一室、それが渠(かれ)の毎日通う処で、十畳敷きほどの広さの部屋の中央(まんなか)には、大きい一脚のテーブルが据えてあって、傍に高い西洋風の本箱、この中には総て種々の地理書が一杯入れられてある。
渠はある書籍会社の嘱託を受けて地理書の編集の手伝いに従っているのである。文学者に地理書の編集!渠は自分が地理の趣味を持っているからと称して進んでこれに従事しているが、内心これに甘んじておらぬことは言うまでもない。
遅れがちなる文学上の閲歴、断片のみを作って、未だに全力の試みをする機会に遭遇せぬ煩悶、青年雑誌から月ごとに受ける罵評の苦痛、渠自らはその他日成すあるべきを意識してはいるものの、中心これを苦に病まぬわけには行かなかった。
社会は日増しに進歩する。電車は東京市の交通を一変させた。女学生は勢力になって、もう自分が恋をした頃のような旧式の娘は見たくも見られなくなった。
青年はまた青年で、恋を説くにも、文学を談ずるにも、その態度が総(すべ)て一変して、自分等とは永久に相触れることが出来ないように感じられた。
引用書籍
田山花袋「蒲団」新潮社刊
田山花袋著「蒲団」B新潮社刊
で、毎日機械のように同じ道を通って、同じ大きい門を入って、輪転機関の屋(いえ)を動かす音と職工の臭い汗との交わった細い間を通って、事務室の人々に軽い挨拶して、こつこつと長い狭い梯子を上って、さてその部屋に入るのだが、東と南に明いたこの室(へや)は、午後の激しい日影を受けて、実に耐えがたく暑い。
それに小僧が無精で掃除をせぬので、卓の上には白いほこりがざらざらと心地悪い。渠(かれ)は椅子に腰を掛けて、煙草を一服吸って、立ち上がって、厚い統計書と地図と案内記と地理書とを本箱から出して、さて静かに昨日の続きの筆を執り始めた。
けれど、二、三日来、頭脳(あたま)がむしゃくしゃしているので、筆が容易に進まない。一行書いては筆を留(と)めてそのことを思う。また一行書く、また留める、又書いてはまた留めるという風。そしてその間に頭脳に浮かんでくる考えは、総て断片的で、猛烈で、急激で、絶望的の分子が多い。
ふとどういう連想か、ハウプトマンの「寂(さび)しき人々』を思い出した。
引用書籍
田山花袋「蒲団」新潮社刊
★「蒲団」4〜12・・・http://14highschool.jugem.jp/?eid=2533
★「蒲団」13〜22・・・http://14highschool.jugem.jp/?eid=2534
★「蒲団」23〜33・・・http://14highschool.jugem.jp/?eid=2535
★「蒲団 34〜40・・・http://14highschool.jugem.jp/?eid=2538
★「蒲団」41〜58(58:最終章)・・・http://14highschool.jugem.jp/?eid=2537
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「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,50
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,50
ふだんはほんとうに仲のいい二人、彼女が笑えば私も笑って、嘗て一度もいさかいをしたことが無く、こんな睦まじい男女は無いと思われる二人、それが英語の時間になると決まってお互いに重苦しい、息のつまるような気持にさせられる。
日に一度ずつ私が怒らない日は無く、彼女が膨れないことは無く、ついさっきまであんなに機嫌のよかったものが、急に双方ともシャチコ張って、ほとんど敵意をさえ含んだ眼つきで睨めッくらをする。
実際私はその時になると、彼女を偉くするためという最初の動機は忘れてしまって、あまりの腑がいなさにジリジリして、心から彼女が憎らしくなってくるのでした。
相手が男の児だったら、わたしはきっと腹立ちまぎれにポカリと一つ喰わせたかもしれません。
それでなくとも夢中になって「馬鹿ッ」と怒鳴りつける事は始終でした、一度は彼女の額の辺りをこつんと拳骨で小突いたことさえありました。
が、そうされるとナオミの方も妙にひねくれて、たとい知っている事でも決してこたえようとはせず、頬を流れる涙を呑みながらいつまでも石のような沈黙を押し通します。
ナオミは一旦そういう風に曲がり出したら驚くほど強情で、始末に負えないたちでしたから、最後は私が根負けをして、うやむやになってしまうのでした。
或る時こんな事がありました。
"doing"とか"going"とかいう現在分詞には必ずその前に「ある」という動詞、”to be"を附けなければいけないのに、それが彼女には何度教えても理解出来ない。
そして未だに”i going" "He making"と言う様な誤りをするので、私は散々腹を立てて例の「馬鹿」を連発しながら口が酸っぱくなるほど細かく説明してやった揚句、過去、未来、未来完了、過去完了といろいろなテンスに亙って"going"の変化をやらせて見ると、呆れたことにはそれがやっぱりわかっていない。
依然として"He will going"とやったり"I had going"と書いたりする。
私は覚えずかッとなって、
「馬鹿!お前は何という馬鹿なんだ!"will going"だの"have going"だのってことは決して言えないッて人があれほど言ったのがまだお前には分らないか。
分らなけりゃ分るまでやってみろ。今夜一と晩中かっつても出来るまでは許さないから」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第56回vol,2(ラストvol,9)
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三国志演義朗読第56回vol,2(ラストvol,9)
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2021年02月12日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,49
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,49
私は多少意固地にもなって、前にはほんの三十分ほど浚ってやるだけだったのですが、それから後は一時間か一時間半以上、毎日必ず和文英訳と文典を授けることにしたのでした。
そしてその間は断じて遊び半分の気分を許さず、びしびし叱り飛ばしました。
ナオミの最も欠けている所は理解力でしたから、私はわざと意地悪く、細かいことを教えないでちょっとしたヒントを与えて槍、後は自分で発明するように導きました。
たとえば文法のパッシブ・ヴォイスを習ったとすると、早速それの応用問題を彼女に示して、
「さ、これを英語に訳してごらん」
と、そう言います。
「今読んだ所が分かってさえいりゃ、これがお前に出来ない筈はないんだよ」
と、そう言ったきり、彼女が答案を作るまでは黙って気長に構えています。
その答案が違っていても決してどこが悪いとも言わないで、
「何だいお前、これじゃ分かっていないんじゃないか、もう一度文法を読み直してごらん」
と、何遍でも突っ返します。
そしてそれでも出来ないとなると、
「ナオミちゃん、こんな易しいものが出来ないでどうするんだい。お前は一体幾つになるんだ。
・・・・・・幾度も幾度も同じところを直されて、まだこんな事が分からないなんて、どこに頭を持っているんだ。
ハリソンさんが悧巧だなんて言ったって、僕はちっともそうは思わないよ。これが出来ないじゃ、学校へ行けば劣等生だよ」
と、私もついつい熱中し過ぎて大きな声を出す様になります。
するとナオミはむっと面(つら)を膨らせて、しまいにはしくしく泣きだすことがよくありました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第56回vol,1(ラストvol,9)
(●^o^●)アスカ
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三国志演義朗読第56回vol,1(ラストvol,9)
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2021年02月11日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,48
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,48
とか何とか言って、曖昧な、ニヤニヤしたお世辞笑いを浮かべながら、そのまま不得要領でスゴスゴ帰って来たのでした。
「譲治さん、ハリソンさんは何と言った?」
と、ナオミはその晩尋ねましたが、彼女の口調はいかにも老嬢の寵を恃んで、すっかりたかを括っているように聞こえました。
「よく出来るって言っていたけれど、西洋人には日本人の生徒の心理が分からないんだよ。
発音が器用で、ただスラスラ読めさえすりゃあいいというのは大間違いだ。
お前は確かに記憶力はいい、だから空で覚える事は上手だけれど、翻訳させると何一つ意味が分かっていないじゃないか。
それじゃ鸚鵡と同じことだ。いくら習っても何の足しにもなりゃしないんだ」
私がナオミに叱言らしい叱言を言ったのはその時が初めてでした。
私は彼女がハリソン嬢を味方にして、「それ見たことか」と言うように、得意の鼻をうごめかしているのが癪に触ったばかりでなく、第一こんなで「偉い女」になれるかどうか、それを非常に心もとなく感じたのです。
英語という者を別問題にして考えても、文典の規則を理解することが出来ないような頭では、全くこの先が案じられる。
男の児が中学で幾何や代数を習うのは何のためか、必ずしも実用に供するのが主眼で泣く、頭脳の働きを緻密にし、練磨するのが目的ではないか。
女の児だって、なるほど今までは解剖的の頭が無くても済んでいた。
が、これからの婦人はそうはいかない。
まして、「西洋人にも劣らない様な」「立派な」女になろうとするものが、組織の才が無く、分析の能力が無いと言うのでは心細い。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第55回ラストvol,5
(●^o^●)アスカ・ミチル
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三国志演義朗読第55回ラストvol,5
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2021年02月10日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,47
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,47
えこひいき、そう言って悪ければ先入主とでも言いましょうか?
つまり彼等は西洋人臭い、ハイカラな、可愛らしい顔立ちの少年や少女を見ると、一も二もなくその児を悧巧だという風に感ずる。
殊にオールド・ミスであるとその傾向は一層甚だしい。
ハリソン嬢がナオミを頻りに褒めちぎるのはそのせいなので、もう頭から「賢い児だ」ときめてしまっているのでした。
おまけにナオミは、ハリソン嬢の言う通り発音だけは非常に流暢を極めていました。
何しろ歯並びのいいところへ声楽の素養があったのですから、その声だけを聞いていると実に綺麗で、素晴らしく英語が出来そうで、私などはまるで足元にも寄りつけない様に思いました。
それで恐らくハリソン嬢は、その声に欺(だま)かされて、コロリと参ってしまったに違いないのです。
嬢がどれほどナオミを愛していたかということは、驚いたことに、嬢の部屋に通って見ると、その化粧台の鏡の周りにナオミの写真が沢山飾ってあったのでもわかるのでした。
私は内心嬢の意見や教授法に対しては甚だ不満でしたけれど、同時に又、西洋人がナオミをそんなにひいきにしてくれる、賢い児だと言ってくれるのが、自分の思う壺なので、あたかも自分が褒められたような嬉しさを禁じ得ませんでした。
のみならず、元来私は、いや、私ばかりではありません、日本人なら大概そうですが、西洋人の前へ出ると頗る意気地が無くなって、ハッキリ自分の考えを述べる勇気が無い方でしたから、嬢の奇妙なアクセントのある日本語で、しかも堂々とまくしたてられると、結局こちらの言うべきことも言わないでしまいました。
なに、向こうがそういう意見なら、こちらはこちらで、足りない所を家庭で補ってやればいいのだと、腹の中でそう決めながら、
「ええほんとうにそれはそうです、あなたの仰っしゃる通りです。それで私もわかりましたから安心しました」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
ここで一服【タバコタイーム】じゃあ。
(^。^)y-.。o○
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迫力バシバシ、
さっすが、つんく♂イズムやな〜
ネットに4K無いので、
1080Pで何とか頼むッス、
ウッハー
■■第一弾!!
行けーーーーーーっ。
ハロプロ研修生『愛の園〜Touch My Heart!〜』 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nVV2Tjd40zU
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そおりゃあーーーっっっっ。
スッペシャルジェネレ〜ション!西ア美空☆ハロプロ研修生 ...
https://www.youtube.com/watch?v=Q1HP13LXkmY
●●第三弾!!
セーーーーーーーーーーーーーーノ、
れっつらご〜〜〜〜〜〜〜〜
ハロプロ研修生ユニット NATSUZOME2020 - 動画 Dailymotion
https://www.dailymotion.com/video/x7yphah
三国志演義朗読第55回vol,4(ラストvol,5)
三国志演義朗読第55回vol,4(ラストvol,5)
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2021年02月09日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,46
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,46
「そうです、あの児は賢い児です。しかしその割に餘り英語がよく出来ないと思います。
読むことだけは読みますけれど、日本語に翻訳することや、文法を解釈することなドが、・・・・・・」
「いや、それはあなたがいけません、あなたの考えが違っています」
と、やはり老嬢はニコニコ顔で、私の言葉を遮って言うのでした。
「日本の人、みな文法やトランスレーションを考えます。けれどもそれは一番悪い。
あなた英語を習います時、決して頭の中で文法を考えてはいけません。
トランスレートしてはいけません。英語のままで何度も何度も読んでみる事、それが一等よろしいです。
ナオミさんは大変発音が美しい。そしてリーディングが上手ですから、いまにきっと巧くなります」
なるほど老嬢の言うところにも理屈はあります。
が、私の意味は文典の法則を組織的に覚えろと言うのではありません。
二年間も英語を習い、リーダーの3が読めるのですから、せめて過去分詞の使いかたや、パッシブ・ヴォイスの組み立てや、サブジャンクティブ・ムードの応用法ぐらいは、実際的に心得ていい筈だのに、和文英訳をやらせて見ると、それがまるきりなっていないのです。
ほとんど中学の劣等生にも及ばないくらいなのです。いくらリーディングが達者だからといって、これでは到底実力が要請される道理がない。一体二年間も何を教え、何を習っていたのだか、訳が分からない。
しかし老嬢は不平そうな私の顔つきに頓着せず、ひどく安心しきったような鷹揚な態度で頷きながら、
「あの児は大変賢い児です」
を相変わらず繰り返すばかりでした。
これは私の想像ではありますが、どうも西洋人の教師は日本人の生徒に対して一種のえこひいきがあるようです。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第55回vol,3(ラストvol,5)
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2021年02月08日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,45
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,45
私がそう言うと、ナオミはぴくっと肩をちぢめて、小学校の生徒のような甘ったれた声を出して、
「先生、御免なさい」
と言ったり、
「河合チェンチェイ、堪忍して頂戴な」
と、言って私の顔をこっそりのぞき込むかと思うと、時にはちょいと頬っぺたを突っついたりする。
「河合先生」もこの可愛らしい生徒に対しては厳格にする勇気が無く、叱言(こごと)の果てがたわいのない悪ふざけになってしまいます。
一体ナオミは、音楽の方は良く知りませんが、英語の方は十五の歳からもう二年ばかり、ハリソン嬢の教えを受けていたのですから、本来ならば十分出来ていいはずなので、リーダーも一から始めて今では二の半分以上進み、会話の教科書としては
"English Echo"を習い、文典の本は神田乃武(かんだないぶ)の"Intermediate Grammar"を使っていて、
まず中学の3年ぐらいな実力に相当する訳でした。
けれどもいくら贔屓目(ひいきめ)に見ても、ナオミは恐らく2年生にも劣っているように思えました。
どうも不思議だ、こんなはずはないのだと思って、一度私はハリソン嬢を訪ねたことがありましたが、
「いいえ、そんなことはありません、あの児(こ)はなかなか賢い児ですよ。よく出来ます」
と、そう言って、太った、人の好さそうなその老嬢は、ニコニコ笑っているだけでした。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第55回vol,2(ラストvol,5)
三国志演義朗読第55回vol,2(ラストvol,5)
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2021年02月07日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,44
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,44
当時私は、それほど彼女の機嫌を買い、ありとあらゆる好きなことを指せながら、一方ではまた、彼女を十分に教育して槍、偉い女、立派な女に仕立てようという最初の希望を捨てた事はありませんでした。
この「立派」とか「偉い」とかいう言葉の意味を吟味すると、自分でもハッキリしないのですが、要するに私らしい極く単純な考えで、
「どこへ出しても恥ずかしくない、近代的な、ハイカラ婦人」
というような、甚だばくぜんとしたものを頭に置いていたのでしょう。
ナオミを「偉くすること」と、「人形のように珍重する事」と、
この二宇賀はたして両立するものかどうか?
いまから思えば馬鹿げた話ですけれど、彼女の愛に惑溺して目が眩んでいた私には、そんな見やすい道理さえが全く分からなかったのです。
「ナオミちゃん、遊びは遊び、勉強は勉強だよ。お前が偉くなってくれればまだまだ僕はいろいろな物を買って上げるよ」
と、私は口癖のように言いました。
「ええ、勉強するわ、そうしてきっと偉くなるわ」
と、ナオミは私に言われればいつも必ずそう答えます。
そして毎日晩飯のあとで、三十分くらい、私は彼女に会話やリーダーを浚(さら)ってやります。
が、そんな場合に彼女は、例のビロードの服だのガウンだのを着て、足の突先でスリッパをおもちゃにしながら椅子に靠(もた)れる始末ですから、いくら口でやかましく言っても、結局「遊び」と「勉強」とはごっちゃになってしまうのでした。
「ナオミちゃん!何だねそんな真似をして!
勉強する時はもっと行儀よくしなけりゃいけないよ」
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第55回vol,1(ラストvol,5)
(^_-)-☆アスカミチル
押忍!!
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三国志演義朗読第55回vol,1(ラストvol,5)
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2021年02月06日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,43
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,43
「何だろうあの女は?」
「女優かしら?」
「混血児(あいのこ)かしら?」
などと言う囁きを耳にしながら、私も彼女も得意そうにわざとそこいらをうろついたものでした。
が、その着物でさえそんなに人が不思議がった位ですから、ましてそれ以上に奇抜なものは、いくらナオミが風変りを好んでも到底戸外へ着て行くわけにはいきません。
それらは実際ただ部屋の中で、彼女をいろいろな器に入れて眺めるための、容れ物だったに過ぎないのです。
たとえば一輪の美しい花を、さまざまな花瓶へ挿し換えて見るのと同じ心持ちだったでしょう。
私に取ってナオミは妻であると同時に、世にも珍しき人形であり、装飾品でもあったのですから、あえて驚くには足りないのです。
従って彼女は、ほとんど家で真面目ななりをしていることはありませんでした。
これも何とかいう亜米利加の活動劇の男装からヒントを得て、黒いビロードで拵えさせた三ツ組の背広服などは、恐らく一番金のかかった、贅沢な室内着だったでしょう。
それを着こんで、髪の毛をくるくると巻いて、鳥打帽子をかぶった姿は猫のようになまめかしい感じでしたが、夏は勿論、冬もストーブで部屋を暖めて、緩やかなガウンや、海水着一つで遊んでいることもしばしばありました。
彼女の穿いたスリッパの数だけでも、刺繍した支那の靴を始めとして何足くらいあったでしょうか。
そして彼女は多くの場合足袋や靴下を着ける事は無く、いつもそれらの穿物を直(じ)かに素足に穿いていました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
2021年02月05日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,42
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,42
箪笥を買えばよかったのですが、そういうお金が在るくらいなら少しでも余計衣装を買いたいし、それに私たちの趣味として、なにもそんなに大切に保存する必要はない。
数は多いがみんな安物であるし、どうせ傍から着殺してしまうのだから、見える所へ散らかして置いて、気が向いた時に何篇でも取り換えた方が便利でもあり、第一部屋の装飾にもなる。
で、アトリエの中はあたかも、芝居の衣裳部屋の様に、椅子の上でもソファの上でも、床の隅っこでも、甚だしきは梯子段の中途や、屋根裏の桟敷の手すりにまでも、それがだらしなく放ったらかしてない所はなかったのです。
そして滅多に選択をしたことが無く、おまけに彼女はそれを素肌へ纏うのが癖でしたから、どうも大概は垢じみていました。
これらの沢山な衣装の多くは突飛な裁ち方になっていましたから、外出の際着られるようなのは、半分くらいしか無かったでしょう。
中でもナオミが非常に好きで、おりおり戸外へ着て歩いたのに繻子(しゅす)の袷(あわせ)と対(つい)の羽織がありました。
繻子といっても綿入りの繻子でしたが、羽織も着物も全体が無地の蝦色で、草履の鼻緒や、羽織の紐にまで蝦色を使い、その他は全て、半襟でも、帯でも、帯留でも、襦袢の裏でも、袖口でも、袘(ふき=着物の裾部分)でも、一様に淡い水色を配しました。
帯もやっぱり綿繻子(めんじゅす)で作って、心(しん)をうすく、幅を狭く拵えて思い切り高く胸高に締め、半襟の布には繻子に似たものが欲しいと言うので、リボンを買って来てつけたりしました。
ナオミがそれを着て出るのは大概夜の芝居見物の時なので、そのぎらぎらした眩しい地質」の衣裳をきらめかしながら、有楽座や帝劇の廊下を歩くと、誰でも彼女を振り返って見ない者はありません。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。
三国志演義朗読第54回vol,5/6
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三国志演義朗読第54回vol,5/6
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2021年02月04日
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,41
「痴人の愛」本文 角川文庫刊vol,41
と叫びながら、直ぐその店へ入って行ってその反物をウィンドウから出して来させ、彼女の身体(からだ)にあてがって見て頤(おとがい)の下からだらりと下へ垂らしたり、胴の周りへぐるぐると巻きつけたりする。
それは全く、ただそうやって冷やかして歩くだけでも、二人に取っては優に面白い遊びでした。
近ごろでこそ一般の日本の女性が、オルガンディーや、ジョーゼットや、コットン・ボイルや、ああいうものを単衣に仕立てることがポツポツ流行って来ましたけれども、あれに初めて目を付けたものは私たちではなかったでしょうか。
ナオミは奇妙にあんな地質が似合いました。それも真面目な着物ではいけないので、筒っぽにしたり、パジャマのような形にしたり、ナイト・ガウンのようにしたり、反物のまゝ体に巻き付けてところどころをブローチで止めたり、そうしてそんななりをしてはただ家の中を行ったり来たりして、鏡の前に立ってみるとか、色々なポーズを写真に撮るとかして見るのです。
白や、薔薇色や、薄紫の、紗(しゃ)のように透き徹るそれらの衣に包まれた彼女の姿は、一個の生きた大輪の花のように美しく、
「こうしてごらん、ああしてごらん」
と言いながら、私は彼女を抱き起したり、腰かけさせたり、歩かせたりして、何時間でも眺めていました。
こんな風でしたから、彼女の衣裳は一年間に幾通りとなく増えたものです。
彼女はそれを自分の部屋へはとてもしまいきれないで、手当たり次第にどこへでも吊り下げたり、丸めて置いたりしていました。
引用書籍
谷崎潤一郎「痴人の愛」
角川文庫刊
次回に続く。